「子供の最善の利益」からみた生殖補助医療の現状と課題 ―「個人の人権」「自己決定」と子供の保護―

「子供の最善の利益」からみた生殖補助医療の現状と課題 ―「個人の人権」「自己決定」と子供の保護―

2022年6月28日
第三者提供による懐胎・出産

 2020年12月、「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律」が成立した。特例法では生殖補助医療により生まれた子の親子関係について、第三者の卵子提供で子を出産した場合、出産した女性を子の母とし、妻が夫の同意を得て第三者の精子提供により生まれた子について、夫は嫡出否認できない、つまり夫の子とする規定を定めた。
 ここで「生殖補助医療」とは、人工授精又は体外受精もしくは体外受精胚移植を用いた医療をさす。
 子供の視点で見た時、特に問題となるのが第三者からの精子・卵子提供によって子を懐胎し、出産する生殖補助医療である。私としてはできる限り避けて頂きたいところである。
 なぜかと言うと、第三者の精子・卵子の提供となると、子供の視点で言えば片方の親とは血が繋がっていても、もう片方の親とは血が繋がっておらず、さらに、どこかに自分と血が繋がった親がもう一人いるという複雑な状況になる。これは子供のアイデンティティに関わる問題であり、自分のルーツを知る上できわめて大切な問題である。また、生まれた子供の多くは、自分と血の繋がっている精子・卵子の提供者に会いたいと願うであろうが、提供した第三者は会いたいと思うかは分からない。提供した第三者にも、現在の家族関係があるからである。その意味で、将来、様々な問題が生じることは想定されるからである。
 確かに、子供を持ちたいと望んでいても、妊娠が難しいカップルはいる。その一方で、社会には虐待等を理由に家庭に居られない、家庭に恵まれていない子供たちがたくさんいる。その子たちは結局、乳児院や児童養護施設に預けられ、社会的養護を受ける。
 子供の視点に立てば、可能な限りそういう子供たちと養子縁組をしやすくする方向性であれば、子供が家庭で育つという意味でもメリットがある。第三者の精子・卵子による生殖補助医療によって親子関係が混乱し、不明瞭になるのは決して望ましいことではない。とくに第三者からの提供となると遺伝子的にも親子関係が分からなくなってしまう。
 2014年に出版された『AIDで生まれるということ』(萬書房)を読むと、AID(非配偶者間人工授精)で生まれた子供自身が出自を巡る苦悩を率直に語っている。
 生殖補助医療の全てを否定するものではないが、子供の視点から言えば第三者からの精子・卵子の提供は、複雑な問題が生じてしまう。できれば避けて頂きたいという思いである。

議員連盟の法案骨子

 今年3月初めに超党派議員連盟が生殖補助医療の在り方に関する法案たたき台をまとめた。報道によれば、子供の「出自を知る権利」の保障については、提供者と被提供者の夫婦、出生した子の情報を100年間保存するという内容である。具体的なところが分かっていないので断言はできないが、出自を知る権利を保障すると言っても様々な問題が出てくる可能性は否定できない。
 また生殖補助医療の対象を法律上の夫婦に限定すること、精子卵子の売買禁止については当然のことであり、異論はない。
 ただ、第三者の精子・卵子提供によって子供をもうけることについては、もっと深い議論があっていいのではないか。
 慶應義塾大学医学部が60年前、法律が未整備の段階で第三者の精子提供による人工授精を始めた経緯がある。そもそもそれを認めてしまっていいのかどうか、肝心なことが議論されないままスタートしてしまった感がある。

内密出産を認めるべきか

 昨年末、熊本市の慈恵病院が独自に導入している「内密出産」で、10代の女性が出産した。女性は病院の担当者だけに身元を明かしていたという。ドイツは内密出産制度があるが、日本も内密出産を認めるかどうか国としてもっと議論して決めていく必要がある。
 例えば、内密出産では戸籍がどうなるのか、母親のところが空欄になるのか。ドイツの場合は、16歳になると本人が希望すれば出自を知ることが出来る。
 将来生まれた子供が希望すれば、母親の情報を知ることができるかどうか。その辺りを法的にどう整備していくかはしっかりと議論していくべきだろう。
 何よりも今回、出産したのは未成年で、内密出産を希望した理由は母親に知られたくなかったからだという。本人が真実を母親に一生隠し続けるということも、大変な重荷であろう。また自分が産んだ子供に対して、自分の存在を生涯隠し続けることも果たして正しいあり方なのかどうか。今回のようなケースは生まれた子供の視点でみれば、「お母さんに知られたくないから、自分の子供を捨てた」ということになる。それだけの理由で内密出産が認められるのか、ということである。

