米国の安全保障政策と宗教の関連性  ―米国政治における宗教ナショナリズム―

米国の安全保障政策と宗教の関連性 ―米国政治における宗教ナショナリズム―

2022年1月26日
はじめに

 米国は、(世俗化の進んだ)21世紀の現代先進諸国において政治・安全保障政策から宗教を切り離すことが出来ない特異な国である。それは2020年の米大統領選挙を通してもよく理解できる。
 トランプは、2016年の大統領選挙に勝利し翌年1月に第45代大統領に就任した。その選挙プロセスにおいて、米国キリスト教(プロテスタント)の中でも福音派と呼ばれるグループが大きな影響力を行使したと言われた。しかし2020年11月の大統領選挙においてトランプは、コロナ感染症対策や黒人殺害事件に伴う人種差別撤廃運動のデモなどの影響も受けて、僅差でバイデンに敗北した。
 長老派のトランプ(共和党)からカトリックのバイデン(民主党)に政権が代わって、多国間協調や環境問題への対応などで政策が変わったと言われている。しかし宗教、さらに言えば価値外交、そして人権問題などの文脈では、それほど変わっておらず、継続性がみられる。そこでトランプ政権とバイデン政権における政治と宗教のかかわりについて考察する。

1.米国における宗教の現状

(1)福音派とは

 米国のキリスト教には大きくカトリックとプロテスタントがあるが、(米国の政治的文脈いう)「福音派」はプロテスタント中の非主流派に属する。メディアでは、福音派のことを「宗教右派」「宗教保守」などとも呼んでいるが、それらに明確な定義があるわけではない。
 (宗教学的な意味での)「福音派」とは、聖書の福音書に書かれていることを忠実に守り行動する一派で、米国では福音書を文字通り解釈して絶対視する原理主義的なキリスト教を指す場合が多い。彼らは中絶に強固に反対し、進化論を否定し、神による創造論を信じる。そのため、「原理主義」とも呼ばれる。また「福音主義」は、プロテスタントの教え全般を表現するのに使われ、エキュメニカル(キリスト教の教派を超えた結束を目指す運動)であり、福音派のような排他性を帯びた政治的な意味合いはない。
 政治的な文脈でいうと、1980年代以降、共和党の保守的政策の支持基盤となってきたのが、いわゆる「宗教右派=キリスト教右派」「宗教保守=キリスト教保守」と呼ばれる人々で、彼らは「福音派」と表現されることが多い。これらの用語は、メディアが使用するもので、厳密な定義はない(本稿では、「福音派」を基本的にこの意味で使用する)。

(2)宗教と人種

 米国理解において、人種と宗教というファクターはクロスさせる必要があるが、本稿では人種問題は直接扱わない。ただし、人種や宗教の問題は、アイデンティティ・ポリティックス、あるいはvalue voterと密接に関連しており、価値外交や人権問題などの米国の内政や外交ともかかわる重要な要素である。
 キリスト教保守や福音派は、9.11以降、ブッシュ大統領が対イラク戦争やアフガニスタン戦争について「十字軍」という言葉で表現して世界の注目を集めたものの、その後のオバマ政権時代には、いったん衰退気味になった。しかし、トランプ政権で再び台頭し脚光を浴びるようになった。

(3)宗教の人口比率

 米国の宗教人口を宗教・宗派別にみると次のようになる。
・プロテスタント 55%
・カトリック 25%
・ユダヤ教 2%
 ユダヤ教は、非常に組織されており、ロビー活動も活発に行われている。米国では「ユダヤ・キリスト教」という考え方が広く見られる。欧州ではユダヤ教徒がキリスト教徒によって差別・迫害された歴史があったが、米国は建国以来の歴史が250年余と短いために、そのような負の歴史が少なく、「ユダヤ・キリスト教」と両者を結び付けた考え方が強く存在している。政治的には、イスラエルに対する強い支持となって表れている。米国の親イスラエル政策は、ユダヤ人グループのロビー活動の成果だけによるのではなく、キリスト教福音派の人々による熱狂的なイスラエル支持の影響も非常に大きい。
 プロテスタントの主流派には、米国聖公会、メソジスト、ルター派などがあり、20%を占める。一方、福音派には、バプティスト、ペンテコステ、長老派などがあり、35%を占める。この割合を見てもわかるように、主流派=多数派とういう意味ではなく、実際に非主流である福音派の人口はここ十数年来、増加傾向を示してきた。
 米国は、欧州と比べると宗教が非常に重要視された社会で、「宗教は重要だ」と考える人が80〜90%いる。「キリスト教は重要だ」と考える人の割合を欧米で比較すると、つぎのようになる。
米国 60%
英国 12%
ドイツ 8%
フランス 10%
 欧州の国々が世俗化して割合が低いのと比べると、米国の割合の高さが顕著で、コントラストなしている。その意味で、米国では一般に信仰心が篤く宗教が身近で存在感があり、ユダヤ・キリスト教内での改宗も多くみられる。

