はじめに
19世紀、欧州列強は互いに競い合い帝国主義政策を推し進め、アフリカ大陸を切り分け自国の植民地としていった。それは「アフリカスクランブル」とも呼ばれた。いまアフリカでは、21世紀の新たなスクランブルが起きている。
勢力を伸ばしているのは、中国やロシアといった権威主義国である。いま中露両国はグローバルサウスに接近し、自らの陣営に取り込むことで世界の多極化を進め、米国中心の世界秩序の打破を狙っている。そのグローバルサウスの中心舞台がアフリカなのである。
かっての帝国主義勢力でアフリカ諸国の宗主国にあたる西欧諸国はアフリカの独立後、徐々に影響力を後退させていった。それと入れ替わるように権威主義諸国がアフリカへの進出を強め、各国の政治を左右あるいは支配し、また豊富な地下資源を獲得するようになっているのだ。
一方、欧米の諸国もエネルギー資源獲得の必要からアフリカへの関与を再び強めつつあり、アフリカの大地で双方が激しく競り合っている。それは、ウクライナや中東など世界各地で繰り広げられている権威主義諸国と自由主義諸国との覇権闘争の一環でもある。今月は、権威主義勢力である中露両国のアフリカへの進出・浸透の現状を眺めてみたい。
1.アフリカ重視の中国外交
グローバルサウスとの連携強化で欧米に対抗
アフリカは54か国が約14億人を擁し、 2050年には世界人口の4分の1を抱えるようになると言われるなど若い人の人口が急増し、エネルギッシュで潜在力に溢れた地域である。鉱物資源が豊富で経済成長も目覚ましく「地球最後の巨大市場」とも呼ばれ、開拓すべき投資先として世界の関心を集めている。そのアフリカと主要国の中でこれまで最も深い関係を維持してきた国が中国である。
それを物語るように、中国の外相は毎年、年明け早々にアフリカ諸国を歴訪するのが恒例となっている。2022年には王毅外相がケニアやエリトリアなど東アフリカ諸国を、23年には秦剛外相がエチオピアやエジプトなど5カ国を訪問、昨年も王毅外相がエジプト、チュニジア、トーゴ、コートジボワールを歴訪した。そして今年も王穀外相がナミビア、コンゴ共和国、チャド、ナイジェリアを訪れた。中国外相が年頭にアフリカ諸国を歴訪するのはこれで35年連続である。
現在の習近平政権は、中国製品の重要な輸出先であるとともに一帯一路事業の提携先として、また石油や金、ダイヤモンドなどの天然資源獲得のため、アフリカ各国と強い関係を築いている。中国の発表によれば、2023年の中国とアフリカの貿易額は2821億ドルと2000年当時の26倍に上ったという。2000年から2022 年までの間に中国からアフリカに輸出された産品の90%以上は通信機器や衣類などの工業製品であるのに対し、アフリカ諸国から中国に輸出された産品の 89%が原油や鉄鉱石、銅、アルミニウムなどの天然資源である。中国にとってアフリカは重要な製品の輸出先であると同時に、エネルギー資源獲得の最大拠点になっていることが窺える。
経済ばかりでなく、政治外交の面でも中国はアフリカ諸国に攻勢を仕掛け、積極的にその取り込みに動いている。グローバルサウスと呼ばれる新興・途上国との結束を強化し、米欧主導の国際秩序に対抗するため、さらには台湾を国際社会から締め出す目的も加わって、国連で多数を占めるアフリカ諸国との関係強化が中国にとって極めて重要な外交課題になっているのだ。ちなみにアフリカ54カ国のうち、台湾との外交関係を維持しているのはもはやエスワティニ(旧スワジランド王国)一か国だけである。
さらに中国は、医師の派遣等アフリカに対し医療外交を積極的に展開し自国イメージの向上に努めるほか、孔子学院を各国に建設するなど文化交流にも力を入れており、文化施設をアフリカに設置している国として中国はフランスに次ぐ規模を誇っている。既に百万人以上の中国人がアフリカに居住しており、いまやアフリカにとって中国は最も近い国になっている。
最近の中国によるアフリカ外交の動きから見ていこう。習近平国家主席は24年7月、北京で西アフリカ・ギニアビサウのエンバロ大統領と会談し、両国関係を「戦略パートナーシップ関係」に格上げすることで合意した。習氏は「アフリカ諸国とともに発展途上国の共通利益を守っていきたい」と述べた。
9月には訪中した南アフリカのラマポーザ大統領と会談し、両国関係を「新時代の全方位的戦略協力パートナーシップ」に引き上げると宣言、経済・貿易協力などで合意し、関係強化に向けた共同声明を発表した。習氏は「国際情勢が複雑化する中、グローバルサウスの国々が自主独立を堅持し、団結することが重要だ」と強調し、ラマポーザ氏は、新興国グループBRICSなどの枠組みで中国と連携を強化することに意欲を示した。
中国アフリカ協力フォーラム
中国のアフリカ重視の姿勢を最も如実に示しているのが、中国がアフリカ諸国と定期的に開いている「中国アフリカ協力フォーラム」(FOCAC:The Forum on China–Africa Cooperation)である。日本のTICAD(アフリカ開発会議)を真似て立ち上げられた同フォーラムは2000年から3年に1度、中国とアフリカで交互に開催され、政治・経済・安全保障・文化など多岐にわたる分野における協力のプラットフォームとしての役割を果たしている。
2018年の首脳会合では、習近平国家主席が「中国とアフリカは運命共同体である」と発言するなどアフリカ外交に中国が注力していることを窺わせた。2021年の首脳会合では短期的な行動計画に加えて、初の長期目標である「 中国・アフリカ協力ビジョン 2035」が採択された。
そのFOCAC首脳会合が24年9月、6年ぶりに北京で開催された。アフリカ53か国の首脳らが参加した今回の会合は、近年では中国最大の外交行事となった。王毅外相は中国共産党の機関紙・人民日報に、今回のフォーラムは中国政府にとって今年最も重要な外交行事と前置きし、「南半球諸国の団結と協力の新たなページを記す」と語った(図表1参照)。
