「成育基本法」による結婚・妊娠・子育て支援を ―子どもの養育環境改善の提言―

「成育基本法」による結婚・妊娠・子育て支援を ―子どもの養育環境改善の提言―

2018年10月1日

「子ども開発指数」は世界一でも「孤独」な日本の子ども

 私は、大学病院の小児科に10年間勤務した後、現在まで都内で小児科を開業している。子育て中の父母と毎日関わる中で、子どもたちがどのような生活環境にあるかを日々観察し、課題も感じている。
 今日はまず、少子化対策とこれからの小児医療についてお話ししたい。特に今までの形でない新たな小児科医の発想が必要だということと、今我々が国にお願いしている成育基本法についてである。成育基本法の中では、後述する「ネウボラ」組織を作ることが少子化対策に最も有効だと考えている。
 さて、現在の小児科の問題点である。
 戦前は感染症、つまり肺炎とか結核とか胃腸炎での死亡が非常に多かったが、近年は抗生物質の開発や生活環境の改善によって感染症は大幅に減少した。この傾向は小児科でもまったく同じである。ただ最近は、子どもの心の問題であるとか、アレルギーなど、40年50年前には学ばなかったことが、小児科の新しい課題となっている。
 さて、現在の日本の特徴として、乳児死亡率と新生児死亡率が低いことがあげられる。平成26年(2014年)は各々2.1と1.0で、世界で最も低い。これには小児医療の発達、生活環境の向上や予防接種の浸透など様々な要因がある。まさに日本が世界に誇るべき実績である。
 「子ども開発指数」(The Child Development Index)世界一ということで、日本の子どもたちは健康、教育、栄養の三大要素、5歳未満の死亡率、就学率、低体重児童の比率など、世界で最も恵まれた幸せな子どもだと言えるであろう。
 ただし、日本でも最近、低出生体重児の増加、出生時の平均体重の減少といった傾向が出てきている。2500グラム以下で生まれる低体重児は、昭和50年の5.1%から、平成24年には9.6%と2倍になっている。1500グラム以下の未熟児も増えている。
 これは高齢出産の増加、お母さん方の健康を害するほどのダイエット志向などが要因として考えられる。今後、これがどのような影響をもたらすか、十分には分かっていないが、子供の脳の発達など様々な影響が出てくるのではないかと懸念されている。
 それでも世界的に見れば、日本の子どもたちは健康である。
 ただし、健康であることが、果たして幸せにつながっているのか。子どもの心の健康度と幸せ度を測るユニセフの調査(UNICEF Innocenti Research,2007)を見ると、先進国の中で「学校に飽きる」「孤独を感じる」という15歳の子どもの割合が日本は高い。子どもだけでなく、高齢者の孤独死や自殺する人がOECD諸国の中で第2位という、精神的には恵まれない現状もある。

 

育児不安や望まない妊娠

 私の診療所に来られる、赤ちゃんが生後1カ月のお母さんの声をご紹介する。母子健康手帳から取らせていただいた数字である。育児不安があるというお母さんが約25%、どちらとも言えないが25%。育児不安がないという方が50%である。お母さんお父さんの半数近くが育児不安を感じるか、多少でも感じているといっていいだろう。生まれた子が第一子というお母さんに限ると、不安を感じている割合はもっと高いと思われる。
 児童虐待については、2016年の1年間で児童相談所への相談件数が12万件を超えた。重大なのは、虐待死が84名いたということと、ほとんどが0歳児、生まれてすぐ亡くなる子が多数を占めたことである。こうした現実が、私たちが成育基本法を主張していることにつながっている。
 虐待死は、毎年およそ100人前後である。その中には心中と心中以外の原因がある。東京では亡くなった子どもたち全員について死因究明をしているが、容易ではない。そのため虐待死は実際にはもっと多いのではないかと思う。
 厚生労働省の専門家委員会の分析によると、0日・0カ月で虐待により亡くなった子の実母の状況を見ると、6割以上が「望まない妊娠」である。また、若年(10代)妊娠、母子健康手帳を取りに来ない、それから妊婦健診も受けていない割合が高い。こうした点が、虐待予防の対策につながる大切なキーワードだと考えられる。

 

