宗教と平和構築 ―国際システムの中に宗教の「良心」と「英知」を反映させるには―

宗教と平和構築 ―国際システムの中に宗教の「良心」と「英知」を反映させるには―

2014年11月7日

 米国・ニューヨークに本部がある国際的な非政府組織「Universal PeaceFederation(UPF)」は、2014年8月9~13日に韓国・ソウルで、「ワールドサミット2014」と題する国際会議を開いた。「ワールドサミット」はUPFが毎年開催している大規模な国際会議で、今年のメインテーマは「世界平和、安全保障と人間開発」。民間団体の会議としては多数の現職首脳クラスや国連関係者を含め、世界70カ国から約280名の政治家、宗教者、学者、NGO関係者らが参加し、有意義な討論が展開された。中でも「宗教と平和構築」セッションでの議論は、今日の世界が直面している平和の課題にとって有益と思われる内容が多く、本稿でその要点を紹介する。

平和に向けて苦闘する世界のリーダーたち

 首脳レベルの参加者は、自国や周辺地域の状況と課題を報告した。南部アフリカにあるレソト王国のレツィエ国王は、世界に「緊張と不信の暗雲が漂ってきた」と懸念を表明するとともに、後発国の社会開発に効果的な国際的パートナーシップを構築するように要望した。また「正義と公正を保障するグローバル・ガバナンスの仕組み」を確立するよう、国連の改革を示唆した。
 東ティモールのシャナナ・グスマン首相は、インドネシアからの独立をめぐる闘争の過程で起きた様々な犯罪行為を清算するために、「真実と友愛の委員会」が設立され、真相究明とともに、双方の和解を促す努力が続けられていることを報告した。
 東アフリカのタンザニアのツヌ・ピンダ首相夫人は、アフリカでの様々な紛争による多数の国外・国内難民の問題が、当該国や周辺諸国の経済・社会開発に大きな負担となっている実情を訴えた。その一方で、紛争が収拾されたおかげで「平和の配当」を受ける国も増えており、世界で経済成長率の高い10カ国中6カ国がアフリカ大陸にあると強調した。
 長年、国連を舞台に「平和の文化」普及に尽力してきたアンワルル・チョウドリ元国連事務次長は、「力から理性へ、闘争と暴力から対話と平和に転換していく途上では、非暴力、寛大さ、民主主義などの価値観が不可欠な要素だ」と指摘した。
 インドのジャイナ教の有力指導者ロクプラカシュ・ロケシュ師は、「ユネスコ憲章」冒頭の有名な一文、「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなければならない」を引用した。同憲章では「平和の砦」を築くことが広義の教育の役割だとし、ユネスコは教育の普及を使命として創設された。ロケシュ師はユネスコの高邁な理想も、究極的には宗教の関与なくして達成されないと、次のように指摘した。
 「宗教の偉大な教祖たちが教えた精神的原理や価値観は、紛争や戦争の根本原因となる貪欲、憎悪、妄想などを究極的に解消させる本質的なものだ。そうした悪が心に不安を掻き立て、暴力的な衝動を強め、やがて地球的な戦争にまで発展する原因となっている」「国や個人が物質的な富に対する利己的な貪欲を減らし、人種的傲慢さや、世界支配といった愚かな欲求を減らしていかない限り、世界は平和を持つことはできない」
 UPFの主催する「ワールドサミット」の特長は、政治・外交・学術・言論関係者だけでなく、世界の各宗教の代表も共に議論に加わることだ。このため、平和に関する討論が包括的なものとなり、特に最近の世界情勢に深く絡んでいる宗教次元の問題が率直に取り上げられる。
 UPFは2005年9月の創設以来、世界各国に支部を持ち、平和構築のための課題として、①民族・宗教間の葛藤を克服する、②平和の基礎として家庭における平和を実現する、③包括的で公正な世界秩序のために国連を刷新することに努力を続けている。*1 その実績を評価して、国連・経済社会理事会はUPFに「特殊協議資格」を認定している。ブトロス・ガリ元国連事務総長は「ワールドサミット2014」にメッセージを送り、「国連が推進する仕事を補完している民間団体のイニシアチブを高く評価する」と述べた。

