地域社会の変容と信仰基盤組織(FBO)の役割 ―新しいコミュニティ政策への提言―

地域社会の変容と信仰基盤組織(FBO)の役割 ―新しいコミュニティ政策への提言―

2022年2月1日
はじめに

 欧米では宗教・信仰を基盤とする組織は「信仰基盤組織」(FBO)と呼ばれ、地域社会で公共的役割を担う民間部門のひとつとして広く認識されている。FBOという概念は、まだ日本での認知度は高くない。しかし、近年、地域社会づくりに住民やNPOなどの多様な主体が参画することが期待されており、そのなかで宗教の社会貢献活動もあらためて注目されている。本稿では、日本の地域社会の変容と政府のコミュニティ政策の展開を振り返り、「信仰基盤組織」(FBO)の概念と活動事例を紹介したうえで、地域社会づくりにおける行政とFBOの連携を提言する。

1. 日本の地域社会の変容

「無縁化」する地域社会

 NHKが2010年に制作・放送した「無縁社会〜“無縁死”3万2千人の衝撃〜」は、大きな反響を呼んだ。「無縁社会」とは、「つながりのない社会」「縁のない社会」を意味する。番組では、「身元不明の自殺」「行き倒れ」「餓死」「凍死」などの「無縁死」(孤独死)が、年間3万2千人にものぼることが紹介された。これは年間の自殺者数に匹敵する規模である。その後、「無縁社会」という言葉は広く普及し、メディアなどでも頻繁に採り上げられるようになった。
 現代日本は高度経済成長を経て豊かな消費社会を手に入れたが、その過程で、個人と社会を強く結びつけていた家族(血縁)、会社(社縁)、地域(地縁)などの中間集団が崩壊し、親密な人間関係が失われていった。人びとのつながりを取り戻し、いかにコミュニティを再生するかは、地域社会に共通する課題となっている。以下では、戦後の日本社会において地域社会がどのように変化していったかを振り返る。

伝統的コミュニティの崩壊

 「地域社会」は、空間性や地域性を意味する「リージョン」と、社会生活上の共同性や統一性をもつ「コミュニティ」という二つの側面を持つ概念である(小内2006)。そして「コミュニティ」は、「人間が、それに対して何らかの帰属意識をもち、かつその構成メンバーの間に一定の連帯ないし相互扶助(支え合い)の意識が働いているような集団」を指すとされる(広井2009)。
 戦前の日本の地域社会は農村が圧倒的に多く、そこでは生産・生活を基盤とする伝統的なイエ(家)とムラ(村)からなる共同性の強いコミュニティが形成されていた。一方、都市は農村と比べて数は少なかったが、市街地でも農業以外の自営業層などを中心に町会や町内会が組織され、人びとの強い結びつきが保たれていた。農村も都市も、共同性の強いコミュニティが地域社会の基本的な構成単位となっていたのである。
 そして、欧米でかつてキリスト教会がコミュニティの中心であったように、日本では古くから神社・寺院などの宗教関連施設がコミュニティの中心に存在していた。日本ほど多くの宗教的空間が全国にくまなく分布している国は世界でも珍しいという。そこでは伝統的な年中行事や祭りなどが行われ、コミュニティを維持するうえで宗教は重要な役割を果たしていたのである。
 戦後、こうしたコミュニティにおける人々の強く結びついた関係性は、徐々に弱まっていく。農村では、農地改革によって地主・小作人の関係は解消され、ほとんどが自営農となった。1950年代半ばから70年代初頭にかけての高度経済成長期には、産業構造が農業中心から工業中心へと変化し、農業は衰退する。
 農村の過剰人口は、新たな工業労働力として都市に移動していった。とりわけ、地方出身の若者たちが大量に東京や大阪などの大都市に移り住み、地域間の格差が拡大した。農村では1960〜70年代から、住民が減少する「人の空洞化」が問題となり、「過疎」という造語が生み出された。1980年代には耕作放棄といった「土地(利用)の空洞化」、1990年代には集落(むら)機能の衰退・脆弱化を指す「むらの空洞化」が問題となり始めた(小田切2021)。人口減少と農業の近代化によって生産・生活上の協力関係は弱まり、農村の共同体的性格は失われていった。
 一方、都市では人口集中の結果、居住環境の悪化、慢性的な交通渋滞、環境破壊など、人びとの働き方や生活環境が悪化した。また単身者の増加や核家族化が急速に進み、交通網の発達によって職場と家庭の距離が拡大、地域との結び付きや人びとの間の絆が希薄化した。職住分離が急速に進んだ結果、町内会・自治会などの都市コミュニティのもつ意味が問われるまでになり、「無縁社会」のような社会的孤立の問題も深刻化していった。
 こうして、かつて村落共同体・都市共同体として存在した狭い地域社会におけるコミュニティは、高度経済成長の過程で解体した(小内2006)。日本の地域社会は、人びとが強い絆で結びついた伝統的コミュニティの崩壊という質的変化とともに、急激な少子高齢化と東京一極集中による農山村の過疎化、都市の過密化という量的な変化にも晒されてきた。その結果、地域社会の持続可能性が危ぶまれているのである。

