中国は「トランプ2.0」とどう向き合うのか?

中国は「トランプ2.0」とどう向き合うのか?

 2024年11月6日に行われたアメリカ大統領選挙では、共和党のドナルド・トランプ候補が民主党のカマラ・ハリス候補を破り、第47代大統領に選出された。同時に行われた議員選挙でも共和党は上院と下院を制圧し、いわゆる「トランプ帝国」と称される政治体制が形成された。トランプの再選は、国際社会はもちろん、中国にも極めて重大な影響を及ぼすことは言うまでもない。中国はトランプの再選を含む大統領選挙について、一年以上前から多様な研究や分析を行っており、どの候補者が大統領に就任しても対中強硬政策に大きな変化はないとの結論に達している。トランプは引き続き「アメリカ第一主義」、「貿易保護主義」、さらには「温暖化対策からの撤退」といった政策を推進する意向を示しており、これらの政策は対中国政策とは異なる方向性を示しており、ある意味で中国にとって危機であると同時に新たなチャンスでもある。中国はこれまでと全く異なる混合戦略で対米対策を模索している。

1.グローバル影響力の拡大を模索

 トランプの「アメリカ第一主義」は、中国にとって新たな機会を提供する可能性がある。トランプ2.0の下で、選択的介入や貿易優先主義が実施される場合、同盟国や友好国との対中政策において摩擦が生じることが考えられる。このような状況は、反中連携に亀裂をもたらし、中国の国際的影響力を強化する機会を拡大することを示唆している。言い換えれば、バイデン政権が推進してきたAUKUSやQuadなどの国際協力体制の結束力は、トランプ政権の復活によってその影響力が低下することが避けられないと予測される。これは、アメリカの同盟国や協力国、さらにはEU諸国と中国との関係において亀裂が生じる可能性を示している。中国はこの状況を巧みに活用し、日本やEU諸国との経済交流を拡大し、各国との関係の修復や反中連携の亀裂を模索するであろう。
 習近平体制の三期目以降、中国は「グローバル・サウス」との協力を強化するだけでなく、「グローバル発展構想(GDI)」、「グローバル安全保障構想(GSI)」、「グローバル文明構想(GCI)」、「グローバル人工知能ガバナンスイニシアチブ(GAI)」などの新たな国際的枠組みを次々と設立している。この動きは、将来的な「トランプ再登場」を見据えたグローバル影響力の拡大の機会と捉えられている。そのため、中国は「一帯一路」参加国やアフリカ諸国、南米諸国などへの経済支援を継続しつつ、BRICSや周辺諸国との関係を改善し、これらの国々との経済交流を拡大することで影響力を強化し、「トランプ2.0」政権による経済的衝撃を緩和する意図を明確にしている。

