改正法制定の経緯
昨年6月19日、児童虐待防止対策の強化を図るため、児童福祉法等の一部改正がなされた。
改正点は、一つは保護者や児童福祉施設での体罰禁止を盛り込んだ。また、児童相談所の機能強化のために担当を児童の一時保護と保護者支援に分け、医師と保健師を配置することとした。さらに、学校や教育委員会、児童福祉施設に守秘義務を求め、虐待した親への指導を各自治体や児相の努力義務と定めた。
体罰禁止等を盛り込んだ背景には、東京都目黒区の5歳女児、千葉県野田市の10歳女児をはじめ、「しつけのつもり」と称した虐待で命を落とす事件が続いたことがある。
虐待による死亡事例の分析でも、子供が1歳以上のケースでは「しつけのつもり」だった親が最も多かったという(奥山眞紀子・前国立成育医療研究センターこころの診療部統括部長『政策オピニオンNO.118』平和政策研究所)。
実際、明らかな虐待をしている親でも、厳しくしつけていると思い込んでいる場合がある。子供への深い愛情ではなく、自分の思い通りにならないことから来る怒りの感情が動機となっていることが多い。いわば親としては未熟なまま、親の教育権の方向だけに行き過ぎたことが背景にあると言えよう。
さらに、子供に苦痛を与えて物事を教え込もうとした場合、子供は従順に見えても罰を避けようとしているのであって、肝心の親が伝えたい内容は理解できていないと指摘する声もある。
また、国連児童の権利委員会(以下、権利委員会)は昨年2月、対日総括所見で家庭及び代替的監護環境における体罰禁止が法制化されていないと懸念を示している。法改正が急がれた背景には、権利委員会の要請も影響を与えた。
改正法は「親権者は、児童のしつけに際して体罰を加えてはならない。児童福祉施設の長等にも同様とする」と明記。付帯決議として、具体的な体罰事例を示したガイドライン等を作成し、体罰によらない子育てへの理解と啓発活動に努めることが定められた。それと共に、民法の懲戒権の見直し、子供の意見表明権を保障する仕組みを検討するとした。
体罰と躾の違いで議論
課題となっているのは、正当な躾まで問題とされる可能性があることだ。
改正を受けて、昨年12月、厚労省の「体罰等によらない子育ての推進に関する検討会」(座長:大日向雅美・恵泉女学園大学学長)は体罰に関する指針(「体罰等によらない子育てのために」)を取りまとめた。
この中では体罰と躾の違いについて、次のように説明している。「たとえしつけのためだと親が思っても、身体に、何らかの苦痛を引き起こし、又は不快感を意図的にもたらす行為(罰)である場合は、どんな軽いものであっても体罰に該当し、法律で禁止されます」。
検討会が示す定義は、国連児童の権利委員会の「どんな軽いものであっても、有形力が用いられ、かつ、何らかの苦痛または不快感を引き起こすことを意図した罰」という定義に倣っている。
この指針に対して、「体罰と躾の違い」「体罰の定義」が不明瞭で、虐待との関係もあいまいではないかといった指摘がある。
この定義に照らすと、指針が事例に挙げる「大切なものにいたずらをしたので、長時間正座をさせた」「他人のものを取ったので、お尻を叩いた」「宿題をしなかったので、夕ご飯を与えなかった」等もすべて体罰に該当する。
このため厚労省が募集したパブリックコメント63件の中には、「具体的事例は往々にして一般家庭で行われてきたもので、子どもの心身の発達等に影響を及ぼすとは思えない」「例示は家庭教育における混乱を助長する」等、厳しい意見が寄せられた。
児童の権利条約、児童福祉法、教育基本法は、「家庭教育における第一義的責任は保護者にある」と明記している。体罰の防止と親の家庭教育の責任をどう評価するかという点で、混乱を招く可能性がある。
「懲戒権」の見直し
また、体罰禁止の法規定に合わせて、法務省法制審議会では体罰を正当化する根拠となっている民法第822条「懲戒権」の規定について、見直し議論が始まった。
2月4日の民法親子法制部会(部会長:大村敦志・学習院大学大学院教授)では、「懲戒権」の規定を削除する案(甲案)、「懲戒」という文言を見直し、例えば「訓育(くんいく)」の語を用いる案(乙案)、許されない範囲を明確化し、「子の人格を尊重し、体罰を禁止する」旨の文言を入れる案(丙案)の三つが検討されている。議論では、「正当な躾が出来なくなるという懸念に対する配慮」「定義が不明確な『体罰』という文言を入れる場合、親権者の広範な裁量を認めた上で、子育てが窮屈なものにならないように、配慮が必要」といった点が論点に挙がった。
法の運用と課題
1979年に世界で最初に体罰禁止法を制定したスウェーデンは、法制化30年で体罰に肯定的な親及び体罰を使用する親の割合が激減した。厚労省は体罰を容認する保護者の意識が変わり、体罰によらない子育てが広がっていけば、法制化の意義は大きいとする。
それと共に、懲戒権が見直されることによって、虐待児童の適切かつ迅速な保護につながる可能性がある。「しつけ」と称して体罰、虐待する親に対して、それが法律違反であることを明示し、児童相談所等が介入する根拠を明確にすることができるわけである。
ただ、体罰禁止法制定国が必ずしも虐待や暴力を抑制できているわけではない。資生堂社会福祉事業財団が11年にスウェーデン、デンマークを視察した報告(『資生堂児童福祉海外研修報告書』)によると、「スウェーデンでは10%の子どもが家族あるいは家族以外の人物から身体的虐待を受けている。厳しい法律(体罰禁止法)があるのだが、暴力はなくなっていない」と記述。
また、お茶の水女子大学名誉教授の榊原洋一氏は、「体罰禁止法を制定しただけでは体罰や虐待の減少にすぐには繋がらない。隠れて体罰を行うようになってしまう危険性もある」(CHILD RESEARCH NET 2019年3月29日掲載)と述べ、法律の限界を指摘している。
東京通信大学教授の才村純氏は「人間関係や経済問題、疾病など大人が多くの困難な課題を抱える中で、弱い立場の子供を虐待することで辛うじてバランスを取ろうとしているのが虐待だと言える」とし、体罰禁止規定を設けても止めさせることは容易ではないと述べる。
体罰などの不適切な養育、虐待を引き起こす要因には、親の未熟さ、夫婦の不和、親子の関係性の弱さ(愛着の欠損)、貧困、子育ての孤立化など、複合的な要因がある。
それゆえ虐待の防止には、こうした要因に対応できる高い専門性を持った人材の養成、訪問支援などの家庭支援や保育所機能の強化、虐待した親に対する立ち直り支援、地域社会の連携など、様々な対策が必要である。また、児童福祉法に「家庭教育優先原則」が示されているように、子供たちが家庭で適切な養育を受けられるよう、家庭支援を厚くすることが最も重要である。
その意味でも、法の運用には家庭教育が成り立たなくなることがないよう慎重さが求められる。
もちろん、しつけには親が子どもに真摯に向き合い、思いやる姿勢が前提である。親が監護・教育の責任を果たせるよう、多面的に家庭を支える体制を整えていくことが肝要である。