アジアの紛争と平和構築 ―岐路に立つ日本の役割―

アジアの紛争と平和構築 ―岐路に立つ日本の役割―

2019年2月5日

1. 世界の主な紛争地域

 アフリカや中東と比較すると、一般的にアジアは紛争が少ないという印象があるが、実際は必ずしもそうではない。ウプサラ大学のデータベース(ウプサラ紛争データプログラム、UCDP)によれば、2017年に戦闘による死者数がもっとも多かったのは、報道などによる印象のとおり、中東地域である。しかし紛争件数でみると、実はアジアはアフリカや中東よりも多い(図1)。もっとも、これは「アジア」の定義によって変わる数字であり、ここではアフガニスタンがアジアに含まれていることが大きく影響している。アフガニスタンとパキスタンの国境付近は非常に多くの紛争が発生しており、それがアジアを紛争件数第1位に押し上げている。

 戦闘に起因する死者数をみると、2011年以降に急激に増えていることがわかる(図2)。そのほとんどが中東における死者数の増加によるもので、他の地域はあまり変化がない。中東では過激派組織「イスラム国」(IS)の台頭やアラブの春以降の地域の混乱が具体的な数字として表れていると思われる。

 アフリカは紛争多発地域であるという認識が一般的だが、実はそれはアフリカでの内戦による死者数がピークを迎えた1999年頃の印象がいまだに続いているためと考えられる。具体的な数字として、2017年の統計では、アフリカの死者数はアジアにおける死者数の半分以下となっている。現在展開している14件の国連PKOのうち、半数の7件がアフリカに展開しており、国連においてもアフリカ重視の姿勢をとってきた(残りの4件が中東、それ以外はコソボとハイチとカシミール地方)。しかし、データからはアジアほど深刻な状況ではないともいえる。
 アフリカは政府が関与していない非政府主体間の紛争が多いのに対し、アジアは政府と反政府勢力との間の紛争が多いことが特徴的である(図3)。ほとんどの紛争は、当事国政府が関係するものだとすれば、政府間の支援を基本とする日本の関与の仕方もある程度限定されるはずであり、それなりの特徴が出てくると考えられる。以下では、この点を考慮に入れながら分析していく。

 ではアジアのどこでどのくらいの死者が出ているのか。UCDPが作成した地図(図4)で確認する。先ほど述べたように、もっとも多くの死者が出ているのはアフガニスタンである。インドは民主主義国家でもあり、それほど激しい紛争が起きているという印象は薄いかもしれないが、東部やバングラデシュとの国境に近いアッサム地方などでは死者を伴う暴力的な紛争が起きている。ミャンマーも北部のカチン州や中国と国境を接する東部は紛争が多い。また最近はロヒンギャの問題が注目されているように、バングラデシュと国境を接する西部にあるラカイン州でも紛争による死者が出ている。

 このように、アジアでも毎年、数十人~数千人規模の死者を伴う紛争が数多く起きており、日本がこれらの地域に対してどのような貢献が可能かをあらためて考えてみる必要がある。
 紛争に起因する死者数をもう少し具体的な数字でみてみると、2017年の紛争起因死者数は約9万人にのぼり、そのうち半数以上がシリアで亡くなっている。次いでアフガニスタンが2万人余りで多く、ナイジェリア、コンゴ民主共和国、イエメン、中央アフリカと続く(この意味で、アフリカが平和になったわけではないことがわかる)。
 そして意外に感じられるかもしれないが、死者数ではフィリピンが8位に入っている。これは特に2017年の「マラウィ危機」が影響している。ISがイラクで敗退し、シリアでも劣勢が続くなか、彼らは東南アジアにも活動範囲を広げ、フィリピンのミンダナオ島南ラナオ州にも潜入するようになった。そして同州のマラウィ市でもともと「モロ・イスラム解放戦線」(MILF)に近く、後にISに忠誠を誓った武装組織「マウテ・グループ」と接触していた。その後マウテ・グループとフィリピン政府軍との間で激しい戦闘が起き、政府軍による大規模な空爆が敢行された。この掃討作戦で多数の死傷者が出たのである。
 またミャンマーが9位に入っている。これはもちろんロヒンギャ問題の影響である。自衛隊が南スーダンに派遣されたとき日本国内でも現地の政府と反政府勢力の激しい戦闘が話題になったが、実はその南スーダン(10位)よりもフィリピンやミャンマーでより多くの死者が出ていた。このようなデータをみると、平和なイメージとは対照的に、アジアは紛争地域といっても過言ではない。