2.戦略的デカップリングへの対抗策

 トランプ大統領は第2期政権の米国貿易代表部(USTR)代表にジェイミソン・リー・グリアを指名した。グリアは対中強硬派としての評価が高く、2017年5月から約3年間、ロバート・ライトハイザーの下でUSTR代表の秘書室長を務めた人物である。彼はトランプ2.0の中でライトハイザーの政策を引き継ぐ重要な役割を担うと見なされており、この人事はEUを中心とした米国の同盟国やパートナー国との関係において共鳴してきた「選択的デカップリング(derisking)」から、中国により攻撃的な「戦略的デカップリング」への移行を示唆している。この変化は他国にも影響を及ぼし、中国経済に深刻な影響を与える可能性が高いと考えられる。トランプ2.0は、中国に対して60%の高関税を課すとともに、最恵国待遇の撤回、サプライチェーンの断絶、さらにはメキシコなどの中間国を経由した輸出の制限といった厳しい措置を発表した。労働力の減少、不動産市場の不振、西側諸国による輸出規制などの要因が重なることで、既に低迷している中国経済はさらに困難な状況に直面する懸念がある。ゴールドマン・サックスおよびUBSグループの見解によれば、トランプ2.0が60%の関税を導入した場合、中国の実質GDP成長率は約2.5%から2.0%に減少する可能性がある。トランプは大統領選挙において米国のインフレ抑制を目指す意向を示し、法人税の引き下げを含む減税政策を推進する考えを表明しているが、これらの政策が対中政策に与える影響やその実施方法については依然として不明確である。
 中国はトランプ2.0の政策変更に対して異なる対応策を準備していると考えられ、具体的には米国製品に対する報復関税、ガリウムやゲルマニウムなどの希少金属、グラファイトを含む重要資源や鉱物の輸出制限、さらには人民元の切り下げ措置が挙げられる。2023年12月2日、バイデン政権は第三次対中半導体輸出規制を発表した。これに対抗する形で中国も戦略物資の輸出規制を導入することを発表した。中国は自国の安全保障を重視し、産業及び軍事用途に利用される二重用途の戦略物資の輸出禁止を検討している。特に、半導体材料として重要なガリウム、ゲルマニウム、アンチモンなどの戦略的鉱物資源の米国への輸出禁止が含まれており、ガリウムは次世代半導体や電気自動車に、ゲルマニウムは夜間視覚装置や人工衛星用の太陽電池に不可欠な素材である。
 このように、米国に対する戦略物資の武器化が再び顕在化している。米国地質調査局のデータによれば、中国は世界のガリウム供給の98%、ゲルマニウム供給の68%以上を占めており、米国の先端技術製品に必要な戦略物資の約60%が中国からの輸入に依存している。さらに、中国がガリウムとゲルマニウムの輸出を制限した場合、米国の国内総生産(GDP)は31億ドル以上の減少が予測される。このような経済的緊張は、今後の国際関係において重要な影響を及ぼすと考えられる。

3.反中連帯の分断を探る

 中国はトランプ2.0以降、アメリカからの圧力を緩和しつつ、自国経済の回復に向けた戦略を真剣に検討している。その一環として、日本、韓国、オーストラリアなどの東アジア諸国との関係を強化し、緊密な協力体制の構築を目指している。2024年5月に開催された日中韓首脳会議では、二国間および三国間の会談を通じて、経済協力や民間交流の重要性が強調された。さらに、2024年6月には中韓2+2外交安全保障会議、7月には中日外交次官戦略対話、9月には日中韓観光文化大臣会議が相次いで開催された。また、11月には日韓両国に対するビザ免除措置が実施され、同月にペルーで開催されたAPECでは、日中、中韓首脳会談を行い、関係改善を図る方針が示された。トランプ氏は大統領選挙で全ての輸入品に対して10〜20%の関税を課す意向を示しており、この方針によりトランプ2.0の貿易保護主義に対する懸念が急速に高まっている。中国はこの状況を逆手に取り、アメリカの貿易保護主義に対抗するため、日中韓自由貿易協定(FTA)、中韓FTA、地域的経済連携協定(RCEP)などを活用し、積極的に二国間、多国間の経済協力を推進しようとしている。さらに、中国はグローバルサプライチェーンや先端技術分野での協力を重視し、アメリカからの圧力に屈することなくその方針を堅持する意向を示している。

4.中印関係改善の波及効果

 2023年12月18日、王毅外交部長とインドの国家安全保障顧問アジト・ドバルは北京で第23回国境問題特別会談を行った。この会談は2019年以来5年ぶりの開催であり、国境管理や人文交流に関する六つの合意が発表された。中印両国は約3,500kmに及ぶ国境線について未確定の状態が続いており、特に2020年のガルワン渓谷での武力衝突以降、両国の関係は著しく悪化している。インドは中国からの投資制限や輸入規制を含む制裁措置を講じ、アメリカとの安全保障協力を強化している。1962年の国境戦争以降、インドは地理的に有利な占領地を拡大してきたが、2010年代に入ると中国が経済力と軍事力を強化し、両国の対立は一層激化した。特に2020年以降、中国の攻勢が強まった結果、インドの地域自治権の剥奪が対立の一因とされている。2022年9月までに武力衝突が発生した6つの地点のうち、4つの地点では緩衝地域が設けられ、軍の撤退が実施された。しかし、残りの2つの地点は依然として解決を見ていない。2023年10月には、インド外務省が対立解消に向けた合意に達したことを発表した。合意の詳細は公開されていないが、緩衝地域の設置やパトロールによる衝突の回避が含まれていると考えられている。
 同年10月23日、上海協力機構の首脳会議において、習近平国家主席とモディ首相は中印関係の正常化を宣言した。インドは中国との関係悪化により、投資の減少や供給不足といった影響を受けており、経済界からは関係改善を求める声が高まっている。また、安全保障の観点から、インドとアメリカとの関係に不確実性が増しているため、中国との対立を避ける方針が採られている。中印関係の改善は、BRICSや上海協力機構の結束を強化し、共同で対米関係を模索する上で重要な要素となる。

