暗黒物質・暗黒エネルギーの謎に迫る  ―我々の住む宇宙は何からできているのか―

暗黒物質・暗黒エネルギーの謎に迫る ―我々の住む宇宙は何からできているのか―

2022年2月9日
1. 宇宙の始まりの探究に欠かせない2つの方法

 最近、暗黒物質と暗黒エネルギーに興味を持ってくださる方が増えていると聞き、非常にうれしく思っている。本稿では、「我々の住む宇宙は何からできているのか」という素朴な疑問について考えていきたい。
 東京大学数物連携宇宙研究機構(IPMU)は、2007年に設立された。設立にあたっては、子どもが空を見上げながら思う素朴な疑問、つまり宇宙はどうやって始まったのか、宇宙に終わりはあるのか、宇宙はどういう仕組みなのか、宇宙にどうして私達がいるのかなどをテーマに掲げた。これらは誰もが思ったことがある疑問だが、そのような人類誕生以来の疑問に徐々に科学の力でメスが入るようになってきている。こういう研究を理解し、支援をしていたカブリ氏に寄付をいただくことで、冠にカブリが付き、カブリ数物連携宇宙研究機構とした。数学、物理、天文が連携して宇宙について研究をする場所である。
 筆者は11年間機構長を務めてきたが、ゼロから始めて、世界を走り回って研究者を集めた。全研究員の5割以上が外国人という日本では稀な研究所となった。
 宇宙はビッグバンで始まったと言われているので、ビッグバンからお話しすることになる。我々がどこから来たのかを知ろうとする時に必要な装置はタイムマシンである。しかし、残念ながら、物理法則に従うと、因果律を破ることはできないことになっているので、タイムマシンを使用することはできない。


 それで、我々が使用する道具が2種類ある。1つは巨大望遠鏡である。図1は、ハワイのマウナケア山頂にある日本の「すばる望遠鏡」である。鏡の大きさだけでも8.2 mある。それだけで4階建てのビルぐらいの大きさである。建物全体で言えば、6階建てのビルぐらいになる。大きな鏡を使用すると光をたくさん集めることができる。だから、暗いものを見ることができる。遠くのものは暗いので、遠くのものを見ることができる。遠くを見ると、遠くの銀河や星からやって来る光というのは、宇宙空間を何十億年も旅してやって来るから、巨大望遠鏡で見るものは何十億年も昔の姿が見えているということである。つまり、地球に居ながらにして、宇宙の過去を見ることができる。そういう意味で、巨大望遠鏡はタイムマシンの役割をしてくれる。我々がどこから来たのかを知るには巨大望遠鏡は大きな武器になる。
 ところが、巨大望遠鏡にも限界があるということが物理法則によってわかっている。巨大望遠鏡の限界を超える方法が必要になる。どうしても見ることができない宇宙について調べたいときには加速器という装置を使用する。

 遠くを見ると過去が見えるとはどういうことか。図2は、すばる望遠鏡の我々の新しいカメラで撮影したアンドロメダ銀河の写真である。アンドロメダ銀河は250万光年離れたところにある。だから、アンドロメダ銀河から地球に光が届くには250万年かかる。250万光年は、我々の銀河の外なので、本当に遠いと思うわけだが、我々の住む銀河とアンドロメダ銀河はお隣り同士で重力で引っ張り合っている。引っ張り合っているので、いずれは徐々に近づいて行って衝突し、その後合体して、一つの大きな銀河になるということまでわかっている。実は銀河はいま少子高齢化していて、新しい星は生まれなくなっている。すでにある星は徐々に消滅しているので、徐々に暗くなっていく。
 しかし、銀河同士は合体すると、引っ掻き回されて、活性化して、新しい星が生まれる。したがって、アンドロメダ銀河と合体した後の夜空は、いまの夜空と比べて、ずっときれいになると言われている。今から40億年ほどかかるが、ぜひ楽しみにしていただきたい。
 250万光年離れているということは、もしここに宇宙人がいて、地球の方に望遠鏡を向けて地球の観測をすると、我々人類は、図2のような250万年前の姿が見える。その頃我々はまだ類人猿であった。

 図3は銀河団と呼ばれているもので、写真に写っている一つ一つの黄色く丸くきれいなものがそれぞれ銀河である。それぞれの銀河の中に1000億個ぐらいの星が入っている。銀河が100個ぐらいが銀河団として一緒に暮らしている。銀河団は22億光年先にあるので、もしこの銀河団にいる宇宙人が地球の方向に望遠鏡を向けると、我々は単細胞動物に見える。このように、遠くを見ると昔が見える。

 今までの観測の中の世界記録の一つであるが、図4に写っているのは、133億光年昔の銀河である。図4の左側はハッブル宇宙望遠鏡で撮影したものだが、四角部分を拡大すると、図4右上のようになり、さらに拡大すると、図4右下のように、赤いシミのようなものが見える。この赤いシミのようなものが銀河である。宇宙は138億歳と言われているので、宇宙が誕生してわずか5億年が経過した時にできた銀河ということで、非常に若い銀河である。
 面白いことに、若い銀河は尖っていびつである。吸収合併を繰り返して大きくなると、丸くなってしまう。銀河も人間に似たところがある。
 もし、宇宙人が133億光年先から地球に向けて望遠鏡を向けたら、太陽系が出来たのは45億年前なので、何も見えないということになる。このように遠くを見ることによって昔を観測することができる。望遠鏡は我々がどこから来たのかを探るのに大きな武器である。

2. ビッグバン

 宇宙は現在138億歳だと言われている。望遠鏡で138億光年先を見ると、生まれたばかりの宇宙が見えるはずである。実際に望遠鏡で138億光年先を観測して見えるのは、ビッグバンということになる。これからビッグバンの写真をお見せするが、その前にお話ししたいことがある。
 現在の宇宙は徐々に大きくなっている。図4の写真で、遠くの銀河が赤く見えていたのはどういうことかをお話ししたい。昔我々の住む空間はガチッとした箱で、その中に星や銀河や地球があると考えていた。しかし、アインシュタインによれば、我々の住む空間はガチッとした箱ではなくて、硬いけれども生きている。宇宙は単なる入れ物ではない。箱は曲がったりねじれたり広がったりする。つぶれることもできる。つぶれるとブラックホールになる。したがって、空間は生きている。空間は碁盤の目のようになっている。その碁盤の目の上に銀河を置いてやる。そして、空間全体がゴムの様にできていて、引っ張ると宇宙空間が大きくなる。
 銀河から出た光を考えると、もし青い光が出ているとすると、波長が短い波だが、青い光が宇宙空間を何十億年間も漂ってくる間に、宇宙全体が大きくなるから、光自身も引っ張られて伸びてくる。すると、波長の長い光になる。波長の長い光は赤い光である。したがって、先ほどの銀河が赤く映っていた。本当はもっと赤くなって赤外線になっているものだった。そのように光の波長が伸びたというのは、宇宙が大きくなって、光が引き延ばされたということの証拠だ。
 宇宙が大きくなっているということは、宇宙は徐々に薄まって、冷たくなっているということである。現在の宇宙空間は絶対温度で2.75度である。つまり、−270℃ぐらいと冷たい。
 現在、宇宙が大きくなって冷たくなっているということは、フイルムを逆回しにすると、昔の宇宙は小さくて熱かったということになる。この小さくて熱い宇宙の始まりをビッグバンと呼んでいる。

