トランプ政治の原像を求めて:比較大統領論の視点から

トランプ政治の原像を求めて:比較大統領論の視点から

2025年7月30日
はじめに

 第二期トランプ政権が発足して半年余りが経過した。その間、トランプ大統領は米史上前例のない行動や政策を次々に打ち出し、異端特異の大統領との評価が定着するとともに、驚きと批判も強まっている。
 米国内では、不法移民の大量かつ強制的な国外への追放排除や連邦政府の歳出削減を目的とする政府機関の削減・公務員の大量解雇、さらに「多様性・公平性・包括性(DEI)」の理念排除や反ユダヤ主義の摘発を名目にリベラルな大学への予算を大幅に削減、それに対する抗議デモには州兵まで動員して徹底的な取り締まりに出るなど強権的な政治手法に対し、反トランプ派を中心に強い批判や反発が起きている。
 国際社会においても、米一国主義の下でトランプ政権が進めている高関税政策や同盟国への防衛費増額圧力、国際機関からの離脱及び支援の打ち切り等々に各国から戸惑いと批判が呈されており、これまで米国が中心になって築いてきた国際枠組みや国際秩序、普遍的な価値観の崩壊が懸念される事態になっている。
 その一方で、トランプ大統領が進めようとしている政策の中には、過去歴代の米大統領が掲げ、実践した政策と類似したものも意外に多い。無論、時代の背景や米国及び世界を取り巻く環境は現代とは大きく異なっている。
 だが、大統領再選に向けて掲げる公約や、再選を果たした場合に打ち出す自身の政策目標の絞り込み、また政権獲得後、実際の政策決定を行うに際して、トランプ氏が過去の米大統領の政策を顧みて自らの参考となし、さらには自らが後世歴史的な評価を得たいとの思惑から、歴史的に高い評価を得ている過去の大統領の治績を強く意識し、それに学び、あるいは真似ようとしているように思われる。政治家としてのキャリアの浅いトランプ氏であれば、それはいわば当然の学習スタイルとも言えよう。またメディアも諸外国の政権も予測不可能性の高いトランプ氏の行動基準や政策の傾向を読み取ろうと必死である。
 そのような背景もあってか、第二期トランプ政権の政策及びその背後に潜むトランプ氏の意図を過去の米政権や歴代大統領と比較する論考や記事の多さが目に付く。過去の米政権との近似や類似性から、トランプ政権理解のヒントを得ようとしているのだ。
 そこで、トランプ第二期政権の政治・外交政策を分析するにあたり、本稿も過去の大統領・政権との類似や相違の比較を試みることで、トランプ政権の座位を明確にし、その特徴を浮かび上がらせてみたい。

1.マッキンリー大統領:関税政策&膨張政策の師

マッキンリーの高関税政策

 今年1月20日の大統領就任式の演説で、トランプ大統領は、アラスカ州にある北米最高峰のデナリ山の名称を、かつて用いられている「マッキンリー山」に戻す考えを示し、即日大統領令に署名し実行に移した。「マッキンリー」という名称は、この地域の金鉱探査者が第25代大統領ウィリアム・マッキンリー(在任1897〜1901年)にちなんで名付けたのがその由来とされる(図表1参照)。

 マッキンリーは連邦下院議員(オハイオ州選出)だった1890年、多くの輸入品に平均50%の関税を課す法案の作成を主導した。「マッキンリー関税」と呼ばれたこの政策は各国の報復を招き、物価を押し上げた。その年の選挙でマッキンリーは落選する。それでも彼は保護主義こそ産業を強くし、国民を豊かにすると信じた。
 その後、州知事を2期務め、さらに高関税による産業と労働者の保護を唱えて1896年の大統領選に勝利する。大統領就任後、マッキンリーは直ちに特別議会を招集し、米国史上最高率のディングリー関税法を成立させた。そして羊毛や麻、絹、陶磁器、砂糖などの関税率を高め、施行初年度の平均税率は米国史上最高を記録した。
 保護貿易主義を打ち出し高関税を課したマッキンリーは「保護主義のナポレオン」とも呼ばれた。彼の政策で確かに米国の国内産業は守られた。だが物価の上昇で国民の生活は期待したほどには良くならなかった。

