欧州議会選挙と欧州連合(EU)の動向

欧州議会選挙と欧州連合(EU)の動向

2024年5月17日
1.はじめに

 2024年6月6日から9日にかけて、欧州連合(EU)では各加盟国で欧州議会議員の選挙が実施される。欧州議会(European Parliament)という組織やそれが実施する選挙については日本であまり馴染がないが、今後のEUおよび欧州の政治や安全保障、経済政策などの行方を左右する重要な選挙である。
 現在、EUを取り巻く環境や国際情勢は厳しさを増しており、それが今回選挙におけるEU市民の投票動向に影響を及ぼすことは間違いない。そこで、欧州議会及び欧州議会選挙の概要を紹介したうえで、EUが抱えている問題や課題に触れ、最後に選挙の予測と展望を試みてみたい。

2.欧州議会とは

 欧州議会(European Parliament)とはどのような組織なのか、EUにおけるその位置づけと権能を見てみよう。EUの主要な機関には、EU加盟国の首脳で構成されEUの政治的方向性を決定する「欧州理事会」、EU法の立案・政策実施・予算執行を司る「欧州委員会」、加盟国政府の閣僚で構成される主たる意思決定機関の「EU(閣僚)理事会」、EU法の順守や平等な適用を判断する「EU司法裁判所」、そしてEU理事会と共同で立法を行うのが、EU市民の声を代表する欧州議会である(図表1参照)。欧州議会は加盟国から直接選挙で選出された議員で構成され、世界で最も強力な権限を持つ立法機関の一つとも言われている。


 欧州議会の権能は、EU理事会と共に立法府を形成し、共同で法案を決定することにある。但し議会や立法府と呼ばれるが、法案の提出権限は無い。EUの立法プロセスは特殊で、基本的に欧州委員会が法案や政策案、予算案を提出し、それをEU理事会(閣僚理事会)と欧州議会が共同で採択するシステム(共同決定手続き)になっており、EU理事会と欧州議会の双方が同意することが必要とされ、決定権が理事会にある分野は限定的になっている。上院がEU理事会、下院が欧州議会に当たるとされる。また欧州議会は欧州委員会委員長の選出や、不信任案の採択により欧州委員会を総辞職させる監督権限も有している(図表2参照)。

 元々、法案の修正・否決・最終的な採択という立法権限を有していたのはEU理事会だけで、欧州議会の役割はあくまでも諮問的なものに留まっていた。議員の選出も加盟国の国内議会の任命制であった。しかし、1979年から欧州議会議員が市民の直接選挙で選ばれるようになり、直接に選挙されたという正統性を得たことから、リスボン条約に至る一連の基本条約の改正過程で、欧州議会はEU理事会との共同立法権を大部分の政策領域で獲得するようになったのである。
 議員の定数は751だったが、2020年1月の英国のEU離脱で英国が保持していた議席が削減されたため705議席になった。しかし2023年、域内の人口増加に対応するため定数を増やすことが欧州議会で提議され、定数を720とすることがEU理事会で採択された。そのため、今回の選挙では720議席が争われる。議員の任期は5年、各国を一選挙区とし、議席数は各国の人口比で配分される。最も多いドイツが96議席、キプロスやルクセンブルクなどが6議席となっている。
 欧州議会は超国家的な会議体であるため、各国内に存在する政党がそのまま議席を構成するわけではない。イデオロギーや主義思想が近い各国の政党や議員が連携し、EUレベルで独自の会派(政党グループ)を形成している。会派に認定されるためには、7ヵ国以上の国から25人以上の議員が参加することが要件となっている。
 現在、主な会派は7つ(無所属は除く)あり、規模の大きいのはドイツのキリスト教民主同盟やスペイン国民党など中道右派(キリスト教民主主義など)の政党グループである「欧州人民党(EPP)」と、フランス社会党やドイツ社会民主党などの中道左派(社会民主主義や民主社会主義)のグループである「社会民主進歩同盟(S&D)の二つである(1)。欧州議会の選挙は、民主的に実施されるものとしてはインドについで世界で2番目に多い有権者によって実施される。また国境を越えた選挙としては世界最大の規模である。欧州議会はストラスブールとブリュッセルの二か所で会議を行い、議会事務局はルクセンブルクに置かれている(図表3参照)。