習近平国家主席はフォーラムでの演説で「中国とアフリカの関係は史上最良だ」と強調。対立する米国を念頭に「西側諸国は近代化の過程で多くの発展途上国に苦難をもたらしたが、中国とアフリカは絶えず歴史の不公平を正そうとしてきた」と述べ、米欧との違いをアピールした。そのうえでアフリカ側に「運命共同体」の構築を訴え、中国と全てのアフリカ各国との2国間関係を「戦略関係」のレベルに引き上げることを提案するとともに、インフラや保健衛生、農業、人的交流など10分野での協力強化(「10大パートナーシップ行動」)をうたい、「アフリカ大陸自由貿易圏の発展を支援し、アフリカの地域間開発のために物流・金融面で協力を深める」とした。
そして100万人以上の雇用創出やアフリカ産農産物の輸入拡大、緊急食料援助などを約束。また30件のクリーンエネルギープロジェクトを立ち上げる用意があると表明したほか、アフリカ大陸の原子力エネルギー実用化も支援し、電力不足の解消に貢献するとも述べた。そのうえで協力深化に向けて今後3年間で総額507億ドル(約7兆3000億円)規模の資金を融資及び企業による投資として拠出すると表明した。習氏は2018年の北京での首脳会合では600億ドル(約8兆7000億円)規模の資金拠出を表明している。今回金額が減少したのは、中国経済の低迷に加え、「債務の罠」への批判を意識し、債務の焦げ付き生じさせないため事業案件を絞り込んだためと思われる。
また「新時代の全天候型運命共同体の構築に関する北京宣言」と「行動計画(2025〜2027)」の二つの成果文章が採択された。「北京宣言」では、中国とアフリカ諸国の双方が近代化の推進やハイレベルの運命共同体の構築を巡る共通認識を確認し、グローバル統治や、平和、貿易などの分野での協力の決意が表明され、「行動計画」では今後3年間の協力の指針が示された。
中国はアフリカと「利益をともに得る関係」を強調するが、フォーラムは中国主導で進められた。もっとも「債務の罠」問題に加え、アフリカ諸国の側には対中貿易での赤字問題が燻る。2023年の貿易赤字は前年比で46%に拡大。習氏と会談した際、南アフリカのラマポーザ大統領も対中貿易赤字に言及し、中国側に「貿易構造の改善」を求めた。また産業分野で中国は5GやAIなどデジタル分野の協力推進をうたうが、中国の監視技術がアフリカの非民主的な強権国家において市民の権抑圧手段に用いられるのではないかとの懸念も出ている。
さらに近年、海外進出を強める中国は軍事や安全保障の面でもアフリカとの関係を深めつつあり、この点でも注意と警戒が必要だ。今回のフォーラムでも、経済が中心だったアフリカとの関係を安全保障の分野にも拡大させようとの意図が伺えた。習氏は「中国はアフリカが平和と安定を自ら守る能力を高めることを援助したい」と発言。アフリカの軍・警察関係者7千人の育成支援のほか、中国軍との合同軍事演習の実施や約1億3400万ドル(約200億円)規模の無償軍事援助を表明し、安全保障分野の協力拡大を進める方針を示した。
冷戦後、中国とアフリカの間の貿易額と中国の対アフリカ投資額のどちらも著しい伸びを見せ、いまや中国のアフリカでの貿易や投資に占める比率は日本と欧州諸国の合計を上回るまでになったが、それにはFOCAC の存在が大きな役割を果たしてきたといえる。
以下、これまでの経緯も含め中国とアフリカの関係を詳しく見ていこう。
2.中国のアフリカ進出
AA会議と中間地帯論
中国は70年程も前から、アフリカとの関係を重視してきた。権威主義勢力の中で最も古くからアフリカ地域と関わってきた国である。中国とアフリカの交流は中華人民共和国の建国から間もない1955年にインドネシアのバンドンで開かれたアジア・アフリカ(AA)会議に遡ることができる。
これはアジアとアフリカ諸国の首脳が集う初の国際会議で、平和10原則が発表され、反植民地主義・平和共存などの理念が強く打ち出された。建国の当初からアフリカ諸国との外交関係を重要視していた中国の周恩来外相は、インドのネルーやインドネシアのスカルノらとともにこのアジア・アフリカ会議を主導し、東西雪解けの国際情勢の下、米国の封じ込め政策に対抗する平和共存外交を展開し、国際社会に自らの存在を示した。
その後、中国は1950年代後半から60年代にかけて「中間地帯論」を提唱し、米帝国主義と社会主義陣営の間に位置するアフリカなど第三世界諸国を「中間地帯」と規定し、この地域の民族独立、解放闘争に中国が最大限の支援を与える外交方針を打ち出した。
次いで1974 年には「三つの世界論」を提唱した。これは世界の国々を三つの世界に分ける戦略で、アメリカとソ連が第一世界、中国とアフリカ、ラテンアメリカ等の国々が第三世界、その他は第二世界という分け方で、中国とアフリカはともに第三世界の仲間であると主張した。東西冷戦の草刈り場となりつつあったアフリカに着目し、米国でもソ連でもない中国が第三世界のリーダーとしてアフリカ諸国の独立と発展に寄与するとのアピールを行うことで、国際政治における影響力の拡大を狙ったのである。
一帯一路事業と巨額資金の供与
文化大革命の進展で、一時期中国と国際社会の関係は途絶えたが、鄧小平による改革開放路線の下、国家の近代化と資本主義化を推進する過程で、再び中国とアフリカ諸国との経済関係は強まる。
かってアフリカにとって最大の貿易相手はフランスや英国などの旧宗主国や米国であった。しかし、直接投資や融資などを通して中国がアフリカ諸国との経済関係を急速に拡大させ、2009年以降は中国がアフリカにとって最大の貿易相手国となっている。同様に中国からアフリカに対する直接投資残高は20年間で80倍以上に増大した。
現在、アフリカで使用されているスマートフォンはアップルなどの欧米製品ではなくほとんどが安価な中国製である。アフリカのスマホ市場を独占することによって、中国は購買履歴やGPSの位置情報をはじめ、アフリカの人々の行動の情報を入手することが出来る。これが経済や政治的な支配力を確立する有効な手段となっているのだ。
