北朝鮮情勢の新たな展開と日本の対応 ―北朝鮮労働党第8回大会から見た近年の動向―

北朝鮮情勢の新たな展開と日本の対応 ―北朝鮮労働党第8回大会から見た近年の動向―

 日本における北朝鮮研究には様々なタイプがあるが、私の北朝鮮研究は、「労働新聞」と「朝鮮中央テレビ」に現れた多くの情報を綿密に分析する手法を基本としている。そこでここでは、それらの情報とともに韓国での情報なども加えて、過去10年余りの北朝鮮情勢を分析し、今後の日本の対応について考えてみたい。

1.北朝鮮経済の推移

 米国のNOAA(アメリカ海洋大気庁)の提供する「宇宙から見た地球の夜景」を見ると、周辺地域は光で明るくなっているが、南北軍事境界線の北側に位置する北朝鮮地域だけは真っ暗だ。よく見ると軍事境界線の北側に一点だけ光っているところがあるが、これは平壌地域である。この写真は、北朝鮮がいかにエネルギーが不足しているかを象徴している。
 図1は、韓国銀行発表の『北朝鮮の経済指標』をもとに、南北の経済指標を対照比較したものである。北朝鮮データの正確さの問題もあるが、入手できる資料の中では比較的信頼度の高いものである。

 まず人口を見ると、韓国が約5170万人、北朝鮮が約2525万人で、北朝鮮は韓国の約半分だ。
 次に、国民総所得(GNI、但し両国とも韓国ウォンで表記)を見ると(2019年)、北朝鮮35.6兆ウォン、韓国1935.7兆ウォンで、韓国は北朝鮮の54.4倍であり、一人当たりGNIで見ると、北朝鮮140.8万ウォン、韓国3743.5万ウォンで、韓国は北朝鮮の26.6倍となっている。この構成の割合は、ここ10年あまりほとんど変化がない。ただより詳しく推移を見ると、名目GNIは、2010年から14年ごろまでは40倍台で推移していたが、2015年以降、南北格差の拡大傾向がみられる。
 経済成長率を見ると、2010年代前半は1%台の低いレベルであったが、それでも経済が成長していた。しかし2016年以降、経済成長が鈍化し始め、マイナス成長となり今日に至っている。
 以上、北朝鮮経済の全般的な動きをまとめると、2010年代初めからやや上向きに推移したものの、15年ごろを境に18年にかけて急速な減速を見せるようになった。

2.北朝鮮の食糧事情と政治動向

(1)穀物生産の推移と圃田担当責任制の導入

 次に、北朝鮮経済について食糧事情の面から分析してみたい。図2は、国連食糧農業機関(FAO)と国連世界食糧計画(WFP)が推測した北朝鮮の穀物生産の推移である(なお、食糧年度とは、穀物収穫の10月から始まり、翌年同時期までの1年間を指し、不足量は、精穀量+輸入量−需要量(精穀基準)で求めている)。
 2010年度はマイナス76万トンだったが、年度を追うごとに不足量は減少し、2014年度にはマイナス4万トンにまで改善した。2010年ごろまで、北朝鮮は毎年100万トンの穀物が不足していたとみられていたが、この数字から見ても、その5年間で食糧事情が相当よくなったことがわかる。
 振り返ってみれば、1990年代の北朝鮮は、ソ連・東欧圏の崩壊によりエネルギー不足と自然災害によって深刻な食糧難を経験した。とくに93〜95年ごろは、毎年厳しい旱魃と豪雨に見舞われ、30〜40万人の犠牲者を出したと言われている(「苦難の行軍」)。
 ところが、2015年ごろから急激に食糧事情が悪化し始め、2019年度の不足量はマイナス136万トンとなった。この変化の背景には、何があったのか。


