1. はじめに
持続可能な開発目標(SDGs)は2015年9月に国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記されている国際社会共通の17の目標である。SDGsは2030年までの目標であるため、数年後には2030年以降に国際社会として掲げる目標(ポストSDGs)の検討が始まる。日本はSDGsの理念を確立するプロセスにおいて、随所で貢献してきた。国際社会が共有する理念形成への貢献は、日本が世界に対して行ってきた重要な貢献の一つであり、今後もその役割を果たしていくべきである。ポストSDGsに向けても、SDGsの理念および世界各国での取組の進捗を踏まえた上で、2030年以降の世界に必要な理念を提示し、議論のプロセスに貢献することが期待される。
本稿ではSDGsの成り立ちに対する日本の貢献を振り返り、SDGsの意義と価値を評価したうえで、ポストSDGsに向けて日本がどのように貢献しうるかを提言する。
2. SDGs成立過程における日本の貢献
SDGsは国連ミレニアム開発目標(MDGs)の後継であるとされ、MDGsの達成期限である2015年から2030年までの期間に対する国際開発アジェンダとして位置づけられている。SDGsを含む2030アジェンダの合意プロセスには二つの大きな流れがあった。一つは、MDGsを中心とする途上国での開発課題を議論してきた流れであり、もう一つは、1992年にリオデジャネイロで開催された地球サミットを起点として、2012年のリオ+20に至るまで「持続可能な開発」を議論してきた流れである。前者は貧困をはじめとする社会的課題解決に、後者は環境問題の解決に軸足を置いた議論であった。この二つの議論は、SDGs策定以前はそれぞれの専門領域を出ない形で進められていた。しかし、ポストMDGs及び持続可能な開発のための国際目標を検討するプロセスの中で、この2つの流れが合わさり、2012年のリオ+20において、MDGsを補完する形でSDGsの策定及び2030アジェンダへの統合についての合意がなされた。日本はSDGsにつながるこの2つの大きな議論の中で、SDGsの根底にある理念の形成という点に貢献をしてきた(横井2018)。
SDGsは「誰一人取り残さない(No one left behind)」という理念を打ち出しているが、その根底にあるのが、日本が長きにわたり国際社会で主導してきた「人間の安全保障」の理念である。人間の安全保障は、国家の安全保障と異なり、個人の恐怖と欠乏からの自由を謳う、一人ひとりの生存や尊厳にフォーカスした安全保障の概念である。1998年に小渕総理がハノイにおける「第一回アジアの明日を創る知的対話」での演説で言及したことを契機に、日本は国連で基金や委員会を創設してイニシアチブをとってきた。この理念は、人間中心の社会開発を目指して策定されたMDGs、そしてこの理念を引き継ぐSDGsにも「誰一人取り残さない」という形で反映されている(吉田2019)。
また横井(2018)によれば、「持続可能な開発」も日本政府が国際社会の議論においてイニシアチブをとってきた理念である。1970年前後から環境破壊や環境汚染による公害が顕在化し、環境と経済が対立する概念として捉えられるようになった。1972年には、世界的ベストセラーとなったローマ・クラブの著書『成長の限界』が出版されるなど、環境保護運動は世界的な関心事となった。同年、スウェーデンのストックホルムで世界初の環境会議である「国連人間環境会議」(ストックホルム会議)が開催された。その10周年となる1982年に日本の主導によりナイロビで「国連環境計画(UNEP)管理理事会特別会合」(ナイロビ会議)が開催され、日本政府は21世紀における地球環境の理想の模索とその実現に向けた戦略策定を任務とする特別委員会の設置を提案した。これを受けて、1984年に「環境と開発に関する世界委員会」(WCED)が国連に設置された。当時ノルウェー首相であったブルントラント女史が委員長に就任したことから、通称「ブルントラント委員会」と呼ばれている。このブルントラント委員会が1987年に作成した報告書「我ら共通の未来(Our Common Future)」において、「持続可能な開発」の基本概念が提示された。それが「将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、今日の世代のニーズを満たすような開発」である(塚本2018)。
