戦狼外交に変化の兆し?
中国外務省報道官の趙立堅氏が今年(2023年)1月、外務省の国境・海洋事務局副局長に異動した。昇進でもなく、前触れもない“突然の事後報告”という異例の人事だった。理由は定かでないが、氏はSNS(ネット交流サービス)等で攻撃的な対外発信を続け、「戦狼(せんろう)外交」の代表格といわれた人物だ。
戦狼外交とは、中国による他国に対する威嚇や恫喝手段も含む攻撃的な外交スタイルをいう。中国のアクション映画『戦狼 ウルフ・オブ・ウォー』からの造語である。そして趙立堅氏更迭と時をほぼ同じくして、中国外交の流れがそれまでの戦狼外交からより穏健で平和志向を想起させるものへと微妙に変化し始めた。
まず、これまで対立が先鋭化していた中豪関係に変化が現れた。2月6日、中国の王文濤商務相とオーストラリアのファレル貿易・観光相がオンライン協議を行い、中国による豪産大麦やワインへの高関税等輸入規制の見直し問題について対話の継続・強化で一致、また中国が規制してきた豪産石炭の輸入が再開される見通しになった。
台湾政策にも変化が見て取れる。昨年夏中国はペロシ米下院議長訪台に抗議し、台湾周辺で大規模な軍事演習を行い緊張が高まった。それに比して年明け後は台湾海峡の中間線を越えての戦闘機の飛来が散発化するなど台湾への露骨な軍事的威嚇を控える傾向にある。
さらにロシアのウクライナ侵攻から1年目の2月24日、中国外務省は「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」と題する文章を発表した。ロシア・ウクライナ双方に歩み寄りを求め、直接対話の再開や停戦、和平交渉開始を呼びかける12項目の和平案である。
内容をみると、各国の主権尊重や国連憲章など国際法の遵守、冷戦思考の排除、市民と戦争捕虜の保護、戦後再建の推進など普遍的な原理やアプローチが盛り込まれ、平和実現に積極的に取り組もうとする中国の姿勢をアピールするものとなっている。和平実現のために中国が具体的にどう行動するのかについては示されていないが、それまでの戦狼外交とは一線を画した動きと言える。また和平案では、NATOに代表される冷戦型の軍事ブロックを作るべきではないとし、それに代わりバランスのとれた欧州の安保組織構築を支援するなど米国の国際秩序に抵抗し、新たな国際枠組みの構築を促している点も注目に値する。
中国の仲介でサウジ・イランの関係修復
その後、中国の気球が米国本土上空に飛来し、米軍機がこれを撃墜した事件が起きた。そのため米中関係が悪化、予定されていたブリンケン米国務長官の北京訪問は急遽延期されたが、その直後の3月10日、長年敵対してきたサウジアラビアとイランが中国の仲介で7年ぶりに外交関係を正常化させることが明らかになり世界に衝撃を与えた。
イラク戦争20年を前にオースティン米国防長官が中東を歴訪し、イランの脅威を訴えた直後の合意発表であり、戦後長く中東に影響力を行使してきた米国の後退と、それに入れ替わる中国の中東への進出を国際社会に強く印象付ける出来事であった。昨年12月にサウジアラビアを訪問した際、習近平がサウジの事実上の指導者であるムハンマド・ビン・サルマン皇太子に橋渡し役を申し出て、ムハンマド皇太子がこれを受け入れたのがきっかけになったといわれる。
中国はサウジアラビア、イラン両国と良好な関係を維持してきた。そのサウジとイランはイエメンやシリアで戦闘が長期化し、双方とも疲弊が深まっていた。しかもこれまでこの地域の平和と安定に動いてきた米国は、自らが石油輸出国となったことや、ウクライナ戦争及び台湾問題への対応に追われ、中東問題解決の意欲も余裕も失いつつある。その隙を巧みに突いた中国外交の勝利であった。
