朝鮮半島情勢に対するロシアの視点

朝鮮半島情勢に対するロシアの視点

2021年4月8日
はじめに

  北東アジアの現状を検討すると、ロシア連邦はこの地域の政治・経済交流に対等な参加を強く求めてきたが、域内政治では依然、周辺国扱いでも主導的役割でもない。ロシアが「東方シフト」と定義した外交政策も、ロシア連邦による近年の太平洋政策に根本的変化をもたらせていないことが再三指摘されてきた。アジアの太平洋沿岸地域とロシアの政治・経済交流史を俯瞰し、この地域でロシアがいかに政治・経済面の存在感を段階的に発展させ、近年の外交政策に至ったのかを整理してみたい。そうすれば「東方シフト」方針は、従来の地域戦略と外交の優先順位をそのままにして、地理上の抜本的な方向転換や、新たな戦術目標・目的を志向しているわけではないことが分かるだろう。それはロシア連邦の長い歴史の中で、アジアの太平洋沿岸地域が重要だったからに他ならない。最近のロシア外交政策の明らかな特徴は、地理上の方向転換ではなく、これまで公式文書に記されてはいたが、あまり鮮明にされてこなかった戦術目標や課題などだ。
 以上に述べたことが、ロシア連邦の朝鮮半島政策をも規定している。朝鮮半島の微妙な情勢変化に注視しながら、朝鮮半島の南北双方と関係を発展させているロシアの利益は、次のように説明できよう。すなわちロシアはまず、自国の政治・経済的利益を追求し、なによりロシアの太平洋沿岸地域における国境線の安全と安定を重視する。こうした現代ロシアの戦略構想に基づき、朝鮮民主主義人民共和国および大韓民国との関係を構築しつつ、朝鮮問題の複雑さ、その多岐にわたる課題を真剣に受け止めていこうとするものだ。
 朝鮮問題には長い歴史があり、北東アジアで最も熱い政治問題の一つである。しかも近年は事態が悪化し非常に不安定で、半島や地域の枠を超え、世界の政治テーマになった。北朝鮮による野心的な核・ミサイル兵器開発が、国際社会に現実的な脅威を与えているだけでなく、南北双方の露骨な人材・資金の争奪戦や、軍事力・軍産複合体の拡大も顕著なのだ。
 同時に韓国政府は、北東アジアの主要国の一つとして振舞いたいと考え、1990年代後半から世界や地域的な枠組みの中で、「然るべき位置を占める資格がある」ことを再三強調してきた。それには理由があり、朝鮮半島情勢が近隣諸国の政策や利害に左右され、それが周辺地域ばかりかアジアの太平洋沿岸地域全体を左右しうるからだ。また北東アジアの国際関係では米国、中国、日本が主要プレーヤーであるが、ロシアと韓国も地域の政治・経済的プロセスで対等なパートナーになろうと努力している。商品・投資市場や金融・人材資源の確保や、アジアの太平洋沿岸と北東アジア諸国との交流・協力に積極関与しているばかりでなく、韓国政府が1990年代後半から採用している外交戦略にも関連している。その戦略とは、大韓民国が「地域や国際システムの中で相応しい立場」を得ようとするものだ。
 ロシアにとって今日の韓国は、他の環太平洋諸国と同様、世界で最も急速に発展している戦略的地域の一つであり、「欧亜にまたがる大国ロシアにとって長期的利益を有する」国なのである。北東アジアの地域安定システムは特定の数か国によって構築されているが、大韓民国はそのリストの上位にある国だ。こうしたことから、ロシアの政界や学界が北朝鮮を含む朝鮮半島問題に関心を寄せているのである。

ロシアと大韓民国

 ロシアが韓国との関係発展に関心を寄せ、朝鮮半島の変化に敏感なのは、ロシアの政治・経済的関心から、この地域が極東ロシアの安全保障と安定強化に直結しているからだ。こうした戦略目標を追求して、ロシア連邦はこれまで中国や韓国と大胆な関係改善に取り組み、南北問題にも真剣に取り組んでいる。この新しい政策は、2000年代初頭にロシア政治指導部における明白な変革があったから可能になった。これはまた新たな地域政策で、北東アジアにおけるロシアの国益を明確に定義したことによる。
 北東アジアの平和と安全保障の観点からロシア政府の重要決定の一つは、北朝鮮との関係改善だった。それは時宜を得たもので、ロシア連邦はそれ以来、政治と経済の利益を引き離すことを基本に、南北双方とバランスのとれた関係を追求してきた。今のロシアは「等距離」という中立的立場で、南北問題の現状維持に努めている。北朝鮮とは政治的にも経済的にも実行可能な関係を維持しつつ、韓国とは包括的な関係強化に努めている。こうした等距離外交にも関わらず、モスクワと平壌に共通の脅威や敵が発生した場合は、旧ソ連時代の同盟関係に基づいて緊密な軍事的関係を再開する、と見る専門家もいる。ロシアと北朝鮮は2000年に、「新友好協力条約」に調印し二国関係を修復したことから、それまで韓国政府との関係発展を軸に南北問題に取り組んできた姿勢からの転換を意味している。ソ連崩壊直後のロシア政府指導者は、北朝鮮体制が東欧諸国の運命をたどる、との誤った認識を持っていた。
 そもそも2000年代以前のロシア指導者たちは、朝鮮半島が近い将来に統一されると見て、北朝鮮を事実上無視して韓国政府との協力を開始した。ところが北朝鮮政権はその後も活力と安定性を示し、「必然的な崩壊」の兆候を見せなかった。こうした状況を踏まえ、プーチン政権で朝鮮半島政策の見直しを行い、前述のように北朝鮮との関係正常化に着手したものだ。

