ハンガリーの新家族政策と西側リベラリズムへの警戒

ハンガリーの新家族政策と西側リベラリズムへの警戒

2020年2月13日

移民拒否の理由

 2015年、シリアやイラクの紛争地域から約100万人の難民・移民が西ヨーロッパをめざして押し寄せてきた。西バルカンルートといわれるギリシャからマケドニア、セルビアを抜けてハンガリーに押し寄せた大量難民に対して、セルビア国境沿いにハンガリーは有刺フェンスを設置して、入国を拒否。そのため寛容さのない国と国際的非難を受けた。
 昨年6月には、難民申請を希望する移民を支援する弁護士や活動家に刑事罰を科す法案を可決し「不法移民を手助け」した場合、最長1年の禁錮刑が科されることになった。ビクトル・オルバン首相率いるハンガリー政府は、新法案を「ソロス阻止法」と呼んだ。ハンガリー出身の著名投資家ソロス氏がイスラム教徒の移民支援を行っているからだ。
 欧州連合(EU)は移民対策を話し合う緊急会合を開催し、人権問題を扱う欧州評議会も法案可決延期を訴えた。ただ、EUの事情は複雑だ。ドイツなどが100万人の難民を受け入れた結果、この4年間で移民排斥のポピュリズム政党がEU加盟国で支持を伸ばしたからだ。
 オルバン氏は、東西冷戦終結後の1998年の総選挙で35歳の若さで首相になった。2002年の選挙で敗れ下野したが、14年に首相に再選され、18年の総選挙で3選を果たした筋金入りの右派政治家だ。
 一時は広大な領土を誇ったオーストリア・ハンガリー帝国は多民族、多宗教帝国だったことで、幾度も対立や混乱を経験した。社会主義体制を脱した今のハンガリーは、宗教的にはカトリックが約39%、カルヴァン派が約12%で、キリスト教徒が国家の中心的存在だ。
 逆に過去の帝国時代からイスラム教徒への警戒感は強く、難民としてなだれ込んだ彼らがハンガリーの宗教地図を塗り替えてしまうことへの警戒感は非常に強い。そのため右派のオルバン政権は強烈な反イスラム路線である一方、経済的には中国に接近している。
 一見、不寛容で弱者の難民に救いの手を差し伸べようとしないハンガリーだが、彼らは40年間のソ連帝国による社会主義圧政時代は信教・思想の自由はなく、キリスト教徒は地下信仰を強いられ、排他的、独善的な共産主義体制の閉鎖空間に置かれた。
 そのため、ハンガリーに限らず、旧中・東欧諸国は20世紀の近代化に置き去りにされた。一方、キリスト教信仰は純粋な形で残され、西側のような世俗化による宗教的価値観の崩壊は起きておらず、家族を大切にする家父長制度のカトリックの伝統も残されている。
 EU加盟後、移行期間を経て、ハンガリー人は今ではフランスや英国、ドイツなど西側先進国でも自由に働けるようになったことでハンガリーの人口流出が止まらない。同国中央統計局によると、2017年に国外移住したハンガリー人の数は2万6057人で、2010年比で約4倍に達し、毎年2万人から3万人が国外に移住している。

家族支援策と宗教的価値観

 特に18歳から29歳の若者層の50%近くが国外での就労を希望している最近の調査もある。本来、自国に住むことを好むといわれたハンガリーで、若者層の人口流出は深刻な問題だ。特に海外志向の最上位だった低賃金問題より2018年以降は、移民・難民増加による政治への不満が賃金不満を上回っている。
 オルバン政権は、国民が将来に渡って不安なく同国に住める政策の一つとして、家族支援強化の新家族政策を打ち出した。子供を産む家族への手厚い支援で、人口流出を防ごうとしている。
 新家族政策では18歳から40歳の既婚女性に対して1000万フォリント(約360万円)を20年ローン、無利子で政府は融資し、子供を産む度に返済が猶予され元金も減らされ、3人産めばローン残高は返済免除となる。
 無論、最低3年間の正規就労、5人以内の出産が義務づけられているが、ハンガリーの年収の約2倍の金額が3人子供を産めばもらえることになる。
 さらに住宅購入支援プログラム(CSOK)では、第2子出産で1000万フォリント、第3子出産で1500万フォリントを低利融資で受けられるようになった。購入住宅の上限価格も撤廃され、中古住宅でも借り入れ可能だ。
 また、子供の数に応じて住宅ローン残高の一部を国が肩代わりし、返済額は減らされる。その他、4人産めば一生個人所得税免除、7人乗り乗用車購入で250万フォリント(約90万円)の補助金が出る。

西側の世俗化したリベラリズムを警戒

 カトリックの伝統には産児制限せず、子供は多いほど神から祝福を受けているという考えがある。オルバン首相も家族主義を強調し、オルバン支持層は「われわれが最も警戒するのはイスラム教と西側の世俗化したリベラリズム」と言いきる。
 つまり、冷戦でハンガリーは近代化に遅れをとった一方、本来、ヨーロッパに定着していたキリスト教の価値観に裏付けられた家族主義を温存し、それを前面に打ち出しているともいえる。特に同性愛や結婚形態の多様化を容認する世俗化したリベラリズムへの警戒感は、西側先進国に対して重要な問題提起をしている。

政策コラム
難民・移民の受け入れを拒否し、国際的非難を受けるハンガリー。背景には、複雑な歴史的経緯がある。一方ではキリスト教の家族主義を温存し、世俗化した西側先進国のリベラリズムに対して問題を提起している。 フランス在住ジャーナリスト 辰本雅哉

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