非対称・相互補完から対称・競争へと変容する日韓関係  ―我々は何を考え、どう対応するか?―

非対称・相互補完から対称・競争へと変容する日韓関係 ―我々は何を考え、どう対応するか?―

2022年3月4日
はじめに:2022年初頭の国際情勢

 今年は、まず2月の北京オリンピック開催をめぐって、(日本も含め)欧米は「外交的ボイコット」を行い、中国に対して冷たい視線を浴びせた。更に深刻なのは、ウクライナ情勢をめぐる米露の対立で、そのほかにも北朝鮮によるさまざまな種類の短距離中距離ミサイルの発射実験、核実験・ICBM発射モラトリアムの中止示唆など、慌ただしく展開した。また日韓では、佐渡金山の世界文化遺産登録をめぐって新たな葛藤が生まれようとしている。
 今年3月の韓国大統領選挙を前に候補者間の熾烈な争いが繰り広げられている。選挙戦では安保・外交は主要な争点にはなっていないが、保守・進歩の有力候補の外交・安保公約にはかなり対照的な面も見られる。とはいえ、韓国の外交の選択肢の幅はそれほど広くないので、どちらが政権を取ったとしても、公約で主張するほどの差は出てこないと思われる。
 今ほど日韓の協力が必要な時期はないと思う。にもかかわらず、日韓間の緊張は収まるどころか、さらに増幅する気配すら見せている。その原因については、一方の国だけに責任があるとは言えず、両方に責任があると考えている。

1.日韓関係の構造変容

 まず戦後の日韓関係がどのように変化してきたのかについて、概観しておきたい(参考:木宮正史『日韓関係史』岩波新書、2021)。
 1990年頃を境として日韓関係は、それまでの非対称(全く違う)から対称(類似)へと構造変容したと見ている。1980年代までは、非対称に基づく相互補完的関係であったが、90年代以降、対称に基づく相互競争的関係になった。
 佐渡金山の世界産業遺産登録問題をめぐる葛藤を見ても、日韓が競争的関係にあり双方とも絶対に譲れないという意識が強く現れていることがよくわかる。競争関係自体は悪いものではない。日韓が競争し切磋琢磨していけば相互利益につながるが、お互いに足の引っ張り合いのような様相になった場合は相互不利益に帰結する。

(1)非対称から対称へ

 非対称から対称へという構造変化については、次の4つの次元から考えている。

①水平化:経済力・軍事力・国際的な認知度
 パワーの面での変化である。日本がパワーの面で優位に立つ垂直的関係から、韓国の持続的発展によって水平的関係に変化した。例えば、2023年頃には、軍事費の絶対額で比較すると、韓国の軍事費が日本のそれを上回ると見られている。韓国は徴兵制を採用しているために人件費が少ないことに加えて、人口比で日本の方が2.5倍であることを考えると、軍事費で韓国が上回ることは、大きな変化と言える。こうしたパワーの変化により、国際社会における韓国のプレゼンスは相当大きくなってきた。

②均質化:異質な体制から体制価値観の共有へ
 1980年代までの韓国は、開発途上国であり、軍事独裁と呼ばれていた。一方、日本は戦後早い段階で、先進民主主義国家として認知されてきた。その後の韓国の持続的経済発展と政治的民主化によって、日韓ともに先進民主主義国としての価値観を共有するようになった。
 ところが最近では、同じ民主主義と言いながら、互いにその異質性を認識するようになってきた。日本は、代議制による政治的安定性を重視する民主主義であるが、韓国は、2016年・17年のろうそく革命に起因した朴槿恵大統領弾劾・罷免に見られるように、直接民主主義によって既存の体制をより民主化するというダイナミズムをもつ政治社会である。

