決め手を欠くトランプ政権の対イラン政策 ―「最大限の圧力」の限界―

決め手を欠くトランプ政権の対イラン政策 ―「最大限の圧力」の限界―

2020年5月26日

 米国による強い圧力は、イランのイスラーム共和国体制にとっては力となる。特に、第三者の目から見ても米国の行動が十分に「理にかなっている」とは思われないような場合に、その傾向は顕著である。2015年7月に成立したイラン核合意をめぐる米国の行動は、その最たるものであるといえよう。イラン核合意(JCPOA)は、成立の6日後には国連安保理において決議第2231号(UNSC2231)として全会一致で採択され、国際原子力エネルギー機関(IAEA)はそれ以降、イランによるJCPOAの履行状況を繰り返し確認してきた。そうであるにもかかわらず、2017年1月に就任した米国のトランプ大統領は、選挙戦中の公約どおり、「史上最悪の合意」であるJCPOAからの離脱を宣言した。
 トランプ大統領の行動は、オバマ政権期にJCPOAの成立に向けて尽力した米国内の関係者たちからの強い批判を招いた。米国のJCPOAからの離脱に対し、たとえばロシアのような国は、これをUNSC2231違反であると指摘して批判した1。しかし、米国内のJCPOA支持者たちによる批判はむしろ、「JCPOAからの離脱によって、米国はイランに対する決定的なレバレッジを失う」とするものであった。たとえば米国の対イラン制裁の立案に長く関わり、イランとの核交渉にも制裁の専門家として参加した元米国務省のリチャード・ネフューは、「米国はJCPOAからの離脱によって、JCPOAによって解除された一連の対イラン国連安保理制裁を復活させる(『スナップバック』と呼ばれる)力を手放した」ことを最も重大な問題と位置付けた2。米国のJCPOA離脱から2年あまりを経て、米国がイランに対する決定的なレバレッジを欠いている点は、日増しに顕著になってきている。米国はイランに対する「最大限の圧力(マキシマム・プレッシャー)」を行使しているにもかかわらず、イランの様々な「問題行動」を、変えさせられずにいるのである。

トランプ政権の対イラン政策

 トランプ大統領がなぜ、それがスナップバックの権限を「手放す」ことを意味しているにもかかわらず、性急にJCPOAから離脱したのかということは、あまりはっきりわかっていない。離脱を宣言した際のトランプ大統領自身の言葉を借りるなら、「JCPOAはイランの核開発を阻止しないばかりかそのミサイル開発に制限を加えるものでもなく、さらにはイランによる中東各地での問題行動を改めさせるものでもない」3。トランプ大統領はそのように指摘し、イランに最大限の圧力を行使することで、イランのあらゆる問題行動に対処するより包括的な合意を、イランとの間で結ぶと述べた4
 JCPOAからの離脱以来、米国はJCPOAの規定に基づき解除されていた対イラン制裁を全て復活させ、最大限の圧力という言葉のとおり、制裁をとにかく強化し続けてきた。米国の経済制裁の対象は当初、自動車、鉄鋼、石化、エネルギー等イランの主要経済部門に限られていたものの、今日では繊維、あるいは製造業全般を含むほぼすべての経済部門において、「イランと付き合う者には米国が制裁を科す」方針が徹底されている。イランとの金融取引もイランからの原油輸入も全て制裁対象とされ、制裁違反が認定された第三国の企業や個人は在米資産を凍結されたり巨額の罰金を科されるなど、米国による処罰の対象となった。
 JCPOAからの離脱後に、トランプ政権がまずあらゆる制裁を「復活させた」ことからも明らかなとおり、イランに対してはオバマ政権期においてすでに、非常に厳しい制裁が科されていた。しかし、オバマ政権はその一方で、イランのレジーム・チェンジは追求しないと言明し、イランによるウラン濃縮をめぐっても、その放棄をひたすら追求したブッシュ政権とは異なるアプローチを取った。圧力とインセンティブを巧みに組み合わせることにより、オバマ政権はイランとの核交渉を実現させ、核合意の成立に至ったのである。
 これに対してトランプ政権のイラン政策は、今日に至るまで圧力一辺倒である。トランプ大統領の強力なイラン制裁は、あくまでも米国の単独制裁である点も、オバマ政権期とは異なっている。オバマ政権期の対イラン制裁は、イランの核開発問題をめぐって採択される国連安保理制裁決議をふまえるという体裁のもと、徐々に強化されていった。たとえば2010年に採択された安保理決議第1929号は、「イランのエネルギー部門に由来する収入がイランの核技術開発と結びついている可能性」に言及し5、オバマ政権はこの規定を引きながら、イランからの原油輸入を制裁対象に含めた6。これに対してトランプ政権の「イラン産原油ゼロ」制裁は、あくまでも米国自身の決定に基づく、米国の単独制裁である。
 米国は依然として基軸通貨ドルを握る世界最大の経済大国であり、米国には(イラン以外の)第三国をも対象に含める二次制裁の発動を通じ、自らの単独制裁を徹底させる力がある。事実米国の「イラン産原油ゼロ」制裁を受けて、イランの原油輸出量は1年もたたないうちに、制裁前の1割程度まで落ち込んだとする報道もあるほどである。しかしそれでも、正当性という観点からいえば、「安保理制裁に依拠する」オバマ政権の制裁の方が、世界各国からの協力を、より容易に取り付けることができた7。JCPOAという国際合意の否定の上に、次々と繰り出されているトランプ政権による数々のイラン制裁は、そのような側面を欠いている。

