日本における危機管理体制の課題 ―防災と有事にどう対処するか―

日本における危機管理体制の課題 ―防災と有事にどう対処するか―

2024年5月22日
はじめに

 2024年は、元旦早々に最大震度7の能登半島地震が起きて国民に大きな衝撃を与えた。またウクライナ戦争やガザ紛争など国際情勢も不安定さを増している。そこでここでは、そうした内外の危機への対応体制の現状を振り返りつつ課題を指摘したうえで、今後への対応を展望してみたい。
 一般に「国難」という言葉を聞いて何を連想するだろうか。まずは日本が戦争に巻き込まれることだろう。そしてわれわれが住む日本列島がなくなる(「日本沈没」)ことも考えられる。そもそも戦争が起きる以前に日本列島がなくなってしまえば、われわれは一体どこで生活することができるのか。
 そのようなレベルに至らないにしても、最悪を想定する中で、ここ数年間「国難級」の事態が起こるだろうと何度もいわれてきたが、その代表が(日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震、首都直下地震、南海トラフ地震などの)大規模地震災害であった。しかし、それらの地震がここ数年起きていない中、今年の元旦に最大震度7の能登半島地震が発生したのだった。この地震は、誰も予想していない出来事であったが、実際に起きた。

1.能登半島地震(2024)から見えてきた課題

(1)「喉元過ぎれば熱さ忘れる」日本の体質

 これまで長年防災対策などの分野にかかわる中で感じたことは、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」という格言である。つまり能登半島地震においても、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」ような事態が起きてしまったのだった。
 その事態とは何か。その象徴が、避難所に雑魚寝状態で避難している住民の姿だった。つまり、30年ほど前(1995年)に発生した兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)のときから、避難所の改善が全く進んでいないことであった。30年前から時間が止ってしまったような状態だと痛感する。
 現地の避難所(体育館や公民館など)を見ると、冷たい体育館の床にブルーシートや毛布は敷いているものの、一晩寝れば腰が痛くなるような環境で、全くプライバシーが保護されない状態だ。これは29年前の阪神・淡路大震災から何も変わっていない。この間、日本は何をやってきたのか。これが先進国の避難所の姿と言えるだろうか。難民キャンプと言われてもおかしくないような状態だ。すでに5カ月が経過した現在(2024年5月)でも、このような避難所が存在している。
 避難所のトイレの状態も不衛生で劣悪だ。能登半島地震では断水が長く続いたこともあり、トイレは悲惨な状態だった。地震発生からおおむね2週間後あたりから、一部簡易トイレが設置されたものの、すぐに満杯になってしまうなど、厳しい環境に変わりはなかった。
 阪神・淡路大震災以降、東日本大震災、熊本地震などいくつも大規模な地震災害があったが、避難所対応はほとんど変わらなかった。
 1990年代、冷戦が終結して各地で内戦が起こり多数の難民が発生したことから、国際赤十字などが中心となり、人権・生命を守るための最低限の基準「スフィア基準」を設けた。これは避難所で人間が最低限の生活をする上で必要な、水・トイレ・生活スペースなどの基準を設けたのだった。日本の避難所は、その基準を満たしていない現状にある。

