IPP政策ブリーフ

2019年6月18日

「特別の教科 道徳」の課題 ―道徳専門の教員養成と学校・家庭・地域の連携―

.はじめに

 「特別の教科 道徳」が小学校で始まって1年が経過した。今年度からは中学校で実施されている。
 教科書を使用した授業が初めて行われるようになり、各学校では道徳教育の実践が積み重ねられている。道徳を教科化するにあたっては、「考え、議論する道徳」が重視されている。しかし、現実には教科書をこなすことに終始する授業や、グループで話し合うだけにとどまる授業も少なくないという。

.「特別の教科 道徳」の目標

 特別の教科である「道徳」では、道徳的諸価値の理解を基に、道徳的感情と行動・実践が重要とされている。知情意のバランスのとれた道徳的人格の育成が求められている。
 これまでの道徳教育では、「道徳は種を蒔く時間」と言われ、授業で学んだことをいつか気づいてくれればいい、将来のために種を蒔いていけばいいとされて、登場人物の心情をたどっていく授業が一般的であった。
 しかし、貝塚茂樹・武蔵野大学教授(道徳教育の充実に関する懇談会委員や中央教育審議会専門委員などを歴任)は、これからの道徳教育はそれでは不十分だという。判断したことがきちんと行動に表れ、それが習慣化されるような、バランスのよい道徳的授業を展開しなければならない。そうでないと「種は蒔いたけれども芽は出ませんでした」ということになりかねないからだ。
 そのためには、認識的側面(知識・理解・判断力)、情意的側面(心情・興味・関心)、行動的側面(実践意欲・態度、行為、習慣)といった三つの要素をバランスよく教育することが重要になる。
 また、道徳的諸価値が実践に結びつくためには、自分自身で考え、自分自身の問題としてきちんと受け止める、その体験がなければならない。道徳的な課題にきちんと向き合い、対話や討論を行いながら内省し、熟慮する。そういうプロセスを重視した授業実践を積み上げていくことで初めて、それが可能になるという。
 特別の教科である「道徳」の目標については、学習指導要領も「よりよく生きるための基盤となる道徳性を養うため、道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ、物事を多面的・多角的に考え、自己の生き方についての考えを深める学習を通して、道徳的な判断力、心情、実践意欲と態度を育てる」(中学校学習指導要領第3章特別の教科道徳)「道徳教育は、教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき、自己の生き方を考え、主体的な判断の下に行動し、自立した人間として他者と共によりよく生きるための基盤となる道徳性を養うことを目標とする」(中学校学習指導要領 1 総則)としている。

.課題

 こうした「道徳」の目標を達成する上で、最も大きな課題となっているのは、道徳を専門とする教員の養成である。
 道徳教育は、それを教える教師の専門性や人格を通じて初めて可能となる。しかし、道徳の教科化がスタートし、教科書はできたものの、それを教える肝心の専門的教員の養成は、まだ手付かずの状態にある。
 現在は、道徳の授業は基本的に学級担任が担当し、道徳科専門の教員免許状は設けられていない。このため、特に中学校段階の授業においては専門性という点で支障が出てくる可能性が高い。
 現在の教員養成課程には「道徳の指導法」があるが、道徳の教員免許が設けられていないため、道徳の専門家は育たず、道徳授業研究も進んでいない。事実、以前に東京学芸大学が全国の大学に調査したところ、「自分は道徳教育を研究した」「道徳教育が専門である」という大学教員は1割にとどまっていた。教員養成の講義を担当している大学教員の9割は道徳を専門的に研究していなかった。
 道徳の教科化に伴う今後の課題は、第一に道徳専門の教員免許を設けることである。そのためには「道徳とは何か」という道徳哲学、道徳に関する学問的な理論体系の構築を図る「道徳学」の研究が不可欠となる。「道徳学」の研究が進んで初めて、道徳を専門とする教員の資質と何か、道徳を専門とする教員養成に何が必要なのか、学問的に明確になるであろう。
 第二の課題は、学校と家庭・地域社会の連携・協力体制の構築である。子供たちの道徳性や人格の育成は、学校だけではできない。学校と家庭、地域社会全体で推進しなければ、困難だからである。
 学習指導要領も「道徳科の授業を公開したり、授業の実施や地域教材の開発や活用などに家庭や地域の人々、各分野の専門家等の積極的な参加や協力を得たりするなど、家庭や地域社会との共通理解を深め、相互の連携を図ること」を求めている(学習指導要領「第3 指導計画の作成と内容の取り扱い」)。

.まとめ

 米国では、90年代以降、品性徳目教育に力点を置いた「人格教育」(Character Education)を推進しており、大きな成果を上げている。
 米国「人格教育」の特徴の一つは、「感謝」「従順性」「正直」「思いやり」「勇気」「権威」「責任」「忍耐」「配慮」などの徳目を理解すると共に、道徳的感情を養い、具体的な行動に結びつけて、習慣化させるところにある。
 特別の教科である「道徳」は、米国の「人格教育」と共通した点が多く、文部科学省は道徳を教科化するに当たって、米国の「人格教育」を参考にした節が伺える。実際、文科省の報告「諸外国における道徳教育の状況について」には、米国「人格教育」が取り上げられている。
 また、米国「人格教育」の特徴の二つ目は、学校・家庭・地域社会が協力しながら、学校を中核とした「道徳的文化」を地域社会全体に築いていこうとする点にある。人格教育を積み上げていくことで、教室に「道徳的文化」を築き、それを学校、家庭、地域に広げていこうというのである。
 この意味で、米国「人格教育」は教育活動であると同時に、道徳的文化を築こうとする道徳的な「文化運動」であり、道徳的な国づくり運動でもある。わが国も子供たち個人の道徳育成という視点にとどまらず、地域社会における道徳的文化育成という社会的なビジョンを学校・家庭・地域社会全体で共有すべきである。
 道徳の教科化を契機に、学校における道徳教育を中核にした、道徳的家庭と地域社会さらには道徳的国家の実現という社会的ビジョンへの展開こそ、今のわが国に求められているのではないだろうか。