ロシアの南北等距離政策

 この様にロシアは南北双方に対して偏らず、バランスのとれた関係構築を続けるべきであり、同時に、政治と経済の利害を分離して捉えなければならないと考えている。しかし実際の政策次第で韓国と北朝鮮との関係に課題をはらんだり、複雑な問題を引き起こす可能性もある。言い換えれば、南北双方との関係では政治的中立を保たなければならない。例えば、米国による北朝鮮への圧力や、核・ミサイルに関連する北朝鮮政府に対する国際制裁の試みなど特定の国際問題について、ロシアは国連安全保障理事会で拒否権を行使する可能性がある。しかし同時にロシア連邦は韓国との利益を考慮に入れて、朝鮮半島の非核化を支持し、南北問題の平和的解決を主張している。これについて分別のある専門家たちには疑念の余地がないはずだ。
 また貿易、経済、投資、軍事技術協力などの分野で、ロシアにとり韓国の方が北朝鮮より重要なパートナーである。この点は韓・露首脳会談で何度か確認され、最近では2017年にウラジオストクで開催された「東方経済フォーラム」で、両国の大統領が「経済協力の新たな手法」に言及した。また両国首脳は、貿易、経済及び軍事技術面での関係強化についても同様の立場を表明し、ロシア極東開発への韓国の主導的役割を改めて確認している。この結果、日本は対露政策で新たな転換を迫られる可能性もある。
 この様に、ロシア連邦の経済政策にとって対韓関係は依然として最優先課題の一つだ。韓国政府・企業がロシア領内での重要プロジェクトに参加する意思や利益はもとより、ロシアが北朝鮮への経済支援をする意図や、その実現性が薄いことも指摘される。現状では、ロシアと北朝鮮の経済協力に大きな成長の見込みはない。ロシア自体の経済的利益から言えば、北朝鮮政府がロシア政府に負っている債務問題を独自的に解決する見込みが薄いから、ロシア・北朝鮮間の経済協力に突破口を開くことは期待できないだろう。
 従ってロシアは当分、南北に中立的立場をとる可能性が高い。ロシアの大統領府は政治的問題と経済的利益を切り離し、朝鮮半島に対するロシアの影響力を徐々に強化しながら、韓国との経済協力、特に輸送とエネルギー分野での協力関係を強めるだろう。
 現在のロシアの朝鮮半島政策は、朝鮮半島への「限定的関与」と「等距離」の原則に則っている。将来の統一に向けた積極的姿勢も維持している。もちろん北東アジア地域でのいかなる紛争も、ロシア極東の軍事、政治および経済的な安全保障に直接的脅威となり得るが、同時に強大かつ敵対的な統一国家がロシアの近隣にできることは、当然ロシアの国益にそぐわない。この観点から多くのロシア人専門家は、統一された半島国家と将来的には、恒久的かつ積極的中立が保障されるべきだ、という意見が強い。この問題を提起する際に必ず触れられる対韓関係のロシア人専門家V. F. Lee氏は、南北統一と統一国家の建設プロセスは、ロシアにとって有利なシナリオで展開される保証は多分ないだろう、と指摘している。米国や日本と緊密な軍事・政治的同盟を保った統一国家の台頭は、ロシアにとって今以上に深刻な脅威になる可能性がある。従ってロシアが最も優先すべきことは、少なくとも短期的には朝鮮半島の現状維持に努めることであり、長期的目標としてはロシアの外交政策に、将来の統一国家から積極中立を確保することだ。

北朝鮮と韓国の対米姿勢

 北朝鮮の指導者は南の韓国人に劣らず、自分たちの役割に強い自負心を持ち、これまで「先軍政治」と「並進路線」という原則に則って「世界での社会主義の歴史的必然性」に責任感を持ち続けてきた。公式プロパガンダによれば、北朝鮮は2020年までに「強盛大国」になり、軍事力の現状は別にしてもミサイル・核開発は正にその流れにあり、同政策の成功例として国民に刷り込まれている。北朝鮮が「強盛大国」を作り上げるという官製発表やスローガンは眉唾物だと感じる向きも少なくないだろうが、北朝鮮が核・ミサイルを切り札に、北東アジア情勢に重大な影響を及ぼしている能力を無視するのは間違いだろう。
 北朝鮮が採っている手法は、米国とその同盟国の政策よりも実際的かつ妥当なものに見える。なぜなら北朝鮮政府は極めて困難な状況の下で、「必然的な崩壊」の兆候をほとんど示さず、その生存能力と比較的に安定した状態を示してきたからだ。世界の政治地図から北朝鮮が早晩姿を消すことを期待したり、あるいはエジプトやリビア、イラクで成功したシナリオを北朝鮮に適用しようと目論むのは、政治的に無謀であり、それらのシナリオはいずれも正当性に欠ける。
 米国にとって朝鮮半島は依然として、中国やロシアなど大陸からの圧力に対して死活的利益を守る緩衝地帯としての役割があり、北東アジアの安定確保に極めて重要だ。米国の一部専門家によれば、米韓関係の進展と南北統一の展望とは、米国、日本、中国さらに一定程度ロシアを巻き込んだ複雑な国際関係と密接に関連している。
 米国にとって韓国を軍事的および政治的同盟として維持することは特に重要だ。しかし北東アジアの地政学的な状況から、米国による保護下から自由になりたい韓国政府が、何らかの新たな同盟関係を模索するかもしれない。韓国は新千年紀に入ってから、国家安全保障に関する問題を根本解決しておらず、依然として米国の軍事・政治的支援に依存している。この問題が早晩解決される見込みもなく、従って米軍は引き続き朝鮮半島に駐留を続けるだろう。同時に米国政府は、韓国防衛の責任を徐々に韓国自らの軍隊と費用負担に移行しようと試みている。
 その一方、韓国でも後見人としての米国の役割を徐々に和らげ、そこから解き放たれる道を探り続けている。ここ数年、韓国はミサイル・核技術の研究をふくむステップを踏み出している。こうした国際舞台での動きは、韓国に高まる独立志向を示唆している。米国が軍事的プレゼンスを縮小する中で、韓国が自国の安全保障を確保しようとしていることは明らかだ。従って韓国政府のこうした動向を、周辺諸国は懸念材料と捉えるべきではない。何故なら南北関係の正常化にとって、在韓米軍の撤収が主要な条件だからだ。