3.前回選挙の結果

 2019年の選挙では、主流の二大会派である中道右派政党グループ「欧州人民党(EPP)」とフランス社会党やドイツ社会民主党など中道左派グループ「社会民主進歩同盟(S&D)」の双方を合わせても、議席の過半数を大きく割り込むのではないかとの予測が強かった。それは、各国の政権を握ってきた主要政党に代わって反EUや反移民を掲げる右派政党(英国ではEU離脱を掲げる新政党の「ブレグジット党」、フランスでは極右の「国民連合(RN)」、ドイツでは「ドイツのための選択肢(AfD)」、イタリアの「同盟(Lega)」など)が躍進する勢いを見せ、これら極右と呼ばれる政党が全体の3割を確保するのではとの見方も出ていた。EUに批判的な政党が支持を広げたのは、中東やアフリカからの多数の移民の流入によって治安が悪化し、また雇用が奪われることへの不満や警戒感が強まり、EUから主権を取り戻し、国境の管理を厳しくすべきとの主張が各国で支持を集めるようになったことが背景にある。
 そうしたなか、2019年5月23日から26日にかけ欧州議会選挙が実施された。過去20年で最高の投票率(50.9%)を記録した選挙の結果、EU懐疑派が大躍進するとの事前の懸念を覆し、親EU派が議席の3分の2を占める形となった(図4)。即ち、1979年の選挙開始以来、40年間にわたり安定的過半数を占め議会で大連立を組んできた中道右派の「欧州人民党(EPP)」と中道左派の「社会民主進歩同盟(S&D)」の2大政党グループの総議席数が過半数割れになった。しかし、同じ親EU勢力であるリベラル派の「欧州自由民主連盟(ALDE&R,現在の「欧州刷新(RE)」の前身)」と「緑の党・欧州自由連合(Greens/EFA)」が議席を伸ばしたことから、親EU派は引き続き議席の3分の2を占め依然として議会多数派を維持することが出来た。


 一方、極右政党および欧州統合懐疑派政党のグループである「欧州保守改革(ECR)」、「自由と直接民主主義の欧州(EFDD)」、「国家と自由の欧州(ENF)」は3党併せて約25%の議席を獲得したが、選挙前に予想されていた程の地すべり的な勝利は起きなかった。イタリアでは、サルヴィーニ氏率いる「同盟(Lega)」が28議席を獲得し勝利を収めたが、「同盟」と連携したル・ペン氏を党首とするフランスの「国民連合(RN)」は、同国内では第一党に躍り出たものの、2014年に獲得した議席数には至らなかった。EU懐疑派の議席は僅かに伸びただけで、前回とそれほどの変化は出なかったといえる。また極左政党グループの「欧州統一左派・北欧緑左派同盟(GUE/NGL)」は議席を減らした。
 このような結果になった背景、理由としては、高い失業率や不平等の拡大、数百万人にのぼる移民・難民の流入危機などに直面し、ヨーロッパ市民の多くが既成政党に幻滅、またEUのガバナンス能力に不満と不信感を抱き、それに乗じて反EU極右のポピュリスト政党が力を伸ばした。だが他方、反EUの政党が議席を増やせば、EUがめざす欧州の統合と深化の勢いが減速するだけでなく、米国のトランプ政権と同様、欧州でも自国第一主義が力をもたげ、EUとしての一体感や自由と民主主義などの価値観が揺らぐ恐れも懸念された。それが極右政党の躍進に一定のブレーキを掛けたものと思われる。また環境問題に対する関心と意識の高まりが緑の党・欧州自由連合の議席アップに繋がったといえる。
 親EUの基本軸は保たれたが、選挙の結果、各会派が群雄割拠し、議会の分極化が進んだ。今後は、長年続いた2大政党の大連立から「欧州自由民主連盟(ALDE&R)」や「緑の党・欧州自由連合(Greens/EFA)」が重要な役割を担う複数政党連立へと構図が変化していくとの予想が強まった。