 138億光年先を観測すると、実際にビッグバンの写真が撮れる。図5に写っているのは、米カリフォルニア大学のジョージ・スムート教授(左上)とNASAのジョン・マザー氏(左下)だ。実際に138億年前を観測したのがこの二人だ。
 図5右下に写っているのは、どのくらいの波長の光がどのくらいあるかを表した図である。この図は理論曲線と重なり合わせてある。データがあまりにも正確で誤差が見えていない。このグラフは熱いものが光っているということを確認したものだ。ストーブでもガスコンロでも皆このような形をしている。温度があるものは必ずこのような形をしている。したがって、宇宙が熱かったということをこのグラフは示している。
 図5右中のまだら模様の写真がビッグバンの写真である。ビッグバン発生時は、どこを見てもビッグバンが見える状況なので、四方八方にビッグバンが見える。つまり球面に張り付いているビッグバンの様子を、ミカンの皮を平面上に広げたように見せているのがこの楕円型の写真である。このまだら模様というのは、場所によって若干だけ温度が違うということを誇張して表したものである。やや温かい所を赤色で塗り、やや冷たい所を水色で塗っている。赤色部分と水色部分はほんのわずかな違いである。実は、10万分の1の違いでしかない。海で言うと、100 mの深さの海にさざ波があって、さざ波の高さが1 mmというほとんど波がないくらいの海面を上から見ると、鏡のように光って見えると思うが、それぐらいのっぺらぼうだった。この写真は若干の違いがあることを誇張して表している。
 現在、地球に居ながらにしてビッグバンを見ることができている。この二人はこの偉業でノーベル物理学賞を受賞した。図5右上にノーベル賞のメダルがあり、その下に村山斉とあるが、これは、筆者がノーベルシンポジウムに招かれて、帰宅途中にストックホルムにあるノーベル博物館で購入したチョコレートの写真である。
 カリフォルニア大学バークレー校のキャンパス内には駐車場がほとんどない。しかし、キャンパス内にはNLと書かれた駐車場が並んでいる。NLはNobel Laureate(ノーベル受賞者)の略だ。ノーベル賞受賞者専用の駐車場となっている。
 米国西海岸では、ノーベル賞受賞者に午前2時頃電話がかかって来る。なぜかノーベル委員会は、受賞者の携帯電話の番号を割り出してかけて来る。ジョージ・スムート氏の場合も午前2時ころ電話がかかって来た。スムート氏は電話に出るが、就寝中をたたき起こされて怒ってしまった。スムート氏は電話を切ると、大学のキャンパスにノーベル賞受賞者専用の駐車場があることを思い出し、ふだんは歩いて来るのに、翌日自家用車でキャンパスにやって来て、ノーベル賞受賞者専用駐車場に駐車した。ところが、チケットを切られてしまった。なぜなら、ノーベル賞受賞の一報は受けたものの、ノーベル賞授賞式前だから駐車する資格がなかったからだ。

 さらに研究が進んで、2010年代に入り、ヨーロッパが打ち上げたプランク衛星が撮影したビッグバンの写真が図6である。図5右中に比べて図6は解像度が高くなっている。このように138億年先にあるビッグバンを今でも見ることができる。
 しかし、本当に宇宙の始まりが見えているのかというと、実は見えているのはビッグバンの表面である。例えば、太陽を見た時に見えるのは太陽の表面である。なぜなら、太陽は熱くて濃いガスの塊なので、太陽の中に光が真っ直ぐ入ることはできないからである。太陽を見ようとしても、途中で霧がかかったようになって、太陽の中心を見ることはできない。
 同様にビッグバンも、138億年よりも昔を見ようとすると、宇宙が小さくて熱くて濃くなってしまうから、光が真っすぐ入ることが出来なくて、先が見えないところが出てくる。そのように、ビッグバンの写真はビッグバンの表面を見ていることになる。本当の宇宙の始まりは見えていない。これ以上先は光が行かないわけであるから、決して見ることはできない。これは宇宙の果てと言っていいかもしれない。

 つまり、図7の左端で宇宙が始まった。その後、宇宙は大きくなった。ある時点まではあまりに濃く熱い宇宙なので、光が届かず見ることができない。図5右中や図6に写ったビッグバンは、矢印時点のビッグバンを撮影したものである。これがビッグバンの表面にあたる。この時点は、宇宙が始まってから37万歳の時点であると考えられている。37万年は我々にとっては長い時間だが、138億歳の宇宙にとっては生まれたばかりの赤ちゃんの時代である。その写真を実際に撮影することができた。
 我々がどこから来たのかを知るためには、これより前の宇宙を知ることが重要である。宇宙の歴史は人間の歴史と似ている。ヒトの誕生時は受精卵が細胞分裂を起こして、指数関数的に細胞が増えていく。そのようにインフレーションという宇宙があった。その後宇宙が大きくなると、細胞分裂は収まってくるが、エラや尻尾ができてみたりして、様々な進化の過程を再現しながらいずれ人間になってくる。
 観測できたビッグバンの表面は、宇宙の生まれた瞬間で、初めて赤ちゃんを見ることができた。その後、成長はゆっくりになった。現在の宇宙は少子高齢化しているというのが宇宙の歴史である。
 宇宙が胎児の時に、どうやって我々の体が生まれたかというのは、我々のルーツを知るには大事なことなので、37万歳より先をどうしても理解したい。しかし、見ることができない。どうやって調べるのか。そこで使うのが加速器と呼ばれる装置である。これはビッグバンをやり直してみるという装置である。見ることができないので、やってみるのだ。作ってみるのだ。
 実際にこの加速器という装置を使用すると、我々の体の中にある原子の原子核、原子核をつくっている陽子と中性子を投げて衝突させることができる。加速器を使用することで、宇宙が生まれて3分という姿を実験室内で再現することができる。
 加速器で中性子と陽子を衝突させてみると、たまにくっつくということがわかる。中性子と陽子が2つずつくっついたものがヘリウムである。ヘリウムは風船や飛行船に使用される。
 このような衝突実験は、加速器を使用した実験室でできるが、どのくらいの確率でこの反応が起きるかがわかる。ビッグバンのセッティングの中で水素の中性子と陽子を衝突させると、水素とヘリウムの比が3:1で、ヘリウムができることがわかった。実際に望遠鏡を使用して宇宙にあるガスを調べて、その中で宇宙の中に水素とヘリウムがどの位あるのかを観測してみると、宇宙における水素とヘリウムの比も、3:1であるという答えが出る。したがって、現実の観測で見ることができる宇宙というのが、実験室の中で行う実験から来ているということが確認できたことになる。
 望遠鏡で見るには残念ながら限界があるが、望遠鏡で見えるより昔の宇宙を、加速器を使用することで再現することができるということが手法として確立した。