米国の対朝鮮半島政策

 米国の政治・軍事指導層の中でも、朝鮮半島政策の目標について色々な議論がある。米政府にタカ派が力を増しているのは明らかだ。これら高官たちは、米国が世界の超大国として優勢な地位を維持し、潜在的な競争相手が米国の利益に挑んでくることを妨げようとしている。残念ながら北朝鮮はロシアとともに、ワシントンのブラックリストに載っている。かつてクリントン政権下の平和構築チームは一貫した努力を行ない、北東アジア情勢に一定の積極的影響を与え、北朝鮮と国際社会との接触確保に大きく貢献してきた。しかし北朝鮮がいわゆる「悪の枢軸国」リストに載せられてしまい、こうした関係改善は水泡に帰してしまった。
 米国の新しい覇権主義のこだわりは、米国の経済と社会が卓越しているとの強い信念と、民主主義の進展に他の国々を支援すべきだ、という使命感に基づいている。それ以外の分野での進展にアメリカの現指導者層は関心が薄いようだ。ここでいう新しい覇権主義とは、帝国主義的モデルのように意志を押し付ける類ではなく、米国こそ世界の模範であり、あらゆる国々が追求すべき具体的な例であり様式だという自負に基づいている。この観点から北朝鮮政権は、米国の外交政策上も睨まれる運命にあり、問題は米国政府が北朝鮮にどう対処するかによるのだ。
 米国のタカ派勢力が北朝鮮に圧力をかける最も急進的オプションを準備していることは明白で、トランプ大統領も彼らを支持していたようだ。国家安全保障ドクトリンのもと、「米国の価値観や生活様式」を脅かす勢力に対して、米政府はいかなる国・地域でも攻撃する用意がある。北朝鮮がる核の脅威だと立証することは、それに向かう第一歩に過ぎないのだ。イラク、シリアそしてリビアでの厄介な軍事作戦の苦い経験があったおかげで、平壌が未だ米国の攻撃目標になることを免れている、と見ることもできよう。
 この点について、北朝鮮政府の崩壊とか、北の政府に国内で闘いを挑む反対勢力が存在するなど、勘違いをしている米国や西側諸国に対して、ロシアがもう少し積極的な態度を示してほしいものだ。北朝鮮を米国や近隣諸国の対等なパートナーと認めて、正常な国家間の関係を確立し、国際社会に復帰させることが、朝鮮半島問題を解決する唯一の道筋である。国際社会の利益のためにも、北朝鮮の核問題を解決する必要性を否定すべきではないが、この問題の解決にも北朝鮮が対等な資格で参加することが必要だ。

対北外部圧力の軟化を

 北朝鮮指導部は核・ミサイル能力の維持と開発を、国際社会で北朝鮮が生き残るための条件の一つと考えている。これは支配エリート層の指針であるばかりか、北朝鮮の国民意識に定着しているものだ。北朝鮮が核兵器とミサイルを必要としているのは、次の二つの狙いからだ。1)外部からの侵略に対抗する手段として。(世界で唯一の、真の社会主義の拠点を守るため)、2) 国際的・地域的な外交を展開する手段として。北朝鮮の政治・軍事エリート層ではなおのこと、核・ミサイルの潜在能力を保有する限り、社会主義国の朝鮮に対して、米国を含む帝国主義諸国から攻撃されることはないと信じている。米国による北朝鮮侵攻の恐怖は客観的なものであり、イラクやリビアでの例を振り返れば自明であろう。
 地域安全保障に対する北朝鮮からの脅威が、すでに北朝鮮に対するロシアや中国の関係に影響を及ぼしている。北朝鮮の「不服従」と軍事力の増強は、ロシアと中国に厄介な問題を呈してきた。しかし問題の核心は我々の国境近くに核兵器の貯蔵施設ができたことではなく、北朝鮮の行動が米国の計略に引っかかって、結果的に米国がミサイル防衛の開発・配備をするなど、米国が北東アジアで展開を拡大する口実になることだ。中国もロシア政府も、米国は北朝鮮のミサイルによる脅威を口実に、実際は北朝鮮よりも、ロシアと中国を想定した域内の軍拡競争を展開していると睨んでいる。残念ながら韓国は、北朝鮮だけでなく、北東アジア諸国との関係が悪化していく可能性を十分認識できず、この事態にのめり込んでいかざるを得ないようだ。
 カキ貝を外から叩けばいっそう殻を閉じようとするが、北朝鮮は外部圧力が強まるほど国を閉ざすという状況が1990年代から続いてきた。北朝鮮との和平を求めるなら、まず圧力を「軟化」する必要があり、いわば極東の外交で「和平」という言葉が伝統的に使われた意味で対応することだ。それは多国間協議という形式から二国間対話に移行することで可能になる。北京での六ヵ国協議が再開できたとして、次のラウンドで効果がでるだろうか、悲観的にならざるを得ない。北朝鮮が求めているのは安全保障であり、その保障は米国との二国間協定に基づいてのみ提供されるからだ。
 単一のイデオロギーしかない社会に住んだ経験のない人々に、こうした北朝鮮の現実を理解したり受け入れるのは非常に困難なようで、海外の学者仲間たちも北朝鮮政府を悪者扱いしやすい。北朝鮮当局が国民を意図的に餓死させたり、死に至る過酷な労働を強いているのではなく、あくまで自国の安全と繁栄を望んでいるに過ぎない。
 繰り返しになるが、我々ロシアの学術・外交関係者たちが、朝鮮半島問題の公正な解決に関心を持つ諸外国の同僚たちと接触する機会を通して、こうした考えをより明確に整理していきたいと思っている。
 残念なことに、北朝鮮政府のみならず、その相手政府関係者も破壊的な態度をとりたがるようだ。米国と大韓民国の際限ない合同軍事演習や、韓国政府による対北宣伝活動の再開などは、北朝鮮への明白な挑発行為と受け取られる。朝鮮半島で緊張緩和をしようとしている際に、そうした行動がもたらす破壊的結果について誰も見咎めようとせず、それは非建設的なものだと感じている。
 さほど強力でもなく権威主義的でもない北朝鮮の若い指導者が、何故あそこまで挑発的な行動に訴えるのか、米国の政治家たちは分かっていないし、たぶん理解したくないのかもしれない。国を安定させるためには沈黙や無視は許されないし、彼は一般庶民や権力エリート層から自分がどれほど人気を得ているか、意識して行動しなければならないはずだ。北朝鮮が採る尖った行動のほとんどは、外部から逆なでされて反応しているようなものだ。