4.EUを取り巻く国際情勢

 では今回の選挙を前にして、いまEUが直面している問題や課題は何であろうか。前回選挙が行われた2019年からの5年間で起きた大きな出来事は、英国の離脱、それにウクライナ戦争の勃発とその長期化が挙げられる。英国が離脱した当初は、EU懐疑派の声が高まるのではと懸念された。だが離脱した英国の側では、離脱は失敗であった、離脱すべきではなかったとの批判や反省の声が現在も強いのに対し、従前から国家間統合に消極的でEUの足並みを乱しがちな英国が抜け出たことで、残留する27加盟国には逆に一体感が強まり、離脱問題は沈静化した。
 一方、2022年2月に起きたウクライナ戦争がEUに与えている影響は非常に大きいものがある。ロシアへの経済制裁でロシア産の天然ガス供給が途絶え、エネルギー価格の高騰を招いたほか、農産物市場への影響やウクライナからの大量の避難民の受け入れ、さらにウクライナへの軍事支援の実施などEU各国は負担の重圧に直面する状況が続いている。なかでも特に大きいのが農民のEUに対する怒りや不満である。

5.農民の反乱

 欧州統合の歩みにおいて、常に困難な問題を引き起こしたのが農業であった。例えばローマ条約によってEUの前身である欧州経済共同体(EEC)が1958年に創設された際、関税同盟の形成とともに、共同市場を創出するための共通政策の実施が目的に掲げられたが、各種の共通政策の中で最も紛糾したのが共通農業政策(CAP:Common Agricultural Policy)だった。EEC加盟6カ国には互いに異なる農業政策があったが、それら複数の政策を一つに纏め上げるのは至難の業であったのだ。
 それでも努力を重ねた結果、域内に農産物の共同市場を作り、自由な流通を図り、農産物の共通価格を設定するとともに、域外の農産物については課徴金を課して流入を制限する措置が実施された。だがCAPについては、余剰農産物の扱いや農産品価格支持のための各国の分担金問題を巡る利害対立がその後も長く続くことになった。
 そして今回、ロシアのウクライナ侵略を機に、 中東欧諸国の農業従事者がウクライナ産農産物の流入を巡りEUの農業政策に強く反発、激しい抗議運動を繰り返しており、EUの大きな政治社会問題となっている。それは、次のような事情による。
 そもそもウクライナは豊穣な「欧州の穀倉地帯」とも形容され、大量の穀物を産出し輸出してきた。しかし、2022年2月にロシアウクライナ戦争が勃発、侵攻したロシア軍がオデッサなど黒海沿岸の主要の積み出し港を封鎖したため、ウクライナ産の穀物輸出が立ち往生する事態となった。
 この事情を考慮し、EUは黒海ルートに代わりウクライナと国境を接するポーランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、スロバキアの中東欧加盟5カ国から欧州にウクライナ産の小麦、鶏肉などが輸出される「連帯回廊」を設けた。同時にEUは、ウクライナの農産物に対する関税と割当量を免除(廃止)する措置に出た。その結果、移送ルートになった5カ国はじめ欧州各国で価格が割安なウクライナの穀物が大量に出回り、競争力で劣る地元の穀物生産農家が痛手を受ける事態が発生したのである。例えば開戦前35.1万トンだったEU圏へのウクライナ小麦が23年には600万トンと17倍に増加し、小麦価格の暴落を招いている。この事態にEU加盟国の農民が反発したのだ。ポーランドはロシアの侵攻を受けるウクライナを最も手厚く支援する国の一つだが、廉価なウクライナ産穀物が自国に流入している事態に、「ウクライナに裏切られた」と農家が怒りの声を上げている。
 EUは23年5月、5か国の要望を受け、ウクライナ産穀物の移送ルート5カ国内での販売を禁止する輸入規制を認めたが、同年9月には輸入規制を撤廃した。そのため、ポーランド、ハンガリー、スロバキアの3カ国は自国内でウクライナ産農産物の販売を禁止する独自の規制を導入したが、依然として低価格の農産物は出回っている。その後、国連などの努力で穀物輸出の黒海ルートが復活したにもかかわらず、EUはウクライナ産農産物に対する関税免除措置を25年6月までさらに1年延長することを決定したため、EU各国の農民の怒りは激しさを増した。黒海ルートが復活したのだから免除措置は不要と抗議。関税免除ではなく、黒海ルートの安全確保ためにEUは金を使うべきと反発を強めている。EUは一部産品については、輸入が急増した場合の緊急輸入制限(セーフガード)を設けたが、農家の反発はいまも続いている。

