米国トランプ次期政権が目指す政策

米国トランプ次期政権が目指す政策

2016年12月15日

大統領選結果

 11月8日に実施された2016年米大統領選挙投票の即日開票結果は、大方の予想に反して、共和党候補ドナルド・トランプ(70)が当選に必要な選挙人票270人を大幅に上回る少なくとも306人を獲得し、勝利を果たした。同時に実施された連邦議会選挙でも、共和党が予想以上に善戦し、上院は共和党52議席、民主党46議席、無所属2議席、下院は共和党238議席、民主党193議席(未確定4議席)となり、共和党が上下両院で過半数を維持した。これにより、2017年1月には、共和党がホワイトハウス、議会上下両院を支配する構図となる。
 選挙戦では、約15の州が激戦区となり、それらの州の結果が勝敗を左右する展開になった。投票日直前の予想では激戦区でも民主党候補ヒラリー・クリントン前国務長官(68)が有利とされていたが、実際にはトランプがこれらの州の大半を相次いで制し、当選確定に向けて選挙人票を積み上げていった。一般投票における得票数は、トランプ、クリントンとも約6000万票だったが、クリントンの方が約200万人上回った。しかし人口が多く、したがって選挙人票が多い激戦州でトランプが勝利したため、選挙の勝敗を決する選挙人票ではトランプが勝る結果になった。
 大統領、議会が共和党支配となる「統一された政府」は、「分裂政治」を克服しプラスの実績を出す追い風になっている。さらに司法府である連邦最高裁判所の判事指名を通じて最高裁のイデオロギー的傾向に影響を与え、米国社会の方向性を決める大きな力を持つことになる。さらに州レベルにおいても共和党が過去100年近くで最も多くの知事をもち、共和党史上で最も多くの州議会を支配することになった。共和党がこれほどの連邦、州レベルの政府支配を達成したのは1920年代以来である。共和党はホワイトハウス、連邦議会、知事、州議会を牛耳る単独天下を実現した。

最優先課題 100日行動計画

 トランプが第45代大統領に当選して、今後どのような政策を打ち出してゆくかについて、様々な憶測が広がっている。トランプは11月11日に政権移行チームを発表した際の声明で、移行委員会の目的を「変革を実現できる指導者たちを選び、最高の資質を持った集団を構成すること」であると説明した。さらに、「国の再建のために急務の雇用、安全保障、機会創出をはじめ、米国を再び偉大にする作業に直ちに着手する」と強調した。政権移行チームの当面の課題は、次期政権の閣僚の指名と政策の洗練だ。
 トランプは次期大統領として、就任後最初の100日間にやるべきことに焦点を当てている。最初の100日間に最優先課題となる政策を含めている。トランプは当選後、記者団に対して、当面の優先課題として、移民と国境管理、医療保険、雇用の3点をあげた。
 トランプは大統領選挙終盤の10月22日に、米国の分断と統合を象徴する南北戦争の主戦場ペンシルバニア州ゲティスバーグで「有権者との契約」として「100日行動計画」を公表した。同計画の柱は、ワシントンの腐敗と特定利益団体との癒着の一掃、米国労働者の保護、治安と法規範の回復である。
 このほか、移民問題に関しては、「200万人超の犯罪歴のある不法移民の強制送還」を含めている。また貿易協定に関して、環太平洋経済連携協定(TPP)については「離脱」、北米自由貿易協定(NAFTA)は「再交渉か離脱」を明記している。また輸出を有利にするために人民元を対米ドル相場を操作してきた中国を「為替操作国」と認定するとしている。
 トランプはオバマ大統領が主導してきた気候変動対策を米国の製造業の競争力を阻害すると批判し、地球温暖化対策の新国際ルール「パリ協定」からの離脱を主張してきたが、「国連の気候変動に関する計画への資金拠出停止」も計画に盛り込んだ。
 ワシントンの腐敗一掃は、政治のアウトサイダーとしてトランプは、反エスタブリッシュメントの姿勢を前面に出してきた。この関連で、「全連邦議会議員に任期制限を課す憲法修正の提案」、「公職を離れたホワイトハウスや議会議員の5年間のロビー活動禁止」も計画に盛り込んでいる。
 この100日行動計画は、選挙戦終盤に政策の青写真として公表されたものだが、今後政権移行チームがこれをたたき台として検討し、より現実的な政策に修正し、洗練することになる。基本の大枠は維持されるにしても、非現実的なものは削除、修正され、内容が変化してゆく可能性がある。
 すでに移民問題では、トランプは当初、1100万人とされる米国民の不法移民を全員国外追放すると豪語していたが、不法移民のうち凶悪犯罪者を国外追放の対象とし、それ以外の不法移民に関しては別個に対処するというようにトーンダウンしている。またイスラム教徒の入国を当面禁止すると主張していたが、テロの温床になっているパキスタン、アフガニスタン、シリア、イラクなどの国々からの移民についてだけスクリーニングを強化するというように変わってきた。南部国境の壁についても、トランプは当選確定後「壁」への言及はさけ、国境を通して流入してくる麻薬や不法移民への取締を強化するとしており、必ずしも壁建設にはこだわらないことを示唆している。
 いずれにしても、医療保険制度改革法(オバマケア)、2008年金融危機後に導入された金融機関の自己資金比率を高めることなどを義務付けたドッド・フランク法(金融規制強化法)、米国主導で11月に発効させた地球温暖化対策の国際的合意であるパリ協定、オバマ大統領が任期中の批准承認を目指した環太平洋連携協定(TPP)などオバマ大統領が歴史的レガシー(遺産)として残そうとした成果はほぼすべて見直され、大幅修正または廃止されることになりそうだ。