ロシアの役割

 我がロシアが採っている均衡と合理性に立脚した立ち位置を自己宣伝する必要もないが、朝鮮半島の安定強化に実質的に貢献しているのは中国とロシアだけだということは強調しておきたい。半島の北半分で国際的な協力による共同プロジェクトを実施させたり、北朝鮮の指導者たちに世間が納得できるような文明的な立ち居振る舞いを指導しようとしているのはこの中国とロシアの二か国だけだ。
 当然のことながら、ロシアと中国も自国の経済的利益を目論んでやっているわけだが、羅先自由経済地域と、国境河川である鴨緑江と豆満江での協力は、選挙用の政治目的で仕込まれるような短期的政策より、朝鮮半島の問題解決に大きな貢献をするはずだ。北朝鮮も国境周辺での軍事演習に頼らずに、経済や社会、食糧その他の問題からくる緊張状態を解放できるような経済的あるいは人間的な取り組みを通じて、気の置けない隣人になっていくことができよう。
 こうした形で双方が悪循環を断ち切り、事態を悪化させないことが唯一の解決策だ。北朝鮮が「窮地に追い詰められている」切迫感を持たなくて済むよう、北朝鮮に対する外部圧力を緩和して、北朝鮮指導部が核開発ばかりが切り札ではない、と感じさせることが肝要だ。
 また個々の国の努力では不十分なので、六ヵ国協議の方式を変えて、まず五ヵ国が北朝鮮に何を提示できるのか決める必要がある。その最初のステップとして、中国とロシアの肝いりで実際的なロードマップが提案された。これによって朝鮮半島情勢の悪化を完全に阻止できないとしても、少なくともこれ以上の悪化を食い止めることができた。しかし直後に制裁が強化されてしまったことは残念なことだ。私の意見では、北朝鮮に対する制裁圧力は機能しておらず、すでに逆効果をもたらしている。我々が言い続けていることだが、ロシアも制裁を受けてみて、我が国は国家資源を総動員して、様々な国内問題の解決につなげることができた。北朝鮮社会の特質も、もともと総動員態勢を70年以上も駆使して自立基盤を築いてきたのだから、制裁に対して脆弱な体質ではないのだ。

結論

 朝鮮半島の非核化を保証できる国際的メカニズムが存在しない以上、北朝鮮の核開発計画に有効な歯止めをかけることは難しい。全当事国は六ヵ国協議を議題再調整のうえで再開したいだろう。その場合、朝鮮半島の非核化というテーマには、軍事・エネルギー問題のみならず、社会・経済的側面や、政治・心理的な側面も含められるだろう。一つの深刻な障害は、北朝鮮が国際社会の一員として機能できていないことだ。​それに関して言えば、経済協力や各種交流こそ、深刻な軍事・政治的問題を打開する基礎的な文明的手段であることは周知のとおりだ。
 では、この状況下で何ができ、また何をすべきなのだろうか?

敵視政策の是非

 第一に、北朝鮮政権を悪者扱いしても、どこにも行きつきかない。確かに​北朝鮮の体制には忌まわしいものもあり、現代世界の多くの標準を満たしていないだろうが、では類似の国は他にないのだろうか。​地球上の国々を批判しても、それで現状が変わるわけではない。​北朝鮮政権はそれ自体として扱われるべきであり、「文明化された」国際社会が見たがる基準で、どうしようもない類の国として片づけられるべきではない。​忘れないでほしいが、ロシアも北朝鮮と同様、ワシントンでは「悪の枢軸」と呼ばれているが、韓国や日本の同僚たちからは様々な話し合いを持ち出されているのだ。
 言い換えれば、北朝鮮の現状と政策の本質を客観的に吟味すれば、北朝鮮が本当に求めているものを理解できるはずだ。
 米国流アプローチによれば北朝鮮は厄介者の国家であり、変革するか破壊されなければならないものだ。そうした扱いをしている限り、北朝鮮政権の緩やかな転換に寄与することはなく、国力の総動員態勢と、意固地に現状維持をするばかりだろう。外からの脅威を取り除き、北朝鮮にとって平和的な状況を作り出すことが、はるかに合理的な解決策であって、そうなってこそ北朝鮮指導部は管理下の改革に向かうようになるだろう。