「宗教国連」を提案したイスラエル元大統領

 ロケシュ師の言うように、宗教を平和の重要な契機にしよう、というアイデアは最近とみに注目されるようになった。それに関して最近、世界のマスコミが取り上げたニュースは、中東紛争の一方の当事国イスラエルの元大統領で、和平に尽力した功績に対してノーベル平和賞を受賞(1994年)したシモン・ペレス氏が今年9月、ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇と会談し、世界の平和を促進するために宗教者による国連のような機構を創設してはどうかと提案したことだ。宗教上の正義や原則を盾にした過激勢力が拡散し、従来の国家や国際社会の論理だけでは対応しきれない紛争が増えていることを踏まえ、宗教者の関与と協力を引き出す舞台として、いわば「宗教国連」が必要だという趣旨だ。
 ペレス氏がフランシスコ教皇にこうした提案をしたのは、そもそも今年5月、同教皇がイスラエルを訪問した際、紛争当事者であるイスラエルとパレスチナ両首脳に対して、中東和平のための祈りの機会を持つことを提案したことがきっかけだ。それに応じる形で、ペレス氏と、パレスチナ暫定自治政府のマフムード・アッバス大統領がローマを訪れ、「祈りの集い」を開いた。
 ところが皮肉なことに、その直後からイスラエルと、パレスチナのガザを支配しているハマスとの戦闘状態が発生した。圧倒的な軍事力を有するイスラエル側はガザを空爆・砲撃し、パレスチナ側に甚大な物的被害と、多数の民間人を含む二千人以上の犠牲者が出る事態となった。イスラエル側でも兵士ら50人以上が死亡した。その後、停戦が続いているが、戦闘再燃の可能性もあり予断を許さない。英・エコノミスト誌は、従来イスラエルに好意的だった欧米でも批判が高まり、「イスラエルは戦場で勝っても外交で敗北しかねない」と分析した。
 双方が戦争にも平和にも徹底できないジレンマを抱え、これまでの政治・外交の枠組みや手法だけでは埒が明かないと考え、宗教者を関与させる構想が生まれたものと思われる。

宗教者による「平和委員会」創設を提案

 ペレス氏の提案を補うような発言が、「ワールドサミット2014」で相次いだ。スイスの民間団体「ジュネーブ・心のアピール協会(Geneva Spiritual Appeal Association)」を代表したウィリアム・マコーミッシュ氏は、宗教上のアイデンティティが重要な政治的要素になってきたと指摘した。例えばシリア、イラク、中央アフリカ、旧ユーゴスラビア諸国などでは、宗教的アイデンティティをめぐる情勢を、敵味方が利用しているという。そして平和を脅かす大きな問題が国際関係(international)である以上に、むしろ内面的な(internal)ものだと分析した。従って各国政府や国連機関が宗教間の葛藤を深刻な不安定要素と見なし、宗教間対話を重視するようになったと説明した。
 こうした「新しい状況に対処するには、新たな手法が必要だ」として、マコーミッシュ氏も国連システムの中に宗教者を中心にした機関を設立することは「喫緊の課題だ」と述べた。ただ同氏は国連が国家単位の機構であり、その改革には相当の手間と時間が必要となることを踏まえ、短期的には「平和委員会」のようなものを設置し、そこで宗教者同士の会議を早急に開くことを提案した。
 そうした宗教次元の協議が緊急に必要なのは、中東のシリアをめぐる情勢だろう。3年半前から民主化や社会改革を求めた反政府暴動は、今や政府側と反政府側の主な支持基盤であるイスラムのシーア派とスンニー派の宗派抗争の構造を作り出している。しかも中東の域内大国でシーア派政権のイランはシリアの政権側を支援し、スンニー派が多数派のトルコ、エジプト、サウジアラビアなどは反政府勢力を物心両面で支援し続けてきた。このため文字通り中東全域に宗派間の葛藤が煽られている。こうした状況の打開には、政治家のみならず宗教者の関与も不可欠だろう。
 ちなみに「ジュネーブ・心のアピール協会」は、宗教が暴力や様々な社会悪の口実に利用されないように、次のようなアピールを出している。*2
 ①宗教や霊的な理由や根拠によって、如何なる暴力行為も正当化させるな!
 ②宗教や霊的な根拠で、差別や排他的な言動を正当化させるな!
 ③優位な諸力(物理的、知的、霊的、金銭的、社会的)を悪用して、他者を搾取・支配するな!

