朝鮮半島における平和の展望―ロシアの視点―

朝鮮半島における平和の展望―ロシアの視点―

2020年12月1日
平和外交・安全保障
1.トランプ大統領が遺した朝鮮半島政策と新政権の対応

 米大統領選挙でジョー・バイデン氏が勝利したことで、大半の専門家は、米国の外交政策が大きく変更すると見ている。これまでもそうした「Uターン」現象は見慣れたもので、八年か四年毎に米国の友好国も非友好国も困惑させられてきた。思い起こせば、ジョージ・W・ブッシュ大統領が事実上採択した「ABC=Anything But Clinton」(クリントンの政策以外なら何でもあり)、最近ではドナルド・トランプ大統領が採った「ABO=Anything But Obama」(オバマの政策以外なら何でもいい)路線のことだ。
 このことは外交政策上の予測可能性を意味してきた。米国は北朝鮮が将来予測のしにくい国だと非難したがる。しかし米国に関して唯一予測可能なのは、新任の大統領が前任者の調印した国際協定を破るとか解消したり、二国間または多国間協定や枠組みから撤退することだ。我々は多分、似たような時期を経験するだろうが、その場合のスローガンは「ABT=Anything But Trump」(トランプの政策以外なら何でもあり)となるのだろうか。ともあれ朝鮮半島問題について、まず米国の政策に如何なる変化が見られるかを検討してみたい。
 第一に、大方の専門家が見るところ、朝鮮半島情勢がバイデン次期政権の外交政策の優先課題になることはないだろう。まずもって米国自体の膨大な内政問題に対処しなければならない。加えて欧州から東アジアまで、トランプ政権の下で損なわれた米国の主要な同盟諸国との関係や、軍事・政治的な同盟関係を修復する緊急課題があるからだ。だから「朝鮮半島」が耳目を集めるとすれば、北朝鮮が大陸間弾道弾の発射実験や核実験を再開する場合だろう。
 第二に、トランプ大統領が金正恩氏と行った「サミット外交」を、バイデン氏は繰り返し批判し、北朝鮮の指導者と会談するのは、米国が主張する非核化シナリオに北朝鮮が同意した時だけだ、と主張してきた。またバイデン氏の外交政策チームは、核問題を一挙に解決することは非現実的だと考えている。彼らは、北朝鮮が核・ミサイル計画を放棄する方向に持っていけるなら、相互の妥協点を探り合う実務者レベルの接触を重ねていく道筋を除外していない。
 第三に、一部専門家が見るところ、オバマ政権八年のバイデン氏の仕事を見れば、オバマ政権の対北「戦略的忍耐」政策に戻る可能性がある。一方で民主党は北朝鮮に対する「最大圧力」政策を放棄しないだろう。同政策はトランプ政権で実施されてきたものだが、何よりも連邦議会が超党派の圧倒的支持を与えてきたし、それによって実際に北朝鮮は2017年秋以降、大陸間弾道弾の発射や核実験をしてこなかったからだ。
 第四に、バイデン氏は大概の前任者同様、米国の朝鮮半島政策を再検討する必要に迫られ、それには数ヶ月間かかるだろう。トランプ政権の外交政策チームを入れ替え、新人事が議会承認を得るまでの時間を考慮すれば、新政策が見えてくるのは2021年夏以降ではないか。
 ところで北朝鮮の進路にとって最も肝心な要素は中国との関係だ。トランプ大統領の対中強硬政策の大半は、合衆国議会で超党派的な支持を得てきた。仮にバイデン次期政権が中国包囲政策を継続するなら、中国の対米関係の一つの切り札として北朝鮮の存在価値は保たれるから、平壌も対米関係にあまり気を遣わず、譲歩する必要も感じないはずだ。