ロシアの利益

 ロシアも本当に必要な選択をしなければならない。ロシアは朝鮮半島が核非保有地域としての地位を違反している現状を、穏やかに扱えるとは見ていない。従って「核保有国クラブ」の拡大には積極的でなく、しかも国連安全保障理事会が再三科してきた禁止事項を、北朝鮮が次々に違反している事実を看過できないのだ。しかしそれ以上にロシアにとって重要なことは、極東ロシアの国境周辺における安定性の問題だ。率直に言えば、米国が「北朝鮮問題」を騒ぎ立てたり、それを理由に米国がミサイル防衛システムを極東に配備していることは、ロシアの利益に反するものだ。ワシントンが朝鮮半島で想定するシナリオは、我々にとって好ましいものではない。かたや北朝鮮の核・ミサイル計画があり、ロシアはほぼ20年間、それとの共存を受け入れてきたが、一方で米国のシナリオも予測不可能なものなのである。
 朝鮮半島情勢の政治的または軍事的な悪化は、ロシア国内の安定を脅かし好ましいものではない。そこから派生する人的および技術的な葛藤が、ロシア領内にも及んでくる可能性がある。こうした状況で、ロシアは南北双方との関係発展という観点から、政治的中立を堅持すべきだ。ロシアとしての独自の視点から、米国の対北圧力などについて異なるレベルの議論を展開すべきだと考えている。同時にロシア連邦は国益の観点から、朝鮮半島の非核化を支持して、朝鮮問題全般、特に北朝鮮の核・ミサイル問題について非軍事的で外交的な解決を主張すべきだと考える。
 ロシアは韓国との協力を通じ、あるいは北朝鮮も参加する三国間で、特に輸送網の連結、燃料・エネルギー団地の分野などで、朝鮮半島への関わりを強化すべきだ。ロシアは自国の優先順位を明確にしつつ、半島問題の解決には無条件で参加しながらも、ロシア連邦の指導者は「限定的関与」と「等距離」を遵守する必要がある。ロシアの極東政策において、朝鮮半島の統一については前向きな姿勢しかありえない。さらに北東アジア地域におけるいかなる紛争も、ロシア極東部の軍事的、政治的および経済的な安全保障を直接脅かすものだ。不幸なことに近年の朝鮮半島におけるパラダイムは、その脅威をより現実的なものにしている。こうした状況下で、その主要原因である大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国の対立関係を取り除くことは、北東アジアにおけるロシアの基本的利益と間違いなく合致するものだ。

まずは地域の平和と安全保障を

 もし我々が米国の同盟諸国に対して北朝鮮への自制を求め、北朝鮮を悪者扱いすることをやめるよう要請するのであれば、同様に韓国に対しても朝鮮半島情勢の進展全般に関する責任を求めるべきだろう。北朝鮮のみならず韓国政府にも、地域の平和と安全を守る責任があり、それは二つの国家の間の均衡の取れた関係によって実現可能だからである。2000年のノーベル平和賞は金大中大統領に贈られたが、それは「北朝鮮との平和と和解のための尽力」 に対してであり、南北間の政治・経済的接触を回復していくことを期待してのものだったことを想起しようではないか。それができなければ、我々の地域に留まらない広範囲な地域を巻き込んだ惨禍をもたらしかねないのだ。
 米国が一貫して、かつ意図的に南北関係に破壊的な影響を及ぼし続け、砲艦外交を展開している状況において、韓国は1990年代後半に策定されながら、保守政権の時代に追いやられていた二つの外交原則を取り戻す必要がある。それは(1)北朝鮮との和解と協力に焦点を当てること、(2)外交政策における独立性、この二点だ。韓国は北朝鮮との直接的な接触を通じて、北朝鮮問題をもっと独自に解決していくべきだ。一方で、北朝鮮との対話を開始するためには、北朝鮮がミサイル発射および核兵器実験の両方を停止しなければならない。それこそがロシアと中国が提案しているロードマップの枠組みで要請しているものだ。韓国の指導部は始める前から失敗する運命にある米政府の砲艦外交を支援するのか、それともロシアと中国の外交努力を支援するのか、その選択を迫られている。これら選択肢の結末は明らかなのだが、問題は韓国の皆さんがどれだけ納得してくれるかだ。
 この3年間、朝鮮半島情勢には多くの試練が訪れた。中には肯定的なものもあって、北朝鮮指導部の立場が変わり、韓国に南北対話の再開を求めたことだ。しかし韓国と米国の態度が頑なに転じるなど、残念なこともあった。しかし我々には希望しかない。韓国と北朝鮮がすべての希望を実現するためには相当な柔軟性と、他国の影響からの独立性を示すべきだと考える。
 朝鮮半島の現状では、南北間のアジェンダに相当の刷新が求められている。第一段階として必要なのは、(1)地域の平和と安全保障、(2)独立した南北間の連絡確保、(3)韓国と北朝鮮の国家間協力の正常化、などだ。北朝鮮政府の民主化とか人権、そして北朝鮮の非核化といった課題は、その次の段階に取り組むべきものだ。

コメント①
東郷 和彦(京都産業大学客員教授)