そして習近平政権になるや、中国のアフリカ諸国との関わり合いは広域経済圏構想「一帯一路」政策の重要な柱としてさらに発展拡大した。3年おきに開催のFOCACの場で中国は2015年、18年にいずれも600億ドル(6兆9000億円)の支援を表明するなどアフリカ諸国に対し巨額の融資が行われる。
中国国家開発銀行と中国輸出入銀行が2007〜20年にアフリカのサハラ以南地域のインフラ事業に供与した資金は230億ドルと米国、ドイツ、日本、フランスの開発金融機関による支援額の合計の2倍以上に膨らんだ。また中国のアフリカ向け直接投資は2019年に491億ドルに達し、アフリカの経済成長の20%以上を支えていると言われる。
特にインフラ建設は目覚ましく、例えばアフリカの送電網とエネルギーインフラの3分の1は中国国営企業が資金提供している。「2023年版 中国・アフリカ経済貿易関係報告書」によれば、中国は14年連続してアフリカ最大の貿易パートナーとしての地位を維持しており、一帯一路の事業を軸にアフリカへのインフラ投資で中国は他国に対し大きく先行している。
内政不干渉と緩やかな融資条件が対中依存を加速
中国が2000〜23年に行ったアフリカ向け融資は、49カ国と7つの開発金融機関などを対象に合計約1823億ドル(約27兆円)の巨額に上る。昨年の「中国アフリカ協力フォーラム(FOCAC)」の記者会見で王毅外相は「中国はアフリカの内政に干渉しない。誠実に援助し、いかなる政治的条件も付けない」と強調したが、中国の支援は欧米や世界銀行、国際通貨基金(IMF)、経済協力開発機構(OECD)などが課してきた環境への配慮や安全基準、人権擁護、民主主義の確立などの規制条件や注文を受けずに融資が受けられる。
例えば同じ資金で道路を建設する際、国際機関などが定める基準に従えば10キロ程度しか作れないものが、規制を掛けない中国の場合は簡単に100キロの途を作ってしまう。制約もなく工期も早いことから、アフリカ諸国の側が中国の加発事業を歓迎していることも対中依存を益々強める結果となっている。
その結果、中国はこれまでアフリカで10万キロ近い道路と1万キロを超える鉄道を建設してきたと豪語するなど2国間の貸し手として、特にインフラ投資の分野で圧倒的な存在感を示している。2016年には中国のアフリカ向け融資額は計288億ドル(約4兆2300億円)に達している。さらに中国は一般社会インフラだけでなく、エチオピアの首都アディスアベバにある「アフリカ連合」(AU)の本部ビル建設に資金を提供したほか、アフリカ諸国の大統領府や国会議事堂など政府機関の建物を建設寄付するなどして権威主義政権に接近、取り入ることでアフリカへの浸透を強めている(図表2参照)。
転機の一帯一路事業
だが米ボストン大学のグローバル開発政策センターが、中国のアフリカへの融資はこの2016年をピークに減少傾向にあると指摘しているように、「一帯一路」事業による巨額融資はいまや転機にある。膨れ上がった債務が各国の財政に打撃を与え始め、中国が支援したプロジェクトの多くは期待に応えられなくなってきたのだ。
例えば2014年に中国企業CCECC(中国土木行程集団)はナイジェリアの沿岸鉄道(総延長1385キロ)の建設を受注したが、2018年頃から中国はプロジェクトへの資金提供を遅延させるようになり工事は大幅な遅れが出ている。ウガンダでは、中国からのローンで国際空港の拡張・改修が進められてきたが、ウガンダ政府が工事に関する債務の返済が出来ない場合は、両国間合意に含まれた条項により、空港などを中国側に引き渡すことになる可能性があるとウガンダのメディアが報じ、国内で動揺が起きた。中国と自国間に結ばれた契約への疑念や不安がウガンダ以外でもアフリカ各国で噴出している。
また2020年にザンビアがデフォルト危機に陥ったのを契機に、対アフリカ融資における中国の政策に警戒と監視の目が向かった。その後、ガーナもデフォルトし、さらに他の十数カ国も高い債務リスクに晒されている。特に親中国のアンゴラは、対外債務の3分の1を超える約170億ドルの借入金を中国に負うなど経済の中国依存が深刻な状況となった。こうした厳しい状況はコロナ禍によって一段と悪化。経済基盤が弱いアフリカ諸国の国家財政は大きな打撃を受け、対外債務の返済が厳しくなるケースが続出した。
そして21年11月末にセネガルで開かれたFOCACでは、支援総額は約400億ドル(約5兆9千億円)に急減している。22年には融資総額が10億ドル(約1470億円)にまで落ち込んだ。中国が2023年にアフリカ諸国向けに決定した開発融資は総額約46億ドル(約6700億円)で、コロナ禍のダメージからの回復傾向が見られややもちなおしたが、それでも最盛期のおよそ6分の1だった(図表3参照)。
融資額が減少した理由の一つは、中国経済が減速に向かいアフリカ諸国に貸し出す資金が枯渇し始めたこと、いま一つは、アフリカ各国の債務状況の悪化に伴い、中国から巨額の融資を受けた国が返済できなくなり、借金のカタに港湾や空港、鉄道などの重要なインフラを中国に支配されるという「債務の罠」問題が深刻化したことにある。その実態がメディアなどで取り上げられ、中国に対する警戒感が強まり各国の世論も悪化した。中国の援助は、中国の企業や人材を利用することが前提の「ひも付き」の融資が大半で、地元経済への波及効果乏しいという問題も影響している。
そして中国政府も不良債権化を恐れて新規融資を控えるなど対アフリカ融資の政策姿勢を変化させている。中国外務省の呉鵬アフリカ局長は「今後は各国が進めるプロジェクトの持続可能性や経済面での実行可能性を重視する」と述べており、最大のアフリカ支援国というこれまでの評価やイメージを維持しつつも、一帯一路事業と直結させた大規模インフラ投資は縮小し、アフリカ支援の軸足を中国の国営銀行などによる借款中心の支援から中国企業による直接投資にシフトさせるほか、官民連携の仕組みを利用し、より小規模で採算の取りやすいものへと転換を図る方向に向かっている。またアフリカ輸出入銀行(エジプト・カイロ)やアフリカ金融公社(ナイジェリア・ラゴス)といった国際的な開発金融機関を通じた融資にも力を入れている。中国政府が前面に出ることがないため、融資に伴うリスクや批判を回避できるメリットがある。
