ポストコロナ時代のグローバル・ガバナンスと日本の役割

ポストコロナ時代のグローバル・ガバナンスと日本の役割

2021年8月9日
1. グローバル社会へのコロナ禍の影響

 全世界における新型コロナウイルスの感染状況は、6月6日時点で、感染者が1億7000万人、死亡者が372万人となっている。ワクチンは20億回が接種されているが、いまだにパンデミックの状況が続いている。そこで、まずグローバル社会におけるコロナ禍の影響について、政治、経済、技術の三つの側面からみていきたい。

新型コロナ感染症の拡大と政治体制

 新型コロナに関するトピックとして、感染対策と政治体制の関連性についてよく議論となる。独裁的な政権の方が感染をうまく封じ込めており、民主主義体制の国はかえって失敗しているのではないか、と論じられることがある。
 図1のデータは、感染数者の上位10カ国の動向を示している。当然、各国の人口が違うため簡単には言えないが、いわゆる民主主義国家とされているアメリカやインドの感染状況は酷いが、強権的なブラジルやロシアも上位となっており、様々な国々が入っている印象を受ける。アジアに限っても、感染者数上位には、民主主義の国もあれば、専制的で強権的な国も色々入っており、同様のことが言える。

 また、The Economist Intelligence UnitのDemocracy Index 20201は新型コロナが民主主義と自由に与えた影響に焦点を当てており、これによると世界の政治体制の民主主義指数は5.44から5.37へと悪化している。その主な理由は、ロックダウンなどの行動制限によりインデックスが悪くなったことだ。しかし、全体的にみれば、台湾の伸びは顕著だが、依然上位にとどまっている国もあり、下位の国も相変わらずある状況だ。このレポートで興味深いのが、「自由を制限するためには何人死ななければいけないのか」と問いかけている箇所だ。自由を大切にしている国にとっては、命に係わる感染対策とのバランスが非常に難しかったのではないかと述べている。しかしながら、様々なデータを踏まえると、感染対策の成否は政治体制とはあまり関係なく、むしろ指導者のマネジメント能力によったところが大きかったのではないかと思われる。

新型コロナ感染症の経済・社会への影響

 次に、経済・社会面の影響をみていきたい。IMFの世界経済見通しによると、世界成長率は2021年に6%を記録し、2022年は4.4%までペースを緩めると予想されている。前年の落ち込みが大きかったため、今年の回復の幅が大きくなったとみられるが、一部の経済大国による追加の財政支援やワクチン接種による効果によって景気回復が期待されている。しかし、IMFは「パンデミックの今後の展開やワクチンが牽引する経済活動の正常化を進むまでのつなぎとする政策支援の有効性、金融環境の動向に関連して、予測を取り巻く不確実性は大きなものとなっている」としている。
 一方で明らかなことは、多くの国で新型コロナのために財政赤字が拡大していることだ。IMFの財政モニター(2021年4月)によると、財政赤字の対GDP比率は、先進国平均で11.7%、新興市場国で9.8%、低所得途上国では5.5%となっており、歳出を拡大する能力における各国の差が一層大きくなっている。どの国も財政支出を増やさなければならない状況にあるが、支出を増やせるだけの力のある先進国はどんどん増やし、そうできない国はなかなかできていない状況だ。
 結果として、格差が拡大している。IMFの財政モニターのジニ係数を見ると、インドや中国でさらに悪化している。さらに、OXFAMの2021年の報告書The Inequality Virus2によれば、世界のトップの富豪10人が、新型コロナウイルスのパンデミックに合わせて5,400億ドルもの資産を増やし、またG20各国が経済回復に費やした額の合計と同じだけ資産を所有している。
 つまり、コロナの影響で国家間の格差が広がり、おそらく国の中での格差も広がっている。一方で、金余りにより株価は上昇しているので、その恩恵を富裕層だけが受けている状況だ。

