今年3月、東京・渋谷区は同性カップルに「結婚相当の関係」を認める証明書を発行する条例案を議会に提出した。同条例案には重大な問題が指摘され、自民党と一部無所属議員は反対を表明したが賛成多数で可決。4月1日から施行された。今後、全国に波及する可能性もある。ここで渋谷区条例の何が問題なのか、整理しておきたい。
証明書発行の根拠
渋谷区が制定したのは「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」。「性的少数者に対する理解と人権を尊重する社会を目的」としている。
同性カップルがアパートに家族として入居できない、一方が入院した際に家族でないために面会を制限される。こういった事態に対応するため、区が同性カップルに「結婚相当の関係」を認める「パートナーシップ証明」を発行し、事業者や区民に「最大限配慮」を求めるもの
だ。証明書は早ければ今年夏にも発行されるという。
しかし、上記のような事例に対しては、「パートナーシップ証明」を発行しなくても、アパートへの入居や病院の面会などを家族以外に認める施策を取れば、十分改善でき、証明書発行の根拠とはならない。性的少数者の人権を尊重することと、「結婚相当の関係」を認める証明書を発行することとは、全く別次元の問題である。
憲法に抵触する可能性が高い
同条例の最大の問題点は、憲法に抵触する可能性が高いことである。「パートナーシップ」の定義について、条例は「男女の婚姻関係と異ならない程度の実質を備える戸籍上の性別が同一である二者間の社会生活関係」と明記、「結婚に相当する関係」と位置付けている。区は否定しているが、これは「同性婚の容認につながる」もので憲法違反の疑いが強いと、八木秀次・麗澤大学教授(憲法学)は指摘している。
憲法24条は、「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」としている。ここでいう「両性」とは「男女」を意味しており、また「夫婦」とあることからも、憲法は「結婚が男女間で行われることを前提」とし、「同性婚を認めていない」というのが、現在の憲法解釈の主流の学説である。
一部に同規定の主眼は、婚姻をかつての家制度から解放すること、つまり家同士の取り決めによる結婚ではなく本人同士の意思が尊重されるという意味であって、「両性」は必ずしも「男女」と規定しているわけではない、同性婚を排除しているとまでは言えないとの主張がある。
しかし、憲法は次世代を生む「法律婚」を特に重視し保護しており、前述のように「同性婚を容認している」とする学説には無理があるというのが大勢である。
また、憲法94条は「地方公共団体は、…法律の範囲内で条例を制定することができる」と規定している。このように同性カップルに「結婚相当の関係」を認める証明書を発行する渋谷区の同条例は、憲法24条および94条の規定にも違反している可能性が高い。
議会と区民を軽視、十分な議論なく強行
第二点は手続き上の問題で、議会や区民を軽視した非民主的な手法にある。
渋谷区は区議会に何の事前報告をしないまま、条例案提出の意向をまずマスコミに公表、マスコミ報道が先行した。しかも、条文案の具体的中身はなかなか公表されず、通常なら区民から意見を募集するために行われる「パブリック・コメント」も行われなかった。マスコミ報道による条例制定の既成事実化を狙ったもので、民主的手続きを軽視した強引なやり方は、議会でも問題となった。
条例案は3月議会で成立させ、4月1日から施行するとされていた。区民や事業者に多大な影響を与える重大な政策変更であるにも関わらず、区長提案には反対しにくいという議員心理を利用し、コンセンサスを得るための十分な議論のないまま、区により強行されたというの
が実態である。
第三の問題は、「同性カップルの人権擁護」「不利益の解消」を謳いつつ、他方で区民の思想信条と教育の自由、さらには事業者の利益が侵害される恐れがあることだ。区は「パートナーシップ証明書」に法的拘束力はないと言っているが、条例に違反する行為があれば事業者名を公表するとしており、事実上の罰則(懲罰)規定を設けている。この点を危惧し、区民への説明会の開催や名前の公表は避けるよう努力するといった「付帯決議」が付けられたが、どこまで実行されるか不透明だ。