2.大統領選挙に見る宗教票

(1)2016年大統領選挙

 大統領選挙における宗教票の動きをみてみよう(図1)。

 2016年の選挙では、白人の福音派の人々では81%がトランプを支持した。カトリックでは、白人とヒスパニックでは違った傾向を示し、白人は60%がトランプを支持したが、ヒスパニックでは67%がクリントンを支持した。
 トランプはどう見ても敬虔なクリスチャンには見えないのだが、なぜ福音派の人々に熱狂的に支持されるのだろうか。
 一つには、北部のラスト・ベルトの労働者階級(白人中流下)の支持を集めたことがある。彼らはグローバル化の影響で衰退した産業に従事しており、移民の流入で白人が有色人種よりも少数派になることへの脅威を感じていた。また彼らは信仰心の篤い敬虔なプロテスタント信者で、福音派が多かった。労働組合には、白人カトリックの中・下層労働者階級も含まれ、彼らは保守的な傾向を示した。
 メディアの報道によると(「ウォール・ストリート・ジャーナル」2016年11月9日)、「白人の福音派キリスト教徒の81%がトランプに投票」し、カトリックの52%がトランプ支持だった。
 もう一つは、南部のバイブル・ベルトでは福音派の人々が多く、彼らの票がトランプに流れたのだった。

(2)宗教票組織力と政策

 トランプ自身はそれほど信仰心が篤いようには見えないが、彼の側近が宗教票の集約の役割を果たした。
 例えば、ペンス副大統領である。彼は、もともとカトリック教徒であったが、福音派に改宗し、敬虔なクリスチャンとして宗教ロビーへの影響力を持つ。それからトランプ政権初期においてホワイトハウス首席戦略官を務め、のちに解任されたスティーブン・バノンである。バノンのカトリック保守としての右派的な世界観や思想は、宗教右派からも支持された。またトランプの娘婿クシュナーは、正統派ユダヤ教徒として、ユダヤ・ロビーだけでなくキリスト教シオニズム(シオニスト)からの支持を得て票を組織した(プロテスタントの福音派)。
 この類似ケースとしては、1980年代の第41代レーガン大統領(任期1981-89年)のケースがある。離婚歴のあるレーガンは、大統領選挙当時、離婚歴にある候補者は不利と言われていたこと、本人自身それほど敬虔なクリスチャンでもなかったことなど(宗教票に対して)有利な立場ではなかったのに、バプティストの牧師経験のあるカーター候補に勝利できたのは、なぜだったのか。これについては、レーガンが福音派の票を組織したことが最大の要因だったと分析されている。