内政への取り組み

 内政においては、トランプが選挙後に明確にしているように、雇用、機会の創出、医療保険制度の整備、移民・国境管理が優先的政策課題になる。トランプは雇用創出を、自分を熱心に支持した白人中低所得層を救済する鍵になると考えており、そのための具体的方策として、インフラ再建のための公共投資を推進する構えだ。トランプは1兆ドル規模のインフラ再建への投資を公約している。
 米国の道路、高速道路、橋梁、トンネルなどのインフラは老朽化が指摘されて久しく、少なくとも高速道路の3割、橋梁の3割が設計寿命を超過しているか、劣悪な状態にある。2002年から14年間で、連邦政府のインフラへの公共投資は2割減少しており、橋梁の倒壊などの事故が発生するなどインフラの劣化をこれ以上放置できない段階に来ている。
 不動産王として建設に携わってきたトランプは、インフラ投資について自分ほど詳しい者はいないと自負しており、一部の見方では土建大統領と目指しているとされる。トランプは11月9日の勝利宣言でも、「まずは、都市を再生する。高速道路や橋、トンネル、空港、学校、病院などインフラを再整備するために、数百万人の人々を再生の立役者として投入する」とし、「経済成長を倍にし、世界で一番の経済大国にすると同時に、わが国と進んでいい関係を築こうとする国々全てとうまくやっていく」と述べた。
 問題は公共投資拡大の財源で、トランプは法人税減税などの大幅減税を唱えているから、下手をすれば財政赤字の大幅な拡大を招くことになる。トランプは米軍も増強するとしているが、軍事費をこれまでのように海外で使っていたらインフラ再建に回せる資金はなくなる。このためトランプは、米軍を増強して同盟国を守るための抑止力は提供するが、同盟国にも役割の増大、資金面での貢献拡大を求め、それで浮いた資金を国内のインフラ再建につき込みたいという構想を持っていると考えられる。
 このため、トランプが選挙キャンペーンで頭ごなしに米軍駐留経費全額負担を要求し、それを受け入れない国との同盟関係は破棄するといった強硬措置には出ないにしても、同盟国への役割分担、防衛負担の増大要求は今後強まることが予想される。またトランプは貿易政策の重点をTPP、NAFTAなどの多国間協定から二国間の自由貿易協定(FTA)に移すことを示唆しているが、日本など貿易相手国の市場開放圧力が再び強まる可能性がある。とくに米国との通商で巨額の貿易黒字を出している中国に対しては、公正貿易の名のもとに貿易不均衡是正圧力が強まることは間違いない。
 医療保険については、オバマケアに替わる新しい医療保険制度を市場の役割をより拡大する形で導入するとしている。トランプは11月10日にオバマ大統領、共和党議会指導者と会談した後、オバマケアの少なくとも保険会社が患者の既往症を理由に保険加入を拒否することを禁じる条項と親と同居する子供が成人しても一定年数は親の保険に加入し続けることを許す条項は「非常に好ましい」と述べ、新制度にも取り入れる姿勢を示した。オバマケアについては、「修正されるか、廃止して(新制度に)置き換えるかだ」と述べ、廃止にはこだわらないことを示唆した。
