持続可能な地域社会のつくり方 ―コミュニティ・エンパワメントを通じた課題解決―

持続可能な地域社会のつくり方 ―コミュニティ・エンパワメントを通じた課題解決―

1.ソーシャル・キャピタルの考え方

パットナムのソーシャル・キャピタル論

 地域社会づくりを考える際に重要な概念として「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」がある。これは社会関係に基づく地域の資産を意味する言葉である。
 この分野を代表する研究者がロバート・D・パットナム(1941〜)だ。彼は『哲学する民主主義(Making Democracy Work)』(原著:1993)でイタリアにおける南北の政治・経済格差を中世以来のソーシャル・キャピタルの蓄積の差として説明し、『孤独なボウリング(Bowling Alone)』(原著:2000)では20世紀後半からの米国の衰退を、社会関係の悪化と関連づけて説明した。最近の著作『上昇(The Upswing)』(原著:2020)でも米国社会の変化を論じている。
 パットナムは人々の組織的な付き合いの変化に注目した。米国をはじめ先進国では組織的な付き合いが減少しており、日本でも消防団や青年団などへの所属が低下している。彼の研究で重要なのは、こうした目に見えない社会関係が、私たちの社会や経済のあり方を左右してしまうと指摘している点だ。
 パットナムの中核的なアイデアは、つながりやネットワークそのものが地域の資産(ソーシャル・キャピタル)として重要な価値を持つということであり、その構成要素が「社会的ネットワーク」「互酬性の規範」「相互の信頼」である。

パットナムのソーシャル・キャピタル構築戦略

 彼の研究で私が注目しているのは、Better Together:Restoring the American Community(未邦訳)(2003)という著作で触れられている「ソーシャル・キャピタルの構築戦略」だ。
 この戦略には5つのポイントがある。
 まず第1に「適切な公共政策」。ソーシャル・キャピタルは、適切な公共政策をとることによって増やすことができるという指摘である。逆に、政策が間違っていればソーシャル・キャピタルは損なわれる。
 第2は「ネットワークの拡大」。いきなり大きなネットワークをつくることは難しいので、小さなつながりから、徐々に大きなネットワークに拡大する戦略を指す。
 第3は「共通のアイデンティティ」。皆で共有できる目標やアイデンティティがあればつながりをつくりやすい。後半で説明する大分県佐伯市の事例では「子どものため」という共通の目標が団体や個人の協力関係をつくり出した。
 第4は「『リサイクル』戦略」。ネットワークをゼロからつくり出すのは時間がかかるので、既存のネットワークを活用する。たとえばペットボトルのリサイクルのように、形があるものを変形して新しいつながりをつくるという戦略になる。
 第5は「人々が対話し議論するための共通の空間」。これには対面もオンラインも含まれる。
 重要なことは、パットナムがソーシャル・キャピタルを私たちの力でつくり出せると述べている点だ。ノーベル経済学賞を受賞したエリノア・オストロム(Elinor Ostrom, 1933-2012)も、「ソーシャル・キャピタルは自動的あるいは自生的に造られるものではなく、編み出されるべきもの」(Crafting Institutions for Self-governing Irrigation Systems, 1992)であると強調している。

共通属性による「関係基盤」

 社会学者の三隅一人(三隅一百)九州大学教授は、『社会関係資本:理論統合の挑戦』(2013)で、潜在的なネットワークの指標として、人々の繋がる「縁」、あるいは共通属性を意味する「関係基盤」という概念を提唱している。
 たとえば同じサークルに所属していた、同じ学校を卒業した、同じ会社に勤務していた、あるいは同じ時期に部活をしていたというのも一つの「縁」である。こうした何らかの「縁」または共通属性をもっていると、しばらく音信不通の時期があってもすぐに関係性を取り戻すことができる。中学、高校の同窓会などはその一例だ。三隅はそうした共通属性を「関係基盤」と呼んでいる。
 地域にも、同じ団体に所属するなどの「関係基盤」がある。地域のソーシャル・キャピタル全体を把握するのは非常に難しいので、私が研究する際には、この「関係基盤」という概念に注目している。
 次項では、「関係基盤」の概念に基づくソーシャル・キャピタルの構築戦略について述べていく。

2.持続可能なソーシャル・キャピタルの構築戦略

①地域社会関係の核となる「関係基盤」(団体やサークル)づくり

 ソーシャル・キャピタル構築戦略の1つ目として、「関係基盤」をつくり出す戦略を説明する。私自身が社会教育の研究者であるため、公民館を中心とした事例を取り上げることが多いが、別のつくり方もあることは付言しておく。

