我が国における観光倫理の啓蒙について  ―日本の道徳教育で倫理的観光者の育成を―

我が国における観光倫理の啓蒙について ―日本の道徳教育で倫理的観光者の育成を―

2022年4月20日
問題提起

 観光倫理とは、1970年から80年代以降、環境・地域社会・文化へ悪影響を及ぼしてきたマスツーリズムへの批判や反省から、それに代わるオールタナティヴ・ツーリズムという新しい観光の在り方を提唱する倫理規範である。この種の倫理研究や啓蒙活動は、わが国よりも海外の方が進んでいて、それは1999年にUNWTO(国連世界観光機構)総会で「世界観光倫理憲章」(The Global Code of Ethics for Tourism)が採択されたことからも明らかである。この倫理憲章では、環境、文化遺産、社会に与える潜在的な悪影響を最小限にしながら、観光の発展を最大限に引き出すことを目標に掲げ、各国政府、観光業界、地域社会、旅行者などの全ステークホルダーが責任ある持続可能な観光を実現するよう促されている。
 その後の2015年、国際連合でSDGsが採択されると、UNWTOも2年後の2017年、「開発のためのツーリズム」の提言を発表し、同年を「持続可能な観光の年」に指定した。
 では、わが国の現状はどうであろうか。もちろんUNWTOの「世界観光倫理憲章」を遵守して企業の社会的責任を果たそうとする観光業者もいるが、全体としてみれば、観光倫理の研究や啓蒙・教育活動は欧米先進国ほど盛んではない。実際、国土交通省の観光庁が2019年に公表した「持続可能な観光先進国に向けて」を見ても、観光倫理や観光者に向けた啓蒙・教育活動への言及は見当たらない。

ESDによる道徳教育の実質化

 では、観光倫理の啓蒙のために、どのような教育が必要なのだろうか。まずは観光関連産業従事者への企業倫理的な教育が思い浮かぶが、筆者がここで提案したいのは、種々の教育機関での倫理研究と倫理的行動を啓蒙する教育である。中でも重要な役割を果たすのは初等・中等教育であり、具体的には、教科化された「道徳の時間」に自然環境や文化に敏感な倫理的観光者の育成に資するプログラムを導入することである。というのも、観光倫理が「持続可能な開発のための教育」(ESD:Education for Sustainable Development)の構成要素として位置づけられるにもかかわらず、筆者の知る限り、そのような取り組みを道徳教育でも取り入れている教育機関がないからである。
 西欧諸国と比べると、わが国では啓蒙教育に限らず、そもそも観光倫理の認識自体が定まっていない。その要因としては、観光業者、地域の受益者、観光者など、観光倫理に関わるステークホルダーの構成が複雑なことや、その倫理性の判断基準が曖昧なことが考えられる。
 しかし観光倫理が道徳教育の中で適切に位置づけられれば、児童生徒自らが観光のステークホルダーとして個人の倫理に注目するようになるし、道徳的視点からESDの一環として展開することで倫理的判断基準もより明確なものになるであろう。というのも道徳とは本来、人間はもとより自然や社会を含めた他者と自己との「よりよき関係性の構築」を目指すものであり、道徳実行によるウェルビーイングの実現は一時的、部分的なものではなく、永久性、末広性、審美性を備えたものになるべきだからである。  

道徳教育と修学旅行の連携

 さらに、こうした試みは、学校の教育活動全体の中で「要」の役割を担う「道徳の時間」自体をさらに実質化させることにもなろう。一例を挙げれば、「道徳の時間」と学校の重要行事である修学旅行との連携によるシナジー効果である。
 UNWTOの「世界観光倫理憲章」などの観光倫理コードは、SDGsの場合と同じく普遍的なアプローチをとるため、えてして包括的で一般的傾向が強いものになりやすい。しかし、「道徳の時間」で観光倫理を学び、修学旅行をそのアクティヴ・ラーニングやPBLの実践の場と位置づければ、抽象的になりがちな倫理コードも、児童生徒自身の具体的な行動に落とし込みやすくなる。
 いうまでもなく修学旅行は一種のマスツーリズムだが、一般に行われている快楽志向型ではないため、道徳志向型に変えるのが容易である。修学旅行は諸外国でも行われている行事だが、日本ほど全国的かつ組織的ではない。この利点を活用すれば、環境破壊や文化破壊といった「マスツーリズム」による弊害とそれに対する倫理的対応を多角的、多面的に考え議論する機会を提供できる。自然環境と文化財保護へ倫理的配慮を備えた観光者の育成は、文部科学省が定める学習指導要領(環境教育の総則「環境の保全に貢献し未来を拓く主体性のある日本人を育成するため、その基盤としての道徳性を養う」)や小・中・高の遠足・修学旅行についての通達(「自然保護や文化尊重の態度を育成すること」1968年10月2日)の教育目標をより実質化することにもなろう。
 このように文化的な倫理的観光者の育成という視点に立てば、旅行先の歴史・文化遺産についても持続可能性の視点から学びなおすことができる。例えば、奈良の法隆寺は、樹齢1000年を超えるヒノキ材を建材とし、建設当時からさらに1300年経った今でもびくともしない世界最古の木造建築である。法隆寺の持続可能性を実現したのは、西洋人にはない、自然との根源的紐帯感を建築にも反映させた飛鳥時代の日本人の精神的集中性と高度な技術力に他ならない(中山 2021)。
 ジム・ブッチャーも述べているように、今こそ快楽志向的な観光を道徳化するための道徳教育が必要ではないか(Butcher, 2003)。それは道徳の時間の旧態依然とした「調べ学習」を「探求的な学習」に進化させる起爆剤となることだろう。


〈参考文献〉

中山 理(2021)『日本人はなぜ欠けた茶碗を愛でるのか』(育鵬社・扶桑社)

Jim Butcher. (2003). The Moralisation of Tourism. Routledge.

政策オピニオン
中山 理 麗澤大学特任教授・前学長
著者プロフィール
三重県生まれ。麗澤大学外国語学部卒。上智大学大学院英米文学専攻博士後期課程満期取得退学。文学博士。エディンバラ大学留学。麗澤大学外国語学部教授、言語教育研究科教授、外国語学部長、学長を経て、同大特任教授。フィリピンのパーペチュアル・ヘルプ大学院名誉教授。専門は英文学、比較文化、道徳思想。主な著書に『高校生のための道徳教科書』(共著)『大学生のための道徳教科書』(共著)『日本人の博愛精神』『グローバル時代の幸福と社会的責任』(共著)『子供を開花させるモラル教育』(翻訳)他。道徳・倫理教育を中心に国内外で多数講演。
新しい観光の在り方を提唱する観光倫理の研究と啓発活動が海外で進んでいる。持続可能な観光の実現を目指して、教科化された「道徳の時間」に自然環境や文化に敏感な倫理的観光者の育成に資するプログラムを導入することが有効であろう。

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