1.台湾総統選挙情勢
(1)選挙戦と各政党の動向
現在(2023年11月下旬)、台湾総統選挙に向けて、各政党のさまざまな動きが活発化している。まずその現状を概観してみよう。
現在の野党である国民党(藍)と台湾民衆党(白)の間で(馬英九前総統が仲介して)選挙協力の話が出て、11月15日には「藍白連合」(侯友宜+柯文哲)が成立したが、11月18日の統一候補発表予定日には、両党の意見がまとまらず統一候補を発表することが出来なかった。ただし、たとえ藍白連合が成立した場合でも、単独候補の場合に白(柯文哲)に投票するつもりだった有権者が、藍白連合によって実質国民党政権の形になることを嫌って民進党に投票する可能性もあり、単純に二つの政党の支持者が一つにまとまるかは不透明だ。
現在の民主主義国家ではどこの国でもそうであるが、特定の政党を支持するコアーな集団もいるものの、特段の支持政党なしという「中間層」が多数を占める傾向が見られ、台湾も例外ではない。そのためこれまでの台湾総統選挙でも、中間層の取り込みに成功した候補者が勝利してきた。
中間層の特徴として、台湾アイデンティティが強く、中台現状維持志向が顕著ということが挙げられる。民進党は、台湾アイデンティティを訴えており、この面では有利と言える。一方の国民党は対中融和政策を掲げ、彼らはそれを「強み」と主張している。しかし馬英九政権時代に、過度な対中接近政策をとったことから、若者たちが反発し立法院を占拠するという事件(ひまわり学生運動)が起きたことがあったように、それは「弱み」ともなる。
台湾民衆党の柯文哲は、若者を中心として人気が高い。ただ、台湾民衆党は2019年に成立した新しい政党で、地方組織がほぼないなど、その基盤は脆弱である。また現在、立法院の現有議席は5議席のみで、しかも歴史がないだけに中央政府で活躍した人材もいないといった弱さがある。
そもそも藍白連合は、「総統選挙に勝つためだけに形成された連合」で、統一公約や政策なども提示せずにいっしょに選挙に臨むことを前面に押し出している。そして「政権交代をすべきだ」という6割の民意に依拠して、それを訴えているのが現状である。
ここで現政権に対する民意について、世論調査(台湾民意基金会調査2023年10月20-21日)から見てみよう。現在の民進党政権の政権維持に対する「不支持」が59%を占め、「支持」は31.6%にとどまっている。また「民進党が現政権を維持できると思うか」との質問に対しては、「楽観しない」という回答が53.5%を占め、「楽観視」している回答は34.7%に過ぎない。
<補記>
中央選挙委員会は、11月20日から24日を、立候補者登録期間に定めていたが、野党陣営はそれまでに候補者を一本化することができず、11月24日に侯友宜、柯文哲が別々に立候補を届け出た。
(2)総統候補について
与党民進党の候補は、総統候補が頼清徳(現副総統、1959年生)、副総統候補が蕭美琴(前駐米代表)である。
国民党の候補は、侯友宜(新北市長・2期目、1957年生)だ。侯友宜は、銃弾の飛び交う現場も経験した元警察官僚出身で、警察庁長官も務めた人物で、地方政治は堅実で内政に長けている。しかし外交や中台関係には携わっておらず、不得手分野だ。
関連した人物として、郭台銘(1950年生)がいる。彼は、シャープを買収した鴻海の創業者として日本でも知られているが、前回の総統選挙では国民党候補として名乗りを上げたものの党内予備選で対立候補(韓国瑜)に負けて、2019年に国民党を離党した。今回、有権者90万人の署名を集めて立候補要件を確保しているが、世論調査では最下位で、選挙戦から下りる可能性もある(補記:郭台銘は出馬取りやめを11月24日に発表した)。
台湾民衆党の候補は柯文哲(前台北市長)である。柯文哲候補は、台湾大学医学部教授を経て、台北市長を二期(2014-22)務めた人物だ。彼は、総統選挙出馬に合わせ、自らが率いる台湾民衆党の立法院議席増も狙っている。