③関係領域の多層化・多様化
 1980年代までの日韓関係は、政府間関係+財界間関係がほとんどだった。90年代以降、それに加えて、さまざまなアクター(市民社会、地方政府/地方自治体など)が加わり、領域においても政治・経済だけではなく、社会文化領域を含めた広範囲なものになった。昨今の日本では、韓流を抜きにして韓国を語ることはできないようになっている。BTSを始めとする韓流は、世界的な影響力をもっている。

④関心・情報・価値の流れの一方向性から双方向化
 1980年代までの関心・情報・価値の流れは、ほぼ日本から韓国に向けて流れていた。韓国人は日本に関心を持つが、日本人は韓国に対してほとんど関心を示さなかった。日本の情報・価値は韓国に行くが、韓国の情報・価値は日本にほぼ入ってこなかった。
 ところが90年代以降、韓国の情報・価値が日本にどっと入るようになり、その結果、情報・価値の流れが双方向化するようになった。私がかつて韓国に留学しようとした80年代、韓国について知ろうとしても殆どわからず、情報入手に非常に苦労したのを思い出す。
 ところが、情報や価値の流れが双方向化したことで、互いの感受性、脆弱性(傷つきやすさ)が高まっているように思われる。
 日本の場合、韓国に親近感を持って韓国情報の接した途端、韓国の強烈な「反日」に驚き、却って反感をもち、「がっかり」したということが起きた。一方、韓国の場合、結局日本から学ぶべきことはなく、むしろ韓国の方が進んでいるところが多々あるという認識を持つようになった。また韓国がどんなに働きかけても、日本は「過去の侵略・支配を反省する」どころか、「それは仕方がなかった。やむを得なかった」、さらには「むしろいいことをしてやった」という、とんでもない歴史観しか持とうとしないとの思いをもつようになった。

(2)相互補完から相互競争へ

①北朝鮮に対する韓国の体制優位実現は日本にとっても利益
 1980年代までに、日韓は相互協力をすることによって両国ともに発展し、政治的安定を確保した結果、韓国は北朝鮮との体制競争において優位を占めることができた。60年頃までは、北朝鮮の方が圧倒的に体制的優位に立っていたが、その後の韓国の急激な経済発展によって80年代には逆転した。
 このことは日本の安全保障にとって、非常にいいことであった。北朝鮮が優位だった時代、日本では「釜山赤旗論」、つまり北朝鮮が朝鮮半島全土を支配するのではないかということが言われ、安全保障上の危機感が唱えられた。そのため日本は自国の安全保障を確保するためにも、韓国に協力したのであった。その目的は見事に達成されたと言える。
 安全保障上の目的が達成された後、今後、何のために、どのように日韓が協力していくのかが、見失われることとなった。

②北朝鮮の核・ミサイル開発に対する日韓協力
 南北の体制優位競争で韓国が体制優位に立つことができれば、南北の平和共存、さらには朝鮮半島の統一へと進んでいくとのシナリオが(韓国に)あったと思うが、北朝鮮はそう動くことはなかった。北朝鮮は、自分たちが主導して統一することは考えていないと思う。現在の北朝鮮の体制をいかに守るかをまず考えているに違いない。
 そのためには米国を中心とする国際社会に現体制を認めさせることが重要だが、北朝鮮としては米国に頭を下げてまで認めさせることはしたくない。むしろ堂々と対等な立場で認めさせたい。その手段が、核・ミサイルであった。ゆえに90年代以降、北朝鮮は核・ミサイル開発を進めたのである。
 日韓は、そのような北朝鮮の動き(核・ミサイル開発)に対抗するために協力したのであった。

③対中関係における日韓の競争関係
 日韓が隣国として対称関係になることで、相互に類似の環境下での競争関係が全面に出てきた。すなわち米国との同盟関係を共有するとともに、しかも中国の大国化という新たな環境出現の中で、どちらがより一層国益を獲得することができるかをめぐって、競争するという関係性が浮上してきた。