ストックホルム会議から20周年の1992年には、リオデジャネイロで「環境と開発に関する国連会議」(リオ地球サミット)が開催された。1982年の日本の提唱が起点となり、ブルントラント委員会で「持続可能な開発」の骨格が決まり、リオ地球サミットの誕生へとつながった。リオ地球サミットでは、持続可能な開発を推進するための「環境と開発に関するリオ宣言」とその行動計画書「アジェンダ21」が採択された。
さらに日本のイニシアチブとして意義ある提案がなされた会議が、リオ地球サミットから10年後の2002年にヨハネスブルグで開催された「持続可能な開発に関する世界サミット」(ヨハネスブルグ地球サミット)である。アジェンダ21から10年が経過しているにもかかわらず、地球環境問題や貧困問題などが深刻化し、実践としての成果が見えにくい状況が指摘されていた。その打開策として、日本政府から提唱されたのが、先のアジェンダ21第36章を起点とする「持続可能な開発のための教育」(ESD)である。変革の実践を促すためには一人ひとりの価値観を変革していく必要があり、教育はそのすべての基盤であるという考えに基づいている。その実施のために「持続可能な開発のための教育の10年」が採択された。こうした日本政府のイニシアチブにより、環境省の支援を受けたUNESCOと国連大学の努力も重なって、ESDは世界的な活動となり、ESDに関する地域拠点とその世界的ネットワークが設立され、大きな成果をもたらした(塚本2018、横井2018)。
以上のように、SDGsが確立するプロセスにおいて、日本は特にその理念の形成に対し貢献をしてきた。ポストSDGsに向けての議論に備えるためにも、SDGsの理念を発展させるにあたり、日本だからこそ可能なアプローチについての検討が必要である。
3. SDGsの特徴と意義
ポストSDGsに向けての検討に入る前に、SDGsの特徴と意義について以下7点に整理する。
①環境・経済・社会の3つの側面の調和を目指している
リオ+20に至るまでの「持続可能な開発」に関する議論において、環境と経済の統合が進展する一方で社会との統合については課題として残されていた。したがって、過去に別々の文脈で議論されていたいわゆる途上国の開発課題と、環境と経済の課題がSDGs策定プロセスにおいて統合されたことの意義は大きい。SDGsは環境保全、経済成長、社会的包摂の3つの側面が調和されてはじめて、持続可能な開発が可能になるという考えを打ち出している。さらに、環境保全は開発の制約条件ないし配慮事項ではなく、環境保全を推進することで持続可能な経済・社会の構築につながることが明確化されており、環境と経済を対立的に捉える見方が克服されたといえる。
②多様な分野にかかわる包括的かつ統合的な目標である
SDGsは17の目標と169のターゲットから成る非常に多岐にわたるものだが、それぞれが独立しているわけではなく、相互に不可分に関連している。その相互関連性を明確に打ち出したことによって、目標間の相補的な関係やトレードオフに関する研究が進みつつある。行政や専門領域の縦割りによる弊害はよく指摘されるところであるが、SDGsが提供する、事象を統合的に捉える観点は、様々なアクター間の連携を生み出すことにもつながっている。
③「誰一人取り残さない」という決意が明示されている
「誰一人取り残さない」世界を実現するという基本理念に、「人間の安全保障」概念が影響を与えたことは前述の通りだが、誰もが理想とする理念をわかりやすい言葉で明確に打ち出したインパクトは大きい。環境保全と経済成長と並び、社会的包摂が3つの柱の一つとなっているが、「誰一人取り残さない」の理念は正に社会的包摂の実現を端的に表したものと言える。現代は、国家間の格差だけでなく、各国内においても格差・貧困が問題となっており、「誰一人取り残さない」社会の実現は、普遍的なスローガンとなっている。
④「変革」という理念が入っている
2030アジェンダの正式なタイトルは「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」である。「変革」という言葉が使われており、現状を変革してSDGsを実現させるという強いメッセージが込められている。SDGsはその「変革」の方向性を示しているといえる。
持続可能な世界を実現するためには、地球環境システムの制約の中で、経済成長を続け、格差を解消し、人々が活き活きと生活できる世界の在り方を見出す必要がある。そのためには、産業の在り方、市場の在り方、消費の在り方、投資の方向性、成長の測り方、世界のつながり方、意思決定の方法、課題解決の方法など、あらゆる側面での「変革」が求められている。「変革」という言葉を明記し、壮大なチャレンジへの決意を表明した点は評価されるべきである。