イスラム権威者らが「イスラム国」批判の文書を発表

 とは言え、こうしたアピールを出さざるを得ないような状況は、世界各地に拡散している。にもかかわらず、こうしたアピールや声明を出しても、それらには国際社会が付託した正当性や強制力を帯びるわけではなく、関係者の良心と良識に期待するしかなく、その効果は非常に限られたものだ。宗教に関する世界の共同意思を採択し表明し実効性を得られるようなメカニズムが必要だというのが、上記のマコーミッシュ氏やペレス氏の提案の含蓄だと思われる。
 そのことを具体的に示す例が、宗教の名による過激勢力として目下、世界が対処に苦慮している「イスラム国」に関して起きており、ここで若干説明したい。
 同組織はイラクのスンニー派の反政府勢力として始まり、シリア内戦での反政府勢力のひとつとして実力をつけ、シリアとイラクの広大な地域を占拠し実効支配し、占領地域の石油、財産、武器を奪っている。その指導者はイスラム世界を代表する「カリフ」だと主張し、支配の根拠や規準を原理主義的なイスラム法に置いている。極端なほどの過激な原理主義と、資金力を背景に、世界中のイスラム過激勢力の台風の目になりつつある。しかし異教徒への迫害や人質殺害などの残虐な面が露呈されるにつれ、国際社会は本格的な対応を迫られている。米国など数カ国の空軍は、イスラム国の標的に空爆を続け、20カ国以上の「有志連合」が硬軟両様の作戦を強化している。
 しかも「イスラム国」には欧州出身のムスリム数千人も参戦していると見られる。遅かれ早かれ彼らが出身国に戻って過激な「聖戦運動」を起こし、テロリズムに走る危険性も懸念されている。カナダの首都オタワでは、黒ずくめの服装で顔半分を覆った男が連邦議事堂に入り、議事堂内での銃撃戦になる異常事態が起こった。容疑者はカナダ国籍の32歳で、最近イスラムに改宗し、当局が「危険人物」としてマークしていた人物だ。
 「イスラム国」がイスラムを大義名分にして、イスラム法を根拠に占領、略奪、処刑、誘拐などを行っていることについて、イスラムの宗教界は今年9月24日に「公開書簡」を発出して批判した。*3 世界各国のイスラム権威者・学者ら126人が「イスラム国」の様々な主張について、経典「コーラン」やイスラム法学の伝統の立場から批判した文書に署名して公表したのだ。「イスラム国」は基本的にイスラム・スンニー派の立場なので、同文書に署名したのは全員スンニー派に属し、その中にはサウジアラビア、エジプト、トルコ、ナイジェリアなど代表的なイスラム諸国の現役のイスラム権威者や学者も名を連ねた。
 「公開書簡」と題した同文書は、英語、ドイツ語、アラビア語で書かれ、英語版は17頁の本文と126名の署名者一覧から構成されている。その内容は、まず「イスラム国」の指導者が発している「ファトワ(宗教令)」の正当性を事実上否定し、イスラム法学を扱うイスラム国の様々な不備を指摘した。その上で、無辜の市民やジャーナリスト・人道活動家などを殺害することの非を説き、「ジハード(聖戦)」の概念や、その適用の仕方について詳細に批判している。またイスラム国の兵員による暴力行為について、イスラムの伝統から厳しく批判している。結びとして同文書は、「イスラムは憐れみの教え」なのに、イスラム国は「イスラムという宗教を無情で残忍で、拷問と殺人の宗教のように曲解させてしまった」と指摘し、「他者を傷つけることをやめて、憐れみの宗教に戻るように」と訴えている。
 このようなメッセージが、仮に国際社会から正当性を認められた機関から発出されれば、より明確なメッセージを送ることができ、「イスラム国」に参加を考えるムスリムに強い抑制効果を発揮し、国際社会の対応に共通の観点を提供することができよう。しかし目下の国際システムには、宗教者の良心や良識を反映させる公的な機関がない。ペレス氏やマコーミッシュ氏は、そうした問題点を取り上げているのだ。