2. アジア地域の紛争

 アジアにおいて2017年に発生した約2万人強の死者数のほとんどは、前述のとおりアフガニスタンで起きた紛争に起因している。駐留米軍の大半が撤退し、残念ながら日本ではアフガニスタンのことは忘れられてしまった感がある。日本政府もアフガニスタンはほとんど視野に入っていないのではないかと思えるほど、あまり議論もなされていないようにみえる。年間2万人も死者が出ている現状に対して我々は何ができるのか、あらためて考えてみるべきではないか(ちなみに、2016年の日本の自殺者数は警察庁の統計によると約2万人でアフガニスタンの紛争による死者とほぼ同数である)。
 アフガニスタン以外では、フィリピンとミャンマーがアジア地域の紛争の二大正面となっている。フィリピンはミンダナオ紛争、ミャンマーではロヒンギャ迫害が最大の問題である。さらに、日本ではあまり報道されていないが、インドでも2017年に約800名の死者が出ている。2010年以降はアッサム州内で具体的な反政府武装闘争は起きていない。とはいえ、この民主主義国内で発生している政治的暴力に対して日本は今後どうかかわるべきなのか、考えていかなくてはならない。
 他にアジアの紛争経験国で日本が関与してきた国としてはカンボジア、スリランカ、ネパールなどがある。東ティモールはデータをみるかぎり、もはや平和構築が必要というより積極的に開発を進めてゆく状況となっている。
 そこで以下では、日本の関与が目立つ、ミンダナオとミャンマーの状況を個別にみていく。

ミンダナオ(バンサモロ)

 フィリピン南部のミンダナオとスールー諸島で分離独立を求めて戦ってきたイスラム教徒は自分たちのことを「モロ」と呼ぶ。「モロ」はもともとイスラム教徒の蔑称だったが、それが現在では彼らのアイデンティティを表す言葉となり、彼らは好んで使っている。「バンサ」は国を表す言葉で、「バンサモロ」は「モロの国」という意味である。
 2014年、アキノ大統領が率いるフィリピン政府とMILFの間で和平合意が結ばれた。この和平交渉には国連は直接関与しておらず、マレーシアが仲介役を担った。日本も2009年末から国際コンタクト・グループ(ICG)に加わって、当事者双方への助言をするなど和平交渉を支えた。仲介役のマレーシアのもと、ICGには英国、日本、トルコ、サウジアラビアの4カ国が加わった。そして注目すべき点は、国家だけでなく4つのNGOがICGに正式に加わったことである。すなわち、フィリピンの人道対話センター(Center for Humanitarian Dialogue)、世界でもっともイスラム教徒の加盟者数が多いといわれるインドネシアのイスラム改革主義組織ムハマディア(Muhammadiyah)、米国のアジア財団(Asia Foundation)、英国のコンシリエーション・リソーシーズ(Conciliation Resources)の4団体である。
 日本政府は2004年から停戦監視活動をしていた国際監視団(International Monitoring Team: IMT)に2006年から外務省職員(JICAから出向)を開発専門家として派遣し、積極的に和平を支えてきた。彼らは紛争地に出かけて現地のニーズを把握し、具体的な支援プロジェクトを企画して和平の促進に取り組んだ。さらに「平和の配当」を事前に届けるため、日本政府は和平合意が結ばれる以前から反政府勢力の支配地域で援助活動を展開してきた。そうした努力が実を結び、日本政府はMILFの信用を得ることができたといわれている。
 2017年にはフィリピン軍によるイスラム過激派掃討作戦によってフィリピンの紛争起因死者数が世界で8位になった。2018年になってミンダナオの自治政府樹立に向けた「バンサモロ基本法」が成立し、和平合意はフィリピンの国内法という形で合意を得るに至った。2019年1月には「バンサモロ」への帰属を決める住民投票が実施され、主要地域の「バンサモロ」への帰属が決まった。同年2月に第二弾目として実施される住民投票の結果を受けて、「バンサモロ」の境界線が確定することになる。今後この地域に平和が訪れることが期待されていたが、住民投票の前後に爆弾テロが発生するなど、予断を許さない状況が続く。日本としてはバンサモロ暫定政府に対する支援が求められていくだろう。