子どもの心の問題が大きくなっている

 また、私たち小児科医は近年、子どもたちに接しながら、子どもの心の問題が大きくなっていることを感じている。発達障害児に接することも多い。
 最近では、子どもとスマートフォンの関係も大きな問題である。スマホを使う時間が増えると、睡眠不足になったり学力が低下したり、脳機能にもダメージがあることが分かってきた。それから社会性が育つ成長過程で、コミュニケーション能力が低下していることも明らかになっている。
 日本医師会や日本小児科医会では、「遊びは子どもの主食です」というポスターを病院や診療所に貼らせていただき、愛着形成や社会性の形成、生活リズムを作る上で遊びが大切だと訴えてきた。子どもが小さいうちはできるだけスマホに接する機会を少なくするよう働きかけることが小児科医の役割だと考えている。
 それから、子どもの貧困。最近は若干減少しているようだが、16%前後である。特にひとり親家庭では半数近くに上っている。
 また、我々小児科医にとって問題になるのは予防接種である。ここ数年、日本もようやく世界標準になってきているが、まだまだ予防接種制度は遅れている。たとえばおたふく風邪ワクチンが定期接種になっていなかったり、A型肝炎が定期接種になっていない。任意接種のロタウイルスワクチンは、一人3万円かかる。経済的な負担から、ロタウイルスワクチンを受けられない人も出てくるわけである。
 このように、現代の子どもたちを取り巻く環境には、様々な課題がある。
 慈恵医科大学の名誉教授である前川喜平先生が、10数年前に「現在の小児科の問題点」を指摘された。先生は初めて「成育小児科学」という言葉を使った方である。それまでは小児科学というと子どもの病気を診るものと考えていたが、子どもの成り立ち、子どもの成長といったところに重点を置いた学問が、成育小児科学だと思う。
 前川先生は、この時点での小児科の問題点として、①疾病構造の変化(疾病の軽症化と受診率の低下)、②小児を診る医師の増加、③小児科の専門分化(小児科医の大病院への偏在)、④出生率の低下と小児人口の減少、⑤医療収入が他科と比較して悪い、といったことをあげられている。
 ②は小児を診る医師の増加ということで、小児科だけではなく、内科や耳鼻科の医師が子どもたちを診る機会が多くなっている。
 ③に関しては、一時期、小児科の中でも小児循環器、小児呼吸器というように、内科と同じように細分化された時代があった。最近は、この反省に立って、「小児科専門医は子どもの総合医である」という認識で、幅広く子どもを診るように方向転換されてきている。
 ⑤については、小児科は診療所でも病院でも子どもは小さくて検査ができない。出来高払いの診療報酬の中では、病院、診療所の収入が他科と比較して悪いということが当時の小児科の問題点であった。

 

子育て支援の基本は「子どもの視点から考える」

 さて、日本小児科医会が少子化対策を取り上げたのは今から25年前である。そのときの総会フォーラムで、保育園をたくさん増やすとか、医療機関の充実をするといったハード面だけではなく、子どもたちが何を考えているか、何をしたいか、何を欲しているか、そういうソフトの面を考えて子育て支援をしなければ誤った方向に進んでしまうという意見があった。今になって、そのことの重要性をひしひしと感じる。
 子育て支援の基本理念は、子どもの視点から考えるということである。子どもの発育にとって家庭こそが基本の場所であり、子どもの育成は親の責任ということである。従って行政の支援は、家庭での子育ての質を上げることを目的とすべきであろう。
 それから、子どもに福祉サービスを提供する前提として、子どもを特別の権利と必要性を持った独立した存在と考えるべきである。これはスウェーデンやデンマークといった北欧の子育て支援の基本理念から学んだことである。

 

小児科専門医は増えている

 小児科の環境はこの10年間で大きく変わった。特に病院小児科は感染症が減少したこともあり、外来患者数は23.6%、入院患者数が15.9%減っている。この間の小児人口は7.4%減だが、病院小児科の入院外来は子ども数が減った以上に外来、入院ともに減少している。そのため、中小規模の病院の小児科はかなり閉鎖され、地域の小児科外来は41.8%の大幅減となっている。その中で病院の統廃合も検討されている。特に中規模病院の小児科は外来、入院ともに存亡の危機にある。
 小児科を主な専門とする医師の数は、2000年を100とすると、ここ数年は123程度である。病院の小児科専門医は23%増えている。診療所もこの10年間で1割ほど増えた。つまり小児科医が減っているわけではない。
 ただ、以前は内科医が内科・小児科を合わせて担当することも多かったが、最近は内科医が小さな子どもを診なくなったということが大きい。つまり小児科が減っていると言われているが、あくまで内科と小児科を兼ねる医師が減っているということである。
 人口10万人あたりの医師の数は、京都が307だが、千葉県は152で半分である。ただ医師の数の地域格差は是正される方向に向かっている。今後は医療費を抑制するという目的もあって、かかりつけ制度を充実させる方向になると思われる。
 社会保障給付費は毎年1兆円以上増えている。なかでも医療費の伸びが年金、福祉を上回っている。この社会福祉制度を維持するには、どうしても医療費を抑制する必要がある。

 