 このほか、トランプは、金融規制強化法の廃止、金融規制緩和により民間企業が資金調達しやすい環境を整備するとか、企業の競争力を阻害する環境規制の緩和または廃止を進める構えだ。金融規制を強化するドッド・フランク法は2008年のリーマンショックに始まる金融危機を契機に2010年に民主党主導で制定された。同法に基づき、米証券取引委員会(SEC)が過去6年間にわたり規制強化を実施してきた。しかしSECのメアリー・ホワイト委員長は2017年1月に退任する。トランプはSEC委員長を新たに指名することになるが、ウォール街の規制緩和を推進する共和党の人材が起用される見通しである。ホワイト委員長は、ミューチュアルファンドによるデリバティブ(金融派生商品)の利用制限、ダークプールと呼ばれる私設取引システムへの規制強化など多くの規制を推進してきたが、それらの規制が撤回される可能性が高い。
 またトランプは、連邦法人税を向こう10年間で35%から15%へ大幅に引き下げ、富裕層には減税するなどの大幅減税を公約しており、減税は経済政策の目玉の1つになっている。さらに企業の自由な経済活動を重視し、企業を縛る環境規制は軽減してゆく方針で、2020年以降の温暖化対策の国際的な枠組みである「パリ協定」も、協定からの早期脱退を模索しているもようだ。
 こうした主要な国内経済政策のうち、大幅減税とオバマケアの大幅修正は、小さな政府を主張してきた議会の共和党主流派も支持できる内容であり、比較的速やかに実施されると見られる。しかしインフラ再建のための公共投資拡大は財源の問題があり、同盟国防衛負担の拡大や他の歳出削減などで財源を確保できないと財政赤字を増大させる結果になり、共和党主導の議会の支持を得ることが困難になる。
 社会政策においては、トランプは、妊娠中絶を合法化した1973年の連邦最高裁判所の判決を覆すことを目指している。妊娠中絶は連邦レベルでは非合法だが、中絶を許可するかどうかは州の判断に任せるというところに持ってゆきたい。トランプは選挙期間中、同性婚は認めないと発言していたが、当選後のインタビューでは同性婚を容認する考えを示した。連邦最高裁は2015年に同性同士による結婚の権利を認める判決を下し、同性婚容認が全米の州に広がることが予想されている。
 今後、トランプが同性婚、マリファナ合法化などに対して何らかの行動を起こすのか注目される。当面、連邦最高裁の9人の判事のうち欠員がでているので、判事を新たに指名することになるが、トランプは保守派の判事指名により、米国社会に長期の影響を及ぼしうる立場にいる。最高裁で保守派が優勢になれば、妊娠中絶だけでなく、同性婚の権利容認判決も覆される可能性も排除できない。

