米国社会における「人種」分断の背景を探る ―BLM(ブラック・ライヴズ・マター)運動はなぜ共感の輪を広げられたのか―

米国社会における「人種」分断の背景を探る ―BLM(ブラック・ライヴズ・マター)運動はなぜ共感の輪を広げられたのか―

2020年10月23日
平和外交・安全保障
はじめに

 現地時間2020年5月25日にミネソタ州ミネアポリス近郊で起こった白人警察官による黒人男性ジョージ・フロイド(George Floyd)の頸部圧迫殺人事件に端を発して起こったアメリカ合衆国(以下「アメリカ」ないし「米国」と略記)における警察の横暴に対する抗議運動は、SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)の効果とも相俟って瞬く間に全米のみならず世界各地にも波及した。それは奴隷制の廃止から155年、強力な連邦法による差別の禁止から55年を経た今日においてもなお「人種」1)の分断が依然として解消されないままのアメリカ社会の現実を暴露しただけでなく、既にコロナ禍への対応に苦慮していたトランプ政権の基盤をさらに揺るがせ、同年秋に予定される大統領選挙の行方をより一層不透明にしている。本稿の目的は、この抗議運動の中枢を担うBLM(ブラック・ライヴズ・マター、「黒人の命も大切だ」などと訳される)運動の誕生と急速な支持の広がりの歴史的背景を概観しつつ、それが市民権運動2)を上回る広範な支持を博すに至った要因を確認し、BLM運動が持つよりよき未来のアメリカ社会の再編へ向けた潜在的可能性を展望することである。

1.BLMの生成と発展

 BLMは刑事司法制度に歴史的に埋め込まれている差別や警察の横暴に対する地域レベルでの抗議運動として始まった地域運動のネットワークである。その具体的起源は、2012年2月にフロリダ州マイアミガーデンで起こった17歳の黒人少年トレイヴォン・マーチン(Trayvon Martin)殺害事件で加害者の白人ジョージ・ジンマーマン(George Zimmerman)が罪を問われなかったことへの抗議運動にある。さらにその2年後にミズーリ州ファーガソンで起こった白人警察官による18歳の黒人少年マイケル・ブラウン(Michael Brown)射殺事件に際しては、BLMは抗議運動が全国に広がる上で中心的な役割を担った。その直前にニューヨーク市で起こった警察官による黒人男性エリック・ガーナー(Eric Garner)圧殺事件とも相俟って、各地にBLMを支持する動きが広まった。BLMは非集権的なネットワーク組織として発展し、各地の諸組織を束ねる全国本部や指導者は存在しない。その名を高めたのは2016年の大統領選挙との関わりである。民主党候補に指名されたヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)は自らのスピーチにおいてBLMへの不信感を抱く白人支持層を意識しつつ「すべての人の命が大切(all lives matter)」と批判的に言及し、バラク・オバマ(Barack Obama)大統領(当時)を含むBLM支持者からその誤りを指摘され、最終的にはそれを受け入れ、この発言を撤回した。その意味することについては後述する。