④経済・安保における競争関係
 元来、存在した歴史をめぐる競争関係に加えて、経済に関しても、安全保障に関しても、協力関係だけではなく競争関係が浮上してきた。昨今日本では、「経済安全保障」という概念が重要イシュー化しているが、(日韓の競争関係の高まりは)それを後押しするものだ。

⑤日韓の政策目標の乖離
 従来は目標共有を前提とした協力の必要性によって、日韓間に存在した争点がエスカレートしないように管理することができた。ところが、政策目標の乖離(対北朝鮮政策、米中対立への対応など)に起因する競争関係へと変化したことによって、争点のエスカレーションを管理せず、むしろ放置し増幅してもかまわないと考えるようになった。

2.競争関係:対立、それとも「善意の競争」

 日韓は、現在の競争関係が、今後、(もちろん一方だけということにはならないだろうが)対立的様相を呈するのか、「善意の競争」(競争を通して相互に高めあう関係)になるのかの岐路にあると考えている。
 日韓が類似の環境にあり、対称的な存在であることを前提とすると、「無限競争・対立」に傾斜するリスクも高い。しかも過去において、一方(日本)が他方(韓国)を侵略し支配したという歴史的経験を踏まえると、そうなる可能性も高い。歴史をめぐる日韓の関係がよく「歴史戦(争)」と表現されていることに、それが現れている。
 「正義」を掲げて主張する場合、自分が正義であれば相手の主張は全部認めないとなる。そうなると妥協は生まれにくい。また日本と韓国の主張する「正義」にも違いがある。
 韓国の場合、被害者として加害者(日本)に対して、被害者の人権救済としての「正義」をを要求する。そのために、日韓政府間の協定や合意の範囲を非常に限定的に狭く解釈せざるを得ない。場合によっては、そうした従来の「約束」自体を不正義だと批判する。
 一方、日本の場合、問題解決に共同で取り組んだ政府間の解決の遵守、一般的な国際法の遵守を要求する。しかし、人権を侵害されたにもかかわらず、人権侵害の主体自身からの「損害賠償」を納得する形で受けられていない被害者は存在するわけで、それに対してどう対応するのか、無視していいのかという問題は残る。
 私自身は、日韓が考える「正義」は、どちらも「一面的正義」に過ぎないと思う。できるだけお互いの「正義」を両立させるような方向を目指していくべきだろう。慰安婦問題、徴用工問題などにおいて、被害者の人権救済、政府間協定の遵守(日韓請求権協定、慰安婦問題に関する日韓政府間合意)、主権免除の国際慣習法など、どれが優先されるかは、必ずしも自明ではない。可能な限り、それらを両立するような対応策を模索するしかないだろう。
 とくに歴史問題への取り組みに関しては、(「現状変更」を模索する点を考慮すると)主導権を発揮すべきは韓国政府だと考える。
 韓国政府が、被害者の人権救済に主眼を置く司法判断と日韓政府間の協定・約束、さらに国際(慣習)法の両立をいかに実現するような妥協案を提示することができるのか。そしてそれを日本政府に提示して、いかに協力を獲得することができるのか。さらに被害者を始めとする韓国社会をいかに説得することができるのか。確かに困難な政治的選択にならざるを得ないが、いかにそれを実現できるのか、である。
 ただ、日韓両政府の主張には食い違いも見られる。韓国政府(文政権)は、日本のメンツも立てて両立する妥協策をいくつか提示したのに日本政府はそれを悉く蹴ったと主張している。が、日本政府は、韓国は意味のある解決策を提示してこなかったと主張する。
 日韓が現状で置かれた共通する環境(課題の共有と直面する国際環境の共有)の中で、韓国の利益のために日本の協力がいかに必要であるのかを認識する必要がある。さらに、日本政府に対しても、韓国の協力がいかに日本の利益になるのかを説得すべきだ。
 現状を考えると、(日本が韓国の協力を必要とする程度より)、韓国が日本の協力を必要とする程度の方が大きいのではないかと考えている。
 日本は、いままで「韓国を支援する力」があった。最近は(韓国もパワーを持つようになり)日本が支援する余地がなくなってきた。韓国外交における日本の比重が低下していることも事実だ。ただ、日本は「韓国を邪魔する力」は依然として持っていると思う。こういうと韓国からは、そもそも歴史的に日本は韓国の邪魔ばかりしてきたのではないかとの批判を受けるかもしれない。しかし、日本から見ると、とくに歴史問題などで韓国は日本の邪魔をしてばかりいるのではないかという「先入観」がある。
 文政権は、韓国主導で朝鮮半島情勢を動かしていくためには米国の支持が必要だと考えて、トランプ政権に働きかけた。2018年には米朝首脳会談などが実現してうまくいくかに見えたが、2019年に「韓半島平和プロセス」は頓挫してしまった。そのとき韓国国内から、日本が邪魔をしたからだとの議論が出てきた。そしてなぜ早くから日本に気を使って味方につけておかなかったのかとの声も聞こえた。2020年に文政権は、東京オリンピック開催前になって、急に日本に対して日韓関係改善に向けたアプローチをし始めた背景には、こうした事情があったようだ。
 一方、日本について言えば、「韓半島平和プロセス」が挫折することによって、日本の安保が果たして一層堅固なものになったといえるだろうか。2018年と2022年とを比較すると、むしろ2022年の方が北朝鮮の核ミサイルに起因する脅威は増大したのではないだろうか。その意味では、たとえ不透明で信頼し難いものであったとしても、それを阻害するのではなく、それを是正しながらも、2018年の韓半島平和プロセスを日本も支援した方がよかったのではないか。