事実婚や同性カップルが子を持つこと

 もうひとつ、超党派議員連盟の法案たたき台では、生殖補助医療の対象を婚姻夫婦としているが、5年後に見直しを検討するとしている。すでに同性婚の裁判も行われており、また同性カップルが子供を持つ現状にある。
 フランスでは当初、同性婚は認められたものの、同性カップルが子を持つことには多くの国民が反対した。それが昨年、同性カップルの女性にも生殖補助医療が認められた。
 このように法律の世界では、適用範囲や対象を拡大していくことは珍しくはない。法律というものは二重基準になっていて、最初は気の毒な事例だから例外的に認めようということで法律を制定する。そのうちに、法律が認めているのであるから、それが標準だという流れになってくる。同性カップルも事実婚も法律婚と実態はそれほど変わらない、子供を持つ権利は誰にもあるのだから法律を適用してほしいという議論になるのではないか。5年後にそのような事態になっていくのではないかと危惧している。
 ただ、事実婚や同性カップルが子供を持つことについて何が問題かと言うと、アメリカなどで研究が行われているが、法律婚の異性カップルと比べて、事実婚や同性カップルは非常に壊れやすいということだ。法律婚は仮に離婚する場合、法的に手続きを踏まなければならないが、事実婚や同性カップルにはそれがない。親密な関係になれば一緒に暮らすし、関係が難しくなれば別れる傾向にあるという。その意味で、家族かどうかはカップルの自由な意思のみで関係が成り立っている。
 子供にとって家庭は乳幼児期から日々育っていく場である。ゆえに大人になるまでは、できるだけ同じ家族の中で愛されて育っていくことが最も重要になってくる。しかし、事実婚や同性カップルは壊れやすいので、相手を次々と変える可能性がある。親が次々変わるということは子供にとって大きなストレスがかかる。両親の離婚はそれだけで子供にストレスを与える。ましてや壊れやすい事実婚や同性カップルの場合は、子供が育つ家庭として決して良い環境とは言えない。
 それから子供のルーツから言えば、同性カップルの場合は一方の親とは血が繋がっているが、もう一方の親とは繋がっていない。子供にとってアイデンティティの問題が出てくるのではないか。
 また2006年9月、凍結精子提供者の死亡後、その精子によって子が生まれた事例で、高裁は親子関係を認めたが、最高裁はそれを破棄したことがある。死後に相続者が出てくることが問題となり、最高裁では親子として認められなかった。
 ただ、財産の有無に関わらず、凍結精子提供者の父親が死亡した後に子供をもうけるというのは、子供にとっては望ましいことではない。子供が健全に育っていくには家族の存在が重要になってくる。子供にとって良い環境を最優先に考えてルール作りをして頂きたい。凍結精子の保存期間についても法律的に規制していく必要があるかもしれない。

嫡出推定見直しと再婚禁止期間廃止

 今年2月、法務省の法制審議会は、民法の嫡出推定規定の見直し、女性の再婚禁止期間廃止を盛り込んだ民法改正の要綱案を決定した。母親が夫(前夫)のDVを理由に避難し、夫の子と認知されることを避けるため出生届を出さないまま、子供が無戸籍になる問題が背景にあるという。
 無戸籍児を生まないためという理由は確かに理解できないわけではないが、子供の視点で言えばやはりできる限り血縁のある親子関係が望ましい。再婚禁止期間をもうけている理由はそこにある。
 民法772条は、妻が婚姻中に懐胎した子は夫の子と推定し、婚姻200日後または婚姻の解消から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものとする嫡出推定規定を定めている。また民法774条では、嫡出推定される場合であっても、夫は子を嫡出否認できると規定している。
 ところが、今回の嫡出推定の見直しでは、子供は再婚した夫の子となる。そうなってくると養子縁組ではなくても、血が繋がっていなくとも戸籍上は親子になる。これは子供の方からみれば、非配偶者間の人工授精の場合と同じである。夫婦仲が悪くなったり、成長してから親子関係にひびが入ったりする懸念がある。
 もう少し全体を広げてみれば、子供にとっては血の繋がった両親と親子とみなされるのが最も良い形である。子供の視点に立てば子供の出自の問題、子供のアイデンティティの問題とも関わってくるので、今回の見直し案には心配がないわけではない。
 一部の学者などから、女性にだけ再婚禁止期間があるのは不平等という指摘もある。ただ、これは差別的な意味ではなく、子供の保護・福祉の視点からもうけている制度であり、その原点は外すべきではない。

生殖補助医療の法的整備

 今回の民法見直し、生殖補助医療の法的整備を含めて、全体的にみると親子関係、あるいは家族関係に影響を与えるのではないかと懸念している。
 法律上の問題として自己決定、あるいは人権が絡んでくると、親子関係、家族関係も複雑になる。
 今の世論は何でも自分で決められる方が自由でいいと考える流れにあるのかもしれない。しかし、子供は“育っていく”存在である。子供が育つ上で適切な環境を保障していこうとすれば、親の側の自由はある程度制約せざるを得ないケースも出てくる。全て親の自由となると、子供にとっては逆に不利益が生じることもある。
 次代を受け継ぐ子供たちが健全に育つことができなければ、その子たちの人生にも影響が大きく、社会的にも大変な損失になる。親の側の自由もできる限り増やすとしても、子供の健全育成の視点からみて不利益が生ずるのであれば法律的に規制していく必要があるだろう。現在の状況をみると子供にとって悪い方向に進んでいるように思う。