(2)諸外国との比較

 それでは諸外国はどうなっているのだろうか。
 例えば、イタリアは、日本と同様に、火山・地震・土砂災害など自然災害が多く発生する国だ。イタリアでは、基本的に災害発生2日後には、周辺の州から大型トレーラーでテント(7〜12人収容可)を運び現地に設置する。テントには簡易ベッド、冷暖房、シャワー、トイレの設備が備えられている。
 食事について言えば、日本では(冷たい)おにぎり、菓子パン、弁当、カップ緬などがまず提供され、自衛隊やボランティアによる炊き出しが来てようやく温かいものを食することができる。
 一方、イタリアでは、大型のキッチンカーが現地にかけつけ、温かいパスタ、肉料理などが提供される。ワインやビールなど、アルコール類も含まれている。被災者に寄り添った対応がなされている。
 日本は、無償で善意のボランティアに頼っているが、イタリアは、約120万人が平時からボランティア活動のため登録し訓練をしており、有事の場合、かれらは警察・消防と同じ扱いをされる。ボランティアに参加する人には傷害保険、旅費、日当が支給される。有給休暇を使った場合には、国がそれを保障してくれる仕組みがある(有償ボランティア)。
 日本の行政は、個々人の素人による無償のボランティアに依存しているが、これからは(訓練を受けた)プロの有償ボランティアを活用すべきだと思う。イタリアのボランティア団体の中には、ヘリコプターや重機を持っているところもある。
 次に台湾の例を見てみよう。2024年4月に台湾でも大規模な地震があったが、避難所の対応は日本とはかなり違っていた。メディアを通じてご覧になった方も多いと思うが、避難所になった体育館内には、地震発生の翌日にはテントが張られて、プライバシーの守られた生活空間が設けられた。
 他の国ができて、なぜ先進国である日本にできないのか。
 多くの被災者は、被災生活が終わり日常に戻ったら、避難所での苦しい生活を忘れてしまうのではないか。行政にしても、そのことを教訓として改善もせずに、同じことの繰り返しになっている。

(3)無策な防災対応

 昭和60年(1985年)に議員立法で「半島振興法」という法律が成立した。その第15条の四(「防災対策の推進」)には、次のような記述がある。

 国及び地方公共団体は、半島地域が三方を海に囲まれている等厳しい自然条件の下にあることを踏まえ、災害を防除し、及び災害が発生した場合において住民が孤立することを防止するため、半島振興対策実施地域において、国土保全施設、避難施設、備蓄倉庫、防災行政無線設備、人工衛星を利用した通信設備その他の施設及び設備の整備、防災のための住居の集団的移転の促進、防災上必要な教育及び訓練の実施、被災者の救難、救助その他の保護を迅速かつ的確に実施するための体制の整備及び関係行政機関の連携の強化その他の防災対策の推進について適切な配慮をするものとする。

 これを見ると、まさに今回の能登半島地震における避難所やトイレなど問題について整備することを推奨していた。この法律は、23の半島を対象としているが、この法律の内容自体は日本全国どこの地域にも当てはまるものだ。果たして、該当する半島を含め日本の各地で(地方自治体は)これらの防災対策をどれだけやっていただろうか。もちろん、地方自治体だけで進めることには限界もあるから、都道府県や国の支援も必要ではあるが、基本的には地方自治体が取り組むべき内容だと思う。
 輪島市や珠洲市のある奥能登半島地方では、数年前から群発地震が続いていたので、行政としては近い将来大規模地震が起きても不思議ではないと考えて、防災対策をしっかりすべきであったのだが、対策・備えに油断があったようだ。
 阪神・淡路大震災(1995年)以降、能登半島地震まで、震度7クラスの地震が7回発生している。つまり、約4年に1回の割合で大規模地震が起きているわけだ。しかも中央防災会議が予想していた大規模地震の地域とは違ったところでこうした地震が起きている。こう考えると、日本中、どこでもこうした大規模地震が起きてもおかしくない。
 日本に安全な場所があるのだろうか?世界の地震が起きる場所を記したデータを見ると(略)、日本列島は全部がそのプロットの中に含まれている。

