家族保護のための民法改正への提言 ―家族保護のための民法改正への提言―

家族保護のための民法改正への提言 ―家族保護のための民法改正への提言―

2015年10月1日

提言要旨

はじめに

フェミニズムのイデオロギーが民法改正論議を主導

 世界の多くの国の憲法や国連の国際人権規約などには、家族を保護する規定が明記されている。しかし、わが国の憲法には、明文の家族保護条項は存在しない。一方、民法には家族と婚姻について保護する規定が明記されている。民法(家族法)によって家族の秩序が保たれ、弱者である子や女性が守られてきたと言っても過言ではない。だが、家族を保護している現民法に対して、「女子差別撤廃条約」の批准(1985)及び「男女共同参画社会基本法(1999)制定を契機に、男女平等や個人尊重の視点から見直しの流れが強まっている。
 1979年に国連で採択された「女子差別撤廃条約」は、フェミニズムの強い影響の下に制定された条約である。第1条には「『女子に対する差別』とは、性に基づく区別、排除又は制限」とあり、「区別」を「差別」とみなす過激なフェミニズム思想が貫かれている。わが国は1985年に「女子差別撤廃条約」を批准、これを受けて1999年には「男女共同参画社会基本法」が制定された。この過程で、男女平等の視点から民法の改正を求める国内議論が本格化した。また、国連の女子差別撤廃委員会は締結国の日本に対して、「性差別的」な民法の規定を見直すよう強く要請した。
 こうした中、民主党政権下における「第3次男女共同参画基本計画」(2010年12月)では、①婚姻適齢の男女平等化、②再婚禁止期間の廃止、③選択的夫婦別氏制度の導入、④婚外子に対する相続差別の撤廃などが、検討課題として盛り込まれた。以上のように、民法改正論議の流れはフェミニズムのイデオロギーが先導してきたという経緯がある。
 近年では、2013年9月に最高裁が婚外子に対する遺産相続差別に関して、従来の合憲判断(婚姻制度と個人の権利のバランスを取ったもの)を翻し、個人の権利をより重視して異例ともいえる違憲判断を下した。同年12月には、婚外子遺産相続差別を撤廃する民法改正が行われた。
 この最高裁判決を受けて、翌2014年6月に日本学術会議の四つのジェンダー分科会(うち二つの委員長は上野千鶴子・東京大学名誉教授)は合同で、「男女共同参画社会の形成に向けた民法改正」の提言(以下、「ジェンダー提言」)を発表した。同提言では「婚姻適齢の男女平等化」「再婚禁止期間の縮小もしくは廃止」「選択的夫婦別氏制度の導入」を求めている。これらの提言は、婚姻・家族制度の形骸化を促し、社会を「家族」単位から「個人」単位に変えようとするフェミニズムのイデオロギー的要請に基づくものといえる。
 本提言では、日本学術会議が提言したジェンダーの視点に立つ三つの民法改正案の問題点を明らかにするとともに、日本の婚姻・家族制度を守り家族の保護を強化するための民法改正の視点を提示したい。

(1)「婚姻適齢の形式的な男女平等化」は慎重を期すべき

 健全な家庭生活を営むためには心身ともに一定の成熟が必要である。このことから民法は婚姻適齢を設け、「男は、18歳に、女は、16歳にならなければ、婚姻をすることができない」(731条)と定めている。「ジェンダー提言」は、男女で婚姻適齢に差があることには合理的理由はなく「性による差別である」として、男女の婚姻適齢を18歳に統一するよう求めている。男女平等の原則に照らすというより、青少年の健全育成という観点から男女とも高校卒業年齢に当たる18
歳に統一するという考え方は理解できる。
 しかし、女性の婚姻適齢を18歳に引き上げた場合、これまで以上に若年齢の妊娠中絶や婚外子が増える可能性がある。厚生労働省の報告書によると、2013年の18歳以下の人工妊娠中絶件数は12595件、18歳以下の母親による出産(出生)数は6396人に上っている。16~18歳未満で妊娠する少女は、恵まれない家庭環境の少女である場合が多く、こうした少女は妊娠して結婚し、母親になることで立ち直る事例も少なくないという。
 世界の国を見ると、必ずしも男女の婚姻年齢を形式的に統一している国ばかりではない。画一的な男女平等原則ではなく、男女の性差、心身の成熟等、様々な事情を考慮し、女性のみならず男女それぞれに適切な婚姻年齢を検討すべきであろう。妊娠した少女の保護という観点も含めて、現実的かつ慎重な判断が必要である。

