中国外交の世界戦略 ―一帯一路構想と対北朝鮮政策を軸に―

中国外交の世界戦略 ―一帯一路構想と対北朝鮮政策を軸に―

2018年5月7日

はじめに -第19回党大会-

 2017年10月に第19回党大会が開かれた。習近平国家主席の後任について大会前から様々な憶測が流れたが、二期目の指導人員の中に後継者は選ばれていない。習近平への著しい権力集中が目立った。鄧小平以来、中国は集団指導体制をとってきたが、習近平体制に入ってから、習近平への権力集中が著しくなっている。
 今回の党大会では一帯一路が強調されるだろうと海外の専門家も予想していたが、習近平の一帯一路構想への思い入れは想像以上だった。彼の3時間30分にわたる演説の中で一帯一路は5回登場し、所々で強調された。回数はそれほど多いわけではないが、驚いたことに一帯一路は党規約に盛り込まれた。党規約に具体的な政策が盛り込まれることなどほとんど例がない。習近平にとって一帯一路が絶対に失敗できないプロジェクトであることを物語っている。
 その他にも今後の政策目標が打ち出された。2035年までに生活水準の格差を大幅に縮小するなどの「人民全体の共同富裕」を実現し、今世紀半ばまでには「総合的な国力と国際的影響力で世界の先頭に立つ国家」を実現すると発表した。この政策についても、これまでの政権と大きく異なっている。従来、中国が対外政策を発表する際には控えめな表現が使われていた。今回は力強い言葉を使って中国の中期目標を前面に打ち出し、一帯一路が主要戦略に位置付けられた。

1.習近平外交の世界戦略

一帯一路構想とは
 第19回党大会からもわかるように、一帯一路構想の実現は中国にとって非常に重要な政策目標である。にもかかわらず、そもそも一帯一路とは何なのか、とてもわかりにくい側面を持っている。2013年9月に習近平がカザフスタンでシルクロード経済ベルト構想を発表した。翌月にはインドネシアで21世紀海上シルクロード構想を打ち出した。この経済ベルト構想と海上シルクロード構想、二つを合わせて「一帯・一路」というネーミングになっている。国家主席の習近平から発表されたとはいえ、どのように推進させるのかという具体的な政策は2013年の時点でほとんど策定されていなかった。2015年3月に国家発展改革委員会と外交部・商務部が共同発表し、陸のシルクロードに関する具体的な政策が明示された。2017年5月には一帯一路国際協力フォーラムが開催され、海のシルクロードについて具体的な政策が公表された。2015年と2017年の基本政策を通じて、一帯一路構想の政策ビジョンがようやく明確になった。

 図1では赤が一帯、青が一路で描かれている。地図を見ればわかるように、「一帯一路」は古代の文化文明の交流ルートを辿って作られており、現状の国家・地域社会に必ずしも即しているわけではない。

陸のシルクロード
 次に、中国が考えている具体的な一帯と一路について紹介する。陸のシルクロードには6つの経済回廊が含まれている。
 1 中国-モンゴル-ロシア:この三カ国は旧・現社会主義国家というイデオロギーの共通性を持っている。
 2 新ユーラシアランドブリッジ:中国東部の連雲港からオランダのロッテルダム港まで、既存の鉄道インフラに即している。
 3 中国-中央アジア-西アジア:南アジア・中央アジア・西アジアを連結する地政学的に押さえておきたい重要な地域である。石油などのエネルギー資源が非常に豊富である。
 4 中国-インドシナ半島:アジア開発銀行と協力しながら、中国と東南アジア諸国を結びつける。
 5 中国-パキスタン:一帯一路の基幹プロジェクトといわれている。パキスタンのグワダル港からスタートして、中国新疆のカシュガル市までを結ぶ。
 6 BCIM:Bはバングラディッシュ、Cは中国、Iはインド、Mはミャンマーを意味し、これらを結びつける。
 これら6つの経済回廊の中で、習近平は⑤中国パキスタン経済回廊を一番重視している。このプロジェクトが成功すれば、中東やアフリカから輸入した石油を、マラッカ海峡を経由することなく陸上パイプラインで中国新疆に輸送することができる。ただし、これは極めて難しいプロジェクトだと言わざるをえない。クワダルから新疆に至る途中にヒマラヤ山脈が走っている。どうやってヒマラヤを越えるのか、石油を凍らせないで輸送できるのかなど、大きな問題を抱えている。
 とはいえ、このプロジェクトを侮ることはできない。計画されたルートに沿って、中国パキスタンが共同開発しているプロジェクトが多数ある。経済特区、都市開発、ネット事業など、6つの経済回廊の中でも付随プロジェクトが最も活発に行われている。

