台湾問題を考える(3):習近平政権と台湾危機の実相

台湾問題を考える(3):習近平政権と台湾危機の実相

2022年2月24日
はじめに

 1979年にアメリカが台湾と断交、中国と正式な国交を樹立して以降、ソ連崩壊で冷戦構造が終焉するまでの間、レーガン政権による台湾向け武器輸出をめぐる米中の関係悪化等を除けば、米中関係は良好な状態が続いた。冷戦後も、クリントン政権下で起きたセルビアの中国大使館誤爆事件や第三次台湾海峡危機などで一時的に関係が悪化したこともあったが、基本的には冷戦期の後半にあたる米中和解後と同様の安定的な関係が維持された。その間、中国の台湾政策も三通の進展による経済関係の深化や人的往来の促進など穏やかな手法によるものが中心であった。
 21世紀に入っても中国は、反国家分裂法の制定(05年)や軍備強化の強面政策と並行して、国民党との関係改善や三通の拡大、パンダ外交などのソフト戦略で台湾世論の取込むとともに独立志向の民進党の孤立化を図り、穏やかな形で一国二制度のお実現に向け歩を進めるなど熟柿主義によって台湾を吸収するアプローチが基本的に踏襲された。
 しかし、こうした政策は習近平政権の誕生を境に大きく変化する。時を経るごとに強硬な主張や政策が表に出され、最近では中国の台湾への武力侵攻の実施が論議の焦点となっている。この問題を解くには、台湾侵攻に対する中国・習近平政権の「意図」と「能力」を解析する必要がある。意図は習近平政権の対台湾政策や要人の発言などから、また能力は侵攻の様相態様によって異なるため、幾つかのシナリオを想定して検討を進める。