新型コロナ感染症の拡大とコミュニケーション

 最後に技術面で特筆すべき点は、誰でも簡単に国際的なコミュニケーションがとれる「Zoom時代」が到来したことである。Zoomの他にもWebexやTeamsなど、様々なデジタル・コミュニケーション・サービスが確実に増えている。当然、オンラインでのデメリットもあるが、物理的な距離を克服できることは大きなメリットだ。特に、国際的なレベルになると、普段はめったに会えない人達と簡単にオンラインでコミュニケーションができることは極めて魅力的だ。
 例えば、国連におけるコミュニケーションは新型コロナによってどう変化したか。6月14日の国連内の会議の状況を調べたところ、安全保障理事会やハイレベル対話はさすがに対面で行っていたようだが、国連総会の下での委員会や経済社会理事会などはリモートで行われている。国連でもデジタル・コミュニケーション・ツールが取り入れられている状況なので、世界中で広く活用されていると考えられる。
 今後、研究者や市民社会、組織の国際的な連携や連帯が強まるだろう。ウェストファリア体制で縛られてきた国境がますます低くなる兆候が、コロナを通じて出てきていると思われる。

2.ガバナンスとは何か?

ガバナンスの定義

 ガバナンスといっても、コーポレート・ガバナンスやグッド・ガバナンス、民主的ガバナンスなど様々な種類のガバナンスがあるが、辞書を引くと「統治する」とか「マネージ(管理)する」といった記述がある。したがって、ガバナンスという言葉は必ず組織に対して使うことに意味があると考えられる。例えば、「人権のガバナンス」というと、人権は組織ではないのであまり意味がなく、「国連人権委員会のガバナンス」であれば意味が通る。
 ガバナンスの定義を様々な国際機関などが行っているが、それらを並べて重複する部分を抽出すると、ガバナンスとは「経営」+「理念」と定義できる(図2)。

 この定義をさらに具体的に説明するため、よく使われる「コーポレート・ガバナンス」(企業統治)を例にとる。企業における「ガバナンス」とは、経営管理だけでなく、企業の存在意義やミッション・ビジョン、社会的責任、あるいはESG投資に表れるような企業理念までを含めた概念である。つまり、企業理念に反することを行っている場合、いくら利益を得る企業経営の部分ができていたとしても、今の時代においてはガバナンスが効いてないと非難されることになるだろう。
 同様に、国家レベルのガバナンスも国家経営と国家理念で構成される。国家理念とは、その国が大切にしている価値観であり、国家の憲法に表れている。それに対して、国家の経営とは、誰がどのように意思決定をしているのかということであり、権力の所在や権力の分立(相互監視の仕組み)の有無が、国家経営を考える上では重要なポイントになる。国家のガバナンスには民主的ガバナンスしかなく、民主主義国だけがガバナンスを持っていると考える人もいるが、上述の定義では、北朝鮮や中国にも民主主義国とは異なるガバナンスがあるということになる。バチカンにはカトリック、イランにはイスラム教シーア派、タイには上座部仏教といった宗教に基づいた国家理念があり、旧ソ連や中国には社会主義というイデオロギー、そしてアメリカや日本やフランスには民主主義に基づいた国家理念がある。各国の国家理念に基づいた別々のガバナンスが存在するということだ。

グローバル・ガバナンスとは何か?

 同様に、グローバル・ガバナンスも国際社会における理念と経営からなる。国際社会全体の経営に関わっている組織を考えると、今のところはやはり国連だ。国連の理念は、国連憲章や世界人権宣言に表れている。国連憲章の前文あるいは第1条に書かれている平和や人権、法の支配、自由などがそれであり、おそらくグローバル・ガバナンスの理念としてもっとも広く認められているものだといえる。
 しかしながら、実際に全世界の土地と人民を統治している政府は存在しない。それゆえ、すべての国が納得する単一の理念や価値観もない。たとえ主権国家の力がある程度制限されるようになっているとしても、国連の権威が主権国家の経済や軍事の力を変えるには至っていない。ほとんどの人類にとって、まだ地球社会への帰属意識より国家への帰属意識の方が強いのが現状だ。したがって、国連憲章に書かれていることがそのままグローバル社会の理念となっているわけではなく、それがグローバル・ガバナンスを複雑なものにしている。
 むしろ、グローバル・ガバナンスを構成する様々な組織がそれぞれの固有の理念に基づいて動いているのが、グローバル社会の現状ではないか。国連のほか、国際社会に関わるアクターにはEUやASEAN、NATOといった地域機構、NGOでは赤十字国際委員会やアムネスティ・インターナショナル、国境なき医師団(MSF)などがある。これらの組織がそれぞれ、民主主義や人道、支援、宗教、軍事的利益、経済的利益など、様々な理念を持って動いている。したがって、現実の国際社会とは、ウェストファリア体制に基づく193プラスの主権国家だけでなく、企業やNGO、国際学会やメディアなど、あるいは国連諸機関、地域機構などの様々なアクターが、国家の枠を飛び越えて活動しているファジーな社会である。

経営(マネジメント)とは何か?

