「性的指向は変化する」ことを示したアメリカの研究

「性的指向は変化する」ことを示したアメリカの研究

2019年6月7日

青少年に対する継続的調査

 性的指向とは、恋愛感情や性的な興味を抱く対象が異性であるのか、同性であるのか、あるいは両方であるのかということを表す概念である。アメリカでは同性婚の合法化を推進するにあたって性的指向の不変性が重要な根拠となってきた。2015年には連邦最高裁判所も、性的指向は人種と同様生まれつき不変であるため「差別」は不当であるという旨の判決を出している。
 これに対し、時間の経過により性的指向が変わることがあることを示す研究が発表されている。米コーネル大学のリッチ=サヴィン・ウィリアムズ(Ritch C. Savin-Williams)教授は青少年に関する継続的調査であるNational Longitudinal Survey of Adolescent to Adult Health (Add Health)を用いて分析を行った。
 Add Healthは同一個人を追跡調査しており、各調査時の性的指向を「100%異性愛指向」、「ほぼ異性愛指向だが同性愛の指向も持つ」、「両性愛指向」、「ほぼ同性愛指向だが異性愛の指向も持つ」、「100%同性愛指向」の5段階で記録している。ウィリアムズ教授はAdd Healthの第3次調査と第4次調査の結果を比較し、性的指向の変化を調べた。
 同教授によれば「両性愛指向を自認している調査対象者は最も変化を経験する可能性が高い。加えて、時間が経過するほど『両性愛指向』の者と『ほぼ異性愛指向』の者は同性愛指向よりも異性愛指向へと移動した」という。また、「100%異性愛指向」と「100%同性愛指向」のカテゴリは変動が少ないとしながらも、「すべてのカテゴリについて、割合は違えども、他のすべての方向に変化があった」と報告した。(〈Prevalence and Stability of Self-Reported Sexual Orientation Identity During Young Adulthood

3割が変化を経験

 ウィリアムズ教授が示したデータをより明確に整理した分析も存在する。Family Research Councilシニアフェローであるピーター=スプリッグ(Peter Sprigg)氏はウィリアムズ教授の分析をもとにAdd Healthのデータを再解釈している。
 スプリッグ氏は「異性愛者の基礎人口が多いため、同性愛指向へ変化する人の数はより多い」としつつも、「同性愛に誘因を持つ323人の男性のうち105人(29%)が異性愛の方向へ変化を経験している」と指摘する。同様に「同性愛に誘因を持った907人の女性のうち382人(34%)がより異性愛に近い方向へ変化している」としている。
 さらに、「100%異性愛者」カテゴリへの移動について、「男性の間では323人のうち95人にこれが起きている。女性の間では、907人中306人がかつて持っていた同性愛への誘因を完全に失っている」と述べた。
 そして、従来の言説によれば最も性的指向が変化しないと考えられる「100%同性愛指向」及び「ほぼ同性愛指向」のカテゴリについて、「『100%』ないし『ほぼ同性愛指向』のカテゴリから『100%異性愛指向』のカテゴリへの変化は、113人の同性愛男性のうち8人(7%)が、64人の同性愛女性のうち8人(12.5%)が経験している」と報告している。(〈Evidence Shows Sexual Orientation Can Change

4割以上が変化との調査も

 ウィリアムズ教授の分析結果を補強する研究は、同性愛に賛同的な立場の研究者からも提示されている。ユタ大学のリサ=ダイアモンド(Lisa M. Diamond)教授とクリフォード=ロスキー(Clifford J. Rosky)教授は自身の論文において「性的指向の不変性に基づく議論は科学的ではない」と述べている。自身もレズビアンであるダイアモンド教授は、スプリッグ氏と同様にAdd Heathのデータを再分析し、「『100%異性愛者指向』以外のカテゴリを選んだ5.7%の男性、13.7%の女性のうち、43%の男性と50%の女性が6年後に別の性的指向のカテゴリを選択している。そのように性的指向が変わった人々のうち3分の2100%異性愛者のカテゴリを選んでいる」と述べている。
 また、Add Healthとは別にThe Growing Up Today Study (「GUTS」)という縦断的調査を用いた調査も紹介している。それによると「18歳から21歳の時、男性の7.5%と女性の8.7%が異性愛以外の選択肢を選んだが、そのうち43%の男性と46%の女性が23歳の時に別の選択肢を選んだ」とされている。いずれの調査においても同性愛指向を持つ男女の4割以上が性的指向の変化を経験していることが示されている。(〈Scrutinizing Immutability: Research on Sexual Orientation and U.S. Legal Advocacy for Sexual Minorites
 このように、性的指向は変化するというデータが示されている。したがって、性的指向に基づく議論や判断には慎重さが求められるだろう。

 

参考文献〉

Diamond, L. M. and Rosky, C. J. (2016). Scrutinizing Immutability: Research on Sexual Orientation and U.S. Legal Advocacy for Sexual Minorites, J. Sex Res, 53(4-5), 363-91

Savin-Williams, R. C. and Joyner, K. and Rigger, G. (2012). Prevalence and Stability of Self-Reported Sexual Orientation Identity During Young Adulthood, Archives of Sexual Behavior, 41, 103-110.

Sprigg, P. (2019). Evidence Shows Sexual Orientation Can Change: Debunking the Myth of “Immutability”. Family Research Council.

政策オピニオン
アメリカでは同性婚の合法化を推進するにあたって性的指向の不変性が重要な根拠となってきた。しかし一方で、性的指向は変わる可能性があることを示す研究が発表されている。(参考文献の引用部分の訳は本誌編集部)

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