東南アジア最大級の石造建造物アンコール遺跡 ―石から探る遺跡の謎の解明―

東南アジア最大級の石造建造物アンコール遺跡 ―石から探る遺跡の謎の解明―

2020年11月18日
グローバルイシュー・平和構築

 東南アジア最大級の石造建造物であるカンボジアのアンコール遺跡の修復・保存を目的に日本国政府アンコール遺跡救済チームが1994年に立ち上がった。このチームの一員であり、岩石学を専門とする筆者がアンコール遺跡の石材から遺跡建造の謎の解明に挑戦するとともに石材劣化の要因の解明を進めてきた。

アンコール遺跡とは

 アンコール・ワット寺院は東南アジアにおける最大級の石造寺院である(写真1)。クメール人(現在のカンボジア人)によって9世紀から15世紀にかけて建造された石造建造物群はクメール遺跡と呼ばれる。その中でもカンボジアの首都プノン・ペンの北北西およそ250㎞のところに位置するシェム・リアップ市周辺に分布する寺院群はアンコール遺跡と呼ばれており、1992年にユネスコの世界文化遺産に登録された。アンコール・ワット寺院はその一つであり、アンコール遺跡を代表する寺院である。
 アンコール遺跡は年間2百万人を超える外国人が訪れる一大観光地である。現在、日本とシェム・リアップを結ぶ直行便は就航していないが、直行便が就航すれば日本人観光客数が激増することが予想される。
 アンコール遺跡=アンコール・ワット寺院と思っている方が多く見受けられるが、アンコール・ワット寺院はアンコール遺跡を構成する一つの寺院であり、さらに、アンコール遺跡はクメール遺跡の一つである。クメール遺跡は、カンボジアをはじめ、タイのほぼ全土、ラオス南部、さらにベトナムの一部に渡って分布している。
 規模の大きなクメール遺跡として、カンボジアのアンコール遺跡をはじめ、コー・ケル遺跡、バカン遺跡(別名、コンポン・スヴァイのプレア・カーン遺跡)、プレア・ヴィヘア遺跡、バンテアイ・チュマール遺跡があげられる。また、タイでは、ピマーイ遺跡、パノム・ルン遺跡、ラオスではワット・プー遺跡が規模の大きな遺跡として知られている。
 9世紀から15世紀はアンコール時代と呼ばれるが、その前の6世紀末から9世紀までは前アンコール時代と呼ばれており、この時代の代表的な遺跡としてカンボジアのほぼ中央に位置するサンボール・プレイ・クック遺跡があげられる。ただし、この時代の遺跡の大部分はレンガ造である。
 アンコール遺跡はユネスコの世界遺産に登録されたカンボジア最初の遺跡であり、その後、2008年にプレア・ヴィヘア遺跡が、そして、2017年にはサンボール・プレイ・クック遺跡が登録されている。ラオスのワット・プー遺跡も世界遺産(2001年)に登録されており、計4つのクメール遺跡が世界遺産に登録されており、このことからも当時のクメール人の偉大さが窺える。

