「こども家庭庁」の課題と「家族政策」の可能性 ―家族を一体的に支援する政策が求められる―

「こども家庭庁」の課題と「家族政策」の可能性 ―家族を一体的に支援する政策が求められる―

2022年7月5日
「家族政策」の観点が必要

 現在、国会において、こども家庭庁を創設する法案について審議が進んでいる。こども家庭庁は、厚生労働省のこども家庭局と内閣府の子ども・子育て本部の二つの組織が母体となり、内閣府の外局として、2023年4月の設置が予定されている。
 私は、せっかくこども家庭庁という新たな行政機関を創設するのだから、母体となる部局が所管する従来[増田1]の政策にとどまらず、より広い分野である家族政策に目を向け、それに積極的に取り組んでいくことが最も重要だと考えている。子供を産み育てやすい環境をつくるばかりでなく、子供が成長する中で、家族を一体的に支援するという観点から、家族機能の強化、家庭基盤の強化につながるような政策を期待したい。
 私は、かねてより「少子化対策」よりも「家族政策」の観点が必要であると述べてきた。
 その理由の一つは、従来の少子化対策の問題である。1989年の「1・57ショック」以降現在に至るまで、合計特殊出生率(1人の女性が一生の間に産む子供の見込数)は、ほぼ右肩下がりである。2000年代前半に上昇に転じたこともあったが、ここ数年は横ばいか低下傾向にある。いまだに少子化対策の起点となった「1・57」を上回ることはない。結局、1990年代から30年間にわたって講じられてきた少子化対策の成果が現れなかったと言わざるを得ない。
 その原因はどこにあるのか。最近でこそ少子化対策が国家的な課題としてあげられるが、最も重視すべきであった第2次ベビーブーム世代に対する支援策が不十分だったことがあげられる。1990年代後半から2010年頃までが、第2次ベビーブーム世代が次の世代をつくる時期であったが、この間、国をあげて少子化対策に取り組むという姿勢が弱かった。
 「少子化対策」という呼び方自体が、女性や若者の問題と見なされ、国全体の重点課題に取り上げられなかった。さらに、少子化対策の約8割は厚労省関連の政策であったが、当時の厚労省は、年金、医療、介護、社会福祉といった重要課題を抱えており、少子化対策は省内の重要課題の順番としては5番手程度であった。厚労省全体の予算増加に強い抑制がかかる中で、少子化対策関連予算の大幅拡充といった政策は難しかった。
 その意味では、こども家庭庁が設置され、厚労省から担当部局が移管されることになれば、少なくとも上記のような厚労行政の他の重要課題に埋もれることがなくなるというメリットはある。

子供の問題の背景には家族の問題がある

 従来の少子化対策と呼ばれている政策は、欧米では大半が「家族政策(ファミリー・ポリシー)」と呼ばれるものである。少子化対策が成果をあげてこなかったのは、「出生数」に目が向けられ、結婚、出産、子育てに関連する施策が中心となり、子供が育つ「家庭」や「家族」への視点が欠けていた。効果的な施策を講ずるためには、家族全体を一体的に支援する「家族政策」への転換が必要である。その視点から捉え直すことで、国民のニーズへの対応、政策の範囲と実施体制の問題など新たな課題が見えてくる。
 実際、子供をめぐる問題の背景には、家族の問題がある。
 例えば、日本は子供の貧困率が先進7カ国の中で最も高い水準にあると言われている。2018年の調査では13・5%、子供の7人に1人が貧困状態にある。ただ、子供の貧困率は、実際には子供がいる家庭の親の所得格差を反映している。特に母子家庭の家計が厳しい。つまり、親の所得格差問題を改善しない限り、子供の貧困は改善しない。子供に焦点を当てることはもちろん必要だが、子供が育つ基盤である家族、家庭に視点を向けた取り組みが不十分なのではないかと私は考えている。
 もう一つは児童虐待の問題である。児童相談所の虐待対応件数は年々増加しているが、虐待の多くが家庭、家族関係の中で起きている。そうした意味でも、児童虐待への対応は、家族関係あるいは家庭基盤に目を向けるべきであると考える。
 こうしたことから、「少子化対策」の延長ではなく、「家族政策」という幅広い視点で政策を見直して、具体的な施策を実施すべきだと考える。