領土獲得に積極的だったマッキンリー

 関税政策に加えて、マッキンリーは海外領土の獲得にも積極的だった、1898年、米西戦争に勝利したマッキンリー大統領はスペインからフィリピンとプエルトリコ、グアムを獲得、キューバを保護国化したほか、1900年にはハワイを併合している。
 よく米外交の伝統は孤立主義と言われるが、この頃米国はモンロー主義を掲げていた。それは孤立主義と同義ではない。モンロー主義とは欧米間の相互不干渉主義であり、欧州の問題には関与しないが、米州内部では米国は領域を拡大させていたのだ。また西に向かい膨張を続けるマニフェストデスティニーのエネルギーは米西岸に到達した後も消えず、その動きはハワイや西太平洋にも拡大していった。
 マッキンリー大統領の膨張路線は、続く第26代セオドア・ルーズベルト大統領の「こん棒外交」へと繋がっていった。就任式での演説でトランプ氏は、「マッキンリーは、関税と才能でアメリカを豊かにした。生来のビジネスマンだ。パナマ運河を含めた、多くの偉業を成し遂げる資金をルーズベルトに残した」と評価している。パナマ運河はセオドア・ルーズベルトの時代に建設が進んだが、その事業の資金源は前任のマッキンリーの関税政策だったと指摘し、トランプ氏はマッキンリーを称えたのである。
 さらにトランプ氏は二期目の大統領就任演説の中で「米国は再び成長する国家となる。富を増やし、領土を拡大し、都市を建設し、期待を高める」と領土拡張の意欲についても触れ、その後、パナマ運河の奪還やデンマーク領であるグリーンランドの購入、さらに「カナダは米国の51番目の州になるべき」などの発言を繰り返している。このことから、トランプ氏は、マッキンリー大統領を自らの模範・手本としているという見方がメディアで報じられるようになった。
 トランプ氏は、「四つの自由」を唱えたウィルソン大統領や国際連合創設に動いたフランクリン・ルーズベルト大統領など20世紀に価値観外交を推し進めた大統領を嫌い、逆にマッキンリーやセオドア・ルーズベルトのような19世紀後半、即ち後期帝国主義の時代に今日の世界国家米国の基礎を築いた大統領やその時代の米外交に強いノスタルジーを抱いていると思われる。それゆえトランプ氏の唱える米一国主義や単独主義もマッキンリーの場合と同様、単純に孤立主義と同じものと理解すべきではないだろう。
 ただマッキンリー時代の19世紀後半とは異なり、21世紀の現代においてはトランプ氏が公言する領土獲得の政策がそのままの形で実現する可能性は極めて低い。トランプ氏の狙いは、膨張を続けていた当時の米国のように、強い米国の再生を自らの政権カラーとなし、国内外にそのようにイメージさせること、また中南米や北極などへの進出を活発化させる中国を牽制することによって、そのさらなる膨張を阻むとともに、経済問題で中国の譲歩を迫るための手段に利用する狙いがあるものと思われる。
 海外領土の獲得を目指すマッキンリーの政策は当時も帝国主義的だとの批判も浴びたが、戦勝に酔う国民の支持を得てマッキンリーは再選を果たしている。だが政権二期目の発足から程なくして、彼はポーランド移民のアナーキストによって暗殺されている。

2.ジャクソン大統領

ジャクソンを思慕するトランプ大統領

 もう一人、19世紀においてトランプ氏との類似が指摘できる大統領がいる。第7代大統領のアンドリュー・ジャクソン(在任1829〜1837年)だ(図表2参照)。第一期政権発足の際、トランプ氏はホワイトハウスの執務室にジャクソンの肖像画を掲げた。また大統領就任直後の2017年3月にはテネシー州ナッシュビルにある、いまは歴史博物館になった彼の旧宅を訪れている。この時トランプ氏は「ジャクソンは『農場主、農民、機械工、そして労働者は我が国の筋肉であり骨である』と言った。まさにその通りだ」と彼を持ち上げるなどジャクソンを強く意識していることは間違いない。

 ホワイトハウスの敷地内には、ジャクソン大統領が植えたとされる樹齢200年近いマグノリアの木があり、「ジャクソンマグノリア」と呼ばれ親しまれてきた。しかし安全上の理由から今年4月、惜しまれながらも伐採された。その際、トランプ大統領は自ら金メッキのシャベルで地面を掘り、ジャクソンマグノリアの直系にあたるという「MAGAノリア」の苗木を植え、その様子をSNSに投稿している(図表3参照)。

 「MAGA(マガ)ノリア」とは、トランプ氏のスローガン「Make America Great Again(米国を再び偉大に)」と木の名前のマグノリアをかけた語呂合わせだが、自らをジャクソンの後継と位置づけようとするトランプ氏の思考を伺わせるような逸話だ。
 ビジネスマン出身のトランプ氏とは異なり、軍人だったジャクソンは、軍事力の信奉者で、名誉や勇気、誇りといった軍の文化を重視する。一方、トランプ氏の発想は軍人というよりは文字通り商人的で、軍事力の行使には消極的で、ビジネス世界の論理や思考を重視するなど両者には異なる面もある。だが内政面では類似点が多い。トランプ氏とマッキンリーの近似が主に外交面にあるとすれば、ジャクソンとの近似は内政といえる。