海のシルクロード
 2017年5月に海のシルクロードについて、三つのルートが打ち出された。
 1 中国-インド洋-アフリカ-地中海
 2 中国-南太平洋島嶼国-オーストラリア・ニュージーランド
 3 中国-北極-ヨーロッパ(北極海ルート)

中国の影響力
 9つの経済回廊からわかるように一帯一路はアジアを中心に展開しているが、南北米を除いたすべての地域をカバーしている。近年アジア、アフリカのみならず、中東欧や中東にも、中国の影響力は浸透している。中国は米国との関係も重視している。米中関係を安定させながら、一帯一路を積極的に推し進めている。

 2017年5月の「一帯一路」国際協力フォーラムには、世界130カ国から1500名が参加した。図2を参照すると、国家首脳レベル(大統領や首相)が参加した国は赤色、閣僚クラスの参加は青色、その他の参加は緑色となっている。各国の国内・国際情勢により必ずしも断定はできないが、赤や青の地域ほど中国の影響力が強いということになる。アジアを中心に、アフリカの一部、ヨーロッパや中東にも中国の影響力が浸透し始めている。
 一帯一路構想は2013年に打ち出されたが、習近平から新しく始まった外交政策ではない。基本政策は江沢民時代からスタートし、胡錦濤時代までの外交的積み上げの延長にある。習近平政権は、従来のすべての外交政策を統括して、「一帯一路」と命名した。

一帯一路構想の実状と評価
 一帯一路は中国の外交戦略だが、中国が抱える諸問題を解決する「万能薬」としても期待されている。第一に、インフラ建設を通して中国の余剰生産能力を輸出したい。第二に、中国国内の東西格差を解消したい。第三に、中国の政治・軍事的影響力を拡大させる狙いがあり、この点が特に世界各国で心配されている。
 日本では、一帯一路構想に対して批判的な声が多い。「政策の体をなしていない」「明確な政策ビジョンもない」「一帯一路は古代文明のルートで、各地域には政治・経済リスクも高く、採算性がない」など。上述したように、中国パキスタン経済回廊は極めて難しいプロジェクトであり、その他のルートも簡単に実現できるものではない。
 しかし、「実現可能性がない一帯一路構想など、軽視しても構わない」と考えるべきではない。習近平の中で、一帯一路は絶対に失敗が許されないプロジェクトとされており、莫大な資金と外交エネルギーが注ぎ込まれている。一帯一路構想は中国の思惑通りには動かないとしても、国際関係に大きな影響を与えている。たとえば、中国がインフラを整備し港を造ることで、貿易ルートや貿易中継地が変わる可能性は高い。金融面では融資や貿易に人民元が用いられることで、人民元の国際化が促進される可能性もある。
 一帯一路構想は壮大なグローバル戦略だが、中国にとって一番ネックになるのはアジア太平洋地域である。なかでも、日中韓関係や北朝鮮問題だ。

2.中国の北朝鮮政策

政策目標は「朝鮮半島の非核化」
 中国の基本的なスタンスとして、北朝鮮は中国にとっての緩衝地帯である。朝鮮半島ではできるだけ現状を維持し、混乱を起こしたくないと考えている。
 その上で中国が一貫して主張しているのは、「朝鮮半島の非核化」である。中国における北朝鮮政策では、朝鮮半島の非核化が政策目標となってきた。2000年代初頭から、中国は一貫して六者会合で北朝鮮の核開発を管理しようとした。
 しかし結果的に、この政策は成功していない。2010年の哨戒艦沈没事件や延坪島砲撃事件で、中国は北朝鮮寄りの立場を取った。このことで、韓国から中国批判の声が高まり、中韓関係も米中関係も悪化した。それ以降、胡錦濤体制の後期から習近平体制に入って現在に至るまで、中国は北朝鮮への圧力を徐々に強めている。

