中国の対外援助政策

中国の対外援助政策

2019年5月22日

はじめに

 2000年代に入ってから中国の対外援助規模は急速に拡大しはじめた。対外援助は主に開発途上国のインフラ建設支援に投じられた。対外援助以外のツールも含め、巨額の資金を背景としたインフラ建設路線は、国内の金融引締めや途上国の債務持続性の問題等から見直しの時期に来ているようにみえる。中国は今後ともインフラ建設支援を継続しながらも、人材育成などソフト面の取り組みにもこれまで以上に注力していく可能性がある。本稿では、中国の対外援助政策の現状を整理すると共に、課題を論じていく。

 

1.対外援助の定義と供与額推計

 中国の対外援助ツールには、国際社会一般で援助と考えられるツールと実質的運用において援助と同等の効果を持つツールがある。そのため、中国の対外援助政策の全体像を知るには、その両者を見る必要がある。
 中国の対外援助ツールのうち国際社会から見て援助と考えられるツールはOECDの開発援助委員会(DAC)の定義を参考に整理できる。中国政府による対外援助の定義を見てみると、対外援助には無償資金協力、無利子借款、優遇借款の三項目が含まれる。そのうち無償協力では道路や学校建設などのプロジェクト、物資供与、技術協力、緊急人道支援などが実施される。無利子借款はゼロ金利の長期ローンで、中国輸出入銀行(中国輸銀)が実施する優遇借款は、政府の利子補填により市場よりも低金利で供与される元建て長期ローンである。中国政府の対外援助の定義はDACの定義する援助とは若干異なり、近似させるには3つの操作を必要とする。まず、中国の定義に途上国からの留学生向け奨学金を加える。次に、重複計上を避けるために政府から優遇借款の実施機関である中国輸銀に支出されている利子補填を差し引く。そして国際機関への出資金といった多国間援助に相当する資金を繰り込む。つまり、無償協力、無利子借款、利子補填を差し引いた優遇借款、留学生向け奨学金、国際機関への拠出金を合計した額がDACの定義に近似した中国の対外援助推計額となる。筆者は優遇借款を援助に含めているが、DACは、中国の優遇借款は援助と公的輸出信用を組み合わせた混合借款(associated finance)であるとして利子補填分のみを援助としてみなしている。
 一方、被供与国にとっては実質的に援助と同等の効果を見込めるツールもある。その代表的なツールは中国輸銀が実施する優遇バイヤーズクレジットである。優遇バイヤーズクレジットは優遇借款と同じ条件で供与されるドル建ての輸出信用である。商業的な色合いから中国政府も対外援助の定義には含まないが、被援助国によってはカンボジアのように援助とみなしている国もある。他にも中国輸銀、中国開銀は商業条件で大規模な公的資金を開発途上国に供与すると共に、各種基金に対しての出資も行っている。
 二国間の対外援助はアフリカやアジアなどの経済・社会インフラを中心に供与されている。図1-1はDACの定義に基づいて整理した中国の対外援助額を推計し、グロス(返済を差し引かない金額)で示したものである。図1-1によると2004年に10億ドルだったものが2016年には66億ドルになっている。また2015年から多国間援助が目立って増加している。これはアジアインフラ投資銀行(AIIB)への資本金払い込みが始まったためである。他に、2012年から漸減していた無償・無利子借款が2016年には下げ止まりしたことにも注目したい。そして、優遇バイヤーズクレジットの伸びが著しい。貸付実行額は2009年頃から順調に増加しており、2016年に援助額全体を超えて93億ドルとなっている。2016年の援助額と優遇バイヤーズクレジットを足し合わせれば総額159億ドルとなり、日本のグロスのODA貸付実行額である168億ドルとほぼ同水準となる。中国の対外援助は、仮に優遇バイヤーズクレジットを含めた場合、およそ10年間で他の先進国と比肩する規模まで拡大しているといえる。

出所:Kitano. N. (2018). Estimating China’s Foreign Aid Using New Data: 2015-2016 Preliminary Figures. JICA Research Institute.
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 2017年については、中国輸銀、中国開銀の対外貸付にはブレーキがかかっているようにみえる。中国輸銀について見ると、2016年の国際協力借款(International cooperation loans)というカテゴリーの残高ベースの増加率は前年比12%であった。これが2017年には前年比9%へと減じている。このカテゴリーに優遇借款や優遇バイヤーズクレジットが含まれているとすれば、残高ベースの増加率の減少は援助拡大にブレーキがかかっている可能性があることを示唆している。また、中国開銀については、2016年に2,780億ドルあった対外貸付(Foreign currency loans)の残高が2017年には2,620億ドルとなっており、残高自体の減少となっている。この背景には、国内の金融引き締めや借入国の債務持続性の問題があると推察される。