2.大型病院船の導入の必要性

 「島国」という日本の自然条件を考慮したときに、日本も「病院船」の導入を積極的に進めるべきだと考える。米国、ロシア、中国、欧州諸国、アセアンの国々も病院船を保有しているが、日本にはない。日本の自然環境を考えたときに、災害対応として海からのアプローチは不可欠だ。洋上に病院機能を備えた施設を持つことは重要だ。
 病院船は、既存の医療施設として特定の港湾に停泊しているものではなく、災害に応じて被災地に派遣されるものであり、陸上の医療施設を補完することが期待される。病院船はみずから宿泊施設、食料などの保管施設及び発電などのライフライン供給施設を持ち、自己完結性を有しており、被災地の状況などに関係なく水や電気を供給し、比較的長期間連続した活動が可能なのである。
 例えば、日本の場合、3隻体制とし、1隻は点検中、残りの2隻は下関と函館に置いて有事に運用する。そうすれば日本海側でも太平洋側も24時間以内に被災地に派遣可能だ。平時には、訓練や研修にも活用できる。ところが、(一部国会議員が推進しようとはしているものの)厚労省、内閣官房、海上自衛隊など政府機関は、病院船の導入には反対だ。海上自衛隊は、輸送艦や護衛艦に病院船の機能があるので必要ないといい、厚労省は医療関係者の手配、平時の使い道や予算問題を挙げて反対している。
 今回の能登半島地震では、防衛省が民間の大型フェリーをチャーターして、被災者の宿泊などに対応した。国内の災害の場合は民間のチャーターも可能だが、もし台湾有事などの場合は、民間船では限界がある。しかし病院船の場合は活用が可能だ。ジュネーブ条約によれば、病院船はいかなる場合にも攻撃または捕獲してはならないとされる。病院船であれば、国民保護の観点からも、台湾に住む邦人や先島諸島に住む住民を安全に輸送することが可能だ。

3.自衛隊に係る課題

(1)安易な自衛隊依存を止める

 とくに東日本大震災以降、安易な自衛隊依存が見られ憂慮している。自衛隊の第一の任務は「国防」であり、自衛隊の災害派遣には、「緊急性」「公共性」「非代替性」の3要件が求められる。ところが、そうした要件を満たさない自衛隊派遣要請の事例が何度もあった。いくつか実例を示そう。
 2024年1月24日、(能登半島地震対応の主力部隊であった)陸上自衛隊10師団は、岐阜県知事から再派遣要請を受け、約350人が名神高速道路の除雪作業に従事した。本来、高速道路の除雪作業は中日本高速道路がやるべきものであり、事前に積雪量を想定し、通行禁止にしなかった中日本高速道路の危機管理体制の甘さが問題であった。自衛隊は「便利屋」ではない。
 また令和元年の台風15号により、千葉県の房総地域では多くの家屋の屋根が強風により吹き飛ばされブルーシートを張ることになった。このとき千葉県知事は、第一空挺団に災害派遣要請を行い、ブルーシートをかける作業を行った。ちなみに、その後、台風19号がこの地域を再び襲った時、自衛隊員が張ったブルーシートは飛ばされなかったという逸話がある。
 こうした作業は、民間でも十分可能なことであり、自衛隊派遣の3要件を満たしているとは言えない。

(2)自衛官の処遇改善

 年末年始、お盆などの期間、自衛官は最小限の部隊人員を残して休暇に入っている。今回の元旦の震災のような場合、非常呼集がかかって自衛官は帰省先などから駐屯地に戻ることになる。その際の交通費は、「国家公務員等の旅費に関する法律」の規定により、帰省は公務出張に該当しないことから、公費が支給されず自己負担となる。
 そして、災害派遣時の特殊勤務手当は、被災地では朝5時に起床し、多くは24時の消灯まで活動しているのに、日額1620円と定められている(注:最近、若干上乗せされたもののごくわずかな金額だ)。
 東日本大震災の時にも厳しい待遇の現実があった。自衛官が被災地で活動するとき身に着ける装備品(ヘッドライト、乾電池、皮手袋など)は、私物を使用し、下着などのインナーは自衛隊から支給されている枚数では足りないため、個人で購入したものを着用している自衛官がほとんどだ。とくに若い自衛官は給与が低い中、経済的負担が大きくなる悪循環の状態が続いている。
 こうした点についてももっと配慮する必要があると痛感する。(かつての日本軍のように)精神力だけでは限界がある。こうした問題の根幹には、自衛隊の憲法上の位置づけの曖昧さがあることは言うまでもない。
 拓殖大学の学長も務めた後藤新平(1857-1929年)は、次のような言葉を残している。
「国難を国難と気づかず、漫然と太平楽を歌っている国民的神経衰弱こそ、もっとも恐るべき国難である」。
 明治末期から大正時代に語った後藤のこの言葉は、まさに現在の日本にぴったりとあてはまると感じる。