イランの対応

 米国のJCPOAからの離脱以降、イランは1年の間は、「戦略的忍耐」と呼ばれる行動を維持していた8。イランの側は遵守していたJCPOAから一方的に離脱するという米国の行動が必ずしも広範な支持を集められていないことを見極め、米国がイランへのあらゆる制裁を復活させて以降も、イランはIAEAの査察下で、JCPOAの遵守を続けたのである。
 実際のところ、トランプ大統領が「イランの間違った行い」を強く非難し、ポンペオ国務長官がイランに12項目の要求を突きつけ9、「普通の国」になるようにと繰り返し呼びかける中にあって、米国の後に続きJCPOAを離脱した国はなかった。米国の離脱の4か月後には、国連総会の傍らで、米国を除くJCPOA署名国が合同委員会を開催し、JCPOAは堅持すべきであることを確認しあった。この会合ではまた、JCPOAはイランとの経済関係の正常化も定めていることをふまえ、米国の制裁下でもイランとの取引を可能にするためのSPV(特別目的事業体)を設置することも合意された10。この合意に基づき、2019年1月には英独仏3カ国によって、「JCPOAの維持に向けイランとの合法的な貿易を行うためのSPV」であるINSTEXの創設が発表された11
 しかし、INSTEXはなかなか始動しなかった。INSTEXはイランへの最大限の圧力政策を損ないかねないとする、米国の強い反対があったからである。米国はまた、2019年5月1日をもって、イラン産原油の輸入は「一切禁止する」(イラン産原油の輸入に関わる一切の者には米国が制裁を科す)ことを発表し、イランへの圧力をさらに強めた。
 JCPOAを否定してとにかくイランへの圧力を強化する米国の一連の動きを受けて、イラン側も対応を開始する。トランプ大統領のJCPOA離脱宣言から数えてちょうど1年後、2019年5月8日に、ロウハーニー大統領はJCPOAの「段階的不履行宣言」を行い、イランはこれ以降、JCPOAの履行を段階的に停止すると発表した。それ以来、イランはJCPOAの規定値を超す数量および上限濃度を超過する低濃縮ウランを備蓄し、JCPOAでは認められていないより高性能の遠心分離器の使用を開始した。これに加え、イランは領空侵犯を理由に米軍の無人機を撃墜し、イランのタンカーが英領ジブラルタルで拿捕されると英国籍のタンカーをホルムズ海峡近辺で拿捕し、米国と米国に同調する国々からの圧力に対しては「一歩も引かない」姿勢を示した。

 

最新の展開

 ともに一歩も引かない姿勢の米国とイランの間の緊張関係は、2020年1月には米軍によるイランの革命防衛隊司令官殺害とイランによる報復攻撃という形で最高潮に達した。その只中で、イランはJCPOAをめぐっても、その義務を「今後一切履行しない」とする発表を行い、英独仏3カ国はこれを受け、対イラン国連安保理制裁の復活(スナップバック)を視野に入れた「紛争解決メカニズム」を発動した。
 しかし、イランも英独仏も、ともに自らの目的は「JCPOAを救うことであり崩壊させることではない」との立場を維持しており、紛争解決メカニズムの発動を受けて、対イラン安保理制裁が一気に復活するような事態にはなっていない。むしろそれ以降、英独仏は新型コロナウイルスの感染拡大問題を受けて、イランへの医療支援を決定し、この支援の実施に際しては、INSTEXの枠組みが初めて使用される運びとなった12
 そのような中で現在注目を集めているのが、2020年10月に予定されている、イランに対する武器禁輸措置の解除である。JCPOAではその採択の5年後に、イランに対する武器禁輸措置を解除することが定められているが、米国がこれに強く反対しているのである。米国務省のブライアン・フック・イラン特別代表は、米国はイランに対する武器禁輸解除は必ず阻止すると宣言し、UNSC2231に規定されるスナップバックを発動すれば、その阻止は可能であると示唆している。
 フック特別代表によれば、「UNSC2231には、米国はJCPOA参加国と規定されており、JCPOA参加国には、スナップバックを発動する権限が与えられている」13。それはそのとおりだが、トランプ政権はJCPOAから離脱することで、まさにこのUNSC2231に反し、イランへの最強の制裁を科してきたわけである。フック特別代表自身、2019年9月の時点では、米国のスナップバックの権限に関し、「米国はすでにJCPOAの参加国ではなく、スナップバック権限の行使はJCPOAに残る国々に委ねられる」と述べている14
 「UNSC2231を読めばそこには米国はJCPOA参加国と明記されているのだから米国にはスナップバックの権利がある」とするフック代表の発言は、一見すると強弁のようにも見える。しかし、中東各地で紛争が続いている現状において、イランに対する武器禁輸措置を解除すべきでないとする米国の主張が一定の賛同を集め得るならば、そのような強弁が通る可能性も皆無ではないことになるのだろう。