1.習近平政権の中台関係と中台統一政策

 2012年秋の第18回全国代表大会で総書記に選出された習近平は、就任の会見で国家目標に「中華民族の偉大な復興」を掲げた。そして政権担当後は、鄧小平が示した「韜光養晦」の路線を否定し、戦狼外交と呼ばれる威嚇的な強国路線に切り替え、中華人民共和国建国100周年を迎える2049年までに、中国をアメリカに代わる世界の覇権国家となすことを最大の政権課題に据えた。そのため、西欧列強に奪われた領土を取り戻すとともに、二つの中国という変則状況を打破し、一つの中国を実現することが絶対的な必要条件との認識を固めていく。それゆえ習近平国家主席の下で、中台関係は大きく格上げされることになった。
 習近平は、国家主席就任の前から台湾政策に強い関心を抱いていた。彼は1985年から17年間、福建省で勤務した経歴を持つ。台湾との窓口となる福建省アモイ市の副市長を3年間務めたほか、もう一つの対台湾の窓口ともいわれる福州のトップに就任。その後、福建省の省長になる。さらに2002年からの5年間はやはり台湾の対岸に位置する隣の浙江省の党書記に異動するなど、出世の階段を上る過程で常に台湾問題が職務の中で大きなウェートを占めてきた。こうした経歴から、習近平は速い段階から台湾政策を自身のライフワークと位置づけ、将来中国の最高位についた暁には、台湾統一事業を本格化させる意思を固めていたものと思われる。
 そして、総書記に就任した直後から積極的に対台湾政策に取り組んでいる。習近平は2013年3月に正式に国家主席に就いたが、その直前の2月25日に台湾与党・国民党の連戦名誉主席(元副総統)と会談し、その際、台湾の馬英九総統との初の首脳会談の可能性に言及している。また会談のなかで習は「両岸(中台)の平和発展と平和統一を引き続き進め、一層関係を発展させ新たな成果を得たい」と述べ、台湾統一を視野に経済関係強化を目指す方針を明らかにした。「台湾通」を自任する習国家主席としては、得意の分野で主導権を発揮し、悲願である内戦で分断された台湾の統一を実現させることによって、自らの権威の確立を目指したのである。
 それゆえ国家主席就任1年足らずで中台当局者間の直接対話を開始させ(14年2月)、同年6月には台湾政策を担当する閣僚級当局者が1949年の分断後初めて台湾を訪問、台湾側の担当閣僚と会談し、2月に設置で合意した当局間の直接対話メカニズムを推進することを確認している。翌15年5月には台湾与党・国民党の朱立倫主席と北京の人民大会堂で会談。両党のトップ会談は2009年5月以来のことであった。さらに同年11月に習近平脩は台湾の馬英九総統とシンガポールで会談する。中台の首脳会談は、1949年の分断後初めてであった。
 この間の台湾政策はまだ穏やかなものであったが、16年1月に行われた台湾の総統選挙で、台湾の独立志向が強いとされる最大野党、祭英文主席が率いる民進党が8年ぶりに政権を奪還した。またアメリカで共和党のトランプ候補が大統領選挙に勝利する。トランプ氏は大統領就任前、台湾の蔡英文総統との電話会談に応じた。就任前を含めて米大統領が台湾の総統と電話でやり取りしたことが明らかになったのは、1979年の米台断交以降初めてだった。
 そして政権発足後もトランプは台湾との距離を急速に縮めていく。こうした政治変化に中国は反発を強め、中国軍艦の台湾海峡通過や台湾周辺での軍事演習の活発化、さらに台湾の防空識別圏への中国軍機の大量飛来などその台湾政策は強硬なものへ変化していった。
 中国が台湾への姿勢を硬化させるのと比例して、トランプ政権の反中親台政策も強まっていく。トランプ政権は2018年に「台湾旅行法」を成立させ、閣僚級の安全保障関連の高官や将官、行政機関職員など全ての地位の米政府当局者が台湾に渡航し、台湾側の同等の役職の者と会談することや、台湾高官が米国に入国し、国防総省や国務省を含む当局者と会談することを認めるようになった。
 同法の下、18年6月に行われた米大使館に相当する米国在台湾協会(AIT)台北事務所の落成式には、ロイス米国務次官補が出席。また蔡英文総統は16年夏、中南米を訪問した際、経由地の米国を訪問し、ポール・ライアン米下院外交委員長、エドワーズ・ルイジアナ州知事らと面会している。いずれも異例のことだ。
 さらに19年度国防権限法が制定され、米台共同軍事演習など防衛上の連携を強化することが明記された。これを受ける形で、米海軍艦艇の台湾海峡航行が急増するようになる。また2019年には最新のF-16戦闘機66機、総額80億ドルの売却を決定。米台間の武器売買としては最大規模のものであった。戦闘機を売却するのは92年以来、約27年ぶり。その間、18年10月に行ったペンス副大統領の演説で、トランプ政権は反中姿勢を一層明確化させ、中国との全面的対決を宣言するに至った。
 米中の対立が強まる中、中国の台湾に対する威嚇行動が増加しただけでなく、習近平の台湾政策に関する演説においても、統一に向けた強い意志が語られるようになる。習近平主席は2019年1月に、①平和統一の実現②「1国2制度」の適用③「一つの中国」堅持④中台経済の融合⑤同胞・統一意識の増進の5項目を柱とする包括的な台湾政策(「習五点」)を発表したが、その後、米台関係の緊密化に反発するように、強硬な発言が続いた。21年7月の共産党創立100年式典で習近平主席は「祖国統一は党の歴史的任務だ」と表明した。
 同年11月には、過去の歴史を総括する「歴史決議」が採択され、建国の父である毛沢東、改革開放政策を主導した鄧小平と並ぶ権威を手に入れた習近平が終身一強体制を実現するする可能性も出てきた。それに伴い、習近平が「歴史的指導者」に相応しい実績を確立するため、「台湾統一」を目指しているという見方も強まっていった。
 さらに21年10月の演説では「台湾問題は中国の内政であり、外部からのいかなる干渉も許さない。祖国の完全な統一という歴史的な任務は必ず実現しなければならないし、実現できる」と述べ、台湾統一に向けて一切妥協しない姿勢を強調した。その強い意思は、国務院が発表した「国家総合立体交通網計画綱要」にも現れている。同綱要では、中国大陸の福建省から台湾を結ぶ海底トンネルか橋を「2035年までに完成させる」と明記された。中国大陸と台湾をつなぐ壮大な計画は、すでに大部分が建設済みだ。北京と台北を結ぶ「京台高速鉄道」と「京台高速道路」は、台湾海峡を臨む福建省平潭島まで到達しており、平潭島には巨大な駅も完成した。あとは線路を延ばして約122キロ先の台湾につなげるだけ、という段階まで来ている。
 習近平国家主席は21年12月31日の演説の中で、「祖国の完全統一は、中国と台湾の同胞にとって共通の願いだ」と述べ、台湾統一への強い意欲を改めて強調し、アメリカとの軍事的緊張が高まろうとも一歩も引かない姿勢を示している。
 以上、国家主席就任以後の習近平の行動や発言、実施政策などを纏めるならば、
 ①国家主席就任以前から台湾統一にかける習近平の思いは強く、主席就任後、権力基盤を強化させていく過程で統一の意思と意欲はさらに強まっている
 ②従前は、中国は台湾との経済的・技術的つながりを深めることによって台湾を併呑しようと努めてきたが、蔡英文民進党政権の誕生や一国二制度に対する台湾の反発・拒否の強さ、さらに米台関係の緊密化などを受け、平和的な吸収統合にとどまらず、軍事的手段による統一実現という選択肢を重視しつつある
 ③よって、台湾侵攻が政治なブラフに留まる保証はない。台湾侵攻に必要な兵力整備が完成した場合、または一国二制度による平和的統一が不可能になったと判断した場合、特に台湾が独立に向けて動いた場合には、中国が武力による統一に動く可能性は高い。
 ④軍事力を行使しても台湾統一を成し遂げようとする意志は強いが、アメリカの介入可能性や国際社会からの強い非難を考慮すれば、中国は大規模侵攻という単一のオプションだけでなく、様々な攻撃態様を組み合わせ、アメリカの介入を排除しつつ段階的に台湾を無力化し併合するアプローチを採るケースも想定される。