外交への取り組み

 外交においては、貿易面で、NAFTAやTPPは現行のままでは支持できないことを明言している。オバマ大統領は選挙後の「レームダック(死に体)議会」に環太平洋連携協定(TPP)実施法案を提出し、1月20日までの任期中に批准したい考えだ。しかし議会共和党トップのマコネル共和党院内総務、下院のライアン議長ともに年内審議はないと表明している。トランプはTPP離脱を一貫して主張してきた。このため、オバマ大統領も任期中のTPP議会承認は断念せざるをえない。
 トランプは、「TPPを手直しする道はない。必要なのは二国間貿易協定だ。米国を拘束する巨大な国際協定を結ぶ必要はない」と強調している。トランプ政権では多国間から二国間の通商交渉に重点が移りそうだ。トランプは11月10日、英国と真っ先に通商交渉をすることを示唆している。さらにトランプは、これまで安価な中国製品が米国の雇用を奪っていると批判し、中国を「為替操作国」に指定して輸入品に45%の関税をかけることを主張してきた。
 ただTPPは米国とアジア諸国の多層的関係の礎石と位置付けられ、その意義は経済に止まらない。署名12カ国の国内総生産(GDP)合計の6割を占める米国が批准しなければ、TPPは頓挫してしまう。そうなると中国が米国抜きで進めてきた東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の協議を加速させ、アジア太平洋地域の経済ルール作りを主導する結果になりかねない。トランプといえどもそれは望まないはずで、TPP見直しをするにしても慎重にならざるを得まい。米企業、米国民も自由貿易の恩恵を多く受けており、TPPを否定するトランプの保護主義的姿勢に対しては経済顧問の間でも賛否両論がある。トランプは選挙勝利後、オーストラリアのターンブル首相との電話会談で改めてTPP離脱を主張したようだが、それ以外に場では口をつぐんできた。
 トランプはパリ協定からの脱退の意向を示しているが、国際協定だけに脱退の国際的影響は大きい。モロッコのマラケシュで16日から開催された地球温暖化対策を話し合う締約国会合では、フランスのオランド大統領が、パリ協定から脱退せず、国際社会と協調して温暖化対策に取り組むよう米国に訴えた。同大統領はパリ協定締約国約100カ国を代表して、温暖化対策についてトランプと交渉する決意を表明した。
 トランプは日韓などの同盟国に対する選挙期間中の強硬発言を和らげてきている。選挙後にトランプと意見交換したオバマ大統領は、トランプが同盟関係の維持に強い関係を示したとしている。安倍首相は11月17日、ニューヨークのトランプタワーでトランプと約1時間半会談した。首相は会談の中身については次期大統領との非公式会談ということでコメントを控えたが、「胸襟を開いて率直に話ができた」とし、「信頼できる指導者だと確信した」と語った。フリン元国防情報局長官らトランプの複数の政策顧問は、日本は重要なパートナーで強固な関係を持ち続けるとし、日米関係重視の姿勢を伝えている。各国首脳の中で日本の安倍首相と最初に会って会談したことも、トランプの日米関係重視を裏付けている。
 ただ、米国が防衛を担う同盟国との間で分かち合う負担が公平かどうかを検証する可能性はある。米国が国内総生産(GDP)の3%余りを防衛に投入しているのに対して、日本は約1%であることから、日本に対する防衛費引き上げの要求が強まることは十分考えられる。
 トランプは11月13日、中国の習近平国家主席と電話協議し、「米中の協力を強化したい。両国はウィンウィンを実現できる」と米中協力の強化に意欲を見せ、米中関係の強化を確認した。中国は、トランプが米国第一主義を掲げ、オバマ政権下でのアジアへの回帰戦略を見直すのかどうかを注視している。
 トランプはまた11月14日、ロシアのプーチン大統領と電話会談し、現在の米露関係が満足できないものであるという認識を共有するとともに、米露関係を改善するために幅広い分野で協力してゆくことを確認しあった。とくに世界的なテロ、とくにシリアのイスラム国(IS)との戦いやシリア内戦解決において、米露が協力しあうことを確認しあった。
 2014年にロシアがウクライナに介入し、米国主導で主要7カ国がロシアへの経済制裁を発動。さらにシリア内戦でアサド政権をめぐり米露が対立し、さらに米政府、企業への再規模なサイバー攻撃へのロシアの関与が疑われて、米露関係はオバマ政権下で冷戦終結以来最も険悪になった。
