コロナ危機で見えた国際保健協力の課題 ―グローバルヘルス・ガバナンスと日本の役割―

コロナ危機で見えた国際保健協力の課題 ―グローバルヘルス・ガバナンスと日本の役割―

2021年3月4日
グローバルイシュー・平和構築

 新型コロナウイルス(以降、新型コロナ)のパンデミックによって、国際社会は人間の生命と健康を守る国際協力のあるべき姿を問い直している。本稿では、これまで国際保健協力が辿ってきた歴史的展開を概観し、国際保健協力が直面している国際政治や抱えている諸課題について明らかにしていく。その上で、次のパンデミックに備えて、今後必要となる対策や日本が果たすべき役割について論じる。

1.国際保健協力の歴史的展開

保健協力の始まり

 最初に、保健協力がどのような経緯で始まったのかについて述べる。国境を越える感染症に対する本格的な国際枠組みが登場したのは、19世紀に入ってからであった。そのきっかけとなったのが、ヨーロッパにおけるコレラの流行である。コレラは、もともとインドの風土病だったが、貿易や人の移動といった当時のグローバリゼーションの流れに乗って、世界各地に流行が広がった。19世紀の初めから半ばにかけて、ロンドンやパリといったヨーロッパの主要都市でコレラの大流行が度々見られ、各国はコレラの流行に対して検疫法の制定や下水道やごみ処理といった公衆衛生インフラの見直しを実施した。しかし、国境を越える感染症の性質にアプローチするためには、国内の対応だけでは限界があることが次第に認識されるようになった。
 そこで、1851年以降、国境を越える感染症に関して、条約締結を含む国際枠組みを構築するための国際衛生会議が開催されるようになった。半世紀にわたる協議の結果、1903年に史上初の感染症に関する国際条約である国際衛生協定が結ばれた。この国際衛生協定は、現在のWHO国際保健規則の原型とも言えるもので、各加盟国が域内における感染の状況等を共有することや、感染症の流行が確認された場合には互いに通知すること、感染した船が入港してきた際の共通の対応について定められた。
 興味深いのは、この国際衛生協定が締結された時期が、普仏戦争や第一次世界大戦に向かって、ヨーロッパの国々の間で二つの同盟が形成され、その間の対立が深まっていく時期であったことだ。それにも関わらず、その政治的な動きとは切り離された形で、保健協力の枠組み作りが進んでいる。普仏戦争の翌年に開催された国際衛生会議には、争い合っていたドイツとフランスの双方が参加し、会議が行われた。第一次大戦に向かう19世紀の終わり頃においても、政治対立が深まるにも関わらず、各国は条約の締約に向けて話し合いを継続していた。

国際連盟における保健協力

 しかし、国際衛生協定は、第一次世界大戦で壁に直面することになる。戦時中にスペイン風邪やマラリアが流行し、終戦後にも天然痘やチフスといった感染症が兵士の移動によってヨーロッパで広く流行した。しかし、国際衛生協定の範囲は、コレラ・ペスト・黄熱病の三つの感染症に限定されていたため、スペイン風邪やチフス、天然痘の大流行に対応する機能を持ち合わせておらず、この条約だけでは限界があることが第一次世界大戦の経験をもとに広く認識されるようになった。そのため、この時は、新たに組織された国際連盟がポーランドやロシアに保健部隊を派遣し、戦後のチフスや天然痘等のヨーロッパにおける流行に対応する緊急措置が取られた。この経験を生かして、国際連盟の下に常設の保健機関を設置することとなり、現在のWHOの前身にあたる国際連盟保健機関が設立された。
 国際連盟保健機関は、発生した感染症への対処だけではなく、感染症の拡大防止にあたって、平時から感染症に関する情報を共有することにも取り組んだ。また、感染症の拡大には、整備された公衆衛生インフラや栄養のある食べ物、清潔な居住空間といった要因も深く影響しているため、それらも含めた広い意味で「健康」をとらえる動きが活発化した。この広義の「健康」に対する考え方はWHOにも引き継がれており、WHO憲章の前文には、「健康」に関して、単に病気でない状態だけではなく、広く精神的、身体的、道徳的に健全な状態のことを指すと記されている。