2.台湾への軍事侵攻の時期

 習近平政権になって、そして彼がその権力基盤を固めていくにつれて、中国の台湾政策は「統一するか、しないか」ではなく「いつ統一するか」へと変化しつつある。ただ、統一に向けた具体的行動に踏み切る時期を特定することは容易ではない。
 2017年10月の中国共産党第19回全国代表大会9回党大会で習近平総書記は、「新時代の党の強軍思想を国防と軍隊建設の指導的地位の中に確立する」よう指示した。そして「習近平の強軍思想」に基づく軍近代化の目標として、①2020 年までに機械化を基本的に実現し、情報化建設において重大な進展を獲得し、戦略的能力を大いに向上させる②2035 年までに国防と軍隊建設の近代化を基本的に実現 する③今世紀中頃までに人民解放軍を世界一流の軍隊に作り上げる、との『三段階』の戦略方針に基づくロードマップが示された。③は中国建国100年にあたる2049年と近似しており、中国は概ね21世紀半ばに世界最強の軍隊を建設することを目指しているといえる。
 台湾侵攻は中国にとって大きなリスクが伴う。中国が台湾に圧力をかけ続けるのは、台湾の政治・経済に打撃を与え、中国と対立する台湾の気力を挫き、平和的な手段を求めてくる状況を作り出し、交渉によって吸収を実現する狙いがある。しかし、台湾の平和的な統一がかなわない場合は武力による併合に訴えることを中国は否定しておらず、この三段階戦略方針に従えば、大規模な軍事力が必要となる台湾への全面的な武力侵攻は21世紀半ばには可能になる。これは言い換えれば、中国の兵力増強は進むが、台湾への大規模侵攻を可能にするだけの戦力は未だ保有していないとの評価にもなる。
 そうした立場から、昨年11月のミリー米統合参謀本部議長の発言や国防総省の報告書はともに「大規模な台湾侵攻は当面ない」との見方を示している。習近平自身は、累次の演説で「統一は果たさなくてはならない」「統一の実現は、歴史的任務」などと強硬な発言を行っているが、具体的な実行の時期には触れていない。遅くとも21世紀半ばまでに台湾を統一するという長期的方針の下、時間をかけて機の熟するのを待つとともに、軍事的侵攻能力の造成に注力することが習近平の基本的な意図であると理解することができる。
 もっとも、台湾への武力行使が常に大規模侵攻の形態をとるとは限らない。限定的な攻撃や部分占領などの作戦形態も考えられる。その場合、攻撃は最強軍の完成を待たずとも可能であり、最も早い武力行使の時期は理論上、北京五輪終了から習近平が総書記3期目続投を可能にするための今年秋の共産党大会、また今秋の米中間選挙で民主党が議席を失いバイデン政権の指導力低下を招く事態に至ったとき時などが考えられる。
 ただ、今年は習近平にとっては今後長期にわたり自身の権力を固め切るための極めて重要な年であり、そのような時期に台湾侵攻という大きな危険を冒すことはあるまい。台湾侵攻の実施は早くても来年以降でのことであろう。
 かように侵攻予想時期については、21世紀半ばから来年と大きな幅があるが、この中間にあたる予測として、デービッドソン・インド米太平洋軍司令官の見解がある。21年3月にデービッドソン・インド太平洋軍司令官(当時)は上院軍事委員会公聴会で、台湾情勢について「6年以内に危機が明らかになる」と言及した。
 6年後の2027年は中国軍創立100年に当たり、習近平共産党総書記(国家主席)の3期目の任期が終わる政治的に節目の年だ。また中国人民解放軍の創設100年を記念する年でもあることが根拠とされる。中国人民大学国際関係学院副院長の金燦栄教授が、習近平は2027年までに台湾を武力統一すると発言した旨の報道もある(22年1月30日付日本経済新聞)。金燦栄教授は習近平の外交のブレーントラストの一人と言われており、彼の発言は習近平の本音をある程度反映しているとも考えられる。
 2028年をピークに中国の人口の減少が予想されており、この機を逃せば大規模侵攻は難しくなると考えているかもしれない。デービッドソン司令官は27年頃に中国の脅威が顕在化すると述べただけで「攻めていく」とは言っていない点は注意が必要だが、大規模攻撃の可能性が高いのはやはり2020年代後半といえよう。
 纏めれば、現在のような中国の兵力増強が今後も続けば、台湾への大規模な武力侵攻は遅くとも21世紀半ばには可能となること、より早い時点で実施可能性が高まるのは20年代後半といえる。もっとも、大規模な兵力の動員を必ずしも必要としない限定的部分的な攻撃であれば20年代前半もあり得る。侵攻態様によって投入される軍事力の規模が大きく変化するので、具体的な侵攻のシナリオごとに検討が必要である。