自由や民主主義といった普遍的価値観に拘り、その受容遵守と普及のための外交を目指す米国とは異なり、善悪や正義不正義を問わず、関係国の利害を直視し、その妥協点探しに徹する実利的な中国の外交手法が両国に受け容れられ易かったことも、合意達成が可能となった一因と言える。
中露首脳会談とウクライナ和平
中東に続き、中国はウクライナ戦争でも和平実現の調停役として振舞った。3月20日、中国の習近平国家主席がロシアを訪問し、プーチン大統領とウクライナ情勢などについて会談した。2日間の会談を終え、両首脳が署名した共同声明では、ウクライナ戦争解決における「対話」の重要性を強調するとともに、中露が米欧諸国に対し共同対処していく方針を明確にし、米欧の対露制裁に一致して反対するとともに、ウクライナへの軍事支援の停止などを訴える内容であった。両首脳の会談内容の詳細は伝わってこないが、4時間を超える長時間のテタテでの話し合いが行われたことから考えて、ウクライナ戦争の今後の対応について相当突っ込んだ意見交換が行われたものと思われる。
そして会談後の共同記者発表で習氏が「中国は客観的で、公正な立場で積極的に和平交渉を促していく」と述べ、プーチン氏は、中国が2月に示した12項目の和平提案の多くはロシアの立場と一致し、西側諸国とウクライナが取り組む用意を示せば平和的解決の基礎となり得るとこれに応じた。首脳会談を通して、中露連携の強さを誇示し米国や自由陣営を牽制するとともに、中東に続きウクライナ和平の実現でも中国が積極的役割を果たす決意をアピールし、責任ある国際大国としての評価を獲得することに習近平氏の狙いがあった。
その目的は一定程度果たせたと言えるが、今回の習近平訪露では先に発表した12項目の和平案をより具体化するような提案はなされなかった。また当初噂されていた習近平国家主席とゼレンスキー大統領との会談や対話は実施されず、ロシアとの協議だけに終わったため、中国が期待した程のアピール効果は生まれなかった。
しかし、ゼレンスキー大統領は中国の示す和平案に関心を示しており、今後両国間で和平条件に関する協議の場が設けられたり、習近平ゼレンンスキー会談が実現する可能性もある。大統領選挙を控え、米国内では共和党を中心にウクライナ支援の削減・見直し論議が強まっており、バイデン政権もそうした声を無視できない立場にある。
米欧からの軍事支援の先細りを懸念するウクライナとしては、中国とも一定のパイプを保持しておきたいところだ。事実ゼレンスキー大統領は3月29日、習近平氏をウクライナ医招待する意向を表明し、開戦以来接触の無かった中国とのコンタクトに動き出している。ウクライナ戦争でもサウジ、イラン仲介工作と同様の下地がある。中国はロシア、ウクライナ双方と深い関係を持っている。両当事国は1年以上にわたる激戦でともに疲弊を深めている。しかも米国が和平や停戦の実現に動く様子を見せない。こうした状況を活かし、中国がここでも”平和の使者“を演じ、和平や停戦の仲介に動く可能性は否定できない。
さらに中国は、アジアでも和平の仲介役を演じる機会を狙っている。欧米や国際社会が関心を失いつつあるミャンマーで、国軍と民主派の対立に関与する動きが見られるのだ。こうした一連の中国の動きを、今後も十分に注視していかねばならない。
“平和の仲介役”外交の狙い:Pax Americaに変わる権威主義的国際秩序の構築
中国が外交のスタンスを変化させ始めた背景や動機は何か。これまで中国の対外政策と言えば、一つには、清朝当時の領土回復を目指し、軍事的な威嚇の手段によって周辺地域に膨張し支配領域の拡大を進める覇権主義的な外交が、いまひとつは、途上国への経済支援や開発援助を通じアジアアフリカ地域の途上国に対する影響力を拡大するとともに自国の内需不足を補うことで、中国人労働者の雇用確保や海外事業展開推進を狙う経済を軸とした一帯一路外交が頭に思い浮かぶ。