2. 政府のコミュニティ政策

「新しいコミュニティ」の創造

 日本全国で伝統的なコミュニティが崩壊していくなか、政府は1970年代初頭からコミュニティの再生を重要な政策テーマに位置付けた。1969年には国民生活審議会調査部会が初のコミュニティ政策文書となる「コミュニティ—生活の場における人間性の回復—」を発表した。この報告書は、その後の国や地方自治体のコミュニティ政策の基調をなすものとなっていく。報告書は、高度経済成長によって人々の生活が変化し、伝統的な地域社会が崩壊するなかで、「人間性の回復と真の自己実現をもたらす」ために「新しいコミュニティ」を創造する必要性を提起した。
 国民生活審議会の報告書を受け、自治省は1971年に「コミュニティ(近隣社会)に関する対策要綱」を定めた。「住民が望ましい近隣生活を営むことができるような基礎的な地域社会をつくるため、新しいコミュニティづくりに資する施策をすすめる」として、全国に「モデル・コミュニティ地区」を設置する政策を実施した。これらのモデル・コミュニティ地区では、コミュニティ・センターなどの集会施設の整備が進められ、様々な住民活動が展開された。
 その後も、コミュニティ推進地区設定(1983-85年度)、コミュニティ活動活性化地区設定(1990-92年度)と、合計で3次にわたるコミュニティ政策が展開された。いずれもモデル地区を設定して支援し、その成果が他の地区に波及することを期待するという施策であった。1993年度以降は対象を全市町村に拡大し、都道府県や市町村が行うコミュニティ・リーダー養成事業などの支援を行っていった(横道2009)。
 この当時の施策は、全般的に組織づくりやコミュニティ施設建設などに重点が置かれたため、ハード面での整備では一定の成果が見られた。しかしながら、当初期待された強い連帯感に支えられた住民による住みよいまちづくりなど、ソフト面での充実した地域コミュニティ形成の面からは、必ずしも十分な成果に結びつかなかったとされている1

コミュニティ政策の変化

 1980年代後半から1990年代初頭にかけ、日本経済は「バブル景気」と呼ばれる空前の好景気を迎える。高度経済成長期のように再び経済を優先する社会となり、各地で盛んにインフラ整備や都市開発が行われた。日本は経済大国として大きく発展したが、その反面、地域社会における人々のつながりや連帯感はさらに希薄化し、自治省を中心に形成されてきた地域コミュニティも事実上形骸化するところが多く見られるようになった2
 しかし1990年代前半になるとバブル経済が崩壊し、国内景気が急速に低迷する。国や多くの自治体で財政的余裕がなくなり、従来のような行政運営手法が困難になるなど、地域づくりの基本的な考え方の見直しが必要となった。
 そうした中、1995年1月、阪神・淡路大震災が発生した。このとき、震災直後から多くのボランティアが現地で様々な被災者支援活動に参加し、ボランティア活動の重要性に対する国民の意識が大きく高まることとなった。そのため、1995年は「ボランティア元年」と呼ばれている。
 1998年には「特定非営利活動促進法」(NPO法)が制定された。この法律により、国民が行う自由な社会貢献活動の発展を促進することが期待された。その後、数多くのNPO団体が認証され、福祉、まちづくり、文化・スポーツ、地域安全など幅広い分野で活動が行われるようになっていった。
 2005年には総務省の研究会が「分権型社会における自治体経営の刷新戦略—新しい公共空間の形成を目指して—」という報告書をまとめた。少子高齢化が進展する中、国や地方自治体は、財政状況の悪化もあり従来通り福祉を始めとする公共サービスを網羅的に提供することが難しくなってきている。そこで、行政でなければできない領域以外の公共的な領域を「新しい公共空間」と位置づけ、公共的サービスを行政と住民、行政と企業が連携して担っていくという考え方を打ち出した。
 この「新しい公共空間」においては、従来は行政が直接サービスを提供していたものを、住民との協働により提供していく「地域協働」という考え方が示された。地域協働とは、「一定の地域を前提として、そこに存在する住民が参画している多様な主体が、当該地域が必要とする公共的サービスの提供を協力して行う状態」とされている。この「新しい公共空間」と「地域協働」という考え方により、コミュニティに対する期待はさらに高まっていった。
 2009年には「新しいコミュニティのあり方に関する研究会報告書」が出された。この報告書では、地域の多様な力を結集した地域力を創造するため、地域コミュニティなどが目的を共有し役割分担しながら結集する新しい仕組みとして、「地域協働体」の構築を呼びかけた。
 このように、1990年代以降、コミュニティをとりまく環境は大きく変化し、様々な地域コミュニティやNPOなどの組織が地域社会づくりに参加するようになっていった。こうした流れの中で、それまでほとんど注目されることのなかった宗教を基盤とする組織に対しても、公共的な役割を担うことへの期待が徐々に高まっていったのである。