「戦」と「乱」に備える中国
 現在中国が北朝鮮問題で恐れていることについて、大きく二点あげることができる。第一は、朝鮮半島で戦争や難民が発生するような混乱が生じること。中朝国境に難民キャンプを建設する計画については、日本でも昨年末報道された。
 中国が恐れる第二点目は、北朝鮮問題を契機に、日米韓の軍事協力が強化されることだ。THAADの問題もこれに関連している。中国国内ではTHAAD問題を、特に警戒感を抱いている。
 この二点を恐れる中国は、「2つの停止」を提案している。それは、北朝鮮が核ミサイルに関するすべての活動を停止することであり、米韓が合同軍事演習をやめることを指す。
 北朝鮮問題は刻一刻と動いているが、中国では「戦」と「乱」に備える動きが活発になっている。「戦」とは朝鮮半島で戦争が起こることを指す。「乱」とは北朝鮮に対して限定的な軍事力行使がなされた場合、朝鮮半島から難民がなだれ込んでくるなどを指している。
 賈慶国北京大学国際関係学院長は2017年9月、オーストラリア国立大学の学術サイトに『北朝鮮での最悪な状況に備えるべき時期になった(Time to prepare for the worst in North Korea)』と題する論文を発表した。北京大学の重鎮である彼の提案は非常に具体的だった。「朝鮮半島で戦争が起こった場合、米国が核を管理してもいい」「北朝鮮内に中国がシェルターを造り、そこで難民を収容すべきだ」「戦後復興は、米国ではなく国連か韓国軍が管理すべきだ」。これらの政策提言は海外からも非常に重視されている。

今後の朝鮮半島情勢
 核ミサイル開発を強行する北朝鮮をめぐって、東アジア情勢は大きく揺れている。米国は米中協調関係を維持・強化しながら、同盟国の日本・韓国との関係を強化している。異色な二つのベクトルを同時に進行させている。他方、中ロ関係は著しく接近している。
 東アジアでは、米中協調と中ロ接近、日米関係強化などが同時に進んでいる。北朝鮮問題はこれら大国関係を流動的にしているだけに、中国の世界戦略・一帯一路構想の要にもなっている。今後、韓国などのミドルパワーの国々が日米中ロなどの動向に大きな影響を与えるのでは、と考えられる。

3.第二期習近平外交のゆくえ

「インド太平洋戦略」における懸念-チャイナギャップ-
 トランプ大統領が2017年11月にアジアを歴訪した際、日米両首脳は「自由で開かれたインド太平洋」にむけた戦略を共有した。アジア太平洋における中国の影響力拡大を懸念したもので、インドも歓迎している。
 ただし、すべての国が中国の台頭に脅威を感じているわけではない。インド太平洋戦略を推し進めていくにあたって、「中国脅威論」の温度差をどう解消するのかは大きな問題となる。対中包囲網としてのインド太平洋戦略で、どれだけの国々が連携できるかについては楽観視すべきではない。

中国外交の展望

 中国は今後「一帯一路」を推し進めるうえで、環境問題、「一帯一路」参加国の債務問題、イデオロギー色強める中国に対する対抗と反発など、様々な問題が潜んでいる。
 とくに「一帯一路」の対抗軸とされる「自由で開かれたインド太平洋戦略」との競合は注目される。

(本稿は、2018年1月19日に開催した「IPP政策研究会」における発題内容を整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
青山 瑠妙 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授
著者プロフィール
1999年慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程終了。法学博士。2005~2006年スタンフォード大学客員研究員。2016~2017年ジョージ・ワシントン大学客員研究員。現在、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授。専門は現代中国外交。主な著書に、『現代中国の外交』、『中国のアジア外交』、『中国外交史』など。

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