 非常に興味深いプレゼンテーションで、ロシアの立場がよく理解できた。以下、4点に絞って話をしたい。

1.北朝鮮という国の本質

 北朝鮮という国の性格について、トルストクラトフ氏は、北朝鮮は「普通の国」であって「ならず者国家」として扱うのは間違いで、また、「崩壊寸前」でもない、と繰り返し強調された。かつては、北朝鮮も冷戦後の東欧諸国と似たような運命を辿るかもしれないと見ていたが、そうはならなかった、とも述べられた。その時、私はルーマニアのことを想起したが、トルストクラトフ氏は、北朝鮮はそのような国ではなかったと言われたと理解した。
 そして対北朝鮮政策としては、「普通の国」として対処するのがベストだと語られた。日本では、冷たく扱う「北風政策」と、温かみをもって扱う「太陽政策」、という政策の選択肢が取りざたされるが、同氏は北朝鮮に対しては「太陽政策」のみが効果的で、北朝鮮のような「単一イデオロギー国家」に対して北風政策は全く効果がないと強調された。この点について、トルストクラコフ氏の祖国ロシアや中国も似たような単一イデオロギーによる体制を長い間採ってきたので、そうでない国にはなかなか理解を得られないという同氏の見解は、大変興味深いものだった。
 私は基本的にトルストクラコフ氏のご指摘に同意するが、一点だけ違う点は、米国が常に北朝鮮を「ならず者国家」扱いしてきたとは言えないことである。実際、冷戦終了後、北朝鮮による核開発問題が浮上してきたが、当時のクリントン大統領はカーター元大統領を北朝鮮に派遣することを決断し、カーター氏は金日成主席と真剣な交渉の末に、「枠組み合意」に達しKEDOを設置することになった。そのあたりまで米国は比較的バランスの取れた対北政策をとったと思う。問題はその後、米国が北朝鮮を忘れ去ったのか、「悪の帝国」視することにかまけたのか、今に至るまで均衡のとれた対北政策が出てこなくなったように思う。
 トランプ大統領は独特のアプローチを採った。北朝鮮では米大統領と会談することを「最後の切り札」と見なし、そのために高官レベルの慎重な事前交渉が必要とされていた。ところがトランプ大統領はそのやり方を変えて、直接に金正恩と対話することを選んだ。そのときは、進展らしいものが見えたが、結局は立ち消えになってしまった。
 トルストクラコフ氏は、バイデン新大統領がどのような政策を採ると考えるか。トランプ氏のように金正恩とのトップ対話から始めることは選択外と考えるが、どの程度まで北朝鮮を「普通の国」として扱うだろうか。

2.朝鮮半島の非核化

 非核化問題については、長期目標としてはロシアも「朝鮮半島の非核化」という目標を共有している。しかしその実現のためには太陽政策で進める必要がある、「北風政策ではうまくいかない。制裁をかけない太陽政策しか効き目がない」とトルストクラコフ氏は、強く主張された。
 私は少し見解が違う。国際関係は現実主義で進めるべきであり、現実主義の外交には「抑止」と「対話」の両面が必要だ。北朝鮮の非核化には、対話だけでは難しく抑止力を行使する政策も必要だ。
 ではどのような抑止策が有効か。例えば、米韓合同軍事演習、国連が認めた経済制裁、また日本の防衛政策でもあるイージス艦とPAC3の組み合わせなどが考えられる。抑止策を組み入れた「総合的な政策」は、どうあるべきと考えられるか。

3.朝鮮半島の統一問題

 朝鮮半島統一問題だが、米国や日本と同盟した形の「統一コリア」は、ロシアにとっては受け入れられないシナリオだ、とトルストクラコフ氏は指摘した。米国主導の統一であれば、むしろ当面は現状維持が望ましく、長期的には「統一コリア」が積極中立を基本としたものならば、ロシアにも受け入れられ、ロシアは局外で中立の態度を採るだろうと言われた。
 トルストクラコフ氏の主張は、ロシアの立場を考えれば当然のことで、如何なる国も、南北が自らの意思で統一しようとすればそれに反対する立場にはいないし、他方、自国に敵対的立場をとる「統一コリア」を望まないのも当然だ。
 日本に関する微妙な問題を指摘しておきたい。日本は北朝鮮に関しては、ロシアと違う立場に立っている。特に2002年の小泉首相と金正日主席とが「平壌宣言」に調印して以来、北朝鮮と日本との関係正常化が政治課題になっている。ここに戦略的に重要な問題が出てくる。すなわち次の二つの選択肢がある。
 1 日本と北朝鮮との間のすべての問題を解決した上で「北朝鮮との国交回復」を実現し、その後に「統一コリア」が実現するというシナリオ。
 2 「統一コリア」が先ず実現し、その後にいま日本が北朝鮮と抱えているすべての問題を「統一コリア」と交渉して解決せざるを得なくなるシナリオ。
 この非常に重要な戦略的問題が日本国内でほとんど議論されていないことが、とても残念である。トルストクラコフ氏の感想をうかがいたい。

4.いま取り組むべきこと

 一番最後にトルストクラコフ氏は、最優先課題として、南北コリア間の関係正常化が必須だと強調され、①まず地域の平和と安全が実現し、②南北間のコミュニケーションが円滑化し、③南北協力を平常化させることが先決であり、北朝鮮の民主化、人権、非核化などはその次の段階のことだ、と述べられた。
 他方において同氏は、六カ国協議の参加国から北朝鮮を外した五者の間で、非核化に向けたロードマップを討議し準備すべきだという。それには、この「韓国と北朝鮮との関係改善」を進めながら、北朝鮮はミサイル開発と核兵器実験を中止するというロードマップを提示し、これこそいま中ロが示しているシナリオだと述べておられる。
 これに関連して、現在の文政権がそうした政策の遂行が可能かどうかという問題がある。日本における文政権への評価は地に落ちており、国民一般も政府当局も、文政権が実効性のある政策を実行できるとは見ていない。そして両国関係について何もしない方がいい、といった意見が支配的だ。私は多少違う意見だが、トルストクラコフ氏は文政権をどう見ているかについてお伺いしたい。

コメント②
香田 洋二(第36代自衛艦隊司令官)