 ここで、あらためて経営(マネジメント)とは何かについて説明しておきたい。通常、企業経営にはリーダーシップから人事まで様々なものが含まれるが、結局のところ、インプットをいかに効果的・効率的にアウトプットに変えられるかが本質であろう。インプットはいわゆるヒト・モノ・カネ・情報・知識などで、アウトプットは製品(財・サービス)だ。そして、株主、会社員、顧客、さらに経営陣がステークホルダーとして経営に関係している。ここで、良い経営とは、効果的・効率的にインプットをアウトプットに変えられるかどうかであり、理念はあまり関係ない。
 同じことを国家経営に当てはめると、国家のインプットは税や国民そのもの(例えば徴兵制)、さらに途上国の場合であれば海外からの援助などもインプットであり、アウトプットとして公共財(国防、教育、保健、インフラなど)を生み出す。このプロセスをいかに効果的・効率的に行うかが国家経営の基本である。アクターとしては、政府以外にも議会、裁判所、メディア、市民社会などがあり、ここでも誰が意思決定する権限を握っているのか、そして権力の分立があるのかが重要である。なお、汚職は理念の問題よりも経営の問題といえる。中国などの国でも汚職対策を行うのは、汚職が国家経営に大きな障害になるためだ。
 それでは、グローバル社会の経営はどのようになっているだろうか。国連の場合、加盟国の分担金と自発的拠出金、PKOに提供される軍や警察がインプットとなり、アウトプットは平和と安全の維持や、持続的開発、人道支援、人権擁護ということになるだろう(図3)。これも国家と同じように、事務総長を中心とする様々なアクターがいて、インプットを使っていかに効果的にアウトプットを出していくかが経営である。

 ただ、国際機関のトップは加盟国によって政治的に決められ、国連職員は多様な文化的背景、価値観を持っているため、効果的・効率的な経営ができるとは限らない。このことはよく指摘され、私自身も国連にいたのでよく理解できるが、国連は非効率的な組織であるといって間違いない。ただ、文化も価値観も違っている人たちが集まっているため、そのなかで多様性を尊重すると時間かかることはある程度やむを得ないであろう。
 以上をまとめると、グローバル・ガバナンスを考えることは、この地球社会をどのような理念に基づいて、どのように経営していくかを考えることである。これは人類の未来を決定する上で極めて重要であるが、今の地球社会にはすべての国民や民族に共通する意見や価値観はまだ作られていない。したがって、地球社会の経営方針をめぐってしばしば混乱や対立が生じている。このような状況の中で、国連システムは人類共通の理念や、人類共通の問題にいかに効果的・効率的に取り組むべきかを議論し、実践してきたのである。