 それを探るために、この時期の北朝鮮の政治動向を概観してみたい。もちろん国内事情だけの要因で食糧事情の悪化がもたらされるわけではないが、逆に食糧事情の変化が北朝鮮の国内情勢に何らかの影響を及ぼしていたのではないかと考えている。
 2011年は金正日総書記が死去(12月17日)した年で、翌年に金正恩が実質的な権力者となり、核・ミサイル開発と長距離弾道ミサイルの実験を強行した。さらに13年2月には3度目の核実験を行い、同年12月には(金正日総書記の妹婿で、当時北朝鮮ナンバー2と言われていた)張成沢が処刑された。
 こうした政治面の動きの一方で、金正恩は、2013〜14年ごろに「勤労責任制」ないし「圃田担当責任制」という経済改革を行ったことが明らかになった(実質的には金正日時代から実施されていたと言われている)。
 北朝鮮は社会主義国であるから農場などの産業インフラは国有であるのに、個人による畜産や養殖が奨励され、個人経営・運営が認められるようになった。それは、個人名を冠した「〇〇牧場」「〇〇養殖場」などの名称がメディアに登場するようになったことから明らかになった。つまり、国家所有の農場や養殖場の運営を個人に委託するという新しい経済改革を始めたのである。
 それでは圃田担当責任制とは何か。
 北朝鮮は社会主義国であるから、人々は集団農場で働き、そこでの収穫物は一旦国家に収められ、その後国家から配給を受けて生活するという仕組みである。しかしそこに(資本主義的要素を取り入れた)圃田担当責任制を導入したのである。すなわち、ある一定区域の農地管理を(個人、家族、何人かの集団などさまざまな小規模単位にした)農民に任せ、一定量のノルマを国家に収めれば余剰生産物は自分たちで処分していいという仕組みである。このような方法は、農業だけではなく、工業分野でも行われたといわれている。
 2015年ごろにかけて北朝鮮経済が回復基調を示した背景には、圃田担当責任制などに見られる経済政策の変化があったのではないか。つまり金正恩による経済改革がある一定の効果を上げたということであろう。このような中で、人々は指導部に対するある種の期待感を込め始めたと思う。

(2)2015〜17年:強硬路線への転換

 (経済が落ち着いたあとの)2015年ごろから北朝鮮は、強硬な核開発路線に転じることになった。とくに2017年は大変な一年だった。主な出来事を列挙してみよう。

6月 北朝鮮に拘束されていた米学生が解放されるも帰国後急死。
7月 ICBM級「火星14型」の発射実験を2度実施。
8月 グアム島周辺へのミサイル発射計画を発表。
9月 6回目の核実験を強行。爆発規模は広島原爆の10倍以上。
10月 朝鮮半島周辺で再び米韓合同軍事訓練(米第7艦隊に加えて米空母2隻も朝鮮半島周辺海域に遊弋)
11月 ICBM級「火星15型」を発射。全米が射程に入ると分析された。
12月 金正恩委員長はトランプ大統領を「老いぼれ」「犬」などと罵倒。一方、トランプ大統領も金委員長を「チビのロケットマン」「不気味な犬ころ」などと非難。国連で「過去最強」の北朝鮮制裁決議が採択され、石油精製品の供給が90%近く削減された。

 このような北朝鮮の強硬策によって「一触即発」「第2次朝鮮戦争勃発か」などとの声も聞かれるようになった。

(3)2018年:対話路線への転換

 ところが2018年になると情勢が一転し、同年1月には約2年ぶりの南北首脳会談が行われ、北朝鮮の平昌冬季オリンピック参加が合意された。北朝鮮は、前年の「対決」姿勢から「対話」路線へと舵を大きく切ったのである。
 ここで北朝鮮の食糧情勢を見てみたい。前述したように、2015年ごろまでは自然災害などがありながらも全体としては経済は上向きに推移し、食糧事情は極端に厳しい状況から抜け出しつつあった。ところが、2017年から18年にかけて、急激に食糧事情が悪化し、17年にマイナス65万トン、翌18年にはマイナス136万トンとなり、1990年代や2000年代前半の厳しい時代を上回るほどの深刻な状況に直面したのである。その食糧事情悪化の速度は、北朝鮮指導部の予想を超えるものであった。
 その背景には、国連制裁の強化、海外個人資産の凍結、中国の北朝鮮制裁の本格参加、台風など自然災害の頻発などがあった。
 韓国の世宗研究所では、毎年夏の時期に中朝国境地帯で中朝の物流量を調査している。その調査によれば、2017年、18年までは、中国から北朝鮮に物資が比較的入っていたのに、19年になるとモノの流れがピタッと止まった。例えば、中朝国境の北朝鮮側の地域で中国が投資した中朝合弁企業による工場建設のラッシュが起きていた。このように国連制裁下であっても、中国からの資金や物資の流れは止まっていなかった。しかし19年になるとそれらがパタッと止まってしまったのであった。
 北朝鮮の経済事情については、別の指標でも確認できる。その一つが、食糧価格やガソリン・軽油価格の推移である(図3)。この指標によって北朝鮮の庶民の懐具合がある程度見えてくる。