ミャンマー

 ミャンマーでは独立時に、複数の少数民族の自治が認められたが、現在ではその自治の実態に不満をもつ勢力が反政府武力闘争を継続している。ただし、近年はミャンマー政府の努力もあり、ミャンマー軍と少数民族武装勢力10組織のあいだで停戦合意が結ばれた。今後は2~3の大きな反政府勢力との停戦合意を結ぶとともに、包括的な和平合意の締結が課題となってくる。
 近年の動きとして興味深いのは、中国がその仲介役を担っている点である。もちろん中国はミャンマーと国境を接しているので、その影響力は大きい。ミャンマーの安定は中国にとっても重要だという認識があり、中国は善意あるいは国益の観点から和平を進めている。
 日本政府もミャンマーの和平に対して積極的に関与してきた。また政府だけでなくミャンマー国民和解担当日本政府代表に任命された笹川陽平・日本財団会長も頻繁に現地を訪問するなど、民間部門も精力的に和平交渉を支援している。日本は基本的には和平交渉の中身には口出しすることなく、交渉会場の準備や必要であれば反政府勢力に会場までの旅費を提供するなどして、双方が交渉に集中できる環境を整えている。こうした活動が中国の役割と競合するのか、あるいは協力を目指すのかも日本としての検討課題である。
 前述のように、ミャンマー北部のカチン州では「カチン独立軍」(KIA)が武装闘争を続けている。また「アラカン・ロヒンギャ救世軍」(ARSA)は、ロヒンギャ問題に端を発し、ミャンマー政府の対応に不満を抱くイスラム教徒が外部の支援を受けて立ち上げた反政府武装組織だといわれている。ロヒンギャ問題が国際的な関心事となっているなか、日本はどうかかわっていくべきか必ずしも十分に議論されているわけではない。今のところ日本政府は、民主化を頓挫させないためにも、アウン・サン・スー・チー国家最高顧問が率いるミャンマー政府を支援する活動を重視するというのが基本的立場である。