テンニースの共同体論:ゲマインシャフトとゲゼルシャフト

 ところで、ドイツの社会学者テンニースは、「ゲマインシャフト」(Gemeinschaft)と「ゲゼルシャフト」(Gesellschaft)の概念を提起し、近代社会のあり方を論じた。山田(2013)は、テンニースによる「ゲマインシャフト」「ゲゼルシャフト」の定義を次のようにまとめている。

ゲマインシャフト
自然意志・本質意志に基づく社会的結合で、和合・親密・友愛などを特徴とする、あらゆる分離や反発にもかかわらず本質的には結合している共同社会を指す。テンニースはこの具体的形態として、喜びや愛情によって人々を結合する血縁関係に基づく「家族」、共同体の習慣を形成する地縁関係に基づく「村落」、宗教や芸術を形成する友情関係に基づく「中世都市」をあげている。

ゲゼルシャフト
理性意志と選択意志に基づく社会的結合で、利益・契約・機械的などを特徴に、表面的なあらゆる結合にもかかわらず本質的には分離している利益社会を指す。テンニースはこの具体的形態として、契約や打算を原則とする「大都市生活」、資本と労働の契約関係に基づく「国民生活」、世論と科学を形成する「世界社会」をあげている。

 さらにテンニースは、ゲマインシャフト的な社会において文化や民族性は発展し、時代の進展とともに社会はゲマインシャフトからゲゼルシャフトへと移行すると考えた。またゲゼルシャフト的な社会において文化は衰退するとして、現代社会はゲゼルシャフト的な性格の強い社会であり、ゲマインシャフト的結合を回復する必要があると主張した。
 テンニースの考え方に照らせば、戦後の日本のコミュニティ政策は、当初から血縁・地縁などに基づくゲマインシャフト的共同体の再生はもはや困難だとの前提に立っていた。そして、ゲゼルシャフト的な利益社会に近い「新しいコミュニティ」の創造を目指していたといえる。前述の国民生活審議会報告書には、「コミュニティは従来の古い地域共同体とは異なり、住民の自主性と責任制にもとづいて、多様化する各種の住民要求と創意を実現する集団である」とあり、従来とは明らかに異なる共同体のあり方を目指していたことが伺える。そのため、たとえば地域社会の構成単位となってきた「家族」に着目し、これをコミュニティとして積極的に保護・支援するといった施策は見られない。また古くからコミュニティの維持・活性化に重要な役割を果たしてきた宗教や伝統文化を尊重するといった視点も不足していたといわざるをえない。
 前述のとおり、1990年代以降の社会的変化に伴い、NPOなどの様々な組織が地域社会づくりに関与できる環境が醸成された。そのなかで「宗教の社会貢献」に対する期待も高まりつつあるが、まだ日本では欧米ほど一般的な関心が高くないのが現状だ。そこで以下では、地域社会において宗教・信仰を基盤とする組織—いわゆる「信仰基盤組織」(FBO)—が果たす役割の意義について論じてみたい。

3. 地域社会における「信仰基盤組織」(FBO)