最近における中国外交の変化は、二つの類型に分けて考える必要があろう。一つは、威嚇や軍事力を用いた恫喝的な外交スタイルを控え、対話を尊重するソフトイメージを前面に押し出した外交手法だ。豪州や台湾などに対する外交では、このアプローチが採られている。この背景には、戦狼外交で悪化した中国のイメージ払拭を図ろうとする思惑がある。欧米諸国が戦狼外交を進める中国への警戒心を高め、軍備強化を加速化させていることで、台湾制圧や南シナ海などでの膨張・領土拡大といった中国の外交目標達成が難しくなっている。
そこで中国に対する警戒心を解き西側諸国からのリアクションを防ぐとともに、特定の国に焦点を合わせハードからソフトへと外交姿勢を変じることで、西側同盟の分断離反や対中政策での足並みの乱れを促す狙いがあると思われる。“遠交近攻”の国際政治原理に則り、中国は周辺諸国に戦狼外交で臨むことが多かったため、微笑外交は専ら中国の周辺諸国に対して用いられる場面が増えるであろう。
いま一つが、「平和の仲介役」として、国際紛争の調停や解決に積極的に取り組む姿勢を強調する外交スタイルだ。先の微笑外交が戦術的なものとすれば、この仲介役外交は中国の長期的な国際戦略に関わる動きだ。三期目入りを果たした習近平は自らの権力基盤の強化を背景に、より高い次元に外交の目的をシフトさせようと考えている節がある。ロシアとの連携で米国の対中包囲網に対抗するだけではなく、既に経済・軍事大国となった中国をさらに政治大国として発展させる狙いとも言える。
責任を果たす国際大国としての中国を世界に印象付けるとともに、米国が支配してきたこれまでの自由主義的な国際秩序を凌駕する新たな権威主義的国際秩序を構築し、世界をリードする覇権国家となる。それが仲介役外交に込められた究極の目的ではないか。中国の国家イメージ改善に留まらず、また清朝当時の領土回復という単なる膨張主義でもなく、米国に代わり中国が権威主義的価値観に基づいた国際世界の新たな秩序や枠組みを打ち立て、世界を権威主義の色に染めようとする戦略だ(パクスアメリカーナに代わるパクスシニカ)。
新国際秩序構築のビジョンを描く習近平国家主席にとって、香港や台湾は構築を目指す権威主義勢力圏の中の自由主義勢力の飛び地である。かってのソ連における西ベルリンに匹敵する存在と映る。それゆえ、経済的に大きな損失を招くことが自明であっても、民主自由といった米国的秩序のショーウインドウ的機能を持つ香港や台湾を自らの影響下に完全に取り組み、欧米的価値観の喧伝を排除することが必須の要請となる。
一国二制度の維持を約し、また世界経済の中で大きな存在感を発揮していた香港を国内秩序の中に組み込んだのと同様に、努めて早期に台湾もとり込もうとするのも、領土奪還や周辺地域への影響力拡大に留まらず、新中華秩序とも呼び得る権威主義国際体系を完成させるための不可避の政策と捉えていると理解すべきであろう。
ウクライナ戦争で中国の対露優位が明確化した現在、権威主義国際秩序の頂点に立つのは無論中国であるべきだが、ユーラシア大陸の西方や中東、アフリカを取り込みグローバルな秩序の構造を作り出すには、ロシアとの連携が不可欠である。そのためウクライナ戦争でロシアが崩壊し中国が孤立化する事態は絶対に避けねばならず、ロシアへの支援は必要と認識している。そして中露連携の下、自由か抑圧かといった二項対立的に価値観を押し付け、その選択を迫る米国式の外交姿勢を否定し、様々な利害や価値観を包含させての仲介方式によってグローバルサウスを自らの陣営に取り込んでいこうとするのが中国の狙いである。
変わらぬ覇権主義外交の本質