5.台湾問題への強硬姿勢

 トランプ2.0の台湾に対するアメリカ関与の減少に関する報道が続いている。トランプ大統領は選挙期間中に「台湾はアメリカに防衛費を支払うべきだ」との見解を示し、この発言は台湾を含む多く国からの反発を引き起こした。この発言は、台湾の防衛費負担に関するアメリカと台湾の意見の相違を明らかにし、半導体産業や軍事支援に関する対立を生じさせている。トランプ2.0の実利追求の姿勢は、台湾への武器販売の拡大を示唆する一方で、米台関係の弱体化も懸念される。これは、バイデン政権下の米台関係と比較して、より顕著な変化をもたらす可能性が高い。このようなアメリカの関与の減少は、中国にとって台湾の民進党政権の独立志向が弱まる契機と捉えられる。結果として、台湾に対する軍事的、外交的圧力が強化され、心理戦も同時に展開されるだろう。特に、台湾内部の不安を煽り、対米関係の悪化を促進しようとする動きが見られる。また、国際社会における台湾問題に関する世論戦を展開し、両岸関係における優位性を確保しようとする試みも観察される。トランプ2.0下での台湾に対するアメリカの関与の変化は、地域の安全保障や国際関係において重要な影響を及ぼす要因となることが予想され、今後の動向に注目が必要である。

6.慎重に管理する北朝鮮問題

 2023年11月にペルーで開催された米中首脳会談において、習近平国家主席はバイデン大統領に対し、「朝鮮半島問題は中国の核心的利益である」と明言した。この発言は、バイデン政権が推進するインド太平洋戦略の強化や、北朝鮮に対する圧力の増大、経済制裁の厳格化、韓国の強硬な政策、さらには日米韓の共同軍事演習など、北朝鮮を取り巻く状況が一層厳しくなっていることを反映している。北朝鮮もこのような厳しい状況に強く反発し、金正恩は2023年9月9日の建国記念日演説で「核兵器の開発数増強」を指示した。特に近年、北朝鮮はロシアから先進的な軍事技術の支援を受け、核弾頭の小型化や軽量化を急速に進めていることが明らかになっており、ミサイルや新型放射砲の性能、核物質の生産手段、指揮・統制能力、戦闘能力、及び実戦配備能力が大幅に向上している。中国にとって、朝鮮半島での緊急事態は政治的、経済的、社会的に深刻な影響を及ぼし、東アジア地域における戦争のリスクを高めることを示唆している。このような最悪の事態を未然に防ぐため、中国は北朝鮮に対し「朝鮮半島での軍事衝突に反対」「朝鮮半島の核武装に反対」「北朝鮮の核実験に反対」といったメッセージを発信する一方で、韓国に対しては「安定した関係」の模索を通じた関係改善の意向を示し、北朝鮮との距離を置く姿勢を明確にした。中国にとって朝鮮半島は既に「核心的利益」と位置付けられており、朝鮮半島への関与は必要不可欠である。国家利益を実現するためには、北朝鮮に対し国連制裁を維持しつつ、圧力も強化するだろう。また、北朝鮮と韓国との関係を適切に管理するための努力も並行して行われるだろう。