2.米国のアジア太平洋戦略における朝鮮半島の意味

 米国が北朝鮮との間で、あまり実効性のない「戦争終結宣言」にさえ調印したがらないことは、米国の朝鮮半島政策が地政学的な考慮で導かれていることを物語っている。朝鮮半島に関する米国の本音を率直に表現したものとして典型的なのは、ジョージ・W・ブッシュ政権でコリア問題担当として名が知られたビクター・チャー氏の言葉だ。同氏は2009年の時点でオバマ政権に次のような言葉を残した。「どんな結実を刈り取れるか、まあ見ていてください。最終的な褒美は核の非拡散ではなく、自由かつ民主的な統一コリアがアジアの平和と経済成長の牽引役として、アジアと世界に対処する米国のグローバル・パートナーになっていくという成果を見守っていくことです。」[1]
 核の非拡散、というアジェンダは今に至るまで、この地域で米国が地政学的な目標を達成する補助的ツールに過ぎない。その目標は第二次世界大戦以後、共和党・民主党いずれの政権下でも一貫して変わることがなかった。それは要するに米国が、アジア・太平洋地域での政治的及び軍事的な優位性を維持することであり、今日その対象範囲はインド・太平洋に拡大されている。次期大統領ジョー・バイデンの言葉では、「世界に通じる道のルール作りを継続していく」ことなのだ。[2]
 朝鮮半島における正真正銘の緊張緩和、もっと本格的な米朝の関係正常化とか南北の正常化が実現すれば、当然のことながら朝鮮半島における米軍のプレゼンスが俎上に乗るだろう。韓国から米軍が撤退する、という展開になれば、日本にも同様の事態を招くだろう。韓国と日本でそうした事態が起きれば、アジア・太平洋全般での米戦略の要石を取り除くことになるだろう。何故なら、それは両国との軍事・政治的同盟関係と、両国に前線配備された米軍の存在を基礎に成り立ってきたからだ。
 しかも米国と北朝鮮の関係正常化とか、南北の抜本的な関係改善が進展すれば、いわゆる「北の脅威論」は消えていくだろう。そうなれば、北東アジアにミサイル防衛システムを何らかの形で配備するべきだ、という米国が多少とも本気で展開してきた議論の最後の拠り所は失われるだろう。
 こうした事情から米国としては、朝鮮半島に米軍部隊の展開とTHAADシステム配備を正当化できる程度の緊張を維持すること、また望むべくは北朝鮮に体制変化がもたらされることに関心を抱かざるを得ないわけだ。後者のシナリオなら、米国は影響力を朝鮮半島全域に及ぼすことになるが、朝鮮半島と言うのはロシア・中国の両方に国境を接しており、この二大国は米国の世界的覇権に歯止めをかける潜在力を持った二大国であるために、アジアでも格別な軍事・戦略的な価値を有している。朝鮮と中露国境の地域に米軍が前線配備することにでもなれば、東アジアのみならずアジア・太平洋地域の軍事・政治情勢に抜本的な変更をもたらすはずだ。

3.朝鮮半島と米中関係

 中国の立場を理解するのに大事なことは、中国と朝鮮が数千年間も隣人同士だった事実だ。20世紀に入るまで朝鮮は、排他的な中華圏に取り込まれていた。中国の歴史観や、朝鮮半島に対する伝統的な利害関係を悠久な五千年の過去または未来の観点で見れば、過去150年ほど朝鮮が中華圏を外れていたことなど大したことではないのだ。
 中国の現在の指導部や外交専門家たちは、中国が目下採っている政策、すなわち北朝鮮を破綻させない政策の将来について議論を続けてきた。社会主義と共産党主導で維持している今の中国は言うまでもないが、「ポスト共産主義」の中国になった場合でさえ、仮に米軍の存在を度外視したとしても、「統一コリア」に米国の政治的影響力が強まっていく状況は受け入れられないだろう。しかしこれこそが近い将来、北朝鮮が転覆した場合に起こりうるシナリオなのだ。
 他の大国の立場に関わらず、中国は当分の間、北朝鮮を破綻させず、アジアのメインランドで米軍の前線配備に対する緩衝地帯として確保したいはずだ。その北朝鮮を中国が失ってしまうことは、「第二次朝鮮戦争」で負けたに等しく、その結果、米軍が鴨緑江周辺に展開することになるからだ。こうした展開は、現在の米国の対中政策からしても、北京の台湾及び南シナ海に対する政策からしても、絶対に受け入れられないものだ。
 過去数百年もの間、中国が自らの勢力圏、と見做してきた地域に米国が干渉すれば、今や世界の経済大国であり、独自の世界的文明である儒教文明圏との深刻な葛藤になることは、米国も十分了解しているはずだ。だから当分、北朝鮮をめぐって米国が中国と事を構える用意があるとは考えられない。
 北京としては今後も間違いなく、あらゆる外交・経済上の資源を駆使して、北朝鮮の存続を図るはずだ。同時に中国としては、北朝鮮ができる限りの外交上の自制を働かせ、また経済改革を続けて、平壌の政権維持に中国が担っている政治・経済的な負担が軽減されることを期待しているに違いない。
 中国が米国との直接衝突を避け、国境周辺を平穏にしておきたい意向であることを、米国は積極的に利用している。北朝鮮の経済を絞めあげることに中国が加担するよう、米国は中国に甚大な圧力をかけ続けており、同時に、米国が自らの意思に沿って中国を行動させることができること、それが中国の近隣国で同盟国との関係でも可能なことを世界に示そうとしている。
 北朝鮮で何らかの緊急事態、それは西側では北朝鮮の政権崩壊を意味しているが、その場合に中国が連携して行動するよう、米国は画策し続けている。その事態に関する米国人の約束、すなわち米軍を朝鮮半島北部には展開せず、北朝鮮の大量破壊兵器を探索・除去する目的だけに動員する、という約束を中国人は信用しないだろう。旧ソ連指導部に対して示された類似の約束、つまり北大西洋条約機構(NATO)は欧州の東側に拡大しない、という約束がどうなったか中国人が知らないはずはなく、今の欧州の現実を見て吟味しているはずだ。
 朝鮮半島の現状には、極めて微妙なバランスがある。米国は「最大圧力」を行使する傍らで、北朝鮮の安全保障と経済的繁栄を謳って北朝鮮をあやつり、米国の影響圏に引きずり込もうとしている。一方で中国は北朝鮮を友好国として遇しながら、東アジアにおける米国の前線配備兵力との間の緩衝地帯として維持できるよう全力を尽くしているはずだ。

