家庭、学校、地域で取り組む「親になるための教育」

家庭、学校、地域で取り組む「親になるための教育」

2021年5月17日
家庭基盤充実
親発達の視点

 近年、我が国では子どもに適切に接することのできない親が増えているように思われる。公共の場や電車の中で、子どもに厳しすぎる言い方をしたり、逆に子どもがマナー違反をしても放っておいたりする親を見かけることもある。
 また、児童虐待が増加の一途をたどっており、児童相談所への児童虐待相談件数は、1990年度の1101件から2019年度には19万3780件(速報値)にまで増加した。「未熟」な親が増えているのかもしれない。
 昨今、「未熟」な親が増えているのは、親になるために必要な資質を育むプロセスを踏めなかった人が増えているからではないだろうか。私は、児童の発達心理学に「発達段階」の理論があるように、親にも「親発達」のプロセスがあると考えている。親は子どもの成長に合わせて接し方を変えねばならない。そうであれば、「親発達」は子どもに関係したライフステージの進行に合わせて進んでいくと考えられる。
 私は、「親発達」には六つの段階があると考えている。その六段階とは、①原体験期、②直前期(妊娠期)、③育児期、④学童親期、⑤青年親期、⑥巣立ち期である。それぞれの段階に重要な要素があるが、最も基礎となるのは子どもを持つ前の原体験期である。人は小さいころから子どもの立場で親に接し、様々な経験をする。親とどのような関係性を持ったか、親は自分に何をしてくれたか、そういう体験は心の奥底に残る。子どもができてから初めて親になる資質が育つのではない。幼少の頃から土台は作られ始めるのである。

小さい子どもとの原体験

 この原体験期に、親だけでなく自分より小さな子どもと接することが、後の親としての発達に非常に大きな影響を与える。弟妹や親戚の子ども、近所の子どもなど誰でもよい。抱っこしたり、おむつを替えたり、食事の世話をしたり遊び相手になってあげたりする。勉強を教えることもあろう。それらの体験を通して、人は色々なタイプの子どもがいることを知っていく。そして、子どもと接することの楽しさと同時に、大変さも学んでいくことになる。子どもが自分の思い通りになるばかりではないこと、柔軟な考えや対応が必要なことも知る。時には誰かの手を借りねばならないし、自分が我慢することも必要となる。
 加えて、多くの子どもに接することで、それぞれの子どもに応じた距離感があることも分かるようになる。子どもは年齢によって気質が違う。それに、子どもがいくらかわいくても、自分の所有物のように扱ってはならないことも分かるようになる。また、他人の子どもの存在を意識するのもこのステージにおける貴重な体験である。自分や自分と関係が近い子どもだけが幸せなら良いのではない。他の家の子どもにも配慮が必要であることも感じていく。このように、色々な子どもとの関わりを通し、将来自分の子どもが生まれた時のことをイメージできるようになっていく。
 しかし、現代では核家族化の進行や地域交流の希薄化により、人々が自分以外の小さい子どもと接する機会が減っている。昨今の親子問題の背景には、原体験の不足により親たちが子どもの年齢や気質に応じた「距離感」を測れなかったり、自分と子どもの関係を二者関係以上で理解できなかったりすることがあると思われる。そのため、今の日本社会で親は、例えば異常なほど近い距離感をイメージしたり、年齢に応じた対応が分からないまま子どもを持ったりすることが多い。ひどい場合には、それが虐待に繋がっていく。

