東アジアにおける有事対応と日米同盟防衛協力の課題

東アジアにおける有事対応と日米同盟防衛協力の課題

1.台湾有事の緊張度

 日本ではこれまで「台湾有事があるか? ないか?」といった議論がさまざまなレベルで何度も繰り返されてきた。しかし、私は「あるか? ないか?」という議論はすでに「卒業」していると考えている。つまり、「あるか? ないか?」ではなく、「いつあるか(起こるか)」という議論に進んでいるということである。
 一般に「有事がある」と考えるグループは、客観的な事実に基づいて議論している。一方、「有事はない」と考えるグループは、意見や願望に基づいて議論しているように思う。例えば、中国は平和的国家であり、経済発展を目指して大きくなっているだけだから、台湾有事はあり得ないと考える。一方、前者の人々は逆に、中国の軍事力は(精度が低く)まだまだで米国などとは太刀打ちできないと、中国を過小評価する傾向もみられる。
 特に保守系の人々は、例えば、北朝鮮の将来についても30年前からいつ崩壊してもおかしくない状況だと主張してきたが、むしろ北朝鮮は現在では(軍事力を強化して)大きな脅威となっている。私自身は、両方の考え方とも不十分な誤った考えだと思う。
 最近では、仮に中国が(台湾を併合する)欲望・強い意志があったとしても、内政をみると経済状況も悪く、社会も非常に不安定だから、台湾攻撃に出る余裕はないはずだと主張する人もいる。しかし、専制主義の国は、国内に内乱など不安定な状況があるときこそ、外に向かって打って出ることも歴史的に見られるので油断できない。

2.台湾有事はいつ起こるのか?

 それでは、有事は「いつ」起こるのか? それに関しては、大きく、短期的、中期的、長期的の三つに分けて考えるのがよいと思う。私の見方では、中国にとって、短期的ないしは長期的時期が有利だと考えている。
 短期的時期の諸条件について考えてみる。米国のバイデン大統領をはじめ、息子、ブリンケン、キャンベルなどみな中国マネーに毒されているために、口では対中強硬策を主張するも、本腰が入っていない。
 確かに、バイデン政権も中国に対しては厳しい姿勢で臨んでいるが、よく考えてみると、トランプ政権が対中関係を再定義し直して強い姿勢で臨んだのを、そのまま引き継いでいるにすぎない。もしトランプ政権がそうした対中政策に転換していなかったならば、バイデン政権は現在のような対中路線を採ることができたとは到底考えられない。
 現在、ウクライナ戦争が継続し、ガザ紛争など中東情勢が不安定化する中で、米国の軍事力が大きく割かれている。かつての米国であれば、二正面作戦が出来る能力(国力・軍事力)をもっていたが、現在は、それができない。すでにオバマ大統領は、「米国は世界の警察をやめる」と言明した(2015年8月)。
 また米国の武器輸出にしても、ウクライナなどに輸出して在庫がないような状況にある。装備品を充填するのに、数年かかるだろうと言われている。
 (ロシアによるウクライナ侵攻の直前の)2022年2月4日、プーチン大統領は中国を訪問し、習近平と首脳会議を行い、9ページにわたる共同声明を発表した。その声明には、ロシアが中国の台湾政策を支持するとの表現があった(「主権と領土保全を守るのを相互にゆるぎなく支持」)。これまで台湾有事というと、「台湾海峡の問題」と(地理的に)限定して理解されていたが、この共同声明をきっかけに、台湾問題にロシアもかかわることとなったのである。
 ロシアは、北海道を奪取(占領)するとは言っていないが、なにか混乱に乗じて「いたずら」を起こす可能性が高い。現在、もし北海道がそのような危機に陥った場合、限られた戦力を割いて対応しなければならなくなる。さらに、(中露が支持する)北朝鮮が日本海で何か事件を起こせば、自衛隊の戦力をそちらにも振り向ける必要が出て来る。つまり、南西諸島に集中できなくなる。
 米軍にしても、ヨーロッパや中東に対応する中で、東アジアに振り向ける戦力は非常に限られてしまう。
 一方、中国の軍事力の増強が極めて急速に進んでいる。米中の軍事力を比較すると、中国海軍の方が圧倒的に大きく、しかも、中国軍は東アジアだけに集中することができ有利な立場だ。しかし米国は世界に展開している。このように東アジア地域では、軍事バランスが大きく崩れている。
 現在、太平洋地域には(空母の点検・整備などのために)米空母が配置されていない。これは戦後初めてといってもいいほどのできことだ。
 米国の造船業界が厳しい環境に置かれている上、軍事産業も(エンジニアなどの)人材確保が厳しい状況にあるために、軍装備品の生産が追い付いていない。
 2021年3月にインド太平洋軍のフィリップ・デーヴィッドソン司令官(当時)が、「今後6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性がある。その脅威は向こう10年、実際には今後6年で明らかになると思う」と証言した。10年という数字は想定内だったが、6年以内という数字は突然の発言だった。私の意見も6年以内だ。
 中国は、2007年から人工衛星を攻撃する能力をもつ兵器の開発を始めたが、米軍はそれを防衛するシステムを2027年に配備する予定だった。ところが、2020年からのコロナ禍によって開発のための部品の調達がままならない状況になり、防衛システムの開発・生産が当初の計画通りに進んでいない。それでデーヴィッドソン司令官は、それを勘案して上述のような発言をしたのだろうと思う。
 人工衛星が攻撃されてしまうと、GPSをはじめ情報通信機能が麻痺してしまう。それらは近代戦争にとって絶対必要品だから、それが使えないとなると、「見えない、聞こえない、動けない」軍隊になってしまう。つまり開戦前に、「戦争が終わってしまう」ことになりかねない。
 まだまだたくさんの問題があるが、以上のようなさまざまな諸条件を考慮すると、中国にとっては、できるだけ早い時期に台湾侵攻をすることが有利だと考えられるのである。