長野県飯田市の事例

 具体例として、長野県飯田市という人口約9万5000人(2023年12月時点)の比較的小さな自治体を取り上げる。同市では昔から住民の自治意識が高く、市民活動や社会教育の活動が活発で、歴史や文化にも恵まれている。現在でも再生エネルギーの分野で先進的な取り組みが進んでおり、人形劇フェスタなど文化的な面でも日本有数の取り組みを行っている。
 飯田市には、行政が設置し、教育委員会が所管する公民館が21カ所ある。これらは行政の予算で運営されており、飯田市公民館という連絡調整館と、各20地区に1館ずつ設置された地区公民館がある。各地区公民館には館長と主事が配置され、そのもとに専門委員会が設置されている。
 このほか約100カ所に「分館」があり、住民が自分たちの手で設置、運営をしている。本来、地区公民館と分館は全く別のものだが、飯田市の場合は両者が上手く連携している。具体的には分館で中心的に活動している人が、地区公民館の専門委員会にも入って運営に関わるという流れがあり、ボトムアップ式に公民館の運営がなされている。
 ちなみに公民館といっても、そのあり方は各地で異なる。大別すると「地域の拠点施設」と、社会教育を担う「教育施設」という位置づけの違いがある。長野県の公民館は「地域の拠点施設」としての性格を色濃く残しており、現在も地域の様々な団体と連携しながら、地域の生活・文化・自治の拠点としての役割を担っている。一方、都市型の公民館は「教育施設」として講座や学習会などを行う場となっていることが多い。
 「関係基盤」の視点から、飯田市の公民館の役割を整理すると、「人材育成」「団体育成」「関係形成」という三つの役割がある。以下、それぞれについて述べる。

「関係基盤」で読み解く公民館の役割:人材育成

 公民館の第1の役割は「人材の育成」である。人を育てるという長期的プロセスに付き合っていけるのが、地域に根差した公民館の強みである。飯田市では、公民館活動を通じて、自治の担い手・支え手である住民や職員を育てる流れがある。
 壮年団、婦人会、老人クラブなどの社会教育関係団体をはじめ、消防団、獅子舞保存会、PTA、自主防災組織など、地域の団体は分館を拠点として様々な活動を行っており、分館や地区公民館の役員等を輩出する基盤となっている(図1)。

 分館で行う地域の体育祭や文化祭などの活動は、それぞれ体育部や文化部の部員によって担われている。部員には自治会から2年任期で選ばれた人なども入ってくるが、部長などの役員は、壮年団やPTA等で中核的に活動している人が、その先輩から声をかけられて引き上げられることが多い。そして分館の役員は、自動的に地区公民館の活動にも関わるため、その後も長く地域活動に携わることになる。そして公民館の活動を終えた後は、自治会の活動等に関わるなど、20年、30年という期間をかけて人材を育てる仕組みができている。
 持続可能性についての懸念材料は、人材発掘の基盤となる部分、PTAや壮年団、消防団に関わる人が以前に比べて減っていることだ。

「関係基盤」で読み解く公民館の役割:団体育成

 第2の役割が「団体育成」である。公民館には「教育施設」の位置づけもあり、地域の歴史や文化の学習を通して、それらを継承、活用したり、課題の発見や解決に取り組んだりするグループをつくり出す役割を担う。
 飯田市には江戸・明治期からの歴史や資源が豊富にあるが、公民館で講座を開いて学習機会をつくっても、たいていは5〜10回、長くても半年ほどで終わってしまう。そこで、講座が終わった後も自主的に研究を深めたり、活用法を考えたりするグループをつくっていけるかどうかが鍵となる。ここで重要な役割を担うのが公民館職員である。
 飯田市には多くの地域グループがあるが、これらは公民館職員の働きかけがきっかけとなってつくられていることが多い。たとえば「古墳を考える会」(竜丘地区)は公民館の民俗資料委員会から始まっている。「和紙の里づくり」(下久堅・柿の沢地区)も地元の和紙の伝統を学習する中でグループが形成されてきた。また山本地区の「山本学講座」は、映画(『母べえ』)のロケ地ともなった「杵原学校」の校舎を舞台に、杵原学校応援団と公民館が連携して、地域の歴史や文化を学習する機会を提供している。
 また旧市街地の東野地区には公民館主事の呼びかけで、「明日の東野をつくる集い』という学習グループがつくられており、地域の新たな企画立案部隊となっている。具体的には若者を中心に、多世代交流の場としてフリーマーケットを開催するなどの取り組みが行われてきた。

