中東における根源的平和構築のアプローチ ―「中東平和イニシアチブ(MEPI)」モデルとその可能性―

中東における根源的平和構築のアプローチ ―「中東平和イニシアチブ(MEPI)」モデルとその可能性―

2014年2月21日

中東の平和と安定は日本の国益そのものだ!

 中東地域は石油・天然ガスの埋蔵量・生産量が世界最大級であり、この地域の平和と安定は、日本を含む多くの国のエネルギー確保にとって死活的な要件となってきた。中東での異変が石油価格やエネルギー供給事情に直接跳ね返ってきた例は枚挙にいとまがない。
 中でも日本は、中東の石油・天然ガスに対する依存度が群を抜いて高く、輸入原油の9割近くが中東産だ。従って中東の不安定化は、かつてオイルショック(1973年)で経験したように、日本の経済と社会に深刻な影響を及ぼす。目下、全国の原子力発電所が事実上ゼロ稼働の状態で、火力発電への依存が高まり、そのため石油・ガス輸入量が増大している。3.11以降、エネルギー関連の輸入額は一日当たり100億円、年間にして3兆6000億円も増えていると報告された。
 しかも東日本大震災での福島第一原子力発電所事故をきっかけに、原子力発電について国論が分かれてきたことや、代替エネルギー利用には相当な時間がかかることを考慮すれば、当分の間、中東発のエネルギーが経済再建のカギになることは間違いない。仮に中東情勢に不測の事態が発生した場合、石油・ガス供給に支障が生じたり、エネルギー価格が急騰して、経済再建のアキレス腱、いわば「三本の矢」で推進するアベノミクスにとって、「第一の逆向きの矢」になりかねない。
 しかし見方を変えれば、中東・北アフリカは、貿易・投資・開発援助の有望な地域でもある。この地域の大半の国が発展途上国レベルに留まっており、人口の半分以上が若者だ。日本からの様々な経済進出の可能性は高く、現地でも期待感は強い。しかし本格的な日本企業の進出には、中東紛争の解決を含む中東・北アフリカ全般の平和と安定が不可欠だ。この点でも、中東・北アフリカの平和と安定は、日本の将来的な国益そのものであるとの認識を広めるべきだ。
 第二次政権の安倍首相が、そうした観点から二度の中東訪問など、積極的に中東での安全保障への関与、市場開拓、人的交流を進めていることは高く評価される。

緊張高まる中東の諸情勢

 ところが中東の現状は、まだまだ楽観を許さない。例えば、イスラエル・パレスチナの土地をめぐる紛争は、1948年のイスラエル建国以降、周辺のアラブ諸国が関与した4次の戦争を経て、国際社会の努力にもかかわらず、和平プロセスは膠着状態に陥り、一部で過激化している。米国政府は改めて和平交渉再開に向け、ケリー国務長官が陣頭に立って、国務省の120人のスタッフを動員して、2014年9月までに目処をつけるべく尽力中だ。
 また、世界を震撼させた2001年の「9.11同時多発テロ事件」以降、アフガニスタンやイラクを舞台にした「対テロ戦争」が米国と有志連合諸国によって行われた。莫大なコストと人命の犠牲、長期化した終戦処理にも関わらず、両国では今も不安定な政情が続き、様々な過激勢力が引き起こすテロや暴力の応酬が収束される見込みは立っていない。
 最近では2011年から、アラブ諸国での生活や社会の改善を求める騒動、いわゆる「アラブの春」と呼ばれる現象が継続している。そのうち四カ国(チュニジア、リビア、エジプト、イエメン)では独裁的な政権が倒されたものの、その後の展開は民衆の期待通りにはならず、むしろ国民は困惑・混乱し、先行き不透明な政情だ。
 中でもシリアでは政府・反政府間の内戦状態が、宗派・部族間抗争の様相を呈して泥沼化している。双方を支援する国々が絡んで域内紛争になり、さらに化学兵器の処理問題も関わり、国連や米露が直接関与した国際問題になっている。
 イランのミサイル・核開発をめぐる問題は、安全保障上、シリア問題をはるかに超えた潜在リスクをもっている。国連安全保障理事会常任理事国の五カ国とドイツによる対イラン交渉は、やっと核燃料の濃縮活動抑制、その見返りとして対イラン経済制裁の緩和を柱にした暫定合意にこぎつけた。イランの新政権が米国との和解に向かって舵を切ったことが、その背景にある。
 しかしイスラエルは「イランの核」には先制攻撃も辞さない姿勢まで示した。それに対抗するように、イランはホルムズ海峡の封鎖というオプションを警告した。従来の親米国サウジアラビアも、ペルシャ湾の対岸に「イランの核」を容認しない構えを示し、米国の対イラン融和策には、かつてないほど明確な反発を露わにしている。イランはシリア政府の後見役でもあり、シリア情勢とともに、目を離すことのできない緊張が続いている。
 こうした中東の平和と安定を脅かし続けている諸状況の解決を目指して、民間外交の取り組みとして、過去十年間続けられてきた「中東平和イニシアチブ(Middle East Peace Initiative、MEPI)」に注目を喚起したい。
 その眼目は、中東地域での紛争や対立に宗教的要素が関わりやすく、そのために宗教間の紛争・戦争の様相をとりやすいことを阻止して、むしろ宗教次元から積極的に平和を促進し、政治・外交上の行き詰まりを打開することに寄与しようとしている。端的に言えば、平和を希求する諸宗教の本来の精神と原理を復興し、諸宗教が涵養してきた叡智や精神的要素を平和構築に積極的に活かそうというものだ。本論ではMEPIの歴史を振り返りつつ、その実績と今後の和平構築に向けた可能性について検討してみたい。