3.日韓をとりまく環境の共有

 日韓は過去の問題では対立しているが、未来志向でいけばいいという議論は、これまでもよく聞かれた。「未来志向の関係」のスローガンには、過去をめぐって対立はあるが、「未来志向」で考えれば日韓は対立を克服できるはずだという、ある種の「楽観論」があった(1998年の「日韓パートナーシップ宣言」は典型的な例である)。
 例えば、少子高齢化、環境問題、公共衛生、地球温暖化などの問題については、共有しながら日韓双方が競争的に取り組み、それを横目に見ながら相互に学ぶべきことを学ぶということは必要である。日韓が悩みを共有し知恵を出し合うことによって、困難な課題を解決するよりよい解法を模索することの可能性は十分ある。
 しかし、本当に日韓は共有する未来に向かって進んでいくことを考えているのかという疑問がある。実は、過去をめぐる対立のみならず、未来をめぐる乖離・対立もあるとみるべきではないか。つまりお互いにとってどのような国際環境が望ましく、その実現のために何をするのか、他国とどのような関係(同盟国、有志国をどのように見分けるかなど)を構築するのかなどに関して、果たして日韓が同じ方向を向いているのかということである。

(1)対北朝鮮対応

 ここで北朝鮮への対応を例に見てみたい。
 日本では、とくに文在寅政権の北朝鮮政策に関して非常に批判的な議論が多い。例えば、次のような議論である。
・文政権は、北朝鮮の非核化よりも南北関係改善をより重要視しているようで、どうにも危うく信頼できない。
・北朝鮮にいいようにやられるだけだ。
・そんな政権と信頼関係など形成できない。
・歴史問題で妥協を模索しても無駄だし、その必要もない。
 このように、文政権に対する日本政府や社会の見方は非常に厳しいものがほとんどで、中には曲解していた面もあったようにも感じる。例えば、文政権は「反日」だという見方が日本では根強いが、決してそうではなかった。より正確に言えば「日本を軽視していた」と言えるかもしれないが。
 一方、日本外交に対する韓国政府、社会の見方はどうか。
・日本にとって対北朝鮮問題は「普通の国家化」、「憲法改正」の口実として利用するのにしか過ぎないのではないか。
・韓国の対北朝鮮政策への力にはならない。むしろ邪魔者でしかない。
・対日関係、歴史問題などで配慮する必要は感じない。
 但し、今回の大統領選挙では、保守候補(尹錫悦)は、外交・安保の公約として、北朝鮮に対する厳格な相互主義を掲げている。それに対して日本では、「どこまで、一貫した対北朝鮮政策を堅持し続けることができるかは疑わしいところもあるが、まずは期待したい」との見方もある。