⑤民主的なプロセスによって策定された
MDGsが国連の専門家主導で策定されたのに対して、SDGsは国連に加盟している193か国による3年余に及ぶ8回の政府間交渉で策定され、そのプロセスではNGOや民間企業、市民社会の人々なども積極的に議論に参加した(外務省2015)。2012年のリオ+20において、「持続可能な開発目標」の構成や内容を議論するためのオープン・ワーキング・グループの設立が決まり、翌年1月に国連のもとに設置された。その後2014年7月までに13回の会合が開催され、世界各国が5つの地域グループに分かれて政府間交渉を行った。さらに、同時期にイギリスのキャメロン元首相やインドネシアのスシロ・バンバン・ユドヨノ大統領等を含む官民のリーダー26人をメンバーとする首脳級のハイレベル・パネルも設立され、持続可能な開発アジェンダの構成について、国連事務総国府あてに報告書が提出された(国連広報センター 2013)。そのプロセスを経た結果、実際に多くの国でSDGsの実施計画が策定されており、各国は少なからずSDGsに対するオーナー意識を持っていると考えられる。
⑥すべての国と地域が対象である
MDGsは途上国を対象とした開発目標であり、世界の国々を先進国と途上国に振り分ける二元論的な捉え方に基づいていた。また、「持続可能な開発」に関する議論においても、1992年のリオ宣言に「共通だが差異のある責任」が規定された通り、南北の二元論的な捉え方が基本となっていた。しかし現実には、多様な発展段階の国がグラデーションのように混在する多元論的世界へと移行している。SDGsがすべての国と地域を対象としたことで、これまでの世界を二元論的に捉えてきた見方が、現実に合わせて見直される契機となっている。
⑦ローカライゼーション(現地化)を重視している
国連社会開発研究所(UNRISD)では、SDGsの地域展開・現地化が大きなテーマとなっている。「誰一人取り残さない」社会を実現するためには、地域社会のイニシアチブによるボトムアップ型の取組みが重要である。SDGsは、すべての人々をSDGsに取り組む主体と位置づけ、人々による草の根からの取組みを後押ししている。各国各地域によって状況は異なるが、各々が抱える課題についての方向性をSDGsの目標とすり合わせ、解決策を見出していくことで、SDGsの達成に近づいていくことが期待される。SDGsは法的に一律の解を提示しているのではなく、193か国に193通りの解を求めているのである。
以上の特徴から、SDGsは過去の国際社会における議論の土台の上に、より革新的なものとして誕生し、またその役割を果たしていると考える。ここからは、2030年以降を見据えて、ポストSDGsに対して課題を提起する。
4. SDGsの課題〜持続可能な社会を目指して
前章で述べた通り、SDGsはこれまでにない特徴と意義をもったグローバルな共通目標であるが、2030年以降のポストSDGsの世界を見据えたときに、どのような観点が必要だろうか。
①あらゆる次元における「共生」の努力
2030アジェンダにおいても、地球規模の連帯の必要性についての言及があるが、ポスト2030においては、すべての個人の尊厳を尊重しながら、異なる宗教、人種、民族に属する人々がいかにして共存し、共生していくかという観点が、より一層切実となってくるだろう。ここで「共存」とは異なる属性の人々が共に存在することであり、「共生」とはそれらの人々が相互に作用し助け合いながら生きることであるとする。
2030年には中国を抜いてインドが世界一の人口を抱える国となる。インド、中国に続くのはアメリカ、インドネシア、ナイジェリア、パキスタン、ブラジル、バングラデシュ、メキシコ、エチオピアと推測されており、上位10か国に西欧諸国は含まれていない(内閣府 2015)。また東京基督教大学(2018)によれば、宗教別の人口は2016年時点でキリスト教徒が32.9%、イスラム教徒が23.6%、ヒンドゥー教徒が13.7%、仏教徒が5.7%であったが、イスラム教徒やヒンドゥー教徒の人口比は増加する一方、キリスト教徒の割合は減少傾向である。2060年にはキリスト教徒とイスラム教徒が約30億人ずつとほぼ同等となり、2100年には歴史上はじめてイスラムを上回るという予測も出されている(Pew Research Center 2019)。また、アメリカにおいては2045年頃までに白人の人口が過半数を割ると予測されている(渡辺2020)。他方で、欧州では反難民、反移民などの動きが強まっており、世界的次元もさることながら、各国内においても宗教間の調和、人種・民族間の調和が、持続可能な社会を築いていくうえでより切実な課題となることが予測される。そこで重要になってくるのが、あらゆる次元における共存、そして共生のための努力である。