米英戦争の英雄

 アンドリュー・ジャクソンは1767年、サウスカロライナ州の田舎でアイルランド移民の子として生まれた。父親は彼が生まれる前に亡くなった。13歳で独立戦争に志願するが、その際、母親と兄二人を無くし孤児となる。公的な教育はほとんど受けず、独学で法律を学び、苦学の末に弁護士となる。その後、テネシー州の上下院議員や最高裁判事を歴任した後、綿花農園主となった。
 欧州でナポレオン戦争が起きると、フランスは大陸封鎖令を発布して英国の貿易を妨害。イギリスは仕返しに逆封鎖して米欧間の貿易を妨げたため、米国は綿やタバコを欧州に輸出できなくなった。さらに英国はインディアンと同盟し、武器支援などして米国の西部開拓を妨害するようになった。米国民の対英感情は悪化し、ジャクソンも英国を嫌った。ジャクソンの英国嫌いは、「“上から目線”で説教調に物申す輩」と欧州諸国の政治家を嫌うトランプ氏と似た点がある。
 1812年に米英戦争が勃発するや、ジャクソンはテネシー州民兵を率い勇んでこの戦争に参加、英国に味方するクリークインディアンを大量殺戮したほか、ニューオーリンズの戦いで英軍を破り、国民的な英雄となった。その人気を背に政界に転じ、1828年の大統領選に勝利する。

ジャクソニアンデモクラシーの時代

 それまで歴代の大統領は、全て東部や南部の農園主を中心とする名望家層で独占されていた。それに対し西部出身のジャクソンは庶民には慕われていたが、ワシントン政界のアウトサイダーに過ぎなかった。しかも綴りをよく間違えるため、名家出身でハーバード大卒の現職大統領アダムズの陣営からは“ロバ(まぬけ)”とバカにされた。これが、現在の民主党=ロバというキャラクターの由来とされる。
 それゆえ彼は、財産や学歴、家柄に拘る中央の特権階級を憎み、彼と同じようにエリートを嫌う庶民の支持を力に当選を果たした。米国を支配する闇の勢力を“ディープステイト”と敵視し、高学歴金満家の政党となった民主党を憎む中西部の白人労働者を味方につけて大統領になったトランプ氏と似た面がある。
 大統領に就くや、ジャクソンは特権階級の既得権を打破する政策を断行する。政府職員を大幅に削減し、自らの党派で公職を独占する猟官制度を導入したほか、選挙で貢献した人物で側近を固めた。こうした人材起用のスタイルもトランプ氏を思い起こさせる。猟官制度は公私混同と同一視され日本では評判が悪いが、ジャクソンの政策で公務員の腐敗や特権階級化が防がれた。
 トランプ氏は政府効率化省を立ち上げ、連邦政府の歳出見直しを進めるが、ジャクソン大統領も放漫財政を改め財政均衡を維持した。さらに庶民派とされながら政敵には“アンドルー王1世”と揶揄されたジャクソンだが、それも国王然と振舞うトランプ氏の姿と重なり合う。
 台頭する白人の開拓農民や労働者階級の支持を得てジャクソンがホワイトハウスに乗り込むことで、政治の間口はエリートからコモンマン(庶民)へと開かれた(ジャクソニアンデモクラシーの時代)。また彼は後の民主党を誕生させた。これに対抗して反ジャクソン派は共和党へと繋がるホイッグ党を結成するなど米政界の再編も引き起こした(図表4参照)。