3. 暗黒物質

暗黒物質とは

 望遠鏡と加速器実験という手法を使用して、さらに宇宙の始まりを知りたい時に出てくるキーワードが「暗黒物質」である。暗黒物質について次にお話ししたい。
 現在、暗黒物質の正体は全くわかっておらず、未知の物質である。暗黒物質は原子でできていない物質である。後にお話しするように暗黒物質は我々のお母さんであることがわかっている。暗黒物質は我々のルーツを知る上において大事なものになる。

 都内ではなかなか見えないが、地方に行くと、図8のような天の川が夜空に見える。天の川が川のように流れているように見えるのは、お好み焼きのように扁平な形をした銀河の端の方に我々がいて、銀河を横から見ているからだ。昔の人は地球が宇宙の中心だとか、太陽が宇宙の中心だとか言って殺し合いまでやっていた。しかし、地球や太陽が宇宙の中心だという考えはどちらも間違えで、地球は銀河の中心から2万8000光年も離れた住みやすい郊外に住んでいるということになる。
 銀河の中心には昔爆発した超新星という星がたくさんあって、放射能汚染が進んでいて人は住めないだろうと言われている。逆に銀河の端に行くと、星をつくるガスがほとんどないので、いわゆる過疎地帯で住めない。太陽系は銀河系においてはちょうど良い場所に位置しているということができる。

 しかし、太陽系が銀河の中心にないということは、我々は銀河の中で公転している。銀河は横から見ると、図9のように、薄いお好み焼きのような扁平な形をしているので、地球から銀河の中心を見ると、銀河は横に長く星が繋がって見えるので、天の川と呼ぶように目に見えている。天の川銀河の厚みは1500光年しかない。2万8000光年の横幅に比べると短く薄いということがわかる。

 天の川銀河の端の方にある我々の太陽系は銀河の中を公転している(図10)。公転速度は毎秒220 kmとものすごいスピードだ。東京から名古屋まで1.5秒でついてしまうスピードだ。
 太陽系はこのようにものすごいスピードで公転しているのに、なぜ銀河から飛んで行かなかったのか。飛んで行かないためには、何かが引っ張ってくれなければならない。引っ張ってくれる重力の元になるのは銀河にある星だろうと当然思う。銀河の中にどれだけの星があるのかを観測して数え上げて、そこから来る重力を調べてみると、実はそれだけでは足りない。銀河系というのは星の集まりであると信じられていたが、もしそうだとすると、星から来る重力では我々太陽系を繋ぎ留めておくことはできないので、太陽系は何十億年も昔に銀河系から出て行って何もない宇宙空間を彷徨っているはずである。しかし、銀河の中におさまっているということは、何かが引っ張ってくれている。しかし、見える星では足りない。ということは、望遠鏡では見えない何かがあって、その重力によって我々太陽系は銀河の中におさまっているはずである。
 したがって、銀河の中には何か見えないもの、つまり暗黒なものがある。それは重力の元になるものだから物質に違いない。それで暗黒物質という名前がついている。名前以外のことは何もわかっていない。

 わかって来たのは、銀河の本当の姿というのは、暗黒物質の海の中にほんのわずか星があるということである(図11)。ほんのわずかの星は10万光年ほど広がっているが、暗黒物質はすそ野が繋がっていて、100万光年以上も伸びている。暗黒物質はアンドロメダ銀河まで地続きという状況である。これが銀河の本当の姿であることがはっきりして来た。

 銀河は銀河一つが単独存在しているのではなく、銀河がたくさん集まった銀河団というものを形成しているものもある。図12の丸いもの一つ一つが銀河だが、図12の中に線上に細長いものがいくつも見える。これらは何か。もちろん銀河だが、星一つ一つは高速度で公転しているので、このように細長い線の形をした銀河があれば、一瞬でバラバラになってしまうはずだ。
 調査の結果わかったことは、このような細長い線の形をした銀河があるのではなくて、丸い形の銀河が暗黒物質のいたずらでこのように見えていることがわかった。銀河団がある所は、暗黒物質の海の中にその重力で銀河が集まっているので、暗黒物質がたくさんあって、重力が強い。

 重力が強い所の向こうにある銀河を考えると、遠くの銀河からやって来る光が手前の暗黒物質の強い重力に引っ張られて落ちる(図13右上)。つまり光が曲げられる。暗黒物質が溜まっている銀河団はちょうど虫眼鏡のような働きをして、光を曲げることになる。虫眼鏡の端を見るとレンズに写された字は歪んで見える。同様に銀河の形も、本来丸いはずだが、歪んで見えている。それが図12で見えた細長い線の形をした銀河の正体だった。
 ちょうど暗黒物質の裏側に来た銀河は細長い線の形に見えるが、暗黒物質を通り過ぎると元の形に戻っている(図13左下)。したがって、細長い線の形に見えるというのは暗黒物質のいたずらなのである。形に関しては何も起きていないのに、暗黒物質の重力のいたずらで遠くの銀河の姿が歪んで見えている。虫眼鏡のような働きなので、重力レンズ効果と言われている。

 図14はすばる望遠鏡で撮影した何気ない銀河の写真だ。丸い粒々が銀河だ。銀河は何十億光年も離れているのだが、現在の技術で、その銀河の大きさも形も見ることができる。それを見ると少し歪んでいる。歪んでいるということは、その手前の暗黒物質がいたずらをしているに違いない。そうやっていたずらの現場を押さえたわけだから、どこにどれだけのいたずら者がいるかがわかる。現在、暗黒物質がどこにどれだけあるという地図を作れるようになっている。このように暗黒物質がいたる所にあるということが観測的にはっきりしている。宇宙の物質の8割以上は原子ではないということが確立している。学校では万物は原子でできているというのは大ウソだった。宇宙のほとんどは原子ではないというのが現在の観測事実である。これがはっきりしたのが2003年のことだ。