3.日本の対応と体制整備の必要性

 次に、台湾有事の際に日本はどのような影響を受けるか考えてみよう。
 日本は、法律がないと何もできないという仕組みだ。一方、米国はそれとは逆の発想で、法律で禁止された事項以外は何をやっても良いという仕組みだ。それゆえ台湾有事を考えたときに日本は、一刻も早く「台湾関係法」のような法律を作っておく必要があるのに、何も準備していない。台湾有事関連の法律がない状況で、中国が台湾侵攻をした場合、日本はどう対処しようとしているのだろうか。
 さらに、台湾防衛に関連した国際連携も全然できていない。最近外交分野では、さまざまな枠組み(QUAD、AUKUSなど)を積極的に拡大整備している点は評価するが、その枠組みに台湾が入っていない点が問題だ。関係各国は、台湾の将来について心配し、気にはしているものの、軍事作戦を展開するには、計画を立て、訓練しないと実効性がない。どうやって台湾を守るのか。その(具体的な)準備が全くできていない。
 2024米大統領選挙で、仮にトランプ政権ができるとなると、第二期トランプ政権が成立する前に、中国としては台湾問題を片づけたいと考えるかもしれない。台湾侵攻がなければ幸いだが、もし実行された場合、どう責任を取るのか。そのために準備しないといけない。準備こそが抑止力になる。
 日米同盟だけでは台湾は防衛できないと私は考えている。そこでまずできることとして、台湾の国際承認を進めることだ(詳しくは後述)。
 台湾では、外国の援助なしには中国と戦えないと考えている国民が過半数を占める。それでは台湾の人々はどこの国に頼ろうとしているのか。調査によると、米国に援助を期待する人が35%だが、日本に援助を期待する人は43%だ。この背景には、歴史的に米国に裏切られたことがあるだろう。ただ、日本が頼られるのはありがたいことだが、それに対して日本は何も準備ができていない現実がある。
 また台湾軍にもさまざまな問題がある。
 台湾軍のリーダー層には外省人が多く、彼らが退役したあと、大陸を訪問したりすることがある。そうだとすれば、外省人の軍リーダーが、対中戦争にどれだけ本気度があるのか疑問が生ずる。また民進党政権に対する軍の忠誠心がどれほどなのかとの疑問もある。
 台湾の軍事予算は増えているものの、軍装備品として外国から購入しているものの多くが派手なもので、近代戦争に役立つようなものが少ないと指摘されている。
 台湾には徴兵制度があるが、今年(2024年)4月に改正され、徴兵期間が4カ月から1年に延長された。ただし、試験的に実施されているために、完全実施までには数年を要するとされる。
 インド太平洋軍と中国軍を比較すると、インド太平洋軍に日本の自衛隊を加えても、中国軍の方が大きく上回っている。30年前に中国が本格的な軍拡を始めたころ、中国のGDPは世界経済の1.9%しか占めていなかったが、現在では19%となった。
 また防衛予算を比較すると、米国が742.2億ドルドルに対して中国は710.6億ドルだ。米国の場合、米国対外負債の利子に相当する金額になるなどの問題をはらんでいる。一方、中国の場合は、外国の軍事機密や先端技術を盗んでそれを応用しているために、開発経費を節約することができそれを兵器生産に回すなどの利を得ている。