3.福音派の誕生とその政治的役割

(1)プロテスタント主流派と福音派

 福音派がどのような歴史的経緯をたどって台頭してきたかについて、概観しておきたい。
 米国南部は建国当初より人種問題があり、今日でもその残滓が色濃く残っている。そのため南部では白人教会と黒人教会がそれぞれ別々に発展してきた。南部には福音派の南部バプテスト教会などの黒人教会もあったが、1960年代後半から(ニクソン政権による南部戦略もあって)白人の福音派が浸透し始め、1980年代には共和党の票田となっていった。
 1970年代前半まではプロテスタント主流派の方が多数派で福音派は少数派であったが、前述のような経緯もあり70年代末ごろには逆転するようになった。
 とくにレーガン誕生の背景には、カリスマ伝道師ジェリー・ファルウェル(1933-2007年)がロビー活動団体「モラル・マジョリティ」を設立して政治への介入を深め、1980年の米大統領選挙では、ロナルド・レーガンを強力に後押ししたことがあった。
 ちなみに、ジェリー・ファルウェルの息子ジェリー・ファルウェルJr.は、2016年の大統領選挙ではトランプの宗教アドバイザーを務め選挙勝利に貢献したといわれている。そして2020年の大統領選挙でもトランプ応援に動いたのだが、彼にまつわるスキャンダルのために選挙戦前にその立場を辞任した。このことがトランプの選挙戦で不利に作用した可能性も指摘されている。
 もう一つの側面として、米国における人口動態の変化があった。1970年代から80年代までの米国南部は農業地帯で、全体として貧しい地域だった。ところが北部工業地帯が衰退の道を歩み始めるとともに、南部に産業が移転し始めると人口の移動も起きて(サンベルトの「バイブル・ベルト」化)、今日につながる南部地域の人口増大をもたらした。そのため選挙戦においても重要地域として注目されるようになった。
 もともと福音派は、政治と距離を置くか、民主党支持が多かった。しかし、前述のような変化に伴い、プロテスタント福音派の票は、次のような流れをたどることになった。
共和(ニクソン)⇒民主(カーター)⇒共和(レーガン)⇒共和(ブッシュJr.)⇒共和(トランプ)
 またカトリック票は、カトリックのケネディー大統領のときは民主支持であったが、徐々に共和党に流れ始め、現在では共和・民主の真っ二つに割れて、最大の浮動票と化している。

(2)ブッシュJr.大統領以降の変化

 ブッシュJr.大統領(在任2001-09年)は、米国同時多発テロ(9.11)のあと、イラク戦争を前後して「十字軍」や「聖戦」などの発言をして世界の耳目を集めた。2004年の大統領選挙戦では、カール・ローヴが選挙参謀を務めて選挙戦を展開し、(レーガンのときと同じように)パット・ロバートソンなどのカリスマ伝道師やテレビ伝道師の力も借りて選挙に勝利した。ブッシュ政権時代は、妊娠中絶や同性愛などに反対するキリスト右派が存在感を高めた時代であった。
 ブッシュ後のオバマ政権時代には、保守派によるティーパーティ運動が盛んに行われた。ティーパーティ運動は、政党政治に対する不信感、無党派の増大という政治変化を背景に、民主党のオバマ政権が進めたオバマケアや大きな政府への反発が動機となって生まれた政治運動であった。この運動の約70%が宗教右派・保守だった。その後、ティーパーティ運動は衰退していくが、この流れが次のトランプ支持につながっていった。
 トランプの政策とティーパーティの主張とは多くの類似点を持っている。主な共通イシューは次の通り。
 TPP反対、自由貿易促進、銃規制反対、地球温暖化対策反対、死刑制度存続、進化論否定、人工妊娠中絶反対、国民皆保険反対、米国愛国者法の再法制化、不法移民合法化反対、同性愛・性的少数者の権利確立への反対、イスラエルとの関係強化などである。

(3)メガ・チャーチの影響力

 多くの福音派は「メガ・チャーチ」(注:平均週末の信徒数が2000人以上の教会)として組織されており、何千人も収容可能なスタジアムのようなところで教会の礼拝を行っている。2016年の大統領選挙戦では、トランプが共和党候補に選出される前の候補の一人に、福音派の信仰を持つテッド・クルーズという人物がいた。彼はメガ・チャーチで講演を行い、票を集めて選挙戦を繰り広げた。最終的な共和党候補者選びでトランプが大統領候補に決まった後、彼の支持者の票がトランプに流れることになった。
 メガ・チャーチは全米の主要大都市郊外に多く展開するだけではなく、バイブル・ベルトにもたくさん存在している。なかでもテキサス州には、米国で最も大きなメガ・チャーチがある。このようなメガ・チャーチの存在が、選挙戦では大きな影響力を発揮している。
 2016年の大統領選挙結果を州別に見ると、トランプが獲得した州とバイブル・ベルトとが重なっていることがわかる(図2)。バイブル・ベルトには、テキサス州(38)やフロリダ州(29)など選挙人数の大きな州がいくつかあるので、選挙戦では重要な選挙区となっている。