「信仰基盤組織」(FBO)とは

 稲場(2009)は、「宗教の社会貢献」という概念を「宗教団体・宗教者、あるいは宗教と関連する文化や思想などが、社会の様々な領域における問題解決に寄与したり、人々の生活の維持・向上に寄与したりすること」と定義している。しかし、白波瀬(2015)が指摘したとおり、この概念は漠然としていて、実体的なものとそうでないものとを含んでいる。とくに日本で国や地方自治体が政策的な概念としてもちいる場合、宗教に関わる言葉の定義はより明確であるべきだろう。
 一方、欧米では、古くから教会などの宗教組織は地域社会の公共的なサービスの担い手として認識されている。そもそも、欧米における社会サービスの起源はキリスト教のチャリティである。宗教的信念や信仰に基づいて様々な社会活動を行う団体が数多く組織されており、それらは「信仰基盤組織」(Faith-Based Organization; FBO)と呼ばれる。アメリカではFBOは行政用語としても使用されており、一般的にも広く知られている。
 アメリカ住宅都市開発省による広範な定義では、FBOは以下の3つのタイプに分類される3

①宗教組織(Congregations)
②教団および教団のソーシャルサービス機関を含む全国ネットワーク
③独立した宗教的団体

 髙瀬(2015)によれば、①「宗教組織」(Congregations)は、教会、シナゴーグ、モスク、寺院といった様々な宗教施設、およびそこに集まる人々をも含んだ概念である。キリスト教の「教会」(church)だけでなく、増加する移民たちの信仰や多様化する宗教組織を包括的に表現する語として使用されている。
 ②は、教団レベルの宗教組織で、全国展開している個々の組織の包括的な団体、および教団内の社会活動グループを指す。たとえば、キリスト教の各教団と全国規模のYMCA、YWCA、カトリック慈善団体(CCA)、ルーテル奉仕団(LSA)などのネットワークがこれにあたる。
 ③は、宗教組織との関係が必ずしも明示的でなはないが、その設立や運営に何らかの関係を持つ団体である。現場レベルでは、FBOは③に近い狭い概念でもちいられ、「教会などの礼拝施設とは異なる、社会活動のための宗教的基盤を持つ団体」を指す場合もある。
 ちなみに、白波瀬(2015)は、Faith-Basedという言葉のニュアンスが日本の状況にはあまり合わないとして、「宗教と結びつきのある組織(Faith-Related Organization; FRO)」という概念を提唱している。その理由として、「日本の場合、宗教団体を母体とする組織がないわけではないが、社会福祉や公共政策の領域におけるプレゼンスは欧米のように大きくない。むしろ日本では特定の宗教をもつ者がそうでない者とコラボレーションをするなかで事業が展開されていたり、宗教団体が公的機関との協働を展開するために便宜的に世俗的な法人として活動をおこなったりするケースが目立つ」と説明している。
 また野田(2018)によれば、近年、国際開発の分野でも貧困削減などに取り組むFBOは、市民社会の重要な構成要素と認識されている。宗教を基盤とした人道支援や開発協力が実践されており、国際協力NGOには宗教的基盤をもつ団体も多い。たとえば、欧米ではキリスト教を背景にもつChristian AidやWorld Visionなどの大手NGOが有名である。日本の国際協力においても、曹洞宗難民救済会議(JSRC)を起源とするシャンティ国際ボランティア会(SVA)、超宗派による団体であるアーユス=仏教国際協力ネットワーク、ネットワーク組織として仏教NGOネットワーク(BNN)などがある。

社会関係資本としてのFBOと宗教的伝統文化

 欧米では、様々な社会的活動を行うFBOを含め、宗教は「社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)」として重視されている。社会関係資本という言葉は20世紀初めごろから使われていたが、その概念はアメリカの政治学者ロバート・パットナムの研究によって広く普及した。パットナムはベストセラーとなった著書『孤独なボウリング—米国コミュニティの崩壊と再生』4のなかで、「社会関係資本が指し示しているのは個人間のつながり、すなわち社会的ネットワーク、およびそこから生じる互酬性と信頼性の規範である」と定義している。こうした社会関係資本が豊かなところは、組織や集団として強く、思いやりによる支え合い行為が活発化し、社会の様々な問題も改善される(稲場2013)。
 社会関係資本としての宗教集団の意義について、稲場(2011)は次のように述べている。