宗教が深く関わる中東の社会と政治

 中東地域はユダヤ教、キリスト教、イスラムといった世界宗教の発祥地である。由緒ある聖域・聖地が散在し、そこに住む人々は信仰に基づく人生観の影響を強く受け、社会における宗教の存在感も世界の中で最も強い地域といえる。「神」への信仰と宗教的な原理を核にした社会と国家を作ろうという契機が、歴史の中でも強く働いたのが中東であった。今でも、そうした志向性はユダヤ教正統派や、イスラムやキリスト教の原理主義や保守主義の中に根強く残っており、サウジアラビアやイランはそうした理念に準じた国家運営を現実に行っている。
 そのため中東社会では、社会運営や政治・外交・経済などのいわゆる世俗的次元と、宗教という聖なる次元とが陰に陽に密接に結び付いている。欧州では総じて、キリスト教の宗教改革や文芸復興をきっかけとした近代化が進むにつれて、政教分離・世俗主義が政治や社会運営の重要な原則になってきた。しかし中東の大半の国々では現在でも、政教分離(世俗化)を徹底するのが非常に難しい。
 実際、欧米式の近代化を試みた国々では今も紆余曲折が続いている。例えばイランでは「白色革命」と呼ばれる欧米化・近代化路線を歩んだ王制が、イスラム聖職者に率いられた革命(1979年)によって転覆し、一種の祭政一致を目指すイスラム共和国へと転換した。このイスラム革命の方向性、性格や過激路線に欧米諸国はとまどい、それ以来今日まで、30年以上の難しい外交関係が続いてきた。前述のように最近になって、やっと双方からの歩み寄りが進み出している段階だ。
 隣国のトルコでも「世俗化」を重要な国是として、70年以上の脱宗教・近代化路線を歩んできた。しかし10年ほど前に政権を握った政党(公正発展党)は、イランに比べれば穏健なイスラム政治を志向してきたものの、政教分離、世俗主義原則の維持を求める人々との間で深刻な軋轢が露わになっている。
 チュニジア、リビア、イエメン、エジプトなどでは、前述のように「アラブの春」現象の中で長年の独裁的政権が倒れた。しかし民主化に伴う混乱の中で政治的イスラムが台頭し、一部過激勢力が世俗的な旧体制への報復を行ったり、宗教的少数派との緊張を激化させたりしている。シリアでは、親子二代の長期独裁に反対する活動が過激化し、政府・反政府双方の軍事行動が拡大するのに伴い、政府側の支持基盤であるアラウィ派(イスラム教シーア派の一派)と、反政府勢力に多いイスラム教スンニー派の間の宗派抗争の様相を呈してきた。