トランプ現象は米国政治の新時代を切り開くか

 内政面で多くの共通点を見出せるジャクソンとトランプ氏。ではトランプ氏もジャクソンのように、米国政治に新たな時代を開いた指導者として歴史に名を遺せるだろうか。米国史を研究するヒューストン大のマシュー・クレイビン教授は、ジャクソンと同じように『トランプ時代』と呼ばれる可能性が高いと語る。
 「トランプ氏も前回大統領選で、中西部の白人労働者の多くが民主党を見捨て、共和党に投票するという政治構造の変革を起こした。ジャクソンが政権を去っても、その後の20年間の政権をジャクソンの影が覆った。これから10年、20年後も、トランプ氏の影が米国政治を漂い続けるだろう」と予測する。
 支持者をトランプ氏に奪われ党勢を後退させた民主党が、トランプ現象を契機に党の再生を成し遂げる、あるいは共和党主流派が確執あるトランプ派と融和し党の一体化に成功するか等々トランプ氏本人が意識するか否かに関わらず、彼の登場が“歴史の力”で米国政治の流れを変える一大転機となる、そのような可能性も否定できないのではないか。さらに言えば、悪評の高関税政策さえも、中国が悪用し歪めた自由貿易ルールの是正に繋がれば彼の評価は大いに変わるだろう。
 DEIの見直しを進めるトランプ氏の政治をリベラル派は強く批判する。しかしそのリベラル勢力が、文化の否定、多様性の過度な強調、個人の孤立などを招き米国社会を破壊したと米ノートルダム大学のパトリック・デニーン教授は主張する。
 彼はその著書『リベラリズムはなぜ失敗したのか』(2018年)の中で、自由な個人が富を追求する個人主義と財産権に基づく建国以来の自由主義は、リベラル勢力の主張(過度な多様性重視、個の重視と社会連帯の破壊、文化戦争など)によっていまや激しい貧富の差や教育格差、労働者の苦境や若者の借金、モラルの崩壊に帰結したと批判する。
 行き過ぎたリベラルの流れを食い止め、分断と対立が進むいまの米国を救うのか、あるいはその亀裂を助長拡大するだけの大統領に終わるのか、今後のトランプ政治の動向を注視したい。
 ジャクソンは妻の名誉を守るため、2度も決闘に臨み重傷を負うが、撃たれた弾丸が心臓の近くで止まるなど奇跡的に一命を取り留めた。トランプ氏も2度の暗殺未遂を乗り越えている。二人とも信仰するのはプロテスタントの長老会(プレスビテリアン)である。未遂事件の際、トランプ氏は「神の加護があった」と叫んだが、このセリフもジャクソンと同じだった。ジャクソンの強運を享受できればよいが、身辺警護には十二分の注意が必要だ。

3.ニクソン大統領

 トランプ大統領の外交戦略がニクソン大統領(在位1969〜1974年 )のそれを見真似ているのではとの指摘がある(図表5参照)。2020年に2人の手紙が公開され、トランプ氏が1980年代に元大統領のニクソンと文通していたことが知られるようになったことも影響していよう。トランプ2.0時代を「ネオ・ニクソニズム」と呼ぶ学者もいるほどだ。何が似ているのか。

 まず時代背景が似通っている。ニクソンが大統領に選ばれた1969年当時、長期化したベトナム戦争で米国民の疲労感は高まり、反戦運動も活発化していた。経済面ではインフレと貿易赤字が累積、国際政治にあっては米国に追いつこうと旧ソ連が軍拡に走り米国の対ソ軍事優位が危ぶまれるなど米国の覇権が動揺した時期だった。
 トランプ氏が大統領に就任した時の米国も、天文学的規模の貿易赤字や財政危機、さらにインフレが強まるなど米国経済は厳しい状況にあり、国際政治では中国が米国の覇権を脅かす時代になっている。
 大統領選挙の戦略も似ている。1968年の大統領選でニクソンは「南部戦略(Southern Strategy)」という名の下、「サイレント・マジョリティ」や「ロー&オーダー(法と秩序)」のスローガンを掲げ、人種隔離政策(ジム・クロウ体制)の存続を求める民主党の地盤であった南部の白人票を奪って勝利した。
 ニクソンが南部の民主党員を取り込んだように、トランプ氏は、ミシガンやウィスコンシンのような中西部の本来は民主党の支持者であった白人労働者を取り込むことで大統領選に勝利した。二人とも「パーティ・スイッチ(支持政党の入れ替え)」に成功したのだ。
 さらに経済政策を見てみよう。トランプ氏は米産業を守るためとして関税引き上げ政策を多用しているが、ニクソン政権でも関税がドル切り下げの取引材料に使われた。1971年8月、ニクソン大統領は「新経済政策」を発表しドルと金の交換(兌換)を停止するとともに、ドルを防衛し国際収支を改善するため10%の輸入課徴金の徴収に踏み切り、各国に衝撃を与えている(ニクソンショック)。