4.安全保障上の危機管理

(1)日本周辺の安全保障環境の変化への対応

 日本をめぐる安全保障環境をみて見ると、中国の軍事拡張政策、台湾侵攻の危機、力による一方的な現状変更、北朝鮮による大量破壊兵器や弾道ミサイル開発の加速化、そしてロシアのウクライナ戦争の影響など、厳しい情勢が続いている。
 とくにウクライナ戦争から日本はどんな教訓を学ぶべきか。
 一つには、専守防衛で果たして大丈夫かという点である。専守防衛は、軍事的視点から見れば、非現実的な理念であり、専守防衛を突き詰めていけば、最後はウクライナで現在起きているような国民が犠牲となる本土決戦(地上戦)を覚悟しなければならなくなる。また、日本は、ウクライナのように国境が陸続きではなく、海に囲まれているため、地上戦となった場合、簡単に安全な場所に避難(国外避難)ができない。
 第二に、核シェルターの問題である。先の戦争では防空壕であったが、現在では核シェルターだ。日本の核シェルター普及率を諸外国と比べると、スイスやイスラエルが100%、ノルウェー98%、米国82%、ロシア78%、英国67%などとなっているが、日本はわずか0.02%だ(出典:NPO法人日本核シェルター協会)。また、韓国や台湾では、地下鉄を緊急避難所(防爆体)として設定しており、韓国ではソウルなどの大都市では人口の300%、台湾は人口の3倍をそれぞれ収容できるとされる。
 韓国の地下鉄の駅は、シェルターとして使えるように設計されており、日本の駅より頑丈な造りだ。とくにソウル市は地下鉄の駅が地下深くまで伸びており、多くの住民が避難できる構造となっている。
 日本では2024年3月29日に、政府が「武力攻撃を想定した避難施設(シェルター)の確保に係る基本的な考え方」を公表した。その中では、台湾有事を想定し、近接する先島諸島への避難施設(核シェルター)の先行整備を打ち出し、あとは既存の地下鉄施設の整備程度だ。また東京都は、都営地下鉄・大江戸線の麻布十番駅の防災備蓄倉庫を改修して3年後をめどにシェルター化を完成させるとしている。せいぜいこれくらいだ。
 第三に、EMP(電磁パルス)攻撃への対策である。情報・通信機器や社会インフラを麻痺させるEMP攻撃を受けた場合、有線・無線とも電子通信機器が使えなくなる可能性が高い。そうなると国民は情報収集手段を喪失してしまいかねない。
 EMP対策が最も進んでいる国はスイスだ。スイスの政府重要施設やインフラ、病院は、その対策を万全に行っている。日本はこれに対する対策は何もやっていない。
 第四に、「話し合えば何とかわかる」「分かってもらえる」という認識は(国際社会では)通用しないということだ。いつまでも平和な時代が続くという考えを、日本人はそろそろ捨てるべきである。戦争という「国難」が起こる可能性があることを想定して、覚悟を固める時代に来ていると思う。

(2)抑止力の問題

 抑止力には大きく「懲罰的抑止力」と「拒否的抑止力」がある。
 「懲罰的抑止力」とは、日本に対して攻撃を行った場合、敵に攻撃のコストが見合わないと判断させて攻撃を断念させることであり、「拒否的抑止力」とは、敵の目標達成可能性が低下すると思わせることによって攻撃を断念させることである。簡単に言えば、「やったらやり返すぞ」というのが懲罰的抑止力で、「やってもダメだぞ」というのが拒否的抑止力となる。
 反撃能力と抑止力は本来、一心同体の関係にある。ところが、日本では抑止力に対して強力なアレルギーがある。例えば、ある識者は、「日本が抑止力を高めれば高めるほど、日本は攻撃を受けやすくなる」とテレビでコメントしていた。
 さらにいつまでも「平和と安全」は「タダ」という意識も変える必要がある。われわれ国民が「平和と安全」に対する負担(コスト)を本気で考える時期にきていると思う。
 物理学者で随筆家の寺田寅彦(1878-1935年)は、次のように述べている(『天災と国防』1934年11月)。
「日本は(中略)気象学的地球物理学的にもきわめて特殊な環境の支配を受けているために、その結果として特殊な天変地異に絶えず脅かされなければならない運命のもとにおかれていることを一日も忘れてはならないはずである。日本のような特殊な天然の敵を四面に控えた国では、もう一つ科学的国防の常備軍を設け、日常の研究と訓練によって非常時に備えるのが当然ではないかと思われる」。
 このように非常に対応する体制をしっかり整備しておくことがいま何より必要なことであろう。