今後の展望

 1979年に革命によって誕生し、1980年から8年間にわたり続いたイラン・イラク戦争(イラクの侵攻により始まったこの戦争は、イランでは「押し付けられた戦争」と呼ばれる)を経て定着したイランのイスラーム共和国体制は、これまで危機に直面するたびに、その危機を乗り越えることにより、体制基盤を強化してきた。そして今日、トランプ政権によるイランに対する最大限の圧力は、これまでの数々の危機と同様に、イランの政治エリートたちをむしろ結束させている。
 ボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官(当時)を含むトランプ政権の高官は、イランへの最大限の圧力政策は、イランのイスラーム共和国体制を「内側から崩壊させる」との見通しを描いていた。2017年末に突如としてイラン全国に広まった抗議行動を受け、トランプ政権の関係者たちはそのような確信を深めたとも言われる。昨年2019年11月にも、イランではガソリン価格引き上げをきっかけに各地で激しい抗議行動が発生しており、トランプ政権は「崩壊間近の」イランの現体制の「脆弱性」に賭ける形で、最大限の圧力政策を維持してきているように見える。
 しかし、少なくとも2020年11月の大統領選挙の帰趨を見届けるまでは、イランがトランプ政権の要求に屈する可能性は非常に低いと考えられる。JCPOAをめぐる米国の行動自体が必ずしもその他の関係国(特にJCPOA参加国)の支持を得られず、十分な正当性を欠いていることが、その一因となっている。米国の制裁はイランの原油輸出収入を激減させ、イラン政府の財政難は深刻化している。つまり米国の制裁は、イラン経済に間違いなく甚大な影響を与えている。しかしそれでも米国の最大限の圧力は、イスラーム共和国体制を崩壊させることも屈服させることもできておらず、その意味で米国には、もはや自らの強弁に頼る以外、打つ手がないと見ることもできよう。トランプ政権にとってイランへの武力行使が選択肢となり得ないのであれば、なおさらである。

 

1 たとえばロシアのタス通信の、以下の記事を参照。https://tass.com/world/1023240

2 Richard Nephew, “In exiting the Iran deal, Trump left U.N. sanctions relief intact—why that could pose problems down the road,” Brookings, 2018.5.17, https://www.brookings.edu/blog/order-from-chaos/2018/05/17/in-exiting-the-iran-deal-trump-left-u-n-sanctions-relief-intact-why-that-could-pose-problems-down-the-road/

3 https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/remarks-president-trump-joint-comprehensive-plan-action/

4 https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/statement-president-reimposition-united-states-sanctions-respect-iran/

5 https://www.undocs.org/S/RES/2231(2015)

6 2011年に制定された国防授権法(NDAA)の第1245条は、イランからの原油輸入を180日ごとに大幅に削減しない限り、イラン産原油の決済に関わる輸入国の金融機関は米国により制裁を科されることを明記した。

7 Nephew, 前掲論文。

8 たとえば以下の記事を参照。https://www.tasnimnews.com/en/news/2019/10/16/2120018/zarif-iran-s-strategic-patience-over

9 https://www.state.gov/after-the-deal-a-new-iran-strategy/

10 https://eeas.europa.eu/headquarters/headquarters-homepage/51036/implementation-joint-comprehensive-plan-action-joint-ministerial-statement_en

11 https://www.diplomatie.gouv.fr/en/country-files/iran/news/article/joint-statement-on-the-creation-of-instex-the-special-purpose-vehicle-aimed-at

12 https://www.gov.uk/government/news/instex-successfully-concludes-first-transaction

13 2020年4月30日の記者会見における発言。https://www.state.gov/briefing-with-special-representative-for-iran-and-senior-advisor-to-the-secretary-brian-hook-on-depriving-iran-of-the-weapons-of-war/

14 https://www.state.gov/middle-east-peace-and-security

政策オピニオン
坂梨 祥 日本エネルギー経済研究所 中東研究センター 研究理事
著者プロフィール
東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程単位取得退学。在イラン専門調査員などを経て,2005年より一般財団法人日本エネルギー経済研究所中東研究センターに勤務。2008年ガルフ・リサーチ・センター(ドバイ)客員研究員。2019年より同中東研究センター・副センター長。専門は中東地域の政治と国際関係。主な著作に,“Japan Strives to Keep Importing Iranian Oil Despite US Sanctions,” Atlantic Council, 2019.1.14,「米国による『最強の対イラン制裁』の効果」『中東協力センターニュース』2018・10(第43巻第7号)など
米国による強い圧力は、イランのイスラーム共和国体制にとっては力となる。特に、第三者の目から見ても米国の行動が十分に「理にかなっている」とは思われないような場合に、その傾向は顕著である(80字)

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