外交の戦略と交渉手法の類似

 だが、もっとも強い両者の相関性はその外交政策にある。ニクソン大統領は「今後米国はベトナム戦争のような軍事的介入を避け、各地域の防衛は同盟国に委ねる」という所謂ニクソンドクトリンを発表し、ベトナムに派兵した米軍50万人の撤収決定を下したほか、在韓米軍第7師団も撤収させた。同盟国の「安保ただ乗り」を強く批判し、米軍の引き上げや防衛費の増額を迫るトランプ氏の政策がこれと軌を同じくする。
 また権威主義国に対するトランプ政権の外交戦略がニクソン政権のそれを真似ているとの指摘がある。トランプ大統領はロシアとの直接協議を進めることによってウクライナ戦争の早期停戦実現を目指している。そのうえでロシアとの関係改善を進め、経済協力やさらには核軍縮交渉の進展も視野に入れている。そして停戦後の状況監視は欧州諸国に委ね、米国は主たる脅威である中国への対処に力を注ぐ考えだ。
 かってニクソン政権は電撃的な米中の関係改善に漕ぎつけ、中国を米国に引き寄せソ連を孤立化させることで米ソ軍備管理交渉の進展(SALT)やベトナム戦争終結に道筋をつけ緊張緩和(デタント)の時代を開いた。
 米国が取り込む相手がソ連か中国かの違いはあるものの、対立する権威主義大国の一方との関係を改善して他方を孤立化させ、紛争の解決や軍縮・軍備管理交渉を前進させ、同時に米国の国際政治における主導権の回復をめざす発想は両政権に共通する。トランプ大統領がニクソン氏の外交戦略を真似ているといわれる所以だ。
 さらに、ニクソン大統領の国家安全保障担当補佐官や国務長官を務めたキッシンジャーは、複数の外交案件を絡めるリンケージと呼ばれる交渉戦術を多用した。これはトランプ大統領の好むディールの手法と似ているようにも思える。

ニクソン戦略とトランプ戦略の本質的な相違

 しかし、一見似通ったアプローチでも、1960年代と今日では国際環境や大国の力関係は大きく異なる。歴史は単純には繰り返さない。ニクソン大統領が中国に接近した当時、ともに社会主義国ではあっても中ソは武力衝突(ダマンスキー島事件:1969年)を起こす程激しく対立し、戦争一歩手前の状態にあった。中国はソ連の核攻撃を恐れ、それに備えるための地下シェルターを建設、またソ連海軍の艦砲射撃を警戒して沿岸部の工場群を内陸部に移転させる程の慌てぶりだった。
 ニクソン政権は、中ソ両国の激しい憎悪のエネルギーを巧みに利用した。米中の関係改善を実現して朝鮮戦争から続く中国の脅威を減殺、中国の北ベトナムへの支援も緩和させた。一方、米中接近を誇示することでその動きを警戒するソ連に働きかけ、ソ連との軍備管理交渉を軌道に乗せた。また中国と同様にソ連のベトナム戦争への関与も抑制させることで、米軍のベトナムからの撤退を容易にしたのである。米国が中ソのいずれにどの程度与するか、両国の敵対意識と猜疑心を利用しキャスティングボードを米国が握ることで、ニクソン大統領は中露双方への影響力拡大に成功したのだ(図表6参照)。

 一方、いまの中露は60年代とは異なり互いの連携を密にし、反米と世界の多極化実現をめざし協力関係を強めており、状況は大きく異なる。ニクソン政権に翻弄された苦い過去を繰り返すまいとの思いが中露両国にはある。中露が仲たがいすれば、米国を利するだけに終わるという教訓を得たのだ。
 それゆえ現在では、米国がロシアに接近し関係改善に動けば、米露の接近を警戒する中国もロシアとの距離を縮めて米国に対抗するであろう。そうなれば得をするのはロシアである。つまり米中の双方から引っ張られるロシアがキャスティングボードを握ることになる。ロシアのプーチン大統領は米中双方にいい顔を見せ、両国から利を得ようと動くだろう。
 特にトランプ氏がウクライナ戦争の早期停戦実現を焦るあまり、安易にプーチン氏への譲歩を重ねれば重ねる程ロシアの立場は強まる。実際、第二期政権発足後のトランプ氏によるロシア・ウクライナ戦争の仲介工作は、ロシア・ウクライナ双方に対して公平なものとは言い難くロシアに甘いものとなっている。

強かなプーチン大統領に弄されるトランプ氏

 だが、それにも拘らず停戦は実現しそうな状況にない。プーチン大統領はトランプ氏の仲介工作を受け入れるような素振りは見せているが、戦局がロシア優位で推移していることもあり、戦争継続の意志は固い。トランプ氏はプーチン氏との個人的な信頼関係に頼るが、いまの米国には一国でロシアの行動を強制するなど、その野望を抑え込むだけの力は無い。
 しかも停戦を望んでいるように装いトランプ氏の歓心を買う一方で、プーチン氏は停戦協議に応じる前提として、占領地支配の継続やウクライナ東部4州のロシアへの併合、ウクライナのNATO加盟阻止などゼレンスキー大統領が到底飲めそうもない条件を掲げることで、戦争の継続と支配地域の拡大をめざしている。
 そのうえプーチン氏はウクライナの側が交渉に消極的であるかに演出しトランプ氏とゼレンスキー氏の不和対立を煽ろうともしているなど、強かなプーチン大統領の手練手管にトランプ氏は揺さ振られ続けており、これまでのところウクライナ属国化を目指すプーチン氏の思惑通りの展開になっている。
 かくして停戦の実現は遠のき、かといって対露制裁の強化も発動できない状況にトランプ氏は苛立ちを募らせており、7月にはウクライナ侵略を続けるロシアが50日以内に停戦交渉で合意しなければロシアに制裁を科すと表明した。ロシアの製品を購入する国に100%近い関税を課すとの内容だ。北大西洋条約機構(NATO)を経由して、ウクライナに追加の軍事支援を行うことも明らかにした。ウクライナが供与を強く希望している地対空ミサイルシステム「パトリオット」が含まれるほか、攻撃兵器が含まれる可能性もある。そうなれば緊張の悪化を避けるため防衛用兵器だけを提供するとしてきた従来の方針の転換となる。ロシアが一向に停戦に応じないことから、トランプ氏はそれまでの融和路線から圧力路線にかじを切ったのだ。
 もっとも、プーチン大統領の戦争継続意思は固く、対露制裁を加えても事態が動かないと見ればトランプ氏が停戦仲介努力を放棄する危険も高まってくる。ロシアに揺さ振られる状況が続けば、米国は中露の切り離しや主敵を中国に絞り込むことも難しくなろう。