他人を信頼しにくいリスク社会で、人々はソーシャル・キャピタルの乏しい関係性を生きている。人間関係の希薄化である。しかし、信頼にもとづく人間関係なしでは人間は生きにくい。人々は信頼にもとづく人間関係を求めているが、ソーシャル・キャピタルの乏しい世の中では、なかなかそのような人間関係はえられない。その点、宗教集団は、もともとその内部に信頼構造を備えているので、それ自体が社会に貢献していると考えられる。そして、宗教集団は、人と人とのつながりを作りだし、コミュニティの基盤になっている。

 日本でも「無縁社会」に象徴されるような他人を信頼しにくい社会、人間関係が希薄化した社会は、社会関係資本が減少していると考えることができる。そして、宗教が人と人とのつながりを作りだし、コミュニティの基盤となるとすれば、日本の地域社会の社会関係資本を高める上でFBOが果たす役割は大きいといえる。実際、2011年の東日本大震災以降、FBOによる様々な支援活動が注目されるようになった。それをきっかけに、宗教社会学の分野などにおいても「宗教の社会参加/社会貢献」に関する研究が盛んに行われており、宗教は社会関係資本として理解されている。
 そして、FBOだけでなく、宗教と関連する自然環境や伝統文化も地域住民の生活と深くかかわって社会関係資本を形成すると考えられる。神社神道を例にとれば、櫻井(2002年)は、神社を①自然的環境、②文化の伝統・創造環境、③人的・社会的組織環境という三つの資源を内包する存在と位置付け、地域社会における宗教の「福祉文化資源」としての可能性について述べている。①としては、神社を囲む「鎮守の森」が環境保全モデルとなり、人間と自然の共生関係や「いのち」について考える場を提供している。②としては、「祭り」が有形・無形の文化を生成・伝承するとともに、地域社会において老人と子どもとのつながりを構造化し、「敬老」という観念を根源的に支えるシステムとして機能している。③としては、氏子集団が「合致集団」(世俗的・自然的であると同時に宗教的な集団)となり、地域の生活ニーズや課題とかかわりながらコミュニティ形成をもたらす、と指摘している。これらの要素は、いずれも地域社会で人びとの「信頼」「互酬性」「ネットワーク」を生み出し、社会関係資本を高める基盤になっている。他の宗教についても、様々な形で地域社会の伝統や文化とかかわりながら、社会関係資本を形成していると考えられる。

4. FBOの活動事例

 日本ではFBOという言葉自体はまだなじみが浅いが、FBOの概念に含まれる宗教者・宗教団体による慈善事業・社会福祉事業には長い歴史がある。明治期から第二次世界大戦時までは、公的な福祉サービスが未整備で限定的であったため、民間の事業体が主要な福祉サービスの供給や人権擁護の担い手となった。戦後・高度経済成長期には、国家の責任によって社会福祉制度が整備され、FBOのプレゼンスは戦前と比べ縮小する。しかし、1990年代以降の低成長期以降に分権化が進むと、国や地方自治体が民間の活力を積極的に活用するようになった。そのなかで、宗教団体・宗教者が中心となりながらも、宗教的装いをもたないNPOが台頭するようになっていった(白波瀬2015)。
 以下では、日本におけるFBOの具体的な活動事例をいくつか紹介する。

①東日本大震災における神社神道の活動
 2011年3月11日に発生した東日本大震災では、死者・行方不明者が2万人を超え、全国で今なお4万人以上が避難生活を続けている。震災直後、津波被害を受けた多くの地域では、神社が高台に鎮座していたため、住民の緊急の避難場所となった。そして住民たちは指定避難所や仮設住宅に移るまでの間、神社で共同生活を送った。その間、神職とその家族が避難者の対応やケアに携わった。また神社界のネットワークを通じて多くの神職が被災地に駆けつけ、物資の支援や炊き出しを行い、地域コミュニティにおける祭り、祈りの場である神社の再建支援を行った。そして多くの神職が、消防団員など地域社会の一員としてボランティア活動、遺体捜索や瓦礫撤去などの救援・支援活動に携わった。さらに、慰霊祭、復興祈願祭などを通じて、各地の神社が犠牲者の鎮魂と復興祈願の場になった(稲場2013)。