WHOを中心とする保健協力

 国際連盟に加入しなかったアメリカは、公式には国際連盟保健機関に関与していなかったが、第二次世界大戦が始まると、国際連盟保健機関と協力して連合国の感染症対策に従事することになった。連合国の中では第一次世界大戦時のスペイン風邪の流行の経験が強く意識されており、第二次世界大戦の勝利のためには感染症のコントロールが要となると認識されていた。そのため、アメリカは感染症のコントロールにあたって二十数年の経験のある国際連盟保健機関との連携を模索し、国際連盟保健機関の官僚たちをワシントンに招いて情報の分析にあたらせた。また、アメリカは戦時中から戦後の国際保健協力の構想に着手していた。1943年頃から国際連盟保健機関の官僚たちに対して、国際連盟の経験を生かして、戦後の国際保健協力のための構想を作るように指示を出していた。なお、WHO憲章は国際連盟保健機関の官僚たちが書き、それをアメリカが添削する形でできあがったものだ。
 こうした動きには、保健協力のような機能的な国際協力の積み重ねが平和につながるというアメリカの強い期待があった。安全保障の問題よりも国家間で協力しやすい分野だからこそ、保健協力の分野における協力を積み重ねることで、戦後の平和の土台を築こうとしていた。このアメリカの意向はWHOの設立時にも色濃く現れている。1946年6月にニューヨークでWHO設立のための会議が開催され、当時国連に加盟していた約50カ国だけでなく、敗戦国や植民地支配下に置かれていた地域を含むか否かが議論された。その際、イギリスやソ連は参加国を連合国に限定し、あくまでも「国連」保健機関とすべきだと主張した。一方、アメリカは敗戦国や植民地支配下の地域にも加盟する道を開くべきだとして、「世界」保健機関の構想を押し通した。保健機関を戦後の平和の土台するにあたって、開かれたインクルーシブな組織にしたいというアメリカの狙いがあったためだ。
 設立されたWHOの核となる機能は、健康を達成するための様々な基準の設定である。科学的なエビデンスに基づいて、健康問題について各国に勧告し、基準を設定して行動変容を促していくことが主要な機能である。この他、世界における健康格差解消のための途上国支援の調整や、感染症に対する情報収集と適切な現状の判断、さらにはそれに応じた勧告が基本的な機能として定められている。

冷戦期における保健協力

 WHO設立後まもなく世界は米ソによる東西冷戦に突入する。この頃、国連安保理は米ソの拒否権の行使のし合いによって機能不全に陥ったが、それとは対照的に、WHOを中心とする保健協力は米ソの協力によって比較的功績を残している。例えば、米ソは共同で天然痘根絶事業に乗り出し、米ソの資金とワクチンを利用することでその根絶に成功している。また、ポリオに対する生ポリオワクチンに関しても、米ソの研究者が50年代〜60年代に協力して開発にあたった。80年代以降もエイズやマラリアの対策に米ソが協力した事例がみられる。これらは、米ソ間で政治的な対立が続いているにも関わらず、保健分野においては協力していたことを物語るものだ。
 冷戦下において保健協力が可能であったのは、当時のアメリカとソ連の指導者が、冷戦という政治的な対立と保健協力を切り分けて考える冷静な視野を持ち合わせていたことが考えられる。事実、スターリン政権以降、ソ連の当局は保健分野に関しては、アメリカと協力した方がソ連の国益に寄与すると考えていた。さらに、国際機関側が大国に対して細やかな配慮を怠らなかったことも、保健分野の協力を容易にした要因であった。例えば、ソ連が提案した天然痘根絶チームのディレクターに、ソ連人ではなくアメリカ人を据えた際に、ソ連が気分を害するという事態を想定して、WHO側の幹部がモスクワに飛んで、直接説明を行った。このような政治指導者の冷静な判断と国際機関側の細やかな配慮が、政治対立下における保健協力を可能にした背景として挙げられる。

