米中覇権争い時代における対米関係はどうあるべきか

米中覇権争い時代における対米関係はどうあるべきか

2019年6月14日
覇権国の失敗とその影響

 「ミスをしない人間は、何もしない人間だけ」というセオドア・ルーズベルトの言葉を引くまでもなく、失敗のない人間も国もない。戦後、われわれ日本人の多くは、この点で特に素直であり、結果として寛容であったような気がする。「なぜ、わが国は勝てるはずのない戦争をしてしまったのか」という、先の大戦に関する“正論”の前で、ひれ伏し、ただ「失敗」を認めるしかなかったから、と言えようか。
 気になるのは、そんな思いの反映、あるいは裏面というべきか、戦勝国、なかんずく米国が戦後に犯した「失敗」や「間違い」については、これを正視しない、あるいは、「とやかく問わない」という思いを強く宿してきた、われわれのありようだろう。
 ヴェトナム戦争など「冷戦下」の事例についてはともかく、「正」による「邪」に対する戦い――という建前上の「前提」が無くなり、より冷静な評価が可能であるはずの「冷戦後」になっても、同様な現象が続く。NATO(北大西洋条約機構)の拡大、イラク戦争、勃興する中国に対する対応・・・・など、その素材は少なくない。
 「ドイツ統合の際、欧米は旧東ドイツをNATOの圏内に入れないことを約束した」というゴルバチョフの主張の正否はともかく、2000年、大統領選に立候補したプーチンは「(ロシアの)NATO加盟の可能性を排除しない」と言明した。だが、「敵味方双方の感情を完全に無視する」(ロイター通信)1)ブッシュ(子)政権は、これを無視した。
 イラク戦争に関しては、開戦の理由であったはずの「フセイン政権による大量破壊兵器の保持」が否定された際の、ブッシュ(同)自身の言葉「吐き気がするほどの嫌悪感を覚えた」を引用するだけで十分だろう。
 そして、対中国政策。「新冷戦」への宣戦布告ともいえる、2018年のペンス副大統領の演説は、「中国は西側の価値観を共有する国になると言いながら、実はわれわれを騙していた」と強調した。だが、こんな危険性には、ジェームズ・マンの著作2)などを通じ、盛んに警告が発せられていた。にもかかわらず、米国は巨大市場の魅力、そして、「9・11」の衝撃に気を取られ、「危険性」を直視しようとせず、問題を先送りしたのだ。
 何事についても、これを総体として「間違い」「失敗」と断じようとすれば、反論があるのは、当然のことではある。それにしても、これらの事実があった結果、ロシアは「西側の価値への挑戦者」とし、世界秩序の混乱要因になる。中国は経済大国の坂をかけ上り、「米国一極支配」を崩壊させかねないまでの存在になった――などの事実は否定しようもない。

米中覇権争い後にどう備えるか

 こんな覇権国との関係に、同盟国はどう対応すべきなのか。イラク戦争への英国の参戦を主導した当時の首相トニー・ブレアに対し、同国は独立調査委員会(チルコット委員会)の報告3)に基づき「有罪」を宣告する。一方、日本は・・・という命題にわれわれは未だ回答を出していない。これ自体、今後とも問われ続けなければならないことだろう。
 が、ここでは、米国の犯す「間違い」「失敗」がもたらす影響が、従来よりよほど大きくなりかねない状況の下、同盟国はこれにどう対するべきなのか、に注視したい。
 米国の「間違い」や「失敗」は数多い。しかし、これまでは、米国自身、それらを克服し、「再生」「修正」の道を歩み、その“とばっちり”を受けた同盟国も、苦情は言ってみても、結局は「受忍」してきた。立ち直った後の米国の力は十分であり、同盟国として、その傘下にい続けることで身の安全をはかれる、と確信できたからだ。
 だが、このまま米中間の対決が「覇権争い」の様相をさらに濃くしていった場合、同じような対応で、ことは済むのか。
 旧ソ連のGDP(名目)の対米比率は、戦後の「冷戦」下、50%以下であり続けた。これに比べ、中国のそれはすでに70%前後。米国の「余裕の無さ」は明確だろう。つまり、今後、米国が失敗をしでかせば、一挙に「米優位」は崩れ、同盟国も共倒れしかねない。つまり、もし米国の同盟国であり続けようとする国は、そもそも、米国に間違いや失敗をさせないように支え、さらには、見張らなければならないことになる。
 米国について、その「間違い」「失敗」を予測する指標がないではない。本来のありかたとして、意見・主張の多様性を誇る「民主主義国家・米国」に「異論」が無くなる状況こそが「危険信号」――というそれだ。
 いざという時、「孤立主義」からの脱却をめざし、国内の「異論封じ」に汗をかくのは、米国の伝統ともいえる。しかし、それが近年は、結果として、より大きな危険を招いてきた現実がある。「9・11」以降には間違いなく、そのような状況があった。問題は、ペンス演説以降の米国内での「対中非難」の大合唱は、その時の状況とどう違うのか――。当面の焦点はここにある。そう思えてならない。

 

1)2016年6月13日のロイター通信。筆者Lucian Kimは、ブルームバーグのモスクワ支局特派員などを務めた経験がある。
2)ジェームズ・マン『危険な幻想』(原題はThe China Fantasy)。Bill GertzのThe China Threatなども、同種の警告を発していた。
3)チルコット委員会の報告(2016年7月)の核心は、①ブレア氏は大量破壊兵器についてウソを言っていた。②外交努力を打ち切ってイラクに侵攻したブレア氏の判断は間違っていた。③戦後処理の具体的な計画はなかった。

政策オピニオン
浅海 保 順天堂大学特任教授、元読売新聞編集局長・副主筆
著者プロフィール
1947年東京生まれ。71年東京大学法学部卒。読売新聞入社。政治部、ワシントン、モスクワ支局などを経て、米カリフォルニア州立大学ジャーナリズム大学院客員講師を務め、帰国後、文化部長、北海道支社長、中央公論新社社長、読売新聞東京本社編集局長、同グループ副主筆などを歴任。現在、順天堂大学国際教養学部特任教授。

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