「関係基盤」で読み解く公民館の役割:関係形成

 そして、公民館が担う第3の役割が「関係形成」であり、地域にある機関(特に教育機関)や団体を結びつける役割を担う。近年は、学校を中心としてつながりをつくるところが目立つ。
 例として、川路地区では公民館等の地域の施設に泊まりながら学校に通う『通学合宿』が実施されている。近年、生活体験、自然体験が不足しているといわれる子どもたちが、親元から離れて3泊4日から1週間ほど、宿泊施設から学校に通うという取り組みだ。こうした企画を実施する際に必要となるのが関係者の理解である。学校や保護者に加えて、宿泊する施設で生活や食事などの面倒をみてもらう地域の人たちの理解も必要となる。
 約1週間のプログラムを組み上げるために、学校と地域、保護者を中間でつなぎ合わせる役割が必要となる。同地区では、公民館の主事が関係者の話し合いの場をつくっていった。こうした関係づくりにおいても公民館職員が果たす役割は大きい。
 ここまで飯田市の公民館の役割を見てきたが、当然のことながら公民館の役割は地域によって異なる。地方では人材育成機能を残しているところも多いが、都市部では長期間にわたる人材育成が難しく、団体育成に特化している公民館もある。このように地域によってグラデーションはあるものの、おおむね公民館の役割はこの三つに集約されるだろう。

②「関係基盤」同士をつなげる「プラットフォーム」づくり

プラットフォームの特徴

 ここまで、長期にわたって人材や団体を育成する社会教育の伝統的な機能について説明してきたが、近年は難しさも生じている。その困難は、根本的には子ども会、PTA、消防団、壮年団などの地域の核となる団体が縮小していることに起因する。そうした事態に対応するために、第2の「プラットフォームづくり」という戦略を紹介する。
 「関係基盤」を構成する個々の団体や組織をつなげるものが「プラットフォーム」であり、それらが協働する際に共有するテーマやコンセプトなど、見えない基盤になるようなものを指す。一般の組織との違いは、共通の目標やコンセプトを共有しながらも、普段の活動は、それぞれが自由に行っているという点である。
 代表的な例として「市民大学」が挙げられる。市民大学で活動している人達は、普段は環境、子育て、歴史など様々なグループで活動しており、お互いにつながりの意識を持つことは少ない。しかし年に1〜2度、全体で集まる機会を持つことで、同じ市民大学に関わりをもっているという意識を共有できる。
 ここで重要なのは、まず「集まる機会がある」ということだ。イベントやフェスタなどでお互いの活動を確認し、関係を可視化することで、集合的な感覚を醸成することができる。2つ目に重要なのは、多様な個別の活動を結びつける「コーディネーター」の存在である。

大分県佐伯市の事例

 具体例として大分県佐伯市の事例を紹介する。佐伯市は2005年に旧佐伯市と南海部郡5町3村が合併し、九州最大の面積(約900㎢)を持つようになったが、人口が約6万3000人(2023年12月)で近年は急速な減少傾向にある。海や山、川に囲まれて豊かな自然を有しているが、自治体としての経営面では難しい課題を抱える。
 この課題の中には市町村合併に伴うものもあり、学校の統廃合もその一つである。同市には旧町村部も含めて多くの学校が設置されていたが、現在は人口減少もあってその数を大きく減らし、子ども会などの青少年教育の組織も維持できなくなっている。また、優れた公民館活動も行われていたが、職員体制の変化もあり、旧町村部の公民館の維持が難しいという課題が出てきた。
 佐伯市教育委員会ではこれらの課題に対処するために、大分県のモデル事業、さらには国の委託事業として「協育事業」に取り組むことになった。本稿ではこの事業の詳細には触れないが、「プラットフォームづくり」との関わりでは、国や県の補助を受けながら2000年代後半より旧7校区の公民館に各1名の校区コーディネーターを配置してきた。その後、2010年度に2校区、2011年にはさらに3校区を追加し、計12校区で事業を実施している(2018年に2校区に各1名を加配し、現在は12校区14名体制)。2018年には、コーディネーターに助言する役割を担う統括コーディネーターに、豊富な経験を有する2名が任命された。

佐伯市における「コーディネーター」の役割

 この事業では公民館を校区の情報や人材に関するネットワークの集約点として位置付けており、コーディネーターには退職した元校長、役場の職員、あるいは地域活動の経験が豊富な人が採用され、学校と地域をつなぐ役割を担ってきた。具体的には学校側の「学校運営協議会」と、地域の「地域学校協働本部」の間に立って、環境整備や見守り活動など、教師だけでは人手が足りない部分を地域の組織・ボランティアで補い、学校支援に向けた橋渡しの役割を務めている。
 コーディネーターが担うもう一つの役割は、地域におけるつながりづくりだ。公民館活動の維持が難しくなる中で、上記のようなコーディネーターの活動を通して、学校を中核にしたコミュニティづくりが模索されている。まとめるとコーディネーターの主な仕事は「学校支援」と「地域づくり」となる。
 佐伯市の取り組みで重要な点は、全国的に国や県の予算が削減される中で、2014年度からはコーディネーターの人件費を市の単費として予算化したことだ。5〜6年事業を行っても途中で打ち切ると成果がゼロになってしまう。教育委員会も積極的に動いて校長などにアンケートを取り、事業の必要性を確認したうえで、人件費を確保して活動を継続してきた。