国連システムの中に「超宗教議会」創設を

 フィリピンで下院議長を長く務め、現在はアジア政党国際会議常設委員会の共同議長を務めるなど、フィリピン政界の長老的存在であるホセ・デベネシア氏は、国連システムに「超宗教議会(Interreligious Council)」を創設することを十年近く訴えてきた。「ワールドサミット2014」で同氏は、年来の提案を実現しやすくする一案として、国連システムの中で事実上役目を終えた信託統治理事会を改組して、「超宗教議会」に転換してはどうかと訴えた 。*4
 ところでデベネシア氏は自らの提案が、2000年8月に米国・ニューヨークの国連本部で開かれた国際会議「アセンブリ2000」の場で、「ワールドサミット」の主催団体であるUPFの創設者・文鮮明師が発表した構想に基づくものであることを認めている。世界的な宗教者である文師の提案の趣旨は、国家の代表権から構成されている現在の国連は必然的に国益中心になり、世界全体の利益や人類全体の福祉という観点が等閑視されがちなので、宗教が持つ普遍性や平和の理想・英知を国際機関に反映させるべきだというものだ。
 そして具体的には、既存の国家代表からなる国連組織を「下院」と見なせば、宗教や精神的指導者から構成される議会を「上院」として、世界規模の問題に関する意見表明の場を与えようというのだ。こうしたプロセスを作ることで、宗教間の調和・協力を促し、宗教に帰依するすべての人々が平和や繁栄に貢献できると期待される。
 韓国の大統領外交安保首席秘書官を務めたこともある鄭泰翼・韓国外交協会会長も、「宗教の間に平和をもたらせなければ、平和はあり得ない」と指摘した。世界で発生している紛争の多くが宗教間の摩擦と関連しており、それは異なる宗教同士の問題だけではなく、同じ宗教の中の穏健派と過激派の葛藤としても現れていると分析し、超宗教議会に関するUPFの提案を国連が採択するべきだと述べた。

国連が推進する「文明の同盟」イニシアチブ

 実際、上述したような世界の変化に対応するように、最近の国連は国家機関以外の「ステークホルダー(責任主体)」または「パートナー」として、非政府組織や市民団体、企業などと提携する機会を増やし、宗教にも国連の場に関与できる機会を着実に増やしている。例えば、2010年の国連総会は毎年2月第1週を「諸宗教調和週間」と定め、加盟各国がそうした趣旨の行事や活動を行い、宗教間の調和・協力を促すことを求めている。
 もっと本格的な国連のイニシアチブに、「文明の同盟(UNAOC)」*5 プロジェクトがある。これは文明間の緊張や衝突のような現象が頻発することを懸念した数カ国の首脳によって2005年の国連総会で提案され、特にイスラム文明をめぐる誤解や偏見によって生じる葛藤を緩和するために推進されてきたものだ。国連事務総長の下に上級代表が任じられ、文明、つまりは宗教間の融和や協力を模索するプロジェクトが試みられてきた。ほぼ毎年開かれてきた「グローバル・フォーラム」には、政治家、宗教者、専門家、若者、NGO関係者などが集まり、これまでにスペイン、トルコ、ブラジル、カタール、オーストリアで開かれた。
 今年8月末には第6回目の「グローバル・フォーラム」が、インドネシアのバリ島を舞台にして、「多様性の中の統一性:共通かつ共有された諸価値のための多様性を称揚する」をテーマに、2000人規模の参加で行われた。潘基文・国連事務総長は「文明の同盟」の趣旨について、「戦争は人々の気持ちから始まるが、平和への道も人々の心によるものだ」として、「人々のアイデンティティや、何を信じるかによって、犯罪的な暴虐に脅かされるのを許すことはできない」と述べた。
 UNAOCの国連上級代表であるナーセル・アブドルアジーズ・アルナセル氏は、アイデンティティに根ざす緊張や摩擦で苦しんでいる例としてイラク、シリア、中央アフリカ、ナイジェリア、ミャンマー、スリランカなどを挙げ、「(文化・文明上の)アイデンティティが人々を分断するために利用されている」と指摘している。今年のフォーラムでは、そうした文化・文明の葛藤を緩和するための具体的な取り組みについて、教育、青年、移民、報道の四分野で討論が行われた。アルナセル氏は「ワールドサミット2014」にメッセージを送り、UPFの諸活動とUNAOCが目指すものには多くの共通点があると評価した。