 第一に、トルストクラコフ氏の発言は、極東ロシアから観た朝鮮半島問題を詳しく理解して考察したもので、日本の我々も学ぶべき要素が多かったので評価したい。
 第二に特に韓国・ロシアの関係についてのロシア側の見方は、目を開かされたというほどではないが、安全保障問題も含めた韓国・ロシア関係は、日本では十分に検討されてこなかった。日本人には非常に有益だったと思う。一般的に日本と北朝鮮の関係や、米国と北朝鮮の関係、ロシア・北朝鮮などは話題になるが、今回、ロシアの専門家から韓国・ロシア関係について詳しく説明されて、日本の朝鮮半島観に新たな認識と問題意識を提示してくれた。
 第三に、トルストクラコフ氏の米国観、特に米国の北朝鮮観や北朝鮮政策については、先入観と硬直的な印象を持っているように思う。むしろ米国はかなり柔軟な戦略を駆使してきたと言える。例えば米国にとって二国間の対話継続のほうがずっと容易だったはずだが、六カ国協議に応じた。これなどは米政府の柔軟性を示すものの一つだと思う。トルストクラコフ氏の米国観や米国の対北関係は、いささか先入観に支配されている感がして、誤解を招きかねないものだ。
 第四に、ロシアの北朝鮮に対する見方は概ね好意的で、米国や日本には厳しい見方を採っている。日本から見れば、北朝鮮は軍拡や核兵器開発、軍事優先の姿勢などから見ても、善意の国でも平和的な国でもない。忘れてならないことだが、朝鮮戦争を仕掛けて南側に侵略した張本人は北朝鮮なのだ。その歴史を世界に対して確認し清算する必要がある。しかし今のところ北朝鮮は、米韓からの攻撃を警戒し、それに対応するために大陸間弾道ミサイルや核兵器を開発していると自己正当化しているようだ。しかし我々の認識では、北朝鮮こそ攻撃側であり、それが我々が恐れるところなのである。この意味でも、またその出自からも米韓同盟は北朝鮮攻撃のための同盟ではなく、北の攻撃から韓国を防衛することを主目的にした同盟であることを見落とすべきではない。
 第五に、北朝鮮の非核化に関するロシアの観点として、トルストクラコフ氏は、北朝鮮の立場を擁護しているようだ。しかし世界一般が理解しているのは、北朝鮮という国が世界最貧国の一つでありながら、核とミサイル開発を推進している陰で、国民は富の分配や食料配給その他で極めて惨めな暮らし向きを余儀なくされている現実である。確かに金正恩委員長は経済再建を掲げ、国民の暮らしを向上させると号令しているが、その一方で、核・ミサイル開発に依然として膨大な国家資源を配分している。何故、そのようなことが起きているのか。もし金正恩委員長が本気で国家経済の再生や国民福祉の向上を願うのなら、北朝鮮が民生分野や人権擁護に可能な限りの予算配分をしていることを透明性と具体性をもって説明するべきだろう。しかし現実はそうなっていない。どうして北朝鮮を信用することができるか。そうした北朝鮮の後ろ盾になっているロシアや中国を信用できるだろうか。残念ながら今の段階で、北朝鮮を信用・信頼するに足る情報や報道は乏しい。
 最後にトルストクラトフ氏への質問だが、非核化やミサイル軍縮をめぐって第二次の六か国協議をロシアが支持するのか、または米朝間対話を支持するのか、トルストクラコフ氏の話はいささか曖昧だったように感じた。十年近い六カ国協議は成功しなかった、と言うべきか、「北朝鮮の非核化」という目標を実現できずに失敗に終わったといえる。この教訓を受けて関係諸国、すなわち日本、ロシア、米国、韓国、中国にとって、今後の北朝鮮の非核化への取り組みとして、どのような形または構造あるいは枠組みが好ましいと考えるのか。最後に申し上げたいが、私を含め大半の日本国民は、核武装した朝鮮半島の統一国家は望まないことを申し上げておきたい。

コメント③
李 相 哲(龍谷大学教授)

 本日のメインスピーチ(イーゴリ・トルストクラコフ氏)を通して、ロシアが朝鮮半島に対してどのような視点で見つめているのか、よく理解することができたことは、大変よい機会だった。私はここで、朝鮮半島が直面している問題点、そして朝鮮半島の問題解決を難しくしている要因などについて簡単に述べた上で、今後の日本の方向性についても言及してみたい。

自由で開かれたインド太平洋構想とクワッド

 現在、日本を取り巻く周辺情勢は混沌とし不安定化している。例えば、米中対立、北朝鮮の核武装、台湾海峡の緊張、韓国政治の迷走などである。それらはいずれも日本の「核心的利益」に直結する問題である。
 昨年(2020年)10月に続いて、2021年2月18日に開催された「クワッド」(QUAD:日米豪印協力体制)外相会議は、日本が提唱した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想の実現に向けて、地域の秩序を変更しようとする中国にどう対処すべきか、北朝鮮の核問題をどう処理すべきかなどのテーマを念頭に置いたものだった。今後、この地域(インド太平洋地域)の安全保障と秩序を守る重要な仕組み(「アジア版NATO」という専門家もいる)となると考えられる。
 ただ、この協力体制から韓国が除外されている点が残念である。日本と米国の国益を考える場合、この協力体制に韓国を取り込むことは、非常に重要なことだが、現在の文在寅政権下では難しいだろう。
 日本が国際社会で応分の役割を果たすためには、まず、地域安全保障を阻害する要因が何かを明確に認識する必要があるのではないか。