②東日本大震災における仏教の活動
 東日本大震災では仏教者による「読経ボランティア」もメディアの注目を集めた。仙台仏教会は、震災発生直後から、仙台市唯一の火葬施設である葛岡斎場において読経ボランティア活動を開始。釜石市では、釜石仏教会が組織され、宗派の違いにかかわらず無償で読経をする活動がなされた。読経ボランティアは、「近親者の突然の逝去がもたらす巨大な負の感情を和らげるために、宗教的儀礼が有効であり必要である」という認識の下、遺族に寄り添い続けた。「グリーフケア」の一環としてなされた活動であり、宗教者・宗教団体が行う公益的・社会的活動の一つと考えられている(田近2014)。
 なおグリーフケアについては、震災直後、地元の宗教団体の関係者で構成される「宮城県宗教法人連絡協議会」が、「心の相談室」を開設。宗教者、医療者、グリーフケアの専門家、宗教学者がこれに参加し、牧師・僧侶・神職による電話相談を行っている。また移動傾聴喫茶「カフェ・デ・モンク」を避難所や仮設住宅の集会所、寺院などで開催し、被災者の話を聞きその悲嘆に寄り添う活動を続けている。このような傾聴活動は、心のケアに携わる宗教者の資格「臨床宗教師」の制度化につながった。

③プロテスタント教会の沖縄ホームレス支援
 ホームレス支援の主要な担い手は、おもにプロテスタント教会およびカトリック教会と関係が深いFBOである(白波瀬2015)。沖縄のプロテスタント教会「沖縄ベタニヤチャーチ」は1999年に設立され、「弱い人、貧しい人、苦しい人、悩んでいる人を助けることを教会の目標」として、夜間に野宿者に教会を開放していた。その後、公園で積極的に野宿者にアウトリーチを行うようになった。ホームレス支援の規模が拡大したため、2005年には支援団体「プロミスキーパーズ」を設立。2009年には他機関との協働を促進させるため、NPO法人格を取得。刑務所出所者や生活困窮者、母子家庭の支援を行っているほか、2016年には子ども食堂「ゆがふぅ子どもサロン」を開設し、地域の貧困家庭で育つ子どもたちに夕食の無料提供や学習支援を行っている。
 2010年、プロミスキーパーズは沖縄県福祉保健部福祉・援護課の「ホームレス巡回相談指導等事業」の受託先となった。2011年からは厚生労働省の「ホームレス等貧困・困窮者の「絆」再生事業」の受託先として総合相談、居場所の確保、生活支援などを実施。さらに同年から、刑務所出所後の帰住先確保のための法務省の施策「緊急的住居確保・自立支援対策」の受け皿となった。

④キリスト教精神に基づく児童養護施設
 神奈川県の社会福祉法人「エリザベス・サンダース・ホーム」は、三菱財閥の創始者・岩崎彌太郎の孫、澤田美喜が1948年2月にキリスト教精神に基づいて設立した児童養護施設である。クリスチャンであった澤田は、ロンドンに駐在中に孤児院でボランティアとして奉仕、「お金で買えない幸せ」があることに深い感銘を受ける5
 第二次世界大戦後、澤田は駐留軍兵士と日本人女性との間に生まれた混血孤児たちの不遇な状況を目のあたりにし、この子供たちを救うための乳児院を創設する。祝福されずに生を受けた混血の子供たちが、母に連れられ、駅に捨てられ、あるいは門前に置き去りにされ、大磯のエリザベス・サンダース・ホームに引き取られた6。当時、占領下で日米の混血孤児は約5千人と言われ、そのうち同ホームで育った子供たちは約2千人にのぼる7
 やがて同ホームに生活する幼児たちが成長し、学齢に達し就学することになるが、当時は社会の偏見と差別が激しく、地域社会の一般の学校に入学させることは困難な状況であった。そこで、保護されている子どもたちのために、1952年に聖ステパノ学園小学校を設立、同年に幼稚園も併設した。さらに1959年には聖ステパノ学園中学校を設立、小学校から中学校まで9年間の一貫教育の組織を整えた。

⑤寺院を舞台とする環境学習を通じた地域交流
 京都にある法然院は、豊かな自然に囲まれた寺院である。年間100以上の催しが開かれており、宗教活動の場としてだけでなく、社会的役割を離れた個人の出会いの場、アーティストを育む空間、地域活動の拠点として多様な人が集まっている。現在の住職が1985年から市民と共同で法然院の豊かな自然環境を利用して「森の教室」を展開。当初は月一回の講演会を主としたイベントを行っていたが、1989年に世代を超えて自然を継承してゆく年間プログラムをもつ「森の子クラブ」を創設。さらに環境学習活動の拠点施設として、ギャラリー・ワーキングルーム・事務室を備える「共生き堂・法然院森のセンター」を開設(1993年)し、恒常的な活動に深化させていった。心地よい空間に集う人々との共同作業を通じて、現代に引き継がれたお寺を地域に開放する法然院の試みは、人と人、地域、自然を結びつける広い意味でのケアモデルとされている。神社やお寺が、ケアや環境学習、保育、イベント等の場として開放されることで、地域市民にとって豊かな自然環境や文化的・歴史的伝統に積極的にふれる機会となっている(広井2005)。