 トランプは、ロシアとの関係強化により、ロシアと中国が接近するのを阻止できるとコメントし、ロシア・カードを中国に対して使うことを示唆してきた。ジョン・マケイン上院軍事委員長(共和)は、トランプが米露関係の改善に向けて「リセット」を行うことは受け入れられないと強く警告した。マケイン委員長は、プーチン・ロシア大統領は「国で圧政を行い、政敵を殺害し、隣国を侵略し、米国の同盟国を脅し、米国の選挙を損ねようと試みた」と非難し、プーチンが米露関係改善を求めているという発言を信用すべきでないと強調した。
 トランプは、イランを「国際テロの最大の支援者」と批判し、米中露英仏独の6カ国がイランと結んだ核開発合意を最悪の合意と非難し、同合意を廃棄、あるは再交渉することを主張してきた。ただ米国以外の5カ国はトランプとは異なった見解を持っており、実際に合意を廃棄するとなると、6カ国の間で相当な調整が必要になる。
 トランプは、ロシアのプーチン大統領を強い指導者として高く評価したり、北朝鮮の金正恩と会談する意欲を表明したりしてきた。このため、米国の伝統的同盟関係を無視して、過去に敵対関係にあったロシア、北朝鮮などと頭越しの外交を展開するのではないかという懸念が持たれている。ただ、トランプの外交顧問で次期政権の国防長官候補にも名前が挙がっていたマイケル・フリン前国防情報局長は10月に来日し、菅官房長官や国会議員、外務省幹部らと意見交換し、「今まで築き上げたものをひっくり返すことはない」と説明した。フリンはトランプ政権の国家安全保障担当の大統領補佐官に就任する。
 トランプは従来構築されてきた日米、米韓などの同盟関係は堅持するだろうとの見方を示している。オバマ大統領は11月14日の記者会見で、トランプが10日の同大統領との初会談で「NATO加盟諸国との同盟関係維持に強い意欲を示した」ことを明らかにした。ロシアや北朝鮮などとの外交イニシャチィブは、日韓、英国などの同盟国の意見も聞き、密接な協議にもとに進めるということに落ち着く可能性が強い。
 大統領選挙でのトランプ当選確定後、トランプの安全保障顧問は匿名を条件に、トランプが中国の海洋進出拡大や北朝鮮の核兵器開発を念頭に、日本に対し「アジアでのより積極的な役割」を期待していることを、ロイター通信とのインタビューで発信した。また同顧問は、トランプが就任後間もなく、戦艦十数隻を新たに建造する予算案を提出するとし、米国は長期にわたりアジアに留まるという意思」を中国にメッセージとして送る意向だと述べた。
 トランプは12月2日、台湾の蔡英文総統からの祝意の電話に応じた。米大統領や大統領選の当選者が、台湾トップと会談した経緯が公になるのは、実に37年前の1979年の米中国交樹立、米台断交の後、初めてある。歴史的な12分間の電話会談であった。両者は「経済、政治、安全保障での緊密な関係が台湾と米国の間にある」と確認し合ったという。
 トランプは12月4日のツィッターで、総統が「私に電話した」という部分を大文字で強調して明らかにした。「台湾に何十億ドルもの武器をアメリカは売却している。そのリーダーが祝意を伝えてきたのだ」と書き込んだ。更に「中国は南シナ海の真ん中に巨大な軍事施設を建設していいかと尋ねたか。アメリカの許可を得たとは思わない」と追い打ちをかけた。
 ワシントンポスト紙(12月5日)が、この米台談話会談は実は意図的な中国挑発であり、長きに亘って練り上げられた演出だったと伝えている。
 15年6月16日の出馬表明で、トランプは「私が中国を敵として扱うことが面白くない人間もいるが、やはり中国は敵以外の何者でもない」と語っている。共和党の政策綱領は、「われわれは両岸(中台)海峡の現状を変更する一方的な試みには反対する。米国は台湾関係法に基づいて、台湾の自衛を助ける」と謳っている。
 米中関係の展開次第では今後、台湾への武器供与拡大、米台軍人交流等は、アジアの地域情勢や米台関係の将来に向けた連携強化の一環としてとして考えられても何ら不思議ではない。
 トランプは政権移行期間、米情報機関から国際情勢などに関する機密情報を含めた拡大ブリーフィングを受けているが、こうした情報をもとに外交政策をより現実的なものに修正してゆくことになろう。