かかりつけ医の制度を発足

 子どもの地域包括ケアと連携して、地域の中で子育てをすることが重要になる。小児の在宅医療も、ますます必要性が高まると思われる。また、子どもは高齢者以上に重複受診、重複投薬が多く、これを防ぐため、国は小児科のかかりつけ医制度を4年前に発足させた。3歳以下の患者が一つの医療機関に限定してかかると、診療報酬が上がる仕組みになっている。医師と患者が同意をかわし、患者は特別の理由がない限り、他のところにかかれないという制度である。これにより重複受診、重複投薬を防ぐわけである。
 我々もかかりつけ医になっている。父母がかかりつけ医に望むことは、子育てのアドバイスや健康診断、予防注射が主である。ただ、父母が育児不安について相談したいと思っても、時間外に対応しているケースはほとんどない。父母の期待に反しているわけである。
 一方で、♯8000制度という、電話で24時間、看護師に相談できる制度がある。この制度の充実も大切である。
 今後は、学校保健、乳児保健、予防注射といったことに力を入れる必要がある。アメリカと同じく子どもの個別の検診が必要になってくるはずだ。
 日本小児科医会でも、この流れに即して、子どもの心相談員の制度を作った。全国で1千名ほどの小児科医が相談員として登録している。また、2年前から子どもの総合医、地域総合小児科認定医制度をつくり、研修で学んだ医師を認定している。

 

成育基本法とは

 子育て支援の基本理念は、「子どもの視点から考える」「子どもの発育にとって家庭こそが基本の場所であり、子どもの育成は親の責任である。従って行政の支援は、家庭での子育ての質をあげることを目的とすべきである」「子どもへ福祉サービスを提供する前提として、子どもを特別な権利と必要性を持った独立した存在と考えるべきである」ということになると考えている。
 私たち日本小児科医会などが推進している成育基本法でも、子どもの視点から考えることを基本にしている。成育基本法は、子育て支援策と少子化対策の両面から考えることで始まったもので、元々のきっかけになった小児保健法は、「子どもの権利条約を守る」「子どものための国の予算を増やす」「『子ども家庭省』の設立」「育児と仕事が両立できる社会」「全てのワクチンの無料化」「子育て会議の設置」といったことを目標に掲げた。
 今から6年前、日本医師会の周産期・乳幼児保健検討委員会で小児保健法から成育基本法に名称を変更した。小児は子どもを意味するが、さらに広げて胎児期から新生児期、乳幼児期、学童期、思春期を経て、次世代の成人期に至る人間のライフサイクルまで含めた対応が必要と考えたからだ。この過程で生じる健康問題を包括的にとらえ、適切に対応するための法律と位置付けたのが成育基本法である。
 成育基本法の中で、成育基本計画を作成することをうたっている。そこに盛り込む基本事項は「次世代を担う成育過程にある者に対する生命・健康教育の充実」、「社会、職場における子育て・女性のキャリア形成のための支援体制の構築」、「周産期母子健康診査と保健指導の充実」「妊娠・出産・子育てへの継続的支援のための拠点整備及び連携」など14項目ある。
 成育基本法は日本の未来を生み、育てる法律。現在、議員連盟も組織され、国会で審議されることを期待している。

 

少子化対策のポイントはネウボラの整備

 最後にネウボラについてお話ししたい。ネウボラはフィンランドで行われている子育て支援の制度で、ネウボが「助言する」、ラは「場所」を意味する言葉で、まさに継続的支援のための拠点整備である。私も一昨年、フィンランドに行き、ネウボラを視察したが、日本の少子化対策はネウボラの整備がポイントになると感じた。
 フィンランドは人口約600万人。福祉は地方自治体単位で行われる。また、ほとんどの家庭が共働きである。出産休業は263日だが、ほぼ1年育児休暇を取ることができる。その間の手当ても保障される。
 フィンランドの子育て観は、社会的合意として赤ちゃんは自宅で過ごす。1年近い育児休暇の間、赤ちゃんは両親と一緒に過ごす。ゼロ歳で保育園に入れることはほとんどないという。その代わり、5歳になると8割から9割の子が公的施設に入っている。
 日本と同じように母子健康手帳、育児冊子が配られる。そして出産したら育児パッケージが配布される。これは日本円で2万円程度の品物で、出産後の母親に必要なものがほぼすべて揃っている。担当者に聞くと、その内容は毎年変わるという。良い物を一つでも多く世界中から探してきて、加える。育児パッケージを使い終わると、赤ちゃんのベッドにもなる。

 