4.国家意思と能力

 台湾や日本では近年、「米国は本当に守ってくれるのか?」という議論がよくなされている。現実的観点から言うと、国家意思を考えてもあまり意味がないと思う。問題は、能力があるかどうかだ。
 米国は、かつては能力があったが、現在ではそれが相対的に低減している。とくに米軍においては、人材、判断能力、正義感などが、ここ10年余りの間に非常に弱体化したと感じる。自分で考え判断し行動できる軍の優秀な人材が、この間に抜けていき、「事なかれ主義者」が残っている状態だ。


 中国は、1975年ごろから台湾統一を主張してきたが、当時はその能力がなかった。少なくとも2015年以降、中国は台湾を奪取する能力を備え、それ以後はさらに能力の精度を高めている。このように中国は、台湾侵攻の意思と能力を兼ね備えている。
 米国には(台湾防衛の)意思がないという見方があるが(私もその考え方だ)、現実問題としては、能力があるかどうかだ。台湾は、防衛意思はあるが能力がなく、日本は、意思も能力もない。
 以上、全体を総合すると、中国が圧倒的に有利ということになる。
 米国の二正面作戦の問題だが、東アジア地域に限定しても、対北朝鮮、対ロシア、対台湾などの戦局が想定される。
 また中国では、国防動員法(2010年)が制定され、海外の中国人(18-60歳)は政府の指示に協力することが義務付けられた。そのため(全員とはいえないが)相当数が工作員として活動する可能性がある。日本には100万人あまりの在留中国人がおり、それは自衛隊の4〜5倍規模、警察力の30倍以上に達する。米国西海岸、ハワイ、フィリピン、韓国、グアム、シンガポール、ベトナムなどにも多くの中国人がいるので、かれらが内乱を起こすことも考えられる。戦争においては、最悪の中の最悪の事態を想定しておかないと、準備万端とは言えない。しかもさまざまな形でそれが展開することを想定しておく必要がある。
 こう考えると、既に戦争は始まっていると見ることもできよう。中国のいう「三戦」、つまり輿論戦、法律戦、心理戦を中心として、政治戦、経済戦、法律戦がすでに始まっているのである。それを意識して取り組まないといけない。
 具体的にどのような形が想定されるかというと、ウクライナ戦争が勃発したような形である。ロシアはウクライナ国境付近で軍事演習を行い、その延長線上にウクライナに侵攻した。それと同様に、台湾周辺で軍事演習を行いながら、その延長線上に台湾に侵攻するというシナリオだ。
 2024年4月、台湾の東海岸の花蓮で地震があった。同日、私は高知龍馬空港のある南国市で防災関連の講演をする予定だった。龍馬空港は、仙台空港と同じ地理的条件にある空港(津波が襲うと不能となる)であったので、私は地元自治体、消防、警察、空港関係者に防災の観点から講演した。将来日本で南海トラフ地震、東海・東南海・南海地震、東京直下型地震などの大規模地震が発生したとき、中国はもしかするとこの機会を利用して攻撃しはしないだろうかと考えた。最悪の中の最悪、その最悪の中の更に最悪の事態をも想定して準備した方がいいのではないかと思う。