自治体の支援とその課題

 自治体が実施している親向けのペアレンティング・プログラムは、そうした原体験の不足を補いうる取り組みの一つである。ペアレンティング・プログラムは、市町村の教育委員会が管轄する家庭教育支援事業や、自治体の担当部署が実施する「母親学級」として提供されている。実施形態は講演会や親同士の座談会のほか、ワークショップや体験活動などの催し物が多い。講演の演目は様々だが、例えば「入学前後の子育ての在り方」や「幼児期における基本的生活習慣の育成」、「現代の子ども事情」などがある。こういった活動を通して、親として身につけたい意識や習慣、行動の学習機会を提供したり、子どもや他の親との交流の場を設けたりしている。
 また、父親向けに実施されているプログラムもあり、父親が参加しやすいように工夫がされている。硬い内容の講義や学習的要素が強いプログラムもあるが、体を動かすものも多い傾向にある。例えば、体操や工作、料理などを取り入れた講座もある。多くのプログラムが休日に開催されており、子どもと一緒に参加できる内容を取り入れて、父親の参加意欲を高める工夫も行われている。
 私は、自治体の担当者にこれらのペアレンティング・プログラムへの評価を聞いた。その調査の結果によると、担当者には「参加者への変化」や「ネットワーキング」(知り合いをつくる)、「心理的意義」などの効果があると認識されているようである。
 ただし、自治体のペアレンティング・プログラムには課題もある。その一つは、プログラムの開催回数である。単発のプログラムと複数回開催のプログラムがあるが、単発のプログラムがかなりの割合を占めている。私が以前行った調査では68.8%が単発で、複数回開催は31.2%だった。参加者への効果を考えれば複数回開催のほうが適しているが、予算やスケジュール、参加者の集まりやすさなどの観点から単発のほうが実施しやすいようである。

家庭での父親の役割

 加えて、参加者の数が限られていることも課題である。数十万人の人口を抱える自治体でも、1回の講座に参加できるのは30人程度である。また、自由参加という性質上、プログラムの内容が必要な人ほど参加しない傾向にある。自治体側もこのジレンマを自覚してはいるものの、効果的な解決策はなかなか見つからない。
 もう一つ重要なことは、家庭における父親の役割について、父親自身だけでなく家族や社会も再度見直す必要があるということである。よく言われることだが、我が国の家庭では長い間父親不在の状態が続いた。先に、ペアレンティング・プログラムには父親向けのものがあると述べたが、父親向けのプログラムの参加者はまだまだ少ない。自治体が企業に出張して「父親教室」を開くこともあるが、企業単位での参加は個人単位の参加に輪をかけて少ない。日本の父親はもっと親としての努力をする必要があるだろう。
 そして、父親たちが積極的に家庭に関わるためには、父親が家庭で役割を果たすことを尊重することも必要である。父親はもっと家庭に関わるべきという声が社会で大きくなっているが、一方で父親が関わる前に祖母(母親の母親)が手を出してしまうこともありうる。母親にとっても、家庭のことを夫に頼むより祖母に頼んだほうが楽という面もあるだろう。祖父母は、家庭のことはまず父親に行動させるというスタンスを持っていたほうが良い。ペアレンティング・プログラムには祖父母向けのプログラムもあるが、祖父母に父親の役割遂行を尊重するよう伝えることも重要である。
 また、父親の育児・家事の取り組み方について、社会でより等身大のスタイルを共有していくことも大切である。政府やメディアが取り上げて称賛している「イクメン」像は、仕事をしながら育児も家事も完璧にこなす特異な人物像である。そのため、父親たちは皆が皆、「イクメン」のようになりたいと思っているわけではない。「何か踊らされているような気がする」と、等身大の姿を表していないという印象を持つようである。父親たちも自分のできる範囲のことはやりたいと思っている。実情を反映した家庭との関わり方を共有していく必要があるだろう。

学校における親準備教育

 自治体のペアレンティング・プログラムに参加できる人が限られていることを考えると、学校で親準備教育を実施することが有効な手段と考えられる。特に、義務教育である小中学校で行うことが望ましい。自治体のペアレンティング・プログラムは既に親になっている人を対象にしているため、原体験を積み重ねるという意味では、子どもを持つ前に実施することが理に適っている。これを実施できれば「親になる準備をしないまま親になる人」は原則的にいない状況となる。
 加えて、小中学校で実施される家庭科には親準備教育の土台が備わっている。小中学校の学習指導要領(平成29年3月改訂)の「家庭」項目には、家族との関わりについて学ぶことが記されている。小学校の学習指導要領では、「家族との触れ合いや団らんの大切さを理解すること」や、「家族や地域の人々とのより良い関わりについて考え、工夫すること」が指導内容に含まれている。「幼児又は低学年の児童や高齢者など異なる世代の人々との関わり」も扱うことになっている。
 同様に、中学校の学習指導要領(同)にも、「家庭・家族生活」に関する指導内容において、「自分の成長と家族や家庭生活とのかかわりが分かり、家族・家庭の基本的な機能について理解する」と定められている。加えて、「幼児の発達と生活の特徴が分かり、子どもが育つ環境としての家族の役割について理解すること」、「幼児にとっての遊びの意義や幼児との関わりについて理解すること」も含まれている。したがって、家庭科教育の一環として、「親のあり方」や子育て論、パートナーシップの在り方を導入することは不自然ではない。
 しかし、上記のように非常に望ましいにもかかわらず、小中学校に親準備教育を導入することも容易ではない。なぜなら、三つの課題があるからである。