EUの環境政策への不満

 農民のEUに対する不満は、ウクライナ産農産物に対する優遇装置だけではない。EUが進める環境政策が農民の生活を直撃しているとの不満がかねてから指摘されていた。世界第2位の経済規模をもつEUは、「地球温暖化に歯止めをかける」として2015年に調印されたパリ協定を踏まえ、炭素排出を2030年までに1990年の水準と比較して55%削減するとともに、2050年までに温室効果ガス排出量の実質ゼロを掲げる「欧州グリーンディール」政策を2019年に発表した。
 この政策の下、農業分野においては、2030年までに「農薬や化学肥料の使用量を50%削減する」ことや「全農地の25%を有機農業にする」ことなどを法制化した。さらにEUは2022年から農地の一定割合を休耕地とし、作付けを行わないことなどもつけ加えた。
 EUは、酪農はメタンなど温室効果ガスを排出するため縮小し、農薬や化学肥料を使わない有機農業の面積を強制的に広げる考えでいる。牛や羊のげっぷに含まれるメタンガスは温室効果ガスの発生源となるからだ。国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書によると、世界における温室効果ガスの内訳は、76%がCO2、次に多いのがメタンで16%、亜酸化窒素6・2%、フロン類が2%と続く。特にドイツでは、温室効果ガスのうち、主に酪農・畜産業に由来するメタンや亜酸化窒素などの比率が20%と高くなっている。「地球温暖化の原因は農業にあり」と言わんばかりの政策で農業を「悪者扱い」し、畜産・酪農家に飼育頭数削減や農場の強制閉鎖を強要するとして、ドイツをはじめ各国の農家はEUに強く反発する。有機農法では、生産コストは増大するが収量は減少し、農家の経営は苦しくなるばかりだ。

免税・補助金削減への怒り

 更に国別の施策や事情も農家の生活を直撃している。例えばフランスでは、国内の農家には、農薬や肥料の使用量の制限をはじめ他のEU諸国と比べても厳しい規制を課している。その一方で中南米やウクライナからは規制も関税もなしの農産物を大量に輸入している。フランス国内の農業は国際競争力を失い、結局は安く買いたたかれる結果になっている。またフランス政府は、「地球温暖化防止」を掲げてディーゼルエンジンを2030年までに廃止する方針を掲げ、ディーゼルエンジンへの増税を発表している。これまでは農業用のディーゼルエンジンには免税措置がとられていたが、それも撤廃する方向で、農家は高いディーゼル燃料やディーゼルエンジンを買わなければならず負担は増大する。