3.想定される統一化戦略:危機のシナリオ

 中国の台湾侵攻の蓋然性は、中国の「能力」と「意図」の相乗積によって決まる。「能力」は中国が実施する軍事作戦の様相によって大きく異なる。考えられる侵攻シナリオの第一は、大規模な兵力を投入し台湾への着上陸作戦を実施、台湾側の抵抗を抑え首都台北や主要拠点を占領し台湾を制圧、力づく併合・統一を実現しようとする場合、第二は軍事力も含む様々な暴力非暴力の手段を複合的に使用、台湾市民に精神的動揺と不安を与えることでその抵抗を抑え統合をめざすもの。第三は、離島など台湾領の部分的限定的な軍事制圧によって、台湾を威嚇し統一を甘受させるアプローチである、さらに、軍事力を用いて台湾の周囲を封鎖してその屈服を目指すケースも措定できる。
 以下、それぞれのケースの作戦態様と実行及び成功の可能性を検討する。

 (大規模軍事侵攻)
 中国軍による台湾への大規模な軍事侵攻は、概ね①中国大陸側からのミサイル攻撃②台湾の軍事施設を標的としたサイバー攻撃③台湾の戦力破壊と米軍などの介入を阻むための航空・海上戦闘の実施により制空・制海権を確保④上陸作戦で台湾本島を武力制圧、のプロセスをとると想定される。
 この場合も、いきなり軍事侵攻に踏み切ることはせず、演習名目で台湾周辺に兵力を展開させ、まずサイバー攻撃やSNSなどを通した謀略、フェイクニュース、偽計工作などハイブリッド攻撃を多用し、台湾社会全体を混乱に陥れ、極力その抵抗力を劣弱化させたうえで着上陸作戦に移行するものと想定される。
 中国は、サイバー戦、電子戦、情報戦を一体的に実施する「網電一体戦」の発想を取り、15年末に発足させた宇宙、サイバー、電磁波と情報戦を一元化する「戦略支援部隊」は高度な能力を有すると思われる。また武力戦だけでなく「三戦(世論戦、心理戦、法律戦)」を重視していることも注意を要する。さらにミサイルや航空機による攻撃に先立ち、ドローン(無人機・UAV)を活用することも予想される。低空で飛行するドローンはレーダーで探知されにくく、探知されても判別が難しい。

