同性婚合法化前後で変わったアメリカの言論

同性婚合法化前後で変わったアメリカの言論

2020年5月20日

同性婚カップルへの養子斡旋をめぐって

 アメリカのシンクタンク、ピュー世論研究所によると、国内では2011年を境に同性婚支持が不支持を上回るようになり、17年時点では同性婚不支持は3割に急落している。ここ数年で同性婚不支持を訴える言論や宗教保守勢力による活動はすっかり鳴りを潜めた感がある。
 同性婚不支持者の多くは、LGBTQに対して嫌悪感を持っているというより、自身の宗教的信条から、結婚制度のあり方を変える同性婚に対して異議を唱えている場合が多い。2018年5月、カンザス州とオクラハマ州で、民間の養子縁組サポート機関が同性婚カップルに対して養子の提供を拒否することを認める法案が通り、同性婚不支持者の立場を代弁することとなった。
 当時両州では、この結果を差別的法案だとし、現地のLGBTQ団体だけでなく、アップルやグーグルといったアメリカを代表する企業も法案に反対した。これに対して、養子縁組法案に賛成したオクラハマ州のグレッグ議員は、「この法が、より多くの養子を健康な家庭に繋げるための助けになるだろう」と、子供の人権を第一にすべきという考えを示した。
 この法案が通った背景には、養子縁組サポート機関の多くが信仰を基礎とした教会コミュニティであり、信教の自由を尊重したということがある。
 信教の自由だけでなく、子供の視点から同性婚の問題点を指摘する研究や記事も少なくない。例えば、社会学者のパウル・サリンズ博士は、2016年、同性婚カップルのもとで育った子供は異性婚カップルの子供より鬱症状を発しやすいという研究結果を発表した。
 またアメリカの心理学専門誌『サイコロジートゥデイ』は17年10月、同性婚カップルと異性婚カップルの違いに関する研究記事を掲載。同性婚カップルは異性婚カップルに比べて、関係の解消率が高く、安定性が低いとした。
 ただ合法化以降は平等という観点から、異性婚も同性婚も同じように扱う傾向が見られる。前述の『サイコロジートゥデイ』の記事では、同性婚カップルの安定性が低いのは、マイノリティ・ストレスが原因であると結論づけている。
 しかし、ピュー世論研究所の調査が示すように、同性婚カップルの大半は結婚の目的を経済的安定や法的利益に置く割合が高く、子供をもうけ、生涯の伴侶として契約を結ぶ異性婚とは大きな違いがある。(表)


政治利用された心理学会の論文

 こういった結婚の目的の違いから、2015年の同性婚合法化以前には、結婚の倫理観崩壊や子供への影響を憂慮する研究論文や発言が多数紹介されてきた。ところが、合法化から3年経った現在では、そういった研究を目にすることが少なくなった。むしろ、既存の研究の欠陥を指摘、批判し、同性婚は子育てに問題ないと結論づける研究が目に付くようになった。
 最も影響があったのはアメリカ心理学会(APA)が、「同性婚の子供が異性婚の子供よりも劣るという科学的根拠はない」とする、シャーロット・パターソン氏の論文を発表したことである。この論文は、同性婚を合法化する契機となったオーバーグフェル対ホッジス裁判でも引用された。
 ところが後に、APAの論文内容には欠陥があるとの指摘がなされている。問題となったのは、研究対象である同性婚の親と子が、調査時に内容を知っており、研究担当者が意識的に“理想の結果”を求めた可能性があること。さらに、調査対象が一般的な同性婚家庭よりもLGBTQ団体や組織に所属している家庭から選んだため、客観性に欠けるという指摘である。
 結局のところ、同性婚に関する研究はさまざまな利害と結びつき、政治利用されてきた面があることは否めない。

言論の変質がもたらす逆差別の危険

 こうした文化の衝突に対し、保守系シンクタンクであるヘリテージ財団のライアン・アンダーソン博士は、「同性婚合法化以降は、価値観衝突の文化戦争を継続するのではなく、多元論による平和的共生が必要だ」と主張している。
 アメリカの世論は、家族の多様化、差別の解消、社会の寛容化といった耳障りの良い言葉に同調し、同性婚に寛容な社会をつくりあげてきた。
 しかしながら、合法化以後の言論が大きく変質するなかで、同性婚不支持者が言論の統制を受け、逆差別されるという危険にさらされるようになった。
 実際、同性婚を合法化して13年のカナダでは、LGBTQ差別と判断され、言論の自由や信教の自由といった他の権利が侵害されているケースもある。信仰によって同性婚に否定的な企業や個人事業者が非難の対象になっているのだ。
 また、アメリカでも大手新聞社や多くの言論が、同性婚やLGBTQに対する肯定的意見や研究結果を取り上げる一方、否定的意見に対しては批判的な論調を展開している。特に、著名人や政治家のLGBTQに対する発言にはメディアは敏感に反応している。
 現在の言論における同性婚に関する議論は、価値観の衝突というより、むしろ政治的プロパガンダに利用されている可能性が高い。

注 LGBTQ:レスビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、ジェンダークイア(性自認や性的指向を定めない人)の略。

(初出:EN-ICHI2019年1月号)

政策コラム
2015年6月の同性婚合法化から3年。アメリカのメディアでは、LGBTQ、いわゆる性的マイノリティの権利を支持する記事を以前より目にするようになった。合法化以前と以後では、メディアは立ち位置を大きく変えつつある。 米テキサス在住・翻訳家 片桐佳誉子

関連記事

  • 2018年6月30日 家庭基盤充実

    深刻化する子どもの養育環境と子育て支援のための家族政策 ―新しい社会的養育ビジョンの意義―

  • 2020年3月24日 家庭基盤充実

    アタッチメント経験と夫婦関係への影響

  • 2019年11月12日 家庭基盤充実

    「単独親権」と「共同親権」―子供の視点から離婚後の親権制度を考える―

  • 2020年2月13日 家庭基盤充実

    家族機能の回復に向けた家族支援を考える ―子供の養育環境改善に向けての課題―

  • 2018年9月5日 家庭基盤充実

    「男女平等社会」のイノベーション ―「男女共同参画」政策の何が問題だったのか―

  • 2020年5月20日 家庭基盤充実

    家庭教育支援条例・支援法がなぜ必要なのか ―子供の健全な発達を保障するための支援―