 ドイツでは、農家向けの補助金削減が激しい反発を招いている。ショルツ政権が2022年にコロナ禍対策向けの予算のうち、使われずに残っていた600億ユーロ(9兆6000億円)の国債発行権を、経済の脱炭素化やデジタル化のため基金を流用した。しかし、連邦憲法裁判所が昨年11月にこの予算措置に違憲判決を下した。この判決によって2024年度予算に170億ユーロ(2兆7200億円)の不足が生じてしまった。
  不足する170億ユーロの穴埋めのために、政府は農家向け補助金の削減に出た。ドイツ政府は1992年以来農業向けトラクターの車両税を免除してきた。また農業用ディーゼル燃料にかかるエネルギー税についても、税制上の優遇措置を実施していたが、ショルツ政権は昨年12月、これらの農業補助金を突然、「二酸化炭素削減に逆行する補助金」とし、2024年から廃止する方針を発表した。補助金の廃止によって農家全体の税負担は9億ユーロ(1440億円)増えることになった。農家に対して補助金削減を強行する一方でショルツ政府は違憲判決後も、化学メーカーや製鉄所の生産プロセスで使われる化石燃料を水素に切り替えるための補助金や、外国の半導体メーカー工場を誘致するための補助金は温存してきた。そのしわ寄せを蒙ったとして農民の怒りが爆発した。
 農民たちの抗議デモに恐れをなしたショルツ政権は、農業用トラクターへの車両税導入撤回、農業用ディーゼル燃料への税制上の優遇措置も一度に撤廃するのではなく、2026年までに3段階にわけて撤廃するとの譲歩案を示した。 だが、ドイツ農民連盟はこれに納得せず、農業用ディーゼル燃料への税制上の優遇措置の廃止も撤回することを求め、今年1月、約1週間にわたり全国の農民約3万人が約1万台のトラクターで各地の幹線道路や高速道路を封鎖し、首都ベルリンに押し寄せ、首都機能も麻痺する大規模な抗議行動に出た。
 フランスでもトラクターによる高速道路の封鎖などの抗議行動が開始され、1月下旬には全国に拡大し、各地の道路77カ所が封鎖された。最終的には「パリ封鎖」をめざし「国を麻痺させる」と叫び、1月31日には農業用トラクター200〜300台がパリに向けて高速道路を進んだ。フランス政府は警官約1万5000人と装甲車を出動させてトラクターのパリ進入を阻止するという大騒動となった。マクロン政権は、農家向けの支援策発表やEUによる環境規制の緩和を主張するなど対応に追われている。
 この両国に限らず、欧州各国では昨年秋から今年にかけて、大規模な農民の抗議デモが度々くり広げられている。イタリア、スペイン、ルーマニア、ポーランド、ギリシャ、ポルトガル、オランダ等々多くの国々でトラクターやトラックを繰り出し道路を塞ぎ、港湾を封鎖するなどの実力行動を展開している。各国農民のEUや自国政府に対する怒りはいまも収まる気配を見せていない(図表5参照)。