グローバル・シティズンシップ(Global Citizenship)という言葉に表されるように、地球規模の課題に取り組んでいくためには、国家の利害を超えて「人類益」ないし「地球益」を求めていく必要がある。そのような観点を共有できなければ、昨今深刻化している環境・気候変動問題などは究極的には解決できない。SDGsは、人々が地球市民として共有している目標であり、国益と人類益の調和に向けて真摯に取り組むことが願われる。
国家を超えて地球規模の課題に取り組み平和な社会を築いていくことは、国連の目指すところであるべきだが、実際の国連が国家の利害を超えた対話の場とはなっていないのは、周知の事実だろう。他方で、そのような状態であるからこそ、国家や国際機関にとどまらず、企業、NGO、アカデミア、市民社会など、あらゆるステークホルダーを主体としたSDGsは、「人々による持続可能な社会」を推し進めていくうえで、大きな意義を持つこととなった。実際に、多くの国の様々な次元でSDGs達成に向けた取り組みがなされている。人々の背中を押すSDGsであるからこそ、ポストSDGsにおいては、異なる属性の人々がいかに共存・共生して共同体を成していくか、という課題意識を明確に打ち出すべきではないか。
SDGsは「誰一人取り残さない」というスローガンを掲げており、社会を構成している一人ひとりの尊厳、人権の尊重を基本的な理念として据えている。ポストSDGs においては、それと同時に、個人が所属しているコミュニティを共生の基盤としていかに維持し、強化していくかという観点がますます重要になってくる。社会をばらばらな個人の集まりとして捉えるのではなく、様々なコミュニティによって成り立つ共同体であると捉え、その核となる家庭や各コミュニティの役割を評価し支援する方針を検討すべきである。
②家族・家庭(Family)の保護・支援
社会における共同体の最小単位は家族であり、家族は様々な社会課題の出発点でもある。1948年第3回国連総会にて採択された世界人権宣言の第16条 第3項には「家庭は、社会の自然かつ基礎的な集団単位であって、社会及び国の保護を受ける権利を有する」とあり、家庭が社会の基礎的な集団単位であることが明記されている。また2015年には、国連人権理事会にて「家族の役割と保護」を謳った決議が採択されており、世界の貧困を撲滅する持続的開発を通じて人類が必要十分な生活水準を達成していくためにも家庭の役割が重要であり、国や社会は家族を保護すべきであることが確認された(山崎2015)。
持続可能な社会において最重要である次世代を産み育てる第一の環境基盤は家庭である。家庭が健全な状態であることは、地域社会や国家、さらには世界の安定や発展にも寄与する。したがって、社会の核となる家庭の充実を目指す取組みは、持続可能な社会を築くうえで最も重要な社会政策の一つである。しかし、SDGsでは「家庭」の重要性は必ずしも明確ではない。SDGsの17の目標と169のターゲットの中で、家庭・家族に言及しているのは表1の2点のみである。
表1 「家族」に言及しているSDGsのターゲット
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目標3 すべての人に健康と福祉を
3.7 2030年までに、家族計画、情報・教育及び性と生殖に関する健康の国家戦略・計画への組み入れを含む、性と生殖に関する保健サービスを全ての人々が利用できるようにする。
目標5 ジェンダー平等を実現しよう
5.4 公共のサービス、インフラ及び社会保障政策の提供、ならびに各国の状況に応じた世帯・家族内における責任分担を通じて、無報酬の育児・介護や家事労働を認識・評価 する。
