捕鯨問題で日本が世界に発信すべきこと

捕鯨問題で日本が世界に発信すべきこと

2020年3月27日

 日本政府は20181226日に国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退を表明し、2019630日に条約の規定により脱退が確定、そして翌71日から商業捕鯨の操業を認めた。これは大きな国際的な反発が生じるかと当時は懸念したが、今のところ目立って大きな反発はなく、商業捕鯨も粛々と進んでいる感がある。ただし捕鯨問題は欧米各国においてはセンシティブな扱いが必要であり、今後、日本政府や日本人がどう対応すべきか、本稿で論考したいと考えている。

反捕鯨運動とのやり取り

 まず、捕鯨問題の経緯を簡単に振り返っておくこととする。IWCは、国際捕鯨取締条約によって1948年に設置された国際機関である。設立当初は多くの加盟国が商業捕鯨を大規模に行い、シロナガスクジラなどの資源減少が問題となった。これらの鯨種は1960年代以前から資源保護のために捕獲禁止措置がとられ、日本も全面的に賛成した。しかし1970年代から資源が豊富な鯨種までも禁漁にしようとする反捕鯨運動がアメリカ発で始まった。特にミンククジラは、鯨体が小さく操業の効率性が落ちるため、1970年代頃まで大規模な商業捕鯨の対象ではなく、資源も豊富に存在していたが、反捕鯨運動では、このような種も一律に禁漁対象にしようとする主張がなされた。
 IWCでの反捕鯨国による具体的な主張は、クジラに関する科学データには不確実性が存在するので、捕鯨は一旦全面的に禁止すべきとのものであった。日本などの捕鯨国は、資源が良い種類のクジラまで禁漁にする合理的な理由はないと主張したが、1982年、IWCは、確実な科学データが得られるまで一旦全ての商業捕鯨を禁止した。これを商業捕鯨モラトリアムという。同時にIWCは、1990年までに科学評価を実施した上でモラトリアムを見直すことにした。日本は、ソ連やノルウェー、アイスランドなどの捕鯨国とともに最後まで反対したが、決定後はやむを得ずこれを受け入れることとした。
 その後も、日本はIWCに留まり、1990年の科学評価に備えるために、1987年から調査捕鯨を開始した。国際捕鯨取締条約では、第8条で加盟国による調査捕鯨の実施を保証しており、この規定に基づく捕獲であった。そして約束の1990年になり科学評価は実施され、ミンククジラなどは多数生息することが改めて確認できた。しかし同年、IWCでは商業捕鯨を再開するためには操業を監視取締する制度を更に合意しなければならないとの議論が急に出され、モラトリアムは継続された。
 引き続き日本は調査捕鯨を行い、南極海のミンククジラに関し年齢構成などを調査し、結果をIWCに提出した。しかし、反捕鯨国は統計的な精度が不十分との議論を提起してくる。対応するためには、日本は捕獲を追加してサンプル数を増加させなければならない。このように、反捕鯨国と日本が必死の攻防を重ねるうちに、調査項目は徐々に拡大し、当所と比較して調査捕鯨の捕獲頭数も増加した。具体的には1987年当時は南極海でミンククジラ330頭を上限としていたものが、2005年には935頭となった(なお1986年以前の商業捕鯨時代の南極海でのミンククジラ捕獲頭数は年間2000頭程度であった)。

「少数意見尊重」の原則を前面に主張すべき

 この中で、オーストラリアは2010年に日本が南極海で行う調査捕鯨(正確には2005年以降のJARPA2とよぶ調査プログラム)を国際司法裁判所(ICJ)に訴えた。そして2014年春にICJは、JARPA2がクジラを殺す行為を伴っていること自体は「広い意味で科学調査と性格付けができる」としながらも、調査計画のデザインやその実行はこの調査の目的を達成するために妥当との証拠は得られていないとして、日本のJARPA2は国際捕鯨取締条約第8条の規程に基づくものではないとの判決を下した。
 ただし判決文をよく読むと、裁判所は、JARPA2には否定的な見解を示しているものの、一般論として調査捕鯨そのものを否定しているわけではない点がわかる。これを受けて日本は、2014年はJARPA2を取りやめ、1年のブランクをおいて201512月から捕獲枠をミンククジラのみ333頭に減らすなどとした新しい調査捕鯨(NEWREP−A)を南極海で開始した。しかしその後日本政府は、20181226日にIWC脱退を発表し、2019年から調査捕鯨を終了させた。
 捕鯨問題では、日本は少数派である。IWCの投票では日本を支持するアジア・アフリカ・カリブなどの国も多くいることは認めるが、クジラを魚食の一つのバリエーションとして食料利用している意味では世界の中でも少数派である。そして日本がIWCで問題としていたのは、こういった少数派の意見が、多数派が勝手に決めた判断基準によって否定され弾圧される現状であった。クジラ以外の案件では、国際社会においてマイノリティーへの弾圧が起きれば、人権問題として大問題になる。
 今後とも日本は、捕鯨問題が国際的に問題になる場合には、この人権問題をもっと明確に発信すべきであろう。日本の商業捕鯨再開の方を強調してしまうと、日本はクジラを捕獲して自国だけが利益を受ければ良いという話になってしまう。2015年に国連で採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」では、「社会で置いてけぼりになる人間を一人も出さないこと(No one will be left behind)」という理念がその基本になっている。IWCはこの理念にも逆行している。今後日本は、この理念を尊重しながら、自国の立場を国際社会に丁寧に説明することが重要な課題になっている。

八木 信行 東京大学大学院教授・日本学術会議連携会員
著者プロフィール
東京大学農学部卒、米国ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営学修士(MBA)課程修了。博士(農学)東京大学。1987年に農水省入省後、水産庁勤務などを経て、2008年東京大学大学院特任准教授、11年同大学院准教授、17年より現職。研究分野は漁業経済学、海洋政策論、農林水産業のイノベーション。現在、日本水産学会理事、日本学術会議連携会員、国連食糧農業機関(FAO)の世界農業遺産(GIAHS)プログラム科学アドバイザリー会合委員等も務める。

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