 (ハイブリッド戦で親中傀儡政権を樹立)
 第二のシナリオは、正面から軍事力を行使するのではなく、ハイブリッド戦を駆使し、サイバー攻撃やフェイクニュースを流すなどして社会に混乱をもたらし、台湾を分裂させる関節侵略のやり方だ。斬首作戦と呼ばれることもある。偽情報を浸透させ、政府への信頼を失わせ、台湾社会の混乱に乗じて総統府を占拠する。あるいは台湾内に親中国の臨時革命政府のような組織を樹立して、その要請で中国が軍事介入する手法が想起される。事態を「内政」と強弁し、アメリカの軍事介入を阻むこともできる。
 民進党政権の誕生後、台湾では、中国のスパイ活動が活発化しており、中国との統一を主張する政治団体「中華統一促進党」が中国当局から資金を得て、反「台湾独立」運動や民進党の蔡英文政権への抗議活動に人を動員している疑いも持たれている。

 (離島占拠)
 台湾本島への大規模な軍事侵攻は国際社会からの激しい非難や米軍の軍事介入が予想されるため、中国としても慎重にならざるを得ない。しかし、台湾が支配する離島を中国軍あるいは海上民兵を投じて電撃的に攻撃、占領すれば、米軍に軍事介入を許す危険が少なく、また一部とはいえ台湾の領土を直接支配することで、習近平政権は中台統一事業を前に進めたとして歴史的な業績を残せる。しかも離島を奪取することで民進党政権に打撃を与え、また台湾の人心を動揺させて、事後の本格的な併合政策が容易になる可能性もある。
 占拠が予想される離島の第一は、福建省海岸に近い金門島である。金門島は中国大陸から至近の距離にあり、水道の供給橋も大陸から受けている。フェリー便で年間数十万の観光客が中国大陸から訪れている。金門島の占領を目指し、1958年に中国が大攻勢をかけ79年まで砲撃合戦が続いたが、結局制圧することができなかった。金門島を実力を以て支配下に収めれば、毛沢東も為し得なかった戦果を習近平が挙げたとの宣伝にもなろう。
 南シナ海の北部に位置する東沙諸島も、攻撃の対象となる。台湾南部から約420㌔、高雄市に属す東沙諸島(プラタス諸島)は、東沙島と東沙環礁、北衛灘環礁、南衛灘環礁からなり、干潮時に水面から露出するのは東沙島だけ。1550メートル滑走路を有する東沙空港が設置されており、台湾空軍の輸送機が就航しているほか、沿岸警備隊が民間航空機をチャーターしている。太平洋と南シナ海、東シナ海を結ぶシーレーン上に位置する東沙諸島の占領は、台湾だけでなく日米など自由世界に対するけん制となり戦略的な効果も高いといえる。
 中国が人工島として基地などを整備している南沙諸島の中にある太平島(イツ・アバ島)や、その沖合の中洲島も狙われる危険が高い。ベトナムやフィリピンなどと領有権争いがあるが、現在台湾が実効支配している。台湾海軍陸戦隊と台湾沿岸警備隊が常駐しており、2007年には1200メートル滑走路が完成した。中国の人工島基地に取り囲まれているため、その防衛は至難である。
 最後に台湾南西部の離島、澎湖諸島への侵攻も予想される。1683年に清国が支配し、それが台湾併合に繋がった例がある。2017年には台湾国防部が澎湖諸島の馬公市で、中国軍の澎湖諸島への着上陸を阻止する訓練をメディアに公開しており、警戒を強めている。

 (台湾島の封鎖)
 サイバーやミサイル攻撃などで台湾主力部隊の機能を停止させ、また機雷敷設などで台湾周辺の制海・制空権を確保し、台湾への空路や海上輸送路を遮断し、台湾を戦略的に包囲封鎖するシナリオである。
 2019年に台湾国防部が発表した「国防報告書」では、台湾への上陸侵攻能力はこれまでと同様、離島を奪う能力に未だ留まっているとしながらも、台湾海峡対岸への対艦・対空ミサイルの配備増強などにより、台湾周辺の海・空域を封鎖する作戦能力は既に獲得していることを初めて認めた。