(2)米中関係への対応

 米中関係への対応は、非常に悩ましい問題だ。
 韓国外交の前提としては、「安保は米国、経済は中国、北朝鮮問題は米中」に相当程度依存せざるを得ないということであって、米中対立の中で、米中どちらか一方だけを選択しなければならないという二者択一の選択を迫られるような状況は何としても回避しなければならない。そのためか、韓国は「米中対立はそれほど深刻ではない」と建前上ことさら言い続けてきたが、最近ではさすがに深刻さを認めるようになってきた。
 米国は、北朝鮮問題を(対立・競争分野ではなく)米中協力分野と位置づけている。2021年5月の米韓首脳会談では、バイデン政権に米朝交渉に前向きな姿勢を示してもらい、成功させるためにも、米韓首脳共同声明で「台湾海峡の平和と安定の重要性」を明記することを受け入れた。ここまで韓国は苦心している。
 にもかかわらず、韓国から見ると、日本は「インド太平洋構想」「クワッド(Quad)」という「踏み絵」のようなものを持ち出して、ことさらに米中対立を煽っているようにさえ見える。これはある程度良好な対米、対中関係を前提にせざるを得ない韓国外交の基礎を掘り崩すものである。また、米国に対して日本は、「韓国は「米国離れ」をしているのではないか」と「告げ口」をすると映る。
 日本外交とは方向を異にするほかないかもしれない。だったら、日本との間の歴史問題などでも、ただでさえ厳しい国内世論を説得してまで配慮する必要はないということになる。
 ただし、現在の保守陣営(尹錫悦候補)の外交・安保公約は、北朝鮮に対して「厳格な相互主義」を掲げており、現状では北朝鮮がそれに応じるとは考えにくい。その意味では、北朝鮮問題に関する日韓の乖離はある程度は縮まったと言えるかもしれない。ところが、尹候補は中国に対してはあまり言及しない。中国に厳しいことを主張して刺激することは、韓国の中では難しい状況があるのだろう。 
 保守政権が成立すると、南北関係は膠着状態のまま推移すると予想され、韓国から見ても中国への期待は高くない。中国は単なる経済パートナーということだけになる。そうなると、中国との距離感はもう少し広がるだろうから、この点では日本と相対的に近づくかもしれない。

(3)対米同盟の管理

 対米同盟をどう管理するかという問題である。
 日米同盟、米韓同盟という米国との同盟関係を共有していることが、日韓の協力の原動力になってきたことは事実であり、日韓対立に対して米国が仲介の労を取ってきたことも事実である。
 しかし、少なくとも韓国にとって対米同盟には、日本を牽制するという側面(日本の影響力の増大を防ぐなど)があった。例えば、李承晩も朴正熙も、程度の違いはあるが、「日本が米国の肩代わりをする」などと米国が言うと、相当に警戒した。韓国にとっては、決して対日関係は対米関係の代替にはならないのである。むしろ米国との強固な対米同盟こそが、韓国の対日交渉力を高めることになるという意味で、日米同盟と米韓同盟は競争関係にも位置づけられてきた。
 日本には元来はそのような見方はなかったと思うが、最近、日韓が対称的になり、対立を激化する緊張の中で、日本でも、韓国との争点について、米国に日本の立場を理解してもらい、可能であれば日本の味方をしてもらいたいという発想が、強くなっているように見える。ここでも日韓は、米国との同盟をめぐる、ある種の競争関係を形成しているといえる。