日米と韓国の情勢認識の違い

 現在、米国と日本、韓国の間には多くの懸案事項があり、それぞれの問題について認識差が存在している。その差は、地域の安全保障と平和に悪影響を与える、朝鮮半島の「核」に対する認識に顕著に表れている。文政権は、今なお金正恩には核放棄の意思があるとの認識を持っている。文大統領は、新年(2021年)の記者会見において、「金正恩委員長には、いまなお核を放棄する意思がある」と述べた。また今年1月に新たに外相に指名された韓国の鄭義溶(前大統領特別補佐官)は、「金正恩は、現在の国際情勢をはっきりと正確に認識しており、核を放棄する確実な意思を持っている」と発言した。しかし国際社会で、金正恩総書記が今後核を放棄するだろうと考えている専門家や国はほとんどなく、せいぜい文大統領くらいだろう。
 このように日・米と韓国(文政権)との認識の差が、朝鮮半島問題を難しくしている要因となっている。それぞれの立場によって、朝鮮半島核問題の解決の目標や方法、最終的にどこにもっていくのかなど、すべてにおいて違いが生じている。
 その具体的な違いについて述べてみたい。
 まず北朝鮮問題をどうすべきかをめぐって、韓国と日米、(中露を除く)国際社会とで違っている。本日のトルストクラコフ氏の発題を聞きながら思ったことだが、ロシアの視点は、まさに現在の文政権の考え方に非常に近いといえる。
 問題解決のための出発点も違う。
 文大統領は、シンガポールにおける米朝首脳会談において出された宣言の精神を尊重し、それを基盤として(対北朝鮮交渉を)進めると言っている。トランプ政権時代の(対北朝鮮外交の)「大きな成果」を継承し、そのプロセスを続けるべきだと考えているようだが、バイデン政権ではほとんど見直される可能性が高い。
 つぎに、問題解決の方法をめぐっても大きな隔たりが存在する。
 文政権は北朝鮮のとる「先行措置(核実験の凍結、ミサイル発射の停止、核施設(豊渓里)の爆破など)」に応えて、それ相応の措置を講じるべきと考えている。つまり制裁緩和策を望んでいるのである。これは文政権の一貫した立場だ。しかも北朝鮮と経済交流をして、協力事業を増やしながら、その過程で核問題を解決することが望ましいと考えている。これもロシアの立場に近いように思える。
 しかし、いま北朝鮮に対する経済制裁を緩和すれば、問題解決は遠のくだけではなく、むしろ永遠に解決しないのではないかとさえ思う。
 第三は、国際社会が朝鮮半島の将来をどうしようとするのかという目標も違う。
 文政権は、北朝鮮における人権弾圧、国際社会に対する度重なる挑発行為、不良行為について目をつぶっている。国連人権理事会の会議の席でも、韓国は外相の出席を見合わせている。また国連で採択しようとする対北朝鮮人権決議案に対しても韓国は棄権してきた。文政権は、北朝鮮の住民の人権弾圧に対しては一貫して目をつぶってきた。
 金正恩政権の犯罪性、非道徳性には触れないようにしている。北朝鮮に譲歩を迫るとか、北朝鮮を対話の場に引っ張り出すことを考えての配慮なのかもしれないが、これは間違ったメッセージを送る可能性が高い。
 いま北朝鮮問題についてはっきりさせるべきこととして、北朝鮮問題の根本は核問題を解決すれば完全に終わりということではない点である。北朝鮮は、国際社会で不法活動を行っており、最近ではサイバー攻撃によって金銭を喝取している事例も報告されている。また国内ではいまなお住民に対する圧政を強いており、人権蹂躙の実態は(さまざまな証言からも明らかなように)想像を絶するものがある。北朝鮮問題の本質は、核やミサイル以上に、人権蹂躙問題に代表されるようにこの国の非道徳性にあると認識すべきだ。

日本の対応

 それではこのような北朝鮮に対して、日本や国際社会はどう対処すべきか。
 韓国は、日米が中心となって進めている自由で開かれたインド太平洋構想や、クワッドには(おそらく中国やロシアに対する配慮から)及び腰だ。これは非常に残念な状況といえる。
 日本は、いまはっきりとした態度を示すべき決断の時を迎えたと思う。つまり、インド太平洋構想やクワッドに、韓国を取り込むべきか、いまのまま放っておくべきかという決断である。今となっては文政権の次の政権が発足してからでも(2022年)、遅くはないだろうが、文政権にそのようなことを期待しても無理であろう。
 次に、米中対立の構図の中で日本は、米国の対中強硬策に積極的に関与すべきか、あるいは距離を置くべきかという決断である。もちろん日本は貿易立国であり、対中貿易の比重も大きいので対中関係は重要だと思うが、日本の対中姿勢は、EUや国際社会の対中姿勢に大きな影響を及ぼすので、対中政策をどうするかを明確にすべきだと思う。
 さらに朝鮮半島問題、台湾問題は、日本の近未来にかかわる重要なイシューだ。とくに台湾問題は他人事で済まされないので、この問題についても日本は態度を明確にする必要があるのではないか。

(本稿は、2021年2月24日に開催されたILC特別懇談会における発題・コメントを整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
イーゴリ・トルストクラコフ ロシア極東大学コリア研究高等院教授、ロシア科学アカデミー極東支部コリア研究センター長
著者プロフィール
1986年極東連邦大学東洋学部卒。極東連邦大学東洋研究所准教授を経て、現在、同大学コリア高等研究院教授・コリア歴史経済文化学科長、同大学東洋研究所科学局長・コリア研究センターコーディネーター、ロシア科学アカデミー極東支部コリア研究センター長。専門は韓国近現代史。論文に「2003年における大韓民国の国内政治プロセス」「大韓民国の政治の近代化(1945-1987年)」など多数。
ロシアは北東アジアの域内政治では依然、周辺国扱いでも主導的役割でもない。アジアの太平洋沿岸地域とロシアの政治・経済交流史を俯瞰し、この地域でロシ アがいかに政治・経済面の存在感を段階的に発展させ、近年の外交政策に至ったのかを、ロシアの専門家の視点から整理する。

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