ノートルダム大学で中国・アフリカ関係を研究しているジョシュア・アイゼンマン教授は「大口融資に沸き立った時代は終わった。次にやって来るのは、以前ほど大規模でも壮大でもないファイナンスだろう。より収益性の高いものになる」との見方を示している。中国は今後、従来の「重厚長大」から「量より質」を重視する路線にかじを切りつつ、アフリカへの影響力を維持・拡大していく狙いとみられる。中国経済の低迷や、過剰な貸し付けにより相手国への影響を強める「債務の罠」への批判を背景に、習政権は途上国支援の「量から質」への転換を図っているのだ。
地下資源獲得のための巨額融資と環境破壊、新植民地主義の批判
もっとも、社会インフラや開発投資の額は減少しつつも、中国はアフリカ諸国の中でもアンゴラやシェラレオネなど地下資源の豊富な国とは関係を強化し、巨額の投資を続けている。特にアンゴラは中国にとって重要な原油の輸入先で、2000年から2023年までのアフリカ諸国に対する中国の融資総額約1823億ドルの約25%をアンゴラ一国が占めている。西アフリカ・シエラレオネのシェク・バングラ財務相は、中国との関係を「最も重要なパートナーシップ」と語っているが、地下資源の獲得が中国の狙いであることは言うまでもない。
サハラ砂漠南部のサヘル地域に位置する旧フランス植民地のニジェールは、ウランをはじめとする豊富な資源を有しているが、世界で最も開発の遅れた国の一つでもある。ニジェールはロシアと安全保障面での結びつきを強める一方、中国からエネルギー分野へ巨額の投資を受け入れている。中国の国有企業である中国石油天然ガス集団(CNPC)はニジェール政府と生産分与協定を締結、ニジェール国内に石油精製所を建設したほか、ニジェール東部の石油資源を開発するための50億ドル規模の契約を締結するなど中国はニジェールの石油産業の構築において中心的な役割を果たしているのだ。
もっとも、中国による鉱山の保有がアフリカの環境汚染を生み出す温床ともなっている。中国が進めるアフリカ現地の資源開発において、 環境保全や持続可能な開発基準を無視したケースが多いためだ。世界自然保護基金(WWF)も、アフリカにおける中国の資源開発が自然破壊につながると懸念している。
ザンビアは世界有数の銅の産出国だが、中国に40億ドルという巨額の債務を抱えており、その見返りに中国はこの国に銅鉱山を保有している。だが中国は安全規則、環境基準を順守せず、今年2月、鉱山からの廃棄物を貯めたダムが決壊し、推定5000万リットルの廃棄物がカフエ川に流出、100キロ下流にまで被害が広がり野生生物と国民生活の両方が脅かされる深刻な事態になった。
こうした中国の目覚ましいアフリカ進出は欧米諸国に強い脅威感を与え、「新植民地主義」と批判されている。また中国の援助は現地の政府からは歓迎されているものの、ビジネスや社会倫理を無視し、ひたすら自国及びアフリカに移住してきた中国自身の利益追求のみに没頭する姿勢が現地市民からも反発を買っている。援助国の国内状況を考慮しようとしない進出ぶりは、アフリカ諸国民の中国に対するイメージを悪化させていることも事実だ。
武器売却でロシアを凌ぐ中国
中国は、武器売却や軍事訓練を通じてもアフリカ大陸で確実に影響力を拡大している。国際軍事情報大手ジェーンズの分析によると、アフリカ大陸の54カ国のうち7割近くが中国製の装甲車両を保有している。またアフリカ各国の軍用車両で中国からの輸入が全体の約2割を占めており、過去20年に中国によるアフリカ諸国への軍装備売却が、従来アフリカ大陸の武器支援者であったロシアと比べて急増している。
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、2019〜23年のサハラ以南アフリカへの武器輸出の19%を中国が占め、ウクライナ 侵略に伴って武器輸出が大幅に減少したロシア(17%)を抜いて首位になった。特にタンザニア、ナイジェリア、スーダン、カメルーン、ザンビアの5カ国で中国 による対アフリカ武器輸出の 60%を占めている。
昨年9月、エジプトは老朽化したF-16の更新としてJ-10Cの購入契約を中国と結んだ。米国からF-16Vへのアップグレードプログラムが、ロシアからはSu-35が提案されたが、F-16よりも高い制空戦闘能力を有するとして中国製のJ-10C採用に至ったといわれる。正式にJ-10C購入が決まれば、エジプトはパキスタンに次いで2例目の中国戦闘機購入国となる。
また最近では中国によるアフリカ諸国への無人機の供与も増えている。ジェーンズのアナリスト、ディラン・リー・レルク氏は「このトレンドは明らかに拡大傾向にあり、中国は武器売却を駆使した外交を通じて、アフリカ諸国に対する影響力や権力を相当高めている」と話す。アフリカではこれまでロシアから戦闘機の提供を受ける国が多かったが、高額で維持管理が難しいため、中国の安価な無人機購入に切り替える動きが目立っているのだ。
イスラム過激派掃討作戦を続けるナイジェリアなどでは、偵察兼攻撃に使用できるとして中国製無人機を重要視しており、ロイター通信はスーダン国軍と2年近く戦闘を続ける準軍事組織「即応支援部隊」(RSF)も西部ダルフール地方で偵察と攻撃の両用可能な中国製無人機を使用している可能性を報じている。今年1月からのルワンダ系武装勢力による東部占領で7000人以上の死者が出ているコンゴ民主共和国(DRC)も、23年に中国から最新鋭攻撃用無人機9機を購入している。
武器輸出と並行して、中国はアフリカ諸国との軍部間交流も活発化させている。中国が行う軍幹部への教育プログラムにはほぼすべてのアフリカの国から数千人の軍幹部が参加している。また中国は2019 年には中国とアフリカ諸国の軍幹部がアフリカの安全保障について討議する「中国・アフリカ平和安全保障フォーラム」を立ち上げた。警察間の協力・交流も活発で、2018〜2021年の間に2,000人 以上のアフリカ諸国の警察関係職員が中国で訓練を受けているほか、近年では中国の監視技術の提供も行われており、権威主義政権の維持や民主運動弾圧のための手段を提供する形となっている。