「学校支援」と「地域づくり」の具体的事例

 以下、佐伯市の「学校支援」と「地域づくり」の具体的な活動について紹介する。
 まず、「学校支援」について、ボランティアとして学校に紹介された各事業別の延べ人数を表1に示した。


 「学校支援活動」は、授業の中でのドリルのマル付けや読み聞かせなど、学校の手が足りない部分を補う。一方、高い伸び率を示しているのは「環境整備」「部活動指導」「学校行事」である。環境整備は、下駄箱の簀の子など細かい施設の修繕や草刈りなどを行うが、教師もPTAの保護者も忙しく手が回らないため、地域の人の力を借りている。部活動指導もニーズが高い。また登下校時の危ない箇所の見守りも多い。コーディネーターは地域で協力可能な人材を探しながら、学校のニーズに合わせて紹介するという仕事を担っている。

「会議体の組織化」という戦略

 ここで重要になるのが、地域にある既存の「関係基盤」の「連結性」を強める「会議体の組織化」という戦略である。
 すでに述べたように、地域の様々な団体は人口減少で活動が難しくなっている。PTAや壮年団、老人クラブなども存在はしているが、活動も減り、集まる機会も少なくなっている。これらの団体に向けて、「学校支援」(子どものため)を名目に、校区ネットワーク会議や青少年健全育成会議への参加の呼びかけを行ってきた。
 これらは、意思決定を行う組織というよりは、年に数回集まって、子どもについて話をするための会議である。主目的は関係者の「意見交換」「情報交換」であり、共有した課題についてそれぞれで活動するという緩やかな結びつきになっている。これが前述した「プラットフォーム」にあたる。
 会合を重ねるうちに、地域の方の熱意に触れて、保護者が自分たちの活動の停滞に問題意識をもって、PTA活動に積極的に取り組んだり、「おやじの会」など新たな活動を立ち上げたりしている。また、高齢者だけの活動には消極的だが子どものための見守りなら協力したい、と老人クラブの横のつながりの再活性化にもつながるなど、既存のつながりを活かして別の形に転用するということも起きてきた。
 これが冒頭でも触れた、既存の社会的ネットワークを有効活用する「『リサイクル』戦略」であり、コーディネーターの第2の役割である「地域づくり」にもつながる。この仕組みは、プラットフォームにネットワークのハブ(連結点)になる人を集めてきて、その人たちから活動が広がっていくという特徴を持つ。
 さらに興味深いのは、「学校支援」を中心に地域のつながりをつくる取り組みが進むと、今度は地域のための活動、つまり「地域づくり」そのものに意識が向かうという変化が起きてくることだ。この意識の変化は保護者や地域の人々だけでなく、学校側にも起きており、事業開始から数年後には地域の行事に学校の子どもたちや教師が参加するようになった。つまり、当初は学校を地域が支援する一方通行だったものが、双方的なつながりに変化し、地域のための活動がみられるようになったのである。
 たとえば、ある地域では約9年間働いているコーディネーターの橋渡しの結果、学校から地域の祭りへの参加のほか、総合的な学習の時間に伝統芸能の学習を取り入れてもらえるようになるなど、歴史、文化の継承という地域の課題解決につながっている。
 ここで強調したいことは、これら地域と学校のウィン・ウィンの互恵的関係は、コーディネーターが橋渡しの努力を地道に継続する中で、数年から10年以上の期間をかけて築かれてきたということだ。長期的な活動を通じて、コーディネーターや地域の人々に「お世話になった」という意識が、学校側の変化として生じている。つまり、プラットフォームをつくったうえで、きちんと活動を継続し、信頼を築きあげて初めて双方向的な関係が生じるのである。