台湾の選挙では、「親鶏がヒナを率いる」とよく言われる。選挙戦で党代表は選挙に出馬して各地を回りながら有権者に訴えるわけだが、それぞれの地域から立候補する立法院候補のことも取り上げて支持をアピールする選挙戦術を意味している。柯文哲は、総統選挙に出馬して大衆からの注目を浴び続けることで、自分の政党(台湾民衆党)の議席拡大も狙っている。
各候補の支持率の推移を見てみる(23年9〜10月、「総統大選 各家媒体民調」『聯合新聞網』)。大まかに見ると、与党の頼清徳候補が常に一位を占め(25〜35%)、次いで柯文哲候補が2位で、侯友宜候補が3位という流れだ。
11月時点の調査で(23年11月15〜16日調査、『鏡新聞』11月17日付)、総統・副総統のペアで支持率を見ると次のようになる。
・侯友宜・柯文哲ペア:46.5%
・頼清徳・蕭美琴ペア:34.9%
・柯文哲・侯友宜ペア:46.6%
・頼清徳・蕭美琴ペア:33.1%
これを見ると野党候補がどちらのペアでも10数ポイントリードしている。野党の候補がそれぞれ別に立候補した場合には、与党候補の勝算が高いとみられる。
次に民衆の支持政党の支持率分布を見てみる(図1)。
一番多いのは、中立無反応(浮動票)で41.2%だ。次が民進党の27.3%、以下順に、国民党18.1%、台湾民衆党12.1%となっている。
2.総統選挙の争点
(1)対米関係
台湾総統選挙においては、米国との関係構築がしっかりできているかが、重要なポイントだ。政権党でない(公的身分を持たない)侯友宜、柯文哲、郭台銘は、米国や日本を訪問して要人と意見交換するなど関係構築に努めている。
柯文哲は、藍白連合を発表したとき、米国在台湾協会(American Institute in Taiwan=AIT、米大使館に相当)から「北京政府から横やりが入って連合成立になったのか」との問い合わせがあったという。
一方、与党側の頼清徳副総統は、その立場を活かして台湾と外交関係のある中南米諸国を外遊したあと、トランジット名目で米国に数日間滞在したが、米国での目立った活動は自粛して米国の信頼を獲得したようだ。
(2)対中関係
昨今日本では中国による台湾武力侵攻論が盛んに言われている。もちろん武力行使の可能性は否定できないが、中国の対台湾基本方針は、1979年以来「平和統一」だ。
中国政府の立場としては、民進党政権の存続を阻止したいわけで、そのために軍事的圧力、外交的圧力を加え、さらに認知戦(フェイクニュース、世論誘導等)を仕掛けて、頼清徳の当選を阻止しようとする可能性がある。
またいざとなった時(台湾有事)に米国は実際助けてくれないという、いわゆる「疑米論」の拡大も狙っている。それに同調するかのように、国民党支持の学者や国民党の政治家の中には、「米国べったりでいいのか」という声を上げる人もいる。
(3)中国による軍事的圧力
私自身は、中国による軍事的侵攻の可能性について少なくともここ数年はないだろうと見ているが、ただ軍事的圧力を増加させていくことは間違いない。
表1は、西太平洋における中国空母の訓練状況(22年12月〜23年11月)を示したものだ。
空母は、できるだけ短い時間にできるだけ多くの戦闘機を飛ばすことができるかが戦闘力の高さを示すので、空母からの戦闘機発着訓練を繰り返すことによって、空母艦載機パイロットの技術能力を高めようとしている。例えば、1日あたりの平均発着回数(艦載戦闘機及び艦載ヘリ)は、直近で空母「山東」が63回となっていることに見られるように、その回数を増やしつつあることが分かる。
また2022年8月のペロシ米下院議長(当時)の訪台以降、台湾海峡中間線を越える中国軍機の飛行が常態化している。
(4)台湾民衆の意識
台湾民衆の「独立」についての意識調査(国立政治大学選挙中心調査)結果は、図2のとおりだ。
ここ数年急激に増えているのが「現状維持派(「永遠維持現状」)」で、今年6月時点の数値で、32.1%となっている。過去数十年、常に第一位を占めていた「現状を維持した後でどうするかを考える派(「維持現状再決定」)」は、最近減っており28.6%だ。その次が、「現状を維持した後で独立を目指す派(「偏向独立」)」で21.4%だ。以下、「無反応」「統一」「独立」など数%ずつとなっていて、上位3位までを合わせた現状維持派が、82%を占めている。