「アフリカの角」地域への影響力拡大
さらに中国は海外展開のためアフリカに基地を獲得しようと動くなど現地への進出も視野に入れ、軍事戦略的な影響力の拡大に動いている。中国は2017年に初の海外拠点となる基地をジブチに創設した。ジプチ基地の目的について中国国防省は「平和維持および人道支援活動に使われる」と説明する。しかし欧米諸国は、中国がこの基地を「一帯一路」の拠点とするほか、軍事的影響力を拡大する狙いがあるのではと警戒を強める(図表4参照)。
また中国は2004年以降、国連安全保障理事会常任理事国の中で最大の国連平和維持活動(PKO)部隊派遣国として、アフリカに多数の人民解放軍の兵士を派遣している。2024年1月時点では、アフリカに展開する5つのミッションに対し安保常任理事国中最大の1,425名を派遣している。
さらに中国は最近、戦略的要衝である「アフリカの角」と呼ばれるアフリカ東部地域との関係を深め、米国に対抗する動きを強めている。王毅外相は22年最初の外遊先にこの地域を選び、同年1月初旬、エリトリア、ケニア、コモロを訪問した。王毅外相はケニアのオマモ外相との共同記者会見で、「アフリカの角」の担当特使を任命する方針を表明した。特使の具体的な役割は明らかでないが、王氏が同地域に「必要な支援を提供する」と強調したことから、担当特使を任命してソマリア紛争など地域が抱える問題の解決を支援する方針と思われる。
「アフリカの角」は、地中海とインド洋を結ぶ海上交通の要衝であり、習近平国家主席の掲げる巨大経済圏構想「一帯一路」で中国とヨーロッパを結ぶ海のルート上にも位置している。「アフリカの角」には王氏が訪問したケニアとエリトリアのほか、エチオピア、ソマリア、ジブチが含まれる。エチオピアは地域紛争、ソマリアはイスラム過激派のテロと懸案を抱えている。王氏は「地域の国が安全、発展、統治という三重の難題に対処するのを支援する」と述べ、中国が問題解決に関与する姿勢を強調している。
中国の念頭にあるのが、この地域における米国の動向だ。第一期トランプ政権とは異なり、権威主義諸国のアフリカ進出に危機感を覚えたバイデン政権はアフリカ重視の政策を打ち出すようになったからだ。一昨年10月、バイデン大統領は訪米したケニアのケニヤッタ大統領と直接会談し、新型コロナウイルスのワクチン1700万回分の追加支援を発表。両国が治安対策で協力を強化する考えも強調した。王氏はケニア訪問中、「『アフリカの角』の国や人民は、大国による争奪から脱却し、団結、自強の道を歩むべきだ」と述べ、こうした米国の動きを牽制した。中国が東アフリカへの関与を強め、米国に正面から対抗する姿勢を強めていけば、アフリカでの米中角逐が激化するのは必至だ。
アフリカ西岸に海軍基地建設の動きも
中国がアフリカ西岸に海軍基地を確保するための裏工作を展開しているとの情報もある。アフリカ中部ガボンで23年8月、当時の大統領アリ・ボンゴ氏が米ホワイトハウス高官に驚くべき事実を打ち明けた。同国大西洋岸への中国軍の駐留を認めるとボンゴ氏が習近平国家主席に秘密裏に約束していたというのだ。国家安全保障担当のジョン・ファイナー米大統領副補佐官は驚き、申し出を撤回するようボンゴ氏に迫ったという。米国は大西洋を戦略上の前庭と位置付けており、そこに中国が恒久的な軍事施設—特に再軍備や軍艦の修理が可能な海軍基地—を置くことは米国の安全保障にとって深刻な脅威になると受け止めているからだ。その後、ボンゴ氏は大統領警護隊によって大統領の座を追われたが、米国は中国の申し入れを拒否するよう軍事政権の説得に動いている。
米国は中国がアフリカの赤道ギニアで軍事拠点を設けようとしていることにも警戒を強めており、大西洋に面したアフリカ諸国の指導者に対し中国人民解放軍の海軍に大西洋の港を使わせないように説得を続けている。米政府当局者によれば、これまでのところ大西洋沿いのアフリカの国で中国と合意を結んだ国はないというが、中国企業は2000年以降、アフリカ西部のモーリタニアからインド洋に面するケニアまでアフリカに約100の商業港を建設した実績を持っており、今後の中国の動向には注意を要する。
3.ロシア
プーチン政権下再びアフリカに進出
中国の後を追うように、近年アフリカ諸国に急接近の動きを見せているのがロシアである。もっとも、冷戦期にソ連はアフリカで米国を凌ぐ程の影響力を誇示していた。この国がアフリカと決して無縁だったわけではない。ソ連時代から伝統的に友好的な関係にある国は多い。例えばアンゴラは内戦の当時、ソ連の援助を受けており、現在もロシアとの繋がりは強い。また南アフリカでは1990年代まで続いたアパルトヘイト(人種隔離)の時期、反対闘争を続ける黒人組織「アフリカ民族会議」(ANC)にソ連は軍事訓練をするなどの支援をしていた。アパルトヘイト後に政権に就いたANCはロシアとの関係を重視しており、ロシアのウクライナ侵攻に対しても表立った批判は控えている。
ソ連が崩壊したことでアフリカ進出の勢いは衰えたが、プーチン政権の下で再びロシアはアフリカ進出を加速させるようになった。米中が影響力拡大のレースを繰り広げるアフリカに、ロシアが割って入ろうとしているのだ。その狼煙ともなったのが2019年10月、アフリカ54カ国の首脳を招きロシアの保養地ソチで開かれた国際会議「ロシア・アフリカサミット」だった。
アフリカ進出を加速させる狙い
ロシアにとって、グローバルサウスの中核をなすアフリカ諸国と良好な関係を築くことは自らの影響力を拡大させるうえで、また欧米に対抗し世界の多極化を促すうえでも極めて重要な政策である。この点は中国とも共通だ。それに加えロシアの場合、ウクライナへの侵略以降、強まる国際的な孤立を打破するとともに、ロシアを非難する国連の決議成立を阻むためにも国連で多数を占めるアフリカ諸国を味方につける必要があるのだ。