基本法に抜け落ちた「家庭」の視点

 今の国会では与党が「こども基本法」、立憲民主党が「子ども総合基本法」、日本維新の会が「子ども育成基本法」の各々法案を提出している。ただ、私が不十分だと思うのは、いずれの法案にも「家庭」が抜け落ちてしまっている点である。昨年来、「こどもまんなか」が言われてきたが、自立していない子供を保護育成し自立させていくのが親であり家庭であるはずだ。
 「こども家庭庁」においても、「家庭」を入れるかどうかの議論があった。家庭に対してマイナスのイメージを持つ人がいる。親に虐待のような扱いを受けた人たちは家庭や家族という言葉を入れると傷つくという意見があった。また、戦前の「家制度」の記憶から「家庭」や「家族」という言葉に反発があるという。
 確かに、問題を抱えた家庭もある。虐待のような扱いを受けた子供たちをケアすることは重要だ。同時に虐待行為を行った親への適切な対応が重要だ。また、大多数の親は、子供をしっかり育てるために努力している。だからこそ家庭を支援するという方向は必要だと考える。
 もちろん二親がいる家庭ばかりではない。単親家庭もある。そうした様々な家庭があって、どの家庭でも子育てがうまくできるような環境を整え、一体的に支援していくことが重要である。

「家族政策」の定義と範囲

 では、家族政策について詳しく述べてみたい。家族政策は次のように定義できるであろう。
 「家族機能を維持していくために、家庭や家庭内の問題を未然に防いだり、あるいは解決したりすることを目的として、家計や生活面に対して、社会的に家族を支援する政策」である。家族機能とは、「家族により構成される世帯の生活維持や、家庭内における育児、教育、介護等に関する機能」である。
 家族政策の範囲は、①家族ケアを支援する分野(出産、子育て支援、家庭療養、介護支援など)、②家計の経済的支援に関する分野(児童手当、児童扶養手当、家族税制など)、③家庭と仕事の両立支援に関する分野(家庭保育、保育所、育児休業など)、④家族構成・構造や意識改革・啓発等に関する分野(結婚支援、家族法制、啓発活動など)に分けることができるだろう。
 家族政策を展開することにより、わが国の家庭基盤の強化を図ることで、少子化対策だけでなく、家族が抱える様々な問題の解決、地域社会の安定と発展につながると考える。
 このうち、②の家族税制に関して言えば、従来の少子化対策では欠けていた分野である。税制は財務省の所管であるから、厚生労働省は政策として打ち出すことができなかった。かつては年少扶養親族(16歳未満)に係る扶養控除(33万円)があったが、子ども手当の創設に伴い2012年度に廃止された。子ども手当はその後、児童手当になったが、年少扶養控除は復活することはなかった。児童手当が増加されても、年少扶養控除廃止のために、税負担が増えている子育て世帯が存在する。
 子育て世帯への経済的支援策として、税制に関する議論をもっと活発に行うべきではないか。この点で、こども家庭庁は首相の直属となるから、税制についてもいろいろと提案できるのではないか。例えば、フランスで行われている所得税のN分N乗方式、あるいはアメリカの給付付き税額制度、低所得者層に一定の支援を行う方式などがあげられる。いずれにしても、家族税制による支援は非常に重要な政策だと考えている。
 また、①の家族ケア支援には、ヤングケアラーへの対応や介護離職ゼロ政策などが位置付けられる。
 ④については、近年自治体が力を入れている結婚支援などがある。家族法制は、主に民法で法務省の管轄であるが、こども家庭庁は、子供や子育て家庭の利益のために意見を述べていいのではないか。
 さて、家族政策(これまで主に少子化対策として行われてきた施策)は、国と地方自治体が役割を分担してきた。この点について10の分野に分けて整理しておきたい。