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他方で、SDGsの中には、子供たちの家庭生活と密接に関係している目標が多くある。表2の目標を達成するためには、子供たちの養育環境を改善する必要があり、そのためには家庭が健全に機能するように行政や地域社会による包括的な家庭支援が不可欠である。国連機関の一つであるユニセフは「家族にやさしい政策は、親子の絆を強め、家族や社会の結びつきを強める」として、報告書『先進国における家族にやさしい政策(Are the world‘s richest countries family-friendly? Policy in the OECD and EU)』を通して、各国政府が家族にやさしい政策を改善するための指針を出している(UNICEF 2019)。社会の中で守られるべき子供の存在に焦点を当てれば、持続可能な社会を築く上での家庭の重要性は明らかである。「家庭」に焦点を当てることで、SDGsが掲げる目標/ターゲットを包括的に達成することが可能となる。
表2 子どもたちの家庭生活と密接に関係しているSDGsのターゲット
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目標1 貧困をなくそう
1.2 2030年までに、各国定義によるあらゆる次元の貧困状態にある、すべての年齢の男性、女性、子供の割合を半減させる
目標3 すべての人に健康と福祉を
3.5 薬物乱用やアルコールの有害な摂取を含む、物質乱用の防止・治療を強化する
目標4 質の高い教育をみんなに
4.2 2030年までに、全ての子供が男女の区別なく、質の高い乳幼児の発達・ケア及び就学前教育にアクセスすることにより、初等教育を受ける準備が整うようにする。
目標11 住み続けられるまちづくりを
11.1 2030年までに、全ての人々の、適切、安全かつ安価な住宅及び基本的サービスへのアクセスを確保し、スラムを改善する。
目標16 平和と公平をすべての人に
16.2 子供に対する虐待、搾取など、あらゆる形態の暴力及び拷問を撲滅する
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国連広報センターのホームページには「国連は、家族は社会の基本単位である、と認識している。」と明記されている。さらに世界人権宣言や、国連人権理事会での「家族の保護に関する決議」があるにもかかわらず、SDGsにおいては家族・家庭の視点やそれらへの言及は極めて少ないと言わざるを得ない。その背後には、「家族・家庭」を巡る様々な見解があると推察される。例えば、世界の家族の姿には多様な形態と機能があり家族の役割に対する認識も社会によって異なること、特に先進国においては家族構造が大きく変化しており伝統的な家族観が忌避される傾向にあること、家族の中での暴力や人権侵害が問題となることがあること、等である。
家族・家庭が内包する課題があるのは事実だが、そうであったとしても家庭が社会の基本単位であり、家庭が社会課題解決の要であることに変わりないだろう。ポストSDGsにおいては、健全な家族・家庭のあり方について、さらに議論を重ねた上で、その意義と役割を明確にし、家族・家庭が健全に機能するように国や社会が支援する方向性が明示されることが望ましい。
③地域社会の視点を重視する
前章の「SDGsの特徴と意義」において、SDGsはそのローカライゼーション(現地化)を重視している点を評価したが、それが現実的に各地で具現化することが、ポストSDGsの土台となるだろう。SDGsは法的拘束力がないだけでなく、具体的な課題解決のアプローチも示されていない。つまり、できるところから取り組みましょう、というアクションベースの目標となっている。それぞれの国や地域の状況に合わせて、各々が責任をもって持続可能な社会を実現するダイナミズムの実現が、SDGsさらにはポストSDGsの成否のカギを握っている。このような点からも、各ステークホルダーがSDGsの現地化を進めて、具体的な目標をつくり、それを実施・評価していくことが重要である。
日本においても、各地域における実践が促されており、内閣府地方創生推進事務局が「地方創生SDGs」の取組みを行っている。「地方創生のためには中長期を見通した持続可能なまちづくりに取り組むことが重要である」という認識のもと、地方創生分野における日本の「SDGsモデル」構築のために、SDGs未来都市及び自治体SDGsモデル事業の選定を行い、それらの取組みを支援している(内閣府)。こういった仕組みを活用して、SDGsをきっかけとして積極的に社会課題の解決に取り組む自治体が出てきている。全国の自治体に対する「SDGsに関する全国アンケート調査」の結果を見ると、SDGsの取組みを「推進している」と回答した自治体が、2018年は87であったが、2020年には9倍に近い710となっている(内閣府)。