そうしたロシアの思惑は国連の場でかなりの効果を上げている。ウクライナ侵略開始直後の2022年3月、国連総会で露軍の即時撤退を求める決議が採択された際には、アフリカ54カ国のうち25カ国が棄権や欠席に回り、1カ国が反対票を投じた。ウクライナ情勢を巡って国連総会が採択した六つのロシア非難決議に対し、アフリカ諸国の中で一貫して賛成したのはリベリアなど5カ国に留まった。またロシアの国連人権理事会での資格停止を求める決議(22年4月)と侵略への賠償を推進する決議(22年11月)では、アフリカ諸国の6割超がいずれも棄権や無投票をしている。
こうした効果を狙って、ロシアはアフリカへの外交攻勢を続けている。2023年5〜6月には、南アフリカ共和国のケープタウンで開催されるBRICS外相会議を前に、ラブロフ外相がケニア、ブルンジ、モザンビークを訪問した。2023年に入って2回目のラブロフ外相のアフリカ訪問で、ケニアと新たな通商協定を締結するなど貿易・投資など経済面での協力を強化することで各国と一致したほか、モザンビークとは軍事技術協定に関する会合を再開させるなど安全保障面でも引き続き連携していくとした。
ラブロフ外相のアフリカ歴訪中の5月31日には、エリトリアのイサイアス・アフェウェルキ大統領がロシアを訪問し、ウラジーミル・プーチン大統領と会談。エリトリアは国連のロシア非難決議に反対しているアフリカ2カ国のうちの一つで、1月にはラブロフ外相が同国を訪問していた。ラブロフ外相のアフリカ訪問の直後には、アフリカ7カ国の代表団がロシアを訪問し、プーチン大統領と会談した。
7月にはロシアのサンクトペテルブルクで、2回目となる「ロシア・アフリカサミット」が開催され、政治や安全保障、アフリカへの穀物供給など多岐にわたる協力で一致した。会議の成果として首脳会議宣言のほかに、宇宙での軍拡競争防止、国際情報セキュリティー分野の協力、テロとの闘いでの協力強化に関する宣言、2026年までのロシア・アフリカ間パートナーシップの行動計画が採択された。プーチン大統領は会議後の記者会見で、アフリカ諸国に対して12億ルーブル(約18億円)規模の感染症対策支援プログラムを開始すると発表した。
プーチン大統領は穀物輸出についても言及した。2022年のロシアからアフリカへの穀物の供給量が1,150万トンに上り、2023年は上半期だけで1,000万トン近くになったと強調。加えて、今後3〜4カ月の間にアフリカの6カ国にそれぞれ2万5,000トンから5万トンの穀物を無償で提供する準備があるとも表明し、ロシアがアフリカに対して農産物を供給し続けることをアピールした。またロシア国営原子力会社ロスアトムは平和的利用のため、原子力エネルギー分野の協力発展に関する合意文書をエチオピアと署名している。
2024年に入っても、1月にはプーチン大統領の招きでチャドのマハマト・イドリス・デビ暫定大統領が訪露。6月にはラブロフ外相がコンゴ共和国、ギニア、チャド、ブルキナファソの4か国を歴訪、ブルキナファソではイブライム・トラオレ暫定大統領と会談し「軍事製品の供給を追加し、軍事指導員を増派する。ロシアの協力でテロリストは撲滅する」と協力姿勢を強調した。政情不安の国に軍事協力する代わりに鉱物資源の利権を得るのが狙いだ。ユヌスベク・エフクロフ露国防次官も5月末から6月にかけてクーデターや内戦を経て軍事政権が誕生したリビア、マリ、ニジェールを訪問するなど引き続きロシアはアフリカ諸国との関係を重視している。
軍事力の提供で地下資源を獲得
2014年のクリミア半島併合以後、ロシアはウクライナを侵略したことで経済制裁を科せられている。そのためアフリカ諸国に豊富に存在する天然資源を獲得し、それをウクライナ戦争継続のための資金に充てる思惑もあってアフリカ諸国に接近している(図表5参照)。中国のように十分な経済力を提供できないことから、ロシアは専ら軍事力をアフリカ諸国に提供し、秩序の維持や強権的な軍部政権に反対する民主派の弾圧、さらにイスラム過激派勢力の掃討に協力、その見返りに天然資源を獲得している。
アフリカでは2020年頃から各国でクーデターが多発している(図表6参照)。その背景には、コロナ感染の拡大や旱魃などの自然災害、イスラム過激派のテロなどによる生活環境の急激な悪化が挙げられる。そうした現地の状況を奇貨とし、ロシアは2015年以降アフリカ諸国に接近、20以上の軍事協力協定を締結し、各国政府の要請に基づき部隊を派遣、秩序の維持や兵員の訓練などを担当するようになった。
最近では、傭兵部隊のワグネルを活用するケースも増えていた。ワグネルは現地政府との契約に基づき、事実上露軍の代役として、アフリカ各地で治安維持だけでなくイスラム過激派の掃討作戦、鉱山など重要施設の警備などの任務にあたった。2021年末までに17カ国、アフリカ大陸の約3分の1の国でワグネルの活動が確認されている(図表7参照)。
クーデターで軍部が政権を掌握した強権的な国々にとって、欧米諸国と違い人権保障や民主政などの価値観を強制しないロシアとは交渉を進めやすい。また安全保障協力を前面に出すロシアのアプローチは、自国の企業や商船を警備するためにジブチに基地を構えながら、アフリカでのテロ対策には直接関わろうとはしない中国よりも魅力的に映るのだ。
ワグネルの指導者エフゲニー・プリコジンが2023年に死去した後、ロシアはワグネルに代わり軍傘下の準軍事組織「アフリカ部隊」をアフリカに展開させている。アフリカ部隊とは、23年6月にプリコジンがロシアで反乱を起こし、ワグネルが事実上解体された際、そのアフリカ利権を継承した組織である。構成員の多くはワグネルの元メンバーであり、ワグネルのブランドを変えただけの存在といえる。
アフリカ部隊は既にマリやブルキナファソなどに進出し、ロシアの影響力確保に貢献している。プーチン政権はプリゴジン反乱の反省から、アフリカ部隊にはワグネルのような自由な活動を許さず、国防省の傘下部隊として国家の管理・統制の下で使おうとしている。
サヘル地域への接近