すべての母子を対象に切れ目なくサポート

 ネウボラの歴史を見ると、1920年代に遡る。つまり100年の歴史がある。1900年代前半は感染症が非常に多く、周産期死亡率が高かった時代である。そこで安全な出産と母子の健康状態の向上を目指して、民間の有志が取り組み始めたのだという。
 ネウボラは、すべての母子が対象になる。これは大切なことで、妊婦の99.7%、出生児の99.5%がネウボラにつながっているという。そのため、早期介入が可能になる。生まれてすぐ虐待死するようなケースは少なくなるわけである。
 また、かかりつけの担当者がいることも重要だ。ネウボラには2名から3名の保健士、心理士、そして巡回する医師やセラピストがついているが、出産前から同じ専門職が個別対応し、妊娠期から就学期の6歳まで重点的に切れ目なくサポートする。一人の担当者が継続して見るのがネウボラの特長なのである。
 そして、やさしく、専門性が高く、知識の豊富な人が「ネウボラおばさん」になっている。ネウボラおばさんは非常に知識が高く、よく勉強している。社会的にも尊敬される存在である。上から目線で一方的に話すのではなく、対話をしながら親の悩みを聞く。日本でもネウボラおばさんを育てていくことが、少子化対策が成果を上げるための一つの鍵になるのではないかと考えている。

 

同じ専門職が家族全体の成長をサポートする

 ネウボラはフィンランド全土に約800カ所あります。フィンランドの人口は日本の約20分の1であるから、日本でネウボラをつくるとすると1万6000カ所必要になる。ネウボラの1カ所の予算は年間1億円で、フィンランド全体では800億円である。日本で1万6000カ所つくるとすると、1兆6000億円かかることになるが、それだけの効果はあると私は考える。
 2016年、フィンランドの国立研究所でネウボラを担当する方が来日された際、「日本ではハイリスク家庭に絞って支援を行うようになっている」という話に対して、「全員に定期的に直接会わないで、どうやってハイリスク家庭を見つけるのですか」と逆に質問された。「わざわざ何度も面談しなくてもいいと思われるがどうか」という質問には、「妊娠初期から就学前にかけての時期のどこかで、どの家庭にも何らかの問題や躓きが起こるという想定のもと、継続的にモニターすることも大切」と答えられた。「日本では保健士など専門職を配置するため予算の確保が難しい」という質問にも、「予防的な支援の強化によって、実際に事後対応にかかるコストを削減できる」との回答であった。出産前から同じ専門職(かかりつけ)が家族全体の成長をサポートすることが大切で、全体的に見て介入が必要な人を徐々に拾い上げていくわけである。
 実際、フィンランドでは予防的に取り組むことでコストが下がっている。フィンランドでも虐待死亡が10万人あたり5.0を超えていた時代があったが、1944年にネウボラを制度化してからは減少し、2010年には0.36まで下がっている。合計特殊出生率も一時は日本より低かったが、ネウボラが盛んになってからは、2012年の合計特殊出生率は1.80、日本は1.41である。
 ネウボラの拠点は質素だが、小さな部屋が多く設けられ、対話を重視していることがうかがえた。最近は、ショッピングセンターの中にもネウボラがあるという。保育園も視察したが、保育園と幼稚園は一緒でデイケアセンターという呼び方をされている。

 

「乳児への手厚いケアは一番生産的な方法」

 2013年5月に横浜市で行われた学会で、フィンランドの児童精神科医カイヤ・プーラ先生が次のように語られている。
 「同等かほぼ同じ程度、両親が適切な世話をした乳幼児は、社会的スキルがよく発達し、心/メンタル面の問題も少ない」、そして「乳児への手厚いケアを社会をあげて支援することは、節税のための一番生産的な方法である」と。
 わが国でも、ガンや心筋梗塞、糖尿病などを予防するためには、中年以降からの介入では遅く、妊娠中のケア、小児期の教育、経済環境を含めた早期の介入が必要であるという意見がある。これがまさしく成育基本法の精神である。
 最近、子育て世代包括支援センターが日本でもようやく誕生した。これが日本のネウボラ事業と言えるものである。ただ、ネウボラおばさんがまだいない。今の時点では、従来の施設を集めたセンターにとどまっているのではないか。フィンランドのネウボラは100年かけて築かれている。日本も時間はかかるだろうが、フィンランドのネウボラに近づくように皆で努力しなければならないと思う。
 まとめると、成育基本法の3本の矢は、①子どもを大切にする国づくり、②ネウボラを全国に展開する、③私たち小児科開業医は子どものかかりつけ医になる、ということである。

(本稿は、2018年7月17日に開催した政策研究会における発題内容をまとめたものである。)

政策オピニオン
松平 隆光 公益社団法人日本小児科医会名誉会長
著者プロフィール
神奈川県生まれ。鳥取大学医学部卒。医学博士。2012年から18年6月まで、公益社団法人日本小児科医会会長。現在、同名誉会長。

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