2.「大量収監」と「監獄産業」の隆盛

 BLMに関して重要なのは、それが単に警察の横暴を糾弾しているのでも、また偏見を単に個々人の心の問題としているのでもない点である。BLMが攻撃の対象としているのは肌の色に基づく「制度的差別(systematic discrimination)」が歴史的に組み込まれてきたアメリカの社会構造それ自体であり、その脱構築を目指している点が重要である。2009年7月にハーヴァード大学の黒人教授ヘンリー・ルイス・ゲイツ・ジュニア(Henry Louis Gates, Jr.)が自宅前で「不法侵入罪」で誤認逮捕された事例が示すように、黒人の場合は自助努力をいくら積んで社会的名声を得ても、犯罪者扱いされる可能性が高いのである3)。すなわち、警察予算の削減だけでは人々の心に潜む肌の色に関わる偏見の根本的修正は期待し難いことをBLMとその支持者は熟知しているのである。その背景には次のような「大量収監(Mass Incarceration)」という、黒人男性が不自然なまでに多く犯罪者として収監されているばかりか、それを商売とする「監獄産業」が公共事業として、1970年代以降の共和・民主両政権下で隆盛を極めるに至った事実についてまず言及する必要がある。
 1968年11月の選挙で「法と秩序」のスローガンを掲げて勝利したニクソン政権下で開始された「麻薬との戦争」は、1982年の選挙で誕生した同じ共和党のレーガン政権下で強化され、民主党のクリントン政権に引き継がれただけでなく、「福祉改革」の一環としての食糧引換券等の福祉予算が削減される一方で警察関係補助金が増額されたこととも相俟って「犯罪多発地区」とされる大都市中心部でのさらなる警察行動の強化を招いた。次の共和党ブッシュ(子)政権下でもこの傾向がさらに顕著となった。その結果として同政権末期までに10万人当りの収監率が743人となり、2位のロシアの577人を大きく上回った。中でも黒人男性の比率の高さが目立った。2010年に司法省統計局が公表した数値によれば、10万人当たりの黒人男性の収監率は4347人で、中南米系の1775人、白人の678人と比べて群を抜いていた。数百万人に達した囚人を収監するために監獄の民営化が進むとともに「監獄産業」が有望な公共事業として全米各地に波及した4)
 大都市の中心部に存在する黒人ゲットーで違法薬物の売買が頻繁に行われていた事実は否定し難いが、黒人に差別的な刑法がそれに追い打ちをかけたのも確かである。中でも黒人ゲットーで主に売買されるクラックという粗製濃縮コカインに関する罰則を通常のコカインの場合の100倍としたことの影響は看過し得ない。オバマ政権下の2010年に18倍にまで引き下げられたが、焼け石に水というべきであり、抜本的な変化は依然もたらされていない5)
 個々人の責任の範囲を超えた郊外化や脱工業化やグローバル化という構造的要因の影響をより多く受けた、事実上の隔離を強いられる大都市ゲットーの黒人住民は、深刻な貧困に加えて、前述のようなあからさまな刑事司法制度における差別の結果、黒人男性の異常なまでの大量収監が起こったのである。収監者に関する政府統計上の「人種」別数値は、歴史的に広くアメリカ人に形成されてきた肌の色に関する偏見に根拠を与える結果を招いた。それは一般市民のみならず警官の態度にも影響を与え、冒頭で触れた多くの誤認殺人を含む過剰な警察行動の背景となったのである。

3.制度的差別の解消を求めるBLM運動

 BLMは、行き詰りつつあることが誰の目にも明らかな、1970年代以来の警察力強化という対象療法に支出されてきた従来の多額の連邦予算を、黒人ゲットーの構造的な貧困という原因を除去する諸政策にシフトさせることを求めている。その新たな政策の中心的分野は教育であり、それは単に福祉の補強や国民的権利という意味あいを超えて、未来への有効な投資と位置づけられている点で注目される。具体的にはAI(人工知能)の導入に伴う新たな知識や技術の習得のための設備や教員の補強とともに、文化的多様性の価値を受け入れるだけでなく、むしろそれを経済的にも活用することがアメリカの将来的発展に不可欠の要素となるという思想を内容とした、かつての「人種」統合教育という60年代に取り組まれながら挫折を強いられた試みの再生を含む、初等中等レベルの公教育制度の抜本的な改革が要求の主要素の一つとなっている。これは心ある白人の母親たちの将来のより多様化が進んだ社会への準備教育の要求や既に開始されている実践努力とも重なる点で注目される6)。加えて成人市民の学び直し支援などの中高年のやる気を掘り起こす再教育機会の拡充、さらには大都市中心部のゲットーと呼ばれる黒人集住区に多発する犯罪や世代間で受け継がれる深刻な貧困を解消するための公的住宅融資を含む、本来的に必要とされてきた住民の福利を加味しつつ、グローバル化の中で重要度を増す都心部の効果的再開発計画を骨子とする構造改革という連邦政府レベルの大規模な積極的介入が求められている7)
 BLMは、戦後一貫して無視されてきた次のような歴史的事実を白日の下にさらし、広く国民に可視化させ、対処の必要性と緊急性を認識させる上で、いわば触媒としての役割を果たしているのである。BLMは史上初めて北部的な差別、すなわち露骨な地方法体系による隔離の強制や憲法の事実上の無視に他ならない参政権の剥奪を伴ったジム・クロウ(Jim Crow)と呼ばれた南部的な差別と異なった、より合法的で問題視され難い事実上の隔離体制を生み出してきたアメリカ北部の差別的本質への抗議を射程に入れた広範で効果的な社会運動を史上初めて組織しえたという点で、極めて注目に値するのである。今日未だ解消し難く残る法に依らない巧妙な制度的差別構造が生成発展した地は北部なのであり、その点でBLM運動は、南部のジム・クロウ体制を崩壊させた後に北部の差別の解消へと闘争を拡大する途上で暗殺されたキング牧師の遺志を継ぐ社会運動と見なしうるのである8)