イスラエル・パレスチナ紛争でも高まる宗教的なジレンマ

 イスラエル・パレスチナ紛争も、宗教が絡んだ中東社会のジレンマから自由ではない。中東紛争そのものは、亡国・流浪の民だったユダヤ民族が1948年にイスラエルを建国したのち、四次の中東戦争を通じて占領地を拡大していく過程で、元々のパレスチナ住民の多くが土地を失い難民となってきた状況をどう解決するか、という政治問題であり、決して宗教戦争ではない。
 実際、四次の中東戦争は、エジプトやイラク、シリアといったアラブ諸国が、同じアラブ民族であるパレスチナ人を支援し、「パレスチナ国家」の建設と、パレスチナ難民の帰還を、「アラブ民族の大義」と掲げて行われたものだ。その後、冷戦時代にはソ連・東欧諸国がアラブ側を支援し、「パレスナ解放」は左翼勢力による「民族解放闘争」の性格を帯びた。従って、かつてパレスチナ運動を率いてきたリーダーや諸勢力の多くは、この二つの流れに属していた。
 ところが冷戦後には、二次の「インティファーダ(大衆蜂起)」や、自爆テロを含む対イスラエル闘争の主力が、イスラム原理主義や過激勢力に取って代わられた。中東和平をめぐるアラブ連盟の足並みの乱れや、左翼勢力の退潮を反映し、イスラム勢力はイランや湾岸諸国の保守勢力の支援を受けてきた。その代表格が「ハマス」と呼ばれる勢力で、現在ガザ地域を実効支配し、パレスチナ自治政府にも対抗姿勢を採り続けている。
 一方のイスラエル側でも、イスラエルとパレスチナの「二国家併存」による和平を容認する国民は多数派だと言われる。しかし小党分立の政局の中でユダヤ教正統派の強い政党がキャスティングボートを握ることが多い。彼らは「神が約束したユダ・サマリヤの地」、いわゆる「大イスラエル」から一歩も譲歩しないと決意している。
 このように、イスラムとユダヤ教の過激な原理主義が、紛争の双方で政治情勢を牛耳る形勢となっている。彼らの耳には世俗主義的な政治・経済の利害打算の論理が十分な説得力を持たないのだ。宗教的な情念や価値観、あるいは歴史の摂理観を踏まえた大義や論理が必要なのだ。
 さらにイスラエル・パレスチナ紛争の核心的アジェンダのひとつに「エルサレムの地位をめぐる問題」がある。3000年の歴史を持つエルサレムは、ユダヤ教、キリスト教、イスラムのすべてにとって、それぞれの神話・経典・伝承を基に「聖地」と崇める特別な場所だ。イスラエルはエルサレムを「首都」と主張しているが、パレスチナ側ではこの街の東側を将来の「パレスチナ国家」に割譲するよう要求している。この街の特殊な意味から、「エルサレム問題」が、これまで和平交渉が土壇場で挫折する重大な理由のひとつになってきた。また、それぞれの宗教を信じる世界中の信者にとってもエルサレムは信仰の重要なシンボルであり、中東紛争が国際化する大きな要因になっている。

宗教の政治関与に向けられる偏見

 政治や外交に宗教的な要素が関与している場合、その対応には大きく分けて次の三つの方法が見られる。
 第一は、宗教的な大義を主張して過激な行動に走る勢力を「テロリスト」として、徹底的に弾圧・排除しようとするものだ。ロシア政府がチェチェンにおけるイスラム系分離主義勢力に対して採った政策や、チベットやウィグルの分離独立要求に対する中国政府の態度がこの類に属する。
 第二は、できる限り「脱宗教」に徹し、政治・経済的な利益を優先して妥協点を見出すやり方だ。要するに宗教がらみのアジェンダを脇に追いやろうとする手法だ。
 第三に、各宗教を尊重し理解する努力を示しながらも、宗教的要素には一定の距離を置いて、現状を改善していこうとするものだ。国連が近年取り組んでいる「文明の連帯イニシアチブ」も、こうした流れの中にある。
 こうした取り組みは程度の差はあるものの、紛争当事者の宗教的な信条・思想をできるだけ脇に追いやって、調停者にとっての「合理的」な方法で解決を試みるものである。察するに、その根底には、宗教あるいは宗教者が関与すれば、多かれ少なかれ事態は複雑化し、解決が困難になるとの思い込み、率直に言えば偏見・誤解があると思われる。