 フロリダ州は、厳密に言えばバイブル・ベルトではないが、トランプ政権を支持した層にはヒスパニック系もいたといわれ、フロリダ州はそのようなエスニック・マイノリティ層が多く住んでおり、(従来は共和党支持ではないといわれていたが)2016年の選挙ではトランプへの一定の支持を集めたのだった。ヒスパニック系は基本的にカトリックであるが、カトリックの中でもかなり保守的な価値観を持つ人が多いために、トランプを支持したと見られる。
 こうした保守的な政治傾向を反映して、トランプ政権下では妊娠中絶を禁止する州が増加した(図3)。2019年だけでも、バイブル・ベルトの州を中心に11州が、中絶を禁止する法律を可決した。

 またトランプ政権時代には、最高裁判所判事9人の構成も大きく変わり、それ以前4人だった保守系が6人となった。
・ロバーツ:保守、カトリック、男性
・トーマス:保守、カトリック、男性
・バレット:保守、カトリック、女性(トランプ指名)
・ブライヤー:リベラル、ユダヤ教、男性
・アリート:保守、カトリック、男性
・ソトマイヨール:リベラル、カトリック、女性
・ケイガン:リベラル、ユダヤ教、女性
・ゴーサッチ:保守、聖公会・カトリック、男性(トランプ指名)
・カバノー:保守、カトリック、男性(トランプ指名)
 これをみると、ユダヤ教の人はリベラルで、カトリックの多くが保守という傾向がわかる。プロテスタントの福音派だけではなく、カトリック保守もかなりトランプ政権を支持していたことがわかる。
 最高裁判事については、保守だからといって、必ずしも、例えば中絶権を認めない判決を下すとも限らないという点には留意すべきだ。とくにロバーツ判事は、保守ではあるが、保守とは言えない内容の判決を下す場合もあった。

(4)メガ・チャーチの特徴と役割

 メガ・チャーチは、過去20年間に約4倍に信者を増やして大きく成長してきたが、最近はやや鈍化しているようだ。メガ・チャーチと言われる教会は、現在、全米に1400〜1500ほどあるといわれ、上位50位は、平均出席信徒数が週1万人である。最大規模のメガ・チャーチは、テキサス州ヒューストンにあるレイクウッド教会で、週4万人が出席するという。


 メガ・チャーチには多くの人が集うことから、彼らのチャリティ(寄付)による膨大な収益とその影響力にも注目する必要がある。新約聖書に、金持ちが天国の門をくぐるためには富を捨てなければならないと書かれてあることから(マタイによる福音書10:16-26ほか)、喜んで寄付をする「喜捨」という考えが出てきて、キリスト教の国、米国では富裕層を中心に寄付文化(チャリティ)がさかんだ。そのためメガ・チャーチでは多くの信者からのチャリティが集まるので、それを貧困層などの福祉に充てている。米国ではこうした寄付に対する税の優遇措置があるために、とくに富裕層は所属するメガ・チャーチや宗教団体に寄付をしている。米国のチャリティやボランティアの精神は、「徴税」という国家による強制的徴収ではなく、自発的、自助的に行われるべきだというキリスト教に基づく考え方を反映しており、メガ・チャーチがそのような場になっている。
 米国は伝統的に(自助を基本とする社会であり)福祉国家ではない分、メガ・チャーチを始めとする教会が福祉の代替的役割を担っている。例えば、郊外の新興住宅に皆が集まって交流する場所の提供、(国民皆保険でない米国では)ブルーカラーの人々に対して医療保険の相談など生活面での支援、精神的病気やアルコール・麻薬中毒者に対するリハビリ支援などである。
 米国における宗教の役割のもう一つの側面に、エンターテイメントとの結びつきがある。
 キリスト教では、草創期から神への賛美としての讃美歌を歌うことが重要な柱の一つになっていたが、それが米国ではエンターテイメント性を帯びながら広く社会に浸透している。例えば、黒人教会のゴスペルがポップミュージックの一ジャンルになっている。