5.台湾の国際承認

 安倍総理は、暗殺される3カ月前の2022年4月12日、NPO「Project Syndicate」の会合において米国に向けて「戦略的曖昧さを止めるべきだ」という論文を発表した。同論文で安倍総理は、「台湾は現在の国際法の解釈上、中国の国内問題となっているために国際社会は台湾を応援することができない」と主張した。安倍総理は「ゆえに台湾の国家承認をすべきだ」と言いたかったに違いないと私は解釈している。台湾の国家承認をした場合、中国による台湾侵攻への引き金になるのではないかとの見方もある。
 今年現在、台湾を国家承認しているのは12カ国に過ぎない。しかも、それらはみな弱小国ばかりだ。国際法的に言うと、台湾は孤立している状態だ。中国は、台湾が国際的に動けるスペースをどんどん狭めようとしている。
 台湾を国家承認するのであれば、現在の10倍、つまり120カ国くらいが必要で、そうなれば中国に対して大きな抑止力になると思う。中国は台湾を支持する120カ国の世界を敵に回すことになるからだ。
 ウクライナ戦争と台湾侵攻を比較した場合、そこには大きな違いがある。一つは、国際法上の問題、つまりウクライナは世界から承認された独立国だが、台湾はそうではない。二つ目に、地理的観点から、ウクライナは陸続きで周辺国に囲まれているが、台湾は島国だ。そのために避難民が逃げる場合、島国の場合は陸路と違って困難を極める。そして救援も同様に難しい。
 中国が考えているシナリオの一つに台湾の海上封鎖がある。独立国に対してそうすれば明確な国際法違反となるが、台湾の場合、(中国の一部と考えられるので)海上封鎖が国際法違反とは一概に言いにくい。
 先述した安倍総理の論文が出された1カ月ほど後の22年5月23日、バイデン大統領が訪日し日米首脳会談後の共同記者会見に臨んだ際、「台湾を守るため軍事的に関与する意思があるか?」と記者から問われ、バイデン大統領は、「イエス、それが我々の責任だ」と答えた。ところがその直後、ホワイトハウス当局者が、「我々の政策に変更はない。大統領は、台湾海峡の平和と安定に関する我々の責任を強調した」と説明したが、バイデンは彼らに対して叱責したという。
 バイデンがそう答えたのには、二つの理由があったと思う。一つは、台湾関係法制定当時、それが米上院外交委員会で議論されたとき、バイデンはその委員であったので、台湾関係法の意味についてよく理解していたからだと考えられる。
 もう一つは、おそらく安倍総理の論文に対する答えではないかと、私は考えている。
 中国にとって台湾を奪取することは、それ自体が目的ではなく、あくまでも(より上位の目的実現のための)手段だ。もし中国が台湾を統合したならば、中国軍は第一列島線を突破することができ、それによって西太平洋を中国の海にすることも可能だ。
 その結果、日本の貿易ルートが遮断されるので、日本は孤立化させられる。そして米国を東アジアから追い出す。結局、米国は台湾を守り切れなかったということになり、米国が張子の虎(paper tiger)であることが証明されてしまう。
 その後日本は、中国と新たな関係構築をすることになるが、中国の言いなりになるような関係にならざるを得ないだろう。さらにフィリピンをはじめ、ベトナム、シンガポールなど、アセアン諸国も中国への従属化がさらに進むことになる。
 このように中国は、台湾を奪取することで、一石二鳥、いや一石五鳥の利を得ることができる。もし日台関係が運命共同体であり、危機に備えようとすれば、それなりの準備態勢を整えておく必要がある。

(2024年9月13日、IPP政策研究会における発題内容を整理して掲載)

政策オピニオン
R.D.エルドリッヂ エルドリッヂ研究所代表
著者プロフィール
米ニュージャージー州生まれ。パリ留学後、米リンチバーグ大学卒、神戸大学大学院法学博士後期課程修了。博士(政治学)。専門は日米政治外交史、安全保障、災害政策。大阪大学大学院准教授、米海兵隊太平洋軍司令部(客員研究員・政治顧問)、米海兵隊太平洋基地政務外交部次長などを経て、現在、エルドリッヂ研究所代表、Diplomatic Support Services(共同代表)、Global Risk Mitigation財団(理事)、日本戦略研究フォーラム(上席研究員)、沖縄国際大学法政研究所(特別研究員),台湾・淡江大学(客員研究員)などを務める。主な和文著書に、『沖縄問題の起源』『トモダチ作戦』『だれが沖縄を殺すのか』『オキナワ論』『尖閣問題の起源』『人口減少と自衛隊』『教育不況からの脱出』、共著に『米軍再編と日米安保協力』『日米関係史』『中国の脅威に向けて新日米同盟』『18歳から脱奴隷論』など多数。
台湾有事の問題は、今やいつ起こるかを議論する段階に入っている。米中の現状を分析すると短期的(2027年ごろまで)に行われる可能性があり、それに備えた日本の防衛態勢整備は急務である。

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