7.戦略的要衝地の「新第一列島線」の確保

 2023年10月1日、中国は建国75周年を迎えたこの日、中国海警局の梅山号と秀山号を含む四隻の船舶が北太平洋のアラスカ近海でロシアとの合同海警訓練を完了し、その後北極海に進出したと、香港の『サウスチャイナモーニングポスト』(SCMP)が報じている。中国海警は2018年に国家海洋局から中央軍事委員会に移管された。この組織の再編成により、中国海警は世界最大級の海上法執行機関の一つとしての地位を確立した。今回の活動を通じて、中国海警は海上作戦の範囲を拡大し、未知の海域での任務遂行能力を試験した。これは国際及び地域の海洋ガバナンスへの積極的な関与を示すものである。中国が海上警察を派遣した背景には、政治的に敏感な地域での活動において、法執行船が軍艦よりも挑発的でないと見なされるという理由がある。また、「新第一列島線の突破」という戦略的な目標が重要視されている。この「新第一列島線」は、従来の第一列島線(日本、沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオ島を結ぶ)および第二列島線(伊豆諸島からグアム、パプアニューギニアに至る)に基づいている。この概念は1980年代に中国人民解放軍海軍の司令官であった劉華清将軍によって提唱され、台湾有事の際にアメリカの増援を阻止するための軍事戦略である接近阻止・領域拒否(Anti-Access/Area Denial, A2/AD )として位置づけられている。
 最近、中国とフィリピン海警の衝突地点や日米韓の海警連携訓練地点、クワッドの影響圏を結ぶことで、冷戦時代の第一列島線および第二列島線に類似した新たな戦略的ラインが形成されつつある。この新たなラインは、中国が主張する「新第一列島線」に該当し、海軍から海警への移行は、アメリカが周辺国と連携し、中国の海洋影響力の拡大を抑制する意図で新たな封鎖線を構築したとの見解が存在する。「新第一列島線の突破」による北極航路の成功は、ロシアとの共同での軍事基地の拡充を通じて北極海上航路の安全性を確保し、対米防衛力を強化することを目的としている。中露両国は北極航路の確保を通じて、北極問題の解決における主導的な役割を果たし、北極における権威体制を確立するための戦略的行動を展開し、国際社会における影響力を一層強化することになるだろう。

結びに代えて

 2025年は、中国にとって国内外の多様な課題に直面する重要な年である。まず、今年は「第14次5か年計画」の最終年であり、目標達成に向けて政策を集中させる必要がある。この計画には、半導体などの核心技術の研究開発や内需比率の60%拡大、エネルギー転換などが含まれている。また、新たな5か年計画の策定も行われており、2029年の建国80周年に向けた目標が示されている。習近平主席は、12月31日の新年の挨拶において「今年の改革、発展、安定に関する課題は非常に厳しい」と述べ、国内外の厳しい環境を示唆しつつ、5か年計画を克服し、完全に達成する自信を強調した。
 特に、昨年11月の米中首脳会談において習近平主席はバイデン大統領に対し、「台湾、民主主義と人権、中国の進路と体制、発展の権利」といったいわゆる四つのレッドラインを明確に示した。トランプ政権もこれを認識しているが、同政権に対する不確定要素が多く、対応策の模索が行われている。習主席は党内の指導力を強化し、米国との競争に対して慎重かつ適切な戦略を講じるであろう。経済リスクの軽減と社会的安定の維持が最優先課題となると考えられる。そのため、中国は米国の関税圧力に対して単純な対抗策を取るのではなく、自国に有利な非対称的な混合戦術を採用する可能性が高い。具体的には、関税による報復にとどまらず、経済、外交、技術、軍事などの多様な分野において手段と戦略を統合した「混合戦術」を実施し、複雑な国際環境において自国の利益を効果的に守る努力を続けるであろう。

政策オピニオン
李 虎男 前延辺大学科学技術学院教授、創価大学法学部客員教授
著者プロフィール
1972年生まれ。1993年に中国延辺大学朝鮮言語文学科卒業後来日。上智大学大学院文学研究科,中央大学大学院法学研究科などを経て,2005年に中央大学法学研究科から法学博士学位取得。韓国西江大学,韓国慶南大学極東問題研究所,亜細亜大学客員教授を歴任し,延辺大学科学技術学院教授,創価大学法学部客員教授。主な著書に,「韓民族の歴史」(共著,2016年延辺科学技術大学出版部),「韓国歴代政権の統一政策変遷史」(共訳,2011年日本明石書店)など。
2025年1月トランプ第2期政権がスタートするが、中国は、それに備えて数年前から対応を準備してきた。今後の米中関係を展望する。

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