 図をみると、2017年から18年が食糧価格のピーク、つまり食糧不足であった。通常、食糧不足であれば価格は上がるわけだが、その後も食糧不足なのに食糧価格は平衡か、むしろ下落傾向を示している。ガソリン、軽油価格の動向も、ほぼ同様の傾向を示している。
 なぜそうなのか。韓国の専門家は、「経済縮小で住民は値上がりした食糧を買う余裕がなくなった」、ガソリン・軽油については、「経済沈滞による需要の減少が原因とみられる」と分析している。
 このように17年以降の北朝鮮の経済は、マクロ経済的な数量面だけではなく、住民の懐具合までも厳しい状況に追い込まれていたことがわかる。

(4)米韓との交渉

 厳しい経済事情を抱える中、2018年北朝鮮は米国と韓国との交渉に乗り出した。

4月27日 第3回南北首脳会談(板門店)。金正恩委員長と文在寅大統領が板門店の南北境界線を行き来して「友好ムード」を示しながら、「板門店宣言」を発表。
6月12日 第1回米朝首脳会談(シンガポール)。金正恩委員長とトランプ大統領が初会談。
5月26日 第4回南北首脳会談(板門店の北朝鮮側施設)。
9月18〜19日 第5回南北首脳会談(ピョンヤン)。金正恩委員長と文在寅大統領が、ピョンヤンの朝鮮労働党中央委員会本部庁舎と百花園迎賓館で会談。両首脳は白頭山に登頂。

(2019年)
2月27〜28日 第2回米朝首脳会談(ベトナム・ハノイ)。何らかの合意が出されるのではないかとの期待もあったが、トランプ大統領は「彼らは制裁の全面的な解除を求めてきたが我々はそれに応じることはできなかった」と記者会見で述べたように、成果を得ることはできなかった。
6月30日 米朝首脳“会談”(板門店)。文在寅大統領が仲介して米朝両首脳が会談したが、米政府は「両首脳が面会しただけ」と述べ、北朝鮮側も「首脳会談」とは表現しなかった。ハノイ会談の直前、何らかの合意が出るに違いないと見られていたので、米朝間で実務協議が相当綿密に行われているのだろうと観測されていた。しかし実際には、ハノイ会談の前にきちんとした実務交渉は行われなかった。それはシンガポールでの米朝首脳会談において、トランプが米国の提案を受け入れればこんな具合に発展すると金正恩にiPadを使って説明したように、彼のやり方はトップダウン方式だったからだ。トランプ政権の中には、北朝鮮のソフト・ランディングに至るまでのきちんとした計画、具体的なロードマップがなかったのではないか。

 結局、このような経緯を経て、2018年年初から始まった北朝鮮の対話路線は、19年半ばで挫折し中断することになった。

3.北朝鮮住民の声

 前節までに述べたような政治的な動きの中で、私は韓国にいる北朝鮮からの脱北者にインタビューしてこの時期の北朝鮮住民の生の「声」を集めた。以下の「声」は、2016〜17年ごろに脱北した人たちのものである。

(1)高まる不平・不満

 「70日戦闘、200日戦闘期間には農場員も1時間早く出勤した。過去にも北朝鮮は国家的行事を控えたり、国内外情勢が緊張したりすれば一定期間、速度戦を遂行した。この期間にはすべての住民が休みにも関わらず各種建設現場に動員される。短期間内に成果をおさめ、金正恩の業績として宣伝し、 住民統制を強化して忠誠心と体制結束力を強化しようという目的がある。しかし度を越えた監視と統制はいつか限界に到逹するしかないと思う」(43歳、女性、農場員)。
<解説>
「度を超えた監視と統制はいつか限界に到逹するしかないと思う」というのは極めて重要な証言であると考えられる。新しい経済改革を実施した金正恩体制に北朝鮮の住民もある程度期待した。しかし結局は、70日戦闘や200日戦闘が何度も繰り返され、我慢に我慢を重ねたものの、「いまや我慢にも限度」までに至った。このような明確な金正恩体制批判は2015年まではなかった。金正恩体制はスタートこそ順調だった。しかし発足から9年が経ち、住民が前記証言のような不信感や「裏切られた」という感情を持つようになれば不満が高潮し、その矛先は金正恩体制に向かう可能性はこれまでになく高まっていると考えられる。