6.欧州で勢いづく極右政党

 EUの現状に対する不満は農民にとどまらず、広く各国の市民各層に広がっている。ロシアのウクライナ侵攻を受け、EU諸国は対露制裁に踏み切った。しかしロシア経済を破綻させることは出来ず、逆に制裁を発動させた欧州の側が経済不況に苦しんでいる。
 その最大の理由は、安価なロシア産エネルギーの調達を止め、コストの高いエネルギーに切り替えたことだ。燃料価格の高騰は物価の上昇やインフレを招き、ドイツを始めEU加盟各国を景気後退に追い込んだ。また中東からの移民の増大が問題化している中でさらにウクライナからの避難民も受け入れ、生活支援を続けている。しかし戦争が長期化し、ロシアの侵略を撃退するめどは立たず、停戦の動きも見えない。政府には武器支援などの負担がのしかかり、市民は苦しい生活を余儀なくされている。先が見通せない状況の下、支援疲れが顕著だ。反露・ウクライナ全面支援を掲げるEUの政策に批判の目が向けられ、対露制裁の解除や関係改善、ウクライナ戦争の停戦・和平実現を望む声が徐々に強まっている。
 さらに、英国がEUから離脱を選択した一因でもあるが、統合の進展でEUの権限が強化されたことへの反発も起きている。国民の権利義務に関わる問題は、国民が選んだ代表者で構成される議会の審議を経て決定されるべきものが、国民の信託を得ていない欧州委員会のEU官僚らが国家主権にかかわる事項に立ち入り、国に代わり政策を決定し、その履行を各国民に強いるのは納得がいかないという不満である。
 EUや各国政府に向けられた批判や怒りは支援疲れによって増幅され、それがポピュリズムと結び付くことで欧州では極右政党の躍進が続いている。2022年にはイタリアで極右中心のメローニ連立政権が発足した。次いで23年10月には、ウクライナの強力な支援国だったスロヴァキアで反EUの政党が政権を握った。9月末に行われた総選挙では単独過半数に達する党がなく、連立交渉の結果、極右の民族主義政党「スロバキア国民党」(SNS)を加えることで3党連立政権が発足、ウクライナへの軍事支援の停止を公約を掲げる親露左派の第一党スメル(「方向・社会民主主義」)のフィツォ氏が首相に帰り咲いた。
 ポピュリストのフィツォ氏は、ウクライナへの支援疲れの世情を踏まえ、ウクライナ支援停止に加え、ウクライナ戦争の即時停戦、ロシアとの和平交渉を求めている。またウクライナのNATO加盟は第3次世界大戦の始まりになると反対している。
 今年4月の大統領選挙では、フィツォ政権連立与党のペレグリニ元首相が親欧米派候補のコルチョク元外相を破り当選。フィツォ首相に近い大統領の誕生で、現政権の姿勢が国民から一定の評価を受けたことになり、EUの結束やウクライナ支援に影響が出る可能性がある。またフィツォ氏は隣国ハンガリーの外交政策と一致させることを公約に掲げ、選挙運動を展開した。そのハンガリーを率いるオルバン首相はロシアのプーチン政権と近いとされ、対露結束で常に欧州の足並みを乱している。ハンガリーは「法の支配が損なわれている」としてEUからの補助金が一部凍結され、ウクライナ侵攻後もエネルギー調達で依存するロシアと良好な関係を維持するなど欧州内で孤立している。
 また23年11月には、下院選挙が行われたオランダで極右の「自由党(PVV)」が改選前の議席を大幅に伸ばし、第一党となった。党首のヘールト・ウイルダース氏は典型的な右翼ポピュリストだ。反移民、反EU、反環境保護、反ウクライナ支援を掲げる「オランダ第一」主義者で、特異な髪型からも「オランダのトランプ」と呼ばれている。連立交渉では支持が得られずウイルダース党首は首相就任を断念したが、同党の影響力は今も強い。
 さらに2024年3月に実施されたポルトガルの総選挙では2015年から政権を担当してきた中道左派与党・社会党が敗北し、野党・社会民主党が中心となる「中道右派連合」が最多の議席を獲得。過半数には達しなかったが、新興の極右政党「シェーガ」が議席数を一挙に4倍に伸ばし躍進。モンテネグロ社会民主党党首が新首相に就任した。
 独裁体制が打倒された1974年のカーネーション革命から4月で半世紀。ポルトガルでは歴史的経緯により極右への拒絶反応が強かったが頻発する政治家の汚職疑惑や低成長、住宅価格の高騰などに対する有権者の不満が追い風となり、安定した二大政党制が続いてきた同国でも極右が躍進し、欧州の右傾化の傾向が一段と鮮明になってきた。「シェーガ」の躍進は、欧州各国の極右勢力にとって6月の欧州連合(EU)欧州議会選に向けた追い風になるのではとの見方もある。