2.新型コロナをめぐる国際政治

 上記の内容からも明らかなように、保健協力の領域は、国家間の協力によってより多くの利益を得られるため、政治的対立が継続している中であっても、ある程度の協力が可能である。それにも関わらず、今回の新型コロナを巡る対応では、協力よりも対立の動きがより鮮明に出た。その要因を探ると、国際政治的な要因、組織のパフォーマンスの要因、制度上の要因の三つが挙げられる。まず、本節では、一点目の国際政治的な要因について論じていく。

トランプ大統領の行き過ぎた自国第一主義

 そもそも、グローバル化が進んだ現代において、感染症の対応は政治化しやすいという側面がある。感染症は発生すれば瞬く間に世界各地に広がり、人間の健康を害するだけでなく、世界経済を悪化させ、貧困や社会不安の助長といった社会への負の連鎖をもたらす。感染症は及ぶ影響が広範囲にわたるがゆえに、その対応には公衆衛生分野だけでなく、様々なアクターが関与することになる。そこにアクター間の利害衝突が起きてくるため、政治的な調整が必要となる。
 しかし、今回の新型コロナをめぐっては、悪い意味で政治が深く介在することになってしまった。例えば、2020年2月初旬にトランプ大統領と習近平主席が電話の首脳会談を行った際は、トランプ大統領は習近平の対応を支持するということを述べていたにも関わらず、3月以降アメリカで爆発的に感染者が増加し、トランプ政権の対応へ批判がささやかれ始めてからは、武漢やWHOへの責任を追及し始めた。それ以降、中国や中国に近しいWHOへの批判を強めている。トランプ大統領の批判は妥当な部分も多いが、批判するという行為自体が大統領選挙を意識した政治的なインセンティブに基づくものだったことが指摘できる。

中国のグローバルヘルスへの関わり

 一方、中国はどのようにグローバルヘルスに関ってきたのだろうか。中国は建国以来、外交関係の手段として保健協力に注目してきたという経緯がある。特に、習近平が国家主席に就任して以降、一帯一路構想とWHOを中心とする保健協力の枠組みをリンクさせるような取り組みが強化されてきた。例えば、2017年に中国が主催した保健相会合にWHOの事務局長を招き、保健協力との連携をアピールした。同じく2017年には、WHOと習近平の間で中国産の医薬品を今後多国間協力の枠組みの中で積極的に活用していく旨の協定が結ばれている。中国は、国際機関における影響力の拡大を狙っており、その一環として保健協力の分野でも影響力・発言力を高めたいという思惑がある。そのため、一帯一路構想とWHOを中心とする保健協力の枠組みをリンクさせるという動きを活発化させている。
 他方、多国間協調に関わりながらも、中国が影響力を拡大したい国や地域への直接的な投資を活発化させている。中国のWHOへの拠出金は、自発的拠出金も含めた全体割合でみると、それほど多くない。多国間協力にお金を出すよりも、アフリカや東南アジアといった国との二国間で直接に投資する外交戦略をとっている。例えば、新型コロナのパンデミック以降、中国はマスクや防護服を提供するマスク外交を展開している。また、検査キット不足が深刻なアフリカでは、中国がエチオピアに検査のキットを製造する工場を作り、そこからアフリカ各地にキットを供給する体制を構築した。そして、つい最近では中国産のワクチンを途上国中心に供給するワクチン外交を展開している。中国産ワクチンの有効性や安全性はまだ十分に確認されていないが、今後もしそれが確認されたならば、ワクチンを通じた中国の影響力拡大というシナリオも十分に可能性としてあり得る。

