働いている母親が高い満足度
「上の子の保育料が負担に感じられ、2番目の子は送らないでいたが、無償化になってオリニの家(保育園に相当)に送ることにした。ご近所でもみな送っているようだ」
「仕事をしている母親としては無償保育になってから良かった点は、経済的負担が減ったことと子供を早い時間から預けることができること、私が落ち着いて仕事ができるようになり職場で物事を長期的に考えられるようになったことだろうか」
これは韓国で幼児教育・保育が無償化された直後、ソウル市女性家族財団が該当世帯の母親たちに対し行ったインタビューへの回答だ。いずれも無償化を歓迎している様子がうかがえる。
無償化に対する評価が高かったことは同財団が実施した満足度調査にも表れている。全国の該当世帯の母親約1000人を対象に実施した調査で、保育無償化について「非常に満足」と「満足」の合計が全体の84.1%に達し、「非常に不満」と「不満」を合わせた3.9%を大幅に上回った。また働いていない母親より働いている母親の方が満足度が2倍高いという結果も出た。
韓国で幼児教育・保育の無償化が本格的に話題になったのは2007年。当時、大統領選挙への出馬を表明していた李明博氏が公約として掲げたのがきっかけだ。李氏は当選後、その実現に向け関係省庁に「0歳から満5歳児に対する保育は国家が必ず責任を負うという姿勢で予算に反映するよう準備してほしい」と指示を出した。
無償化問題は一時水面下に隠れてしまったが、ソウル市の義務教育での給食無償化に触発されるなどして政界での議論が活発化した。最初に0歳~満2歳児を対象にした無償化法案が国会で可決され、その後、5歳児以下に対する全面的な無償化が実現した。
教育支出は逆に増加傾向
無償化の中身は幼稚園・保育園での保育料を補助すると同時に、こうした施設を利用せずに各家庭で幼児を育てる世帯に対しても一律の補助金を支給するというものだ。
例えば、共働き世帯が施設を利用する場合、「終日班(午前7時半~午後7時半)」での保育料の月額補助金は昨年基準で0歳児45万4千ウォン、満1歳児40万ウォン、満2歳児33万1千ウォン、満3歳~満5歳児22万ウォン。一方、施設を利用しない場合の補助額は幼児年齢に応じて月額10万ウォン、15万ウォン、20万ウォンとなっている。
韓国では幼児教育・保育の無償化によって少子化対策、女性の経済活動参加の促進、子育て世帯の教育費負担軽減などの効果が上がるという期待が寄せられ、実際に一定の成果があるようだ。
しかし一方で、実際には子育て世帯の教育支出は逆に増加傾向にあるという皮肉な現象が起こっている。昨年7月、保健福祉省が育児政策研究所に依頼して実施した実態調査によると、幼児を持つ子育て世帯の1カ月当たりの「保育・教育総費用(国と自治体が負担する幼児教育・保育料を除外した一人の幼児にかかる諸養育費)」は平均23万4200ウォンで、無償化がスタートした2年後の2015年の12万2100ウォンから倍増している。
これは幼児から英語やテコンドーなどの習い事を始めさせる韓国の教育熱が反映された結果といえ、無償化で浮いた家計を今まで十分な支出を割けなかった習い事により多く振り向けることにつながっているようだ。
また年間4兆ウォンに達する無償化関連予算の財源も問題視され始めている。政府は「地方教育財政交付金」として各自治体の教育行政機関である教育庁に支給し、各教育庁はこれを幼児教育・保育の無償化分などに充ててきたが、無償化事業は景気回復とそれに伴う税収増を見込んだものだったため、実際には税収増とはならなかったことから地方債発行などで賄っているという。
専業主婦でも園に預けるケースが増加
このほか運用上の矛盾も露わになっている。保育施設利用時の補助は以前は共働き世帯に限られていたが、現在は母親が専業主婦であっても施設を利用すれば同額の補助が下りる。施設を利用しない世帯への補助金額がこれより低いため、わざわざ幼稚園や保育園に子供を預けるケースが増え、その結果、待機児童が急増しているという。
さまざまな課題が噴出する中、韓国政府は保育の質向上にも力を入れ始めている。オリニの家で起きた保育士による園児暴行事件など保育の質低下が社会問題化していたことが背景にある。今年3月から午後4時までを「基本保育」、それ以降を「延長保育」として一律に扱い、「延長保育」に専任の保育士を配置する方針を明らかにした。
保育の質を低下させず、保護者にも安心し満足してもらえる体制を整えようという趣旨で、保育士増員による雇用拡大の効果も期待されているようだ。