7.議会選挙の予測と展望

 今回の欧州議会選挙における最大の注目点は、欧州各国で勢力を強めつつある右派政党、とりわけ強硬な移民規制や自国優先主義を掲げる極右がどれだけ議席を増やすかだ。前回2019年の欧州議会選挙の投票率は有権者の半数を上回り高かった。一方、欧州議会が24年春、EU市民を対象に行った世論調査では、「次期欧州議会選挙に関心がある」との回答は60%で、2019年の選挙3カ月前に実施した同調査より11ポイント上昇。「投票に行くか」という問いには71%(同10ポイント上昇)が行く予定と回答した。投票率が過去最高だった前回選挙以上に、今回の選挙への関心の高さが伺える。
 公表されている各種選挙予測や世論調査では、欧州議会はより右傾化し、自身が所属する集団の利益を追求する“アイデンティティ政治”が前面に出る可能性が高いとの分析が多い。即ち、現在最大議席を有する中道右派の「欧州人民党(EPP)」と第2勢力の中道左派、「社会民主主義進歩連盟(S&D)」の2大体制は変わらないものの支持率は低下し、「アイデンティティと民主主義(ID)」などEU懐疑派の極右政党の躍進を予想している。
 前回2019年の選挙では初めて「欧州人民党(EPP)」と「社会民主主義進歩連盟(S&D)」の両グループを合わせた議席が過半数を下回ったが、第三党に中道リベラルの「欧州刷新(RE)」グループが付けたことから中道派の親EU政党グループの過半数は維持された。だが今回の選挙では「アイデンティティと民主主義(ID)」が「欧州刷新(RE)」を抜き第三党となる可能性が指摘されており、その場合、欧州議会のパワーバランスは大きく変化することになろう。
 昨年10月の選挙でポーランドでは極右の「法と正義」党が政権の座を維持できず、自由民主派で親EUである連立政権が復活し、トゥスク前EU大統領が首相に返り咲いた。同じ頃選挙を実施したスロバキアとは対照的な結果となったが、トゥスク首相は今年4月、国民に欧州議会選挙の投票を促す演説で、親露路線を推し進め、反ウクライナ感情、反欧州感情をかき立てる極右候補に注意するよう呼びかけた。一方、欧州委員長再選を目指すフォン・デア・ライエン氏は支持獲得のため、保守・欧州懐疑派の「欧州保守・改革グループ(ECR)」の一部と協力する用意があると発言、これまでの中道右派、親ウクライナの立場を微妙に修正し、EUの環境保護や安全保障、産業政策の緩和可能性を仄めかしている。
 欧州議会で極右政党の存在感が増すことになれば、少なからず欧州全体の政策の方向性に影響を与えることになろう。目下、政策面で最大の争点は移民規制を巡る問題とみられるが、自国優先主義が高まることで保護貿易の志向も強まる恐れがある。また「アイデンティティと民主主義(ID)」に所属する極右政党は、国内産業保護のために環境規制を緩めるべきとの主張をしており、欧州最大の成長戦略であるグリーン化の進展を阻害しかねない。
 では極右政党はどの程度議席を伸ばすだろうか。多くのメディアが予測するように、中道政党が議席を減らす一方、ポピュリストの極右政党が伸長し、議会の構成が分極化することは間違いないと思われる。その分、議会運営の舵取りも難しくなり、意思決定にこれまで以上に時間が掛かる公算が大きい。ただ、選挙後も議会の中心は伝統的な中道グループが維持するものとみられ、極右政党が親EUの中道勢力にとって代わったり、議席が拮抗する程の勢いにはならないと予測する。
 その根拠の一つとなる欧州評議会が今年1月に行った世論調査である。これを見ると、占領地回復のためのウクライナ支援継続と和平交渉推進のいずれを選ぶべきかの設問に対し、回答が3:4で接近、拮抗している。支援疲れは進んでいるが、極右政党が主張するように支援を中止し即時和平を求める意見はさほど多くない。またトランプ政権の誕生で米国がウクライナ支援を縮小した場合、EUはどうすべきかについても「支援強化と現状支援の維持」を望む意見が40%を超え「支援縮小と和平後押し」より多くなっている(図表6参照)。

 これらの数値から、支援疲れのため、反露・親ウクライナ支援のEUの基本政策に対する絶対的な支持は低下してはいるが、極右の主張する支援停止・和平推進を強く支持し急進的な政策変更を求める者は多くなく、極右が多数派となる事態は回避できると思われる。EI批判票は増えても、欧州統合や民主主義が根底から覆ることには繋がらず、ポピュリズムに対し良識の歯止めが働いているということだ。
 米国の大統領選挙でトランプ氏が復権を果たした場合、米国もEUもウクライナ支援を採り止めたら欧州はどうなるか。ロシアの脅威が一挙に増大する。そのような事態は避けねばならないという意識がEU市民に働いている。「もしトラ」の不安感が極右台頭のブレーキ役になっているのだ。またポピュリストの頭目で右派増勢を目指すハンガリーのオルバン首相の政治姿勢が親露だけでなく親中でもある点に批判が強まっている。今回の習近平訪問はオルバン首相への不信感を増幅するであろう。さらにドイツで支持率を伸ばしている極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が移民の大量追放計画を謀議したとか、同党の欧州議会議員のスタッフが中国の情報機関のためにスパイ活動をしていた容疑で逮捕されるなどの不祥事が相次ぎ報じられたことなども極右躍進ブームを鎮静化させたといえる。