リンケージとトランプ流ディールの根本的な違い

 いまひとつ交渉のスタイルだが、キッシンジャーのリンケージとトランプ大統領のディールは似て非なるものだ。交渉には、一つの案件について交渉するシングルディールと、複数の案件を纏め同時に交渉を進めるパッケージディールがある。リンケージは後者に属す。ゼロサムの関係になり、合意が得にくい案件に他の案件を絡め付帯させることで当事国双方にノンゼロサムの関係を作り出し、合意を得やすくする手法だ。
 これに対しトランプ氏の好むディールは、取引とはいうが実態は脅しに近く米国だけが利益を得る仕掛けだ。米国に力負けする小国は無論のこと、同盟国でさえもこのような手法には強く反発する。そうした各国の不満や対米不信に付け込み、中国が「公平な交渉相手」を装い、グローバルサウスや対米関係が悪化した欧州での影響力拡大に動くことが懸念される。
 トランプ氏が掲げる米一国主義は、米国の力の回復を目指すものだが、それにも関わらず威嚇や恫喝といった本来は強者が用いる手法に頼るのは矛盾だ。強者でなければ強面のスタイルは相手の反発と抵抗を招くだけに終わる。友好国や同盟国をも失ってしまう。
 対露関係改善でウクライナ戦争を終結させ中国対処に専念する発想自体は評価できるが、その手法には問題が多い。中露両国を抑え込むだけの十分な力が無いいまの米国は、不足する力を他者から補うしかなく、そこで重要なのが同盟国との連帯や協力関係の構築だ。
 トランプ氏も停戦に応じないプーチン氏に失望し、距離を置き始めている。今後は、欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)に加わっている同盟国など自由主義諸国との関係改善や連携を強化し力を結集することによってロシアの行動に抑制をかけること、また中国に漁夫の利を与えないためにも友好国への威圧的なディールを慎み、敵を増やさず味方を増やすことこそが肝要である。

4.レーガン大統領

 最後に、レーガン大統領との対比を試みて見よう(図表7参照)。今年1月に就任したトランプ大統領は、ホワイトハウスの執務机近くの壁にアンドリュー・ジャクソンの肖像画を掛けた。一期目に続いてだから、お気に入りである。ところが就任から約2週間でジャクソンの肖像画は別の場所に移され、その後に第40代ロナルド・レーガン大統領(在位1981〜1989年) の大きな肖像画が掛けられた(図表8参照)。