4.日韓の対北朝鮮政策再考

 以上見てきたように、対北朝鮮政策、米中対立、米国との同盟関係などにおいて、日韓が競争・対立的側面が強調されて、未来をめぐる対立があるわけだが、本当にそれでいいのだろうか。

(1)日韓の外交・安保における共通利益

 北朝鮮関係において、日本と韓国の外交・安保における目的・方向は、本当に乖離してしまい、接近できないものになってしまったのだろうか。
 北朝鮮の非核化に伴う軍事的脅威の減少は日韓の共通利益である。しかも軍事的な方法を可能な限り使用しないでその目的を達成することも日韓の共通利益である。
 米中は、それぞれの思惑で、実は北朝鮮の非核化の優先順位は日韓ほど切迫していないのではないか。この点でも日韓の方が、(優先順位が高い点では)共通性が高いと思われる。また米国にとっての朝鮮半島の局地紛争は、日韓にとっては局地紛争ではなく、かなりの確率で全体戦争にエスカレートするが、それは日韓にとっては絶対に回避したいシナリオだ。
 平和的な方法で北朝鮮の非核化をいかに実現するかという共通利益に基づき、もう少し知恵を出し合い協力するという選択肢はありうるのではないか。しかも日韓は、それぞれ異なるが補完的な手段を、対北朝鮮関係に関して持っている。
 日本について言えば、日朝国交正常化、経済協力が北朝鮮にどれほどの経済的利益があるかという「ニンジン」を、交渉カードとして使うべきだと考える。制裁を厳しくすれば、北朝鮮は屈服するはずだという発想は、リアリティがないと思う。
 韓国について言うと、単独だけの南北協力は、むしろ北朝鮮の警戒感(韓国による吸収統一)を呼び起こすだけだ。それを緩和するためにも、南北協力と日朝協力との組み合わせが必要だ。実際、金大中政権は、そのような構想をしたはずだ。
 なぜ現在の韓国は、そうした可能性を追求しないのか。そのために、対北朝鮮政策に関する日本の協力を獲得するために、日本に配慮しつつ説得しようとはしないのか。どうも、韓国には、日朝の接近が、北朝鮮にとっての韓国の存在感を低下させることになってしまうので困るという、必要以上の警戒感があるようにも思われる。

(2)朝鮮半島の平和共存と統一

 分断から既に74年、朝鮮戦争勃発から72年が経過した。さらに冷戦の終焉、韓国の体制優位にもかかわらず、韓国優位での統一へのプロセスは順調に進んでいない。韓国国内でも、特に若年層を中心に「自分たちの不利益を甘受してでも統一を達成する必要があるのか」という疑問がある。
 北朝鮮は「統一」という看板は降ろさないが、実質的に「連邦制統一」という、ある意味では「分断の固定化」を指向する。統一は、現状では、韓国主導での統一が最も現実的であろう。もちろん、そのための「統一のコスト」を韓国がどの程度支払うかという問題もある。
 日本には、「ただでさえ、反日の韓国が統一によってさらに力が強くなるよりも、分断させておいた方がいい。朝鮮半島の平和共存・統一に日本が尽力する余地はあまりないし、また、する必要もない」という議論もある。日韓の緊張が高まれば高まるほど、こうした議論は力を持つ。
 日本は、朝鮮半島の平和共存・統一の「被害者」なのか? 実現される前から心配するのは、ある意味で杞憂だ。どのような統一なのか、その統一に日本がどのように関わったかによって、日本と「統一コリア」との関係は左右されることになる。
 北朝鮮という予測困難な体制が核を保有して日本の安保の脅威になるという状況に、果たして日本社会はいつまで堪えられるだろうか。
 そうであれば、韓国主導の(もちろん非核)平和共存・統一は、日本の安保にはとりあえずはプラスになりうる。それに向けて日本が働きかける必要はある。日朝国交正常化による日朝経済協力、それによる北朝鮮の経済復興は確かに韓国にとっては「北朝鮮にとっての韓国の存在感の低下」という意味で、複雑な問題である。しかし、そうしてもらった方が、現在よりもスムーズな形で北朝鮮との経済統合、さらには統一に向かうための有利な環境を醸成する可能性もある。
 結果として韓国主導の平和共存・統一に向けて、それに日韓がどのような意図を込めるのか。そのためにどのように分業と協力を通して関わるのか。お互いに、どのように利用し合えるのか、そうした戦略的思考が日韓双方に必要である。

