いじめによる持続的ハンディキャップと社会的影響

いじめによる持続的ハンディキャップと社会的影響

2020年2月13日

影響は長期的

 日本ではいじめ防止への関心が高まる反面、被害者や社会にどの程度の影響があるのかは意外と知られていない。イギリスではいじめが被害者の健康と生活、そして社会に与える影響に関する緻密な研究が行われている。
 ロンドン大学キングス・カレッジにある精神医学・心理学・神経科学研究所の研究チームは、いじめの影響がいつまで残るかを調査した。チームはイギリスにおける1958年生まれのコーホート(同時期に生まれた集団)を追跡調査した全国子供発達調査(the National Child Development Study: NCDS)を用いて統計的に実証した。
 研究チームに所属する滝沢龍氏(東京大学准教授)らによれば、子供期のいじめ被害による影響は50歳になっても残る。子供期の「いじめは23歳時点、及び被害から40年ほどたった50歳時点でも高レベルの精神的ストレスと関係があった」という。また、子供期に「頻繁にいじめられることは45歳時点で抑うつと不安障害を患うリスクを増すことにも関連があり、自殺傾向(suicidality)も増加させた」という。そして、「子供期のIQ、親の社会経済的地位や子供との関わりの少なさ、子供の内在化問題・外在化問題など、交絡因子(他のありうる原因)を一律にして比較しても、大人になってからの健康状態に影響があった」と述べた。

身体的健康への悪影響

 いじめによる健康への悪影響はメンタル面のみに止まらない。滝沢氏らは継続した研究により、いじめを受けることが中年期における循環器系の疾患や癌など、年齢と関係する(age-related)病気のリスクを高めることを明らかにした。具体的には体内で炎症反応や組織の破壊が起きているときに増加するC反応性蛋白(CRP)とフィブリノーゲンの血中濃度を調べた。滝沢氏らによると、「子供期に頻繁にいじめられた人は、そうでない人よりも中年期においてより高いレベルの炎症反応(inflammation)を示した。臨床における計測と継続的計測の両方において有意にCRPの血中濃度に違いが見られた。」また、「頻繁にいじめられた人はフィブリノーゲンの濃度が上昇していた。」
 CRPは血液1dl中に含まれる量が0.3mg以内である状態が正常とされる。滝沢氏らによれば、いじめを受けた人のCRP値が0.3mg/dlを超える場合のオッズ比(注1)は、時々いじめを受けた人で1.17、頻繁にいじめを受けた人で1.35となり、異常値をとる確率の方が高かった。また、子供期の身体状況(出生体重・7歳時のBMI)や認知・振る舞い(IQ、内在化・外在化問題)及び養育環境(家庭の社会階層、逆境体験)、大人期の健康に関係した行動(喫煙、運動)など、交絡因子を一律にしてもオッズ比に大きな変動は見られなかった。

経済的不利の存在

 いじめによる健康被害は経済的にも大きな負担を生じさせる。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのニコラ・ブリンブルクーム(Nicola Brimblecombe)氏らは同じくNCDSのデータを分析し、いじめを受けた人はそうでない人よりも50歳時点の経済状況において不利であることを示した。
 ブリンブルクーム氏らによると「いじめを受けていた女性は、失業したり経済的に不活発になったりするオッズ比がそれぞれ1.34と1.39で、いじめられていない女性よりもやや高かった。」また、「一週間の収入は低く(2008年価値で平均22.74ポンド低い)、50歳時点で資産(家や貯蓄)を持っている割合も低かった(オッズ比は0.76)。」加えて、中年期までの貯蓄が「『ゼロから低層』(相対危険度〈注2〉は1・68)あるいは『低層から中層』(相対危険度は1.80)である確率が高かった。」
 同様のことは男性にも当てはまる。いじめられていた男性が失業ないしは経済的に不活発であるオッズ比は1.49と高く、50歳時点に資産があるオッズ比は0.74と低かった。また「貯蓄が『ゼロから低層』である可能性もわずかに高かった(相対危険度は1.31)。」

社会的負担の増加

 個人がいじめによって健康を害することによる社会的負担もある。ブリンブルクーム氏らは、いじめ被害者がメンタルヘルスサービスを利用する費用、雇用関係の対策費用などを推計した。
 いじめを受けてない人と比べると、女性の場合は「メンタルヘルスサービスにかかる費用が8年間で717ポンド高」く、「人口で総計すると毎年450万ポンド高いと推計された。」男性の場合は雇用対策の費用がかさみ、「年間271ポンドの費用が社会にかかって」いる。これを「2008年の人口に適用すると、総計で年間1790万ポンドの社会的費用が」掛かっていると推計された。(注3)。

 以上のように、イギリスの研究からは子供期にいじめ被害にあうことは被害者の心身の健康に長期にわたる悪影響を与えることがわかる。被害者当人がその影響に苦しむことはもちろん、その人が健康に活躍することで社会に還元されるはずだった便益も失われる。いじめは被害者本人と社会にとって想像以上に深刻な問題なのである。

 

(注)オッズ比:ある事象が起こる確率をPとした場合、P/(1-P)で表される。オッズ比が1より大きい時は当該事象が起こらない確率より、起こる確率が大きくなることを表す。

(注2)相対危険度:あるリスクにさらされた集団とさらされていない集団の間で疾病が発生する頻度を比で表した尺度。
(注3)2008年末時点で1ポンド≒130円(出典:Yahooファイナンス https://finance.yahoo.co.jp/)

 

参考文献

Brimblecombe, N., Evans-Lacko, S., Knapp, M., King, D., Takizawa, R., Maughan, B. and Arseneault, L. (2018) Long term economic impact associated with childhood bullying victimization. Social Science and Medicine, vol.208, pp.134-141.

Takizawa, R., Danese, A., Maughan, B. and Arseneault. L. (2015) Bullying victimization in childhood predicts inflammation and obesity at mid-life: a five-decade birth cohort study. Psychological medicine, vol.45, pp.2705-2715.

Takizawa, R., Maughan, B. and Arseneault, L. (2014) Adult health outcomes of childhood bullying victimization: Evidence from a five-decade longitudinal British cohort. American journal of psychiatry, vo.171, pp.777-784.

政策コラム
日本では、いじめが被害者や社会に与える影響の深刻さは意外と知られていない。イギリスでは、いじめの長期的影響に関する緻密な研究が行われている。 編集部

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