学校教育の場で伝統的結婚否定も
また、今後懸念されるのは、教育現場での混乱だ。
条例の第四条では「学校教育、生涯学習その他の教育の場において、性的少数者に対する理解を深め、当事者に対する具体的な対応を行うなどの取組がされること」と規定。第八条では区、区民及び事業者が「性別による固定的な役割分担の意識」を助長することを禁じている。
区は副読本の作成も示唆している。かつて学校における過激な性教育が問題になったが、副読本が男女の法律上の結婚や家庭の意義を無視した偏った内容になることを危惧する声もある。男女の特性を尊重し、男らしさや女らしさを大切にすること、男女の結婚を重視する結婚観。そうした伝統的価値観を尊重する立場の意見が否定、封殺され、言論・教育の自由が侵害される恐れすらある。
男女の結婚や父母による家庭の形成は、大多数の国民が共有する結婚観、人生観である。特に子供の福祉という点で、結婚と家庭を大切にしたいという思いは多くの国民が強く持っている。また、多くの宗教も伝統的に男女の結婚を重視している。そうした伝統的結婚観を重視する立場の意見を尊重することも一方で重要だ。それは性的少数者の人権尊重と相容れないというものではない。
子供の福祉を守ろうとするフランス
もう一つの問題は、子供の福祉である。
一部メディアには、「同性婚が認められれば次は子供を持ちたい」という同性カップルも登場している。しかし、子供の福祉、身分の安定のための結婚をどう考えるのか。
同性婚の容認が進んでいるとして引き合いに出される欧米諸国だが、例えばフランスでは同性婚には世論の理解があるものの、一昨年、同性カップルの養子縁組を認める法案に対して、「子供には絶対に父親と母親が必要だ」として世論を二分する数十万人規模の激しい反対デモが巻き起こった。この時の世論調査でも法案反対が賛成を上回っており、子供の福祉を守るというフランス国民の意志が強いことを示している。
アメリカでは同性婚反対者に社会的制裁
一方、宗教的信条の自由と性的少数者の人権尊重との軋轢は、米国では深刻な問題となっている。同性婚支持が拡大したアメリカでは、マサチューセッツ州で1989年、性的マイノリティーに対する差別を禁止した州法が可決。当時は同法でも同性婚が容認されることはないと言われていたが、その後の裁判闘争により州憲法の拡大解釈が続き、州最高裁は同性婚を合憲とする判断を下すことになる。そうした訴訟に
よって、全米に同性婚容認の波が広がったのである。それに伴い、現在激しい論争が巻き起こっている。
同性婚の拡大に伴い、伝統的な宗教道徳に基づき同性愛や同性婚に反対する保守的なキリスト教徒が「偏見の持ち主」と糾弾され、社会的制裁を受ける事例が相次ぐなど、社会に深刻な弊害、混乱をもたらしているのである。
例えば、ワシントン州で花屋を営む女性は、同性婚のフラワーアレンジメントを断ったことで、仕事を依頼した客だけでなく州司法長官からも訴えられた。裁判に負ければ、訴訟費用の回収で自宅を含め全財産を失う可能性があるという。
また、ジョージア州アトランタの消防局長は、同氏が出版した書籍に同性愛行為を批判する記述が含まれていたことを理由に解任された。書籍は聖書学習の教材として自費出版したもので、同性愛に関する記述も聖書の教えを説明したにすぎない。だが、これに反発した同性愛者団体が市長に圧力を掛けた結果、同氏は公職から追放された。
人気ブラウザー「ファイアフォックス」の開発元である米非営利法人モジラの最高経営責任者(CEO)だったブレンダン・アイク氏も、同性婚に反対していたことを理由に猛バッシングを浴び、辞任を余儀なくされている。
条例で扱うことは妥当ではない
このように、渋谷区の条例は憲法問題や家族・結婚制度の根幹に関わる重大な問題を孕んでいる。十分な国民的議論のないまま、こうした問題を一自治体の条例で扱うことは妥当ではなく、安易に全国に拡散させるべきではない。