次の図3は、台湾民衆が自分たちをどう考えているか(アイデンティティ)について認識の変化を示している。
30年前、自分たちを「台湾人」と考える人は17.6%だったが、現在では62.8%まで増えた。かつては「台湾人かつ中国人」との認識を持つ人が46.4%と最も多かったが、現在では、30.5%と減少している。
一方、「中国人」という認識を持つ人は、かつて25.5%と第二位だったが、現在では、2.5%と十分の一まで減少してしまった。ちなみに、台湾の「外省人」(1945年以降中国大陸から台湾に渡ってきた人々及びその子孫)は約13%と言われていたので、台湾生まれの内省人の中にも「中国人」という認識を持つ人がいたことがわかる。このように今では台湾アイデンティティが強くなっていることを示している。
グラフの中で注目すべき点は、「台湾人」認識と「台湾人かつ中国人」認識が逆転した2008年についてである。この年、国民党・馬英九政権が成立した。このとき大陸と台湾の間で民間交流が激増し、大陸からは数百万人の中国人旅行客が台湾を訪れた。その過程で台湾の人々は、多くの大陸中国人と交わる中で彼らとの違いを感じて「台湾人アイデンティティ」を強く持つようになったと考えられる。
3.台湾有事と米中関係
(1)台湾有事の種類
私の認識では、ここ数年の間に台湾有事が起きる可能性は低いと考えている。しかし安全保障の研究者としては、プーチンのウクライナ侵攻という出来事を経験すると、為政者が常に理性的・合理的判断だけに基づいて政治判断をするとは限らないことを思い知らされた。よって、台湾有事についても可能性として検討しておく必要がある。以下、想定されるケースを挙げてみる。
①一般市民が居住しない離島(太平島、東沙島など)の攻撃占領
人民解放軍が離島を攻撃して軍事基地化するケースである。これは南シナ海の島嶼ですでにやってきた「成功体験」もあり、それをトレースして行うことになる。
太平島について言えば、その周辺の7つの島礁がすでに軍事基地化されている。地政学的要因から考えると、改めてこの島を占領するよりも、東沙島を先に占領し軍事基地化するのではないかと考えられる。そして南シナ海北部、台湾海峡南端、バシー海峡西端をコントロールし、海上民兵の活動拠点化を図るのではないか。そうなった場合、米国が台湾の防衛力を強化するとともに関係を深めて、中国の本来の目標である台湾占領が遠のく恐れもある。
②一般市民が居住する離島(金門、馬祖列島など)の攻撃占領
この可能性は低いと考える。まず、台湾軍の準備が比較的手厚く、抵抗が大きいこと。次に、金門、馬祖列島には多くの一般市民が居住しているので、死傷者が多数出ると台湾人の恨みを買うことになる。元来、中国は台湾人の恨みを買ってまで占領するという考えは薄い。そして1950年代よりも(金門、馬祖列島の)軍事戦略的価値が低下していることである。
③台湾本島の封鎖(海空封鎖)
台湾が音を上げる前に、米日などが結束して台湾支援に動けるかがポイントになる。封鎖は長期間にわたる恐れがあり、バシー海峡や台湾海峡が使えなくなるから日本のシーレーンへの影響も大きい。
④台湾本島の攻撃占領
一般に「台湾有事」と言った場合、このケースを指す。現状で人民解放軍の台湾侵攻能力は不足しているが、さらなる近代化を確実に進めている。現在は、その途上にあるとみられる。以下、おもな人民解放軍近代化の取り組み例を挙げる。
・空軍:大型輸送機、空中給油機、早期警戒管制機、電子戦機など作戦支援機に注目。戦闘機、爆撃機の近代化にも注目。
・海軍:大型輸送艦、強襲揚陸艦、大型駆逐艦、潜水艦、補給艦の増勢。
・ロケット軍:ミサイル戦力の数的・質的強化。
・戦略支援部隊:サイバー攻撃能力。各種衛星の増加と運用能力強化。
・聯勤保障部隊:現代の戦争の要である補給部門の統合的運用能力を強化。
(2)もし台湾本島攻撃が起きた場合
①ミサイル・サイバー・電子戦による先制攻撃