宗教の次元から平和構築を助けるMEPIモデル

 これに対して、「中東平和イニシアチブ(MEPI)」のアプローチは根本的に異なる。中東地域における宗教の影響力の大きさに鑑み、むしろ宗教が持つ平和構築へのプラスの力を最大限に活用しようとする、極めて根源的なものと言える。
 MEPIは、イスラエルとパレスチナの紛争当事者による和平努力を奨励し、対話と和解を促そうとの趣旨で始められた民間のイニシアチブである。これを推進してきたのは、国連の経済社会理事会の特殊協議資格を持つ非政府組織で、米国ニューヨーク市に本部を置き、世界各国で平和運動を進めるUniversal Peace Federation(UPF)である。
 MEPIのアプローチは、それぞれの宗教が標榜する神への信仰、平和の祈り、人類愛や犠牲の精神を高揚させ、和解や調和・協力の可能性を高めようというものである。そのために、諸宗教の代表が由緒ある聖地を訪れて祈りや瞑想を捧げる機会や、互いの信仰を尊重する共同祈祷会などもプログラムに盛り込まれている。
 宗教団体や宗教関連NGOが行う平和活動は多いが、その大半は人道的な立場での支援や奉仕活動であり、往々にして宗教色を抑制することで平和の機縁を広げようとする傾向がある。その点でMEPIの最大の特長は、宗教が本来持つ要素を平和構築の核心と見なし、互いの信仰の伝統を尊重し激励しながら、理解と和解の基盤を広めようとするところにある。
 具体的にMEPIが行ってきたプログラムには、①イスラエル・パレスチナにあるユダヤ教、キリスト教、イスラムという三つの世界宗教の聖地・聖域巡礼、②旧エルサレム市街での「平和行進」、そして③関係当事者と世界の代表による平和のための対話・会議などが含まれる。
 第1回目の行事は2003年5月に行われ、その後の十年間に通算40回以上のプログラムが実施された。文字通り世界中から延べ一万人が聖地を訪れ、平和行進に参加した。また継続的な平和プロジェクトとして、パレスチナ居住地ガザでの情報技術教育の支援、双方の若者によるサッカー競技大会の支援なども行ってきた。
 この間、政治・外交上の曲折によって治安上の懸念が高まった時でも、イスラエル・パレスチナ双方の当局者はMEPIプログラムを高く評価して、その実施を容認し、三大宗教の関係者も「異教徒」を含む集団による聖地・聖域への巡礼行事を認めてきた。2013年5月と12月には、MEPIの10周年記念行事がエルサレムで行われ、関係者がこれまでの活動の意義を総括し、今後も継続して取り組む決意を確認している。

極めて根源的なMEPIモデル

 前述の「エルサレム問題」を筆頭に、中東の諸情勢には宗教者の関与が有益または必要と思われるものが少なくない。しかし政教分離を暗黙の前提にした近代の政治・外交の場で、宗教者の心証や知恵・意見などが考慮される機会は非常に少ない。
 この点で、MEPIを運営するUPFは独自の立場を貫き、平和をめぐる政治・外交の場に、宗教の伝統に根ざした平和の精神や愛、そして宗教が持つ和解の知恵を関与させるべきだと主張する。また宗教者に対しては、平和をめぐる議論や努力への積極的な関与を呼び掛け、実際にそのような機会を数多く設けてきた。
 UPFは、「真の恒久平和は神と共なる平和として実現される」という信条を掲げている。それによれば、諸宗教の「神」は天地の創造主である唯一なる神、人類の父母のような存在であり、人類は兄弟姉妹であるという。そこで「One Family Under God!(神の下の人類一家族)」のビジョンを掲げ、世界各地で平和プロジェクトを推進している。そしてこのような平和の理念を共有・支持する各界各層の指導的な人々を「平和大使」として認定・委嘱し、運動の裾野を拡大してきた。
 さらにUPFは、宗教指導者が現在の世界統治の中核機関である国際連合にも参加すべきだと主張する。2000年にニューヨークの国連を会場として開かれた国際会議の場で、UPF創設者である文鮮明師は、国益中心に動かざるを得ない国連の限界を乗り越えるため、国連総会の「上院的」な機関として、主に宗教・精神的指導者が参加する「超宗教議会」を設立することを提唱した。UPFはその実現に向けた活動を続け、国連システムの中に一定の成果を挙げてきた。
 MEPIのアプローチが宗教的に極めて根源的なものである理由は、この端緒となったのが、米国で始められたキリスト教復興・刷新運動の延長だったからだ。その運動は宗教間の溝を埋めるために、キリスト教会から十字架を取り降ろし、イエス・キリストの王冠を象徴するものに代えようというキャンペーンに発展した。
 このキャンペーンについて、MEPIの本質的な理解のために簡潔に説明しておきたい。4世紀にキリスト教を初めて公認したローマ帝国のコンスタンチヌス大帝の時代から、「十字架」というシンボルはキリスト教国家による戦争の旗印にも使われるようになった。そして平和の祈りは戦いのための祈りにもなった。また欧州での「反ユダヤ主義」により、ユダヤ人にとって「十字架」は自分達に向けられた差別や抑圧のおぞましい象徴になってしまった。そして十字軍戦争はイスラム世界にとって、キリスト教勢力による征服・略奪・暴虐以外の何物でもなかった。こうして「十字架」は地中海を挟んだキリスト教とイスラムという二大宗教文明の間の、深刻な敵対関係を象徴するものになったのだ。
 このように十字架は三大宗教の心理的な壁となり、非キリスト教徒にとっては恐怖と恨みの対象になってきた。宗教間、文明間の調和が不可欠になっている今日、互いの溝や壁の理由になっている要因を取り除く努力の一つとして、「十字架」を取り降ろそうとしたものだ。この呼びかけに応じ、米国の123カ所の教会が同調して十字架を降ろし、それに代えてキリストの王冠を象徴するものに代えた。しかも、その十字架をエルサレムで埋葬する行事を2003年5月18日に行った。
 このような大胆で勇気ある行事に参加したキリスト教聖職者達は、さらに同日、「エルサレム宣言」と呼ばれる文書に署名し、その中で、ユダヤ民族迫害の底流にあった反ユダヤ主義についてキリスト教を代表して謝罪の意思を表明した。その一方、ユダヤ教を代表した数名のラビが、イエスを不信し十字架に追いやった過去に遺憾の意思を表明した。当然のことながら、これは双方の宗教的歴史や信仰を考慮すれば極めて勇気のいる内容であった。この歴史的な意義が込められた文書に、同席したイスラム指導者らも署名し、三大宗教の和解をアピールしたのである。
 さらに2003年12月22日には、エルサレム市内の独立公園に約1万人を集めた平和集会が開かれ、そこでユダヤ人の代表がイエスに王冠を献呈するという意味の式典を行った。これは「エルサレム宣言」の精神をさらに発展させたものであり、ユダヤ人がイエスの特別の位置と価値を認めることを象徴的に示し、それによってユダヤ教とキリスト教の間の最も本質的な刺を抜き取ろうとするものであった。

