子供の視点から幼児教育・保育無償化を検証する

子供の視点から幼児教育・保育無償化を検証する

2020年2月13日

幼児教育無償化導入後

 幼児教育・保育無償化(以下、幼保無償化)は2018年6月、政府の「人づくり革命の基本構想」のなかで、待機児童解消とセットで人づくり政策として位置づけられた。3~5歳児は一律無償、0~2歳児は住民税非課税世帯のみ無償となる。
 制度導入の決定後、待機児童が多い都市部では保育の需要が増し、保育士不足などによる質の低下が進んだ。
 7年前から無償化を導入している韓国でも、保育需要が急増し、保育の質を担保できず、保育士による虐待が社会問題化した。
 無償化については導入前から、「高所得者ほど恩恵を受ける」「家庭保育世帯への支援がない」「保育需要が増え、保育の質が下がる」などの問題点が指摘されてきた。

 

子供の発達から見える制度の課題

 幼保無償化は、質が担保されてこそ、制度導入の意義がある。子供の視点から制度の課題を考えてみたい。

①保育の質より量を優先
 子供の発達の視点から言えば、無償化の最大の問題点は保育の質を後回ししたことである。例えば、認可外保育施設は国が定める基準を満たす必要があるが、基準を満たしていなくても5年間の猶予期間は無償化の対象とした。
 今回、補助金の不正受給や経営悪化等で問題となった認可外の「企業主導型保育所」は保育士の配置基準が緩いにもかかわらず、認可並みの補助がある。
 30年間の保育政策を辿ってみると、一貫して保育の質より量を拡大してきた。90年代に待機児童が問題化すると、女性の就労を支援する少子化対策に位置づけられ、保育需要を満たすために保育事業を民営化。幼保一元化に向けた認定こども園制度、15年に子ども・子育て支援新制度が開始、そして幼保無償化導入となった。
 一連の制度改革の目的は保育の量の確保と質の向上にあったが、量と質のいずれの問題もうまくいっていない。
 淑徳大学の柏女霊峰教授は著書『混迷する保育政策を解きほぐす』のなかで、子ども・子育て支援制度の課題として最初に「労働政策と保育政策との整合性が確保されていないこと」を挙げている。
 つまり、事業主と働く女性のニーズを優先する労働政策として、保育政策が進められてきたからである。

②子供の視点を欠いた制度設計
 言うまでもなく、幼児教育への投資は費用対効果が高い。子供の非認知能力(社会情緒的能力)が育まれる乳幼児期の養育環境はその後の子供の発達に大きく影響する。とりわけ発達早期の母(特定の養育者)子間の愛着形成(アタッチメント形成)は、基本的信頼感、自律性、非認知能力の発達を促すとされ、きわめて重要性である。
 慶應義塾大学の中室牧子教授と藤澤啓子准教授による共同研究(「保育の『質』は子どもの発達に影響するのか」、2015年)によると、保育環境の良さと担当保育士の保育士歴の長さは、1歳児学年末における子供の発育状態と有意な関連があることが示された。
 またカナダ・ケベック州の「全員保育制度」(安価な定額利用料で全員保育入所を実現)に関する長期追跡調査では、入所児童の非認知能力に負の影響が顕著にみられた。
 このように良質な保育は子供の発達に好影響を与えるが、そうでない場合は悪影響を与えることが実証されている。ところが、エビデンスに基づいた子供の発達的視点で制度設計が行われていない。

③親の子育て責任を失わせる
 保育の無償化は、家庭保育をする親に保育利用を促す動機付けを与え、子育ての施設依存を強める結果となった。子育ての第一義的責任は父母にある。行政の役割は親が子育て責任を果たすことができるよう、支援することである。
 子育ての対価として親が支払う保育費の無償化は、親の子育ての責任意識を失わせるだけでなく親として成長する機会を奪うことになる。

④子供の貧困対策にならない
 子供の貧困対策の観点から言えば、無償化は虐待予防の効果はあるが、低所得世帯に対する経済的恩恵はきわめて少ない。すでに生活保護世帯は保育料が無償、低所得者世帯も保育料が減免されているからである。
 また無償化の対象になっている、企業内保育施設、ベビーホテルなど、一般的に質が劣るとされる認可外施設の多くは0~2歳児対象である。発達早期に質に問題がある施設で不適切な保育を受けた場合、むしろ子供の発達に負の影響が生じかねない。

 

保育の質の向上に向けて

 最新の保育利用状況をみると、就学前児童の約半数、0歳児の16・2%が保育所を利用し、開所時間も年々長時間化している。子育てにおける保育所の役割が大きくなったにも関わらず、戦後に国が定めた保育所設置基準はほとんど見直されていない。子供の育ちを保障する保育の質を確保するために、保育施設の設置基準の厳格化とチェック機能の強化、保育士の待遇改善に取り組むべきである。
 何よりも母子の愛着形成という観点から、0歳児保育を抑制又は廃止し、長時間保育を是正することである。0歳児を育てることで親らしさが育まれ、保育の質の向上につながるからである。
 また無償化の財源を考えれば、一律無償化ではなく無償化の対象を限定する、無償化の対象時間を制限するなど、見直しが必要だろう。低所得者世帯に対しては、むしろ親の子育て力を高める家庭教育的な支援が将来的に貧困格差を縮める効果が期待できる。
 最後に子供の育ちを保障する「保育の質」とは何か。エビデンスに基づく保育政策に向けた学問的検証を進めていくことが必要である。

政策オピニオン
幼児教育・保育無償化制度がスタートした。導入後、保育の需要が増し、質の低下や財源不足など、無償化の課題も露わになった。制度の問題点、保育の質向上に向けた方策を探る。

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