もし中国が台湾本島攻撃をやる場合、ミサイル、サイバー、電子戦の組み合わせによる先制攻撃であろう。その場合、台湾だけでなく、日本や米国にもサイバー攻撃が行われる可能性がある。
通常戦力の投入はすぐにはやらないと思われる。サイバーに関しては、どこからの攻撃か直ちに特定できないという特性があるために、日本の防衛省、総理官邸などの中枢部、銀行・金融システム、航空・港湾・鉄道などのインフラ中枢への攻撃などを先制して行い、混乱状態の中で台湾を攻めるというやり方が考えられる。
さらに海底光ケーブルを切断して、情報の台湾への出入を途絶させる一方で、中国との情報チャンネルのみがつながるようにする情報操作もあるだろう。そのほか、電子戦の影響で通信状況が悪化し、途絶の可能性、短距離弾道ミサイルによる飽和攻撃なども考えられる。
このような攻撃をしながら、人民解放軍は海上優勢、航空優勢を確保して、着上陸作戦へ移行していくだろう。
②短期間で決着を図る場合
この場合は、斬首作戦となる。ウクライナ戦争において、ロシアの特殊部隊が何度かゼレンスキー大統領を狙ったようだが成功しなかったとの報道もある。台湾軍も、その可能性を想定して準備しており、斬首作戦は難しいのではないか。
③着上陸作戦
サイバーなどの先制攻撃の後、海上優勢を確保して台湾本島へ上陸をする場合、海の荒れる冬季は実行できない。しかも上陸可能な海岸線も限られており、作戦のための大規模かつ入念な準備が必須であるため、注意して偵察していればその動向を事前に察知することは十分可能だ。
④中国の狙いは米日の不介入
中国にとって台湾問題は、あくまでも「内政問題」であるから、中国としては米日の不介入を狙う。
⑤海を越えた補給線の確保
ウクライナ戦争でロシアは、陸上で接した国への侵攻でも(弾薬・燃料・食糧などの不足で進軍が遅滞するなどの)苦労した。台湾侵攻では、幅約百数十キロの台湾海峡があるために、補給は海路で行わざるを得ず、空路は台湾軍や米軍の攻撃が予想されるなどの困難がある。
一方の台湾も、同様に補給には苦労することになる。例えば、中東産油国に依存する燃料は、中国がそれらの国に働きかけて阻止しようとすることも考えられる。そこで武器、弾薬、燃料、食糧など備蓄が求められている。
⑥内部からの呼応に注意
2014年にロシアがクリミア半島を占領したとき、同地域に住むエスニック・グループからロシアに助けを求める声が出てきて、ロシアは侵攻を正当化した。同様のことが台湾侵攻においても考えられる。
台湾は民主社会なので、台湾内の親中国派勢力(大陸中国との統一を志向する「中華統一促進党」など)もあり、中国がそれらを唆して軍事介入を要請させて受諾し、台湾解放に向けて人民解放軍が行動を開始する可能もある。
もう一つは、金門島、馬祖列島に対する認知戦の危険性である。
金門島は三方を大陸に囲まれていて、近いところでは2〜4キロくらいしか離れていない。馬祖列島は20キロくらいだが、両方とも倫理的に大陸と親和性が高く、親族が対岸にいる家庭も少なくない。経済的なつながりも深い。金門島はすでに海底パイプラインによる大陸からの上水道が供与され、馬祖列島でも「新四通」(架橋、通電、通水、通ガス)が話題に上っている。
また、馬祖選出の国民党籍立法委員の中には、「われわれは中国人と言って過言ではない」と発言する人も出ている。
この地域は中国に対する危機感が(台湾本島と比べると)おしなべて低い。
(3)台湾側の対抗策
①国防力強化
台湾政府としては、台湾侵攻に備えた対抗策を準備している。
・国防予算の増額。
第2期蔡英文政権になって国防予算をかなり増やしている。2024年の防衛費は、前年比4.6%増の6068億台湾ドル(約2兆7700円)だ。GDPに占める防衛費の割合も、数年前の2.0%から2.5%まで増やしている。
・全民国防教育の実施。
・予備役制度の改革。
・兵役義務を1年延長(2024年から開始)。
・米国との関係強化(武器の積極的導入など)。
②独自の潜水艦建造