注: International cooperation loans may include concessional loans, preferential buyer’s credits.
出所: Made by author based on China Exim Bank annual reports
https://www.jica.go.jp/jica-ri/ja/news/topics/l75nbg000012smfc-att/20190131_01_pdf01.pdf
注: Outstanding of cross-border RMB loans in 2016 is unknown.
出所: Made by author based on CDB annual reports and other sources
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2.援助政策と実施体制

 中国は、対外援助を規範化してこれまで以上に外交戦略に活用しようという姿勢を強めているようにみえる。2016年に発表された第13次五カ年計画は、五カ年計画としては初めて対外援助政策に言及した。2018年には中国初の援助機関が誕生した。国際機関との連携も増えており、開発分野のグローバルガバナンスへの関与を強めようという姿勢が窺える。

(1) 地域別の協力枠組みと近年の中国によるコミットメント

 従来、中国の対外援助は地域別の協力枠組みを利用して資金をコミットすることが多かった。代表的な枠組みとして、中央アジア諸国を含む上海協力機構やASEAN+1、中国・アフリカ協力フォーラムなどがあげられる。
 その後、2014年末にはシルクロード基金が設立され、次いで2015年には、国連総会の場で、中国南南協力援助基金、中国・国連平和開発基金、中国国際発展知識センター(CIKD)、南南協力・発展学院といった新たな取り組みが発表された。2015年末にはAIIBも正式に発足している。2017年には一帯一路サミットフォーラムが初めて開催され、中国南南協力援助基金への10億ドル追加、IMF中国能力建設センターの設立、シルクロード基金への1,000億元追加出資をはじめ具体的施策が表明された。2018年12月の国家発展改革委員会のプレス発表では、一帯一路サミットフォーラムでのコミットメントの多くが実行されたとしている。
 ただし、2019年4月に開催される予定の第2回一帯一路フォーラムでは従来の方針に見直しがなされるという見方がある。前章で確認したように、対外貸付の拡大は鈍化している。例えば、中国・アフリカ協力フォーラムについては、2018年の北京サミットで総額600億ドルをコミットしたが、企業による投資分が100億ドル含まれていた。2015年のヨハネスブルグサミットの際には公的資金だけで600億ドルの公約だったため、実質的に前回から100億ドル減となっている。一帯一路構想においても、第2回サミットフォーラムを前にして既に高品質、高標準、高水準を目指すことが強調されており、すでに調整が始まっていると考えられる。

(2)実施体制の整備

出所:http://www.cidca.gov.cn/2018-11/13/c_129992994.html


 2018年4月に中国初の援助機関である中国国家国際発展協力署(CIDCA)が発足した。中国の対外援助は30以上の関係機関により実施されており、CIDCA発足以前から部門間調整が難しく、調整メカニズムを立ち上げたものの実効性が薄かった。CIDCA発足に伴い、対外援助管理弁法という日本でいえば省令にあたる規定の改正が行われている。改正案において定められたCIDCAの主な機能は、対外援助の統括、関係諸機関との調整、予算の編成であり、CIDCAは調整業務を含めて、援助政策全体のかじ取りをすることになる。
 しかし、CIDCAには対外援助の統括機関たる上での課題も存在する。そのひとつは直属の執行機関が存在しないことである。援助の具体的な執行は、従来通り商務部が所掌する各機関が担当する。例えば、商務部の国際経済協力事務局や国際経済技術協力センター、国際ビジネス公務員研修学院などが無償プロジェクト・技術協力・物資供与・人材研修を担っている。
 一方で、既にCIDCAが部門間調整の側面では先鞭をつけるような取り組みもなされている。2018年12月、中国が支援するパキスタン経済回廊の調整委員会において、CIDCAが中国側の諸機関のまとめ役を行った。新たに設置された社会民生ワーキンググループには中国外交部、国家発展改革委員会、教育部なども参席しており、CIDCAの副署長が共同議長を務めている。
 外交面にてCIDCAに期待されることは対外援助をこれまで以上に外交戦略で活用できるようにすることである。2019年1月には王毅国務委員兼外相がCIDCAを訪問し、対外援助は中国の特色ある大国外交を推進する上で重要な役割を担っており、対外援助業務をさらに高いレベルに押し上げることがCIDCAに課された課題であるとの指針を与えている。

注:薄紫色は対外援助に関わる中国側機関、黄緑は国際機関。クリーム色は対外援助事業、薄橙色は優遇バイヤーズクレジット。
出所:Kitano. N. (2018). “China’s Foreign Aid: Entering a New Stage.” Asia-Pacific Review . 25. (1) 等をもとに作成
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(3)多国間援助の拡大