3. 日本のODA(政府開発援助)による支援

 ここでODAを通じた日本のアジア各国に対する支援について確認したい。外務省の資料でわが国のODAの概要をみると、実は「平和構築」という言葉はそれほど多く使われているわけではないが、基本方針や重点分野の項目でそれに関連するキーワードが示されていることがわかる(1)。
 たとえば、「民主化」という言葉はミャンマーに対するODAで使われている。「民主主義の定着」はカンボジア、スリランカ、ネパール、インドに対して使われている。さらに「国民和解」はミャンマーとスリランカ、「法の支配の促進」はカンボジア、「ガバナンス」はカンボジアとネパール、「人権の尊重」はインド、「市場経済」はインド、ミャンマーに対して、それぞれ使われている。つまり、すべての国に対して平和構築の様々なメニューを画一的に当てはめるのではなく、それぞれの国と日本との関係あるいは各国の紛争状況などを鑑みながら、適切な言葉を選んで使っていることがわかる。
 しかし、さらに詳しくみていくと、「平和構築」や「民主化」などの言葉を基本方針で掲げているものの、具体的な援助メニューのなかには、それが必ずしも反映されていない場合も見受けられる。たとえば、水力発電所の改修支援がどのように平和構築につながるのか、国営テレビの設備拡充が民主化にどう役立つのかなど、明確には示されていない。
 日本のODAの特徴は、たとえばできるだけ多くの人々がきれいな水を飲めるようにするなど、まず人間としての生活を営んでいく上で最低限必要なものを与えようとする精神が伝わってくる援助項目が多いことである。反面、欧米の人たちと議論していると、日本の援助は平和構築を謳っているものの、実際の中身は平和構築ではないという意見も聞かれる。それに対する反論として、欧米の支援は必ずしも平和構築につながっておらず、中長期的な視点からみれば日本の支援の方が地域に安定と経済発展をもたらし、それが結果的に平和構築に資するものになっているということもできる。
 このような議論のなかから、最近では日本の平和構築の手法を学んでみたいという人たちも出てきている。ただし、これは直接的には日本の影響というより、既存の欧米による援助と大きく異なる中国の援助のインパクトについて知りたいということがきっかけとなっている面もある。
 中国の援助の手法は、実は日本が40年前にやっていたこととあまり変わらない。自国がビジネスを通じて利益を得るには相手国が経済的に豊かになることが望ましい。そのためには相手国の情勢が安定していなければならないし、国が成長するには基本的なインフラが必要となる。日本の援助はまずそのような部分に注力することから始まった。中国も同様で、自国の経済的発展にとって重要な国に対して投資している。日本は長年にわたって様々な試行錯誤を経て、時には批判も受けながら、その形態を少しずつ変化させてきた。中国はまだ援助国としての経験が浅いが、今後は日本が経験したように徐々によい方向に変わっていくことを期待したい。いや、日本は中国が日本的な援助を踏襲できるように積極的に指南していくべきであろう。

4. 各国に対する援助の状況

フィリピン

 フィリピンに対する2015年の日本の経済協力実績は541.95百万ドルで、日本はフィリピンの最大の援助国の立場を維持し続けている(表1)。ただし、この数字はOECD/DAC(OECD開発援助委員会)の報告に基づくものであり、中国が実際にアジア各国にどの程度の経済的・軍事的支援をしているかはわからない。とはいえ、少なくともOECD加盟国のなかでは日本がフィリピンにとってのトップドナーである。

 フィリピンにおける日本の平和構築支援の大部分は、ミンダナオにおける平和と開発にかかわるものである。特に前述のバンサモロ地域における自治政府設立へのスムーズな移行を促すための開発援助を日本は担っている。

ミャンマー

 ミャンマーに対する2015年の日本の経済協力実績は351.14百万ドルである(表2)。金額としてはフィリピンより少ないが、日本はトップドナーとして、特に市場経済に立脚した安定した国づくり、民主化や国民和解を重視した取り組みを展開している。日本の支援は、ビルマ族ではない国境沿いの少数民族の地域に対するものが多いのが特徴的である。この点では、日本の援助は平和構築に資するマインドとスピリットをもっているといえるだろう。

スリランカ

 スリランカにおいても日本は主要なドナーとして支援を継続している。スリランカの場合は北部・東部の紛争影響地域の復興と開発に力点をおいている。国民和解や民主主義の定着と安定を目指していることなどが特徴的である。かつて「タミル・イーラム解放の虎」(LTTE)が占拠していた北部地域に集中的に援助が投入されているが、内容としては地雷除去が中心であり、具体的に国民和解に資する取り組みはあまりない。