実施する上での課題

 課題の一つ目は、学校現場における時間的・人的な資源の制約である。今、小中学校の現場には、英語教育やパソコンなどのICT、ダンスや武道など、様々な新しい分野の教育に取り組むことが求められている。そのため、元々忙しかった教員は正規の科目や日常業務をこなすだけでも大変な苦労をするようになっている。そうした状況で、さらに親準備教育に取り組むことは容易ではない。
 課題の二つ目は、教育内容の即効性の有無である。親準備教育は受講した生徒に即座に効果が出るものではない。生徒が大人になり、自分の子どもを持ったり、社会で小さい子どもと触れ合ったりしたときに初めて意味を持つものである。そのため、英語やICTなど効果の分かりやすい取り組みに比べて重要性を認識されにくい。実際、小中学校で保育体験をしたことのある学生に尋ねてみても、活動は面白かったが具体的に何の役に立つのかは分からなかったという答えが返ってきたことがある。したがって、英語やICTなど即効性のある内容が優先され、十分な時間を確保されない可能性が高い。
 課題の三つ目は、家族に関する考え方である。近年は家族の在り方についても「多様性」や「個人の自由」を強調する考え方が大きな影響力を持つようになってきた。「子どものいない人生もよい」とか、「結婚しない人生があってもよい」という意見に、教員も影響を受けている。教員が「親になることがすべてではない」と考えるようになれば、学校で親準備教育を実施することに賛成しない意見が大きくなることもありうる。加えて、ひとり親家庭や両親が離婚している家庭も増えている。そのような中で、結婚によるパートナーシップや夫婦で生活し子どもを育てることの素晴らしさを語ることは、現場の教員にとって簡単なことではないだろう。

即効性偏重の弊害

 学校で何を教えるかということは、世の中の流れに左右される。しかし、時にはその流れに身を任せることが本当に正しいのか、立ち止まって考えてみる必要がある。例えば、今学校では社会の要請によりICT教育に力を入れており、そのために公立小中学校で1人1台タブレットが配布される見込みである。コロナ禍で学校に通えない中、子どもたちの学びを保障するためには必要な措置なのだろうが、同時に看過できない問題をはらんでいる。
 昨今スマートフォンやタブレットといったデジタルデバイス利用の低年齢化が進んでおり、子どもたちの心身の健康への悪影響が懸念されている。子どもたちが早いうちからデバイスに夢中になり、ゲームをやりたい、スマートフォンを持ちたいと親にねだる光景はどこの家庭でも見られるようになった。しかし、通常のランドルト式視力検査(C型の記号を用いた検査)には表れないが、小さい画面を凝視することにより子どもたちの視力は相当低下してきている。加えて、スマートフォンやタブレットで遊ぶゲームは、テレビで遊ぶものよりのめりこみやすく、年齢の低い子どもほど影響を受けやすい。最近はゲームも依存症の一つに数えられるようになっている。
 こうした事情を考えずに、学校教育で早いうちからデバイスに触れさせることは拙速である。政府はニュージーランドなど教育におけるICT利用が進んでいる国をモデルにしているのだろうが、無批判に全てを真似してよいものだろうか。学びの保障という側面もあるため完全には否定できないが、即効性にばかり目が行って子どもたちの健康を損なっては本末転倒である。