コーディネーターの役割の重要性

 協働のポイントになるのはやはりコーディネーターの存在である。コーディネーターは相互の信頼を担保する立場にあるため、誰もが担えるわけではない。学校側も当初は地域の人を受け入れることに警戒心をもっている。「あの人の紹介なら大丈夫だ」という信頼感が必要である。
 橋渡し役となるコーディネーターを選ぶ際には、地域側と学校側の双方に理解がある人が望ましい。実際の任用においては地域差があり、旧市部では校長経験者など元教職員が多く、旧郡部では役場の職員、あるいはPTAなど地域の民間組織の人材を任用する傾向がある。ただし、いずれも50〜70代で社会的経験が豊かであることは共通している。
 実際にコーディネーターに話を聞いて共通しているのは「つなげる」意識、具体的な言葉としては「仲介役」「パイプ役」という意識を持っていることだ。このほかに「触媒」「呼び水」という言い方も出てくる。つまり、自分が活動するだけでなく、その活動をどう広げていくのかという意識を持っていることがわかる。
 佐伯市の場合、公民館にコーディネーターを配置していることもポイントである。学習塾を経営しているあるコーディネーターは教育に関心があったが、地域とのつながりは少なかった。当初は地域のことがわからず試行錯誤していたが、公民館で行われる講座等で参加者に声掛けをしながら、徐々にネットワークを広げた。さらに自分が学校に紹介した人から活動が広がるなど、次第に自信をもって橋渡し役を務めるようになった。
 継続性という点で強調したいのは「関係のメンテナンス」である。コーディネーターは一度紹介して終わりではなく、学校とボランティア双方に対して気遣いをしながら活動している。初めて学校に行く際には同行して心理的ハードルを下げたり、活動後には、教師と地域の人の双方に良かった点や改善点などを率直に伝えたりするなど、丹念に信頼を積み上げている。こうした取り組みを「関係のメンテナンス」と呼ぶ。ソーシャル・キャピタルはつくり上げることができる一方、放置すれば徐々に摩耗していく。佐伯市ではコーディネーターがきちんと手入れをしてメンテナンスをしている様子も見えてきた。

コーディネーターの交代と活動の継続性

 最後にコーディネーターの交替について触れておきたい。佐伯市も事業開始から10年以上が経過し、多くのコーディネーターが入れ替わっている。具体的には14年目の時点で、当初から継続して勤務しているのは14名中2名のみとなっている。このように人材の入れ替わりがある中では活動の継続性をどう担保するかが課題となる。
 佐伯市の場合、まず後任の選定については地域の特色や事情もあるため、前任者からの推薦や、その人脈の中から選ばれることが多い。引継ぎ後の活動の質を担保する上では、統括コーディネーターの配置と定期的な研修会の開催で対応している。統括コーディネーターは、旧支部と旧郡部で各1名ずつが選任され、新しいコーディネーターへの支援やアドバイスを行っている。
 特に重要なのは研修会だ。コーディネーターに対しては社会教育課が主催して年3回の部会が開かれているが、それとは別に統括コーディネーターを中心にして、年3回のコーディネーター独自の研修会を行っている。ここでは14人のコーディネーターが集まって、それぞれの活動の課題などを話し合う「ピアメンタリング」を行っている。課題共有の他、情報交換や経験の交流を行いながら、それぞれが自分なりの活動のあり方を見つけ出していく。「コミュニティ・スクール」など新たな制度への対応も含め、必ずしも先輩から後輩への教示や助言という一方通行ではなく、相互交流であることがポイントだ。

③ソーシャル・キャピタル構築に向けた長期的エンパワメント戦略

ソーシャル・キャピタルの性格と地域のエンパワメント

 最後にソーシャル・キャピタルの構築に向けた戦略の3つ目、長期的なエンパワメント戦略について説明する。
 パットナムによれば、使うことで減っていく経済資本とは異なり、ソーシャル・キャピタルは「道徳資本」として、使うほどに増えていく性質を持っている。たとえば、顔を合わせる機会が多いほど親密性は増す。ボランティアや学校支援、公民館活動を一緒に行うなどの協調行動の蓄積は、次の協調行動を促していく。ソーシャル・キャピタルを短期間で築くことは難しいので、この協調行動の連鎖を促すことが重要となる。
 ここで留意すべき点はソーシャル・キャピタルの構築には順序や段階があるということだ。佐伯市で学校と地域のウィン・ウィンの関係を築かれた経緯をみても、最初から協働関係を築けたわけではなく、以下の三段階を辿っていることが分かる。まず初めに学校のお手伝いをする「支援段階」があり、徐々に学校と地域が協力し合う「協力段階」を経て、最終的に共通目的に向けて一緒に働く「協働段階」に至っている。したがって、長期的な地域の変化を見据えたうえで戦略を立てる、地域コミュニティのエンパワメントに向けた「プロセス・デザイン」が必要になる。
 ここで「エンパワメント」の概念について説明しておく。これは教育学や心理学、看護学などでよく使われる概念であり、地域に当てはめると、住民自身が自分たちの持つ力や可能性を知り、行政や企業に頼るのではなく、自ら課題解決に向けて行動することや、そのための力を得たり、力を発揮したりする過程を意味する。ここには、住民一人一人の課題解決能力を高める「個人のエンパワメント」と、多様な住民の特性を生かしつつ、地域や組織の課題解決の力量を高める「組織やコミュニティのエンパワメント」があるが、地域づくりにおいて特に重要となるのは後者である。一言で「地域の力を高める」と言い換えることもできる。