【図1】 アンコール遺跡を代表するアンコール・ワット寺院
アンコール遺跡の修復と保存

 石造建造物であるクメール遺跡群も自然の脅威に勝つことができず、徐々に遺跡の崩壊が進行し、その修復・保存は喫緊の課題である。特に、カンボジアでは1970年から1991年まで続いた内戦の間、修復・保存活動が中断されたこともあり、アンコール遺跡が世界遺産に登録された際には、「危機に瀕した世界遺産」として登録された経緯がある。アンコール王朝は1431年に隣国のシャム(現在のタイ)の侵攻により陥落し、その後、アンコール遺跡は自然の驚異に晒され、崩壊が進んでいった。
 19世紀半ばにカンボジアはフランスの植民地となり、アンコール遺跡の存在が再び世界に知れ渡ることとなる。崩壊が進んでいたアンコール遺跡はフランスの極東学院の手により1907年からその修復・保存活動が開始された。近年では、フランスをはじめとして、インド、イタリア、ドイツ、韓国、中国、米国、インドネシア等の各国のチームにより修復・保存活動が行われている。カンボジアは内戦の影響もあり、東南アジアの中でも最も貧しい国の一つであり、自国の力だけでは膨大な遺跡群の修復・保存はままならない状況にあり、多くの国がその修復・保存活動に貢献している。そのおかげで2004年には「危機に瀕した世界遺産」から解除されるに至った。
 日本もアンコール遺跡の修復・保存活動にかかわっている。当時、早稲田大学理工学部建築学科の教授であった中川武教授を団長とする日本国政府アンコール遺跡救済チーム(JSA:Japanese Government Team for Safeguarding Angkor)が1994年に結成された。JSAは、建築学、考古学、美術史学、地盤工学、岩石学、生物学、測量学、保存科学等を専門とする専門家から構成されている。筆者は、早稲田大学理工学部には岩石を専門とする研究者が私以外他にいなかったことから幸運にもアンコール遺跡の調査・研究に携わる機会を得た。
 調査団として初めて現地調査を行ったのは1994年の夏である。JSAでは、遺跡の修復・保存を実施するにあたり、その背景となる基礎研究・調査を重要視し、最初の数年間は、基礎研究・調査に時間を費やすとともに、アンコール遺跡建造当時の工法を踏襲することを心掛けた。そのため実際の修復・保存作業に着手するまでにかなりの時間が掛かってしまった。
 最初の修復・保存工事に取り組んだ建造物はアンコール・トムの中心寺院であるバイヨン寺院の北経蔵であり1999年に竣工した(写真2)。このバイヨン寺院の修復・保存活動と並行して、JSAはアンコール・ワットの外周壁内にある北経蔵およびバイヨン寺院の北東側に位置するプラサート・スープラのN1塔とN2塔の修復を行った。N1塔は3度ほど傾いており、今にも倒れそうな状態にあったが、塔全体を解体するとともに、地盤の強化を行った上でN1塔の再構築を行った。