3.新型コロナで浮かび上がった保健協力の諸課題

WHOの組織側の問題

 新型コロナを巡る保健協力を困難にさせた要因として、国際政治的な要因の他に、WHOの組織側の問題も指摘できる。それは、特に新型コロナへの初期対応において現れている。WHOは新型コロナを巡る初期対応を検討するため、2020年1月22日〜23日に第一回専門家会合を開催し、緊急事態か否かの判断を協議した。その専門家会合には中国の専門家も含まれていたが、状況の認定をめぐって参加者の間で合意することができず、この時点での緊急事態の判断は見送られた。なお、この会議でどのような駆け引きがあったのかは、まだ明らかになっていないが、中国への忖度があったと疑念を持たれている。
 また、批判の的となっているのが、同月28日にWHOのテドロス事務局長が訪中し、習近平主席との会見後に、中国の対応を称賛するコメントを発表したことだ。この発言をした背景には、中国からの協力を引き出そうという意識があったとみられる。2003年にSARSが流行した際には、当時のブルントラント事務局長が中国の対応を批判することによって、中国と必要な協力が維持できなかった。この苦い経験から、今回は中国の対応を評価することで、発生国との協力を引き出そうとしたとみられる。しかし、ウイルスの性格や今後の見通しが全く明らかではない状況下で、中国でウイルスが封じ込められているという誤ったメッセージを世界に拡散してしまった面は否定できない。米中の関係が良好でない中で、中国を過大評価した場合、アメリカ側からの反発があることは容易に想定できるため、国際機関の事務局長として配慮に欠けていたと思われる。
 このようなWHOの一連の対応のミスや、マスクに対する勧告が急遽180度転換したことで、感染症対策の指揮をとるべきWHOに対する信頼が著しく低下することになった。これが、国際的な保健協力を遠のかせたもう一つの要因として挙げられる。

コロナ以前からみられた制度的問題点

 国際保健協力を遠のかせた最後の要因は、コロナ以前から存在した制度上の問題である。これは、5つの点に大別することができる。
 一点目は、WHOの感染症の状況評価に関する問題である。現状ではインフルエンザに関しては6つの状況区分があり、各フェーズに応じた状況勧告の基準が定められているが、インフルエンザ以外の感染症に関しては、国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態か否かという2つの基準しかなく、その勧告の内容も明確に定められていない。それゆえ、1月30日にWHOが緊急事態を宣言した前後で、各国に対する勧告の内容には大差がなく、各国の混乱を引き起こした。
 二点目は、国際保健規則に関する問題である。国際保健規則は、感染症が起きた際に、発生国が果たすべき義務等が規定されている国際規則である。その根幹となるのが発生国の通告義務であり、国際的な緊急事態につながりうる事態が領域内で発生していると評価した場合、評価から24時間以内にWHOに通告することが義務として定められている。しかし、問題は、この義務に違反したときの罰則が設けられていない点である。また、発生国がこの義務を怠った場合や、きわめて非協力的であった場合にWHOがどのように動けるのかに関しても現状では規定がない。したがって、今回のテドロス事務局長の中国の協力を引き出そうとした行動も、この保健規則の制度的な問題点に由来するものとみることができる。
 三点目は、保健協力の枠組みに台湾が排除されている点だ。以前、台湾はオブザーバーとして国際保健総会に参加していたが、独立志向の強い蔡英文総統が就任して以降、WHOから完全に排除された形となっている。しかし、台湾は、今回の新型コロナ対策に関して緊急事態が宣言されていない段階から対応を行い、結果として感染の拡大を阻止したベストプラクティスを示した国である。感染症の多くは中国由来であることからしても、感染症に対するチャイナリテラシーを持ち合わせた台湾が保健協力の枠組みから排除されている点は改善されるべきであろう。正式な参加が難しくても、非公式な形で台湾と協力できる枠組みを模索していくことが今後の課題と思われる。
 四点目が、WHOの透明性と財源を巡る問題である。現状では、国際機関として透明性に様々な問題点が散見される。また、いつどこで起こるかわからない感染症に対しては、十分な財源を常に備えておく必要がある。この透明性と財源の問題は密接に関わり合っており、並行して取り組まなければならない課題である。
 最後に、保健協力が政治的な変化に大きく影響を受ける体制にあることだ。現在の保健協力は、アメリカやゲイツ財団といった特定のアクターに過度に依存する体制となっている。資金面でみれば、加盟国からの分担金の割合は12%程度に減少しており、自発的拠出金の割合も大きい。なお、2018年時点で分担金と自発的拠出金を合わせた割合は、一位がアメリカ、二位がゲイツ財団となっている。そのため、トランプ大統領のWHO脱退表明のように、アクターとの関係が悪くなった際に脆弱性を露呈することになる。したがって、政治的な変化に耐えうる保健協力の枠組みを作っていくことも大きな課題となっている。