4.トランプ政権の政策と福音派の影響

(1)活躍する福音派牧師

 トランプ政権では、その大統領就任式に6人の聖職者が参列したほか、福音派の牧師が多く関与した。
・フランクリン・グラハム牧師:ビリー・グラハム牧師の息子、救援活動団体「サマリタン・パース」、「ビリー・グラハム伝道協会」総裁。トランプ政権の宗教アドバイザーを務めた。
・ポーラ・ホワイト牧師:女性テレビ伝道者、「ニュー・デスティニー・クリスチャン・センター」主任牧師。
・サミュエル・ロドリゲス牧師:ペンテコステ派、「全米ヒスパニック・キリスト教指導者会議」創設者。
・ウェイン・T.ジャクソン牧師:黒人プロテスタント主流派。
・ドーラン枢機卿:カトリック、ニューヨーク大司教。
・マルビン・ハイアー:ユダヤ教ラビ。
 トランプ政権が始動すると、ホワイトハウス内に福音派諮問役員会が設けられ、聖職者とともにトランプ大統領、ペンス副大統領など閣僚も含めた祈祷会やミーティングが行われた。ペンス副大統領は、女性と1対1では決して食事会をせず、する場合は必ず第三者を加えるというほどの敬虔な福音派クリスチャンとして有名だ。
 またトルコに20年以上住んでいたプロテスタント福音派牧師アンドリュー・ブランソン牧師が、2016年にトルコ・クーデター未遂事件を起こしたグループや反政府武装組織のクルド労働者党を支援した罪で同年10月に逮捕、拘束されるという事件が起きた。トランプ大統領はエルドアン大統領と直接交渉して、2018年10月にブランソン牧師の釈放を実現させた。この出来事は、トランプ政権に対する福音派の支持がより熱狂的になるきっかけにもなったといわれる。
 トニー・パーキンス(Family Research Council会長)は、ワシントンDCにある福音派最大のロビー団体の代表で、トランプ政権に対して相当の影響力を行使した。福音派のロビー団体には、宗教性の強いものから政治性の強いものまで幅があるが、この団体は、宗教性よりは政治性の強い団体で、実際に選挙の票集めに動いた。

(2)福音派が支持する政策の実行

 トランプ政権は、福音派が喜ぶような政策を次々と実行に移した。主なものを挙げてみよう。
・イスラーム教徒の入国禁止(条件あり)大統領令(17年2月)
・オバマケアの廃止大統領令(17年1月)
・中絶反対の判事2名の最高裁任命(17年2月、18年7月)
・ジョンソン修正案の廃止大統領令(17年5月)
・エルサレムへの駐イスラエル米国大使館の移転(18年5月)
・中国のキリスト教徒及びウイグル・イスラーム教徒弾圧の糾弾と対中強硬政策(安全保障及び貿易)・宗教の自由政策の強化(18年末〜現在)
・アンドリュー・ブランソン牧師拘束への制裁と釈放(18年10月)
・対IS掃討作戦決行とリーダーのバグダーディ暗殺(19年10月)
・対イラン強硬策(親イスラエル+反ヒズボラと連動)とアブラハム合意(20年)
 なかでも、ジョンソン修正案の廃止は特筆すべき事項だ。
 民主党のジョンソン大統領が上院議員当時の1954年に、政教分離を徹底させようとして立法化した法律が「ジョンソン修正案」と呼ばれるものだ。その主旨は、教会や宗教(チャリティ)団体が政治活動に関与したり、資金を提供することを違法とするものだった。トランプ大統領は、政教分離を徹底する必要はないとして、この修正案を廃案に追い込んだのである。
 またトランプ大統領は19年9月下旬、国連で宗教に関する演説を行い、信教の自由を保護する重要性を訴えた。「われわれは信仰のために迫害を受けている約2億5000万人の世界中のキリスト教徒を守る」とし、信教の自由を保護するための政策に約27億円を充てる考えを示したのである。
 その最初の具体的表れが香港問題であった。同年11月、香港の民主化運動の中にはクリスチャンが多いということもあったが、その後、ウイグル問題にも拡大していく。
 トランプ大統領は、イスラーム教徒の入国禁止の大統領令を出したり、IS掃討作戦を展開するなど、イスラームはキリスト教の敵だという立場にも立っていたが、米中対立が深まる中で、どの宗教ということではなく、中国は宗教に対して弾圧しているという視点に変化していった。その結果、イスラーム教徒であるウイグル人の信仰の自由を擁護する立場になった。これはトランプ政権の宗教政策が(イスラームに対してトーンダウンした形の)安全保障政策に結びついていく転換点となった。