地域社会のエンパワメントを進めるプロセス

 地域社会のエンパワメントを進める上でも段階があり、大きく分けると「立ち上げ段階」「試行段階」「事業段階」となる(図2)。まず大切にしたいのが最初の「立ち上げ段階」である。小さくてもよいので住民自身の力で課題解決の取り組みを立ち上げる。ここで重要なのが地域の実態把握や将来計画の策定だが、これらに一緒に取り組むことで住民同士の「共同性」が築かれる。

 共同性が構築できたところで、次は具体的な活動を進める「試行段階」に移るが、ただ活動を続けるだけでは、3〜5年経過すると次第に疲れが出て、人が抜けていくなど活動が停滞してしまう。立ち上げ以降の取り組みについて、しっかりと振り返りをしながら、どこかで区切りをつける必要がある。これが3番目の「事業段階」である。具体的には、法人格を取得して社会企業化する等、しっかりとした組織の枠組みを整えるか、あるいはそこまでに至らずとも互助的な活動として継続するかを判断する。いずれにせよ、何らかの事業や制度に接続しながら、持続可能な取り組みにするための意思決定をしなければならない。
 実は、私自身も様々な地域で住民とともに取り組みを進めているが、「立ち上げ段階」については道筋が見えてきている一方、それ以降の段階については今後の研究課題となっている。ここでは、「立ち上げ段階」の手順について説明する。立ち上げ段階の中にも「実態把握」「将来計画策定」「実行計画・組織検討」という手順がある。この手順をふんだうえで住民主体の「活動立ち上げ」に至り、次の試行段階に移行する。この間に一定の段階で評価、つまり振り返りも必要となる。
 以下、実際に私自身が携わっている地域活動を例にとりながら、「立ち上げ段階」におけるそれぞれのプロセスを説明したい。

立ち上げ段階①「実態把握」

 まず地域アセスメントや「地元学」などの手法を用いて地域の強みと弱み、資源と課題を可視化するため、「住環境点検」「コミュニティ・カルテ」の作成などを行う。最も単純な方法が「まち歩き」だが、これは地域の中で集まれる場所や通行に危険な場所などを点検するとともに、住民同士が仲良くなり、協働の意識を高めるという効果も伴う。
 さらにアンケートやインタビュー調査を行って住民それぞれのニーズや課題意識を把握することもあるが、ここでは膨大なデータが集まるので、それを整理、解析し、次の活動につなげる「サーベイ・フィードバック」という技術も必要となる。

立ち上げ段階②「将来計画策定」

 実態把握を踏まえて地域の未来像について意見を出し合い、ビジョンづくりに取り組む。ここで用いるのが「ビジョニング」と呼ばれる手法で、5年後、10年後という遠すぎず近すぎない地域の未来を考える。近すぎると現実から離れた目標は出てこないので、意欲やモチベーションを引き出しにくい。逆に30年後の未来と言うと「自分はもう関係ないからどうでもいい」ということも出てくる。そこで、自分も生きていてある程度想像もできるが、少しでも良くしていきたいと思えるあたりを探っていくことになる。将来的に、どういう仕事をして、どういう暮らしを送りたいのかを話し合いながら目標を絞り込んでいく。この作業の中で先進事例から学ぶことも取り入れる。
 目標の具体例を挙げると、近江八幡市で私と共同研究者の似内遼一氏が携わっている研究では、住民が4つの目標を立てた。その内容は、「楽しく外出ができる」「若い世代が生き生きと活動できる」「あらゆる世代が気軽に出会い交流できる」「コミュニティの輪で安心して暮らし続けられる」の4つで、皆が目指したいと思うとともに、現実に実現しそうなビジョンとなっている。