(2)核実験とミサイルは人民生活とは無関係

 「核実験とミサイル打ち上げ以後、講演と学習で、北朝鮮の軍事力が強化され、米国は北朝鮮にむやみに攻撃できなくなったと宣伝している。しかし北朝鮮政府の宣伝とは違い、軍事大国に対する自負心を感じる住民はほとんどいない。ただ戦争が起こる可能性は低いと思う。中国が反対すると思うからだ」(28歳、女性、水産基地経理部員)。
 「最近、住民の生活水準は改善されておらず、停滞または悪くなっている。労動者の月給と配給が消えた状況下で、それまで生活を支えていた密輸が難しくなり、自由市場で商売しても収入が増えないからだ。生活の大変な人々は『核とミサイル開発が人民生活に何の関連があるのか? どうせなら戦争でも起こってくれたら良い』という言葉をよく口にしている」(52歳、女性、教員)。
 「(2016年1月6日の)水素弾核実験は1月8日の金正恩誕生日を控え、金正恩の業績を誇示し、住民の忠誠心を誘導するためのものだったと思う。一口で言えば、核とミサイルは金正恩の権力維持の中心的な手段となっている」(51歳、女性、個人ビジネス)。
<解説>
証言は「核兵器とミサイルは金正恩の権力維持と強化のための中心的な手段となっている」と語り、住民が冷静に金正恩の核・ミサイル開発の意図を理解していることを示している。だが、次のテーマ項目で明らかになるように、北朝鮮住民の関心が集中する「金儲け・商売」に悪影響が出始めると黙ってはいない。北朝鮮経済の「改革・開放」は、住民生活に一定の向上をもたらすことで、金正恩体制に対する不満を抑制する効果が期待できる。その一方、証言で明らかなように、市場経済の恩恵を知った住民の期待(経済の更なる発展)を裏切る政策実施に対しては、それが核・ミサイル開発であっても厳しい反発が生まれる可能性があることを示している。

(3)制裁強化で商売に影響

 「最近、(北朝鮮北部咸鏡北道の)慶興市場の市場規模はあまり拡大していない。中国の対北制裁と北朝鮮政府の国境統制によって商品が入らず、物価の上昇幅が大きくなり、商品を購入する人も減った。そのため市場へ行けば商人が「商売ができない」と不平を言う声をしばしば聞くようになった。住民の半分以上が商売で生計を立てているが、商売だけで生計を立てにくいので、大部分の家庭では小面積の土地を耕作したり家畜を飼ったりしている」(28歳、女性、水産基地経理部員)。
 「商売を始める人が増加し、市場周辺の路地で商売する人も出ている。一時的に路地での商売を取り締まったこともあるが、今は誰でも商売が可能だ。市場は規模が大きくなり商品の種類と数量も多くなった。しかし最近、商売がうまくいかないと不平を言う声も広がっている」(25歳、女性、個人ビジネス)。
<解説>
証言は市場経済拡大による住民生活の向上を認める一方、核・ミサイル開発が原因の経済制裁に不安の声を上げている。核・ミサイル開発に関係なく、政府が市場経済拡大政策を取り続けることを期待する住民の意思が表れている。
北朝鮮で国家配給が消えて以後、北朝鮮政府は市場統制を事実上、放棄した。北朝鮮住民の強い要望がある限り、金正恩体制は経済の「改革・開放」から逃れられない。こうした実情から見て、北朝鮮の根本的な体制改革を実現するには、国際社会は経済制裁という「圧力」だけでなく、北朝鮮の経済システム変化と体制変化をもたらすための「対話・交流」を並行して実施する必要がある。

4.朝鮮労働党第8回大会の開催

 金正恩政権は、その初期において、核・ミサイル開発(安全保障)と農業改革(経済改革)を並進して進め、住民の生活を向上させようとした。しかし両方に対する住民の不満、疑問が少しずつ大きくなった。さらに2020年からは新型コロナ禍で中朝国境が封鎖されている。脱北者の声からもわかるように、食糧不足解消と自由市場の活性化は極めて困難な状況に置かれている。この苦境に北朝鮮はどう対応しようとするのか。
 対話路線の挫折以後、北朝鮮がどのように出てくるか、注目していた。ところが、2019年〜20年は、コロナ禍があってか、非常に静かで、まるで「我慢の年」を迎えていたかのようだった。
 その中で、2020年8月、北朝鮮は「2021年初めに『北朝鮮労働党第8回大会』を開催」すると公表した。予告通り、北朝鮮労働党第8回大会が21年1月5日から12日まで開催された。大会期間中、金正恩委員長は、3日間にわたって「第7期事業総和報告」を行った(注:「総和」=総括の意味)。