(3)信教の自由に関する世界会合の開催

 トランプ政権は、2019年7月16〜18日に、第2回「信教の自由に関する閣僚級会合」を国務省主催で開催した。これは信教の自由を促進する世界最大規模の国際会議で、2018年に第1回を開催し、それに引き続くものであった。会議の最終日には、ペンス副大統領やポンペオ国務長官が演説し、ベネズエラ、イラン、ミャンマー、北朝鮮などにおける信教の自由、人権への弾圧を非難した。とくに中国におけるウイグル人弾圧については強い口調の非難がなされたのだった。
 この会議全体は、サム・ブランバック米宗教大使(カトリック信徒)がコーディネートして進められたが、共和党関係者だけではなく、民主党のペロシ下院議長も参加した。
 この会議には、中東地域においてイスラームに迫害されている少数派キリスト教徒のほか、ロヒンギャなどイスラームで宗教迫害を受けている人々、中国内で宗教弾圧を受けているウイグル人やキリスト教徒、法輪功の代表、亡命中国人牧師など、さまざまなグループが参加していた。中国関連では、亡命中国人牧師を中心とするNGOであるChina Aid(対華援助協会、2002年設立、創設者ボブ・フー:傳希秋)が米国の対中外交に対してかなりの影響力を持っている。またウイグル人権委員会の代表は、この大会のメインゲストとしてスピーチをした。
 ちなみに、日本からの参加者は私一人だけであった。日本では信教の自由と人権の問題に対する関心が薄いようだ。2020年はコロナ感染拡大のため中止されたようだが、今年以降も継続されている。

(4)中東政策

 米国の宗教と安全保障と関連して重要な地域に、中東地域がある。これに関しては、AIPAC(The America Israel Public Affairs Committee、「アメリカ・イスラエル公共問題委員会」)という、強固な米イスラエル関係の維持を目的とするロビー団体がある。この団体の主張が、福音派のキリスト教シオニズムと合致しているために福音派と協力している。キリスト教シオニズムとは、ユダヤ人の国家を作ることを目標に運動してきたシオニズム運動に賛同するキリスト教福音派の運動で、キリスト教徒として救われるためには、ユダヤ人のみならずキリスト教徒もエルサレムに向かうべきと考えている。
 このような考え方のグループの後押しもあって、トランプ政権では、対中東政策の成果として「アブラハム合意」の成立があった(2020年8月13日)。「アブラハム合意」とは、いままでイスラエルと国交がなかったUAEやバーレーンなどアラブ諸国とイスラエルとの間で国交正常化がなされたことを指す。
 このようなことがなされた背景としては、イラン包囲網の形成がある。イスラエルがシーア派の大国イランに対する包囲網を形成して対抗すべく、米国の仲介によってスンナ派のアラブ諸国と国交正常化をしたのだった。トランプ大統領とイスラエルのネタニヤフ首相はとても懇意の関係にあった。
 2021年5月には、イスラエル軍によるガザ地区攻撃によりパレスチナ側で多数の死傷者が出るなど、イスラエル・パレスチナ紛争が再燃したが、その後、エジプトの仲介で停戦にこぎつけている。この問題に関しては、バイデン政権も(トランプほどではないが)イスラエル配慮ないし支援する姿勢を見せている。ここには米国のユダヤ・キリスト教的ナショナリズムの考え方が反映している。

5.バイデン大統領とカトリック

 2020年の大統領選挙では、カトリック票が宗教票としては最大のスイング票だった。米国カトリックは、歴史的に民主党支持であったが、2016年の前回の大統領選挙ではトランプがその52%を得て勝利した。カトリックの中では、白人は共和党支持が多く、ヒスパニック多数派は民主党支持だ。
 米国でカトリックが多い地域は、南部、東海岸、北部ラスト・ベルト(イリノイ州、インディアナ州、ミシガン州、オハイオ州、ペンシルベニア州)であるが、バイデンは2020年の大統領選挙では北部ラスト・ベルトで大票田のカトリック票をトランプから奪還することに成功したことにより、勝利を収めることができたと見られる。つまり、カトリックとしてバイデンを支持するのか、カトリック保守として共和党を支持するか、というカトリックのスイングが、接戦での勝利に結びついたのである。
 選挙戦略としてバイデンは、ペンシルベニア州で、自分の祖先の故郷がアイルランドであることから、アイルランド系カトリック、労働者階級出身のレトリックを巧みに使ってカトリック票を得ることができた。バイデンは、カトリックの宗教ナショナリズムを選挙戦で活用したといえる。
 バイデンが引用したアイルランド・カトリックのヒーニーの詩は、分断が言われる米国や世界に、これを埋めるメッセージを発した。その作品「トロイの癒し」の一節に、「復讐より未来を信じ、癒しと治癒を呼び起こす。正義が再興し希望と歴史のリズムが蘇る」とあるが、これは数年前に教皇フランシスコが「キリスト教徒なら壁より橋を造りなさい」と呼びかけた言葉をカトリック信徒に連想させた。
 カトリック人口は、地域によってばらつきがみられる。南部ではニューメキシコ州やテキサス州、北部ラスト・ベルトの州も多い。それと選挙人獲得数との関連も見られる。