 レーガンはトランプ氏が「生涯で最も尊敬している」と公言する大統領の一人である。トランプ大統領の大統領選スローガン「米国を再び偉大に(Make America Great Again)」も、元はレーガン大統領が1980年の大統領選で使用していたスローガン「米国を再び偉大にしよう(Let’s Make America Great Again)」に由来している。
 映画俳優出身のレーガンは、人気テレビ番組の司会者も務め語りが上手、離婚歴がある、妻が芸能人(元女優)、ワシントンでの政治経験がない、就任時点で史上最高齢の大統領等のバックグラウンドの持ち主。いずれもトランプ氏と共通する特徴であり、トランプ氏がレーガンに親近感を抱く要因にもなっている。
 当時、「レーガンが大統領になれば、第三次世界大戦が起こる」と警告するメディアや政治評論家が多かった。中央政治の経験を持たず、しかも俳優上がりの男に何ができるかという彼に対する蔑視やその政治手腕に対する不安、不信感によるものであったが、こうしたレーガンに対するメディアの辛辣な評価も、トランプ氏の場合とよく似ている。
 大統領就任の直後にレーガンは狙撃されたが、生命の危機に直面している時にも医師らにジョークを飛ばす余裕を見せ、その後、驚異的な回復力で職務に復帰した。この出来事でそれまで低かったレーガンに対する評価が一転、“強いリーダー”としての印象を国民に植え付け支持率が急上昇し、以後の政権運営は安定化する。昨年7月、大統領選の遊説中にトランプ氏も狙撃されたが、その際、手を高く掲げ不屈の闘志を示し、これが再選を後押しする要因の一つともなった。これも二人の共通点だ。
 政策面で比較すると、レーガン大統領は、70 年代のウーマンリブや公民権運動でリベラル化した米社会を右に戻した。トランプ氏も、LGBT 運動の支持など多様性を重視し、また不法移民の流入増大に寛容な民主党の政治姿勢を強く批判し、1月20日の就任演説では「きょうから連邦政府が認める性別は男性と女性だけだ」と宣言。「ジェンダー・イデオロギーの過激主義から女性を守り、連邦政府に生物学的真実を取り戻す」と題する大統領令に署名したほか、「過激で無駄な政府の多様性・公平性・包括性(DEI)プログラムと優遇措置の終了」と題する大統領令にも署名した。そしてトランスジェンダーの選手がスポーツ競技に参加することを禁じるなど反DEIの政策を次々と打ち出し、また不法移民を大量に摘発し、その強制的な国外排除に乗り出している。
 かように、二人の大統領の間には共通項が多いが、その一方で大きな相違もある。一見レーガン大統領もトランプ大統領に似て、日本との半導体交渉などで数値目標を設定したほかパソコンやテレビなどに100%の関税をかけるなど保護主義を打ち出している。だがこれは当時の議会からの強い保護主義的要求に応える必要があったためで、レーガン自身は自由貿易の推進派であった。将来のWTO設立や多角的貿易交渉「ガット・ウルグアイラウンド」の開始、米加自由貿易協定の発効など自由貿易拡大を推し進めた大統領であり、保護主義に強く拘るトランプ氏とは異なる。
 またレーガンは新思考外交を進めるなど改革志向の強いソ連のゴルバチョフ書記長を評価し、彼と協力関係を築くことで米ソの関係を改善、そして中距離核ミサイルの全廃など軍縮を実現させ、さらには米国による冷戦の勝利へと繋げている。
 これに対しトランプ氏の交渉相手であるプーチン大統領はゴルバチョフとは真逆の人物で、軍事強国ソ連への復帰を目指す冷戦思考の強い指導者だ。米ソ交渉を重ねる過程でレーガンとゴルバチョフの間には信頼関係が芽生えていったが、トランプ氏の場合、プーチン氏との個人的な信頼関係を頼りに対露融和の姿勢を示し、ロシア・ウクライナ戦争の終結と米露関係の改善を目指してはいるが、二人の間に共通の政治目標は見いだせない。信頼関係についても、トランプ氏の独りよがりの面が強く、そこを強かなプーチンに体よく利用され、ロシアを利するばかりで、ロシア・ウクライナ戦争の停戦実現には目処が立たない状況だ。
 さらに両者の違いを挙げれば、レーガンは側近や部下の意見に耳を傾ける大統領であった。元々は映画俳優であり、いわば国民が望むような大統領像を巧みに演じたが、レーガン政権の政策は彼個人の思想や考えに拠るものというよりも、彼を支える有能なスタッフの意見を取り入れたものであった。
 これに対しトランプ氏の場合は、絶対的な権力者の如く自分の周りを全てイエスマンで固め、忠実な部下を従えつつ、あくまでも自らの考えや関心のある政策を押し出そうとしている。政権の在り方について、トランプ氏がレーガンの人間操縦術を参考にしたり、それを学ぼうとする気配は皆無に等しい。真逆なのである。
 ではなぜトランプ氏はレーガンを強く尊敬しているのか。その最大の理由は、レーガンが「強い米国」を復活させることに成功し、さらに米国を冷戦の勝者となし、歴史にその名を遺した大統領であるからだ。政治の素人、ワシントン政界のアウトサイダーであったレーガンが偉大な大統領へと上り詰めたことを称賛し、そのイメージを自らに重ね合わせ、強い米国の復活を成し遂げた大統領という歴史的評価をトランプ氏は手にしたいのである。
 トランプ氏は中東和平やロシアとウクライナの戦争を停戦に導き、ノーべル平和賞を受賞したがっている。既成の政治家を見返し、偉大で歴史に名を遺す大統領になりたい。こうした夢を追い求める中で、レーガンの存在がトランプ氏の中で大きく投影されている。つまりトランプ氏にとってレーガンは、政治外交の目標やそのための手法を学ぶ対象というよりも、憧れの存在であり、かつそのレベルに留まっているとみなすべきではなかろうか。