国と地方自治体の役割分担

 ⑴結婚支援には主な政策として「男女の出会いの機会拡大」や「新婚世帯支援」があるが、国が制度を設計して補助金を出し、実施主体は地方自治体である。補助金をどのように使い、運用していくかは地方自治体が決定する。そのため地方自治体によって実施状況に差がある。
 ⑵妊娠出産支援では、「妊婦検診の無料化」がある。これは私が内閣府で参事官として勤務していた時に提案して制度化された。国の地方交付税により地方自治体が実施している。妊婦検診は出産までに10数回行われるが、全て無料化しているところもあれば、10回までと定めているところもあるなど、実施状況にはばらつきがある。また、「出産育児一時金」は医療保険の制度で、現在42万円である。自民党の部会で増額の方向が打ち出された。「不妊治療」は、従来は国の補助制度であったが、2022年度から医療保険の適用が図られた。「産後ケア事業」は、地方自治体が実施する。
 ⑶保育サービスの充実では、「保育所の整備促進」は国も地方自治体も力を入れてきた。「待機児童ゼロの取組」や「放課後児童クラブの充実」は、特に市町村レベルの取り組みになる。
 ⑷地域の子育て支援においては、「こんにちは赤ちゃん事業」「子育て世代包括支援センター」など地方自治体の役割が大きい。
 ⑸経済的支援は国が中心になる。「乳幼児等医療費助成制度」は地方自治体単独の政策だが、「幼児教育保育の無償化」「児童手当の拡充」「高校授業料の無償化」「奨学金制度の充実」などは国が担う政策である。
 ⑹両立支援策の充実については、「育児休業の取得促進」は国が法改正を行うが、それと共に企業が果たす役割が大きい。「男性の育児参加の促進」なども同様である。
 ⑺家族政策に関する意識改革は国も地方自治体も関わるが、地方自治体の取り組みが十分でないという印象を受ける。もう少し国と地方自治体が歩調を合わせて、推進してほしい。
 ⑻若者の就労支援は、雇用対策やハローワークの運営など主に国が行う。
 ⑼家庭支援(ひとり親家庭の支援)は、法制度は国が担当するが、地方自治体も地域の実情に応じて展開することが重要である。特にひとり親家庭の支援は、制度的には国が主体だが、地方自治体も重要な役割を担っている。
 ⑽家族法の関係については、国の責任ということになるだろう。

地方自治体の役割

 このように、家族政策においては地方自治体の役割が大きいことが分かる。例えば、子供の医療費負担軽減のための助成制度は、地方自治体の単独事業として普遍化している。子供を産み育てやすい環境づくりに積極的に取り組む地方自治体が増加している。
 特に地方自治体レベルでは、国以上に家族を丸ごと支援する施策が重要ではないか。例えばフィンランドのネウボラのような出産前から切れ目ない母子支援を行う取り組みがある。子育て世代包括支援センターは日本版ネウボラと言える事業で、こうした取り組みを強化すべきだと考える。
 こんにちは赤ちゃん事業で家庭を訪問し、担当者を付けて成長に沿って家庭を支援していくべきであろう。そうしたところから家庭が抱える問題も分かってくる。もう少し地方自治体がコミットしてもいいのではないか。大都市は簡単ではないが、中規模小規模の地方自治体であれば、ネウボラのような取り組みは可能であろう。そうしたことが徹底されれば、家族支援、家族政策もより効果的に実施できると思われる。その意味では、こども家庭庁ができれば、今よりも家族政策が推進しやすくなるのではないかと期待している。

「縦割り行政の打破」は中身で考えるべき

 ちなみに、こども家庭庁の構想において「縦割り行政の打破」が強調されたが、確かに感覚的に分かりやすい。ただ、施策を個別に見ていくと、組織を変更することが課題解決に結びつくとは一概に言えないこともある。
 こども家庭庁の母体は、厚労省の子ども家庭局と内閣府の子ども・子育て本部である。文部科学省の幼稚園課や法務省のいじめ担当は移管されない。そういう意味では縦割りが残っている。ただし、子供の教育という観点で見ると、また別の議論が可能であろう。幼稚園から始まって、小学校、中学校とつながっているわけで、幼稚園だけ切り離すのは、やはり不安が残る。いじめ対策も、法務省や警察庁が関係しているが、それは両省庁の業務の一環である。それを切り離すというのは、組織の一体性を損なうことになるだろう。
 「縦割り行政の打破」と言う時、当然だが中身が重要である。何のテーマでの縦割り行政なのか。縦割りを崩したほうがいいテーマもあるであろうし、関係省庁の間で連携するほうが効果的だということもある。「縦割り行政の打破」が絶対的なスローガンになるというのではなく、個々のテーマに応じて対応を考えていくべきではないか。
 こども家庭庁では、単なる少子化対策ではなく、家族政策への脱皮を図るということが最も重要だと考えている。家族機能の強化、家庭基盤の強化につながるような政策を打ち出してほしい。従来の守備範囲にとどまらず、もう少し幅広い視点から考えていただきたい。
 そうすることで、最初に指摘した税制の問題も議論できる。また、家族・家庭は小さい子供だけではない。中学生、高校生、大学生という成長を見据えた支援や家族法制の課題などもある。そのような家族、家庭に目を向けた政策を打ち出すことができれば、こども家庭庁設置の意味も大きい。