立ち上げ段階③「実行計画・組織検討」

 ①②により、地域の現実と理想、その間にあるギャップについて認識の共有ができるので、次に現実を理想に近づける実行計画と、組織を検討する段階に入る。実行計画を立てる際にも、地域の限られた人的・物的・社会的資源で、長くても数年以内に実現可能な計画を立てる。この際に、改めて実態調査を行う場合もある。たとえば子どものための取り組みであれば、保護者の意識や地域の遊び場を把握するなど、それぞれの分野に特化した実態把握や、専門的な勉強会を行うこともある。
 実行組織については、子ども会、自治会など既存の組織を使う方法もあるが、それらの組織ではルーティンワークが多すぎて新たな取り組みをする余裕がない場合が多い。現実的なのは、独立したプロジェクトチームを立ち上げて数人単位で小さな取り組みから始める方法(「リーン・スタートアップ」)である。小さな取り組みでもしっかり進めていくと、次第に興味を持つ人が増えてくる。その段階で組織をしっかり整えていくというしつらえが良いだろう。ポイントは、最初から完成形を目指さないことである。

鎌倉市大平山丸山町内会における活動事例

 ここで具体的な活動事例を紹介したい。鎌倉市の大平山丸山地区では2017年度から5回のワークショップを通じて、地域の実態把握からアクションプランづくりまでを行った。そのうえで2018年度は「地域支え合い」「移動支援」「子育て支援」という3つの目標ごとに分科会というプロジェクトチームをつくり、それぞれで具体的ニーズ把握のためのアンケート調査を再度実施した。2019年度以降はプロジェクトごとの活動が始まったが、残念ながら新型コロナの流行で活動が停滞し、コロナ後にあらためて活動方針の見直しを行っている。
 ①「実態把握」の段階では、「住環境点検」を行った。この地域では「セキュリティ」「住環境改善」「交流活動」という三つの柱を立てて、重要項目や不足な点を話し合い、地域の課題を見定める作業を進めた。
 さらに抽象的な議論だけではなく、より具体的に実態を把握するために地図づくりを行った。鉄道や駅、買い物・生活利便施設などを地図に書き込んでいくと、この地区は住宅街でスーパーが存在せず、地区外に買い物にいかなければならないことが改めて浮き彫りになった。しかし将来的に高齢化が進むと移動が困難になるため、地域の弱点になり得ることも明らかになってきた。そうした課題認識から移動支援の分科会が立ち上がることになった。
 ②「将来計画策定」の段階においては、「ビジョニング」として2030年の望ましい「自身」と「まち」のビジョンを考えてもらった。ここでのポイントは地域だけでなく、自分自身のビジョンも語ってもらうということだ。地域のビジョンだけだと「べき論」になり、「人口減少」など飛躍した話になったり、「こうすべきだ」「ああすべきだ」と他人事になったりしてしまう。そこで「では皆さん、自分自身はどうしたいですか」という問いを投げると、自分自身の本音を語ってくれるようになる。自分が暮らしやすい地域をつくる、という具体的な話に落とし込むと、「健康で自立した生活」「家族・地域・友人とのつながりを大事に」「趣味・就労・社会参加」「今の便利な生活を維持」という現実的な目標が見えてくる。そこからまちのビジョンに拡大し、それらを実現するためにどうするか、という③「実行計画・組織検討」の段階に進んでいく。
 実行組織については、課題と目標に応じて「地域支え合い」「移動支援」「子育て支援」という3つの分科会を設立した。その上で、必要な場合は分科会ごとにあらためて実態・ニーズ把握のために住民アンケートなどの調査を行った。その際に研究者としての立場から「サーベイ・フィードバック」も行うが、調査結果全体を詳細に報告するよりも、取り組みの重点を絞りやすくするために、わかりやすく整理してフィードバックすることを心掛けてきた。
 たとえば「移動支援」の分科会では、アンケートの結果を「外出頻度」の高低と、「移動支援希望」の有無をあわせて四象限に分けることで課題を見えやすくした。たとえば「外出頻度が高く、移動支援希望も高い」層については、「現在は外出できるが、将来的には移動支援が必要」であり、この層にターゲットを絞るならどんな取り組みができるか、など議論を進めやすくなる。これを単に、それぞれの答えが何%という数字だけを返しても次の行動につながらない。ターゲットを見えやすくするような整理をして、そこから対話の機会を生み出せるよう工夫を加えている。
 同様に「子育て支援」の分科会では、受益者側の「子育て世代が利用したいサービスや取り組み」と、担い手側である「地域住民が関わりたいと思う活動」を、それぞれ縦軸と横軸に設定した。すると「ものづくり・体験活動」や「習い事・学習」についてはニーズも高く、担い手も一定数見込めると言うことが見えてきた。一方で見守り活動などは、ニーズはそこそこだが、担い手は非常に多く見込めることもわかった。これらの結果を踏まえて、実現可能で効果的な活動の方向性を決めていくようにしている。これがサーベイ・フィードバックである。