4.次のパンデミックに備えるために何が必要か?

WHO改革

 次のパンデミックに備えるにあたって、保健協力の制度上の問題点については、前述したことがすでに明らかになっている。今後の焦点は、その改善がどのような力関係で進むのかであろう。2020年11月に開催された世界保健総会で、制度上の欠陥や問題点に対する改革案が提示され、議論が行われた。中でも、独仏の改革案には先ほど言及した課題はすべて盛り込まれている。例えば、緊急事態の状況評価により細かい状況判断区分を設定することや、発生国が報告義務を怠った場合にWHOが発生国に対して強制的に動ける権限を持つこと、不測の事態に備えて活動資金を潤沢に蓄えておく枠組みを作ることが盛り込まれている。そして、新型コロナの初期対応において中国に忖度したという疑念があるため、改善案として、緊急時のWHOの対応は専門家による第三者委員会を作って監督にあたらせることも提案されている。このWHO改革案が、2021年5月に開催予定の世界保健総会において一定数以上の賛成票を獲得するか否かが、今後の保健協力の行方を左右することになり、その政治交渉に注目が集まっている。
 そこで、ここ数か月間の保健協力を巡る各国のパワーバランスを解きほぐすと、アメリカと中国、ミドルパワーの国々による三つ巴の状況と分析できる。アメリカは、WHOの創設を主導し多くの資金や人材を投じることでこれまで世界保健協力においてリーダーシップを発揮したが、トランプ大統領がWHO脱退を表明している。そして中国は、アメリカが不在の間にWHOを手懐けて独自のルールで保健協力を動かしていきたい意図が透けて見える。ドイツやフランス、カナダ、オーストラリアといったいわゆるミドルパワーの国々は、既存の保健協力における様々な規範(法の支配や多国間協調、透明性の確保)を維持しようとしてきた。
 アメリカはバイデン政権のもとで、WHO脱退の動きは回避されると思わるが、今後のアメリカの影響力の低下は免れられないだろう。バイデン政権のエネルギーのほとんどが国内の感染抑制と経済回復といった国内問題に割かれることになることが予想される。また、コロナの以前から、アメリカの保健協力への拠出金割合も相対的に低下してきており、アメリカが従来果たしてきたリーダーシップを発揮することは難しいと思われる。アメリカの影響力の低下が避けられない中で、中国がこの不安定な保健協力の現場で影響力の拡大を狙い続けていることは確実だ。
 このような状況で、保健協力の既存の規範、価値観、ルールというものを維持していくためには、日本、ヨーロッパ、カナダなどの自由民主主義の準大国における連帯が極めて重要となる。今後、バイデン政権に移行した場合、アメリカとミドルパワーの国々が中国の力を制御して、既存のルールや規範を維持し、WHO改革を実行していく上で協力していくシナリオが考えられる。アメリカは、独仏の改革案とは別にブラジルと改革案を出しているが、基本的な部分に関しては意見が一致しているため、来年1月以降、改革案に関してアメリカと独仏を中心とするミドルパワーが一致団結できる可能性というのは十分にあり得る。