 バイデンはフランシスコ教皇とも馬が合うといわれ、司教たちとも親しく交わる姿がみられる。バイデンが、2021年1月の大統領就任式で宣誓に使った聖書は、カトリックの聖書(旧約・新約)であったが、トランプ大統領のときは新約聖書のみの聖書であった。
 大統領就任式で、レディ・ガガが国家を歌ったが、彼女も熱心なカトリックである。就任式で祈りをささげたオドノバン神父は、イエズス会系大学であるジョージタウン大学長を務めた人物で、バイデン付き神父でもあった。

最後に:米国政治への宗教の影響

 2016年の大統領選挙でトランプが勝利した州は、ラスト・ベルトとバイブル・ベルト、一部サン・ベルト(テキサス州)などで、それはメガ・チャーチの分布図と重なっていた。トランプの勝利と支持は、福音派(宗教右派)の票が重要な役割を果たしており、就任後もトランプは彼らに向けた選挙公約をことごとく大統領令や法令化して応えた。
 その中でも注目すべきは、信教の自由に関する閣僚級会合の開催であった。これは対中国政策と密接に関連しており、そうした考え方に基づいてさまざまな対中戦略が組み立てられ実行された。
 カトリック票は選挙のスイング票となっているが、2020年の大統領選挙では、バイデンがカトリック信者であることやカトリック保守票の奪還戦略によって、ラスト・ベルトのブルーカラーからカトリック票の一部を奪還することに成功した。
 バイデンが選挙戦でよく引用した詩に、シェイマス・ヒーニーの詩がある。シェイマス・ヒーニーは、アイルランド系カトリックで、農家出身のノーベル文学賞を受賞した詩人だ。この詩を聞くとアイルランド系米国人は非常に気分が高揚するので、これをうまく活用したと言われる。
 宗教と安全保障においても、トランプからバイデンへの継続性がみられる。
 「信教の自由に関する閣僚級委員会」はバイデン政権下でも存続している。対中外交でウイグル・香港問題の強調し、宗教の自由を弾圧する中国共産党政権こそ米国および民主主義諸国にとって安全保障上の最大の脅威であるとのメッセージを強く打ち出そうとしている。
 ブリンケン国務長官は、ユダヤ系であるが、ユダヤ・キリスト教的「価値外交」を継続して展開している。それはイスラエル支持政策にも表れている。民主党は、共和党に比べ、宗教を前面には押し出さないが、宗教的信条が醸し出す「人権」「価値外交」という言葉に置き換えられて現れている。具体的には、中国における人権弾圧、それこそ安全保障上の最大の脅威であるとの考え方として反映されている。

(2021年5月28日に開催されたIPP政策研究会における発題内容を整理して掲載)

政策オピニオン
松本 佐保 日本大学教授
著者プロフィール
神戸市生まれ。1988年聖心女子大学卒。90年慶応義塾大学大学院修士課程修了。97年英国ウォーリック大学社会史研究所博士課程修了。Ph.D.取得。2012年名古屋市立大学教授、21年4月よりに日本大学国際関係学部教授。専門は、国際政治史、国際文化学。主な著書に、『バチカンと国際政治―宗教と国際機構の交錯―』『熱狂する「神の国」アメリカー大統領とキリスト教ー』『バチカン近現代史―ローマ教皇たちの「近代」との格闘―』『アメリカを動かす宗教ナショナリズム』ほか。
米大統領選挙に見られるように米国政治ではキリスト教など宗教が大きな影響力を及ぼしている。その影響は、国内政治のみならず、外交安全保障分野にもかかわっている。

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