3. グローバル社会における様々なガバナンス

憲法にみる各国のガバナンス

 各国の憲法を通して、その国の理念や経営について深堀りしていきたい。
 まずはイラン・イスラム共和国の憲法をみていく。憲法はイスラム教の教えに基づいており、第1条では政体をイスラム共和制とすると書いている。しかし、第6条に民主主義、第9条に基本的人権がしっかり書かれている。また、議会、政府・大統領、それから司法という三権も明記されている。ただし、最高指導者が、行政府、司法府、立法府、国軍、防衛軍の五権における最高位であり、最終決定権を持っている。したがって、最高の意思決定機関は最高指導者である宗教指導者であって、三権分立という権力のチェックアンドバランスの仕組みが機能しないところがこの国の特徴だ。
 中国も問題の多い国だが、中華人民共和国憲法をみれば、「国家機構は民主集中制の原則」かつ「法による治国」を実行し、「人権を尊重し、保障する」と書いてある。一方で、「中国の各民族人民は引き続き中国共産党の指導の下にマルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論及び三つの代表の重要思想に導かれて」とあり、結局のところ、憲法で定められている立法・行政・司法の三権は中国共産党の指導の下にあり、その共産党のトップによる独裁的な体制となっている。つまり、すべての意思決定は習近平が行い、三権分立はあるようでなく、相互チェックもない体制だ。
 これとは対照的に、アメリカ合衆国は、完全なる三権分立体制であり、それどころか独立宣言の中で、「人民を絶対的な専制の下に置こうとする意図が明らかであるときには、そのような政府を捨て去り、自らの将来の安全のために新たな保障の組織を作ることが、人民の権利であり義務である」と、革命権を明記している。また、アメリカ合衆国憲法には、「われら合衆国の人民は、…正義を樹立して、国内の平穏を保障し、…われらとわれらの子孫の上に自由のもたらす恵沢を確保する」と前文に書かれてように、自由民主主義の原則が盛り込まれている。
 最後に日本の憲法を見ると、大日本帝国憲法では天皇が中心で、天皇のもとに三権があった。ただし、今の中国などとは異なり、日本の場合は天皇が直接行使するのではなく、それを輔弼する体制であった。それでも、軍部が天皇の統帥権を利用して暴走すると、三権分立も効かなくなって、軍国主義に走ってしまった。一方、今の日本国憲法は、完全に立法・行政・司法が分離した三権分立であり、国民主権を掲げる議院内閣制に基づく民主主義国家体制だと言える。

デモクラシーについて

 ここでデモクラシーについて少し述べておきたい。通常、デモクラシーは「民主主義」と訳されることが多いが、いくつかの意味を内包している。
 その一つが、政治体制としてのデモクラシー(民主制・共和制)である。これは、国民主権を保障するための代議制であり、代表は選挙によって選ぶという政治制度を指す。実は、このような民主制は、北朝鮮や中国のような権威主義国家も主張していることだ。つまり、北朝鮮や中国も、一応、国民主権を掲げ、代表も選挙で選んでいる民主制であるわけだ。現代では絶対王政のようなあからさまな君主制を掲げる国はなく、たとえいい加減な選挙であっても、基本的に国民の意思で国家の指導者が選ばれたという建前であるから、デモクラシーだと主張することができる。しかし、そのような国のデモクラシーとはここまでである。
 デモクラシーには、理念としてのデモクラシーという側面もある。これは基本的人権、特に自由権の保障、そして国家元首を含めて誰も法を超えるべきではないという法の支配、そして三権分立による権力の相互監視が含まれる。これらが我々のイメージする民主主義であり、本来のデモクラシーである。

グローバル社会の理念について

 いかなる国も一応国民主権や人権の保障を掲げているが、いわゆる西欧民主主義国家と権威主義国家との違いは、国家権力の分立による相互監視(check & balance)があるかどうか、それらの権力を批判する言論の自由があるかどうかである。
 このような違いを越えて、果たして人類は共通の価値・理念を持つことはできるのだろうか。グローバル社会の理念を考える上で、そのような共通項を持つことができるのか、持つべきなのかを考えることが重要である。
 各国、各民族の伝統文化や宗教に基づく価値や理念は尊重すべきだが、すべての民族や宗教に共通する最大公約数としての価値や理念を持つべきではないか。そのような価値や理念を作り上げていくことが、人類の永久平和のためには必要であろう。

4. 日本の果たすべき役割

 現在の米中対立の本質については様々な見方があるが、私は経済的な対立よりも価値や理念の対立という側面が大きいと考えている。例えば、米国のバイデン大統領は、施政方針演説の中で基本的人権を重視していることを強調し、また英国とのThe New Atlantic Charterという合意文書では、民主主義の価値を守っていく積極的な姿勢をアピールしている。一方の中国は、習近平の語る「中華民族の偉大な復興」という中国の夢を実現するために一帯一路などを進めているが、そこに民主主義の言葉は出てこない。このような価値観をめぐる米中対立が展開される中で、日本はどのような理念に基づき、どのような行動をとるべきか、また日本の果たすべき役割とは何かについて考えてみた。