暗黒物質は原子ではない

 暗黒物質の正体がわからないのに原子ではないとわかるのはなぜか。図15がその理由を示した観測の例である。これは地球から40億光年離れた銀河団の写真だ。ここに行ってみたい気もするが、そこにいなくて正解だった。醜いことが起きた場面である。図15真ん中のピンク色に写った部分は水素やヘリウムでできたガスが何十万度という高温になってX線で光っているのを人工衛星で捉えたものである。一方、青く塗ってあるところは、暗黒物質のいたずらの効果で、ここに暗黒物質がいるというのを割り出したものである。
 それで、おかしいのは、ピンクと青のペアがあり、その一つが銀河団を形成しているが、暗黒物質がある所とガスがある所がずれている。暗黒物質の重力で銀河が留まるとすれば、暗黒物質とガスは本来一緒にいるはずなのにずれている。左側も右側も青とピンクのペアがあるが、ずれている。何が起きたかと言うと、右側の銀河団と左側の銀河団がものすごいスピードで衝突した顛末だということがわかった。毎秒4500 kmだから1秒間で日本列島を超えてしまう速さだ。
 この高速で2つの銀河団が衝突するとどうなるか。両方の銀河団は暗黒物質の塊で、ほんのわずかガスが入っている。2つの銀河団が衝突すると、ガス同士は原子だから、原子は大きさがあるので、衝突すると反応して、摩擦ができて熱をもち後れをとる。しかし、暗黒物質は何事もなかったかのように通り抜けてしまう。ガスは摩擦があったので後れをとったのだが、暗黒物質が重力で引っ張って、とぼとぼと雑巾のように暗黒物質について行っている。
 わかったことを整理してみる。銀河団といえども基本的には暗黒物質で成り立っている。銀河団同士が衝突すると、ガス同士は衝突して反応して熱くなって摩擦ができて遅れをとる。しかし、暗黒物質とガスはそのまますり抜けてしまう。暗黒物質同士もすり抜けてしまう。妖怪のような気味の悪い存在だ。衝突しても反応しなかったので、少なくとも原子でないことは明らかである。
 ビッグバンはのっぺらぼうであるという話をした。しかし、それでも、ほんのわずかの暗黒物質の濃淡があり、暗黒物質の濃い所が周囲のものを引っ張ると、もっと濃くなってもっと引っ張る。すると、重力がさらに強くなるから、もっと周囲のものを引っ張ってもっともっと濃くなる。すると、重力がさらに強くなるのでもっと引っ張る。それを繰り返すうちに、コントラストがはっきりしてくる。つまり、濃い所と薄い所ができる。濃い所にはガスが引き込まれるから、ガス同士は先ほどのようにガチャガチャ反応して光を出すと冷えて固まって星ができ銀河ができ、我々が生まれた。これは「構造形成理論」と言われるもので、2019年にノーベル物理学賞を受賞したジム・ピーブルズ氏が提唱した理論だ。

 一方、暗黒物質がないという設定でコンピュータシミュレーションを行うことができる(図16)。暗黒物質がないと、138億年経過しても、暗黒物質の重力がないので、重力が足りなくて物が集まることができず、コントラストが出来ず、星も銀河も我々も生まれないということになる。だから、暗黒物質のおかげでガスが集まって我々が生まれた。だから、暗黒物質は我々のお母さんである。ところが我々のお母さんである暗黒物質に会った人がいない。というわけで生き別れのお母さんということになる。暗黒物質はいったい誰なのか、何なのかというのが我々の研究の対象になってくる。宇宙の中の8割が暗黒物質なので、宇宙のほとんどが見えない。

ブラックホールが暗黒物質なのか

 2020年にアンドレア・ゲズ氏とラインハルト・ゲンツェル氏がブラックホールについての研究でノーベル物理学賞を受賞した。我々の住む銀河の中心が図17真ん中の星印で示したところである。銀河の中心は塵が多いので、普通の光では観測できない。波長の短いFMラジオはビルの陰になると聞こえなくなるが、AMラジオは波長が長いので、ビルがあってもビルを回り込んで電波が届くので聞こえる。同様に銀河の中心は塵がたくさんあるが、赤外線を使用すると、塵を回り込むくらい波長が長いので観測ができる。二人のそれぞれのチームは赤外線を使用してブラックホールを観測した。二人は10年以上も観測して、星がブラックホール付近を通過する時にものすごい重力で引っ張られることを観測した。ブラックホールには太陽質量の400万倍の質量があることがわかった。ブラックホールは見えないが、ブラックホール付近の星を見るには視力1000という視力で見る必要がある。幸いにも現在の望遠鏡の技術で視力1000は可能である。視力1000の望遠鏡を使用して銀河中心の星の動きを観測することができた。
 しかも、それだけではなく、銀河の中心の星に注目すると、ブラックホール付近をたまたま通りかかったガスがブラックホールの重力につかまって引きずり込まれている。ブラックホールの中に入ったら絶対に出て来れない。ブラックホールはそういうものだ。しかしブラックホールに入る直前にはどんどん引っ張られて行って、ガス同士がすれて摩擦ができて光る。光が出るのは、ブラックホールに入る直前に断末魔の叫びのように叫んでいる様子に相当する。それが光って見えている。ブラックホールに入ってしまったガスが二人によって観測できた。これらの功績によって二人は2020年にノーベル物理学賞を受賞した。

 さらに遠くを見るとM87銀河という銀河が見える(図18)。楕円銀河の一種で丸い恰好をしている。我々の住む銀河系の約10倍で約1兆個の星でできている。図18のように細長い線状に見えるのは、ものすごく熱いガスがものすごいスピードで噴き出しているのが写し出されたもので、「ジェット」と呼ばれている。この現象もおそらく銀河の中心に巨大なブラックホールがあるがゆえに生じているに違いない。
 遠くの銀河の真ん中を観測しようとすると、視力1000でも足りない。もっと良い視力が必要で、その視力を実現しようとするプロジェクトが最近行われた。望遠鏡の視力は物理法則で決まっているが、大きな望遠鏡ほど小さなものを見ることができる。「回折限界」と呼ばれている。だから大きな望遠鏡が欲しい。ちなみに、すばる望遠鏡は世界最大級で8.2 mだが、現在30 mの望遠鏡を建造する計画が進んでいる。しかし、それ以上大きくなると鏡が重くなってしまうので、動かして天体を追尾することができなくなってしまう。だから光学望遠鏡ではどう頑張っても30 m、もしかしたら100 mくらいが限界になる。でもそれでは視力が足りない。

 そこで考え出されたのが、地球上には電波望遠鏡が世界各地にある。グリーンランドや南極にもあり、チリにもハワイにも大きなものがある。これらをネットワークでつないで一つの望遠鏡として使用できれば地球サイズの望遠鏡ができたことになる。そうすれば、ものすごい視力を実現できる。そのようなプロジェクトが発足した。そのプロジェクトで完成した望遠鏡で先ほどのブラックホールを見ると、非常に視力が良くブラックホールの写真を撮影することができた(図19)。
 図19はブラックホールの写真ではなくて、ブラックホールの影の写真である。ブラックホールの周りが光っているのは、ブラックホールの周りをガスが回ると、摩擦で擦れて、熱くなって光を放つ。それが写っている。下側の方が明るいというのは、下半分はガスが向こうから我々の方に向かって回っているので、明るく光って見える。上半分はガスが画面に入っていくように向こうに向かっているので、暗く見えている。それで上下に明るさの違いがあると考えられている。
 中央の黒くなっている所は、「光子リング」と呼ばれている。光子リングまで入ってしまうと、ガスから来た光もブラックホールの重力で公転を始めてしまう。光は直進しない。光子リングでは光が公転してしまうので、光は光子リングから出てこない。
 ブラックホール自体の大きさは光子リングの3分の2ぐらいの大きさで、ここはブラックホールの「事象の地平線」と呼ばれている。ここに入ると、何ものも光も出て来れなくなる。実際に、宇宙にはこのようなブラックホールがたくさんある。このブラックホールには太陽の質量の65億倍もあることがわかった。大きさが見えているので重さに換算できる。
 このような巨大なブラックホールがあると、これが暗黒物質ではないかという意見が出る。しかし、ブラックホールは太陽の質量の65億倍もあるものの、M87銀河という銀河全体の質量は太陽質量の2兆倍あるのだが、星の質量だけでは重力が足りない。超巨大ブラックホールがあるのははっきりした。これも世紀の大発見の一つだが、暗黒物質にはブラックホールでは足りないこともはっきりした。
 そこで、小さいブラックホールがたくさん集まって暗黒物質ができている可能性についても考えたことがある。すばる望遠鏡は、視野が広いので、アンドロメダ銀河をいっぺんに写真に撮影することができる。我々の銀河は上に位置するが、端の方にいる我々がアンドロメダ銀河を一晩中観測して、視線方向をたまたま小さめのブラックホールが横切ると、虫眼鏡の働きをするから光を集める。すると、横切っている瞬間だけアンドロメダ銀河の星が明るく見えることになるはずだ。だから、2分ごとに写真を撮っていって、ある時だけ明るくなる星があるかどうかを探してみる。もし、小さなブラックホールが暗黒物質だとすると、そういうことが一晩だけでも1000回ぐらい起きるはずだという計算になる。
 実際に観測してみた。実は見つかったのは1個だけだった。しかもその1個も本当にブラックホールのせいなのか、変光星によるものなのかわからなかった。だから、ブラックホールがある証拠は一つも見つからなかった。したがって、暗黒物質は小さめのブラックホールでもないことがはっきりして来た。