カンボジア

 中国の援助や投資は統計として公表されておらず正確な額はつかめないものの、カンボジアに対しては、おそらく中国が日本以上の援助をしていると思われる。中国はOECDに加盟していないので、その加盟国のなかでは日本がトップドナーである。そして日本のアジア地域に対する援助の基本方針のなかで「人間の安全保障」という言葉が使われている唯一の国がカンボジアである。日本政府は「人間の安全保障」を重要な外交政策のキーワードと位置づけているものの、そのキーワードを援助の基本方針に掲げているのはカンボジア一国のみとなっている。
 また法の支配やガバナンスの強化についても、法制度の整備、法曹人材の育成、選挙改革支援による民主主義の定着などが重点分野に挙げられているが、データからは基本方針に謳われていることと実際の取り組みの関連性は必ずしもみえてこない。

ネパール

 ネパールについては、かつて日本は他国の追随を許さないトップドナーであったが、最近は4位に転落し、援助総額も56.70百万ドル(2015年)とかなり低下している。開発協力のねらいや重点分野には平和構築やガバナンス強化などが掲げられているが、この規模の援助額で果たしてそれをどこまで実現できるだろうか。具体的な支援メニューをみても地震被害に対する人道復興支援が多く、平和構築に直接関連するものはあまり見受けられない。

5. 日本の役割

日本的平和構築とは

 以上のような現状を踏まえて、日本はこれからアジアのトップドナーとしてどのような役割を果たしていくべきだろうか。日本は直接外科手術をするような平和構築、あるいは相手国に土足で踏み込んであれこれと指示をするような高飛車な平和構築の取り組みはしない。むしろ相手国の基本的な社会インフラを整備して人々の生活向上を支援し、長期的に平和な社会になるよう促すという特徴が、日本が支援しているアジアのすべての被援助国でみられる。したがって、これを「日本的平和構築」と呼ぶことにしよう。
 一方、日本が表向きに掲げているのは民主化、法の支配、ガバナンス、市場経済などリベラルな平和構築の理念である。しかし実際の支援の中身をみるとインフラ整備、道路・橋梁・学校・病院の建設などが多く、具体的な援助とリベラルな平和構築の理念がどう結びつくのか、なかなか説明しにくい。
 こうしたやり方そのものが正に日本的平和構築といえないこともない。たとえば欧米諸国であれば、民主主義を復旧するために政党の立ち上げを支援したり、政治家のスピーチ能力向上を支援したりする。特に、それまで社会的な役割を果たす機会がなかった女性やマイノリティの人々にそのような見識やスキルを身に付けてもらうといった直接的支援を行う。しかしながら、それがどれだけ定着して社会全体の役に立っているのかを考えると、それはやはり日本型の支援に軍配が上がるし、現地の人々に本当に感謝されるのは日本型の支援なのかもしれない。
 このような現実を踏まえたうえで、リベラルな平和構築の理念を実現していく手法として日本のやり方はこのままでよいのか、あるいは変えるべきなのか。もし変える必要があるとすれば、どのように変えるべきなのか、検討すべき課題である。
 アジアにおける最近の援助の特徴は、中国およびインドがドナーとして台頭してきていることである。欧米の人々からみれば、日本も中国もインドも援助の形態は類似していると受けとめられている。中国とインドは明らかに自国の国益先導戦略に基づく援助を行っている。「中国・ファースト」「インド・ファースト」である。そのため自国と関係が深い国々にさまざまな思惑をもって積極的に関与しており、当然のことながら、それはまず距離的に近い隣国が関与の対象となる。その意味では、中国やインドの援助のあり方は日本と異なるかもしれない。中印が台頭し競合しているなかで日本の援助は今後どのような戦略で進めていくべきだろうか。
 具体的に国名を挙げれば、フィリピン(ミンダナオ)、ミャンマー、スリランカ、カンボジア、ネパールなど、紛争国あるいは紛争経験国の支援で日本は今後どれだけイニシアティブを発揮できるのかが課題である。

終わりに

 最後に、アジア諸国に対する日本、中国、インドの援助の流れを概観しておく(図5)。赤く塗られた地域は武力紛争で死者が出た紛争経験国である。これらの国々には日本も中国もインドも関与している。しかし最近の日本のネパールやスリランカに対する支援は、金額的にも内容的にも弱まってきている。アフガニスタンに対する支援も同様である。

