米国の戦後保守主義運動の新たな方向性 —左右からの激しい揺さぶりと米大統領選—

米国の戦後保守主義運動の新たな方向性 —左右からの激しい揺さぶりと米大統領選—

2019年12月20日
国の「かたち」を決する2020年大統領選

 いよいよ米大統領選の年となった。トランプ大統領再選か否か、2大政党が激突して決着をつける。その意味はこれまでの大統領選と異なる。ことしの選挙の帰趨次第で、アメリカという国のかたちは大きく変わる可能性があるからだ。多くの米市民だけでなく、世界もそれを予感している。
 再選されれば、トランプ大統領は次の選挙に顧慮する必要はない。「アメリカ第一主義」で猛進し、自己の軌跡を歴史に刻もうとするだろう。その結果、すでにして世界のリーダーとしての国家像が大きく傷ついたアメリカは、さらに威信を失うだろう。アメリカが率いてきた、自由と民主主義、市場経済を基盤とする戦後世界の「自由な国際秩序」は一層傾いで、脆弱になろう。多くの論者が懸念するところだ。
 ではトランプが敗れれば懸念は消えるか。そうともいえない。誰が民主党の大統領候補になろうと、また仮に大統領職を奪還したとしても、「社会主義」を掲げて台頭した左派の影響力にさらされ続けるだろう。バーニー・サンダース上院議員という民主社会主義者が二大政党の一方である民主党の大統領候補選びに出馬して二度もトップを争う。社会主義が根付かないといわれた米国で、仮にも社会主義を掲げる政治家がここまで政治の主舞台に躍り出た例はない。

左右から揺さぶられる伝統的思想

 自由と民主主義、市場経済重視の資本主義というアメリカ政治経済の伝統的な思想が、左右から激しく揺さぶられている。その結果、超大国アメリカがどのような思想に基づき、どのような国家に変貌するのか、見通せない。そこに世界の不安がある。
 ただ、思潮の流れを見通すことはできる。とくに右側、すなわち保守の側で起きていることが重要だ。トランプ大統領の登場は、保守側の思想状況を大きく変えた。注目されるのはナショナリズムと保守主義の合流を図る動きだ。その奥底ではさらに「ポスト・リベラル」と呼ばれる知識人集団の台頭がみられる。1950年代の冷戦初期に形成され、1980年代のレーガン政権期を頂点に半世紀以上にわたって続いてきたアメリカの保守政治思想を組み替える動きである。
 王室とそれに伴う制度や文化を持たない米国の右派(保守派)が保守するのは建国の精神であり、独立宣言と憲法に込められた自由主義思想だと見なされている。そうしたアメリカの保守主義の思想的基盤は、プロテスタンティズムに根ざす個人主義に基づく自由・民主主義・市場経済であった。冷戦初期に確立した戦後保守思想においては、自由はリバタリアン(自由至上主義者)と呼ばれる流れに、また民主主義はネオコン(新保守主義者)によって、極端なまでに推し進められてきた。
 しかし、911テロ後のアフガニスタン・イラク戦争は泥沼にはまり込み実質的に失敗し、2008年のリーマン危機も米国型資本主義とグローバリゼーションの欠陥を露呈させた。それらの重荷を押し付けられた米国民の怒りが左右のポピュリズムを引き起こし、まずはオバマ大統領の誕生を促し、オバマの生煮えな対処がトランプ大統領の登場を招いた。
 こうした近年の過程で、911テロ後の対外政策を主導したネオコンと、いわゆるネオリベ型経済政策でグローバリゼーションを推進したリバタリアンは失墜した。戦後保守思想の中核部分にポピュリズムの怒りが向けられたと言ってよい。民主主義拡大を旗印にする野放図な対外関与に代わって、アメリカの利益を第一とする内向きな外交・安全保障政策、アメリカ国民の経済利益を守る保護主義的経済政策を大衆は求めだした。オバマも一定程度そうした声に応えたが、トランプはより鮮明に回答を出した。少なくとも四割程度のアメリカ人がそう感じているのは、世論調査で明らかだ。

融合主義否定する新たな保守主義思想と社会主義思想の台頭

 そうしたトランプ時代の大衆感情を一種のナショナリズムの高揚ととらえ、それと戦後保守思想を結びつけるため、2019年夏に500人ほどの保守知識人らを糾合してワシントンで「ナショナル・コンサーバティズム(国民保守主義)」の名の下に大規模な会議が開かれた。戦後保守主義運動の新たな方向性を目指す動きである。ネオコン、リバタリアン的要素は排除されている。
 これは伝統主義、リバタリアン、ネオコンを結びつけて「フュージョニズム(融合主義)」と呼ばれた戦後保守主義を否定し、思想の組み替えを図る動きであることはあきらかだ。また、保守思想は一般にナショナリズムと一線を画していたが、それを結び付けようとしている点も、組み替えと見てよい。そこにはある種の危険性ものぞく。
 さらに深いレベルでは「ポスト・リベラル」と呼ばれる思想家たちが、フュージョニズムだけでなく、プロテスタンティズムに根ざす個人主義を基礎とした自由・民主主義・市場経済という建国以来の思想体系自体に疑義を呈している。背後には保守的コミュニタリアニズム(共同体主義)やカトリック右派の影響が垣間見える。
 そこに「社会主義」の台頭という左からの揺さぶりも起きている。「米民主社会主義者」という団体のメンバーは、数百人だったのがこの数年で6万人近くまで激増した。彼らもまた、米国の建国以来の自由と民主主義に見直しを迫っているといえる。
 これらは近年になかった激しい思想的流動で、大統領選の今年、それがどのように展開するか観察することが、長期的にアメリカの今後を占ううえで重要だ。

政策オピニオン
会田 弘継 青山学院大学教授
著者プロフィール
東京外国語大学英米語学科卒。その後、共同通信社ジュネーブ支局長、ワシントン支局長、論説委員長などを歴任し、現在、青山学院大学教授。共同通信社客員論説委員も務める。専門は、米国思想史。主な著書に『増補改訂版 追跡・アメリカの思想家たち』『破綻するアメリカ』『トランプ現象とアメリカ保守思想』など、訳書にフランシス・フクヤマ著『政治の起源』『政治の衰退』など。

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