もっとも、戦狼外交が微笑外交や仲介役外交に全て置き換わったわけでは決してない。ソフトムードの外交を演じる一方、世界の多くの地域ではこれまで同様の威嚇を主体とする対外政策が続けられている。フィリピンでは2022年6月にマルコスジュニアの新政権が発足、23年1月にはマルコスジュニア大統領と習近平国家主席の首脳会談が行われ、紛争を平和的に解決することで合意、また両国間に連絡ルートを創設することでも合意した。
ところが、2月には中国海警局の船がフィリピンの巡視船にレーザーを照射したほか、操業中のフィリピン漁船への妨害行為も日常化するなど中国の威圧的行動は改める気配を見せていない。東シナ海でも、中国海軍艦艇の行動は活発化しており、尖閣諸島周辺に海警船を送り込み日本の領海を侵犯する類の挑発的な行為を頻繁に繰り返している。
台湾に対する行動が自制的になっているのは、来年予定されている台湾での総統選挙を意識し、露骨な威嚇によって国民党の政権奪還を阻害せぬようにとの思惑があるからだ。それゆえ、平和と対話のムードを演出する一方、中国は選挙に向けて台湾世論を誘導するため、積極的に情報戦を展開し、反中反国民党世論の切り崩し工作を活発化させている。一見平和志向を装いながら、国民党政権の下で台湾を吸収、取り込むことで軍事力の直接的行使以外の方法による台湾占拠を狙っている中国の真意を見誤ってはいけない。微笑外交はあくまで戦術であり、総統選挙の結果や米台の出方次第では、いつでも恫喝的な行動を再来させるであろう。中国は、戦狼と微小の外交を、世界や地域の醸成、達成すべき目標、相手国政府の現況などを基に巧みに使い分けている。
またアフリカや中南米、太平洋島嶼地域ではこれまで同様、中国は一帯一路の名の下に開発支援のための莫大な資金を途上国に供与、また政権幹部への賄賂の提供などを武器として、次々と中国の影響の下に取り込む露骨な経済外交を繰り広げている。平和の仲介役として振舞う外交は、世界の注目を集める中東やウクライナで展開されてはいても、他の多くの地域では戦狼外交や債務付けの札束外交が継続されている事実を見落としてはいけない。
そもそもウクライナ和平の提案に関しても、中国はウクライナ戦争勃発後これまで、ロシアの侵略を一度たりとも批判していない。対露経済制裁にも加わらず、それどころかロシアの苦境に付け込み安価な石油を大量に輸入して自国の利益増大に動いている。12項目の和平提案で国際法遵守を打ち出しながら、侵略行為を糾弾しない外交姿勢を以て“平和外交”や“平和の仲介役”と呼ぶことは出来ない。国際法理や国連決議順守を謳いながら、公然とそれに反しミサイル発射を重ねる北朝鮮についても、中国は擁護の立場を崩してはいない。
新たな中国外交のスタイルと日本の採るべき対応
結論的に纏めれば、対話重視の微笑外交は、国際社会における中国のイメージ改善を図り反中政策を緩和させ、また西側同盟内部の離反分裂を促す戦術的アプローチである。一方、平和の仲介役を演じる外交は、責任ある国際大国としての評価を得るとともに、権威主義国際秩序樹立を目指しての長期的な国家戦略といえる。
微笑外交で習近平政権が狙うのは、例えば台湾問題での有利な環境作り(台湾総統選挙での国民党の勝利、台湾侵攻に対する国際世論の警戒心緩和、台湾侵攻能力確保までの時間稼ぎ等)や米豪の離反であり、平和の仲介役外交は、自由と民主主義を基調とする欧米の国際秩序を凌ぐ権威主義的国際秩序構築のための第一歩と見るべきであろう。
いずれの外交手法も、共産党及び習近平の二重独裁体制下にある中国外交の覇権主義的な性格を変化させるものではない。日本は、中国の軍事的恫喝や領土奪取の脅威に備えるだけでなく、そのイメージ戦略やプロパガンダに惑わされることなく、中国がめざす権威主義的国際秩序の構築を阻止するため、欧米諸国と連携し自由と民主の原理に基づく開放的な国際秩序の防衛に努める必要がある。
(2023年3月31日、平和政策研究所上席研究員 西川佳秀)