MEPIモデルの要点

 このようにMEPIは、中東を揺籃の地として世界に広がり、人類精神の屋台骨となった三大宗教間の溝や葛藤の根本的な原因を宗教的次元から直視し、この地域から「神と共なる平和の道」を開こうとしてきた。それぞれの宗教が辿ってきた歴史と現実を見つめてみれば、三大宗教を代表する聖職者達に和解を決意させたUPFのイニシアチブには、相当な説得力と迫力があったと言わざるを得ない。
 改めて、MEPIが過去十年に実践してきた平和の理念と活動のモデルを整理してみよう。
 第一に、普遍的な宗教精神を高めることだ。神の正義と愛に対する信念を高め、人類愛を強めることで、紛争の双方に謝罪する勇気、許す寛大さ、そして和解と協力への決意を促すものだ。中東で宗教の絡んだ情勢が難しくなるのは、当事者たちの宗教・宗派に関する特殊な意識が過剰になる反面で、真に普遍的で高次な宗教精神が欠如または弱いからだと見る。
 第二に、全ての宗教・信仰は、神の摂理と恩寵によるものであることを認知し尊重することだ。それによって宗教が陥りやすい独善や非寛容、排他性を避け、相互の優劣感情に陥って葛藤しないようにする。そして宗教差別や偏見をなくすために、互いの溝や壁になっている要因を取り除く努力を進めることだ。
 第三に、平和の担い手としての宗教者、または信仰に基づく正義と愛の心を強く抱く人々の役割と存在感を、公共政策、政治、外交の舞台でも積極的に評価し、また、その機会を作っていくことだ。