ポストSDGsにおいては、地域社会におけるSDGsの実践を踏まえた、「地域社会の視点」を重視した内容が織り込まれることが望ましい。地域社会において各目標がどのように関連しているのか、SDGsを地域の文脈でどのように再構築したのか等、地域社会における具体的実践から得られた知見にこそ価値がある。SDGsは様々な人の声を反映し民主的なプロセスによって策定されたが、ポストSDGsではそれに加えて、具体的に各国各地域で取り組んだ結果、社会課題の解決にどのような視点が必要なのか、どのような取り組みが効果的であったかを検討・評価して、目標に反映させる必要がある。社会課題解決の最前線であり、人々の生活の場である地域社会の視点をすくい上げることによって、他の地域社会においても応用可能な具体的内容の共有が可能となるであろう。
5. 提言:ポストSDGsに向けた日本の役割
①ポストSDGsの理念の形成を牽引すべきである
日本はSDGsを支える「人間の安全保障」と「持続可能な開発」という理念の発展に対して貢献してきた。理念や規範形成への積極的な参加は、国際社会における日本のプレゼンスを示す一つの方法でもある。国家、宗教、人種を巡る人口動態が変わり行く中、今後のポストSDGsを巡る議論においても、その理念形成において積極的に参画し、議論を主導すべきである。それが、日本だからこそ果たせる役割であると考える。
その方向性として、第一に「共生」の理念の提唱が挙げられる。日本が主導してきた「人間の安全保障」の理念は個人に焦点を当て、個人の人権を尊重するものであった。持続可能な社会を実現するためには、個人の人権の尊重と併せて、いかに他と共生していくか、共同体としてのコミュニティや社会をいかに守っていくか、という視点を国際社会で共有する必要がある。日本は東洋と西洋の文化を折衷してきた国であり、里山・里海に代表されるように元来環境と人間の活動を折衷させてきた価値観も持っている。対立する概念として捉えられてきたものを調和させていく、そのような価値観を発信していくことが、日本だからこそ担うことができる役割ではないだろうか。
第二に、持続可能な開発において家庭を保護・支援する方針を明確にすべきである。家庭が健全に機能しないことにより、虐待、貧困、薬物乱用、アルコール中毒をはじめとして様々な問題が生じうる。日本は西欧諸国に比べれば法律婚の割合が高く離婚率も低い。また、福祉などの社会制度においても家庭を中心に据えている国である。近年では、それが徐々に崩れていることも指摘されており、関連する社会課題も増加している。家庭が健全に機能するとはどういうことか、その状態をできる限り多くの家庭で実現するために社会はどうあるべきか、それを真摯に議論し社会の安定と発展に資する家庭支援を先導していくのは、日本だからこそできることではないだろうか。
第三に、多様な地域コミュニティの役割を重視するべきである。人々の共生は、まず地域社会におけるコミュニティにおいて具現化する。日本におけるコミュニティにも、学校を中心としたもの、神社やお寺を含む宗教を中心としたもの、町内会等の居住を中心としたもの等、様々な背景をもつものがある。そういった地域コミュニティが社会課題の解決に果たす役割は看過できない。宗教や人種、民族が異なる人々の地域における共生においても、各々が属するコミュニティの役割は重要である。そういった観点から、地域コミュニティの支援やその役割を大切にする方向性を明確にすべきである。
②地域社会におけるSDGsモデル事例を積極的に発信すべきである
日本政府はSDGsアクションプランにおいて「SDGsと連動するSociety5.0の推進」、「SDGsを原動力とした地方創生」、「SDGsの担い手として次世代・女性のエンパワーメント」を三本の柱とする日本型「SDGsモデル」を掲げている。「SDGsを原動力とした地方創生」に関しては、強靭かつ環境に優しい循環型社会の推進やSDGs未来都市、地方創生SDGs官民連携プラットフォーム、地方創生SDGs金融などによって、経済社会の様々な取り組みに対して国が後押ししている。
SDGs実施指針(改訂版)には、地方自治体および地域社会で活動するステークホルダーの役割に対する期待が記されており、SDGs達成へ向けた取組みが、人口減少、地域経済の縮小等の地域課題の解決に資するものであり、SDGsを原動力とした地方創生を推進することが期待されている。持続可能な社会への変革は、人々の生活の場である地域社会から行われるべきであり、そこに関わる人々の連携、地域間の連携が必要不可欠である。
