トランプ政権が推進する性的自己抑制教育

トランプ政権が推進する性的自己抑制教育

2019年6月18日

10代の性行為のリスク

 性的自己抑制教育とは、最低でも高校卒業まで、望ましくは結婚まで性的活動を控えるよう教える教育である。アメリカでは10代の青少年の間で性的活動(sexual activity)が活発であることが長年の課題であり、伝統的に10代の青少年に対して性的自己抑制教育を行ってきた。
 10代における性行為は20歳以降と比べてリスクが高い。マーシー・セント・ヴィンセント・メディカルセンターのアリーン・ゼイラー(Alean Zeiler)氏は「10歳から19歳の青少年は大人よりも性感染症に罹患するリスクを負っている」と警鐘を鳴らす。10代の妊娠にも触れ、「子供の長期的な養育成果に悪影響を与えるリスクがある」という。そして、性感染症や望まぬ妊娠を避けられたとしても「思春期の性的活動は単独でも自尊感情の低下やうつ病、自殺などの独立したリスク要因となりうる」という。
 ゼイラー氏は「性的に活動的な女子は性的に抑制的な女子と比較してうつ病と報告される可能性が3倍あり、自殺を試みる可能性も3倍高い。性的に活動的な男子は性的に抑制的な男子に比べてうつ病に苦しむ可能性が2倍あり、自殺を試みる可能性が7倍にもなる」とも報告している。このような理由から、10代に性的自己抑制を教える意味は大きい。
(〈Zeiler (2014) Abstinence education.

オバマ政権下の包括的性教育

 しかし、性的自己抑制教育は、2009年にオバマ政権が成立した後に「科学的根拠が乏しい」として連邦政府の政策から取り除かれた。そして、オバマ政権は性的自己抑制教育の代わりに、10代の妊娠防止プログラム(TPPPs)という包括的性教育(Comprehensive Sex Education)を開始した。
 包括的性教育は近年日本でも取り入れられつつあるが、性的自己抑制を重視してはいない。ヘリテージ財団のシャンナン・マーティン(Shannan Martin)氏らによれば、包括的性教育のカリキュラムは、ページ数にして「平均して4.7%しか性的自己抑制に割かれていない。そして健全な関係の作り方や結婚については0%である」という。また「カリキュラムの主な焦点は若い人々に避妊を奨励することである。包括的性教育のカリキュラムは平均して28.6%のページを避妊の説明と避妊手段の使用を勧めることに割いている」としている。どちらかといえば10代の性行為を前提とした内容となっているといえよう。
(〈Martin & Rector & Pardue (2004) Comprehensive Sex Education vs. Authentic Abstinence

性的自己抑制教育の効果

 オバマ政権では否定されたが、理論に基づいた性的自己抑制教育は効果をあげることができるとする研究もある。ペンシルバニア大学教授のジョン・ジェモット(John Jemmott)氏らは、性的自己抑制教育について社会的認知理論、合理的行動理論、計画的行動理論にもとづいた比較研究を行った。性的自己抑制教育と包括的性教育、「安全な性行為」のみを教える教育、性教育を行わない一般的健康増進教育(コントロールグループ)の比較研究である。対象者は四つの公立中学校に通う第6学年(1112歳)と第7学年(1213歳)の子供である。対象者はランダムに各教育プログラムに振り分けられ、教育後24カ月間アンケートによる追跡調査が行われた。
 ジェモット氏らによると「理論ベースで行われた性的自己抑制教育は第67学年の生徒の性的活動への関与報告を減らす」という。「コントロールグループと比較すると、学年・性別・事後教育の有無を統制しても、教育後24カ月間に性行為に及んだ生徒の数は33%少なくなっている」という。
(〈Jemmott & Jemmott & Fong (2010) Efficacy of a Theory-based Abstinence-Only Intervention over 24 Months.

性教育改革を実行するトランプ政権

 上記のような知見もあり、トランプ政権は性教育の改革を実行した。まず、20176月、性的自己抑制教育に取り組む民間団体アシェンドの会長であるヴァレリー・ヒューバー(Valerie Huber)氏を保健福祉省のシニア政策アドバイザーに任命した。そして、同年8月にTPPPsの見直しを打ち出している。議会の反対によりTPPPsの撤廃とはならなかったが、20182月には性的自己抑制教育に年間7500万ドルの予算を2年間充てる法案を成立させた。
 加えて、同年4月にはTPPPsから資金提供を受ける性教育プログラムが満たすべき条件を変更し、性的自己抑制教育を重視する民間団体The Center for Relationship Educationから発行されているツールキットに準拠するよう求めた。9月には追加で3500万ドルの予算を組む法案も成立させている。
 過激な発言がメディアに取り上げられ、型破りな印象が強いトランプ大統領だが、性的自己抑制教育を重視し青少年の健全育成に関心を持っている。伝統的なアメリカの価値観を守ろうとしていると言えよう。


〈参考文献〉

Jemmott, J. B., Jemmott, S. L. and Fong, G. T. (2010) Efficacy of a TheoryBased AbstinenceOnly Intervention over 24 Months: A Randomized Controlled Trial with Young Adolescents. Archives of Pediatrics and Adolescent Medicine, 164(2), 152159.

Martin, S., Rector, R. and Pardue, G. (2004) Comprehensive Sex Education vs. Authentic Abstinence: A Study of Competing Curricula. The Heritage Foundation.

Zeiler, A. (2014) ACP position paper: Abstinence education. The Linacre Quarterly, 81(4), 372377.

アメリカ連邦保健福祉省ウエブサイト(2017)Teen Pregnancy Prevention Programs Facts

同ウエブサイト(2018)Support for Expectant and Parenting Teens, Women, Fathers, and Their Families

115回アメリカ議会(2018Bipartisan Budget Act of 2018」法律番号 H.R. 1892

同ウエブサイト(2018)Department of Defense and Labor, Health and Human Services, and Education Appropriations Act, 2019 and Continuing Appropriations Act, 2019」法律番号 H. R. 6157

政策コラム
アメリカではトランプ政権が性的自己抑制教育(Abstinence-Only education)を推進している。オバマ政権が否定した教育を復活させるもので、前政権からの大きな政策転換と言える。

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