宗教間の融和の試み-スリランカ

 ところで日本では歴史的にも、戦争と平和をめぐる事態に宗教が関わることは極めて少ないために、国の内外の平和をめぐる議論に宗教を取り上げること自体に違和感を持つ向きも少なくないだろう。しかし日本の外では事情はかなり違う。インド洋に浮かぶ島国スリランカも、宗教間の摩擦をひとつの背景に長期の内戦状態を経験している。住民はヒンズー教と仏教の断裂線で対立し、一応の平和が戻ったのは2009年のことだ。2010年に就任したD.M.ジャヤラトナ首相は自国の経験と教訓を伝えるべく、「ワールドサミット2014」の全日程に出席した。
 同首相はスリランカ国民が和解と復興に向けて尽力しており、国際通貨基金も経済復興を評価しているところだと胸を張った。そうした経済・社会の安定にも有益で、同首相が「長年の夢の実現」と報告したのが、自らの肝いりで実現した宗教調和の公園プロジェクトだ。現地語で「アンブルワワ」と呼ぶこのプロジェクトでは、ヒンズー教、仏教、イスラム、キリスト教などの礼拝施設が、同一の公園敷地内に並存され、その公園の出入り口は唯一で、異教徒も同じ門から入り、それぞれの施設で祈りや礼拝を捧げた後、また同じ門から出てくるしかない。これを日常的に行うことで、異なる信仰や文化への偏見をなくし、互いへの尊重の気持ちを培い、宗教の差異を超えた共存・協力を学んでいけるのだという。
 ジャヤラトナ首相は内戦の苦しい体験を踏まえて、平和な国づくりに必要な倫理的要素として、「過去の過ちを認めて許しを求め、正義を追求しながらも同朋意識を育て、平等の理念を尊重した社会システムを再構築しなければならない」と述べた。
 同じスリランカで仏教の権威の一人、コタピティエ・ラフラ教授も次のように述べた。「世界宗教の開祖たちは皆、平和と調和を説き、親睦と協調の世界を作ろうとした。すべての宗教は人類の善を促進するために存在するのだから、自分達の宗教を讃えるその口で、他の宗教を貶めるような愚を冒すべきではない」 。

宗教文化を回復させる闘い-コロンビア

 宗教的な伝統が左翼的な唯物思想、闘争の文化に侵されたことから、本来の国民精神を取り戻そうとしているのが南米のコロンビアだ。同国から「ワールドサミット2014」に、大統領の親書を携えて参加したのが、ユダヤ教の有力指導者ラビ・リカルド・ガンボア師だ。同師によれば、コロンビア国民の95%が「超越者」の実在を信じており、同国憲法には、平等で公正な政治には「神の加護を求めること」が不可欠であることが示唆されている。
 ところがコロンビアでは半世紀近く、過激な左翼ゲリラ「コロンビア革命軍(FARC)」の反政府活動に悩まされてきた。その間、「信仰を持てない過激な少数派勢力によって、宗教に根ざす国民の倫理・道徳意識が執拗に踏みにじられた過去」(ガンボア師)のトラウマが、国民の精神文化に暗い影を落としている。フアン・マヌエル・サントス大統領の親書によれば、数百万人の血が流され、国の開発・成長を阻害してきたゲリラとの闘いは、目下、ノルウェー、ベネズエラ、チリの仲立ちでFARCとの最終的和平交渉がキューバの首都ハバナで進行中だ。そして和平条件の5項目のうち3項目まで合意に達し、ゲリラ活動による被害者補償に関する項目について協議中だという。
 コロンビアの信仰の自由と、宗教間の融和を強力に擁護している「コロンビア宗教・霊性会議」の事務総長でもあるガンボア師によれば、信仰を擁護し、伝統的家庭モデルを保護し、普遍的な倫理・道徳の価値を社会に広めることを眼目として、昨年12月、主要な宗教団体が参加して「アブラハムの子供たちの総同盟」が設立された。「アブラハムの子供たち」という表現は、ユダヤ・アラブ両民族にとって血統上の父祖であるアブラハムが、同時に一神教の信仰を立てて祝福を得た信仰の祖先でもあることから、ユダヤ教、キリスト教、イスラムという一神教の伝統をひとくくりにする表現だ。
 ガンボア師は、「世界平和の望みは神の生命と愛に根ざしている。なぜなら神は宗教・宗派の如何を問わず、地球の至るところで信仰を立てる人々の祈りを聴かれる、人類すべての神だ」と述べ、コロンビアでの宗教和解と協力のモデルを世界各国で適用できるように、UPFなど宗教対話を進める団体・個人と協力したいと訴えた。

