海外情報

2019年10月30日

政治・司法の争点となった「中絶禁止法」

月刊『EN-ICHI FORUM』2019年9月号より
今年5月15日、米アラバマ州で人工妊娠中絶を重罪とする「人命保護法」が可決された。レイプや近親相姦による妊娠でも中絶を認めないとする、最も厳格な中絶禁止法だ。2020年の大統領選挙に向けて、中絶法問題が再び政治・司法の争点となりつつある。 米テキサス在住・翻訳家 片桐佳誉子 

アメリカの中絶の現状

 中絶法を巡る問題は、これまで大統領や判事の意向に大きく左右されてきた。トランプ政権誕生後、アラバマ州で厳格な中絶禁止法が可決。それに続いて、ミシシッピ、オハイオ、ケンタッキー、ジョージア、ルイジアナなど南部や中西部の州でも、妊娠6週以降の中絶を禁止する州法が成立するなど、中絶を制限する動きが広がりを見せている。
 アメリカの世論は、胎児の生命を重要視し中絶に反対するプロライフと、女性の権利を主張して中絶の合法化を支持するプロチョイスに二分されている。プロライフは主にカトリック教界をはじめとする宗教右翼や保守派によって推進され、プロチョイスはフェミニストやリベラル派が主張しているのが一般的だ。アメリカの世論調査会社ギャラップの調査によると、2019年の時点で、国民のプロライフとプロチョイスの比率はそれぞれ49%対46%と、ほとんど五分五分である(図1)。


 また、実際アメリカでの中絶の数は決して少なくない。米疾病対策センター(CDC)の報告書によると、年間で約63万8千件の中絶が報告されており、これは出生数千人当たり188人の比率で中絶手術を、女性千人当たり約19人の比率で中絶を経験していることになる(同センター報告書2015年度)。この中絶手術の半数以上をサポートしているのが、全米家族計画連盟(Planned Parenthood)というプロチョイス推進団体であり、毎年国から助成金が出ている。

プロライフとプロチョイスの対立

 アメリカの中絶法問題は今に始まった話ではなく、長い間、司法、宗教、政治の場において、激しい論争が繰り広げられてきた。1973年に米連邦最高裁判所のロー対ウェイド判決によって、妊娠中絶が合法化され、アメリカ国内の中絶を禁止する全ての法は違憲となった。しかし、89年には、ウェブスター対リプロダクティブ・ヘルス・サービス判決が起こり、最高裁判所は具体的な中絶規定法を州立法府に委ねる判決を下した。
 この判決により、中絶手術自体は合法だが、州によって様々な規定を設けることができるようになった。例えば、この判決以降、ミズーリ州では公立施設及びその被雇用者による中絶を禁止し、ユタ州では、母体又は胎児に重大な危害が及ぶ場合以外の中絶を禁止している(Japan life net 2004年)。
 その後も、中絶に関する法律は、最高裁判所において幾度となく議論され、新しい大統領が就任する度にプロライフ寄りとプロチョイス寄りを曲折してきた。

キリスト教徒の支持が背景に

 前述した1989年度のプロライフ寄りの判決は、共和党保守派のロナルド・レーガン大統領の政権時に下され、後の民主党のクリントン政権の時には、厳しい中絶規制措置を廃止するプロチョイス寄りの大統領令が下された。
 今回、中絶禁止法を制定したアラバマ州やミシシッピ州は有権者人口の80%以上がキリスト教徒で、プロライフの比率も人口の約60%と他の州に比べて高い。キリスト教では、神聖な生命である胎児の生存する権利を侵すことはできないとされている。代表的プロライフ団体のNational Right to Lifeは、プロライフ派の政治家のリストを公開し、選挙活動も積極的にサポートしている。
 プロライフ派やプロチョイス派はそれぞれの信条に従って、共和党や民主党に人的、資金的に支援をすることで大きな影響力を持っている。政治家のなかでも中絶法の問題は無視できなくなっている。

中絶禁止を打ち出すトランプ政権

 アラバマ州の中絶法に対してトランプ大統領は、強姦や近親相姦の場合を除き、プロライフの立場を鮮明にしている。2018年7月には、保守派のブレット・カバノー氏を連邦最高裁判所判事に任命した。現在、最高裁判所の判事は保守派5人、リベラル派4人と、保守派が優勢だ。プロライフ派は、この機にロー対ウェイド判決を覆すと意欲を見せている。
 またトランプ大統領は昨年、タイトルⅩ資金(中絶をサポートする資金)の提供をやめ、10代の性的自己抑制教育を推進していくことを明言している(ニューヨークタイムズ2018年4月23日)。これは、前オバマ政権が推進した「10代妊娠防止プログラム」より、「性的自己抑制教育」の方が10代妊娠予防効果が高いと考えているからである。
 しかし、中絶法を巡る世論はより中道的だ。非営利ラジオネットワークのNPRの調査によると、条件付きを含めると大多数がロー対ウェイド判決を維持したいと答えている(図2)。


 2020年大統領選は、中絶法を巡ってもキリスト教保守派と前オバマ政権支持のリベラル派が激しく対立する、文化戦争の様相を強くしていくことになる。