4.蓋然性

 次に、想定される各シナリオ毎に、実行可能性の高低について眺めてみたい。

 (大規模軍事侵攻)
 国が台湾への大規模武力侵攻に踏み切る可能性は、当面はさほど高くないと考える。米軍の介入を阻止するだけの戦力や着上陸作戦の能力が未だ整っておらず、リスクが高いからである。
 もっとも、中国の軍備増強は著しく、核戦力をはじめ、中距離ミサイル、戦闘機・爆撃機、海軍艦艇の整備が急ピッチで続けられている。米国の介入を阻止するための能力を驚くべき速さで向上させており、全般的には、台湾海峡周辺での軍事バランスは中国に有利に傾いている。
 中でも注目すべきは、中距離ミサイル戦力、爆撃機戦力、艦艇・船舶の建造能力、そして核戦力の増強傾向である。中国の対米介入阻止能力を支える中距離ミサイル戦力を見れば、米軍の一大拠点であるグアムを攻撃範囲に収める射程4000キロメートルの中距離弾道ミサイル(IRBM)DF-26のランチャー数もミサイル本体の数も増産、増勢されている。日本を射程に収める準中距離弾道ミサイル(MRBM)も、19年に150基以上とされていたものが、20年には600基と凄まじい勢いで増産されている。J-10やH−6kといった戦闘機や爆撃機の近代化や量産部隊配備化 も目覚ましい。
 中国の海軍力も中国が15〜19年のうちに進水させた艦艇の総計は60万トン以上と、同じ期間に米海軍が進水させた艦艇の総トン数の2倍に相当する。中国海軍は既に15年の時点で、総隻数という観点からは世界最大の海軍となった。今のペースが続けば、中国海軍は35〜40年頃までに、総トン数においても米海軍に匹敵する規模となる可能性がある。
 しかし、台湾への大規模侵攻には100万人規模の兵力が必要とされるが、陸作戦の中核を担う海軍陸戦隊(海兵隊)は17年に組織改編が始まり当初の1万人から3倍以上に拡大したとも言われるがそれでも不十分。また兵員を敵前上陸させる輸送力はない。満載排水量が17600トンの「071型/玉昭型」揚陸艦を4隻保有しているだけで、排水量4万トの大型艦である075型強襲揚陸艦はいまだ戦力化されていない。
 そもそも大規模侵攻の時期は海峡を渡れるのは4月か10月だけだ。1年のうち、台湾海峡の気象条件が良好なのは4月と10月の各4週間しかない。それに、大艦隊が海を渡る大掛かりな作戦で「意表を突く」のは不可能だ。また丈六適地は限られ、台湾は崖やリアス式海岸が多く、上陸地点が限られる。中国軍の能力では台湾への上陸作戦を実行できない。台湾上陸できる箇所は幾つかに限られている。
 これらの場所は台湾側も事前に相応の準備をし、防備を固めているはずだ。戦争を行うには2〜3カ月くらいの準備期間が必要になる。アメリカは衛星など先端技術を使いながら、中国人民解放軍の動きを常に監視している。事前に軍隊の動向が把握され、先制攻撃で台湾側の「意表を突く」のは至難の業だ。台湾側は、例えば軍隊の主な施設を山間部のトンネルに移動させたり、無防備な港湾から艦船を退避させる、中国側の工作員と思しき者の身柄を拘束する、周辺海域に機雷を敷設する等々の対応策を怠りなく実施出来よう。

 (ハイブリッド戦による親中傀儡政権の樹立)
 ハイブリッドでの政権転覆作戦は、大規模な軍事侵攻に比べれば実施可能性は高いが、謀略や偽情報で混乱を惹起せしめようとしても、現在、民進党政権に対する支持率は高く、それは中国の進める強引な対台湾政策に対する反発の強さを物語るものでもある。それゆえ、各種の工作を多用したとしても、民進党政権を崩壊させ、台湾をして親中の親傀儡政権樹立に動かしめることは難しいと思われる。
 中国は台湾にとって最大の貿易、投資の相手先で、台湾にとって中国の存在が重要であることは間違いないが、他方、いまや台湾人の4分の3が「中台は別の国である」と考えており、「両者が一つの国に属する」とするものは僅か14%に過ぎない。しかも一国二制度がいとも簡単に踏みにじられ、民主政を否定し大陸と同様の強権的支配を強いられた香港の実態を目の当たりにして、9割の台湾市民が中国の説く一国二制度に反対を表明している。自由で民主主義の定着した台湾が抑圧強権的な中国への併合や吸収を自ら支持し、許容する割合は極めて低いであろう。