国際的課題

 外交、安全保障では、トランプは素人であり、知識も経験も不足している。国際情勢の変化は、トランプを待ってはくれない。大統領就任とともに大きな外交課題に直面することになる。現在、冷戦終結後で世界の地政学的リスクが最も高まっているとの見方が強い。
 イラクのモスル、シリアのラッカで、過激派組織イスラム国(IS)とのIS存亡をかけた戦闘が進行している。トランプ次期大統領は軍の最高司令官としてすぐにその戦闘を指揮しなければならない。アジアでは、核兵器、弾道ミサイルの開発を着実に進め、急速に米国に対する直接的脅威になりつつある北朝鮮問題に直面することになる。米国が同盟国として連携すべき韓国では、朴槿恵大統領がスキャンダルで辞任を求める圧力にさらされ就任以来最大の危機を迎えている。中国も南シナ海で領有権の主張を強め、力による現状変更の準備を着々と進めており、それ以上放置できない段階に来ている。アフガニスタン、リビアではイスラム過激派の脅威が高まっており、不安定な状況がエスカレートしている。
 欧州では、英国離脱(ブレグジット)後に欧州連合(EU)の将来が不透明感を増しており、シリアその他の難民問題が危機的レベルに達している。ウクライナをめぐるロシアと西側との対立も未解決だ。米国の北大西洋条約機構(NATO)との関係も、トランプの一連の発言で微妙になっている。第2次世界大戦後、米国は西欧の安全保障と防衛に対して誓約を維持してきたが、それがNATOの基礎になっている。
 トランプは少なくとも大統領選期間中は、米国の欧州諸国への安全保障コミットメントそのものを無視する発言をしてきた。現在、欧州諸国は、ロシア、イラン、気候変動問題などでトランプの打ち出す政策を神経質に待っている。トランプがどういう外交・安全保障政策を打ち出すかは、米欧同盟だけでなく、「1918年に始まった米国の100年間にわたるグローバルなリーダーシップ」(ジャクソン・ディール・ワシントンポスト論説副部長)に米国が終止符を打つのかどうかがかかっている。
 米国は第2次世界大戦後、自由と民主主義、自由貿易といった共通の価値観で結ばれた大西洋同盟、西側同盟の盟主として、同盟を主導する役割を果たしてきた。いま欧州諸国やアジアの同盟国は、トランプが自由、民主主義という価値観を重視しないのではないかという不安を抱いており、「従来の西側同盟の終焉」(カール・ビルト・スウェーデン元首相)を恐れている。
 TPPも署名した12カ国の他の11カ国で国内の批准プロセスが進んでおり、トランプ政権も早急に態度を明確にしなければならないとされてきた。TPPは、署名12カ国が世界の国内総生産(GDP)の約40%を示す大規模な協定であり、その成否が世界経済に及ぼす影響は甚大である。米国は12カ国のGDP総計の6割を占めており、米国の態度がTPPの命運を決定的に左右することは言うまでもない。
 TPPは米国がイラク、アフガニスタンでの長期にわたる戦争のあと、21世紀の世界経済の中心になるアジア太平洋地域に軸足を移すアジアへのリバランス政策の要として位置付けていたものである。その影響は経済に止まらず、政治、外交、安全保障にまで及ぶ。共和党議員の多くは、TPPを単なる貿易問題とは見ておらず、台頭する中国に対抗して米国がアジア太平洋地域で影響力を確立するためにTPP成立を求めている。TPPが崩壊すれば、アジア太平洋地域での米国のリーダーシップへの疑念が高まり、他の重要課題においても米国は不利益を被ることになる。
 トランプは選挙期間中から大統領就任日に打ち出す政策の一つとしてTPP離脱をあげてきた。11月21日、ユーチューブで公約通りの立場を示した。TPP離脱表明の後「公正な二国間貿易交渉を進める」と述べた。個別にFTAを結ぶ構えを見せた。トランプ政権のTPPへの取り組みはまだ不透明であるが、米中FTAも視野に入れていると見ることもできる。

(2016年12月8日)

政策レポート
浅川 公紀 筑波学院大学名誉教授
著者プロフィール
1944年山梨県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。筑波女子大学教授、筑波学院大学教授、武蔵野大学教授、同・国際交流センター長を歴任。専門は国際政治、米国政治外交論、日米関係論。著書に『国際政治の構造と展開』、『戦後米国の国際関係』、『アメリカ外交の政治過程』、『アメリカ大統領と外交システム』など多数。

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