WIMP仮説

 暗黒物質の正体は何なのだろうか。銀河団の衝突で原子ではないことがはっきりした。また、超巨大質量ブラックホールでもないことは、質量が計測できたことからはっきりした。小さなブラックホールでもないことは虫眼鏡効果ではっきりした。さらに、ニュートリノでもない。ニュートリノは宇宙にたくさんある粒で、何もない宇宙空間でも1 cm3あたり200個〜300個あるので、塵と積もれば山となるが、ちなみに、梶田隆章氏がニュートリノに質量があることを発見してノーベル賞を受賞している。しかし、ニュートリノでは軽すぎて暗黒物質になれないことがはっきりした。原子、ブラックホール、ニュートリノなどを含めた「知られているもの」はどれも暗黒物質になれないことが2003年にはっきりした。したがって、暗黒物質は我々のまだ知らないものである。宇宙のほとんどがその未知のものであると確定したのが現代の状況である。
 暗黒物質を探す研究は、仮説を立てて探すことになる。現在最も有力な仮説と思われているのが、「暗黒物質は弱虫」だという説である。英語では、Weakly Interactive Massive Particleといい、WIMPと略される。これは、ニュートリノのような小さな粒は地球などを通り抜けるが、暗黒物質はニュートリノの化け物のような感じで、ずっと重いものだ。そのようなものが暗黒物質ではないかという説である。E = MC2によれば、重いものは、つくる時にエネルギーがたくさん必要だ。宇宙のはじめにはエネルギーがたくさんあったので、重い素粒子もあったに違いない。それが宇宙に残っているというわけである。この説によれば、我々の体を毎秒何千万個ものWIMPが通り抜けている計算になるが、我々はそれを感じない。それぐらい恥ずかしがりやで、反応しないものということになる。WIMP仮説が正しければ、暗黒物質を捕まえることができるのではないかと考えられ、実験が行われて来た。
 暗黒物質の正体を明らかにすることを目的として行われた実験として2008年8月に完成したXMASS(エックスマス)実験がある。これは、岐阜県飛騨市神岡鉱山内の地下1000 mの空洞に外部からの放射線バックグラウンドを遮蔽するための約800トンの水タンクを設置し、その水タンク内に約1トンの液体キセノン(約-100℃)を設置して行ったものだ。XMASS検出器を使って、観測装置を通過するWIMPが液体キセノンと起こす反応を観測するものだ。
 キセノンの原子核は想定されるWIMPの質量と同程度である。WIMPがキセノンに衝突すると微かな光を発すると考えられている。それを最高感度の光センサーで捉える試みだ。残念ながらこの実験で暗黒物質の証拠を見つけることはできなかった。
 キセノンは高額なので、我々のグループだけで実験施設の規模を大きくすることはできないので、ヨーロッパのグループと提携して約8トンの液体キセノンの装置をつくっている。この実験装置が完成したら、少なくとも一年に一度くらいコツという微かな音を捉えることができるかもしれないと期待している。
 この実験は辛抱強い徳川家康みたいなものだ。「鳴くまで待とう暗黒物質」という感じである。しかしそれでは我慢できず「鳴かせてみよう暗黒物質」と思う人もいる。そのような人を満足させるかもしれない装置が加速器である。ビッグバンで暗黒物質が生まれたならば、我々にも暗黒物質がつくれるのではないかという発想である。エネルギーを注ぎ込めば重い粒子がつくれるはずだから、原理的には加速器を使って莫大なエネルギーを注ぎ込めば暗黒物質をつくれるはずだ。加速器を使用して暗黒物質をつくろうとする実験も現在行われている。

LHCとアトラス検出器

 世界最大の加速器は大型ハドロン衝突型加速器(英: Large Hadron Collider、略称 LHC) LHCという加速器でスイス・ジュネーブ郊外にフランスとの国境をまたいで設置されている(図21)。図21に写るLHCは地下100メートルに掘られており、地上からは見ることができない。LHCの全周は約26.7 kmで、山手線の全周34.5 kmよりわずかに小さい。
 LHCでは26.7 kmのトンネルの中を陽子の小さな粒をハンマー投げのように勢いをつけて回す。反対向きにも陽子を勢いをつけて回して、最後に衝突させる。そこに莫大なエネルギーを注ぎ込むことから、ビッグバンをやり直せればすごいが、それはできないので、リトルバンだ。そのように宇宙の始まりを再現する実験が行われている。

 陽子と陽子を衝突させると様々なものができる。それらをきちんと捉えるための装置も巨大なもので、図22にあるアトラス検出器だ。これは、全長46 m、高さ25 mという巨大な装置だ。アトラス検出器のアトラスはギリシャ神話に登場する地球を支える神様だ。世界から何千人という物理学者が集まって、それぞれが部品を持ち寄って、レゴのように部品を組み立てて作ったものだ。
 LHCでハンマー投げのようにどんどん加速させた陽子と陽子を衝突させる。すると、様々なものが発生する。リトルバンで発生するものをきちんと捉えるために大きな検出器をつくった。この検出器は巨大だが、巨大だけではなく、数十ミクロンの精度で場所を特定できる高性能で超ハイテクな装置である。