「宗教は大規模な善のソーシャルネットワークになりうる」

 宗教が有する建設的要素を社会に積極的に活かすべきだと訴えたのは、カナダで超教派運動を進めるアントニー・マンスール氏だ。同氏によれば、インターネット上でソーシャルメディアが爆発的に普及する今日でも、「宗教団体や信仰に基づく組織(教会、シナゴーグ、モスク、寺院など)は、世界最大のソーシャルネットワーク」であり、しかも基本的に「自分がして欲しいと望むことを他者にしてあげなさい」という黄金律に則って善を促すネットワークである。この基盤を社会の改善に活用すべきだと同氏は強調した。
 そして宗教のネットワークを活用する指針として、次の三点を挙げた。
 ①社会正義や福祉のための活動を単一の教団で実施するより、複数の教団が協力しながら、まず身近な課題を取り上げる。例えば、貧困、自然災害への対処、児童虐待、暴力、環境問題などは教団間の連携が相乗効果をもたらすテーマだ。
 ②宗教団体は若者が宗教間の対話や調和・協力を主体的に進められるよう工夫するべきだ。例えば、公園の清掃を異なる宗教を持つ人々と一緒に行うことで、心のつながりや対話が育まれる。
 ③宗教団体は自らの実践による善の実績を広く一般に広報すべきだ。ある宗教団体の善が世間で評価されれば、宗教界全般の評価が上がり、逆にある教団がマスコミから不当に叩かれれば、宗教界全般が叩かれることにつながると認識するべきだ。

「祈り」と「非暴力」の平和努力を

 前述したようにカトリック教会のフランシスコ教皇は、中東和平のための「祈りの集い」を持ったが、こうした教皇の霊的イニシアチブを高く評価しているのが、旧ユーゴスラビアから分離独立した主権国家ボスニア・ヘルツェゴビナの構成体のひとつ「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」のジブコ・ブドミル大統領だ。「ワールドサミット2014」で発言した同氏は、非暴力主義を貫いてインドを独立に導いたマハトマ・ガンジーの言葉、「祈りが私の人生を救ってくれた」を引用し、ボスニア・ヘルツェゴビナの血みどろの独立闘争と、その後の熾烈な政争を通じて、神に祈ることが大きな力になったと述懐した。そして「偽善に満ち、私欲を満たすことに狂奔する世界」の中で、真実に世界と人類について祈る「ローマ教皇の呼びかけに応え、祈りの輪を広げるべき時だ」と訴えた。
 同様の報告が、イスラエルから参加したユダヤ教のラビ、エドガー・アラン・ノフ師からもあった。それによれば、前述したようなパレスチナのハマスとイスラエルとの戦闘状態が激化する中で、イスラエルの各地で平和を求める祈りの集いが、様々な宗教・宗派の人々によって始められているという。その集いはまだ数百人規模だが、「こうした動きをUPFなどを媒介にして世界に広めれば、やがてイスラエル社会を変えるだけの力強い運動になるのではないか」と協力を求めた。そして、「戦争が起きている状況で平和のために祈ることは、相当の勇気と胆力を必要とする。私たちユダヤ教、キリスト教、イスラムそしてドゥルーズ教の指導者も信徒も、平和の闘いの最前線に立っている。私たちの武器は平和の祈りと賛美歌である」と語った。
 ちなみに非暴力運動の有効性について、最近、注目すべき論文が出された。デンバー大学のエリカ・チェノウェス准教授と米国平和研究所のマリア・ステファン女史の研究によれば、1900年から2006年までの間に発生した、独裁的政権に対する非暴力の抵抗運動は、暴力的なものに比べて成功率が2倍であった。抵抗勢力が暴力に訴えた場合は、国外からの支援を受けても成功率は30%に満たないという。そして非暴力の抵抗運動のほうが成功する理由は、参加者達が独裁者や秘密警察の心を溶かすからではなく、多数の大衆参加の結果、政権側に多大なコストを強いるためだと指摘している。
 「ワールドサミット2014」を総括する形で、UPFインターナショナルのトーマス・ウォルシュ会長は、ガザ、シリア、ウクライナ、東アジアなどの危機を打開しようとする目下の政治や外交努力には、何かが足りないとの認識が高まっており、紛争予防と平和構築に新しいパラダイムが必要だと多くの人々が考えるようになってきたと指摘した。そして「UPFとワールドサミットは、21世紀の平和実現にとって革新的で信頼できるアプローチを提供するイニシアチブとして認知されてきた」と述べた。

*1  Universal Peace Federation: http://www.upf.org/
*2  The Geneva Spiritual Appeal: http://www.aasg.ch/
*3  Open Letter: http://lettertobaghdadi.com/14/english-v14.pdf
*4 平和政策研究所も同趣旨の提言をしている。参照:https://ippjapan.org/archives/454
*5 United Nations Alliance of Civilizations: http://www.unaoc.org/

国際交流活動
「宗教と平和構築研究プロジェクト」チーム

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