(3)「人材確保」という備蓄

 防衛の視点から言うと、備蓄はロジスティック(弾薬などの兵站力)であり、防災の視点でいうと、水、食料、トイレ、日用品などの備蓄である。もう一つ重要な備蓄として、「人材の確保」という備蓄を指摘しておきたい。
 例えば、自衛隊は現状の志願制のままで組織を維持できるだろうか。2040年には日本の出生数は約60万人まで落ち込むと予測されているが、今のペースだとその前に60万人を割り込むのではないかとさえ思われる。
 自衛官は現状で約23万人(予備自衛官を除く)いるが、男女比は9:1だ。しかし将来の男女は、5:5に近づいていくことも考えられる。
 ウクライナ戦争でも、「人」は大きな問題で、十分な数の兵士がいないと戦闘は継続できない。いくら高度な兵器を導入したとしても、人がいなければそれを活用することはできない。
 かつて戦国武将・武田信玄は、「人は城、人は石垣、人は堀」という言葉を残したが、まさに万国共通、時代を問わず、「人」なくして国は守れないということを、ウクライナ戦争は改めてわれわれに認識させてくれた。

5.これから取り組むべきこと

(1)オールハザード型の危機管理体制の構築

 2020年に始まった新型コロナウイルスの感染症も感染症法上の5類に移行してほぼ終息したが、今後、新たな感染症の発生によるパンデミック(世界的大流行)に加え、日本では大規模自然災害(首都直下地震、南海トラフ巨大地震、富士山噴火など)が起きる最悪の事態を想定しておかなければならない。場合によっては、地震と噴火が同時に起こるようなことも考えられる。
 こうした事態に対応できる体制が日本にあるかとなると、現状から言うと全くできていないと言わざるを得ない。今からでも日本は、米国の連邦緊急事態管理庁(FEMA)やイタリアの災害防護庁のように、あらゆる緊急事態・複合災害に対応可能な「オールハザード型」の司令塔機能を持つ組織が必要だろう。
 昨年(2023年)9月1日、岸田首相は感染症対応に特化した内閣感染症危機管理統括庁を発足させた。これを発足させた背景として、新型コロナ感染症対策の教訓として、「平時」から「緊急時」にスムーズに移行できる危機管理体制の整備がなされていなかったことがあり、それを教訓としたと考えられる。