【図2】 修復前後のバイヨン寺院の北経蔵
アンコール遺跡の石材調査

 筆者は岩石学の専門家としてJSAの結成以来アンコール遺跡の石材の調査・研究に関与しており、既に26年余りが経過した。当初、アンコール遺跡の石材に関する調査は数年程度で終わるだろうと思っていたが、思いがけなく興味深い成果が得られるとともに、調査対象がアンコール遺跡のみならず、クメール遺跡の主要遺跡全体に広がったため、いまだにこれらの遺跡を対象として調査を継続している。岩石の専門家としての筆者の役割は、アンコール遺跡に使用されている石材の種類を明らかにすること、その供給地を明らかにすること、石材劣化の要因を明らかにすること、および、石材劣化対策を講じることである。
 アンコール遺跡は石造建造物群であり、その建造には基本的に砂岩と熱帯特有の赤色を呈するラテライトという地表付近で変質により生成された岩石が用いられている。ただし、10世紀以前に建造された建造物ではレンガも使用されている。
 砂岩は建造物の主要な部分に使用されているのに対し、ラテライトは周壁、基壇、参道などに使用される傾向が見られていることから、主要建築材は砂岩であり、その補助的な建築材がラテライトであると考えることができる。
 アンコール遺跡に使用されている砂岩には3種類のものが認められる。色に基づく分類では灰色~黄褐色砂岩、赤色砂岩、緑灰色硬砂岩に分けられ、岩石学的にはそれぞれ長石質アレナイト、石英質アレナイト、長石質ワッケに分類される。この中でも圧倒的に多く使用されている砂岩は灰色~黄褐色砂岩である。赤色砂岩は、アンコール遺跡の中心部から北側約20kmのところに位置するバンテアイ・スレイ寺院において主要石材として使用されているのみである。また、緑灰色硬砂岩はタ・ケオ寺院の頂部にある5塔の祠堂に使用されているとともに、ヒンドゥー教のシンボルであるリンガ・ヨーニおよびその台座や彫像に使用されている。そのような意味では緑灰色硬砂岩は重要で貴重な砂岩であると言える。
 灰色~黄褐色砂岩の供給地はアンコール遺跡の北東約30kmのところに位置するクレン山南東山麓にあることは古くから知られていたが、筆者らはこの十数年間クレン山の南東山麓で調査を行い、その結果、140箇所余りの石切り場の痕跡を明らかにした。また、石切り場の砂岩の特徴から時代とともに石切り場が移動したことが明らかになった。さらに、Google Earthを用いて石材運搬に使用されたと推測される運河、すなわち、石材運搬経路を明らかにすることができた。
 赤色砂岩に関してはまだその石切り場は発見されていないが、バンテアイ・スレイ寺院の北側に位置するクレン山から採掘されたことは間違いないと思われる。クレン山の底部は灰色~黄褐色砂岩から構成されており、南東部で露出し、これがアンコール遺跡の主要石材として使用されているが、その上にある砂岩は石英質砂岩であり、その中に赤色砂岩層が挟まれており、バンテアイ・スレイ寺院の砂岩と大変良く似ていることから、赤色砂岩がクレン山から供給されたことは間違いないと思われるが、その石切り場はまだ特定されていない。いずれにしても運搬された距離は10㎞程度であると推測される。
 それに対し、緑灰色硬砂岩に関してはかなり遠いところから運搬されてきたと考えられる。予察的な調査が、Carò and Douglas (2013)によって行われており、筆者らはこの情報に基づき各種分析を含めた詳しい調査をこの数年間行っている。その結果、アンコール遺跡の南東約250㎞のところに位置するクラチエ州に緑灰色硬砂岩の石切り場が存在することが明らかになった。すでに述べたように緑灰色硬砂岩は、タ・ケオ寺院の祠堂に使用されているとともに、リンガ・ヨーニとその台座および彫像に使用されている。
 実は、前者と後者とでは帯磁率(主として岩石中の磁性鉱物である磁鉄鉱の量に比例して帯磁率が増加すると考えられる)およびRb(ルビジウム)含有量に違いが認められ、その石切り場が両者において異なることが明らかになった。クラチエ州にそれに対応した石切り場があることを最近突き止めたばかりである。石切り場までは直線距離で250㎞とかなり離れているが、メコン川が近くを流れているとともに、メコン川とアンコール遺跡へと続くトンレ・サップ川(トンレ・サップ湖を含む)とがカンボジアの首都プノン・ペン近くで合流しており、雨季にはメコン川からトンレ・サップ川へと水が逆流することから石材の運搬には時間はかかるが、雨季に上記水路を使用すればその距離にもかかわらず石材の運搬はそれほど困難ではなかったと考えられる。
 アンコール遺跡では主要建築材として灰色~黄褐色砂岩が使用されているが、研究者にとっては残念なことに、この灰色~黄褐色砂岩の化学組成には微量元素も含めて寺院間における違いが全く認められない。さらに、構成鉱物にも違いは見られず、石材から遺跡建造に関わる謎にアプローチすることは不可能であった。
 アンコール遺跡の石材に対する調査は多くの国の研究者によって行われて来たが、上述したことから進展がない状態が続いていた。しかしながら、筆者は、灰色~黄褐色砂岩の帯磁率に違いがあることを見出し、十万個に及ぶ灰色~黄褐色砂岩材に対する帯磁率測定結果を解析することにより時代とともに石切り場が変化し、アンコール時代には大きく分けて7か所の石切り場群が存在したことを推測するに至った。このことは近年行われたクレン山南東麓での石切り場調査において証明することができた。また、砂岩材に対する帯磁率の詳細な測定により、各寺院における建造物の建造順序を明らかにするとともに、建造時代の重複する寺院においてそれぞれの寺院のどの部分が同時期に建造されたのかといった対比ができるようになった。
 このように迅速かつ非破壊で測定できる帯磁率測定はアンコール遺跡における石材研究のブレークスルーとなった。近年では、携帯型の蛍光X線分析装置が開発され、化学組成をその場で分析できるようになり、アンコール遺跡におけるもう一つの重要な建築材料であるラテライトを用いて砂岩と同様に寺院の建造時期や順序を推定することが可能となっている。