 LHCとアトラス検出器で行う実験で何をしようとしているかについて述べたい(図23)。加速させている陽子の粒はあまり重い粒ではない。軽い三輪車に例えることができる。軽い三輪車を両側からものすごいスピードで加速させて衝突させる。加速している時にエネルギーがどんどん増加する。増加したエネルギーで衝突すると、E = MC2で、エネルギーが質量に変わるので、衝突させたのは三輪車だが、衝突によって、飛行機や戦車をつくれることになる。
 これまで、軽い陽子や電子を衝突させて重い粒子をつくることには成功してきている。だから、三輪車を衝突させて飛行機や戦車をつくれるはずだ。ところが、戦車が暗黒物質だとすると見えない。見えないものがどうしてわかるか。飛行機ができているのは見えるので、飛行機ができていれば、運動量保存の法則からいって、反対側に何か戦車のようなものができているはずだ。しかし、戦車のあるはずの所には何も見えない。それは、見えないものをつくることに成功したことだ。先ほどの装置で見えるものを全部捉える自信があれば、引き算で取り残したものがあることがわかるので、見えないものがあったかどうかが判定できる。この実験は10年以上行っているがまだ暗黒物質は見つかっていない。

ILC

 この実験を今後20年継続する計画だが、どこかで限界が来る。衝突させていた陽子の中にはもっと小さなクォークという素粒子が入っていて、そのクォークをくっ付けて団子のようにする糊の働きをするグルーオンというものがある。したがって、陽子と陽子を衝突させるのは豆大福を衝突させているようなものである。豆と豆の衝突を見たいのだが、豆大福を衝突させると当然餡子が飛び散る(図24中)。
 実際に、陽子と陽子を衝突させると、図24上のようになる。餡子が飛び散っているのを見ているようなものだ。ごちゃごちゃの中で一本だけ見えないものを探すのがどれだけ大変か想像がつくだろう。干し草の中から針一本を探すようなものだ。
 したがって、餡子がない衝突の方が良い。それが、新聞でも報道された国際リニアコライダー(ILC)という計画である。これは餡子がない小豆だけのような電子とその反物質の陽電子を衝突させる実験である(図24下)。しかし、大福は大きいから投げやすいし、衝突させやすそうだ。それに対して小豆のように小さなものを投げるのは難しいし、衝突させるのはもっと難しい。小豆同士を衝突させるのは技術的に難しい。
 10年前に日本の高エネルギー加速器研究機構(KEK)などの貢献によりこの技術ができることがわかった。この技術を用いた施設である国際リニアコライダー(ILC)をぜひ完成させようという議論が盛んになっている。現在、ヨーロッパはLHCで忙しく、米国は別の実験で忙しいので、ぜひ日本でやってほしいという話になっている。
 ILCは直線の実験施設だ。真ん中でつくった電子と陽電子の束を端に持って行ってすぐ加速する。直線が良い理由は2つある。1つは、丸い加速器だと、トンネルの形状に合わせて軌道を曲げていかないといけない。曲げるたびに力を加えるので、光を発する。光を発するとエネルギーを失う。したがって、加速しようとしても限界ができてしまう。直線だとエネルギーの漏れがないので、エネルギーを効率よく使うことができる。グリーンな加速器になる。
 直線が良い2つ目の理由は、直線だと継ぎ足してもっと多くのエネルギーを加えることができる。装置の蛇腹のような所に電波を入れるが、電波は波なので、サーファーが波に押されて加速するのと同様に電子の束が波に押されて加速していく。そして、最後に、髪の毛の1000分の1の細さまで絞ってコントロールして衝突させることができる。そのような技術が日本で確立した。それができると餡子が飛び散らずにきれいな反応が見られる。1本だけ見えないというのがくっきりわかる。

SIMP仮説

 暗黒物質の正体については他の仮説を立てることもできる。筆者が主張している仮説は、弱虫ではなく強虫だというものである。英語では、”Strongly Interacting Massive Particle”(略:SIMP)となる。
 日本で最初にノーベル賞を受賞した湯川博士が発見した粒子はパイ中間子と呼ばれているが、これも饅頭のように陽子の中にクォークが入っていて、糊でくっ付いているというタイプの粒子だ。したがって、パイ中間子には大きさがある。筆者の提案では暗黒物質も大きさがあるのではないかと思う。暗黒物質に大きさがあると、ほとんどがすり抜けてしまうが、たまにはぶつかるものがある。そのちょっとぶつかる暗黒物質の方が観測に合うという事実がある。
 筆者の共同研究者ヨニット・ホフバーグ博士によれば、暗黒物質がSIMPと仮定すると宇宙の謎の一部が説明できる。我々の住む銀河の周りには小さな郊外の村、矮小銀河というものがある。矮小銀河は天の川銀河の100分の1以下の星しか持たない小さな銀河だ。暗黒物質がWIMPだとしてシミュレーションすると、暗黒物質が矮小銀河の中心に集中することがわかった。WIMPは相互作用をほとんどしないのでぶつかることなく重力で中心に集中する。しかしそれは実際の矮小銀河と比べるとだいぶ違う。一方SIMPは粒子が大きくぶつかって反発し暗黒物質が中心に集中せず薄く広まる。実際に矮小銀河と比較すると形がよく似ている。
 SIMPの質量を見積もるとWIMPの1000分の1ぐらいと軽いことがわかっている。ということは、E = MC2でそれほどエネルギーを注ぎ込まなくてもつくれるはずだ。つくばにSuper KEKB加速器があるが、エネルギーは低いが、反応の頻度が高い。高いパワーを持っている加速器である。暗黒物質がSIMPだとすれば暗黒物質をつくれる可能性が出てきた。つくばの加速器は小さいけれども、ハイテク機械が並んでいて、ここで電子と陽電子を加速して暗黒物質をつくれるかもしれないという研究が起こり始めている。この実験が成功すると、日本が暗黒物質をつくることに初めて成功できるかもしれない。
 暗黒物質の正体はまだわかっていないが、暗黒物質の正体がわかると、100億分の1秒歳の宇宙がわかることになる。宇宙の始まりに迫っていくことになる。