4.南北和解とロシアの利害

 ロシアは常に、韓国と北朝鮮の緊張緩和や協力促進に向けたあらゆる動きを歓迎してきた。その大きな理由は二つある。第一に、南北の和解進展によって、ロシア東部国境の外で発生しかねない軍事的衝突による脅威を取り除けるからだ。第二に、二つの朝鮮との経済関係を進め、北東アジアでロシアも参加する多国間経済プロジェクトを実施するのに都合のいい環境を作れるからだ。
 二つの朝鮮には対話と協力以外に選択肢がない、というのがロシアの確信だ。それが経済的に有益であるばかりか、そうした相互作用が韓国と北朝鮮の和解促進の契機になると考えるからだ。ロシアとしては、中国、米国、日本をはじめ、朝鮮半島の持続的平和に有益な国際的条件を作り出すことに関心ある国々と一緒に汗をかく用意がある。

5.結論

 核問題の交渉プロセスが頓挫している今の状況は、韓国と北朝鮮に得難いチャンスを与えているのかもしれない。何故かと言えば相互の努力を通じて、大惨事の再発を防ぐ指導力を発揮し、平和と共栄を推進する好機だと思われるからだ。南北朝鮮の国民にとって最善の途は、過去数十年間、南北間で行われた様々な対話努力、その中には2018年の歴史的な三度の首脳会談もあるが、そこで到達した諸協定の実施努力を再始動することではないかと思われる。今こそ南北朝鮮の国民が、民族の運命を自らの手に握る重要な機会だ。
 ロシアの期待は、将来の統一コリアがロシアの良き隣人かつ主要な経済的パートナーになることだ。そのような国がこの地域に現れることは、東アジアでのロシアの安全保障と経済的利益にとって有益だと考えられる。

 

[1] Cha, Victor. U.S.-Korea Relations: Obama’s Korea Inheritance. Comparative Connections. Oct.-Dec. 2009.
URL: http://cc.pacforum.org/2009/01/obamas-korea-inheritance/

[2] Marc Champion, Nick Wadhams and Arne Delfs. The World Has Changed Too Much for Biden to Erase the Trump Effect. Bloomberg. 17.07.2020.
URL: https://www.bloomberg.com/news/articles/2020-07-17/the-world-has-changed-too-much-for-biden-to-erase-the-trump-effect

政策オピニオン
アレクサンダー・ジェビン(Alexander Zhebin) ロシア科学アカデミー極東研究所(IFES)朝鮮研究センター所長
著者プロフィール
1975年ソビエト連邦外務省付属のモスクワ国際関係大学卒業。ジャーナリスト、外交官として12年間にわたり北朝鮮に滞在。1978-79年タス通信平壌特派員、1983-90年同平壌支局長。1992年からロシア科学アカデミー極東研究所(IFES)に所属し、98年にIFESで博士号取得(政治学)。この間、韓国・高麗大学アジア問題研究所、韓国統一研究院で客員研究員を歴任。1998-2001年在北朝鮮ロシア大使館一等書記官・参事官。2001-03年IFESシニアフェロー、2004年からIFES朝鮮研究センター所長。専門はロシア・北朝鮮関係、ロシア・韓国関係、南北関係、朝鮮半島の安全保障、北朝鮮政治。
ロシアは、韓国と北朝鮮には対話と協力以外に選択肢がないと考えている。将来の統一コリアが良き隣人かつ主要な経済的パートナーになることが、ロシアの安全保障と経済にとって有益だからだ。

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