中国と同様に、ロシアも西欧諸国と違って植民地支配という「負の遺産」がない。そのことがロシアのアフリカへの進出、浸透を行い易くしているが、近年特に進出が顕著なのがアフリカの中でも貧困国や小国が目立つサヘルと呼ばれる西アフリカ地域だ(図表8参照)。
かってフランスの植民地だったサヘル諸国は、近年気候変動によって砂漠化が進んでいる。また国際テロ組織のアルカイダや過激派組織「イスラム国(IS)」などの活動が拡大し、さらに新型コロナウイルス流行で職を失った若者がテロリストとしてリクルートされるなど治安や社会情勢の著しい悪化で国民の政治に対する不満が高まり、2020年以降、7件の軍事クーデターが発生している。そのうちニジェールとマリ、ブルキナファソの3カ国の軍事政権はいずれも旧宗主国であるフランスの軍隊や米軍の撤退を要求し、代わってロシアに軍事支援を求めたことから、ワグネルやアフリカ部隊が駐留し軍政の中枢に入り込んでいる。詳しく見ていこう。
2023年7月26日、ニジェールではアブドゥハーマン・チアニ大統領警護隊長がクーデターを起こし、親欧米派のモハメド・バズム大統領を追放した。ニジェールでは宗主国フランスへの反感が強く、クーデター後に首都ニアメーのフランス大使館が暴徒に襲撃されるなど治安が極度に悪化した。そのためマクロン仏大統領はテロ対策のために駐留させていた約1500人のフランス軍を撤退させることを9月に表明し、12月に引き上げを終えた。
ニジェールには米軍も駐留していた。23年夏にクーデターが起こる以前、ニジェールはアフリカにおける民主主義新興努力の象徴で、米国の反テロ戦略の拠点でもあったからだ。米国はニジェールに約1億ドル(約150億円)を投じ、砂漠地帯にドローン基地を設置し、約千人を駐留させていた。だが軍事政権は24年3月、米国との軍事協定を一方的に破棄し、テロ対策の名目で国内に駐留していた米軍の撤収を求めた。そのため仏軍に続いて24年4月20日、千人の米軍は全て撤退を終えた。
隣国のマリやブルキナファソでも、軍事クーデターが起きている。マリでは2020年8月に軍部が反乱し、民主的に選ばれたケイタ大統領を追放し、ゴイタ大佐が21年5月に大統領に就任した。ブルキナファソでは22年1月に軍事クーデターでカボレ大統領が失脚。この2ヵ国からも仏軍は撤退に追い込まれている。それと入れ替わるように、 ニジェールやマリ、ブルキナファソにロシアがワグネルなどの武装組織を送りこんでおり、クーデターで誕生した軍事政権の下でロシアの影響力が強まっている。
ニジェールはウランの有数な産出国で、EUが輸入しているウランの約24%を占める最大の供給国だ。またマリやブルキナファソとともに金の産出国でもある。ロシアは軍事支援の見返りに、この3か国からこうした天然資源を入手している。米バード大学のウォルター・ラッセル・ミード教授も次のように述べている。
「リビアから南アフリカまで、プーチンは米国と西側の失敗に乗じ鉱物資源を手に入れ、西側の安全保障計画を複雑化し、制裁破りの能力を高めている。ワグネルは英国の東インド会社以来最も成功した半官半民の傭兵会社で、フランスへの広範な憎しみと西側が支援する政府が弱体なことに乗じてきた。彼らは、金、ダイヤモンド、その他の鉱物資源で富を築き、本国のパトロンに供給してきた」。
ニジェール、マリ、ブルキナファソ三国の軍事政権はサヘル諸国連合(AES)を形成し、24年1月には地域の経済統合を進める「西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)」からの脱退を表明した。この動きの背後にはロシアの存在があるといわれる。ECOWASは3カ国に対し脱退決定を見直すよう繰り返し求めてきたが、今年1月に正式に3か国の離脱が決定した。
また最近、ナイジェリアやニジェール、マリなどではデモの際にロシアの国旗を振る参加者が急増している(図表9参照)。何者かがロシアの国旗を大量に発注、配布しており、ナイジェリアでのデモの際には、露国旗を映しながら「旗を持って出かけよ」と呼びかける動画がSNSで拡散している。政情不安を利用してロシアが宣伝戦を活発化させ、影響力の拡大に動いているものと思われる。
スーダン内戦への介入:ロシア・ウクライナ代理戦争の様相も
サヘル地域に加え、ロシアはスーダンにも触手を伸ばしている。スーダンでは2019年4月に政府軍がバシル大統領を解任。独裁政権が倒れ、同年9月には軍と民主化勢力が共同して暫定政権を樹立した。2021年10月、軍がクーデターで権力を掌握し民主化勢力を排除したが、2022年12月には軍と民主化勢力が民政への移行で合意する。ところが23年4月、ブルハン将軍率いるスーダン政府軍(SAF)とタガロ司令官の率いる準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」が衝突し、戦闘は全土に拡大した。
即応支援部隊(RSF)は「ジャンジャウィード」と呼ばれた民兵組織をその前身とする。2003年にスーダン西部でダルフール紛争が起きた際、当時のバシル政権が反対派を弾圧するためにジャンジャウィードを全面的に支援し、2008年にはジャンジャウィードの指導者ムーサー・ヒラールを大統領特別顧問に任命している。その後、2013年に反政府勢力との戦闘のためジャンジャウィードから即応支援部隊(RSF)が結成された。RSFは準軍事組織として軍の傘下に入り、10万人が所属、各地に基地を持つなど大きな影響力を持ち続けている。23年に内戦が起きた原因は、民政移管に向け軍事組織の統合を巡ってSAFとRSFが主導権争いを演じたことにあるが、人種問題も絡んでいた。SAFは主にアラブ人からなるのに対し、RSFは大部分が黒人イスラム教徒である。
24年8月にはスイスで米国主導による停戦協議が行われたが、SAF側が欠席したため成果は得られなかった。紛争が長引いているのは、SAFとRSの力が拮抗し勢力圏が入り乱れていることや、外部勢力が関与しているためだ。エジプト、トルコやイラン、カタール、さらに中国などはSAFを、アラブ首長国連邦はRSFを支援している。金の埋蔵量が豊富な地域を掌握しているRSFはSAFから譲り受けた金などの鉱山採掘権を他国に譲渡、その代価で国民のための食糧ではなく自分たちが必要とする武器を購入している。