AIDで生まれた子供たちの苦悩

 もうひとつ生殖補助医療については、両親の精子と卵子を使って、例えば受精しやすくさせるという技術であれば人工授精と言っても、子供への影響はそれほど大きくはない。
 一番問題となるのは、第三者の精子や卵子が介在すると、子供のルーツ、精神的アイデンティティの確立という観点から大きな影響が生じることだ。
 もう一つ、日本では60年も前からAIDを行ってきた。それに対して法的ルールを作らないまま今日の状況になっている。
 その結果、AIDで生まれた子供たちが大人になって、結局、自分の本当の父親は誰なのかと自らの言葉で語り始めている(『AIDで生まれるということ』)。
 親は子供をだますつもりはなかったと思うが、子供は「親にだまされていた」、「親の嘘の上に成り立っていた人生だった」、「自分の半分は誰からきているのか」、「提供者に会いたい」と、自分のルーツの問題で苦悩しているのである。
 慶応義塾大学医学部には昔の記録や情報が残っていない。親が分からないために、「誕生日が近づくと苦しい」、「人工的に作られた私なんだ」、「秘密を前提とした医療はおかしい」と、子供たちが大人になり、声を上げ始めた。
 同性カップルや事実婚で育った子供たちについては、今の段階では子供自身が声を上げているわけではない。ただ、少なくともAIDによって生まれた子供自身が、成長する上で苦悩したという話に耳を傾けるべきである。子供の最善の利益を守るために、慎重に議論を進めていくべきだろう。
 社会全体の責任として、子供たちが健全に育っていくことが出来るようなルールづくりをしていくべきである。個人の自由を拡大しているだけでは、家族、家庭が崩れてしまう。親やカップルにとっては良いことでも、状況によっては子供に不利益をもたらすものについては、制度上のルールをつくって規制していく必要がある。医療技術の進歩に法律が追いついていないとよく言われるが、子供の最善の利益を守ることを前提とすべきだ。その上で生殖補助医療のあり方を社会全体で議論していく必要がある。

家族を前提とした個人の人権

 非常に難しいのは法律が個人の自己決定を重視している面があり、基本的には自己決定の自由が認められている点である。はっきりとある特定の人に必ず迷惑をかける、他の人の人権と対立するといった、明確な理由があり、相手からの異議申し立てがなければ、個人の自由は保障される。そうなると事実上子供たちの成長に影響があっても、子供は主張できないから、親の自由が優先されることになる。
 今回の民法改正案も、子供の視点というより、結局、親の側に不利益があるからという理由で、大人の自由を優先する形になっている。
 再婚禁止期間の廃止も、出来るだけ早く再婚したいという大人の側の自由を認めるということになる。大人が子供の視点を持って、子供への影響を大人の責任で考えていくことが必要なのだが、現在、大人が声高に自由を主張しているのが実情である。最近の法律に関して言えば、大人が各々自身の利益を主張して、その間を採用するという傾向にある。
 憲法では、人は生まれながらに人権を持っているという「自然権」を規定している。ただ、成人した大人と成長段階の子供が全く同じ権利を自由に行使できるという意味ではない。
 子供は親から多くのことを学んでいくという前提があって、法律が制定されてきた。しかし、次第に理念が先行して、親も子も同じ権利を持つという考え方が広がっているように思える。法律が重視しているのは個人の人権、自由、平等である。確かに個人の人権は重要だが、子供の健全育成にとっては家族の存在は必要不可欠であり、子供は保護される対象として、国が人権、自由、平等を保障するというものであった。
 児童の権利条約についても子供の保護、家族の役割の重要性を述べているところがある一方、児童の自己決定を重視する面もある。そのあたりが分かりにくいために、子供の人権、自己決定ばかりが強調される風潮がある。児童の権利条約は児童の自己決定ばかりを規定している条約ではないということを理解し、子供の最善の利益を保障するために、もっと発信していく必要がある。

政策オピニオン
池谷 和子 長崎大学准教授
著者プロフィール
横浜市生まれ。東洋大学大学院法学研究科博士課程修了。東洋大学非常勤講師等を経て、現職。専門は憲法、未成年者保護法。著書に『アメリカ児童虐待防止法制度の研究』。日本の児童虐待、アメリカの同性婚等に関する論文多数。
2022年3月初め、超党派議員連盟(野田聖子会長)が生殖補助医療の法案骨子をまとめた。第三者の精子・卵子提供で生まれた子の「出自を知る権利」の保障など、子供の健全育成の視点から十分な議論を踏まえた法整備が求められる。

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