「シリア問題」に適用されるMEPIモデル

 このMEPIモデルは、これまでイスラエル・パレスチナ紛争での和平努力の一助として適用されてきたが、最近シリア問題の打開にも応用しようとの試みがなされている。2013年10月にはシリアの隣国ヨルダンの首都アンマンに、周辺諸国の政治・宗教者が集まり、世界の専門家らと共に数日間、活発な議論を展開し、「シリア危機に関する声明」を発表した。
 この声明の主旨に沿い、同12月19日から22日までエルサレムで、「中東における宗教・民族間の関係-平和と安定を目指して」と題する会議が開かれ、シリア問題についても宗教指導者だけでなく、政治家、学者、マスコミ関係者が白熱した討論を行った。その結果、2014年1月下旬にスイス・ジュネーブで国連と米・ロシア、その他の関係国がシリア問題を協議する「ジュネーブ2」が開かれたのに合わせ、サイドイベントとして独自の会合を開き、宗教次元の調停努力が有益であるとアピールされた。
 ところで中東平和に、宗教まで含めた価値観外交を推奨するひとつの理由は、中国がいよいよ中東でも独自の外交を進めていることだ。それは価値観外交とは対極のものだ。中国はアフリカ、南米、太平洋諸国などで大胆に進出してきたが、冷戦時代にはソ連と同様、無神論・唯物思想・反宗教のイデオロギーを持った共産主義が嫌われ、イスラムの伝統が根強い中東・北アフリカでは、中国に対する拒否感が強かった。
 しかし冷戦構造が欧州で消え去り、中国が市場経済を活用して世界第二位の経済大国になってくると、中国共産党に対する警戒心は大幅に薄まってきた。むしろ安い商品や労働力の魅力、そして政治体制の如何を問わず寛大な援助を提供してくれる中国は、歓迎されるようになったのだ。例えば、目下サウジアラビアはイスラムの一番の聖地・メッカの大改造プロジェクトを進めているが、その目玉プロジェクトの建設工事を中国企業に発注した。
 中国は世界最大の外貨準備高を有する資金力の他に、今や有人衛星を飛ばし、航空母艦を就航させる軍事技術力もある。トルコは北大西洋条約機構(NATO)の一員で、長年反共を国是とし、現在はイスラム穏健派の政府だが、中国製のミサイルシステムを導入することを検討したり、上海協力機構への加盟をほのめかしている。長年米国の軍事・経済援助を受け続けたエジプトも、「中国オプション」を仄めかし出した。
 中国オプションを思案する中東諸国には、そもそも国民に長年沈殿してきた反米感情がある。その一番の理由は、米国が一貫してイスラエルの後見役を演じてきたからだ。歴代の米国政府はイスラエル防衛のためにあらゆる支援をし、アラブ諸国が国連で発議し、総会が可決したイスラエル非難決議でも、米国はことごとく拒否権を発動して挫折させてきた。今、改めて米国政府がイスラエル・パレスチナ紛争の調停に尽力するのも、この問題解決なしには、中東に根付く反米構造を決定的に変えることはできないからだ。しかし中国は、こうした反米の構造を最大に利用して、中東に経済、政治、軍事的に地歩を固めているのだ。

価値観に根差す平和外交にMEPIモデルの適用を

 人類文明史でも特殊な役割・地位を背負ってきた中東ではあるが、もちろん宗教的要因だけで中東の歴史が流れてきたわけではない。政治・経済・外交など様々なダイナミズムが働きあって、今日の状況を生んだのであり、宗教的要因はその一つに過ぎない。しかし世界の他の地域に比べ、宗教次元が非常に重要かつ決定的な要因のひとつであったことは明らかだ。
 従って、今後も中東の諸国民が直面して行く課題を解決し、ひいては世界の平和を確保して行く上で、宗教次元の取り組みは不可欠であり、宗教者の直接的な関与が有効だと思われる。その意味で、MEPIが過去十年間の努力を通じて提示してきた平和構築のモデルを、広く中東の諸情勢に応用することを提案したい。価値観外交を志向する安倍政権は、中東の安保、平和構築に積極的な外交を進める上で、MEPIモデルを検討してみてほしい。少なくとも、民間の宗教者・宗教団体を軸にした平和努力を応援してはどうか。
 欧州近代の自由や民主主義、人権の理念も、もともとキリスト教の価値観と関連して発展してきた。政治的イスラムが広範かつ根深い影響力を持ちつつある中東の平和構築には、宗教次元の価値観を適用した自由、民主主義、人権、さらに平和の概念を基礎にしなければ、説得力を持ちにくいと思われる。政府は価値観外交の理念に宗教的要素を導入し、その実施に当たって宗教者を関与させることを大胆に踏み切っていくべきだ。
 中東の平和と安定を重要な国益とみなす米国や韓国、欧州諸国などと連帯するにも、価値観を積極的に取り込んだ平和イニシアチブは有効だろう。

政策オピニオン
山崎 喜博 平和政策研究所主任研究員
著者プロフィール
北海道出身。通訳者・ジャーナリストとして中東諸国に長期間滞在した。レバノン内戦、イラン革命、イラン・イラク戦争、湾岸戦争を間近で取材。帰国後、米国系通信社の東京支局長等を歴任。現在、平和政策研究所主任研究員、海外特派員協会会員。

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