4. 暗黒エネルギー

暗黒エネルギーとは

 次に、宇宙の運命はどうなっているのかということについてお話ししたい。ここで登場するのが暗黒エネルギーという存在だ。暗黒エネルギーが宇宙の運命のカギを握っていることが最近の研究でわかってきた。
 宇宙は膨張していると言われるが、アインシュタインによれば、所詮それは重力の現象である。ビッグバンで様々なものが飛び散る。その後は、万有引力の法則で引っ張り合っている。引っ張り合うと、飛び散る速さにブレーキがかかる。つまり引っ張る重力だから宇宙の膨張は減速して遅くなっていくはずだというのが予言だった。我々は70年間そのように思っていた。空に向かってボールを投げるとボールは減速して戻ってくる。宇宙がそのようだと膨張してどこかで停止して、戻って来てつぶれてしまう。これを「ビッグクランチ」というが、その考え方が通説だった。
 それに対して、空にロケットを飛ばして大気圏を超えれば、大気圏外に出たロケットは重力に引っ張られて減速するが、永遠に飛び続けることになる。宇宙がこのようだと永遠に膨張を続ける宇宙ということになる。
 宇宙の運命を知りたいということで、同僚のソール・パールムッター博士が観測を始めた。やることは単純だ。遠くの宇宙を見ると昔の宇宙が見えるので、遠くの宇宙の膨張の速さを測ると、昔の宇宙の膨張の速さを測ることができる。逆に、近くの宇宙の膨張の速さを測ると、最近の宇宙の膨張の速さを測ることができる。そうすれば、どのくらい減速して来たかがわかる。停止しそうなくらい減速しているのか、あるいはそれほど減速していないのか判定が付くだろうということになった。
 実際に観測して測り始めてみると、誰も予想しなかった結果が出た。減速すると思われた宇宙が実際には加速していた。重力で引っ張られるとブレーキがかかって遅くなるはずだったのに、万有元力に逆らって押している何ものかがあることになる。重力は引力しかない。何か押しているものが宇宙にはある。これが現代物理学最大の謎なのだ。ともかく、何か見えないものがあって、それがどんどん押して宇宙の膨張を早めている。それはエネルギーをもっている。だから暗黒エネルギーと呼ばれている。
 アメリカ、ダートマス大学のロバート・コールドウェル博士は、ダークエネルギーが加速度的に増える場合の宇宙の未来を計算したが、その結果は、とても衝撃的だった。ダークエネルギーが加速度的に増えると宇宙の膨張速度は際限なく速くなっていく。そして、宇宙は無限の大きさになり、全てはバラバラになり引き裂かれてしまうことがわかった。コールドウェル博士はビッグバンに対してそれをビッグリップ(Big Rip)と呼んでいる。
 具体的にどうやってビッグリップに関する観測をしたか。ここで登場するのが1a型超新星というものの爆発である。超新星の中で1a型は特殊である。1a型超新星はその爆発で星が銀河全体より明るくなる。だから、遠くの銀河も明るくなるのが見える。遠くが見えると過去が見える。しかも、このタイプの超新星は明るさが決まっている。明るさによって位置が遠いか近いかが判別できる。距離がわかるとどれだけ時間が経過したかという時間の情報を得られる。
 さらに、光がどれだけ赤くなったかを見れば宇宙がどれだけ大きくなったかがわかる。つまり、宇宙の膨張の情報も得られる。したがって、時間の情報と膨張の情報を組み合わせると、膨張の歴史の情報になる。それでどのように減速して来たかを見ようとした結果、なんと宇宙の膨張は加速しているという驚くべき答えが出た。1998年のことである。
 もしビッグリップになったら何が起きるのだろう。今からおよそ1000億年後に起きると言われるビッグリップのシナリオは次の通りだ。
 ビッグリップの2億年前、銀河のかたちに変化が現れる。まず、銀河の周辺部の星が加速的に引っ張られているので、重力を振り切って外に飛び出していく。そして、中心部にある星もまとまることが出来ずバラバラになり銀河は消滅する。
 ビッグリップの1年前、惑星の軌道にも影響が現れる。外側を周る惑星から順々に軌道から外れていく。
 ビッグリップの数時間前、星の内部にまでダークエネルギーの影響が及ぶ。星は膨れ上がって爆発し、死を迎える。惑星も最後の時を迎える。大地はひび割れ、バラバラになった惑星の破片が次々と宇宙に飛び出していく。そして、遂に惑星も砕け散り、分子や原子までも引き裂けられ、素粒子になる。ビッグリップの数秒前、全てのものがバラバラになって、宇宙は終わりを迎える。これがビッグリップだ。
 これはあくまでも仮説なので、必ず宇宙がこのような最後を迎えるわけではない。もし、宇宙空間の膨張と同じ割合でダークエネルギーが増え続ける場合には、宇宙は永遠に存在し続ける。ただし、今私たちが見ている多くの銀河はほとんど全て遠くへ飛び散っていくので暗くなり見えなくなってしまう。
 このビッグリップ仮説が真実かどうかは、暗黒エネルギーの正体による。暗黒物質は我々の母だったが、暗黒エネルギーは邪悪な感じがする。
 ここまでのことを簡単にまとめたい。原子は宇宙において5%に過ぎないというのが観測結果である。原子は粒々なので、宇宙が2倍になると体積が8倍になって8倍に薄まる。
 暗黒物質は宇宙の27%だということもわかっているが、暗黒物質も粒々だから、正体はわからないけれども、宇宙が2倍になると体積が8倍になって8倍に薄まる。
 暗黒エネルギーは宇宙の68%を占めているが、奇妙で、宇宙が2倍になり体積が8倍になると、暗黒エネルギーも約8倍に増える。つまり暗黒エネルギーは無尽蔵なエネルギーである。8倍ではなく7倍だと、暗黒エネルギーは勢いを失って、加速はいずれ止まって、減速する宇宙に戻るだろう。9倍に増えると、どんどん勢いは増しているので、宇宙を無限に速くしてビッグリップになるだろう。だから、8倍なのか、9倍なのか、7倍なのかというのが運命の分かれ目だ。これを調べなければならない。

多元宇宙論(マルチバース)

 暗黒物質と暗黒エネルギーの塩梅がちょうど良かった時だけ、我々が生まれる宇宙になる。その話を聞くとすごく不安定な感じがする。宇宙は不安定であるというのが物理法則の帰結なのかと心配になるが、そこで出てきたのが宇宙はたくさんあるという学説だ。我々が住む宇宙は暗黒物質と暗黒エネルギーの塩梅がちょうど良い状態だが、宇宙はきっと試行錯誤で、ほとんどの宇宙は暗黒物質と暗黒エネルギーのバランスが良くなくて、そういう宇宙には我々は生まれなかった。しかし、宇宙がたくさんあって、その中にたまたまいい塩梅のものがあって、そこに我々が住んでいるのであって、我々から見える宇宙はアンバランスに見えているだけではないかという考え方があるが、この考え方は「人間原理」と呼ばれている。
 宇宙には複数の宇宙が存在するのではないかと仮定した学説を多元宇宙論(マルチバース)と呼んでいる。マルチバースではそれぞれの宇宙の中の暗黒エネルギーの量が違う。暗黒エネルギーが多すぎる宇宙はすぐに引き裂かれてしまって、我々は生まれない。暗黒エネルギーが少なすぎてマイナスだと宇宙は減速して止まってしまい潰れてしまう。
 試行錯誤でたくさんの宇宙をつくることによって、その中のごくわずかの宇宙だけが暗黒物質と暗黒エネルギーのバランスに成功して、星や銀河や生命が生まれたのではないか。物質の基本的単位を、大きさが無限に小さな0次元の点粒子ではなく、1次元の拡がりをもつ弦であると考える弦理論に、超対称性という考えを加え、拡張したものを超弦理論と呼ぶが、超弦理論では宇宙が10の500乗あったに違いない。それだけ多くの宇宙があれば、その中に1個ぐらい成功するものがあってもおかしくないだろうと考える。
 暗黒エネルギーの正体を知りたいので、研究したいが、宇宙は加速膨張しているから、遠くの銀河は今観測できるが、どんどん遠くに行って、いずれ見えなくなる。近くの星は観測できるかもしれないけれども、遠くの星は観測できなくなるので、早くしないと宇宙の歴史を調べ、宇宙の未来を考えるということができなくなるので、研究への予算をもっと積んでほしいものだ。
 これまで取り組んできているのは、すばる望遠鏡(国立天文台)を使った研究だ。すばる望遠鏡を使って宇宙の傾向を知りたい。1個1個の銀河を調べるのではなく宇宙の「国勢調査」をして宇宙の傾向を調べる必要がある。つまり、国勢調査のようにたくさんのものを調べなければならない。
 その意味ではすばる望遠鏡はすばらしい。すばる望遠鏡には広視野のカメラを取り付けた。すばる望遠鏡のカメラはハッブル望遠鏡の1000倍の視野がある。ハッブル望遠鏡で千年かかる観測を1年でできる計算になる。そのためにカメラは巨大で、9億ピクセルあり、重さは約3トンだ。
 この超広視野カメラ(HSC)を使って10億個の銀河を観測する。その銀河の中で選んだ銀河を超広視野分光器(PFS)で距離や宇宙膨張を観測する。1個1個観測していたのでは埒が明かないので、一度に2400個の銀河を観測できる。これを「宇宙ゲノム計画」と呼んでいる。目に見えないゲノムのようなものだが、宇宙の運命、過去、進化を決めてきたものなのできちんと理解したいと考えている。