 (離島占拠)
 2020年3月、金門島沖合をパトロール中の台湾沿岸警備隊(海巡署)の小型警備艇が中国の小型スピード艇に襲撃されル事件が起きている。中国の海上民兵あるいは中国海軍特殊部隊などが小型高速艇を用いて離島を限定占拠する作戦は、十分に実行可能と思われる。電撃奇襲攻撃によって短期間に、しかも離島だけを限定占拠する場合、米軍に介入の隙を与えることを防げる。また台湾関係法の対象地域に離島は含まれず、米軍の介入可能性も低い。
 1950年代、アメリカの軍事力が強大で、中国側の戦力を大きく引き離していた時でさえ、台湾海峡危機においてアメリカは、台湾の蒋介石政権に離島の放棄を迫った。離島と台湾本島の安全が不可分であるとの台湾の主張をアメリカは認めず、その台湾防衛の意志を曖昧なものとした。当時と比べ、現在の米中の軍事バランスは激変し、中国有利に傾斜している。また当時のような米華相互防衛条約もない。
 一方、中国側は全面戦の危険を冒すよりも、米軍の関与可能性の遥かに低い離島を短期に占拠し、それを既成事実化させ、台湾海峡の実効支配を高めるとともに、米軍不介入の現実を喧伝し、台湾の無力化を強める戦略は魅力的に映るはずだ。実行可能性は非常に高いと考えられる。また状況によっては、離島占拠とハイブリッド戦を組み合わせた侵攻シナリオを採る可能性も高い。

 (台湾島の封鎖)
 台湾全体を長期にわたり完全に封鎖しようとすれば、相当な規模の海空軍事力が必要になる。また米軍の台湾へのアクセスを阻止しなければ、作戦の成功は覚束ない。グアムや米本土、ハワイ等から来援する米軍だけでなく、在日米軍やさらにアメリカと同盟関係にある日本の自衛隊の存在を考え併せれば、大規模侵攻と同じ程度の海空軍戦力を必要とする台湾本島の長期封鎖は困難であろう。

 (台湾が独立に動き出す場合)
 中国の台湾に対する侵攻の可能性を検討する際、注意すべきは、中国が台湾における独立の動きを一切認めず、断固として独立運動を排除する強い意志と決意を固めている点である。仮に将来、台湾で独立に向けた動きが強まった場合は、中国は台湾制圧の成否如何にかかわらず、躊躇することなく軍事介入に踏み切る可能が高い。
 中国は政治目標として中台の統一を目指しているが、それと同時に、平素は台湾側に現状の維持を強く求めている。よって外部から台湾に独立を促すことは、その動きを阻止するため、台湾に軍事侵攻せざるを得ない状況に中国を追い込むことにもなり、危険である。
 習近平主席は2021年11月に行ったバイデン大統領とのオンライン首脳会談で、台湾問題について
 「我々は我慢する気持ちがある、最大の誠意で平和的統一に向け最大限努力する。ただし、台湾独立勢力が挑発し我々を追い詰めたり、レッドラインを超えれば、我々は断固たる措置をとる。」
と発言している。
 中国は、でき得ることなら平和的に台湾を統一したいと考えている。台湾を中国から守り、台湾への中国侵攻に対処する意図から、自由世界の諸外国が台湾に独立を煽り、あるいは独立運動を支援することは、結果的に逆の状況を生み出し、事態を悪化させることになる。中国から離れ、主権国家として独立したいと台湾自身が考えていない現状も、見忘れてはならない。