活動立ち上げ後の「評価」について

 住民個人、組織、そしてコミュニティのエンパワメントを推進する過程で不可欠となるのが「活動の評価」である。私が関わる地域においては、この評価を第三者ではなく、自分たちの手で行ってもらうようにしている。なぜなら評価とは自分たちがある行動をする時に、「なぜそれをするのか」「どのようにするのか」「その結果、どう変わったか」「その変化は期待したものであったか」などの問いに対する答えを、自分たちで把握し、改善につなげていくための行為だからだ。
 したがって、この「評価」という取り組み自体を通じて、住民自身が地域社会のことを理解し、地域づくりを推進する力量を身につけることができる。この徹底した当事者主体の評価手法のことを「エンパワメント評価」と呼ぶ。ここでは外部支援者である研究者は、議論の素材をワークシートとして提供するなど、あくまで補助的な役割に徹する。
 評価はワークショップ形式で行うことが多い。まず、ワークショップ開催の約1カ月前に活動内容やプロセスについてふり返るためのアンケートを実施する。ワークショップの前半(30分程度)では、研究者が調査結果をワークシートにわかりやすくまとめたものを参照してもらいながら、自身と他の参加者の意識の違いを確認してもらう。続いて中盤(1時間程度)は項目ごとに振り返りを行うが、特に参加者間で評価が大きく異なる項目や、評価が低い項目を中心に原因を考えて対応策を議論する。その上で、後半(30分程度)は今後の活動の進め方についてアイデアを出し合い、活動方針を共有する。これらの過程で研究者や外部支援者はファシリテーションを行うが、あくまでも最終的な方向性を決定するのは住民自身というスタンスを貫いている。
 事前アンケートの質問項目には、コミュニティのエンパワメントが主眼なので自分たちの組織や地域のあり方を見つめ直す項目を含んでいる。具体的には、組織の中に対話があり、民主的な運営がなされているか、地域の課題や資源、活動の目的などを理解・共有できているか、メンバー間の関係性はどうかなど、普段はあまり考えない質問、答えにくい質問をしっかりと組み込んでいる。
 千葉県柏市布施新町の取り組みでは、ワークショップを通じて「メンバーの多様性の不足」「地域に活動が知られていない」などの課題が見えたので、活動の成果を広めるためのイベントを開催することになった。近江八幡市の事例では、「メンバーの勉強不足」「活動のハードルが高すぎる」などの課題に対して、勉強会を実施したり、子どもたちでも参加しやすい農業を使った交流の場をつくったりするなどの活動が始まった。
 こうした実践が「立ち上げ段階」に続く「試行段階」にあたる。「エンパワメント評価」を通じた改善のプロセスを経ることにより、持続可能な活動の形を整える「事業段階」につながる取り組みができると考えている。ただし、この事業段階までも含めた長期的な戦略については今後の研究課題として残っている。

3.今後の研究の見通し

 今後については、一つは「包括的なコミュニティ戦略」にむけた「領域横断的なアプローチ」を継続したいと考えている。私自身は教育学の研究者だが、実際の研究においては、都市工学、公衆衛生学、社会学、社会心理学など多分野の研究者と協働している。さらに、より効果的な地域づくりのためには、こうした他分野の研究者の連携で生まれた成果を、自治体の計画立案者、コミュニティ・オーガナイザー、外部支援者が共有できる枠組みの構築も必要だと考えている。
 もう一つは、地域づくりの「試行段階」における住民学習を可視化して、地域づくりを長く継続するための仕組みを研究していきたいと考えている。あわせて、研究者らが住民の地域づくりを支援する「伴走型支援」について、誰が、いつまで、どのように伴走するのか、についても考察を深めていきたい。

(本稿は、2023年12月19日に開催した政策研究会における発題を整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
荻野 亮吾 日本女子大学人間社会学部准教授
著者プロフィール
東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。東京大学高齢社会総合研究機構特任助教、佐賀大学大学院学校教育学研究科准教授等を経て、2023年4月より現職。社会教育などの教育的視点から、長野県飯田市、大分県佐伯市、岡山県岡山市などの具体的事例を分析し、持続可能な地域形成に向けた「コミュニティ・エンパワメント」の手法を研究している。日本学習社会学会理事、日本公民館学会理事、全国社会教育職員養成研究連絡協議会理事、港区社会教育委員を務める。著書に『地域社会のつくり方』(勁草書房、2022)、『地域教育経営論』(大学教育出版、2022)等。
地域づくりを考える上で近年、注目されているのが、「信頼」「互酬性の規範」などのソーシャル・キャピタル(社会関係資本)である。既存の様々なコミュニティが衰退しつつある中で、いかにソーシャル・キャピタルを涵養し、地域活性化につなげていくか。実践的な事例をもとに考察する。

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