(2)「再婚禁止期間の廃止」は弊害多い、男女共に「再婚禁止期間」設けよ

 民法733条には「女は、前婚の解消又は取消しの日から6箇月を経過した後でなければ、再婚をすることができない」と規定されている。これは第一に、妊娠前後に離婚・再婚すれば父子関係が不明確になる事態が起こり得るため、その混乱を避けるという意図。それとともに、前夫の子を妊娠している可能性がある状態で再婚するのは好ましくない、という倫理観が背景にある。「ジェンダー提言」は、再婚後に出生した子の父親認定には6カ月は不要であり「期間は短縮すべきである」。また、婚姻をする権利に男女格差があることは不合理であり、科学技術の進展(DNA鑑定)を考慮すれば、「再婚禁止期間は廃止すべき」としている。
 民法には、「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」「婚姻の成立の日から200日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する」(772条)という「嫡出推定制度」がある。
 これは、法律上の父子関係を早期に確定することによって子の養育環境を安定させる意図がある。実際には父子の血縁関係がないケースもあり得るが、子の心身の成長・福祉に配慮して、法律上の親子関係を血縁関係より重視するというのが、民法の一貫した立場である。最高裁も民法の「嫡出推定」をDNA鑑定より優先する初の判断を2014年に下している。
 DNA鑑定は100%絶対ではなく、鑑定で親子関係が否定された場合や、たとえ親子関係が確認された場合でも夫婦関係の信頼が失われ、家族関係に大きな混乱をもたらす可能性がある。安易なDNA鑑定は避けるべきであり、フランスでは裁判所の命令以外でDNA鑑定を行うことは法律で禁止されている。
 「再婚禁止期間」だけでなく、民法には養子縁組や義理の親子関係を含めた「近親者間の婚姻の禁止」規定など、人間の尊厳に関わる道徳・倫理観を背景にした規定がある。「ジェンダー提言」は民法のもつこうした道徳・倫理的性格を一掃しようとするものである。再婚禁止期間廃止ではなく、むしろ道徳・倫理観を重視する民法の趣旨、男女平等という観点からみても、男女ともに再婚禁止期間を設けるのが妥当である。

(3) 「選択的夫婦別氏」論は、法律婚の形骸化と戸籍制度廃止を意図

親子・夫婦・家族一体が日本の精神的伝統

 民法第750条は、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と規定している。「ジェンダー提言」は、「民法750条は、形式的には性中立的な規定であるが、実際には96.2%が夫の氏を選択しており(2012年)、男女間に著しい不均衡を生じさせている」「氏名は個人の人格の象徴であり、婚姻で改姓を強制する夫婦同氏制度は人格権の侵害である」として、選択的夫婦別氏制度の導入を主張している。
 内閣府「家族の法制に関する世論調査」(2012年)によれば、夫婦の名字(姓)が違うと「子どもにとって好ましくない影響があると思う」との回答が67.1%。選択的夫婦別氏制度が導入されたとき、別氏を希望する者は8%程度に止まっており、ほとんどの国民は「同氏」を望んでいることが分かる。
 明治の初めに一般庶民が苗字を名乗り始めたころ、政府は「生まれた家の名前を一生名乗り続けるように」という夫婦別氏の通達(明治9年の太政官指令)を出した。しかし政府の通達にもかかわらず、国民の間では別氏にする者はごく少数で、妻が夫の氏を称する夫婦同姓が一般的慣行となっていた。政府通達への反発もあったという。こうした国民感情にも配慮して、明治民法(明治31年)で「夫婦同氏」が導入された。このように、日本はもともと親子一体・夫婦一体・家族一体という精神的伝統を特徴としており、これは今も根強く残っている。現在大多数の夫婦が夫の氏を選択しているのも、一方の性に不利に働くルールだからではなく、結婚する2人の合意の上で、どちらかの氏を選択した結果といえる。
 別氏の場合、子の氏をどうするかという問題もある。しかし「ジェンダー提言」では、この問題に全く触れていない。婚姻時あるいは子の出生時に決めるにしろ、子の氏を巡って夫婦あるいは両氏族間で争いに発展する可能性がある。個人が氏を自己決定できるとなれば、子が成人になったとき氏の変更をどうするのかという問題もある。
 別氏夫婦が離婚し、氏が違う親子が子連れ再婚した場合、一人一人氏が違う家族ができる。氏が違う家族が存在することで、社会や行政の手続きの煩雑さ、複雑さは計り知れない。夫婦同氏制度によって区別されていた法律婚と事実婚の境界が不明瞭になり、結果として事実婚が増え、法律婚そのものが破たんしていく可能性もある。