日本の外交理念

 日本外交はどのような理念を掲げているのだろうか。2013年の国家安全保障戦略では、「普遍的価値やルールに基づく国際秩序を維持する」ことを重視している。これに基づき、開発の分野においては、開発協力大綱で「自由民主主義、基本的人権」が大切だとして、「当該国おける民主化、法の支配及び基本的人権の保障をめぐる状況に注意を払う」ことを明記している。また、外務省の2015年〜19年の「開発協力重点方針」でも、普遍的価値の共有、基本的価値の共有、法の支配、自由で開かれた国際秩序といったキーワードが盛り込まれている。
 さらに、外務省サイトの人権外交の項目を見ると、「人権及び基本的自由は普遍的価値であること。また各国の人権状況は国際社会の正当な関心事であり、かかる関心は内政干渉と捉えるべきでは」なく、「文化や伝統、政治経済体制、社会経済的発展段階の如何にかかわらず、人権は尊重されるべきものであり、その擁護はすべての国家の最も基本的な責務である」と記載されている。さらに、「日本を含む国際社会が関心を有する人権問題等の改善を促すとともに、技術協力等を通じて、必要かつ可能な協力を実施する」と言っている。つまり、ここで非常に重要な点は、外務省自ら、各国の人権問題の改善は内政干渉ではないと主張していることだ3

日本のカンボジアに対する選挙支援

 それでは、日本は実際にどのような行動をしているのだろうか。まず、私も関わったカンボジアの選挙支援についてみたい。
 2016年の開発協力白書には、民主化支援、つまり選挙支援、制度支援などの民主化への後押しをする活動を行い、その一環としてカンボジアの選挙回復を支援することが盛り込まれている。実際に、カンボジアの選挙支援、改革支援のために日本政府は日本製の投票箱の寄付や情報システム運用管理のサーバーの提供等を行った。
 しかし、2018年のカンボジア選挙では、フン・セン首相は最大野党をつぶしてしまい、実質的には与党のみで選挙を行い、与党が全議席を独占するという、民主的なやり方とはかけ離れたことが行われた。
 私は当時JICAにおり、投票箱とサーバーを寄付するだけでは選挙が民主的になるはずはないと主張した。しかし、JICAとしては内政干渉にはならない、あくまでも政治に関わらない技術協力の範囲内で役に立てることがあるとの考えだった。私から見れば、不十分な民主化支援のあり方だと言わざるを得ない。
 このことに関連して、ニューズウィーク誌から「独裁者を支える日本の支援、中国との競争でますますやめられず」という記事を書かれ、「『出来レース』のカンボジア選挙を支援することは、人権や民主主義を重視しないというイメージを日本に持たせることにもなりかねない」と批判を受けた。「現職政権に何一つ注文をつけない日本の支援は、人権や民主主義の観点からみて問題があるだけでなく、やはり現職政権に何一つ注文をつけない中国との差別化をも難しくしている」と、ニューズウィーク誌は述べている4

ミャンマーをめぐる国際情勢と日本

 ミャンマー情勢をめぐる日本政府の対応に関しても、G7としては欧米がドラフトした声明に参加はしているが、それ以上のことができているとは言い難い。
 国際社会においては、2021年2月1日にミャンマー国軍のクーデターが起こって以降、様々な動きがある。ASEANでは、臨時首脳会議にミン・アウン・フライン国軍司令官が参加し、ASEAN特使による対話の促進など5項目を合意したが、今は膠着状態となっている。国連もバーグナー特使が関係国と協議を重ねるもミャンマーに入国できない状況である。ロシアは軍政権に武器を供与しており、中国は国内の権益を守るために軍事政権を支持しているため、安保理制裁も彼らの拒否権によってできない。国連総会はミャンマーへの武器流入を阻止する決議案を119カ国の賛成で採択したが、これも勧告であるため必ず従わなければならないわけではない。
 日本はというと、一応、インドネシア、オーストリア、タイなどと電話会談を通じて、早期回復を国軍に対して引き続き求めていく方針を伝えているが、軍政権や軍リーダーなどとの直接の動きは少なくとも何も公表されていない。衆議院本会議だけは、ミャンマーにおける軍事クーデターを非難し、民主的な政治体制を想起する決議案を可決したが、あくまでも衆議院の決議案であり、日本政府としてこれを受けた行動は今のところ見られない。私からみれば、有言不行で、実際には何もせず模様眺めをしているだけである。