重要な課題は人材養成

 それからもう一つ、重要な課題は人材養成である。こども家庭庁で実務を担当する人材の配置、またどのように人材を育てていくのかという点も明確にしていく必要がある。
 省庁においては、キャリアは様々な部署を回りながら経験を積む。細かい話になるが、厚労省の場合は法改正の担当や企画立案、財務省との折衝などを経験する。ノンキャリアの方の場合は、一つの部署で長く行政実務を担当することが多い。
 今回、こども家庭庁が内閣府に設置された場合、内閣府で人事採用される。そうなると、幅広い経験を積む人材を育てられなくなるのではないかと懸念している。実際は大多数が厚労省からの出向になると思われるが、こども家庭庁に相応しい人材をどのように育てていくのかということは、今後の重要課題であると思う。こども家庭政策に熱心に取り組む役人を育成することはもちろん、省庁として対外折衝など様々な業務に対応していくため、幅広い経験を積んだ人材を集めることが必要になる。組織ができれば自然に動くというわけではない。それがなければ、単に厚労省の子ども家庭局を移しただけに終わってしまうことにもなりかねない。

政策踏まえた予算議論を

 冒頭で述べた通り、厚労省から切り離されたことで、こども家庭庁の予算獲得は有利になったと思う。これまで厚労省予算の中でシーリングの制約などがあったが、こども家庭庁として独自の予算を組むことができる。政府が、こども家庭政策にどの程度力を入れているかが一目瞭然で分かる。この点はメリットである。
 また、こども家庭予算をヨーロッパ諸国並みのGDPの3%にすべきという意見がある。2019年度の子ども・家族関係費用は約9・7兆円、GDP比で1・73%。GDP比3%というと15兆円になる。最初からGDP比3%ありきにすると、政党のスローガンにはなるかもしれないが、行政としてはやはりどのような政策を実行するのか、そのために予算はどれくらい必要かといった議論を積み上げていかなければ意味がない。結果としてそれが3%になるかは別の問題である。数字ではなく、まず具体的な政策を提案して、その上で予算を議論すべきではないか。また、その財源をどうするのかという点は避けて通れない。財源確保策なしの政策論は空論である。こども保険のような議論があるが、将来の日本のためにも、こども家庭政策充実に着目した国債発行による財源確保策があるのではないか。

子育て世帯には平等に支援を

 最後に、子供のいる世帯に対する支援は、所得の多い少ないにかかわらず、平等に行うべきだと考える。最近の子育て家庭支援策は、「住民税非課税世帯」が対象というように、低所得者層が中心になっている。しかし、若い世代の中にこうした施策に不満を持っている人たちが少なくない。一般のサラリーマン世帯では、住民税が非課税になることはほとんどない。税金の負担ばかりで見返りがないという不満の声を聞く。
 家族政策は、すべての家庭に関係する政策が望ましい。そうした観点からみれば、子育て世帯への支援は、所得に関係なく平等に支援していいのではないか。

政策オピニオン
増田 雅暢 元内閣府少子化対策担当参事官、東京通信大学教授
著者プロフィール
東京大学教養学部卒。シラキュース大学大学院(政治学)留学。博士(保健福祉学)。厚生省に入省し、介護保険制度の企画立案業務等に参画。九州大学法学部助教授、厚生省大臣官房政策課政策調査官、国立社会保障 ・人口問題研究所総合企画部長、厚生労働省統計情報部情報企画室長等を経て、内閣府参事官として政府の少子化対策を担当。その後、上智大学教授、岡山県立大学教授等を務めた。著書『これでいいのか少子化対策』『介護保険の検証』他。
設置の議論が進んでいる「こども家庭庁」には、従来の組織の守備範囲にとどまらず、家族機能、家庭基盤の強化につながるような政策が期待される。

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