国の後押しもあり、2017年ごろから企業や地方自治体におけるSDGsへの急激な関心の高まりがみられており、先駆的な事例も出てきている。内閣府によるプラットフォーム「地方創生SDGs」では、オンラインセミナーで先駆的な事例の紹介、自治体間の交流などが行われている。
例えば、人口3,000人ほどの北海道下川町は、SDGsを下川町の状況に落とし込み、再構築して「2030年における下川町のありたい姿」を策定している。「これからは、より住民主体で下川町のことを考え、実行していく」という認識のもと、「SDGs未来都市部会」において、地域の事業経営者、会社役員、NPO、農業者、商工会青年部長、教師、主婦など、様々な立場の人々が参加し策定された。
表3 「2030年における下川町のありたい姿」
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1.挑戦しつづけるまち
2.誰一人取り残されないまち
3.人も資源もお金も循環・維持するまち
4.みんなで思いやれる家族のようなまち
5.引き継がれた文化や資源を尊重し、新しい価値を生み出すまち
6.世界から目標とされるまち
7.子どもたちの笑顔と未来世代の幸せを育むまち
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また、それらを具現化していくための自治体ビジョン・自治体計画の達成度を測るための指標「しもかわSDGsインディケーター」の開発を、大学や研究機関と共同で行っている。正に、SDGsの現地化の好事例と言える。
このような事例を国内でとどめるのではなく、積極的に世界に発信していき、課題となっている「SDGsの現地化(ローカライゼーション)」に貢献すべきである。その上で、ポストSDGsにおいても、地域社会の人々が主体となるような枠組みを提案すべきである。
③ESDを通して「平和の主体」となる人々の育成を牽引すべきである
ESDは持続可能な開発を担う人材を育成するための教育である。先述の通り、2002年の「持続可能な開発に関する世界首脳会議(ヨハネスブルグサミット)」で日本政府が持続可能な開発における人材育成の重要性を強調し、「持続可能な開発のための教育の10年」(2005年〜2014年)を提唱したことから発展した。その後、「ESDに関するグローバル・アクション・プログラム(GAP)」(2015年〜2019年)、「持続可能な開発のための教育:SDGs実現に向けて(ESD for 2030)」(2020年〜2030年)に引き継がれており、ESDを通してSDGs達成に貢献するという国際的な潮流ができている。
日本は政府開発援助(ODA)において人づくりを大切にしてきた。ESDの提唱も、教育を重視する日本らしいイニシアチブであった。ポストSDGsに向けては、引き続きESDを通した持続可能な社会の創り手の育成に力を入れるとともに、「平和の主体」となる人々の育成という観点を明示していくべきである。なぜならば、持続可能な開発と平和は不可分であり、SDGsは世界平和を成すための一つのツールであると考えられるためである。
「平和の主体」とは、立場や意見の異なる他者との間に調和を生み出していくことのできる人格を備えた人である。それは持続可能な社会の創り手と等しいはずである。ESDでは「人格の発達や、自律心、判断力、責任感などの人間性を育むこと」と「他人との関係性、社会との関係性、自然環境との関係性を認識し、『関わり』、『つながり』を尊重できる個人を育むこと」という2つの観点が必要であるとされている。「平和の主体」の育成には、それらに追加して、倫理、道徳、普遍的な宗教的価値観なども踏まえた教育が行われることを期待したい。
ユネスコ憲章の前文には、「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない。」と記載されている。世界平和は国家間のイシューだが、それを担う人々の素質や文化に大きく左右される。つまり、「平和」を生み出すことのできる人々の育成は、世界平和に向けた現実的なプロセスなのである。また、人格や人間性を育む第一の場は家庭であるので、人々の心の中に平和のとりでを築くためには家庭に平和のとりでを築かなければならない。つまり、家庭に平和の文化を築くことが重要である。平和の文化の基礎をなす家庭を重視した、平和の主体となる人々の育成を、日本が主導していくことを期待したい。
参考文献
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