(1)金正恩委員長の第7期党中央委員会事業総和報告

 金委員長の事業総和報告のポイントは、次の通り。

①国家経済5カ年計画:「打ち立てた目標はすべて未達。敵は外部(米国等)にも内部(官僚主義・無責任体制)にも存在している」
→「すべて未達」と激烈な表現を使った。これまで北朝鮮では、問題の責任を外に転嫁することはしばしばあったが、今回は内部にも(敵が)あると指摘した。
②対米政策:「米国は最大の敵であり、誰が政権に就こうと米国の実体と我々への政策の本心は変わらない。新たな米朝関係を樹立するカギは、敵視政策を撤回することだ」
③核開発:「核兵器の小型化、軽量化を発展させ、戦術核兵器を開発し、超大型核弾頭の生産も持続的に推し進める」
④南北関係:「南側(韓国)との関係は2018年の板門店宣言前に戻ったと言っても過言ではなく、統一の夢はさらに遠ざかった」「合意の履行のために行動した分だけ相手をする」
⑤今後5年間の新たな経済計画:「基本的なテーマは今もなお自力更生と自給自足」
→農業政策の転換などの具体的なことは全く提示されなかった。

 以上をまとめると、まず、経済改革のビジョンを提示できなかったことだ。対外交流なしでの市場経済拡大(住民生活の改善)は不可能である。自力更生・経済主体化のスローガンを主張したが、このような精神論だけで果たして効果が上がるかどうか。
 第二に、米朝、南北関係悪化である。米国を「最大の敵」と宣言し、韓国との対話に期待しないとした。コロナ禍後に米国、韓国以外の諸国との対話を試みる可能性があるのではないか。例えば、中国やその他の国との経済関係強化を模索するとか、投資・制裁効果緩和の試みなどである。

(2)第8回党大会の特徴

①金正恩の「総書記」推戴
 今回の党大会で注目すべき点は、金正恩が「総書記」に推戴されたことである。これに関しては、建国者・金日成が最初に使った「総書記」の職責を復活させそこに就くことで、自分が「唯一絶対の指導者」「政党の権力継承者」であることを強調し、国内のさまざまな不満を抑える国内体制固めの一環と見られている。
 朝鮮中央テレビ報道では、この改訂理由について次のように説明した。
「最高権威政治組織としての党の権威を徹底的に保障することができるよう、各級党委員会委員長、副委員長職制を責任書記(原文では「責任秘書」)、書記(同「秘書」)、副書記(同「副秘書」)と変え、政務局を書記局に、政務処を書記処に変更した」。

②民族解放人民民主主義革命路線の放棄
 もう一つ重要な点は、「民族解放人民民主主義革命路線」放棄の可能性を示した点である。今回の第8回党大会では、党規約の序文改訂がおこなわれ、それについて「朝鮮中央通信」は次のように報道した(2021年1月10日)。
「祖国統一のための闘争課題の部分に、『強力な国防力で根源的な軍事的威嚇を制圧して朝鮮半島の安定と平和的環境を守護する』ことを明らかにした。さらに『強威力ある国防力に基づいて朝鮮半島の永遠の平和的安定を保障して祖国統一の歴史的偉業を繰り上げようとする私たちの確固不動な立場』を反映させた」。
 従来の党規約では、南北朝鮮の統一方案について「南朝鮮革命支援」「連邦制統一」による「民族解放人民民主主義革命路線」を謳っていた。つまり、(1950年に勃発した朝鮮戦争と同様に)北朝鮮軍が南に攻め込めば、南朝鮮の人民がそれに呼応して立ち上がるから、その人民と協力して(北朝鮮主導で)朝鮮半島が統一されるというのが、北朝鮮の基本的な統一理論であった。
 ところが今回の改訂によって、核とミサイルに基づいた「強く威力ある」国防力で朝鮮半島安定と「祖国統一」も実現すると主張した。もし統一路線を転換したとするならば、北朝鮮の非核化は一層困難になると見られる。今回の党大会では、具体的な経済政策は打ち出されず、精神論にとどまったが、しかし朝鮮半島の統一路線については非常に強硬路線を打ち出したのが特徴だ。