欧米諸国からの経済制裁に苦しむロシアは、ウクライナ戦争の資金を捻出するため、ワグネルを通して当初RSFに地対空ミサイル等を供給するとともに金鉱山ビジネスで提携している。しかし最近ではポートスーダンに拠点を移したSAFにも接近、苦境にあるSAFの指導部と手を組み数十億ドル相当の金を持ち出し、引き換えにワグネルやアフリカ部隊を送り込み、SAFの指導部が民主化運動を暴力で制圧するのを手助けしている。
紅海沿岸で基地を確保することもロシアがスーダンに介入する目的の一つになっているのだ。今年2月、スーダンのユセフ外相はモスクワでロシアのラブロフ外相と会談、スーダンでの露海軍基地設置計画について「相互理解に達した」と語った。ポートスーダンにロシアが拠点を建設することと引き換えに、SAFに燃料や武器を供給することで合意したと伝えられる。計画では基地は修理や補給など後方支援の拠点と位置付けられ、露軍の艦船4隻が停泊できるものになるという。
アサド政権の崩壊で、ロシアはシリア国内のフメイミム航空基地が使用できなくなった。同基地はロシアがシリア内戦に介入した直後の2015年にロシアの航空宇宙軍が建設したもので、複数の滑走路を有し、約50機の戦闘機と軍用ヘリ、さらに大型輸送機や戦略爆撃機の離発着も可能で、ロシアが中東やアフリカにワグネルや露軍を派遣するための中継拠点として活用されてきた。このフメイミム基地を失ったロシアは代替基地の確保に迫られている。紅海沿岸に軍事施設を建てることでスーダンと合意したのもその一環だが、このほかにもロシアは、治安対策支援と引き換えに中央アフリカに軍事拠点を確保する動きを見せており、リビアでも軍事基地の近代化を進めている。
一方、ロシアの軍資金獲得を阻むため、ウクライナもアフリカに部隊を送り込みワグネルやアフリカ部隊と戦うなどスーダンの内戦はロシアとウクライナの代理戦争の様相も呈している。24年11月、国連安全保障理事会はスーダン内戦における民間人の保護と敵対行為の停止を呼びかける決議案の採決を行った。安保理全15理事国のうち米中を含む14カ国が決議案に賛成したが、ロシアが拒否権を行使したため決議案は否決された。議長を務める英国のラミー外相は「平和の敵になっている」と激しい口調でロシアを非難した。
今年4月で内戦から2年目を迎えたスーダンでは、政府軍が首都ハルツームの奪還を宣言するなど攻勢を強めているが、未だに和解や戦闘終結の見通しは立っていない。これまでに2万8,000人以上が死亡し、1,200万人以上が家を追われ、民間人の犠牲はいまも増え続けている。加えて今年3月末、スーダンの南、2011年に独立した南スーダンでマシャール副大統領がキール大統領派の勢力に拘束されたことから両派が衝突、新たな内戦の危機も生まれている。
スーダンの内戦が長期化すると、紛争や無政府状況がサヘルやアフリカの角など周辺地域に拡大し、より大量の難民や避難民が発生する危険が高まる。この地域がテロリストの巣窟となる恐れもある。さらには紅海における情勢の不安定化からスエズ運河が機能不全に陥り、世界貿易に影響が及ぶことも懸念される。そうならぬようにするためにはロシアなど域外国の介入を排除するとともに、紛争当事者間の調停・仲介に動き、紛争の鎮静化を急ぐ必要がある。
近年アフリカでは、中国やロシアに加えてトルコの動きも目立っている。トルコは2005年を「トルコにおけるアフリカ年」として以来、中東・中央アジアに続く新興市場としてアフリカを重視し、在アフリカ大使館を4倍に増やしたほか、自由貿易協定(FTA)をチュニジア、モロッコ、エジプト、モーリシャス、ガーナと、その他の2国間協力協定をアフリカ45カ国と締結している。
そして建設大手ヤプメルケジをはじめトルコの企業はアフリカ各国から鉄道の敷設や工場建設などの大型プロジェクトを相次いで受注している。国際コントラクターの企業数でトルコは中国に次ぐ世界第2位となるなどアフリカでの存在感を急速に増しているのだ。地理的にアフリカに近いうえ、植民地支配の歴史を持たず、さらに北アフリカでは同じイスラム教徒ということがこの国の強みになっている。トルコの動向にも注意が必要だ。
4.総括
本年1・2月のマンスリーレポートで見たように、ウクライナとの戦争では優位に立つロシアだが、旧ソ連圏など周辺諸国との関係は決して良好なものではない。表立ってロシア批判に出る国は少ないものの、それはプーチン大統領の強権を恐れ表面上服従しているに過ぎない。ロシアにとって友好国や真の同盟国は不在である。
一方の中国は、一つの中国を掲げ台湾に軍事的な威嚇を強めるほか、南シナ海の島嶼を不法に占拠拡大し基地を建設するなどの行動に出て、フィリピンなど周辺諸国との対立が強まっている。さらにインドとも国境紛争を繰り返しているほか、北朝鮮とは表面上は“友誼の関係”を演出しているものの真に友好的な関係は築かれていない。平和外交を標榜しつつも、その攻勢膨張的な政策によってロシアと同様、中国も周辺諸国との間に信頼に基づく安定的な関係を築くことが出来ていない。
その反面、中露両国は遠隔のアフリカ地域に対しては、内政不干渉の原則を掲げ軍部独裁の強権主義諸国の非民主的な統治の実態には目をつむり、経済・軍事的な支援を提供することで関係を深め、アフリカでの影響力の拡大に腐心している。まさに遠交近攻政策である。
現在、世界の目や関心はともすれば中東やウクライナの紛争、それに台湾海峡に集中しがちだが、アフリカ地域の厳しい現況を見落としてはいけない。アフリカの情勢にも注意と関心を払い、紛争の解決と政治の安定・民主化、それに開発のための経済や技術、さらに人的な支援を積極化させていく必要がある。そうしなければ世界で最も成長力があり、かつグローバルサウスの中心でもあるアフリカは早晩権威主義諸国の勢力圏に取り込まれてしまうことになろう。
(2025年4月23日、平和政策研究所上席研究員 西川佳秀)