(3)米中対立・対米同盟関係への視点

 米中新冷戦というような極限的な米中対立は、安全保障面でも、また経済面でも、日韓にとって決して好ましい状況ではない。他方で、米中間で、ある程度の発言力を確保できるような空間があることも必要だ。
 以上の点で、日韓は共通利益を持つ。決して、極限的な米中対立が好ましいわけではないし、米中蜜月が好ましいわけでもない。
 そうした望ましい、必要な米中関係を、日韓それぞれが単独で作ることができるわけではない。もちろん、日韓が協力すればできるものでもない。にもかかわらず、日韓が協力して米中に働きかけることによって、米中に対する影響力を行使し、米中対立の激化が日韓双方に及ぼす損害を最小化することが重要だ。外交の方向や方法についても、日韓にはもっと協力する余地があると思う。
 対米同盟関係についても同様だ。どちらの同盟がより強固かと競争するような発想もあるが、そもそも同盟とは自国の利益のためにあるわけで、そのためには同盟を合理的に管理する必要がある。米国との同盟をめぐる日韓の競争は、果たして同盟の合理的管理に寄与しているのか、疑問がある。
 日韓ともに米国が最も重要かつ信頼の深い関係であるが、そうであればあるほど、お互いの同盟をどう管理していくのかが重要だ。そのために競争的な管理ではなく、協力的管理が必要だと考える。
 日韓にとって共通部分を持ちながらも、異なる機能をもつ対米同盟を、日韓がより効率的に有利に利用するための条件とは何か。対米同盟をめぐる日韓の競争、そして、この競争に優位に立つことが、その条件となるだろうか? 対米同盟をめぐる日韓の過剰な競争を抑制し、むしろ日韓が協力して、対米同盟を最小の費用で最大の効果を獲得することができるように、対米交渉力を高めて管理することが、その条件になるのではないだろうか。

最後に

 対北朝鮮政策にしても、米中対立にしても、米国との同盟管理についても、日韓の政策はそれほど乖離しているとは思えない。もっと歩み寄り、もっと協力できる可能性はあるのではないか。その可能性を、日韓の間の大きな問題(歴史問題)が狭めているとすれば、その問題をいかに管理するか(「周辺化」)という発想で対応することが重要だ。歴史問題は、日韓の間の全部の問題を覆い尽くすのではなく、一部分の問題であることを互いに踏まえて考える必要がある。

(2022年2月4日、Think Tank 2022 Forum ILC特別懇談会における発題を整理して掲載)

政策オピニオン
木宮 正史 東京大学大学院教授
著者プロフィール
1983年東京大学法学部卒,東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学,および韓国・高麗大学大学院政治外交学科博士課程修了。政治学博士。専門は朝鮮半島の政治・国際関係。主な著書に『日韓関係史』『韓国―民主化と経済発展のダイナミズム』『ナショナリズムから見た韓国・北朝鮮近現代史』『国際政治の中の韓国現代史』,編著に『歴史としての日韓国交正常化』『戦後日韓関係史』他多数。
朝鮮半島をめぐる外交政策に関して言えば、日韓のそれはそれほど乖離しているものではない。互いにもっと歩み寄り、協力できる可能性は十分にある。

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