4.資産格差の歴史と現実

 「人種」間の格差についての最近の学術書出版やインターネットを通じた関連情報において注目されるのは、黒人の資産形成上の歴史的差別である。数年前に世界中でベストセラーとなったフランスの経済学者トマ・ピケティの著書9)で指摘されて注目を浴びた、戦後に一貫して拡大する階級間の資産格差の問題は、アメリカではとりわけ「人種」間で顕著である。2008年秋のリーマン・ショックで黒人コミュニティは全資産の半分を喪失し、現在においてもなお黒人人口の3分の1が負債を抱えているか預金額ゼロのままであり、少額しか預金高がない者を含めればその割合は60%に達する。現在でも黒人が所有する資産は全米の資産の1%にすぎず、奴隷制下で資産の形成が禁じられていた1863年の0.5%と大差ないままである10)
 差別と隔離に苛まれてきた黒人コミュニティは第二次世界大戦後のアメリカの長期的な経済成長の主流から集団的に排除され続けて現在に至っているのである。それは自助努力というアメリカ的な価値観の否定につながる。『ニューヨーク・タイムズ』紙の保守派の著名コラムニストでさえ指摘するように、アメリカにおいて自助努力の第一の目標とされる高学歴は、こと黒人に関しては偏見と差別の解消をもたらしはしないのである。大卒白人世帯の収入の中央値が10万6600ドルであるのに対して、黒人大卒のそれは8万2300ドルにすぎず、その差は2万4300ドル、すなわち257万円以上となっている11)

5.白人世論の変化の兆し

 歴史的に「アメリカン・ドリーム」を支えてきた自助努力が黒人においては意味をなしえなかった事実の背景にある歴史的な差別構造への果敢な挑戦こそがBLM運動の真骨頂なのであり、それが「人種」を超えたBLM運動への支持拡大の要因の一つとなっている点に注目する必要がある。2020年6月23日から7月6日にかけて行われたギャラップの世論調査では、BLMが主導する抗議運動を支持する者の割合は成人白人の59%に上る。この数字は2016年11月の大統領選挙で白人のトランプ支持率が58%であったことと比べて、大変な変化である。とりわけ注目すべきは「人種」を超えた世代間の相違である。民主党支持者が多く、また「人種」の多様化が顕著な20代において、「抗議運動によって自分の人種問題の見方が変化した」と答えた人の割合は66%に達する一方、中高年の白人に多い共和党支持者では64%が「全く変化なし」と答えている12)
 司法や警察の差別的待遇への抗議に端を発したBLMが過去4年間に「人種」を超えて広範な支持を獲得した背景には、「黒人初の大統領」であるバラク・オバマによる二期8年のリベラルな政権への反動として誕生したトランプ政権下で勢いづいた白人優越主義に対する、「人種」を超えた巻き返しの動きがある。ネット上の報道写真によれば、最近のBLMの現地の抗議行動のとりわけ前面に立つ人々に若い世代の白人が目立つ13)。白人世論におけるこの変化は、遅くとも2050年までに非白人が全米人口の過半数を占める一方、史上初めて白人が過半数を割るという人口動態予測と関係がある14)。前回の大統領選挙においては顕著に見られた白人の反動が一定程度収まるのと並行して、多様化の進行という傾向が否定し難いことを肯定的に受け入れようとする白人が、とりわけ未来を担う若い世代に増えつつあるものと推測される。