5. 提言

(1)ゲマインシャフト的視点に立ったコミュニティ政策を

 近代化・都市化に伴って地域社会の伝統的共同体が崩壊し、個人や家族が孤立化しているとの問題意識のもと、政府は1970年代からコミュニティ政策を展開してきた。そして「新しいコミュニティ」の創造によって人びとの連帯感や相互扶助の意識を回復し、地域社会を再生することを目指してきた。しかし実際の政策においては、地域住民の生活防衛や環境改善など、コミュニティの機能的側面に力点が置かれてきたといえる。その一方で、人間関係の希薄化や個人・家族の社会的孤立には歯止めがかからず、ますます深刻になっている。
 先に述べたように、テンニースは近代化によって社会が「和合・親密・友愛」などを特徴とするゲマインシャフト的共同体から、「利益・契約・機械的」などを特徴とするゲゼルシャフト的共同体へと移行するとして、ゲゼルシャフト的な性格の強い現代社会はゲマインシャフト的結合を回復する必要があると主張した。「無縁化」が進む日本の地域社会においては、人びとの精神的絆を形成するゲマインシャフト的共同体をいかに構築するかという視点に立った政策が、より一層求められている。
 ただし、現代の地域社会が直面する課題は、かつてないほど複雑化・多様化している。それらを解決するには、ゲゼルシャフト的共同体に移行したコミュニティを再びゲマインシャフト的共同体に戻すといった二律背反的な発想ではなく、それぞれの利点をバランスよく統合したコミュニティ政策のあり方を模索するべきである。

(2)地域社会づくりに宗教的伝統文化の尊重と家庭基盤充実の視点を

 すでに述べたように、かつて日本の地域社会では神社・寺院などの宗教施設がコミュニティの中心に存在し、人びとの社会関係をつくり出していた。文化庁『宗教統計調査』(令和2年度)によれば、現在も日本には神社が約8万1,000社、寺院が約7万7,000寺あり、地域社会で寺社がいかに身近な存在であるかがわかる。全国の市町村を対象に実施した2007年の調査では、「コミュニティの中心」として特に重要な場所は何かと質問したところ、一位が学校、二位が福祉・医療関連施設、三位が自然関係、四位が商店街、そして五位が神社・お寺という結果であった(広井2009)。地域社会の住民にとって、宗教関連施設は依然として重要な位置を占めていると認識されている。
 宗教的な儀礼や行為は、それに携わる人々の関係を強化し、社会を統合する機能をもつ。また宗教は、コミュニティの基盤となる「信頼」「規範」「ネットワーク」をつくり出す社会関係資本である。戦後の日本のコミュニティ政策においては、こうした宗教の社会的機能を重視する視点は欠如していたといわざるを得ない。政府や地方自治体は、今後の地域社会づくり政策に宗教の視点をとり入れるべきである。
 また、本稿ではおもに宗教やFBOの役割について述べてきたが、地域社会の中核である家庭を保護・支援する視点からの施策もあわせて重要である。家庭は地域社会の人間関係の原型であり、第一の社会関係資本である。地域社会の歴史や伝統文化を継承し、コミュニティを維持、発展させる基本的な基盤は家庭にある。