5.米国の対応・介入可能性

 アメリカは1979年の米台断交時に国内法として定めた「台湾関係法」と、レーガン政権が制定した「六つの保証」と呼ばれる対台湾外交方針を基に台湾防衛に関与してきた。防衛的性格の武器を台湾に売却し続けてきたのも、台湾関係法に規定があるからだ。
 その一方で、アメリカは長年にわたり、仮に中国が台湾に武力侵攻した場合においても「必ず介入する」とは一度も明言してこなかった。「介入するか、しないか」を敢えて明確にさせないことによって中国側の予測不可能性を高め、台南進攻を抑止するとともに、同時に台湾が急進的に独立の方向へ進むことにもブレーキをかけてきた。
 しかし、中国の台湾に対する脅威の高まりで、これまでの曖昧戦略は台湾防衛のコミットメンとしては不十分になりつつあるとの指摘がなされている。台湾では、南シナ海や台湾海峡で米軍が実施する「航行の自由作戦」が中国の行動を抑止する成果を上げていないことへの不満と不安が強まっており、バイデン政権にはトランプ政権と同様に、融和でなく毅然とした対中政策を期待する声が強い。
 これを受け、バイデン政権も台湾との交流を深めつつあり、日米首脳会談やG7サミットなど拡販の場で「台湾海峡の平和と安定の重要性」を強調している。ブリンケン国務長官も累次の機会に、台湾侵攻は「重大な間違いだ」と警鐘を鳴らすとともに、台湾関係法に基づいてアメリカが台湾への責任を果たすと明言している。
 台湾を失えば、アメリカの東アジアへのアクセスが困難となるだけでなく、日本やASEAN諸国など自由諸国の西太平洋におけるシーレーンを危殆に陥れる。そればかりでなく、世界最大規模の半導体生産拠点を奪われてしまうことにもなる。それゆえ、中国が台湾への本格的な軍事侵攻に踏み切った場合には、米軍が台湾防衛に関与する可能性は高いと思われる。
 但し、米軍に介入の時間的猶予を与えない奇襲や電撃攻撃で台湾の離島などが限定占拠されたり、侵略行為の態様が明確でないハイブリッド戦の場合は、介入の機会や介入の名目が立ち難く台湾を支援することが困難になると予想される。そうであるがゆえにアメリカにとっては、台湾で有事が生起した場合、軍事的な介入手段によって対応する以上に、台湾攻撃を中国に思いとどまらせるための抑止政策がより重要となる。
 現在、バイデン政権は、国家防衛戦略(NDS)や核態勢の見直し(NPR)をはじめとする一連の戦略の改訂作業に取り組んでいるが、対中抑止が「失敗」する事態を避けるためには、中国の進める軍事力強化の動きに対抗し、中距離ミサイルの配備や潜水艦、水上艦艇の増強に加え、情報収集・監視・偵察能力から宇宙・サイバー・電磁波領域を含む各種通常戦の対処能力、さらには核戦力に至る「切れ目のない」軍事能力の速やかな整備に努める必要がある。また中国による奇襲攻撃を許さぬよう、台湾本島だけでなく離島も含め、台湾と協力して、常時警戒監視の態勢を敷くべきである。さらに日本、豪州、インド、EU各国などとの連携を深め、中国の覇権的膨張的な行動を牽制、抑止するグローバルな枠組み作りも急がれよう。

政策オピニオン
西川 佳秀 平和政策研究所上席客員研究員
著者プロフィール
1955年大阪府生まれ。78年大阪大学法学部卒。防衛庁入庁、その後、内閣安全保障会議参事官補、防衛庁長官官房企画官、英国防大学留学、業務課長、防衛研究所研究室長、東洋大学国際学部教授等を歴任し、現在、東洋大学現代社会総合研究所研究員、(一社)平和政策研究所上席客員研究員。法学博士(大阪大学)、国際関係論修士(英リーズ大学)。専攻は、国際政治学、戦略論、安全保障政策。主な著書に、『現代安全保障論』『国際政治と軍事力』『ポスト冷戦の国際政治と日本の国家戦略』『ヘゲモニーの国際関係史』(国際安全保障学会賞受賞)『国際地域協力論』『国際平和協力論』『紛争解決と国連・国際法』『日本の外交政策―現状と課題、展望』『特攻と日本人の戦争』『日本の安全保障政策』『マスター国際政治学』他多数。
中国の台湾への武力侵攻があるかが懸念される中、この問題を解くには、台湾進攻に関する習近平政権の「意図」と「能力」を解析する必要がある。

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