 カメラの望遠レンズだけで図26右の大きさがある。望遠レンズを組み込んでできたカメラ本体は長さ3メートルにもなる。このカメラを使って遠くの銀河を観測できるようになってきた。このカメラで撮影したのが図27の写真だ。どこを見ても銀河が所せましと存在している。昔は銀河が1つ見つかると大騒ぎだったが、現在は、遠くを見れば、どこを見ても必ず銀河が見える。そのくらい宇宙は銀河でびっしりだ。

 最新の技術で、いたずら者の効果を計測し、暗黒物質の居場所を突き止め、世界最大の暗黒物質の3次元地図を作ることに成功した(図28)。奥行は約80億年、横幅約12億年、高さ1億光年ぐらいある。その中で暗黒物質がどのように分布しているかを示す3D画像で示している。

 暗黒物質の分布と銀河の分布を比較すると、暗黒物質の多い所に銀河ができている(図29)。確かに暗黒物質が私たちの母であると観測的に証明できている。
 さらに、非常に複雑な装置である分光器という装置を使用して、世界が協力して研究を進めている。これまでの財源では足りず参加1機関あたり7000万円を持参するという約束で装置を造っている。この観測が進むと、遠くからやって来る光を捕まえることで、宇宙の始まりや宇宙の運命など、驚くような成果が得られると期待している。
 我々の住む銀河は吸収合併を繰り返して成長して来た。遠くの銀河から来る何十億光年もかけてやって来た光を捕まえるということをやっている。1個1個の光が貴重である。たくさんの光を捕まえるためには大きな鏡がどうしても必要になる。捕まえた貴重な光の粒々をきちっと光ファイバーケーブルで捉えるための装置がNASAとPFSコラボレーションで造っている装置だ。
 これを使って貴重な光を光ファイバーで捉えるわけだが、そのために小さなロボットを付けている。光ファイバーで捉えた光を別の部屋にある分光器に移動させて、そこで赤外線から青色光まできちんと分けることによって、吸収線や発光線の数値を見ると、この銀河が何でできていて、どういう運動をしていてという重要な情報が見つかる。こうやって暗黒エネルギーの正体を割り出したい。そうやって宇宙の謎に迫りたいというのが現在も引き続き行っている研究だ。

5. 最後にひとこと

 昨今、イノベーションという言葉が言われるようになった。イノベーションと言うと、iPhoneが頭に浮かぶが、技術の組み合わせだけではイノベーションはできないとして、スティーブ・ジョブズは次のように言っている。アップルのDNAはテクノロジーだけではない。テクノロジーとリベラルアーツ、特に人文科学を組み合わせることによって我々が欲しいと思う製品になる。アップルはテクノロジーとリベラルアーツの交差点にある。したがって、リベラルアーツの言うように、職業や専門に直接結びつかない教養、つまり基礎学問がアップルにとって重要だ。
 2014年10月20日に国連から科学における国際協力について話してほしいと依頼され、ニューヨークにある国連本部で、「平和と発展のための科学」という題で話したことがある。そこで出した例の一つが、ヨルダンに2019年に完成した加速器である。放射光の施設で、考古学、製薬、物質科学など様々なことに使える加速器だ。この加速器の利用にあたっては、イスラエルとパレスチナとイランが協力した。いがみ合っている国々が協力して加速器が完成した。基礎的な学問は人間にとって大事なだけではなく、世界を結びつけるものだというお話をさせていただいた。

 図30は日本が打ち上げた「かぐや探査機」が撮影した写真だ。月の裏側に行くと、地球が見えなくなる。月から地球に戻ってくるときに少しずつ地球が見えてくる。それは日の出ではなく地球の出と言われるものである。月から見て遠くに浮かんでいる小さな岩に我々は住んでいる。ここに住んでいる数十億の我々がいがみ合って暮らしている。しかも、惑星を大事にしていない。月面のごつごつ荒涼とした人間の住めない環境と遠くにぽかんと浮かんでいる美しい地球。この美しい地球を見ると、「世界は一緒にやれる」という気持ちになるので、宇宙研究は役に立たないが、新しい視点を与えてくれるという意味では人類の役に立つと思い研究を進めている。

(本稿は、2021年11月4日に開催したICUS懇談会における発表を整理してまとめたものである)

政策オピニオン
村山 斉 東京大学特別教授
著者プロフィール
1964年東京生まれ。1991年東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。理学博士。専門は素粒子物理学。東北大学大学院理学研究科物理学科助手、ローレンス・バークレー国立研究所研究員、カリフォルニア大学バークレー校物理学科助教、准教授を経て、同大学物理学科MacAdams冠教授(現職)。米国プリンストン高等研究所メンバー(2003~2004年)。2002年西宮湯川記念賞受賞。2007年~2018年には文部科学省の世界トップレベル研究拠点プログラムにより発足した東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構の初代機構長に従事。その功績から2019年東京大学より特別教授の称号を授与される。現在も同機構主任研究者・教授としても研究に邁進。2013年からはリニアコライダー・コラボレーション副ディレクターも兼務。米国芸術科学アカデミー会員、日本学術会議連携会員。主な研究テーマは超対称性理論、ニュートリノ、初期宇宙、加速器実験の現象論など。素粒子理論におけるリーダーとして先進的な研究を進める傍らで、わかりやすい一般向け講演など、アウトリーチ活動にも定評がある。著書に、『宇宙は何でできているのか―素粒子物理学で解く宇宙の謎』(幻冬舎新書)、『宇宙は本当にひとつなのか―最新宇宙論入門』『宇宙になぜ我々が存在するのか―最新素粒子論入門』(講談社ブルーバックス)など多数。
宇宙の始まり・仕組み・運命が望遠鏡や加速器で少しずつ解明されてきた。しかし暗黒物質と暗黒エネルギーは未だに謎が多い。科学は世界平和と人類の幸福に寄与する学問だ。

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