(2)平時から緊急時への切り替えと憲法改正問題

 さらに言えば、日本国憲法に「平時」から「緊急時」にスイッチの切り替えができる緊急事態条項がないことが根本にある。緊急事態条項とは、パンデミックや甚大な自然災害、武力攻撃事態などが起こり国会が開けない場合、政府が一時的に法律と同じ効力を持つ政令を制定できるようにし、その結果、一時的に私権を一部制限できるようになるという憲法の規定である。
 諸外国の憲法規定を調べてみると(西修・駒沢大学名誉教授調査)、1990年以降に制定された104カ国中、緊急事態状況の明記がない憲法は皆無という。成文憲法を定めていない英国においても、緊急事態が生じた場合、政府が「マーシャル・ルール(戒厳令)」を発令することを認めている。
 日本と同じく第二次世界大戦で敗戦国となったドイツと比較してみよう。
 西ドイツ(当時)の基本法には緊急事態条項はなかったが、1968年に基本法を改正し、緊急事態条項を盛り込んだ「ドイツ連邦共和国憲法」を制定した。同法は、国内の反乱や災害等の内部的緊急事態と、外国からの侵略等の外部的緊急事態に分けるとともに、外部的緊急事態については、緊急事態の程度と性格に応じて、「防衛事態」、(防衛事態の前段階としての)「緊迫事態」等に区分し、段階的な対処方法を規定。同法には「移動の自由」を保障するが、同時に「伝染病の危険、自然災害、重大な災害事故に対処するために必要な場合、これを制限する」という規定も設けられている。そして東西ドイツ再統合後の、ドイツ連邦共和国の現憲法(ドイツ連邦共和国基本法)にも緊急事態条項が規定されている。
 憲法への緊急事態条項の明記が必要な理由について、ドイツの憲法学者コンラード・ヘッセ教授は、次のように述べた。
「憲法は、『平時』においてだけでなく、『緊急時』および危機的状況にあっても真価を発揮しなければならない。憲法が危機を克服するための配慮をしていないときは、責任ある国家機関は、決定的瞬間において憲法を無視する挙に出るほかすべはないのである」。
 ちなみに、明治憲法(大日本帝国憲法)には、緊急事態条項が明記されていた。そのため、公共の安全を保持するため緊急の必要があり、政府が帝国議会を招集することが困難と判断した場合には、法律に代わって発せられる「緊急勅令」と、政府の判断で予算の執行ができる「緊急財政処分」という規定が設けられていた。
 関東大震災(1923年)では、政府は食糧などを緊急調達する「非常徴発令」と、国民の私権制限を伴う「戒厳令」を発令するための緊急勅令などを出して、緊急事態に対応した。
 日本国憲法には、参議院の緊急集会の開催の規定はあるが、それすらも開催できない緊急事態が発生することは想定していない。
 実は、日本国憲法制定の過程で、日本側の憲法問題調査会が、GHQ(連合国総司令部)に提出した当初の憲法試案では、国会閉会中に緊急事態が起きた場合に備え、大日本国憲法下の「緊急勅令や緊急財政処分など」に代わる新たな緊急事態条項が盛り込まれていた。ところが、GHQは日本国憲法に緊急事態条項の明記を認めず、その後、両者が協議を重ねた結果、衆議院解散時の緊急事態に備えて、「参議院の緊急集会」のみが盛り込まれたのだった。

さいごに

 これまで述べた内容も含め、私が事務局長を務める「感染症と自然災害に強い社会を ニュー・レジリエンス・フォーラム」(会長:三村明夫・日本製鉄名誉会長)では、その「第4次提言」をまとめ、2024年4月25日に岸田首相に提言した。その主な項目は、次の5つである。
1)災害対応の統合司令塔を設置し、国・地方の指揮系統を確立せよ
2)地方自治体は各業界団体との間に包括的報歳協定を締結せよ
3)半島地域等の過疎地におけるインフラの強靭化を急げ
4)被災者目線の避難所に改善を
5)緊急事態対応にかかる憲法条文案の具体化を
 今後もこうした考えを広めるためにさまざまな活動を展開していく予定である。

(2024年5月7日、IPP政策懇談会における発題内容を整理して掲載)

政策オピニオン
濱口 和久 拓殖大学地方政治行政研究所特任教授・防災教育研究センター長
著者プロフィール
防衛大学校材料物性工学卒、名古屋大学大学院環境学研究科博士課程単位取得満期退学。現在、拓殖大学地方政治行政研究所特任教授、同研究所附属防災教育研究センター長。ほかに、日本大学法学部公共政策学科非常勤講師、東日本国際大学健康社会戦略研究所客員教授、日本航空学園理事長室アドバイザー兼特別講師、稲むらの火の館(濱口梧陵記念館・津波防災教育センター)客員研究員、(一財)防災教育推進協会常務理事・事務局長、産経新聞社「正論」執筆メンバーなども務める。主な著書に『リスク大国 日本 国防・感染症・災害』『日本の命運 歴史に学ぶ40の危機管理』『だれが日本の領土を守るのか?』ほか多数。
災害の多い日本であるが、その対応となると想像以上に遅れている面が多々あり、有事対応に関しても体制課題が多い。どう改善すべきか考える。

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