③その他の注目ポイント
<指導部の世代交代>
 金正恩体制以降の人事交代は明白だ。金正日時代は「先軍政治」であったから、国家体制の中に占める軍の影響力が大きかったが、金正恩は「先軍政治」を止め、党・官僚中心の体制に転換させるべく、金正日時代からの古参指導者を重責から外すなどその力を削いできた。旧世代に代えて登用したのは、党・官僚出身者だった。
 例えば、北朝鮮指導部の中枢が1930年代または1940年代生まれから1950年代生まれに世代交代した。1939年生まれの朴奉珠総理が党中央委員会政治局常務委員会から退き、1957年生まれの趙甬元が党中央委員会書記に選出された。また党中央委員会軍政指導部長が、1944年生まれの崔富日から1954年生まれの呉日正に交代した。
 今回引退した朴奉珠は、金正恩体制になって抜擢された人物で、軍歴がなく経済官僚として経済政策を長年担当しある程度の成功を収めた。しかし、今回高齢という理由で引退し、代わって若手の人物が総理になった。
 現在の金正恩体制には、革命功労者の血統の人や軍関係の人もいるにはいるが、金正恩を取り囲む「核心部分」には、国家政策に精通する党官僚のエキスパートが多く配置されている。そのような人材を中心に、どのような国とどのような交流をすれば、北朝鮮経済や国家体制がうまく回っていくかについて、提案させる体制にしている。ただ、彼らに国際的経験はあまりない。
 このように金正恩は、父・金正日時代の側近を引退させ、若手の官僚を用いて、自分の権力を高めるとともに、新しい独自の政策を進めやすい環境を作ろうとしている。
<外交および対南エリートの地位下落>
 社会主義国家との外交担当の党中央委員会国際部長と対南政策を担当する統一戦線部長が党中央委員会書記職に選出されなかった。ここには、対南・外交よりも内政固めを優先させようとする意図があるように思われる。
<金与正の党中央委員会政治局員候補未選出>
 金正恩の公式活動を常時補佐しており、実質的なナンバー2の地位には変動なしと見られる。金与正の地位でさえ変えられるほどの権力を保持することを示し、対外に向けて自らの権力の安定を誇示しようとしているのではないか。

5.今後の北朝鮮情勢の展望

(1)中朝関係の強化

 北朝鮮が直面する経済的苦境と今回の第8回党大会の様子からみると、当面(少なくともコロナ終息ごろまで)は内政固めを優先させた国家運営を行うだろうと考えられる。その後、コロナが終息に向かう段階で、経済・食糧危機の回避のために、まず中朝関係の強化を図るだろう。
 しかし中国も北朝鮮の核開発に懸念をもっており、中朝関係が本当に強化され強固な関係になるかはわからない。また北朝鮮が本格的な経済回復を達成するには、中国の支援だけでは十分とは言えず、もっと広範に海外との交易を進める必要がある。

(2)反米・反韓強化

 北朝鮮は、反米・反韓の姿勢を鮮明にすることで、バイデン政権が対北政策をどう展開してくるか様子見していると見られる。経済発展の具体策がないことから、その様子見の間に、米韓以外の国々と対話を行いながら制裁影響の緩和を期待するだろう。

(3)米国の動き

 バイデン大統領は、選挙期間中、トランプ・金正恩会談を強く批判していた。トランプのようなトップダウン方式のやり方では問題の解決は難しいから、もっと実務協議による積み上げ方式(ボトムアップ方式)でなければ北朝鮮交渉は本格化できないと主張した。
 それを裏付けるかのように、ブリンケン国務長官は、(バイデン大統領就任直前の)1月19日の上院聴聞会において、「北朝鮮接近法と政策を再検討する意向を持っている。(中略)特に我々の同盟国である日韓両国、その他の関係諸国と緊密に連携して(新たな北朝鮮政策を)提案する」などと発言した。
 以上から、今後バイデン政権の対北政策は、トランプ政権のようなトップダウン方式ではなく、実務協議を積み重ねるボトムアップ方式で進められるだろう。もし本当にそうだとすれば、米国の今後の対北朝鮮政策の本格始動には相当の時間を要するのではないかと見られる。一方の北朝鮮も、バイデン政権の出方を様子見するだろうから、少なくとも2021年は大きな動きはないのではないかと思われる。