「コツや基本」と「多様性」

 同様に、親準備教育を実施することと「多様性」の関係も考え直してみたい。昨今強調される「多様性」や「個人の自由」の中心的メッセージは、「どのようなやり方があってもよい」ということである。学校教育でもそれは同様である。
 例えば、ある家庭科教員の方と話した時、最近は料理ができることを目標としすぎてはいけないという話を聞いた。料理が上手くなかったり、できなかったりする親もいるためだという。コンビニなどで体に良い食品を買う方法を教え、その上で料理のコツや工夫も教えるとのことだった。さらに、「しつけ」の仕方(本来はペアレンティングと呼びたい)を教えるのかを聞いたところ、「しつけは家庭によって異なるので教えられない」という答えが返ってきた。
 この方の話を聞き、私は二つのことを思った。まず、教育の場では、明確に目的意識を持つ必要があるのではないかということである。確かに、料理が苦手な人もおり、コンビニなどでも体に良い食品は売っている。事情に応じてコンビニ食を選択することも否定されるものではない。ただ、教育という観点からは、ある程度、料理はできた方が良く、コツ・工夫・基本があるというメッセージを伝える必要がある。「できてもできなくても良い」という姿勢では、子どもたちも真剣に受け取りにくい。
 そして、より深く考えるべきだと思うのは、料理としつけで対応が異なるということである。料理では「多様性」を認めながらも、コツや基本を教える。しかし、しつけでは教えてはいけないという。これはダブルスタンダードである。しつけにもコツや基本はあり、多くの心理学者や社会学者が分析・実証してきた。それらを教えることは決して「押しつけ」ではない。
 基本やコツを教えることは、多様な選択を否定しない。確かに、結婚しない人や子どもを持たない人の選択を否定したり、悪く言ったりしてはならない。しかし、子どもたちの多くは将来結婚して親になるし、子どもを持たない選択をしても社会的親として地域の子育てを支える存在になりうる。その時に必要なコツや工夫、基本を教えておくことは、子どもたち自身とさらに将来の世代の幸福につながる。これもまた、大切な権利の保障ではないか。

おわりに

 我が国では、昔のように、子どもを持てば自然と「親らしく」なるということができない時代になった。核家族化や少子化、地縁の希薄化により、親としての資質を育む土台となる原体験を積み重ねられなくなったことが原因の一つである。原体験の不足を補う方法の一つとして、自治体でのペアレンティング・プログラムがあるが、参加するのは一部の人にとどまっている。
 学校で親準備教育を実施することは、全ての人に親になるために準備する機会を提供する可能性を持っている。子どもたちが将来自分の子どもを持っても持たなくても、地域の子どもを育てられる人になることは、子育てを支え合う社会をつくることに繋がる。様々な課題はあるだろうが、学校や地域の関係者には何らかの形で、子どもたちに親になるための準備や情報を提供することに取り組んでもらいたいと思う。

政策オピニオン
斎藤 嘉孝 法政大学教授
著者プロフィール
1972年群馬県桐生市生まれ。慶應義塾大学卒。同大学院社会学研究科修士課程修了。米ペンシルベニア州立大学大学院博士課程修了。社会学博士。専門関心は、親子関係やコミュニケーションに関する調査研究、それに関連した福祉・教育制度・施策の実証的検討および政策提言など。著書に『社会福祉を学ぶ』『親になれない親たち』『社会福祉調査』『子どもを伸ばす世代間交流』他。
児童虐待の増加などから親教育への注目が集まっている。将来世代の幸福のため、「親らしい」親になるための原体験を積み重ねられる環境を整える必要がある。

関連記事

  • 2018年6月30日 家庭基盤充実

    深刻化する子どもの養育環境と子育て支援のための家族政策 ―新しい社会的養育ビジョンの意義―

  • 2020年7月14日 家庭基盤充実

    先進諸国で最低基準のアメリカの育休制度

  • 2017年5月29日 家庭基盤充実

    児童虐待と子育て支援を考える ―求められる家族の再生と虐待予防強化の視点―

  • 2016年9月30日 家庭基盤充実

    待機児童問題にどう取り組むべきか ―問題の本質と対策―

  • 2020年10月22日 家庭基盤充実

    コロナ禍と子ども・子育て支援の家族政策 ―就学前保育に求められる「教育福祉学」の視点―