2023年9月、台湾初の国産潜水艦「海鯤」が建造され進水式が行われた。通常動力型潜水艦であるが(2500〜3000トン、魚雷発射管6本、M48重魚雷装填)、命名式典には、蔡英文総統など政府高官・軍高官に加えて、AIT(米国在台湾協会)代表、韓国代表処代表、日本台湾交流協会台北事務所副代表なども参加した。
AITは実質的な在台湾米大使館であるが、これまでの潜水艦建造に向けた米台協力関係からすればその参加は当然と言えば当然であるが、韓国と日本の代表が参加したことは初めてのことと思われる。その意味は、日本の潜水艦建造の大手企業を退職した技術者が台湾の潜水艦建造にかかわったことを示唆するものと考えられる。
4.昨今の台湾問題をめぐる動向
(1)台湾有事と米国の対応
台湾有事に際して米国はどう出るのだろうか。
基本的に米国は、台湾有事に介入すると考えられる。ただし、中国軍や中国内地の基地などを直接攻撃するかどうかは不明だ。
ウクライナ戦争で米国は、兵員派遣はしていないが、台湾有事においては少なくともウクライナ戦争に対する以上の支援を行うと思われる。例えば、主要武器の売却や台湾軍への訓練、技術供与などである。そこには米国にとって台湾は、ウクライナよりも重要な地域だという判断があると思われる。
もし台湾有事に米国が介入しなかった場合、(一部を除いて)アセアン諸国は自分たちに対しても米国は同様の対応をするのではないかという疑念を持つに違いない。そうなると西太平洋地域から米国のプレゼンスが大きく後退することになる。
さらに台湾は、先進的半導体の供給地として極めて重要な立場にある。もし台湾が中国に完全に奪われると、そうした先端技術が中国のパワーに資することになり、今後の米中関係に悪い影響を及ぼす。
(2)米中首脳会談(2023年11月15日)での国防関連合意
米中首脳会談では、国防関連について次の三つが合意された。
・国防当局間のハイレベル会合の再開
・米中国防相会合の設定
・海上軍事安全メカニズム会議の開始
国防当局間のハイレベル会合に関して言うと、米国防長官はいいとして、現在(2023年11月)、中国の国防相は不在で、米国のカウンターパートがいない状態だ。習近平主席が本当にハイレベル会合をやるつもりならば、中央軍事委員会主席として習近平は同委員に新たに一人を任命し、同時にその人を国防部長に任命しないといけない。国防部長の席が何カ月も空席が続くようであれば、習近平には国防関連のハイレベル会合をやる気がないことを示すことになる。
(3)米中首脳会談における台湾関連発言
習近平主席は、米国に対し「台湾独立」不支持を具体的に示すべきだと主張した。そして台湾への武器供与の停止も求めた。また台湾統一に関して習近平主席は、必ず統一することを明言し、中台平和統一への支持をバイデン大統領に迫った。
この背景について川島真・東京大学教授は、「米国による台湾関与に対する中国の不満の高まりであり、危機感の表れでもある」と述べた。
一方、バイデン大統領は、中国の軍事活動に関して(南シナ海での活動も含め)自制を求めた。そして「一つの中国」政策は不変であると述べながら、中国による一方的な現状変更には反対することを伝えた。
ちなみに、中国は「一つの中国」原則と言い、米国は「一つの中国」政策と表現している。これは、米国は中国の「一つの中国」原則を認めたわけではなく、「一つの中国」という政策を取っていることを認めるという意味である。
5.日本の採るべき対応
(1)台湾有事発生で想定される事態
台湾有事が発生すると、南シナ海やバシー海峡などの通行が不能となり、物流の停滞、輸入物資の高騰、半導体輸入停止(TSMC台湾工場の操業停止)などの事態が発生することが予想される。あわせて東シナ海や西太平洋での漁船操業も危険度が高まる。
米軍が台湾を支援する可能性が高く、そうなった場合、自衛隊が米軍の後方支援をする可能性が出て来る。つまり、台湾有事を日本が(「重要影響事態」「存立危機事態」「武力攻撃事態」などについて)どう判断するかによって、その対応が分かれる。南西諸島の与那国島から110キロ程度しか離れていない台湾で、武力衝突が発生したとなると、緊急度の高い存立危機事態と判断する可能性はある。