6.「すべての人の命が大切だ」が誤りである理由

 「人種」のみならず支持政党の枠も超えてBLMが支持を集めている背景の説明に加えたいのは、なぜ「すべての人の命が大切(all lives matter)」ではいけないのかという、前回の大統領選挙運動中にヒラリー・クリントンが演説で語ったフレーズが誤解であるとする理由である。それが誤りである理由は単純である。すなわち、生命の危機にさらされている人の救済を優先しないことは非人道的であるということに尽きる。例えば救急車に道を譲るのは世界中の全ての運転手の義務である。同様に歴史的に積み上げられた偏見と差別が深く組み込まれた社会構造のゆえに過剰な警察行動によって日常的に生命の危険にさらされる黒人の救済を優先することに「平等」待遇の原則で反対することは非人道的であるだけでなく、とりわけアメリカ的文脈では、かつて保守派の白人男性を中心に支持を広く得たものの、アメリカ社会における多様性の進行とともに否定されつつある「逆差別」論、すなわちアファーマティヴ・アクションの否定論に与することにも通じるのである。歴史的に構築され現在にも存続する制度的差別の犠牲者に個々の条件の違いを無視して一律に「平等」待遇を強要することは、とりもなおさず現状の不平等な構造を維持することを意味するのである。
 これに関連して『ニューヨーク・タイムズ』紙が会社として決定した「黒人」の表記に関する変更について言及する必要がある。6月30日に同紙は今後「黒人」を表す「black」の「B」は大文字化して「Black」と表記する一方で「白人」の「white」は小文字のままとすることが決定された。これは欧州の有力通信社であるAP(Associated Press)が6月19日に下した同様の決断に続くものである15)。加えて、どの文化も平等に尊重されることを基本条件とする多文化主義の枠に内においても、白人ナショナリズムが黒人ナショナリズムと同等に扱われるべきではないとする理由について付言する必要もある。その理由は実は単純である。前者が目的としているのは一貫して「人種」に基づく差別体制の維持、またはそれが維持されていた過去への回帰であるのに対して、後者の目的は「人種」に基づく差別体制の解体であり、そのための準備として被差別者の団結を唱道しているからに他ならない。二つのナショナリズムは似て非なるものであり、そのベクトルは相互に逆向きである。欧米の有力報道機関の決定も文字表現を通じた一種のアファーマティヴ・アクションであり、それは明らかにBLMの思想に影響を受けた決定である。

7.ヨーロッパに波及するBLM運動のインパクトと歴史認識の見直しの動き

 BLM運動の高揚は以前から起こっていたアメリカ国内各地の旧南軍の将軍の銅像の破壊運動をさらに刺激するとともに、その動きは欧州にまで波及し、「人種」差別への反対だけでなく、植民地主義的過去への反省の気運も高まっている。イギリスではオックスフォード大学構内のセシル・ローズ像が撤去された16)。アメリカ国内では各地でコロンブス象が破壊された17)。その一方で、とりわけアメリカにおいてはすべての偶像崇拝の否定の動きにまで至りつつあり、旧南部連合国指導者に留まらず、北軍指導者、とりわけボストンでは、黒人からなる連隊の指揮官で先陣を切って黒人兵士とともに戦死したロバート・グールド・ショー(Robert Gould Shaw)の像まで汚され、ジョージ・ワシントンやトマス・ジェファソンといったアメリカの国家的アイデンティティに関わる建国の父祖の像まで攻撃対象とされるに及んで、『ニューヨーク・タイムズ』において疑問の声が上げられた。同紙記者のブリット・スティーヴンスは、例えば憲法の前文に掲げられた「より完璧な連邦制」に対する貢献度を銅像の取捨選択の基準とするなどの「知的な話合」を呼びかけている18)。同様にイギリスのブリストルでは著名な奴隷商人の像が破壊された後に地元のBLMの女性活動家の像が一端据えられたものの、市民の合意が未だ不十分であるとしてBLM側が自主的に撤去し、新たに難民の苦闘を象徴する像の設置計画を発表したことで、地元世論の好感を得ている模様である19)。左右両派の主張が鋭く対立する中で、一体どのような像を新たに置くべきか、どのように合意が形成されるべきか、今後の各地のBLMの反応と手腕が注目される。