(4)二国間交渉の限界

 今後の北朝鮮の出方について言えば、米朝2国間対話カードだけでは、なかなか対話のテーブルに乗ってこないのではないか。そこでより広範で安定した国際的組織、「軍事信頼醸成措置」を整備してアプローチすることが重要ではないかと考える。ここでいう軍事信頼醸成措置とは、奇襲攻撃をしない、武力の暴発をしないように努力する、などの合意である。
 東西冷戦時代の欧州では東西両陣営間で軍事信頼醸成措置ができるかどうかが、非常に大きな課題だった。ドイツ統一のとき、東ドイツは最初統一を拒否していたが、経済的苦境に直面するなかで、西側は東ドイツと東側陣営と対話をし、軍事的信頼醸成措置を作ろうとよびかけ、「全欧安全保障協力会議(CSCE)」を立ち上げた。敵対状態にあるとしても奇襲や軍事攻撃をしないとの約束をした。東西両陣営は欧州での核戦争回避は必要であるとの思いを共有し、さらに軍拡競争による軍事費拡大が国家経済を圧迫する状況に至っていたことから、軍事的信頼醸成措置は順守されたのである。
 さらに、この軍事的信頼醸成措置を補完するシステムとして社会信頼醸成措置が欧州で確立されていった。その実例として1975年8月1日、フィンランドのヘルシンキで開催されたCSCEで調印された最終文書「ヘルシンキ宣言」が挙げられる。この会議には全欧州諸国及び米国、カナダの首脳が参加し、(1)ヨーロッパの安全保障(2) 経済・科学技術分野の協力(3) 人権問題——の 3分野が協議され、国境の不可侵と武力による変更の拒否、人権尊重、人や情報の交流の自由化が合意された。これによって冷戦構造は一気に終結に向かって進んだのである。
 北朝鮮問題においても同様の段階を踏んで信頼醸成措置が形成されるべきである。まず関係諸国が北朝鮮の体制を潰そうとしないという軍事的信頼醸成措置を形成し、さらに人的交流などの社会的信頼醸成の提案をすれば、北朝鮮もそれには乗ってくるのではないか。最初から核を放棄せよという要求を突きつけるアプローチは、北朝鮮としては到底受け入れられない。国家体制を保障するには核しかないと決心して、党規約の条項にまで核保有を入れ込んだわけだから、それを自ら放棄することは難しい。そこで米朝、南北という二国間だけではなく、東アジア地域の複数の国が参加して、まず軍事信頼醸成装置をつくり、その次に社会信頼醸成措置を形成していく。東アジアでも欧州に倣ってそのような国際協力体を作れれば、東アジアの緊張も少しずつ緩和の方向に進んでいくのではないか。
 日本がそれだけの力があるかどうかは別にして、東アジアの緊張緩和と安定のためにどうすべきかについて、これまでの国際社会での経験と知恵を集めて新しい提案をしていくべきであろう。その一つのアイディアとして、植民統治時代に朝鮮半島から海外に流出した文化財返還問題がある。国際社会では文化財は「人類共通の財産である」という考えが主流を占め始めており、南北共通の関心事項である文化財問題は南北と日本、そして世界各国が共通で関与できるテーマとなる。拉致問題も人権問題と言う視点から見れば、社会的信頼醸成措置形成の一環として国際社会で協議できるテーマとなり得るのである。こうした多様な次元から接近していき、少しずつ北朝鮮との対話の窓口を開けていくべきではないか。
 そのためには相当綿密なロードマップと我々の忍耐が必要である。

6.日本はどう対応すべきか

 最後に、前述のような情勢展望の中、日本はどう対応すべきかについて述べてみたい。

(1)多者間協議体の意義

 北朝鮮情勢の現状を見ると変化には時間を要すると見られるので、日本独自で北朝鮮を変化させることは難しい。そこで短期目標としては、米韓と協調しながら北朝鮮との対話の窓口をいかに確保していくかが重要となる。
 次に中長期目標としては、北朝鮮の非核化を含む東アジア情勢安定のための多者間協議体結成を模索していくべきである。そして信頼醸成のためのロードマップを日本が(可能であれば韓国とも協力して)作成し、米国へ提案する。これが日本にとってのベストシナリオではないかと考える。
 かつて6カ国協議(2003〜07年)で北朝鮮核問題解決の成果を残せなかった痛い経験から、「多者間協議による北朝鮮情勢の安定は無理だ」との意見もあるが、それが東アジア地域の軍事的緊張緩和を話し合う唯一の国際協議の場であったことは確かだ。その後、このような役割を持つ同種の協議体は東アジアに存在しない。
 かといって日本単独で北朝鮮との対話窓口を確保できるのかといえば、それはかなり難しい。北朝鮮問題をめぐっては、やはり周辺の力のある国が協調しなければ、国際社会からも信頼を得て受け止めてもらうことは難しい。その第一歩として、まず日韓が協調して対北朝鮮政策を打ち出すことが重要だと思う。