 新援助機関の設立と同様に、多国間援助の増加も援助の外交政策への活用を示唆している。代表的な枠組みには南南協力援助基金、中国・国連平和発展信託基金があげられる。中国はこれらの多国間援助の枠組みを用いて、国際社会におけるプレゼンスの向上を目指していると思われる。
 南南協力援助基金は2015年に一帯一路推進の一環として設立された基金の一つである。設立当初の資本金は20億ドルで、上述のように10億ドルが追加されて30億ドルとなった。商務部の無償協力向け資金が充てられているとみられる。主に国際機関向けの資金提供を行っているが、最近は中国国内の政府機関・社会団体・シンクタンクにも資金を提供している。例えば、UNDPがハリケーンに襲われたアンティグア・バーブーダやドミニカ向けに復興支援ファンドを作った際、総額2,630万ドルのうち500万ドルを拠出している。中国の拠出額はEUの570万ドルに続いて二番目である。
 中国・国連平和発展信託基金は、2016年設立で規模は2億ドルである。国連の信託基金であるため運営委員会は国連の中で管理されるが、実質的には中国側が意思決定しているようである。中国政府側では外交部と財政部が共管している。この信託基金にはPKO関連の研究やプロジェクトに資金を供与するPeace and Security Sub-FundとSDGs関連の2030 Agenda for Sustainable Development Sub-Fundという二つのサブファンドがある。各機関から提案される案を審査して実施するプロジェクトを決めている。実施されているプロジェクトの例としては、国連社会経済局経済分析・政策課がホストする「SDGsに向けた一帯一路共同建設のための国レベルの政策策定能力強化プロジェクト」などがある。中国は、一帯一路の構想を国際公共財まで引き上げることを目標として、この信託基金を活用しているようだ。
 ここでAIIBについて触れたい。AIIBは設立以来、世界銀行やアジア開発銀行(ADB)との協調融資を主体として堅実な貸付業務を行っており、今後徐々に独自プロジェクトを増やそうとしている。社会環境配慮を含めた種々のガイドラインも整備済である。「持続可能な都市戦略」など分野別の政策も公表しはじめている。中国政府は、自らが主導するAIIBが、国際規範に基づいて運営され、信頼される国際機関になることが中国の利益にもなると考えているのではないだろうか。


3.ソフト面の取り組み

 中国は、近年ソフト面の取り組みに力をいれている。自らの開発経験を途上国と共有するために、英国からの協力を得て開発協力分野のシンクタンクである中国国際発展知識センター(CIKD)を設立したほか、技術標準国際化の一環として途上国の政府職員等向けに研修事業を実施したり、北京大学に南南協力・発展学院を設立して途上国からの留学生に中国の開発経験を学ぶ機会を提供するなど、人材育成にも取り組んでいる。
 CIKDは、2015年の「国連持続可能な開発サミット」で習近平国家主席が発表した構想に基づき、2017年に国務院発展研究センターを母体に設立された。英国国際開発庁(DFID)の支援を受けており、オックスフォード大学やサセックス大学の研究者も参画している。英国との議論をもとに、2018年11月には中国の都市化、工業化、グリーン開発、新産業革命の経験をアフリカ諸国と共有する枠組みとしてAfrica Work Streamを設立した。同年12月には中国の都市化とアフリカへの示唆をテーマにしたワークショップを開催している。
 中国は、自国の技術標準を途上国におけるインフラ建設支援に導入することにも力をいれている。2015年には標準化連携「一帯一路」行動計画を策定し、30カ国近い一帯一路沿線諸国と標準化協力協定も締結している。都市交通分野などのインフラ建設支援では、ハード面の整備だけでなく運営人材の育成支援などソフト面の協力も行われるようになってきた。例えば、エチオピアのアディスアベバ都市交通システムやベトナムのハノイ都市鉄道2号線については、中国の技術標準によるインフラ建設支援に加えて、深圳市で地下鉄を運営する企業が運営業務の受託やコンサルティング、深圳市での都市鉄道運営会社の職員に対する現場研修も行っている。
 また、中国の大学も途上国の人材育成に寄与している。例えば、2016年に北京大学国家発展学院を母体に設立された南南協力・発展学院では、主に途上国からの修士課程(1年)、博士課程(3年)の留学生に中国の開発経験をはじめ国家開発について学ぶプログラムを提供している。こうした対外援助予算による学位取得プログラムは2018年度には38の大学で設置されている。大学が海外に進出して人材育成に関わるケースもある。2019年2月、「中国教育現代化2035」という政策文書が発表された。その中には対外教育援助の体制を整備することがうたわれている。また、ほぼ同時に発表された「教育現代化推進加速実施方案」及び「教育部2019年工作要点」には、教育の対外開放拡大に関して、高等教育機関の海外校設置支援策の研究・策定が含まれている。加えて2016年7月に「「一帯一路」教育行動」、2018年11月には「高等教育機関科学技術創新服務「一帯一路」提唱行動計画」が策定され、科学技術面で国際共同実験室や産業技術研究院等をパートナー国と設立していくことが打ち出されている。
 対外援助事業ではないが、実際に海外に進出している大学もある。先駆的な例としては、2007年に大連海事大学がスリランカのコロンボにある私立大学に、先方からの要望に基づいて海外キャンパスを設置している。2012年にはアモイ大学がマレーシアに分校を設置したことがあげられる。報道ベースでは先進国を含め海外に進出している大学は合計128校あり、大学の海外進出は今後拡大していく流れにある。企業と大学が連携して海外展開を目指す動きもある。山東省の鉱山企業でエクアドルに進出している兗鉱集団は、資源開発分野の人材育成のために、中国鉱山大学とエクアドルの大学と共に海外校設立に合意したとの報道がある。
 国際機関との連携も進んでいる。2016年に深圳市の南方科技大学のキャンパス内に、ユネスコ カテゴリー2センターとして認定された高等教育イノベーション国際センターが設立された。同センターは、深圳市におけるIT開発や活用の経験等を活用したアジア、アフリカ諸国の高等教育の改善推進を目的に掲げている。テンセントなど深圳市のIT企業も参加している。アジア開発銀行は、中国の開発経験共有プログラムの一環として、北京大学教育学院をハブに中国の教育分野の経験を途上国と共有するプロジェクトを開始している。世界銀行も寧波市の職業教育学院のノウハウをアフリカに移転する試みを行っている。