8.コロナ禍の下で高まるトランプ政権への反発

 BLMへの関心の高まりと支持の世界的広がりの背景にあるもう一つの要因はコロナ禍への適切な対応ができていない一方で中国との貿易面における対決姿勢を強めることで国民の関心を外へ転じさせようとするトランプ政権への、多くの国民の深い失望の広がりである。世界最強の軍事力と科学力と経済力を誇る自由と民主主義を国是とするアメリカが、8月末時点で600万近い感染者と20万近い死者を出していることは誰の目にも隠せない恥ずべき事実であるが、トランプ政権が初期対応において遅れた背景には、当初の罹患者と死者に黒人が多かったことも関係していると疑われるのである。というのも、この種の統計には必ず「人種」毎の数値が発表されるのだが、なぜか4月6日までそれは一切発表されなかったからである。それは地方レベルで始まるが、先陣を切ったのはルイジアナ州ニューオーリンズであった。黒人が総人口の33%占める同市の死者累計に占める黒人の割合は70%に上った。続いて各地で「人種」別のコロナ禍の犠牲者が発表されたが、どこでも黒人の犠牲者が人口比を大きく上回った。以下に例を挙げる。ミシガン州では黒人口は14%にすぎないが、コロナ禍の犠牲者の40%が黒人だった。ウィスコンシン州では人口の7%しかいない黒人が死者の33%を占めた。黒人が人口の38%であるミシシッピ州では死者の61%が黒人だった。ミルウォーキーでは人口の39%の黒人が死者の71%を占めた。シカゴでは人口の30%の黒人が死者の56%に上った。それはオバマ政権がようやく実現した皆保険制度を就任とともに白紙撤回に導いたトランプ政権の責任に帰すべき問題であったことは誰の目にも明らかだった。「コロナウィルスによるパンデミックは我が国の健康面における人種分断を白日の下に晒したのである」と『ニューヨーク・タイムズ』は報じた20)。間もなく「人種」を超えた全国レベルでの感染爆発の広がりの中で、BLM運動の高揚と「人種」を超えた支持の浸透とも相俟って、トランプ政権への不支持率は3月7日の49.3%から7月10日の56.2%に急騰するのである21)

おわりに

 紙幅の都合上ここでまとめに入らざるを得ない。読者各位におかれては拙著22)を参考にされて、植民地時代の初期設定に遡りつつ「人種」分断の起源における支配階級の責任を確認していただきたいと願うものである。「人種」に纏わる偏見が奴隷制を生んだのではなく、むしろその逆が歴史的にはより真実に近いのである。ヴァージニア植民地開設当初しばらくは黒人奴隷も期限付き奴隷というべき白人年期奉公人もその待遇に特段の差があったわけではなかった。男性の黒人奴隷が女性の黒人奴隷に産ませた子どもの自由を貯めたお金で買うことすら初期には許されていたのである。さらに主人から自由と土地を与えられた元黒人奴隷が黒人奴隷のみならず白人年期奉公人の「購入」を許され、広大なプランテーションを経営する例すら多々見られた。「ベーコンの反乱」(1676年)では「人種」を超えた民衆的連帯による下からの抗議が植民地と本国の支配階級を恐怖させたが、本国からの数千人の傭兵部隊の派遣で暴力的に潰された。鎮圧後、その再発を恐れた支配階級によって「人種」に基づく堅固な奴隷制が導入される一方、白人には本国に先んじて参政権が一様に認められるなどの民主化が進み、一滴でも黒人の血が混じった者を一概に「黒人」で奴隷として分類する、今日にまで影響の痕跡を残すアメリカ特有の「血の一滴の掟(one-drop rule)」が確立された。こうして「人種」分断が上からの政策として始まったのであり、決して肌の色の違いに纏わる防衛本能に関わる偏見に基づいて奴隷制や「血の一滴の掟」といった「人種」分断が制度化されたのではないという歴史的事実を知るべきである。「人種」分断は本能に関わる偏見が生んだもの、換言すれば自然や神といった超越的な力が作用して出来上がったのではなく、人が生み出したまさに人工の産物であり、多数派には下々まで広く特権の付与の幻想を共有させることで歴史的に維持強化された差別的制度の結果に他ならない。したがって、その構造がいかに堅固であっても、その気になりさえすれば人によって脱構築が可能なのである。19世紀末のポピュリスト運動など、過去において挫折を強いられた「人種」を超えた政治的連帯の試みの事例がいくつかあったが、現在のBLM運動の高揚と広がりは「人種」分断の構造の脱構築の可能性を人々にかつてないほどの希望とともに示しているのである。(了)

 

1) 本稿では2003年春のヒトゲノム解析の完了で生物学的概念としての「人種」カテゴリーの否定の呼びかけに応じて原則的に引用符を付して使用する。

2) 本稿では1960年代にアメリカで高揚したCivil Rights Movementの訳として「公民権運動」ではなく「市民的諸権利を求める運動」を略して「市民権運動」という訳を採用する。

3) “Harvard Professor Jailed; Officer Is Accu sed of Bias,” The New York Times [Online], July 20, 2009.