アンコール遺跡での石材劣化

 アンコール遺跡における石材研究のもう一つの大きな目的は石材劣化機構を明らかにすることである。遺跡の崩壊では、地盤の不同沈下や遺跡上に成長した樹木が大きな要因となっている。それに対し、寺院の壁面に彫られたレリーフの劣化では塩類風化が大きな要因となっている。
 アンコール遺跡における塩類風化には2種類の要因が確認される。一つは、遺跡に棲息するコウモリの排せつ物に起因している。アンコール遺跡には多くのコウモリが棲息している。コウモリの排せつ物には硫黄やリンが含まれており、硫黄は微生物の活動により酸化され、硫酸へと変化する。この酸により石材が劣化するとともに、岩石と反応して生成された硫酸塩やリン酸塩が雨水に溶け、壁や柱を上昇し、途中で水が蒸発することにより塩類が析出し、それに伴う結晶圧により石材の表面が少しずつ剥離する。
 その典型的な例として、アンコール・ワット寺院の外回廊、十字回廊および内回廊の柱が挙げられ、これらの場所では柱の下部が10㎝近くもやせ細っている現象が見られる(写真3)。また、コウモリの排せつ物に含まれるアンモニアが硫黄と同様に微生物の働きにより酸化され硝酸となり石材を劣化させる。アンコール・ワット寺院の回廊を歩いていると異臭が漂っているが、これはコウモリの排せつ物に含まれるアンモニアのせいである。このようにコウモリの排せつ物が石材劣化の要因の一つとなっている。

【図3】 アンコール・ワット寺院十字回廊におけるコウモリの排せつ物に起因する柱下部の劣化

 もうひとつの石材劣化の要因は方解石(炭酸カルシウム)の析出である。アンコール遺跡の主要建築材である灰色~黄褐色砂岩には少なからずカルシウム成分が含まれており、これが石材に浸透した雨水に溶けだし、このカルシウムを含んだ雨水が石材表面で蒸発する場所においてカルシウム分が方解石として析出することによる結晶圧により石材表面が剥離する現象である。この現象は雨水がかかりやすいところでは起こらず、逆に雨水のかからないところ、たとえば、屋根裏、上部が迫り出した基壇表面、開口部の上枠材下面などで頻繁に見られる(写真4)。木材と比べて石材は腐ることなく長持ちすることは確かであるが、たとえ石材であっても、上記の理由により徐々に劣化が進行し、場合によっては遺跡の崩壊にもつながるのである。

【図4】 タ・ケオ寺院の基壇にみられる方解石の析出に伴う装飾部の劣化

 上述したように、長年のアンコール遺跡の石材調査・研究により、石切り場の特定、石材運搬経路の解明、建造年代・建造順序の推定、石材劣化機構の解明が行われ、アンコール遺跡にまつわる多くの謎が石材の調査・研究により解明されつつある。この成果はアンコール遺跡の修復・保存作業に還元されるとともに、遺跡の付加価値を高め、観光客の集客にもつながることが期待される。
 カンボジアの国旗の中央にはアンコール・ワット寺院が描かれており、アンコール遺跡はカンボジアのシンボルであるとともに、その観光収入は国家の収入において大きな部分を占めている。このようなアンコール遺跡の調査・研究および修復・保存活動に関与できることは筆者にとって大きな喜びであり、やりがいを感じる次第である。

 

参考文献
Carò, F. and Douglas, J. (2013) Nature and provenance of the sandstone used for Bayon style sculptures produced during the reign of Jayavarman VII. Journal of Archaeological Science, vol.40, pp.723-734.

政策オピニオン
内田 悦生 早稲田大学理工学術院環境資源工学科教授
著者プロフィール
1977年3月早稲田大学理工学部資源工学科卒業。その後、東京大学大学院理学系研究科地質学専攻修士課程および博士課程修了。理学博士。日本学術振興会奨励研究員、ベルギー政府給費留学生(Université Catholique de Louvain)、早稲田大学理工学部助手、高麗大学交換研究員、早稲田大学理工学部専任講師、早稲田大学理工学部助教授、同大学同学部教授、同大学同学部教務担当教務副主任、早稲田大学理工学術院教授(改組による)、同大学同学術院長補佐(教務主任)、環境資源工学科主任を経て、現在、同大学同学術院環境資源工学科教授。主な著書は『地球・環境・資源 地球と人類の共生をめざして』内田悦生・高木秀雄編著 共立出版、『石が語るアンコール遺跡 岩石学からみた世界遺産』内田悦生著 下田一太コラム執筆 早稲田大学出版部、『岩石・鉱物のための熱力学』内田悦生著 共立出版。専門は岩石・鉱物・鉱床学、文化財科学。
世界遺産に初めて登録されたカンボジアのアンコール遺跡は9世紀から15世紀に建造されたものだが、遺跡の修復・保存にあたり、遺跡にまつわる多くの謎が解明されつつある。

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