日本外交に求められるコミットメント

 このような日本に対して、欧米諸国、特にアメリカは、同じ理念を共有するグローバル・パートナーとしてのコミットメントを求めている。2021年4月16日の日米首脳共同声明では、「普遍的価値及び共通の原則に対するコミットメントが両国を結びつけている」として、「ルールに基づく国際秩序のための開放性に対する挑戦にもかかわらず、そのような国際秩序を維持するために日米両国が世界中の志を同じくするパートナーと協力することを確実にする」との声明が出されている。つまり、アメリカは日本にパートナーとして一緒に行動することを求め、それに日本も合意したということだ。また、最近のG7においても、「民主主義、自由、平等、法の支配、人権の尊重という共通の価値に導かれ、我々は世界中で新型コロナウイルスに打ち勝ちすべての人のためにより良い回復を図ることにコミットする」という共同宣言に、菅首相も合意している。
 しかし、日本政府はどの政権ともできるだけ良い関係を保ちたいがゆえに、人権侵害などについては言葉では非難するが、制裁などはできる限り避けている。現在起きている政治的問題にはなるべく関与せず、中立な経済・社会的支援を行っている。日本が掲げている「人間の安全保障」についても、恐怖からの自由よりは欠乏からの自由に重点を置いた支援を行いたいのが、日本政府の本音ではないだろうか。

日本の果たすべき役割

 これからの日本は、日本国憲法に書いてある理念に基づき、欧米諸国と手を組んで普遍的価値を守るために、より積極的な行動に出るべきだ。これまでのように米国の後ろから口だけ出す有言不行では、強権政治が世界的に拡大することを食い止められない。アメリカの力が弱まる中、日本も前面に出て有言実行していかなければならない。
 ただし、現実的に考えて日本の外交手段としては、防衛力の強化とODAへの積極的な活用の選択肢しかない。様々な意見はあるが、防衛費を増加し軍事力を強化して対抗すればよいわけではない。すると日本に残された選択肢はODAしかないだろう。
 日本がODAのあらゆる局面に普遍的価値を含めることで、それを草の根レベルで支援対象国に広めることができるはずだ。強権的な国家の価値観を変えさせるのではなく、ODAを通じてそのような国の人々に民主主義の価値を根付かせることが大切であり、いわば中国の外堀を埋めるようなソフトなシャープパワー戦略を取るべきだ。シャープパワー戦略は中国がとってきた戦略だが、日本はこれまで援助を通じて関係を築いた国々においてソフトなアプローチで民主主義を守っていくべきである。
 具体例として、JICAが行っている「みんなの学校:住民参加による教育開発」というプロジェクトを紹介したい。これはニジェールで長い間活動を続けてきて、今はアフリカ全体に広がっている。JICAは、このプロジェクトは住民参加型の学校運営を通じて基礎教育の質とアクセスを向上させるものだと位置付けており、あくまで教育という視点でしかみていない。しかし、住民参加、投票による選挙などを促しながら学校運営をしており、まさに民主主義の基本的な要素をすべて含んでいるのである。
 ところが、JICAなどの専門家は、実は自分たちが民主主義的な考え方に基づいて支援をしていることに気づいていない。これは、日本には75年以上の民主的なシステムがあるため、言うまでもなく、それが当たり前だと考えているからだ。だが、開発協力の現場で、それを口に出していないことは残念だ。これからの日本のODA支援は、アメリカのようにトップに対して圧力をかけるのではなく、草の根レベルで今やっていることを続けつつ、そこに民主主義的な価値観があることを強調することが大切である。それが先ほど述べたソフトなシャープパワー戦略という私なりの意味だ。
 また、ODAプロジェクトにおいて日本が明確にしていくべき普遍的価値は、PITA(Participation, Inclusion, Transparency, and Accountabilityの頭文字)を中心にすればよいと私は考えている。人権や民主主義を露骨に掲げると反対されるため、そのような言葉はSDGsの中にもほとんど出ていない。しかし、「参加」や「包摂性」、「透明性」、「説明責任」という言葉はSDGsでもよく用いられている。日本も人権・民主主義の間接的な表現として、このPITAをODAの様々なプロジェクトを通じて強調していくべきだ。そうすることで、自然と支援国の国民に民主主義の大切さが浸透していくであろう。

