2002年に「児童虐待の防止等に関する法律」(児童虐待防止法)が制定されて以来、度々改正が行われるなど、児童虐待防止制度の充実が図られてきた。その中で児童相談所(児相)等に寄せられる虐待相談件数は増加の一途を辿るとともに、権限強化などによって児相の業務は質量ともに厳しさを増している。にもかかわらず、虐待対応において中心的な役割を担っている児童福祉司の人員体制の充実は殆ど置き去りにされてきた。このため、膨大な業務量の前に児童福祉司は疲弊し、個々の事例に対して丁寧な対応が出来なくなっている。
東京都目黒区や千葉県野田市での事案など特に悲惨な虐待死事件が続く中、政府は児童相談所強化プランを策定し、児童福祉司を2020年度までの4年間で2千人以上増やすこととした。2017年度における全国の児童福祉司数は3240人であるから、これは大胆な増員といえる。しかし、単純に歓迎することはできない。短期間でこれだけの人材が果たして確保できるのか、また、新人の育成に手が取られ虐待対応が疎かになりはしないかという問題に加え、特に重要なのは、児童福祉司にどのような専門性を求め、これをどのように養成・育成するのか。そこの青写真が全く示されていないからである。
児童福祉司に求められる介入と援助の統合能力
まず、児童福祉司にどのような専門性を求めるかである。児相は、長年、クライエントとの信頼関係を基盤としながらその自己決定を側面的に援助するというソーシャルワークの手法に依拠してきた。しかし、その手法を虐待対応にも採用してきたため、親との信頼関係の構築に拘泥し、子どもの安全と福祉を最優先した対応が二の次となり、結果、子どもの生命を守り切れず社会的批判に晒されてきたことは周知の事実である。さりとて、子どもの安全確保の名の下にやみくもに権力をもって介入し、親を断罪し、悪い親から子どもを救出するといった発想ややり方では真の問題解決には至らず、子どもの人権を保障することもできない。しかし、現実には「福祉警察」と揶揄されるように、そのような傾向も見られる。わが国の虐待対応手法は、ソーシャルワークと強権的介入の間を振り子のように揺れているが、虐待対応の本質はそのどちらでもない。
それでは、その本質とは何か。当事者の意思に反して介入が行われる虐待事案ではある程度、親との対立関係は避けられない。しかし、筆者は、14年間に亘る児童福祉司としての経験やその後の児相関係者との関わりから、カリスマともいうべき練達の児童福祉司たちは、親との熾烈な対立関係をバネに、親の前に毅然として立ちはだかり、揺るぎない態度で親を承服させ、そのことで見事なまでに親の信頼を得るに至った人たちを少なからず知っている。つまり介入か援助かではなく、両者を統合する能力が児童福祉司に求められる専門性の本質ではないか。
国家資格化による社会的認知と地位の向上を
次の課題は、そのような児童福祉司をどう養成・育成していくかである。児童福祉司が専門職として虐待事案に的確に対応するには、幅広い専門的知識と洗練された援助技術は当然のこととして、専門的人格ともいうべき人格レベルにまで染みつくような、長年にわたる不断の鍛錬によって編み出される卓越した人間力が求められる。そのためには、児童福祉司がその職務をライフワークとして取り組める環境整備が最重要課題となる。現状では、苛烈な業務であるがゆえに2~3年で異動していく例も少なくない。これでは専門性の涵養は期待すべくもない。苛烈な業務であっても、いや苛烈な業務であるからこそ、定着できる環境整備が何よりも求められるのである。児童福祉司の業務は人の生命や安全に直結する極めて責任の重い過酷なものである。児童福祉司の専門性を担保するとともに、その確保と定着を図るには、専門職としての社会的認知と地位を向上させることが不可欠であり、そのためには、現行の任用資格ではなく、虐待対応に特化した国家資格とすべきである。そして重責に見合った役職や報酬を保障するなど一定のインセンティブを付与することが重要である。具体的には、社会福祉士資格をベースとしてその上に2年程度のコースを大学院に設け、演習・実習を含めた徹底した養成教育を行い、国家試験を経て国家資格を付与することとしてはどうか。
社会福祉士を児童福祉司に任用すればよいとの考え方もあるが、先に述べたように、虐待対応は従前のソーシャルワークの枠組みでは全く不十分である。現に社会福祉士を任用している自治体でも死亡事案は少なからず発生している。また、社会福祉士を児童福祉司に任用した後、研修を受講させればよいとの意見もあるが、虐待対応できる職員を育成するには、ソーシャルワークに加えて、例えば、危機介入理論、児童虐待アセスメントの理論と方法、ネットワーキング、司法福祉、家族社会学、家族病理論、家族再統合論など膨大な科目群の受講と演習・実習が必要である。これらを任用後の研修でまかなうのは不可能といわざるをえない。
いずれにせよ、児童虐待ソーシャルワーカーとしての児童福祉司像を確立したうえで、人材育成、確保に向けたロードマップを国は描出すべきである。
昨秋から漸く国の社会保障審議会のワーキンググループが、児童福祉司等の国家資格化の是非を含めた専門性の確保方策の検討に入った。どんなに素晴らしい制度ができても、これを支えるのは人材である。その人材が専門性を欠き、疲労困憊しているようでは、その制度も「絵に描いた餅」となる。虐待対応の成否は結局人材にかかっていることを忘れてはならない。