(3)行政は「信仰基盤組織」(FBO)とのパートナーシップを

 日本では、欧米のように「信仰基盤組織」(FBO)が行政と連携して公共的サービスを提供するという考え方は、まだあまり一般的ではない。しかし実際には、戦前から多くの宗教者・宗教団体が行政の手が及ばない領域で慈善事業・福祉事業を行い、社会的に排除された弱者の救済などにあたってきた。時代によって実践方法や活動領域は様々だが、日本の地域社会でFBOは人びとの暮らしと密接に関わっている。とくに近年、社会福祉の分権化・民営化の流れの中で、あらためてFBOの活動が注目されている。前項で紹介したようなFBOの活動は、本来、国や地方公共団体が行うべき活動、あるいは国や地方公共団体が関心をもたざるをえない活動である。行政もこうしたFBOの役割を積極的に評価し、新しい公共空間における地域協働のパートナーとしてFBOとの連携を深めるべきである。
 ただし、FBOが行政との協力・連携を推し進めようとすると、憲法の政教分離原則が問題となる。たとえば、東日本大震災ではいくつかの自治体で遺体・遺骨の安置所や火葬場などの公的施設において、宗教者による読経ボランティアの活動を認めないケースがあった。しかし、政教分離原則は、国家が宗教団体との間に行きすぎたかかわり合いをもってはならないとする原則であり、社会生活から宗教・宗教団体を排除しようとする原則ではない(田近2014)。行政には、宗教がもつ社会的意義や価値を尊重しつつ、政教分離原則を運用することが求められる。
 他方、FBOの側も地域社会を構成する一員として、自らの社会貢献活動に対する行政や住民の理解と支持を得る努力が必要である。さらに、多様な宗教を母体とするFBOによる超教派的な協議体を設置したり、社会活動を目的としたNPO団体を通じた活動を行うなど、行政がより連携しやすい体制を整えることも求められるだろう。

 

1  「地域コミュニティ活性化方策調査報告書」愛知県. 2009年3月. https://www.pref.aichi.jp/soshiki/shichoson/0000024554.html(2021年10月25日閲覧).

2  同上.

3  Faith-Based Organizations In Community Development, U.S. Department of Housing and Urban Development. (https://www.huduser.gov/portal/publications/faithbased.pdf)

4  Putnam, Robert D. 2000. Bowling Alone: The Collapse and Revival of American Community. New York:Simon & Schuster(柴内康文訳『孤独なボウリング —米国コミュニティの崩壊と再生』柏書房,2006年).

5  社会福祉法人エリザベス・サンダース・ホーム https://www.elizabeth-sh.jp

6  三菱人物伝 https://www.mitsubishi.com/ja/profile/history/series/people/15/

7  特定非営利活動法人 国際留学生協会 http://www.ifsa.jp/index.php?Gsawadamiki

 

<参考文献>

稲場圭信「宗教的利他主義・社会貢献の可能性」稲場圭信・櫻井義秀編『社会貢献する宗教』世界思想社. 2009年.

稲場圭信『利他主義と宗教』弘文堂. 2011年.

稲場圭信・黒崎浩行 編著『震災復興と宗教』(叢書宗教とソーシャル・キャピタル4)明石書店. 2013年.

大谷栄一・藤本頼生編著『地域社会をつくる宗教』(叢書宗教とソーシャル・キャピタル2)明石書店. 2012年.

小田切徳美「田園回帰と地域づくり—持続可能な都市農村共生社会を目指して—」政策オピニオンNo.185. 平和政策研究所. 2021年.

小内透「地域社会の編成と再編—リージョンとコミュニティのマクロな視点」『地域社会学講座I 地域社会学の視座と方法』東信堂. 2006年.

櫻井治男「神道福祉研究の展開に関する考察—福祉文化と神社神道に関して」『社会福祉の思想と制度・方法』163-174頁.永田文昌堂. 2002年

髙瀬顕功「独立性モデルによるFBOの類型」『宗教と社会貢献』 5(2) 1-25頁. 2015年10月.

田近肇「大規模自然災害の政教問題」『臨床法務研究』13巻. 岡山大学大学院法務研究科. 2014年7月.

野田真里「貧困撲滅の『最初のフロンティア』としてのコミュニティと社会関係資本、信仰基盤組織(FBOs)─SDGsと人間の安全保障の実現にむけての新たな開発パートナー」『アジア太平洋討究』第33号, 77-90頁. 早稲田大学アジア太平洋研究センター. 2018年.

白波瀬 達也『宗教の社会貢献を問い直す—ホームレス支援の現場から』(関西学院大学研究叢書)ナカニシヤ出版. 2015年.

広井良典『ケアのゆくえ科学のゆくえ』岩波書店. 2005年.

広井良典『コミュニティを問い直す—つながり・都市・日本社会の未来』ちくま新書. 2009年.

山田浩「ゲゼルシャフト」「ゲマインシャフト」山縣文治・柏女霊峰編『社会福祉用語辞典 第9版』75-76頁.ミネルヴァ書房. 2013年.

横道清孝「日本における最近のコミュニティ政策」『アップ・ツー・デートな自治関係の動きに関する資料』No.5, 自治体国際化協会・比較地方自治研究センター. 2009年.

政策レポート

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