同氏同一戸籍の戸籍制度により家族の一体感と社会秩序は保たれてきた

 「ジェンダー提言」の根底には、夫婦・親子・家族の一体感より個人を何よりも重視する価値観、社会の基本単位は「家族」ではなく「個人」であり、社会はバラバラな個人の集合体にすぎないとする考えがある。しかし、憲法のいう「個人の尊厳」の「個人」はアトム化した個人では決してない。人間は孤立した個人としては存在し得ず、一般的にはある特定の家族の中に生まれ、家族に属する一員として存在している。
 現民法では夫婦は同一の氏を称し、子は親の氏を称する。これに対応して、戸籍法上は、同一の氏の者が同一戸籍に記載される。子は婚姻によって親の戸籍から外れ、新戸籍をもうける。家族が同一の氏を称するという意味から言えば、「氏」は「家族」の呼称といえる。「氏名」とは「家名」と「名前」を合わせたものであり、「個人」を特定すると同時に一定の「家族共同体」に属する一員であることを表している。
 日本は同氏同一戸籍という戸籍制度によって、家族の一体感や社会秩序が安定的に保たれてきた。しかし夫婦の氏が違えば、家の墓を守り先祖を供養する伝統や、配偶者の老親介護に対する責任意識も薄れていく可能性が高い。
 夫婦別氏の急先鋒・福島瑞穂氏は「核家族は戦前の家の残滓である。核は分解してアトム、即ち個人個人にならなければならない」「男女平等や個人の尊厳の立場からは、改正により『個人籍』にするべきだろう」と主張している。夫婦別氏推進派の最終目的は、法律婚の形骸化と戸籍制度の廃止にあるということだ。わが国の家族の伝統を守り、弱者である子を保護・育成する立場からも、夫婦同氏の民法規定は堅持すべきである。

(4)家族を保護し、強化するための民法改正めざせ

 戦後日本は高度経済成長を遂げるなか、社会の基礎となる家族と地域の紐帯が急速に弱められてきた。子供を守るべき家庭基盤が揺らぐなか、児童虐待や片親家庭の増加、子供の貧困など、子供の問題は深刻さを増している。
 しかしわが国民法は、戦前は家制度の下で戸主による自治、戦後は夫婦による家族自治を原則としており、国や行政は家族の問題には基本的に介入できないところに大きな特徴がある。このため現実に起こっている家族の問題に対応できず、法的にほころびが生じている。
 たとえば、命の危険に関わる深刻な児童虐待やDVの被害から、弱者である子供や女性を守ることが難しい状況が生まれている。また、当事者同士による協議離婚の制度、離婚後の扶養義務に対する罰則規定がないのも日本の大きな特徴で、女性の立場をきわめて弱いものにしている。
 わが国は家族より個人を尊重する行き過ぎた個人主義が蔓延し、家族からの「解放」を求めるフェミニズムを無批判に受け入れてきた。戦後70年を経た今、日本社会は家庭基盤が弱体化し、晩婚と非婚化による少子化の危機に直面している。行き過ぎた個人主義を是正し、家族を基盤とした新しい国家づくりが求められている。
 それには、自己救済にゆだねる家族依存の法制度はもはや限界にきている。国家や行政が家族の問題に関与し、弱者である子や女性を保護して家族の立ち直りを支援する新たな制度が必要である。また、人口減少社会に突入した日本が少子化を克服するには、結婚・家族の価値を再評価し、家族を保護し強化する「家族政策」が必要とされている。
 家庭は新しい命を育み、次世代を育成する厳粛な場である。家庭のなかで育成される子の生存と安全は法律婚制度によって守られている。一夫一婦制の婚姻制度を守るとともに、日本の家族を保護し、強化するための民法の改正が必要である。

政策レポート
日本学術会議4分科会のジェンダーの視点に立つ民法改正案の問題点

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