ワクチンの公平分配

 ワクチンの公平分配に関しても検討する必要がある。2020年末時点で、イギリスやアメリカ等の一部の先進国ではワクチンの接種が開始されている。しかし、途上国においてはそのような動きは全く見られない。現状では開発されている供給予定のワクチンのほとんどが先進国によって独占されており、国際機関やNGOが何とか分配を呼び掛けているというのが現状だ。
 それは人道的な面で問題があるだけではなく、不公平なワクチンの分配は新型コロナの終息と経済の復興を遅らせることになる。アメリカのノースイースタン大学では、20億回分のワクチンを先進国が独占するシナリオと、20億回分を世界各国の優先すべき人口に平等に分配したシナリオをそれぞれシミュレーションした。この二つの結果を比較すると、平等分配のシナリオの方が、新型コロナがより早く、より少ない死者で終息するという結果が出ている。他にもいくつかの研究によって、公平なワクチン分配が早期の経済回復に資することが明らかになっている。したがって、特定の国がワクチンを独占するのではなく、より多くの国の優先するべき人たちにまずワクチンを公平に分配することで、より早く人の移動や観光、貿易を回復させ、それが世界経済の回復に直結する。
 また、ワクチンの不平等な分配には、新型コロナの終息や経済回復を遅らせるだけではなく、中国のワクチン外交の余地を広げるという結果をもたらし得る。南米やアフリカ、アジアの国々は、2021年末までワクチンへのアクセスは難しいと言われており、そのような国々に対して中国やロシアが自国産のワクチンを売り込んでいる。このことからも、先進国はワクチンを独占するのではなく、公平分配についても検討すべきである。

今後の保健協力における日本の役割

 日本は、今後の保健協力においてミドルパワー同士の連帯を強化していきながら、中国とのつなぎ役となることが求められる。WHOの改革案に関しては、G7で大筋の合意形成がなされており、2021年5月の世界保健総会にむけて具体的な話し合いをつめていく過程にある。その際に、中国を国際的な枠組みから切り捨てず、合意できる落としどころを見つける作業が必要となる。現在の国際関係を考慮すると、中国と話し合いを詰めていく上で日本の役割は大きいと言わざるを得ない。
 また、次のパンデミックを見据えて、地域間の協力体制を整えていく必要がある。保健協力においては、WHOを中心とするグローバルなレベルでの協力枠組みと地域レベルでの枠組みが相互補完的な関係にあると思われる。したがって、グローバルなレベルの枠組みが様々な欠陥を露呈する現状では、近隣諸国との実質的な協力枠組みというものを模索していく必要がある。実際、新型コロナのパンデミックが始まってから、日本はASEAN感染症センターの設立に寄与することになり、ASEANとの協力の強化に動き出している。また、日中韓などを中心としながら、アジアにおいて早期警報システムの設立や平時からの情報や経験を共有する仕組みを整備していく必要もあり、その点で日中韓保健大臣会合の活用も視野に入れるべきである。日本は、日米同盟という安全保障の軸は維持しながらも、国家的危機をもたらす感染症対策をも含んだ広義の安全保障を取り組むにあたって、様々な枠組みを通して外交を展開していくべきである。

(本稿は、2020年12月18日に開催したIPP政策研究会における発表を整理してまとめたものである。)

政策オピニオン
詫摩 佳代 東京都立大学教授
著者プロフィール
1981年広島県生まれ。2005年東京大学法学部第3類卒業、10年東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻国際関係論博士課程単位取得退学。博士(学術)。東京大学東洋文化研究所助教、関西外国語大学外国語学部専任講師などを経て、15年首都大学東京法学政治学研究科准教授、20年より東京都立大学法学政治学研究科教授。専門は国際政治学、国際機構論。著書に『国際政治のなかの国際保健事業―国際連盟保健機関から世界保健機関、ユニセフへ』(ミネルヴァ書房、2014年)、『人類と病―国際政治から見る感染症と健康格差』(中央公論新社、2020年)など。
コロナ・パンデミックによって、人間の生命と健康を守る国際協力のあり方が問われている。国際社会がパンデミックに対処してきた歴史的展開を概観し、今日の国際保健協力が直面する国際政治や抱えている諸課題について明らかにする。

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