(2)日韓関係改善に向けて

 対北朝鮮政策において日韓が協調するためには、日韓関係改善がどうしても必要になるが、厳しい日韓関係の現状の中で、どうすべきか。
 一つは、日韓首脳会談の開催である。平昌冬季オリンピックを契機に南北対話が進んだことを先例として、(韓国サイドからはよく聞かれる案であるが)東京オリンピック開催を契機に日韓首脳会談を行うという考えがある。
 日本では徴用工・慰安婦問題について、「そもそもゴールポストを動かしたのは韓国側なのだから、韓国が問題を解決する気にならなければ日韓政治対話は難しい」という声が聞かれる。もちろん、韓国の中では対日強硬論は主流であるが、最近、それとはちょっと違った意見も出始めており、そうした動きにも目を向けてみることも大切だ。
 そのいくつかを紹介したい。
 一つ目は、世宗研究所の陳昌洙・首席研究委員の主張である。
「文在寅政権は韓国・日本関係を管理するためにも日本との対話に積極的に取り組まなければならない。そして日本と歴史和解を実現できる具体的な方案を提示しなければならない。謝罪と反省が先にという主張だけでは、日本を説得できない。長期的な視野で歴史和解ができる教育、象徴的な措置などが必要」(朝鮮日報「時論」2021年1月12日付)。
 もう一つは、同じく世宗研究所首席研究委員であるが、現在は米国でウッドロー・ウィルソンセンター・アジアプログラム研究員も兼務する鄭成長の主張である。
「同盟重視のバイデン政権は韓国に対して日本との関係改善をより一層強く迫る可能性が高い。韓国政府が米国の圧力により、やむを得ず日本との関係改善に立ち向かうとみられる前に、先制的に対日関係改善に出ることが望ましい」(論文「バイデン時代の韓米対北政策」2021年1月22日)。
 北朝鮮、韓国、日本の三国は、それぞれの抱える事情は違い三者三様ではあるが、いま新たな対話を必要としている点は共通している。北朝鮮の事情を見れば、厳しい経済情勢にあるので、対外対話の必要性が高まっている。韓国は、バイデン政権の登場により新たな対北朝鮮政策を打ち出す必要性が出てきた。日本は、東京オリンピック開催の成功だけではなく、国際社会における日本の存在意義を高める新たな東アジア政策の定立が求められている。

(3)北朝鮮情勢緩和の新たな出発と危機意識

 もちろん不透明な要素は多く存在する。例えば、米中関係の行方は、日本の朝鮮半島政策や日韓関係などにも大きな影響を及ぼす。また北朝鮮の核ミサイル問題で米中の国益が一致するのか。そして国際対話の場の設置と国際連携の道が開かれるかどうか。
 「不透明」ということは、逆に見れば、可能性があるということでもある。それゆえ、すでに述べたように、今年2021年は(3月時点で)北朝鮮情勢の展開をはっきりとは見通しにくい状態にあるが、私としてはある種の期待を込めて、今年2021年が「北朝鮮情勢緩和の新たな出発点」になってほしいと考えている。
 北朝鮮の統一政策が変わったとすれば、核問題はわれわれが考える以上に、深刻な段階に入っているといえる。核を北朝鮮の存在意義として党規約にまで落とし込んだ場合、それを撤回することは容易ではない。そのような危険を意識しつつ、東アジアの軍事的緊張、新たな危機の発生をどう抑えていくのかといったことを真剣に考える出発の年にしなければならないのではないかと考えている。

(2021年3月9日に開催されたIPP政策研究会における発題内容を整理して掲載)

政策オピニオン
大澤 文護 千葉科学大学教授
著者プロフィール
広島大学政経学部卒。千葉科学大学大学院危機管理学研究科博士課程後期修了。博士(危機管理学)。毎日新聞入社後、ソウル支局長(2009~11年)などを経て、現在、千葉科学大学危機管理学部教授。この間、天理大学客員教授、韓国の財団法人世宗研究所客員研究委員なども務めた。専門は、朝鮮半島情勢、国際安全保障論。主な著書に『北朝鮮の本当の姿がわかる本』『金正恩体制形成と国際危機管理』、共訳書に『砂漠の戦場にもバラは咲く』ほか。
過去十年余の北朝鮮経済のデータと脱北者の生の声などをもとに北朝鮮の現状を分析し、今年1月の北朝鮮労働党第8回大会の特徴から今後の展望を探る。

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