 一方、中国やインドは、ネパール、スリランカ、アフガニスタンのいずれに対してもかなり積極的に関与していて、タリバンとの和平交渉を中国が斡旋して実現させたこともある。日本はアフガニスタンに地理的に遠いだけでなく、現地でのプレゼンスもかなり低下している。
 そのなかで当面の日本の援助の二大正面は、フィリピンとミャンマーになるだろう。日本は引き続きフィリピンの主要ドナーとして関与していく必要がある。他方、フィリピンにとっても、たとえば対テロの文脈において、日本や米国と連携することは重要である。さらに南シナ海における航行の自由の問題は日本にとって死活的に重要な問題であり、フィリピンはまさに戦略的位置にある。
 中国は公式的な資料を公表していないが、報道で入手できる情報だけをみてもフィリピンに対する援助額は240億ドルに達していると考えられる。そこには武器供与分に150億ドルと投資37億ドルが含まれている。
 ミャンマーは中国のみに過度に依存することは避けたいという思惑もあり、日本を対中国のカウンターバランスとして位置づけている。日本は少数民族の武装勢力が停戦合意をしているなかで、それをさらに加速的に支援し、包括的な和平合意を促すことができるだろう。この点については中国も日本と同じように仲介と援助の二刀流で臨んでいる。先に述べたように、日本は中国と競合するのではなく、協力しながらミャンマーの和平を実現させる可能性も考えるべきではないか。
 カンボジアは1999年以降、武力紛争による死者は出ていない。その意味では安定した時期にさしかかっているが、やはり民主主義や人権の問題を考えれば、まだまだ課題は多い。これまで日本はこれらの問題にあまり口を出してこなかったが、そのような姿勢もあらためて問われるべきではないだろうか。
 ネパールは2007年以降、武力紛争による死者は出ていないが、前述のように日本の関与は先細りしている。スリランカも2009年以降、武力紛争による死者が出ていないが、今後の日本の支援のあり方は課題である。スリランカも日本の命綱であるシーレーンにとって死活的に重要な戦略的位置にある。
 最後になるが、日本が尽力して国連に設置された平和構築委員会は、いわば日本の肝煎り組織である。しかし2015年~17年のデータをみると、平和構築委員会に対する日本の支出は9位、総額3.5百万ドルにとどまっている。中国とインドはともに15位で支出額はまだ百万ドルだが、近年、積極的に資金を出すようになってきている。日本の「看板事業」だったはずの平和構築で日本が存在感を示せていない一方、中国やインドの支出が徐々に増えている。アジアにおける日本のプレゼンスは相対的にますます弱まっていくことが懸念される。そのなかで日本は再びトップドナーになることを目指すのがよいのか、あるいはトップでないとすれば、どのような支援を目指すべきなのか、あらためて考えるべき時である。

(本稿は、2018年9月28日に開催した政策研究会における発題を整理してまとめたものである。)

 

(1)「東アジア地域に対する我が国ODA概要(PDF)」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/press/shiryo/page1w_000024.html

政策オピニオン
上杉 勇司 早稲田大学国際学術院教授
著者プロフィール
国際基督教大学教養学部卒、米国ジョージメイソン大学院紛争分析解決修士課程修了、英国ケント大学院博士課程修了(国際紛争分析Ph.D.)。沖縄平和協力センター副理事長、広島大学大学院国際協力研究科准教授、広島平和構築人材育成センター理事などを経て現職。専門は、紛争解決、平和構築、国際平和活動。著書に『国際平和協力入門 国際社会への貢献と日本の課題』(ミネルヴァ書房、2018年)、『紛争解決学入門』(大学教育出版、2016年)、『世界に向けたオールジャパン』(内外出版株式会社、2016年)など多数がある。

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