5.総括

 以上、トランプ大統領とよく比較される4人の大統領を取り上げ、政策や思考、さらにバックグラウンドなどトランプ氏と各大統領の類似点や相違する分野を眺めてきた。メディアなどで取り上げられているだけに、4人の大統領のいずれもトランプ氏と相似た面や共通する点を多く持ち合わせていることがわかる。
 ではトランプ氏は、実際にこれら4人の大統領の政治思想や政治の実践から影響を受け、また彼らの政策や政治手法を参考にし、それを真似ようとしているのだろうか。19世紀の二人の大統領と20世紀の2人とでは、トランプ氏の中での位置づけや受けた影響は異なるように思える。
 まず20世紀の大統領であるニクソンとレーガンは、ビジネスマンのトランプ氏が政治家をめざすようになった時、憧れの対象として視野に入った大統領である。ベトナム戦争の泥沼に入り込み、それまでの圧倒的な国力が揺らぎ出した時に大統領となったニクソンは、電撃的な米中和解によって、ソ連の影響力を削ぐとともに国際関係の安定を図った。またニクソンショックと呼ばれる大胆な経済政策でドル防衛に努め、米国の衰退を食い止めようとした。
 それから約10年後に大統領となったレーガンは、「力の政策」でソ連を抑え込み強い米国の復活を成し遂げるとともに、ソ連のゴルバチョフ書記長との協力関係を軸に米ソの関係改善と軍縮、そして冷戦の終焉へと道を開いた。

 米国の覇権が揺らいだ時、それに対処すべく奮闘した大統領ニクソン、そして強いアメリカ復活を成し遂げた大統領レーガン。トランプ氏は、この二人の大統領の現役時代を知っている。同時代を生きた間柄だ。トランプ氏がビジネスの世界から政治の世界へ飛び込もうとしつつある頃、彼の視野の中で大きな存在を占めたのがこの二人であった。そして米国を再び世界の強国へと戻すことを政治の目標に掲げるトランプ氏が、自身の理想、目指すべき大統領と認識し、憧憬と尊敬の念を抱いたのがニクソンとレーガンであったろう。
 もっとも、トランプ氏が米国復権実現のための具体的な政策や政治手法として注目し、それを真似ようとしたのは19世紀の二人の大統領の方であった。マッキンリーやジャクソンが大統領の職にあった19世紀の半ば〜後半は、米国が世界の大国へと発展していった時代、より正確に言えば、米国が世界大国となるための助走の時代であった。
 より身近な存在であるニクソンやレーガンを、自身にとっての大統領の理想像としつつも、見真似るべき政治の手法や政策手段は、米国を偉大な国となす礎を築いた19世紀指導者のそれに直截的に求めたのではなかろうか。関税や領土拡大を進めたマッキンリー、そしてワシントン政界からは軽視されながらも、中央の既得権益層を打破するなど米政治を刷新させたジャクソン、この二人の政策や政治の手法を自らの手で再現し、偉大な米国を現在に蘇らせたいと考えたものであろう。
 だが、このアプローチには大きな問題がある。19世紀と21世紀では二百年近い年月の隔たりがあり、当時と現在では米国のパワーも米国を取り巻く内外の環境もあまりにも大きく異なるからだ。中国に追い上げられ、パクスアメリカーナが動揺する今日においては、遠い19世紀ではなく、見真似るべきは米国を立ち直らせたニクソンやレーガンの政治や政策であるべきだ。
 だが、これまでのトランプ氏の政治実践の様を見ていると、深い政治哲学を持っているようには見られず、政策実現のための戦略性や長期的な計画性にも欠けているように思える。彼の発言も、また採用する政策も時々の状況毎で大きく跛行変化し、一貫性に乏しい。政治や外交に奥行きがないということだ。
 名誉栄達を手に入れたいとの思いに由来する憧憬やうわべだけの模倣ではなく、ニクソン、レーガン二人の大統領の政治と外交の本質的な部分を読み取り、それを自らの力へと取り込む努力がトランプ氏には必要である。ニクソン大統領とその補佐官であったキシンジャーが見せた強かな権謀や術策、そして、力の政策を対立と戦争への序曲とせず、それを軍縮や国際平和へと結び付けたレーガン大統領、彼らの思考と政治の技量をこそトランプ氏は学び取るべきであろう。

(2025年7月30日、平和政策研究所上席研究員 西川佳秀)

国際情勢マンスリーレポート
政策や思考、バックグラウンドにおいて、トランプ大統領は4人の歴代大統領との類似点が少なくない。実際には19世紀の2人と20世紀の2人とでは、トランプ氏の中での位置づけや受けた影響は異なるようだ。

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