8.最後に

 21世紀が幕を開けた頃、EUは統合の質的深化と東方への拡大に向けてダイナミックな動きを見せていた。質的深化については、経済統合の総仕上げとなる共通通貨ユーロの流通や地域紛争などの危機処理に当たるEU独自の緊急対応部隊創設が挙げられる。EU拡大の動きも活発であった。マ−ストリヒト条約O条は「欧州のすべての国は欧州連合構成国となるよう申請することができる」旨定めている。これを受け冷戦後、中・東欧諸国の加盟申請が相次いだ。中・東欧諸国が加盟を急いだのは、経済的な理由が大きかった。EUに加盟すれば共通農業政策からの補助金や、地域の社会資本整備や雇用促進を目的とする構造基金の適用を受け多額の援助を期待できる。国際的信用も向上し、投資対象としての価値も高まる。またロシアの脅威を緩和するという政治・安全保障上の要請もあった。EUにとっても、中・東欧地域は経済市場として魅力的だった。
 そして2004年5月、中・東欧8か国(旧ソ運のエストニア、ラトビア、リトアニアの3か国、ポーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキア、スロベニア)と地中海の島国マルタ、キプロスの10か国がEU加盟を果たした。この第5次拡大で、冷戦下東西に分断された欧州は再び“一つのヨ−ロッパ”として合体した(ヤルタ体制の克服)。07年1月にはブルガリアとル−マニア、さらに2013年にはクロアチアが加盟し、28か国体制となった。
 第5次拡大から約20年が経過した。現在のEUからは当時の勢いを見出すことは難しい。機構拡大の動きも停滞に陥り、拡大どころか2020年には英国がEUから離脱、他方、トルコをはじめマケドニア、コソボ、セルビア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、アルバニア、アイスランドが加盟を希望し、ウクライナ、モルドバ、ジョージア等CIS 諸国もEU入りの機会を窺っているが、加盟実現の具体的なスケジュールは固まっていない。
 冷戦後急速に組織が拡大したことや、ドイツ首相メルケルの引退で牽引役を失い、EUの凝集力や一体性確保が難しくなっている。しかもロシアの脅威が増大するなど欧州を取り巻く情勢が厳しさを増し、いまEUは多くの解決困難な課題を抱え、呻吟の最中にある。昨年暮れ、ドロール元欧州委員長が逝去した。EUの機能強化と拡大を牽引したドロール氏の死去は、EU伸長躍進の時代が去ったことを象徴しているように思える(2)
 当面、EUは守りの姿勢を強いられることになろう。今回の欧州議会選挙で極右が多数派を占める状況は避けられたとしても、世論の拡散多様化の下でEU政策の方向付けが難しさを増すことは間違いない。さらに11月の米大統領選挙の結果次第では、国防費の大幅増額や対露対ウクライナ政策の方針転換を迫られる事態も起きかねない。今後の動きを十分注視していく必要がある。

(2024年5月10日、平和政策研究所上席研究員 西川佳秀)

 

●注釈

(1)欧州議会が設置された当初、社会主義グループ、キリスト教民主主義グループ、それに自由主義連帯グループの三つの会派が形成された。その後、社会主義グループは中道左派の「社会民主進歩同盟(S&D)」、キリスト教民主主義グループは中道右派の「欧州人民党(EPP)」、自由主義・連帯グループは欧州自由民主同盟グループを経てリベラル・自由主義の「欧州刷新(Renew)」に継承されている。EU議会の総議席数(705)における2024年2月現在の主要会派の比率は次のとおり。

中道右派「欧州人民党(EPP)」:187議席 26.6%
中道左派「社会民主進歩同盟(S&D)」:148議席 21.0%
穏健リベラル会派「欧州刷新(RE)」:97議席 13.8%

 そのほか、中道左派では欧州緑グループ・欧州自由連盟(Greens-EFA)、左翼・極左の欧州統一左派・北方緑の左派同盟(GUE/NG)、右翼・極右に位置するアイデンティティと民主主義(ID)、欧州懐疑派の欧州保守改革グループ(ECR)がある。

(2)フランスの政治家で、1985〜95年の10年間にわたり欧州委員長を務めたジャック・ドロール氏は、単一欧州議定書やマーストリヒト条約の発効に尽力。92年に人、モノ、資本、サービスが国境を越えて域内を自由に移動できる市場を整備したほか、93年のEU発足、共通外交・安全保障政策の創設を実現させ、99年のユーロ導入に至る経済通貨統合に道筋を付けた。半面、連邦主義的な統合を批判しEU各国の主権を重視したサッチャー英首相(当時)とは、度々対立した。23年12月27日パリの自宅で死去した。98歳だった。

国際情勢マンスリーレポート
ウクライナ戦争やガザ紛争などにより世界秩序が変動する中、大きな役割をもつ欧州の動向も関心事だが、2014年6月、欧州議員選挙が開かれるのを前に、現状と今後の動向を分析する。

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