もちろん日本自体が中国の攻撃対象となれば、日本有事であるから、国土防衛、国民の生命・財産保護が優先事項となって、そのための緊急措置が取られることになる。
また台湾有事によって台湾からの難民が南西諸島に殺到すること、そして台湾軍軍用機の南西諸島所在の空港への強行着陸といったことも想定される。
例えば、人民解放軍が台湾に向けて弾道ミサイル攻撃がなされた場合、最初に狙われるのは空軍基地の滑走路である。すでに飛び立った戦闘機にしても、燃料の問題もあり、パイロットは自分が(本来)着陸すべき空軍基地に加えて、そこが使用不可能となった場合をも想定して代替案(緊急着陸する飛行場)を用意している。日本と台湾は国交がないが、燃料切れで愛機を海に墜落させたくないパイロットは近接の空港に強行着陸するに違いない。そうしたことも想定しておく必要があるだろう。
(2)台湾有事の抑止
2027年ごろまでに台湾有事が勃発する可能性は低いとみられる。それは、中国に現時点での勝算がなく、短期的に無理する必要もないからだ。そもそも中国にとっては、中国内部の安定確保がより重要だ。
中国は「戦わずして勝つ」ために、人民解放軍を「戦って勝てる」軍隊にする近代化に邁進している。軍事力で圧倒して、台湾の人々に「中国と戦っても勝ち目がないから、今のうちから一緒になろう」と思わせるための環境づくりをするだろう。
地政学的観点から言うと、中国にとって沖縄島から与那国島にかけては突破すべき障害であり、台湾本島は確保すべき対象と見られる。
結果、日本への軍事的圧力も年々強化されている。台湾本島が中国領土になれば、次に圧力をかける対象は南西諸島だ。そのようなことが想定される中、日本としては南西諸島の防衛強化が重要になる。
(3)今後の対応
日本としては、米国や台湾との「台湾有事」に関する協議体制を確立させることが重要である。なぜなら、台湾有事は、「存立危機事態」であり、日本(の米軍基地)がミサイル攻撃されれば、それは直ちに「武力攻撃事態」となるからである。
台湾に近い沖縄県住民の保護と詳細な避難計画立案も必要だ。そのために、沖縄県庁や各市町村とよく連携しながら、シェルターの設置、避難訓練の実施などを進めていく。
とくに台湾からの難民殺到対応策(収容策)の立案は必須事項であり、かつ、非常に重要だ。台湾の人々は、われわれ日本人を「大切な友人」であると考えているだけに、有事に際しても、そう認めてもらえるかどうか、われわれの対応がその試金石となる。有事が終わった時に、台湾の人々が日本の友人であり続けてくれるかどうか、さらには国際社会における日本の位置を決める上でも重要なことである。日本国民の保護は言うまでもないが、台湾の避難民の保護もそれと同様に重要であると考える。
台湾有事が起きないようにするために、日本はどのようなことをしておくべきだろうか。
まず、ロシアへの制裁やウクライナへの支援など、国際社会と協調しておくことである。
次に、中国に台湾侵攻を決断できないようなメッセージを常に発信しておくことである。例えば、国際社会がロシアに対して弱腰で、米国が台湾有事に介入しないと判断されれば、台湾有事の可能性が高まる。
ウクライナ戦争などによって、現在中ロ関係は強化されており、プーチン政権の習近平政権への依頼度が高まりつつある。
またウクライナ、台湾海峡、南シナ海、北朝鮮に加えて、イスラエル・パレスチナ間の大規模武力衝突が米国に多大な負担をかけている。例えば、米海軍の2個空母打撃群が東地中海にも派遣されるなど、(米軍の分散化は)中国にとって追い風になっている。
これを逆に発想すると、米国としては中国が二正面、三正面で緊張状態が展開することが有利な状況になる。その一つとして、インドを自陣営に引き込むことにより、中印の緊張状態が生み出されれば、中国軍は二正面の軍事力展開を迫られるわけで、それは米国にとって有利な局面となる。
(2023年11月26日、IPP政策研究会における発題内容を整理して掲載)