4.対外援助の課題

 中国の対外援助政策にとっての課題の一つが途上国の債務脆弱性への対応である。2018年12月のG20ブエノスアイレス・サミット首脳宣言では、公的債務・財政管理能力構築支援、債務の透明性及び持続可能性の促進、低所得国の債務に関する国際通貨基金(IMF)、世界銀行等の取組を支持するといった点が盛り込まれた。中国もこの問題に手をこまねいていたわけではない。中国は、2017年以降、一帯一路沿線諸国と締結した「「一帯一路」融資原則」のなかで「資金動員と債務持続性のバランス」を盛り込んだ。2018年の中国・アフリカ協力フォーラムにおいては、中国はアフリカ諸国の債務持続性改善を支援することが北京行動計画に盛り込まれた。無利子借款の債務減免も行われている。中国輸銀や中国開銀の融資に関しても、エチオピアなど個別に融資条件の見直し交渉を行っているケースもあるようだ。この課題については、2019年6月のG20大阪サミットでも話題になることが見込まれている。


おわりに

 中国による巨額の公的資金をバックにしたインフラ建設支援は、融資規模は縮小するにせよ、途上国の債務持続性への対応等見直しをはかりながら、今後も継続するだろう。あわせて、ハード面だけでなく、インフラの運営面での協力、国家開発の知識や経験を共有するための協力といったソフト面での取り組みも拡大していくと見込まれる。
 二国間援助だけでなく、多国間援助についても、国連通常予算の分担率が2019年から第2位になるなど、中国のプレゼンスが大きくなる中で、拡充されていることが予想される。今後中国が、対外援助等を通して持続可能な開発目標(SDGs)達成にどのように貢献できるかなど、注視される。

出所:中国政府ウェブサイト等
https://www.jica.go.jp/jica-ri/ja/publication/other/l75nbg00000x36id-att/other_20181005_JP.pdf
出所:中国政府ウェブサイト等
https://www.jica.go.jp/jica-ri/ja/publication/other/l75nbg00000x36id-att/other_20181005_JP.pdf
出所:中国政府ウェブサイト等
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(本稿は、2019年2月27日に開催した「21世紀ビジョンの会」における発題を整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
北野 尚宏 早稲田大学理工学術院教授
著者プロフィール
1983年早稲田大学理工学部卒業(1981~82年中国清華大学土木・環境工学系在籍)。1992~96年海外経済協力基金北京駐在員。1997年米コーネル大学大学院博士課程修了(都市地域計画専攻)。国際協力銀行開発金融研究所主任研究員、京都大学大学院経済学研究科助教授、国際協力銀行開発第2部長、国際協力機構(JICA)東・中央アジア部長、JICA研究所副所長などを経て、2016年~18年JICA研究所所長。現在、早稲田大学理工学術院国際理工学センター教授。主な研究分野は都市地域計画、開発協力、中国の対外援助。

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