4) “Male Incarceration Rates by Race/Ethnicity, 2010,” in http://www.prisonpolicy.org/images/malesinc.jpg?v=2, accessed on March 7, 2016.

5) James Campbell, Crime and Punishment in African American History (Basingstoke, Hampshire, UK: Palgrave Macmillan, 2013), pp. 210-217.

6) Jennifer Harvey, Raising White Kids: Bringing up Children in a Racially Unjust America (Nashville, TN: Abingdon Press, 2017).

7) Mehrsa Baradaran, The Color of Money: Black Banks and the Racial Wealth Gap (Belknap Press of Harvard University Press, Cambridge, MA: 2017), p. 283.

8) Brian Purnell, et al. eds., The Strange Careers of the Jim Crow North: Segregation and Struggle outside of the South (New York: New York University Press, 2019), Introduction.

9)  『21世紀の資本』(みすず書房、2014年).

10) Mehrsa Baradaran, The Color of Money: Black Banks and the Racial Wealth Gap (Cambridge, MA:Belknap Press of Harvard University Press, 2017), pp. 1, 9-10.

11) デイビッド・ブルックス「埋まらぬ黒人・白人格差」『朝日新聞』2020年7月3日.

12) Election 2016: Exit Polls by The New York Times, in https://www.nytimes.com/interactive/2016/11/08/us/politics/election-exit-polls.html, accessed on August 18, 2020; Steven Long and Justin McCarthy, “Two in Three Americans Support Racial Justice Protests,” in https://news.gallup.com/poll/316106/two-three-americans-support-racial-justice-protests.aspx?utm_source=alert&utm_medium=email&utm_content=morelink&utm_campaign=syndication, accessed on August 18, 2020.

13) 「white marchers in BLM」でネット検索をすればこの種の画像が多数得られる。

14)  Kim Parker, et al, “3. Views of demographic changes,” March 21, 2019, Pew Research Center, Social & Demographic Trends, in https://www.pewsocialtrends.org/2019/03/21/views-of-demographic-changes-in-america/, accessed on August 18, 2020.

15) 「大文字『Black』が示す敬意」『朝日新聞』2020年7月22日.

16) 「像撤去『植民地主義と人種差別の象徴』」『朝日新聞』2020年6月23日.

17) “Christopher Columbus Statues Removed From 2 Chicago Parks,” The New York Times (Online), June 24, 2020.

18)  Bret Stevens, “After the Statues Fall,” The New York Times (Online), June 26, 2020.

19) “Bristol Removes Statue of Black Protester After Just One Day,” The New York Times (Online), July 16, 2020.

20) “‘A Terrible Price’: The Deadly Racial Disparities of Covid-19 in America,” The New York Times (Online), April 29, 2020.

21) NHK「アメリカ大統領選挙2020」、https://www3.nhk.or.jp/news/special/presidential-election_2020/election-data/、2020年8月19日アクセス.

22) 川島正樹『アファーマティヴ・アクションの行方——過去と未来に向き合うアメリカ』(名古屋大学出版会、2014年); Masaki Kawashima, American History, Race and the Struggle for Equality: An Unfinished Journey (Singapore: Palgrave-Macmillan, 2017).

政策オピニオン
川島 正樹 南山大学教授
著者プロフィール
1979年京都大学文学部卒。88年立教大学大学院文学研究科博士課程後期満期退学。その後,椙山女学園大学講師,三重大学助教授等を経て,現在,南山大学外国語学部教授。文学博士。専門はアメリカ史。主な著書に『アメリカ市民権運動の歴史』『アファーマティヴ・アクションの行方――過去と未来と向き合うアメリカ』American History, Race and the Struggle for Equality: An Unfinished Journey,編著に『アメリカニズムと「人種」』ほか。
2020年5月の黒人男性圧迫殺人事件の後,米国におけるBLM運動の高揚と広がりは「人種」分断の構造の脱構築の可能性を人々にかつてないほどの希望とともに示している。

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