5. 日本が唱道すべき新しい理念

 最後に、日本が唱道すべき新しい理念について私見を述べたい。
 グローバル社会の理念を象徴する世界人権宣言の前文には「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎である」とあり、個人に焦点を当てている。
 しかし、人間個人の成長・繁栄のみならず、ホモサピエンスとしての人類全体の存続・繁栄も同様に重要である。アリストテレスがゾーン・ポリティコン(ポリス的動物)と言ったように、人間は社会的な動物であり、「個人なくして社会はなく、社会なくして個人はない」ということがごく当たり前のルールである。人類は個人の尊重だけでなく、互いに助け合って集団を維持しようとする共存の価値観も有しているはずだ。
 この人類共存の理念は、全体主義・強権体制に利用されることが多かったために、いまだ十分に認知されていない。しかし、個人だけ取り上げて個人の権利のみを強調すると、どうしても非西欧社会からは受け入れられない。したがって、「人権の理念」と「共存の理念」を同列に考えることで、より受け入れやすいものになっていくのではないか。
 実は、人権理念と共存理念は車の両輪であり、同じことを意味している(図4)。つまり、人権では生命権と呼んでいるものを共存理念では非暴力と言い、自由権は多様性の尊重、社会権・経済権は思いやりと分かち合い、そして発展や平和、新しい権利は助け合いとなる。

 日本が中心となって、世界人権宣言と並ぶような「世界共存宣言」を作成し、共存の理念に基づいた原則を国際的に認知させることができれば、もう少し世界が一つの方向にまとまっていくのではないか。

(本稿は、2021年6月24日に開催したIPP政策研究会における発表を整理してまとめたものである。)

 

1 The Economist Intelligence Unit (2021), Democracy Index 2020: The Economist Intelligence Unit.

2 Berkhout, Esmé, Nick Galasso, Max Lawson, Pablo Andrés Rivero Morales, Anjela Taneja, and Diego Alejo Vásquez Pimentel (2021). “The Inequality Virus: Bringing Together a World Torn Apart by the Coronavirus through a Fair, Just, and Sustainable Economy.” Oxfam Briefing Paper. Oxfam International, Oxford, UK.

3 外務省ホームページ. 最終アクセス2021年8月2日. https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken.html

4 六辻彰二. 「【カンボジア総選挙】独裁者を支える日本の支援、中国との競争でますますやめられず」ニューズウィーク日本版ホームページ. 最終アクセス2021年8月2日. https://www.newsweekjapan.jp/mutsuji/2018/06/post-31_3.php

政策オピニオン
井上 健 パーソナルガバナンス研究所 代表、日本国際平和構築協会 副理事長
著者プロフィール
1957年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒、イギリス・サセックス大学開発学研究所(IDS)開発学修士号取得。1985年、国連開発計画(UNDP)トリニダード・トバゴ事務所にJPOとして勤務。その後、国連カンボジア人道支援担当官(1988-91)、カンボジア国連PKO副行政長官(1991-93)、ソマリア国連PKO広域人道支援官(1994)、コソボ国連PKO市行政長官(1999-2001)、アジア生産性機構工業部長(2001-06)、東ティモール国連PKOチーフガバナンスアドバイザー(2007-12)、国際協力機構 (JICA)民主化支援・ガバナンス担当シニアアドバイザー(2015-20)などを歴任。東洋大学、獨協大学、京都女子大学、桜美林大学、創価大学で非常勤講師を務める。また早稲田大学、東京大学、上智大学、同志社大学など多くの大学で講義を行う。専門はSDGs全般、国連平和維持・構築活動、民主的ガバナンス。現在は、パーソナルガバナンス研究所の代表として、在日難民・難民申請者を中心とした外国人が、日本社会に適切に定住し、日本が活力ある多文化共生社会として発展していくことを目指している。
ガバナンスは理念と経営からなる概念である。グローバル・ガバナンスを考える ことは、この地球社会をどのような理念に基づいて、どのように経営していくか を考えることである。日本は新しい「共存の理念」を国際的に唱導すべきである。

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